秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月07日 | Weblog
第二十三章
それぞれの旅立ち
三人は車に乗り込んだ。江美の携帯がなる。てらおは、一旦エンジンを切り、タイミングを、ジッと待つ。「江美ちゃん、昨日からかけてるのに、やっと繋がったよ。電源、切ってたの?」マスターの声だった。数日しか、会ってないだけなのに、懐かしい。「江美ちゃん、どう、健ちゃんの故郷、みつかった?一人で、大丈夫だった?」声が、胸の奥にしみる。安心してしまう。マスターの横には、いつも健二がいた。思い出が、交差する。江美は、マスターに、今まで判ったことを、報告した。マスターは少しテンションをあげた声で、話しだした。
「江美ちゃんが、祖谷に出掛けたあとで、どうなったと思う?」「何が、どうなったの。急に聞かれても、判らないよ~」「あのさあ、のま簾の連中、健ちゃんの生き方で、目が覚めたんだって。保健所のシンさん、いつも飲んで愚痴ってただろう。同期の宮尾って奴と、うまがあわないって!シンちゃん、飲み会の席で、宮尾と言い争いになって、用意していた辞表で、宮尾の顔面叩いて、握り拳で、一発殴ったんだって」「すごーい」「それで、ギターひとつ持って、東京にいったよ。弾き語りして、のんびりメジャー、目指すって」
江美が、携帯電話を片手に、目をキョロキョロさせるので、てらおと菜々子は、目を合わせて笑っている。「それから、カズだよ、カズ!」マスターの声が、更にテンションを増す。「カズさあ、あいつ、徳島に帰るって」「えー奥さんの故郷に?」「奥さんが、前から趣味で焼いてたパン、自然何とかパン!」「マスター、それなら、天然酵母パンでしょう。前にみんなで、食べたよねー」「そう、そう、そのパンを故郷の水で造りながら、家族でペンション経営するって」「カズ兄さん、よく承知したわねー」「ゆうべ、焼酎飲みながら、あのヒョウヒョウとした顔で、言うんだよー」「なんて?」「家族が一緒なら、どこで生活しても、同じだよ。俺は、あいつと一緒になったんだから!」「カズ兄さんが~渋ーい 」江美が、電話に手を当てて、小さく笑う。マスターの声が、いつものトーンに戻る。「江美ちゃん、健ちゃんのこと、落ち着いたら、帰っておいで。みんな、待ってるから。じゃあ、また連絡するよ」電話を、切った。涙が、膝の上に落ちていく。後から、後から落ちていく。菜々子が、テイッシュを差し出しながら、てらおに言った。「江美ちゃんの、泣き虫なところが、好きだったんじゃーないのー健二さんっていう人」てらおが、エンジンをかけながら、江美に振り返り笑う。「こんな、おばさんには、なられんぞー江美ちゃん」車は、発進した。

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月07日 | Weblog
第二十二章
雲上寺
浅い眠りのまま、江美は、朝を迎えた。夜中から降り出した雨の音で、時折目を覚ました。変な夢を見た。布団から起き上がってしまうと、忘れてしまいそうで、江美は暫く天井の電灯の小さな穴を見つめながら、思いだしていた。健二が、縁側に座って、白い花を見ていた。その格好が、可笑しかった。見たことのない、奇妙なものを、背中に背負っていた。竹ホウキの先を、ペッタンコにしたような形だった。「何、してるの~」江美が尋ねると、唯、こちらを見て微笑んでいる。一匹の小さな鳥が、健二の肩に止まる。鳥の毛は辛子色。鳥は、江美の方向に、一瞬まっすぐに飛んで来る。江美が、目を閉じた瞬間、鳥は真っ白な羽に変わり、大空に羽ばたいて行った。健二の姿も、消えた。泣きじゃくる江美の肩に、真っ白な羽が幾つも幾つも、落ちて来る。「私、夢の中でも泣き虫…」江美は、起き上がって、身支度をはじめた。昨日の女性の名前は、覚えた。地元の菜々子さん。夫に大失恋をして、娘さんが医大のお医者さんと結婚し、悠々自適の一人暮しって言ってた。菜々子さんが、昨日言っていた「てらおの兄さん」と朝の9時に、民宿の駐車場にて、待ちあわせの約束をした。駐車場に向かうと、菜々子が、白いハコバンの後ろに乗って、江美を見つけ、手をふっている。「オハヨー、少し顔腫れてる?」やっぱり腫れてるかなと、江美は、頬を撫でながら、車に近づく。運転席から、五十才位の男が、降りてきて江美を見て、軽くお辞儀をする。「はじめまして~てらおの兄さんです」小さな目で、気さくに笑う。「神戸から来ました、斉藤江美です」江美は、深々とお辞儀した。江美が、言葉を言いかけると、てらおは手のひらで合図を送り、話さなくてもいいという仕草をする。
「江美ちゃん、早速だけど、てらおの兄さんの知り合いに、東祖谷山村の物知りお爺さんが、いるんだって。今からそのお爺さんちに、行こう!」菜々子が、ガッツボーズを軽くとる。三人は、お爺さんの住む落合という在所に、向かう。ガタガタ道を、数十分走る。小さな茅葺き屋根が、坂の上に、見えた。三人は、坂の途中に車を止める。茅葺きの家の前で、真っ黒に日焼けした老人が、黙々と石を掘っていた。「吉時爺さんー」てらおの呼び掛けに、深いシワの老人が、ふりかえる。「おー、一番弟子のおでましかー」「爺さん、教えてほしい在所が、あるんじゃー」てらおの後ろで、江美達は軽くお辞儀をする。二人に気が付いた老人が、にやけた仕草で、てらおの肩を、つっつきながら言う。「お前、相変わらず嫁はおらんけど、野暮用には、モテるのー」「相変わらず、爺さんも口わるいのー」てらおが、髪を斯く「用事はなんな、ワシはお前らヒヨコとちごうて、祖谷のことなら、全部わかるぞー、祖谷ソバや、海を渡ってデリシャスじゃー」意味不明のダジャレに、江美は笑った。久しぶりに笑った。初めて会った人達なのに、懐かしい位の、優しい時間がすぎた。
お昼にしようと、菜々子が食堂に連れて行ってくれた。三人は、食事「山荘」の暖簾をくぐる。座敷の間に案内された。てらおが、一気にコップの水を飲みほして、吉時爺さんに聞いたことを、話しだした。さっき、菜々子は江美を誘い、吉時爺さんの石を見て、ぶらぶらしていた。吉時爺さんが、てらおとゆっくり話せたらと、菜々子の気遣いだった。「やっぱり、あの爺さんは、英語いうだけあって、よう知っとるわ」「どうだった?何て?何て?」菜々子が、テーブルを軽く叩く。江美は、両手を握りしめて、てらおの口元の動くのを、ジッと見る。「江美ちゃん、わしも、祖谷に帰って十年位たつけど、知らんかったわー。雲上寺のこと」「雲上寺?何それ」菜々子が、身を乗り出す。座敷の戸が開く。ソバのだし汁の香りが、漂う。綺麗な顔だちの女将さんが、三人の前にゆっくりと、ソバを置いていく。菜々子に軽くお辞儀して、出ていった。てらおが、先に割り箸に、手をかける。「ちょっと、お客さんが先でしょう!」菜々子が、てらおを睨む。江美が、クスッと笑う。菜々子が、不意に江美をジーと見て、口を開く。「なんでこんなに可愛いのに独身なの~笑うとでる右のエクボ、いいよね。小柄だし、無口だし、私の若い時と似てるわー」「どーでもええけん、ソバ食べながら、聞いてくれ、今の話し」てらおが、ソバを食べながら、忙しく話す。黙って聞いていた、江美が初めて口を開く。「雲上寺の話しは、健二さんから一度だけ聞きました。雲の上で生まれたって」江美は、小さくソバを啜る。「その雲上寺の場所が、判ったんじゃ!吉時爺さんが、その場所知っとった。雲上寺に行ったら、全部判るって。」てらおが、少し興奮気味で、ソバを完食した。菜々子が、ゆっくりとソバを完食し、箸を置き、江美に言う。「江美ちゃん、今日で江美ちゃんの中の答えがでるね。今から行って見よう。雲上寺。乗り繋かった船だから、沈没も一緒だよ」菜々子の優しい声の横で、てらおは、二杯めのソバを注文していた。江美は、泣きそうになる気持ちを、必死に堪えた。不意に窓の外を見る。小雨は止み、インクを落としたようなグレーな雲が、彼方に浮かんでいた。