秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月05日 | Weblog
第二十一章
祖谷へ
「役場前で降りたら、民宿もあるし、色々聞けるかも」
江美が、景色に夢中になっていた時、女性が振り向いて、話しだす。「役場?」江美がキョトンとした顔で聞き返す。運転手は、またミラーで後ろを見ながら、突然大きな声で、話しに入ってきた。
「あと、10分位したら京上に着くけん、役場の前で止まってあげるけん、民宿も旅館もよーけあるけん、そこで聞いたらええわー」運転手は、意気揚々でハンドルをきる。女性が振り向いて、運転手を指さし江美に目で合図して、眉間にシワをよせた。その仕草が滑稽で、江美はクスッと笑った。女性と一緒に、バスを降りる。江美は、自分がここまで来た目的を彼女に話した。初対面なのに、何故か彼女には、打ち解けて話せた。不思議な感覚がした。夕方まで暇だから、付き合うわと言いながら彼女は、手慣れた様子で役場に入る。人込みの中で、健二の背中を追い掛けたように、彼女の背中にぴったりとくっついて行く。役場の職員が、江美を好奇な目でチラチラと見る。産経課とプレートの掛かった前で、彼女は立ち止まり、四十代位の男性職員に、声を賭けた。「ちょっと教えてあげて、私でも知らない地元のことなんだけど」男性職員は、チラッとこちらを見て、何か急ぐ用件があるのか、面倒くさそうな顔で、近づいて来る。「知らない事って?」答えながら、江美を見る。「あのねー、この人、わざわざ神戸から来てくれたんだけど、彼女の探してる在所の名前、どこか調べてくれない。私、祖谷でずーと住んでるけど、初めて聞いた名前なのよ」彼女の声が、シーンとした管内に響く。別の課の職員が、ボソボソとこちらを見て何か言っている。バスの中で、この人と、出会えてよかった。こんな場面いち番苦手…江美は、女性の後ろで、視線だけを必死で受け止めていた。男性職員は、色々な大きさの地図を、無造作に受付のカウンターに、広げていく。「里の江…里の江…」口ごもりながら、目で追っていく。女性も職員の見終えた地図を、確かめるように、指先を滑らせていく。暫く、繰り返される。職員が、全ての地図を見終えて、最後の一枚を手からカウンターに、投げるように置き、肩を大きく上下しながら、言い放つ。「ない!ない!これだけ調べてないんじゃけん、よその村じゃないん!」江美を威嚇するように、見る。女性は、江美を見て首を少し傾けて目で合図をおくる。江美は、首を大きく横に降る。動かない山を、バスの窓から見た瞬間に、江美は確信していた。この村のどこかに、健二の生まれた場所がある。威嚇されようとも、引き下がる訳には、行かなかった。「商工会は、商工会なら何か判るんじゃない。電話してみて」女性が、電話を指さして、職員を見る。職員は、壁に掛かった大きな時計を、チラッと確認する。時刻は、5時を指している。他の課の人は、机の回りの片付けをはじめる。男性職員は、不機嫌な顔で、商工会に電話をかける。受話器をきり、女性に手を横に振り、手応えのなかったことを伝える。時折、こちらを見ていた、メガネをかけた上司らしい人が、ニヤッと笑いながら、近づいてきた。メガネの下の目つきに、江美は嫌な感じがした。親しげに江美達の前に立ち、口を開く。「里の江、里の江って、それは祖谷の里って、意味じゃあないんで~お嬢さんが、神戸で聞き間違えたんだろ~祖谷の里って言うたのをー。祖谷そばでも食べて、神戸に帰ったら、もう今日は、バスもないけんなあ~そばは、いっぱいあるわー」上司の言葉の終わらない内に、女性は江美の手をとり、役場の玄関を出た。一瞬、健二の手の感触に似ていた。「てらおの兄さんに、明日相談しよう!てらおの兄さんなら、何とかしてくれるわ」女性は、江美に近くの民宿を紹介してくれた。民宿『芳田』江美は、荷物を下ろす。西日はすっかり沈み、大きなタヌキの置物が江美を、迎えてくれた。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月05日 | Weblog
第二十章
祖谷へ
バスが、大歩危を過ぎた頃、橋の手前に、『東祖谷』と書いた標識が見えた。運転手は、手慣れたハンドルさばきで、左に曲がる。ほんの少し、江美の体が、右に傾く。バスは、右手に針路をとりながら、山に沿うように曲がりくねった道を、上に上にと登って行く。「空に続く道…」ふとそんな独り言が、口から零れた。かずら橋で、さっきまで乗り合わせていた、観光客と判る数人が、一斉に荷物をまとめ、下車して行く。乗客は、阿波池田から乗車していた中年の女性と、江美の二人だけになった。運転手は、チラッと後ろを見て、バスは発車した。かずら橋を過ぎた途端に、急に道が狭くなる。窓から入る風が少し寒い。長袖ニットの袖を、下ろす。「この道の先に健二の故郷があるの?」江美の心に不安がよぎった頃、右斜めに座っていた中年の女性が振り返って、江美に声をかけた。
見るからに、人のよさそうな方だった。「お仕事ですか?」「いいえ、ちょっと行きたい場所があるんです」「どちらから?」「神戸です」会話が気になるのか、運転手がミラーで後ろをチラッとみる。「今日は、どっかで泊まるんでしょう?」「東祖谷っていうところなんですけど、場所が判らなくて…」
そう言いながら、ふと前方を見た。丁度緩やかなカーブを、バスが左に少し曲がった途端、江美の視界にそれは、飛び込んできた。『動かない山』さっきまで、山を背景にコンクリートの建物や、色とりどりの看板が、目立っていた。それに気を止められて気が突かなかっただけ。確かに山は、存在した。動かない山々が、様々な緑色を放ちながら、バスの窓一面に、迫りくるように拡がっている。真っ青な空に、繋がっているような、緑の不揃いな稜線。大自然の胸に、抱かれていくように、バスは蛇行運転のように、そこに吸い込まれて行く。
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