博物館裏手にある幾春別川を渡るとジオパークの始まりです。
誰でも歩ける遊歩道だから問題なし。ただし濡れた落ち葉で少し滑ります。
まず初めに目に付いたのがこれ。
幾春別層という地層だそうで、画像で分かりますかね。当時は石炭採掘で木は殆ど切り倒されてます。
おやまぁ・・・イトトンボ
錦坑入り口だそうです。
川(坑口)へ下りてみます。
温泉臭が漂ってる。
坑口は閉鎖れてますが、出水はある。この水が温泉臭の元のようなので、触ってみたら冷たく冷泉って感じの水でした。
そばには他の坑口らしきものもあります。
遊歩道へ戻ります。
これは分かりますね。石炭層でした。
う~ん・・・垂直な地層か・・・一応、原理を書いてあったけど「ふ~ん」って感じです。
狸掘り跡だそうです。これなら近所の野山や大千軒岳の金山で同様のものを見た事あります。
ひとまたぎ5千万年の覆道です。この覆道を境に、年代が古生代と新生代に分かれるそうです。
地層が見えるわけか。
幾春別川の水が濁ってるのは、雨の為でしょうか。
覆道を抜けると隧道が現れました。
神泉隧道。
横には化石が置かれてたのがイノセラムスだから中生代から白亜紀って事ね。
鏡肌と書かれてた。自然の作ったツルツル岩。
さて、この辺りで引き返しましょう。
次の三笠鉄道村へ向かいますが・・・
途中、これが見たかったんです。
巨大な炭鉱の遺構です。
旧奔別(ほんべつ)炭鉱の巨大さにしばらく見とれてた。
なにせ道南には、こんな巨大な炭鉱なんてありませんから。
辺りの景色は、これ。
夕張と大差なし。
鉄道村へ通じる道すがら、こんな団地があった。よく見ると分かりますが、ほとんどの窓はコンパネで目張りしてます。
ところが数十戸に一つぐらい、カーテンがかけられてて生活感がある窓があった。
住んでるんでしょうけど、当時はみんな住んでたはずですから、今どんな気持ちなんだと詮索してしまいました。
とかなんとか思ってるうちに、鉄道村到着。
夕張石炭の歴史村と違い、かなりの人出がありますね。
それじゃ、見学してみましょう。