つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

強制収容所と日本への評価

2006年01月10日 | Weblog
メールのやり取りをしている趣味の園芸の掲示板に、ドイツのダッハウの強制収容所の写真が送られてきました。メンバーの一人がドイツに行かれているからです。

私はダッハウの強制収容所は初めての名前でしたが、強制収容所と聞いて
2003年に訪れたアウシュビッツ強制収容所のことを思い出しました。
そこに遺されていた子どもたちのよそいきの洋服、
刈り取られた髪の毛、靴(義足までありました)、人骨の粉などを見て、
言葉を失いました。
これらは資源として再利用されていたのですから。

この場所を見学して、印象深かったことがもうひとつあります。
同じ先の世界大戦でおこなった戦争の犯罪性を糾弾されたドイツと日本の違いを見せ付けられたことです。
その歴史をしっかりとあるがままにみつめ、国の責任において残そうとしているドイツにくらべ、
日本では南京虐殺はでっち上げだとか、未だにアジア開放の戦争だったなどと
いっている人たちが政府の中心にいて勢いついているのです。
こういう日本が世界の中で信頼されるでしょうか。
常任国入りをめぐって、国連の中で惨めな得票しか得られないのは、こんな日本の姿勢と関係がある、そんな気がします。

団塊の世代の力を活用する前に

2006年01月09日 | Weblog
日曜日にNHKが党首インタビューをしていました。
私にとって最大の関心事はなんと言っても憲法9条に
どんな態度をとるかという事です。
その点でははっきりしていました。
自民、公明、民主は変える立場、守るのは社民と共産だけでした。
民主党はいつから改憲でまとまったのでしょう。そうとは知らず支持した人が多かったのではと思いました。
もっともそれと同じことは増税(すでに定率減税廃止で実行済み)や医療費改悪をされることを知らずに改革を叫ぶ小泉首相を支持した人たちにも当てはまるでしょう。

この基本的な問題からすると、比重は軽い話ですが、民主党の代表が『これから団塊の世代が退職してくるので、その力をボランティア的に組織して社会を支えるそんなシステムをつくりたい」と発言していました。ちょっといいじゃないといわれそうな考えです。
でもちょっと待ってと言いたくなりましたた。
その前に、今現在、正規雇用になれないで、パートか派遣で働いている
50%の青年が正職員で働けるようにするほうが先じゃない!
それから、団塊の世代を安い給料で働かせて、ますます全体の給料を低くする原因にしないでほしい、と思ったのでした。

いずれにしても団塊の世代はいろんな標的になることでしょう。

寿命が伸びたとはいえ、元気で生きられる年齢はどのくらい伸びたのでしょう。
元気な間中、何かを楽しむことなく働き続けさせられるのはごめんこうむりたいと思いました。

悲劇的な事故

2006年01月06日 | Weblog
今朝の新聞によれば、兵庫県で5人の子どもが焼死すると言う
痛ましい事故が起きています。
元美容師さんの親友3人の子ども達だとのこと。
お正月を利用してお泊りに来ていて火事にあってしまったのです。
もしかすると、母子家庭なのかもしれません。
きっとお母さんにとっては、子ども達は生きがいのすべてで
あったのではないでしょうか。
それを一緒にいながらにして、子どもを失ったのです。
彼女達は喪失感に打ちのめされ、自分を責め続けるでしょう。
言葉には言い表しがたいつらい人生が待っているでしょう。
どうして、そんな不幸な人生を彼女達が送らなくてはならないのか、
誰にも説明できない不幸が、突然人に訪れることがあるのです。

認めて受け入れるしかないのですが、
でも人はそんな不幸を決して忘れることは出来ないのです。


効率的社会保障の行く末。

2006年01月05日 | Weblog
NHKの夜の「明日をよむー新年日本の設計図を」をPCに向かいながら聞きました。
この9月の小泉首相の退任に向かって、日本の今後の
しっかりとした設計図が必要と言うことでした。
当然過ぎることですが、問題はその中身でしょう。

 設計図には3つほど柱があったようです。
そのひとつは、
少子化対策の必要性です。
超少子化国家に向かって、このままいくと2100年過ぎには
1年に100万の人口が減少していくことになるそうです。
高齢者が若者より多い国、その国に活力があるでしょうか。
衰退していくしかありません。

 未来に夢や安心を描けない国にあって若者は
結婚にも子育てにも魅力を感じられないのです。
働こうにも、正規職員のポストは少なく、
共働きしながら子どもを育てようにも
働く条件が厳しすぎて、体が持ちそうにありません。
育児に父親参加をうたっても現実がこれでは力になるのは疑わしいものです。

いまや健康保険を持っていない国民が30万世帯、
病気になっても病院にもかかれないで死ぬ人が出ているのです。
東京などでは義務教育を受けるために就学援助を受けている生徒が
25%に昇っているそうです。
公的援助を受けなければ就学出来ないほど、
貧しくなった家庭が増えているのです。
こういった現実を放置して、効率的社会保障などといい、
ますます貧しい部分に負担を強いるやり方が、
国民のひいては国の力を強くするとはとても思えません。