象が転んだ

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映画「バーニング」に見る、空白と謎解きの違いとは?〜良作だけど物足りない残念な作品〜

2020年02月26日 03時01分27秒 | 映画&ドラマ

 とてもいい作品だと思った。そして、とても物足りない映画だと感じた。
 
 ”作家志望でバイト暮らしのジョンスは、偶然再会した幼なじみのヘミと肉体関係を持ち、彼女の旅行中に猫の世話を頼まれる。
 やがてヘミは、謎の裕福な青年ベンを伴って帰国。ベンはジョンスにある“趣味"を打ち明ける。それは古いビニールハウスを燃やす事。そしてこの日を境に、ヘミの姿が消えた”

 勿論こう来れば、この謎の男がビニールハウスじゃなく、女を燃やしたのは明らかだろう。
 この男の”趣味”が女を燃やす事に、作品の焦点をシフトしても面白かった。いやそうすべきだった。
 しかし、この映画の核心はミステリーではなく、”空白”なのだ。

 映画「バーニング」(2018 韓国)は、村上春樹の短篇小説「納屋を焼く」を原作としてる。1982年に書かれたこの原作は,  5文庫本にして僅か30ページ程の素っ気ない小説だ。
 故に映画化するには、ありとあらゆるアレンジが可能だった筈だ。そして私はそれらを期待して、2時間半のロングランをじっくりと堪能したかった。

 結果は、曖昧で”空白”な時間がダラダラと過ぎただけであった。謎の男ベンの描写もそこそこミステリアスだったが、ただそれだけだった。

 原作の「納屋を焼く」の登場人物は3人である。僕と彼女、そして彼。彼女が失踪した時点で原作は終わるが、映画「バーニング」では僕が彼を焼き殺す所で終わる。
 勿論、納屋とビニールハウスの違いはあろうが、”燃やす”事には変わりはない。
 彼が、”2ヶ月に1つくらい焼いている”と漏らすビニールハウスは「納屋」同様に、1つも焼かれない。つまり、男が燃やしてたのは女という事になる。

 多くの評論家はこの映画を、"最後まで”明らかにされない謎”と高く評価してるようだ。
 主人公の”僕”は、典型の”空白の男”である。小説家志望ながら、これといったモノ書きをする訳でもない。彼(謎の男ベン)と彼女(淫乱な女ヘミ)の関係を謎解きする訳でもない。
 パントマイムが得意な彼女の方は、人前で裸になり、出会った男に裸体を委ねる事が平気な尻軽の淫乱女である。
 そして、虚無な印象を与える謎の男は金持ちのボンボンで、何を生き甲斐に人生を送ってるのか検討もつかない。それかと言って興味を引く存在ですらない。
 3人に共通するのは、”謎”と言うよりも空虚で軽い”空白”なのだ。その”空白”という描写に関してなら、この映画は評価のし甲斐もある。

 しかし、謎の男を”空白”ではなく、獰猛で奇怪な殺人鬼として捉えるなら、”2ヶ月に1人の女を焼く”男の狂気のシナリオとなる。 
 ”謎の男”ベンが(”僕”が愛読する)フォークナーを読むシーンがある。つまり、この瞬間にフォークナーが描きそうな”恐怖のシナリオ”を呼び覚ますチャンスがあった筈だ。

 故に、村上春樹の大人し目の「納屋を焼く」ではなく、フォークナーの「Barn Burning」(1939)の視点で捉えると、犯罪と謎とミステリアスな雰囲気が極端に強くなる筈だった。
 作品の自由度と残忍性は大きく広がり、赤裸々な可能性を孕む”炎のシナリオ”に昇華する筈だったのだ。

 個人的には、まず”謎の男”が女を大金をチラつかせ次々と獲物にし、焼き殺してしまう。
 偶々、”僕”の彼女がその犠牲になり、復讐として”僕”は男の家族を”1人ずつ”燃やしていく。男は逆上し、”僕”の家に火をつける。
 しかし、フォークナーを愛読する作家志望の”僕”には、男の残虐非法な行動は全て丸裸にされていた。

 最後に”僕”は、フォークナーの「サンクチュアリ」を男に読み聞かせ、男に火をつける。
 ”お前は手でしか女を犯せないインポ野郎だ!お前の隠れ家(サンクチュアリ)は炎の中がお似合いさ。そうアンタには、燃え盛る様な真っ赤な欲情が最初から必要だったのさ。
 しかし、アンタはそれを避けた。淫乱女を燃やす事で満たされない欲情に変えたのさ。全く哀れな男さ”



6 コメント

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ユ・アイン (HooRoo)
2020-02-26 04:07:19
フォークナーの名前を出すのなら
得体の知れない狂気を前面に押し出すべきよ
でも結局は村上ワールドに没した気がする。
主役のユ・アインがよく頑張ってただけに残念でした💧💧
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映画は見た事ないけど (#114)
2020-02-26 12:25:36
村上春樹の『納屋を焼く』は
読んだ事あるけど
あんまり印象に残ってない
もっと監督の色を全面に
押し出した方がいいって事か

でもこの監督、凄い巨匠なんだよな
転んだサンが物足りないと思うのも
判るような気がする
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Re.ユ•アイン (象が転んだ)
2020-02-26 12:54:35
いい役者さんでしたね
私も一目見てファンになりました。
フォークナーを出すんだったら
奇怪な殺害しかないでしょうに
Hoo嬢の口惜しい気持ちよく解ります👋
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#114さん (象が転んだ)
2020-02-26 12:57:05
私は原作を見た事がないので
あんまり偉そうな事は言えないんですが。
監督が大の村上春樹ファンという事だったんでしょうか?
拘るならフォークナーに重きをおいた方が良かったですね。
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「リチャード・ジュエル」 (クリきントき大好き)
2020-02-27 16:39:57
クリント・イーストウッド作品は
秀逸で意味深だ
彼は狂ったアメリカの中で
常軌を逸する事無く老境を迎え
祖国に対し映画を通し
駄目ダシし続けているネ~
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クリきントき大好きサン (象が転んだ)
2020-02-27 18:27:41
この映画ぜひ見てみたいです。イーストウッド監督の映画は殆ど外れはないですから。
勿論、実際の監督は別にいて単なる”名前貸し”でしょうが(^^♪

”白象さん”のブログでもイーストウッド監督の作品は詳しく紹介されてます。HP貼っときますね。https://hakuzou.at.webry.info/
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