象が転んだ

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レムニスケートが奏でる楕円積分の世界〜カール・フリードリヒ・ガウス”その6”

2023年09月12日 08時28分33秒 | 数学のお話

 先日は「代数関数と超越関数」の中で超越関数と楕円関数の密な繋がりを記事にしましたが、ガウスが楕円関数を研究するきっかけとなったのが、以下で述べる”円関数”の存在でした。
 因みに、”円関数”(=円の方程式)とは、円の弧長を表す関数がsinxの逆関数(=arcsinx)で表され、積分の形(=∫dx/√(1−x²))をしてる事から”円積分”と呼ばれ、この円積分から円関数(x²+y²=1)が導ける。故に、円関数は円積分とも呼びます。
 これは、円弧の長さを表す円積分(∫dx/√(1-x²)=arcsinx)の逆関数としてsinxが定義され、更にその導関数としてcosxが得られ、(単位円を用いた定義である)円関数cos²x+sin²x=1に帰着するが故ですね。
 つまり、”円積分の逆関数を定義すれば円関数が導ける”から、ガウスは”楕円積分も逆関数を定義すれば楕円関数(らしきもの)が導けるのでは”と考えた。勿論、円関数と楕円関数ではその表示式は全く異なり、そんな単純でもないんですが・・・
 もっと言えば、円弧の長さを表す積分の逆関数として、sinθという周期2πを持つ三角関数が得られ、”円関数以外でも弧長積分の逆関数として周期関数が得られる”とガウスは考えた。 
 つまり、その手始めとして(以下でも述べる)レムニスケート曲線の弧長積分にガウスは目をつけたのである。


円関数から楕円関数へ

 そこで、円積分がその逆関数を通じて円関数に帰着する過程を確認する。
 単位円(x²+y²=1)上の2点A=(1,0)とP₁=(x₁.y₁)を結ぶ円弧の長さをθ₁とすると、y=√(1−x²)よりdy/dx=−x/√(1−x²)となり、1+(dy/dx)²=1/√(1−x²)を経て、θ₁=∫[0,x₁]√(1+(dy/dx)²)dx=∫[0,x₁]dx/√(1−x²))を得る。
 書き換えれば、A=(1,0)とP=(x.y)を結ぶ円弧の長さは、θ=θ(x)=∫[0,x]dt/√(1−t²))=∫dx/√(1−x²))となる。
 ここで、上式の両辺をxで微分すればdθ/dx=1/√(1-x²)を得て、θ=θ(x)の逆関数(θ=arcsinx)としてx=sinθは定義出来る。故に、d(sinθ)/dθ=dx/dθ=√(1-x²)となり、cosθ=d(sinθ)/dθと定義すれば、cosθ=dx/dθ=√(1-sin²θ)となり、円関数cos²θ+sin²θ=1が成立する。
 この様に、上で定義したcosθとsinθは周期2πを持つ事から、同じ事が円以外の曲線でも、弧の長さの積分の逆関数として成立するのではとガウスは考えたのである。
 事実、周期関数としてみれば円関数は周期2πの、楕円関数は2つの複素周期を持つ周期関数となる。

 故に、曲線の弧長を求める積分関数としてみれば、円関数もレムニスケートも楕円関数もその本質は同じで、楕円積分(第一種)の逆関数を発見したガウスと、更にその逆関数が楕円関数になる事を発見したアーベルは、既に楕円関数のその先に”モジュラー理論”という輝かしい未来予想図を見ていた。

 元々、曲線の理論はデカルトに始まり、ライプニッツの微積分が生れ、オイラーにより関数概念の導入と微分方程式の登場を促し、解析学の基盤となります。一方で、フェルマーが発見した直角三角形の基本定理は、ガウスが発見した平方剰余相互法則の第一補充法則と同じものだが、ガウスは4次の冪剰余相互法則の発見をめざし、その途中で虚数の導入を閃き、これが代数的整数論の始まりとなった。
 デカルトはホイヘンスに影響を与え、ホイヘンスはライプニッツに影響を、ライプニッツと協力したベルヌーイ兄弟の弟ヨハンはオイラーの師匠になり、オイラーはラグランジュやガウスに影響を与えた。そのガウスはアーベルやヤコビを大いに刺激し、楕円関数論を世に出す原動力となった。

 曲線の中に”解析的源泉”を見出し、関数を提案したオイラーですが、単純な代数関数の積分から超越関数が次々と作られる事を発見しました。ガウスやアーベルやヤコビは、それら超越関数の中から楕円積分を発掘し、楕円関数に結びつけ、更にその先にモジュラ−形式を見据えていた。
 事実、モジュラー形式論は楕円関数論を起点に、その後19世紀の終りにかけ、クラインらにより1変数の保型形式の概念が理解されます。更に、ヘッケにより1925年頃から体系化され、1960年代に”谷山=志村予想”と呼ばれたモジュラー定理の定式化を経て、モジュラー形式論は日の目を浴びる事になる。
 まさに超人伝説の継承とも言えますが、元はと言えば、円や曲線(楕円)の弧長を計算する為の積分関数(楕円積分)が起点でした。更に、楕円積分をその逆関数でひっくり返したら何と楕円関数になったという驚異の出来事。
 しかし、代数関数から超越関数、そして楕円関数からモジュラー形式論へと継承される辺りは、”超人伝説の継承”という言葉がぴったりですね。


レムニスケートの弧長

 2月末以来、約4ヶ月ぶりのガウス物語
ですが、前回「その5」では、ガウスの算術幾何平均からレムニスケート(曲線)の弧長積分を見出し、この積分関数は後に”第一種積分表示”(=楕円積分)と呼ばる、楕円関数論の起源となった所まで紹介しました。
 そこで、簡単にレムニスケートの弧長積分をおさらいします。
 まず、曲線の微小弧長はΔs=√(Δx²+Δy²)となるより、弧長はS=∫[a,b]√((dx/dt)²+(dy/dt)²)dtとの積分で表せる。更にx=tとし、S=∫[a,b]√(1+(dy/dx)²)dxを得る。
 ここで、直交座標P(x,y)を極座標P(r,θ)に変換する為に、レムニスケートの極座標表示(x=rcosθ,y=rsinθ)をθで微分すれば、(dx/dθ)²+(dy/dθ)²=r²+(dr/dθ)²と変形でき、極座標の弧長積分S=∫[0,θ]√(r²+(dr/dθ)²)dθの公式を得る。但し、r=r(θ)なる事に注意です。
 これに、レムニスケートの定義式:r²=2a²cos2θを代入すれば、S=√2a∫[0,θ]dθ√(cos2θ)=√2a∫[0,θ]dθ/(1−2sin²θ}との弧長積分を得る。
 更に、x=tanθ(0≤θ≤4/π)とおき、S=√2a∫[0,x]dx/√(1−x⁴)の一般式を得る。そこで、レムニスケートの全周の長さをLとすれば、L/4=√2a∫[0,π/4]dθ/(1−2sin²θ}=√2a∫[0,1]dx/√(1−x⁴)となる。
 一方で、cos2θ=cos²φと変数変換すれば、S=a∫[0,φ]dφ/√(1−sin²φ/2}となり、”第一種積分表示”の形となる。
 故にφ=π/2の時、L/4=√2a∫[0,1]dx/√(1−x⁴)=a∫[0,π/2]dφ/√(1−sin²φ/2}の積分値を得る。
 そこで、ガウスは∫[0,1]dx/√(1−x⁴)=ωとおき、”1と√2の算術幾何平均”であるM(1,√2)=π/2ωを発見する。
 レムニスケートの周期πが2ωに対応する事に注意です。

 更にガウスは、オイラーのガンマ関数を使い、∫[0,1]dx/√(1−x⁴)=(π/4)(2/(∫dx/√(sinx)dx)と変形し、ω=1.311031とかなり正確な値まで弾き出してたとされる。
 そこで今日は、円積分(=円関数)からレムニスケート関数に至るガウスの、実験的かつ帰納的な考察を述べたいと思います。
 曖昧な点もあると思いますが、悪しからずです。


円関数からレムニスケートへ

 ガウスが進んだ数学の道は帰納的でした。
 ”特殊から一般へ”とは、ガウスのモットーでもある。それは全ての学問は実質的であるべきで、”数学が演繹的である”というのは既成の古い数学にのみ通用するもので、一旦学説が出来てしまえば、その学説の論理は当り前のもので、演繹から新しいアイデアや創造は生まれない。
 ”我々は演繹という空虚な一般論に囚われる事なく、帰納の一途に精進すべきである”とはでの高木貞治氏の言葉である。
 つまり、ガウスの(逆関数が奏でる)楕円関数論が如何に実験的で帰納的であったかは、その逆関数に視点を移し弧長積分(楕円積分)を眺めた(以下で述べる)ガウスの実験的手法を見れば、簡単に思い知る事が出来るというものだ。

 ガウスが発見した”楕円積分”∫dx/√(1−x⁴)については、ヤコブ・ベルヌイ(1655-1705)やライプニッツ(1646-1716)が、すでに”初等関数では計算できないだろう”と予測していた。
 しかし、天才ガウスが「整数論考究」で初めて触れたのが、この積分であった。
 一方で、単位円の円弧の長さを表す円積分(弧長積分)が∫[0,x]dx/√(1−x²)がsinxの逆関数sin⁻¹x(又はarcsinx)である事は最初に述べたが、sin⁻¹x=∫[0,x]dx/√(1−x²)との等式を満たす。
 そこで、中心(1/2,0)で半径1/2の円:(x−1/2)²+y²=1/4を考える。まず、円周上の点をPとし線分OPの長さをrとし、x=rcosθ,y=rsinθを上式に代入すれば、円の(極座標の)定義式はr=cosθと出来る。
 故に、dr/dθ=−sinθ⇒(dθ/dr)²=(−1/sinθ)²=1/√(1−r²)から、円弧OPの長さSは、レムニスケートの弧長を求めた様に、S=∫[0,r]√(1+r²(dθ/dr)²)dr=∫[0,r]dr/√(1−r²)を得る。
 以上より、レムニスケートの弧長を実験的に求め、そのやり方で円の弧長を求める事が出来たお陰で、ガウスは円以外でも弧長積分が通用すると考えた。つまり、ガウスが”数学は帰納的である”としたのは、この事だったんですね。
 

ガウスの驚異のアイデア

 この様に、ガウスが「整数論考究」の中で触れた”ヒント”こそが、円周の等分方程式と同じ考察がレムニスケートの等分においても可能であろうと考えた事であった。つまり、アーベルもヤコビも、ガウスのこの”驚異のアイデア”を受けて立ったのである。
 (ガウスによって)円の弧長に関する議論が、円の弧長を求める積分の逆関数、つまり、三角関数の議論に置き換えられた。
 これと同じ様に、レムニスケートの弧長に関する議論が、それを求める積分の逆関数(ガウスはレムニスケート関数と呼んだ)の議論に置き換えられる筈だというのが、ガウスのヒントの本質である。
 事実ガウスは、1797年3月頃の「数学日記」で、”レムニスケートの5等分が定規とコンパスのみで行える”と述べている。
 一般にレムニスケートをn等分しようとするとn²次の代数方程式が出現し、これらの解のうちのn個の実解がn等分点を与える事が分かる。しかしガウスは”それでは他の(n²−n)個の解の虚数解は何を意味するのか?”と疑問を抱きつつ、複素関数論を構築しつつあったとされる。
 因みに(以下でも述べるが)、これと全く同じ疑問を約30年後にアーペルは抱く事になる。

 一方で、レムニスケート関数:sinlemn(u)は、同じレムニスケートの弧長関数L(x)をuとすると、u=∫[0,x]dx/√(1−x⁴)の逆関数で定義される。つまり、u=L(x)の逆関数として、x=sinlemn(u)が与えられる。
 更に、これを複素領域にまで拡張すると、複素楕円関数、つまり2種類の周期を持つ2重周期関数が得られるが、この周期は{2m₁ω+2m₂ωi}(m₁,m₂:実数)と書ける事が知られている。
 実際に、ガウスが発見した式で言えば、2ωと2ωiが(2重)周期となる。
 1799年5月には、”レムニスケート曲線の周期(=2ω)がπ/M(1,√2)と一致する”とガウスは予想した。
 ガウスは、ω=∫[0,1]dx/√(1−x⁴)=(1/√2)∫[0,π/2]dφ/√(1−sin²φ/2)とおいて計算し、M(1,√2)がπ/2ωと小数第11位まで一致する事を発見したのだ。
 僅か22歳の数学の巨人は、”M(√2,1)=π/2ωが証明できれば、解析の新たな領域が開かれる”と考えた。
 このM(1,√2)=π/2ωという等式は、ガウスが(1と√2の)算術幾何平均の実験的計算の結果として気付いたもので、これを証明したのはこの年の終わりである。
 但し、ガウスは(次回にも述べるが)、"広義"のレムニスケート関数をsinlemn(u)として、その逆関数である積分表示をu=∫dφ/√(1+μ²sin²φ}と書いた。
 これは、一般にレムニスケート関数が実と虚の2重周期(2ωと2ωi)を持ち、μが虚数の時(μ=iμ')を考え、μ²=−μ'²なる事からこう記したのだろうか?・・・勿論、実数のみで検証する事は容易いが、ガウスは虚数積分に関しても多くの考察をした。
 一方で、若くて(気の早い)ヤコビやアーベルとはだいぶ違うが、”ガウスの厳格主義だって!そんな暇があるもんか”とヤコビは言い放ったとか(高木正仁談)。
 事実ヤコビは、実用性を重視し、複素解析を使わずに定義できる楕円関数を考え、三角関数との類似性もあり、sinに対応するヤコビ楕円関数をsnと表記した。


最後に

 更にガウスは、楕円積分の値とモジュラ(ここでは、i=√(-1))の関係を調べる事で”楕円モジュラ関数”と呼ばれるものにも考察を加えている。
 これは、全く無関係に見える数学的素材である算術幾何平均とレムニスケート、そして2次形式からの楕円関数論という新しい理論を創出するガウスの錬金術としてみれば、只々驚き呆れるしかない。
 こうした、”完璧な形で整備し終わらない限り発表しない”という完全主義者のガウスだが、この楕円関数論の成果に関しては、アーベルやヤコビ、更にはリーマンやクライン更にポアンカレまでをも包括する深みと繋がりを有するもので、楕円関数論を満足できる形を得るなんて到底できる筈もない。
 こうして、ガウスの楕円関数論の研究は発表されずに終わったが、1818年頃に”新しい超越関数に関する100の定理”というタイトルで自らの成果を集大成している。

 長くなりすぎたので、今日はここまでです。前回とダブる所も多かったんですが、次回はガウスの”驚異のアイデア”の真相について探りたいと思います。
 円の弧長に関する議論をレムニスケートの弧長を求める積分の逆関数(=レムニスケート関数)の議論に置き換え、楕円関数論の始まりを予感させたガウスのアイデアには、只々敬服するばかりである。



6 コメント

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楕円関数から楕円曲線へ (腹打て)
2023-09-12 17:29:54
楕円の弧長を求める研究から
超越関数である楕円積分が生まれ
楕円積分の逆関数をとると、二重周期の楕円関数が現れる。
その楕円関数の代表的なものにワイエルシュトラスのペー関数があるけど
このペー(℘)関数が満たす微分方程式から楕円曲線が現れる。
これは(x,y)=(℘(z),℘’(z))として微分方程式に代入すれば、y²=xの3次式の形をした楕円曲線を得るからだけど、まるで超越関数を超えたような関数にも見える。 
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腹打てサン (象が転んだ)
2023-09-13 04:33:40
そうなんですよ。
ウッカリしてましたが
楕円関数にはワイエルシュトラスの(シンプルで柔軟性の高い)ペー関数が一般的で、その性質が故に楕円曲線を作り出し、モジュラー形式論へと繋がっていきます。
一方で、ヤコビの楕円関数は実関数のみなので実用性が高く、中でもテータ関数は(複雑ですが)歴史的に見ても重要な関数とされます。

このテータ関数はリーマンも参考にしてましたが、数学というのは必ずどこかで繋がってる。
こういう所が数学のファンタジーなとこなんでしょうか。
コメント参考になります。
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楕円曲線 (paulkuroneko)
2023-09-13 17:02:51
楕円関数論を使って複素数上で定義される楕円曲線(代数曲線)ですが、代数幾何学的には3次の平面代数曲線として見ることができます。
というのも、一般的には3次式の代数曲線であるy²=ax³+bx²+cx+dの形で表され、そこで右辺をゼロとした時の重根をもたない代数曲線。
つまり、種数1(穴の数が1つ)の非特異な平面曲線となる事から曲線という名が付く。

つまり、楕円曲線の”楕円”とは、楕円の弧長を求める楕円積分をともに起源とするという意味での楕円であり、楕円方程式の楕円ではない事に注意です。

更に、実平面上ではy²=x³+ax+bの形で表され、その判別式は−16(4a³+27b²)となり、曲線が非特異である事と判別式≠0は同値ですから、この様な実平面上の楕円曲線は判別式が正であれば2つの曲線を持ち、負であれば1つの曲線しか持たない。
こうして、実に奇妙な代数曲線が超越関数から生み出されたものだと感心します。 
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paulさん (象が転んだ)
2023-09-14 01:54:33
楕円曲線については
フェルマー予想の記事で何度も書いたつもりですが、楕円関数とのつながりは見えてませんでした。
しかし、代数曲線(微分方程式)としてみれば、繋がってくるし、モジュラー形式論に発展するんですよね。

コメント色々と参考になります。
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魔法の曲線 (HooRoo)
2023-09-14 12:00:01
楕円の弧の長さから楕円積分が生まれ
その楕円積分の逆関数から楕円関数が生まれ
その楕円関数を
代数曲線としてみたら楕円曲線になってた
ってことでいいのかな(*_*)

つまり
楕円の弧長が魔法の曲線を生んだってこと?
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Hooさんへ (象が転んだ)
2023-09-15 01:13:49
厳密に言えば
楕円積分の逆関数から、(加法定理を使い)複素平面全体に定義域を広げると、複素平面の2方向に周期を持つ(2重周期の)楕円関数が生まれた。
リーマンは、代数関数と代数曲線との関係を(閉)リーマン面との対応を使って考察し、その後、楕円関数を複素平面上での種数1(穴が1つ)の非特異の代数曲線に対応させ、楕円曲線が得られます。

ここら辺は非常に抽象的で私も勉強不足で上手く説明できませんが、(言われる通り)魔法の曲線とも言えますかね。
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