「オマエはほんと何の取り柄もないものな。誰か小池の得意なもの知ってるか?」
ヒゲだるまが教室を見渡して言った。
「どうなんだ、自慢できる事があったら言ってみろ。人間何かしらあるだろう。何もないって事は人間のくずだって事だぞ。」
しばらくの沈黙の後、一番前の席で手を上げた女子がいた。
「何だ、言いたいことがあるのか?」
チビめがねで地味な藤田みちこだった。
全員が見つめる中、立ち上がって言った。
「小池君は穴を掘るのが上手だと思います。」
数人が吹き出して笑った。
辰雄は自分以外に小池君の穴掘りのことを知っている人間がいたことに驚いた。
にやついたヒゲだるまが立ったままの藤田みちこに近づく。
辰雄は思わず立ち上がっていた。
ガタンと椅子がずれる音で全員が振り向く。
「本当に上手なんです。」
思った以上に大きな声になっていた。
藤田みちこが辰雄の顔を見つめ、ほっとしたように微笑んだ。
初めて見た純粋で可愛い笑顔だった。
笑みを消したヒゲだるまが向きを変え、辰雄の席に向かう。
下を向いたままだった小池君の左手が、何かを押し固めるようにゆっくりと動いた。
つづく