ハロー!
昨日から伊勢・志摩サミットが開かれていて日本も何かと大変そうだなと思っていますが如何でしょうか?
サミット終了後にアメリカのオバマ大統領が広島を訪問するということでこちらでもニュースになっています。
日本人には願いを込めて千羽鶴を折るということがあるのは誰もが知っていると思います。また折ったこともあるかと思いますが、それはいつ、どのようにして始まったのかご存知でしょうか?
うかつにも私はそれを知りませんでしたし考えもしなかったのです。
本を借りる時どういうジャンルの本なのかは全く分かりません。「Japanese」というコーナーに単行本や書きおろし、推理小説やノンフィクションまでさまざまな本が混ざり合ってこのコーナーにあります。
したがって私は文字の大きな読みやすそうな本を借りてくるのです。内容は何でも良いのです。
今回読んだ本の中に「奇跡はつばさに乗って」(源 和子著)という本がありました。
この本は2歳の時広島で被爆した少女「佐々木禎子」さんの事が書かれています。
名前を聞いただけで分かる人もいます。多分広島県出身の人はみんな知ってると聞きました。
彼女が小学6年生の時(11歳)白血病を発症しました。入院している間鶴を折り始めるのです。誰かに千羽折ったら病気が治るといわれ一生懸命毎日毎日折っていました。
当時は折り紙は貴重なもので手に入りません。頂いたキャラメルの包み紙や薬を包んでいた紙を小さく切って針を使いながら折っていたそうです。千羽折ったけれども病気は回復しませんでした。しかし最後まで良くなることを信じ前向きにそして毎日明るく希望をもって生活していました。
1300羽くらい折ったそうですが12歳の10月命は尽きてしまいました。
その後「佐々木禎子」のことをみんなに知ってもらおうと2歳年上の兄が活動を始めました。それは多くの人々に「世界平和」について考えるきっかけにもなっています。随分月日は経ちましたが原爆投下の命令を下したトルーマン元アメリカ大統領のお孫さんとも面会し今ではお互いの家族や親戚とも交流があるそうです。
お兄さんの言葉「妹が被爆して若くして亡くなったことは勿論寂しいことですが誰かを恨んでいては真の世界平和にはなりません。恨みが恨みを呼ぶのです。」と言っていました。(こちらのニュースでも見ました)私もそう思います。
数年前年末恒例の紅白歌合戦で「クミコ」さんが歌った歌「INORI」は禎子さんのことを想いながら甥が作詞したそうです。この歌は知っていました。いい歌です。
また中学3年生の英語の教科書「NEW CROWN」にも「Sadako」さんのことが使われているそうです。
広島平和記念公園にある折り鶴を頭上に持った少女の像はこの少女がモデルになっています。
この少女「Sadako」さんのことはアメリカでも副読本として多くの学校で学んでいるそうです。
広島出身の友人と先日街を歩きました。その時にこの少女の名前を知ってるかどうか聞いてみるともちろん知っていました。私が知らなかったと言ったら彼女はとても驚いていました。日本人ならみんな知ってると思っていたそうです。かなりショックを受けていました。
知らなかったのはもしかして私だけ?と逆ショックでした。
今回はとても良い本に出合えたと思いました。久しぶりに涙して読みました。お勧めです。
昨日から伊勢・志摩サミットが開かれていて日本も何かと大変そうだなと思っていますが如何でしょうか?
サミット終了後にアメリカのオバマ大統領が広島を訪問するということでこちらでもニュースになっています。
日本人には願いを込めて千羽鶴を折るということがあるのは誰もが知っていると思います。また折ったこともあるかと思いますが、それはいつ、どのようにして始まったのかご存知でしょうか?
うかつにも私はそれを知りませんでしたし考えもしなかったのです。
本を借りる時どういうジャンルの本なのかは全く分かりません。「Japanese」というコーナーに単行本や書きおろし、推理小説やノンフィクションまでさまざまな本が混ざり合ってこのコーナーにあります。
したがって私は文字の大きな読みやすそうな本を借りてくるのです。内容は何でも良いのです。
今回読んだ本の中に「奇跡はつばさに乗って」(源 和子著)という本がありました。
この本は2歳の時広島で被爆した少女「佐々木禎子」さんの事が書かれています。
名前を聞いただけで分かる人もいます。多分広島県出身の人はみんな知ってると聞きました。
彼女が小学6年生の時(11歳)白血病を発症しました。入院している間鶴を折り始めるのです。誰かに千羽折ったら病気が治るといわれ一生懸命毎日毎日折っていました。
当時は折り紙は貴重なもので手に入りません。頂いたキャラメルの包み紙や薬を包んでいた紙を小さく切って針を使いながら折っていたそうです。千羽折ったけれども病気は回復しませんでした。しかし最後まで良くなることを信じ前向きにそして毎日明るく希望をもって生活していました。
1300羽くらい折ったそうですが12歳の10月命は尽きてしまいました。
その後「佐々木禎子」のことをみんなに知ってもらおうと2歳年上の兄が活動を始めました。それは多くの人々に「世界平和」について考えるきっかけにもなっています。随分月日は経ちましたが原爆投下の命令を下したトルーマン元アメリカ大統領のお孫さんとも面会し今ではお互いの家族や親戚とも交流があるそうです。
お兄さんの言葉「妹が被爆して若くして亡くなったことは勿論寂しいことですが誰かを恨んでいては真の世界平和にはなりません。恨みが恨みを呼ぶのです。」と言っていました。(こちらのニュースでも見ました)私もそう思います。
数年前年末恒例の紅白歌合戦で「クミコ」さんが歌った歌「INORI」は禎子さんのことを想いながら甥が作詞したそうです。この歌は知っていました。いい歌です。
また中学3年生の英語の教科書「NEW CROWN」にも「Sadako」さんのことが使われているそうです。
広島平和記念公園にある折り鶴を頭上に持った少女の像はこの少女がモデルになっています。
この少女「Sadako」さんのことはアメリカでも副読本として多くの学校で学んでいるそうです。
広島出身の友人と先日街を歩きました。その時にこの少女の名前を知ってるかどうか聞いてみるともちろん知っていました。私が知らなかったと言ったら彼女はとても驚いていました。日本人ならみんな知ってると思っていたそうです。かなりショックを受けていました。
知らなかったのはもしかして私だけ?と逆ショックでした。
今回はとても良い本に出合えたと思いました。久しぶりに涙して読みました。お勧めです。