ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

篠田節子さんの最新作の小説「ブラックボックス」をほぼ読了しました

2013年05月19日 | 
 篠田節子さんの最新作の小説「ブラックボックス」(発行は朝日新聞出版)をほぼ読了しました。最新作といっても、発行日は2013年1月4日と約5カ月前です。

 今回、ここで取り上げる直接のきっかけは、2013年5月15日に発行された朝日新聞紙の朝刊に掲載されたオピニオンというコラムの「攻めの農業でいいのか」を読んだことです。安倍晋三内閣が成長戦略の一つとして目指す、農業法人による“工業化”した農業システムでいいのかを述べた意見です。この意見を理解するのに、小説「ブラックボックス」は役に立つと感じました。

 その時々の社会問題をテーマにする小説の名手である篠田さんは「ブラックボックス」では、農業と食の安全性などを取り上げました。



 サブ主人公である農家の後継者のBは、大手肥料メーカーの開発したハイテク農法を導入し、クリーン施設“野菜工場”を運営しています。土壌や水などを無菌化し、殺虫剤を不要にしたハイテクのクリーンルームの野菜育成室では、農業従事者はパソコンモニターを監視しながら、不具合対策をとるだけです。自分の手を動かす農業ではないことに、次第に不満がつのります。

 その内に、太陽の下で自然を相手にする露地農業がしたくなったサブ主人公Bは、耕作放置地を借りて、本来の自然農業によって野菜などをつくり始めます。ただし、市場には出荷できない、売り物にはならない野菜たちを収穫します。

 一方、主人公Aは故郷に戻って、深夜のサラダ工場で働き始めます。このハイテクサラダ工場の従業員は、外国人の“研修生”です。無菌にするために、低温という過酷な労働環境で働くために、体調不調を訴える者が続出します。主人公Aは日本人という理由で、パート契約だが生産現場の事実上の責任者をさせられます。

 コンビニやスーパーに並ぶサラダのパックが、毎日きちんと棚に並ぶ背後にある、研修生という名の低賃金労働者の実体が浮かび上がります。以前に、あるパネル討論のテレビ番組で、農家の方が「日本の農家は研修生無しでは成り立たない」と説明します。農業も漁業も、学生アルバイト以下の低賃金で働く外国人研修生を織り込んだ生産態勢が不可欠になっていると説明されました。

 小説「ブラックボックス」は、ハイテクサラダ工場の労働環境問題から食の安全とは何かという問題にまで踏み込んで行きます。その兆候の一つは小学校の児童に多発する食物アレルギーなどです。

 生物である人間が食べる農作物とは何かなどの、かなり重たい問題に正面から取り組んだ小説です。ただし、なかなか微妙ですが、農業とは何か、食の安全とは何かという簡単には答えが出ない大問題に取り組んだためでしょうか、小説としての面白さは今一つと感じました。篠田さんの小説家としての力量からすると、“料理”しきれていないと感じました。

 朝日新聞紙朝刊に掲載されたオピニオン「攻めの農業でいいのか」の内容については今後考えます。日本の農業をどうするかは、複雑で難しい問題です。