オーストリアのウィーン市北部郊外のハイリゲンシュタット(Helligenstadt)は高級住宅地です。ある程度の規模の広い敷地に大きなお屋敷風の邸宅が並んでいます。以下は4月上旬にウィーン市に行った時の、こぼれ話です。
Uバーンと呼ばれる地下鉄「U4」のウィーン市街地北部の終着駅であるハイリゲンシュタット駅で降ります。このターミナル駅近くには、集合住宅が多く、ウィーン市中心部に通うベットタウンではと想像しました。
この駅前からSバーン(路面電車)のD路線に乗り換えて、なだらかな山麓を登ります。その終点で降りると、なだらかな斜面にある高級住宅地・別荘地の入り口です。
「べートーベンの小道」と呼ばれる散策路をのんびり登ります。
べートーベンの小道は、小川(排水路)沿いに登って行きます。犬を散歩させている方に時々会う程度と、人影があまりありません。
小道沿いに咲いている野草です。
小道沿いの木々にいろいろな野鳥がいて、さえずっています。日本のシジュウカラとたぶん同じと思えるシジュウカラです。
シジュウカラはあちこちにいます。
同様に、日本のゴジュウカラとたぶん同じゴジュウカラです。
ウィーン市内でも、よく見かけ、よく鳴いているクロウタドリです。
この後に幸運にもコマドリを見かけたのですが、逆光でうまく撮影できませんでした。この一帯は、野鳥が多い雑木林です。
また大きな木の上に、リスがいたのですが、動き回るので撮影できませんでした。
「べートーベンの小道」と名付けられた由縁のベートベン像です。
ベートーベンがこの辺を散策して、交響曲第6番「田園」を着想したという伝説があるそうです。
いくらか離れた自動車が通る主要な道沿いには、ベートーベンが晩年に弟宛てに遺書を書いたと伝えられる「ベートベンの関連」の家があります。
「べートーベンの小道」の先には、斜面に広大な墓地がありました。その墓地の背後には、ワイン畑が広がっています。
ここから高級住宅地の中の上り坂・下り坂を通って、自動車が通る主要な道沿いのバス停に行きました。ここから近くにある小山の上にあるカーレンベルグの丘まで、バスで移動しました。
カーレンベルグの丘の展望台からは、ドナウ川やウィーン市中心部が望めます。ただし、この日は春霞のために、ぼーっとしか見えませんでした。
このハイリゲンシュタットの丘には、ワインを飲ませる「ホイリゲ」と呼ばれる“ワインレストラン”が多数あるそうです。11月のワインの新酒のころは、一番賑わうそうです。
Uバーンと呼ばれる地下鉄「U4」のウィーン市街地北部の終着駅であるハイリゲンシュタット駅で降ります。このターミナル駅近くには、集合住宅が多く、ウィーン市中心部に通うベットタウンではと想像しました。
この駅前からSバーン(路面電車)のD路線に乗り換えて、なだらかな山麓を登ります。その終点で降りると、なだらかな斜面にある高級住宅地・別荘地の入り口です。
「べートーベンの小道」と呼ばれる散策路をのんびり登ります。
べートーベンの小道は、小川(排水路)沿いに登って行きます。犬を散歩させている方に時々会う程度と、人影があまりありません。
小道沿いに咲いている野草です。
小道沿いの木々にいろいろな野鳥がいて、さえずっています。日本のシジュウカラとたぶん同じと思えるシジュウカラです。
シジュウカラはあちこちにいます。
同様に、日本のゴジュウカラとたぶん同じゴジュウカラです。
ウィーン市内でも、よく見かけ、よく鳴いているクロウタドリです。
この後に幸運にもコマドリを見かけたのですが、逆光でうまく撮影できませんでした。この一帯は、野鳥が多い雑木林です。
また大きな木の上に、リスがいたのですが、動き回るので撮影できませんでした。
「べートーベンの小道」と名付けられた由縁のベートベン像です。
ベートーベンがこの辺を散策して、交響曲第6番「田園」を着想したという伝説があるそうです。
いくらか離れた自動車が通る主要な道沿いには、ベートーベンが晩年に弟宛てに遺書を書いたと伝えられる「ベートベンの関連」の家があります。
「べートーベンの小道」の先には、斜面に広大な墓地がありました。その墓地の背後には、ワイン畑が広がっています。
ここから高級住宅地の中の上り坂・下り坂を通って、自動車が通る主要な道沿いのバス停に行きました。ここから近くにある小山の上にあるカーレンベルグの丘まで、バスで移動しました。
カーレンベルグの丘の展望台からは、ドナウ川やウィーン市中心部が望めます。ただし、この日は春霞のために、ぼーっとしか見えませんでした。
このハイリゲンシュタットの丘には、ワインを飲ませる「ホイリゲ」と呼ばれる“ワインレストラン”が多数あるそうです。11月のワインの新酒のころは、一番賑わうそうです。