おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

友あり、遠方より来る。また楽しからずや。

2010年05月04日 06時22分58秒 | 日記
昨日は担任だった教え子とそのご両親が市内から訪ねて来て下さった。彼女はスポーツウーマンで、バドミントン県内でトップクラスの実力を持っていた。もちろん見えない努力もあってのことだが、栄光に輝いていた。しかし、彼女は「クラブ生(特待生)」にありがちな、「私は競技では有名人、あなた達とは違うのよ」とエリート意識丸出しで、他のクラスの生徒と一線を画するような生き方をしていなかった。練習時間で限られてはいるが、できる限り他の生徒と一緒にクラスの活動も怠らなかった。

だから、担任としてこの子には厚い信頼を寄せていた。父親はサッカの社会人チームで活躍されていた方、母親もバドミントンのママさんプレーヤー。スポーツ一家。

私は、担任としてやったことで自慢できることは一つだけ。一日も欠かさず「学級新聞”夢”」を出し続けたこと。1年、2年と担任していよいよ最終学年に達しようとした時、当時の校長は校務分掌で「重い命令」を発した。「生徒指導部長」を命ず・・・
なにしろ一番きつく、困難な仕事だ。ずーっとバスケットの顧問として毎日生徒と汗を流していたこと、指導も厳しかったことを見ての判断だったのだろう。いわば学校に中の警察みたいなところ。生徒の憎まれ役でもある。担任を外れるしかない。あと1年、無念ではあるけれど仕方がない。

ところがこの子、最後の1年間、私に代わって「夢」を書きつづけたのだ。しかも日本一を目指すクラブに属しているにも関わらず、毎日記事を集め編集し、印刷して配布し続けた。こんな有難いことはない。それを知った時の感激は言葉に言い表せない。

AB型で血液型も同じで、性格も私に似ていた。両親にも「この子は自分の子供のように信頼しています」と話していたほど。スポーツウーマンだけれど、繊細で傷付きやすく、時に落ち込むこともあった。行き詰ってどうしようもなくなった時には、クラブからの帰りに我が家を訪ねてきた。

卒業した後もこの子と、そのご家族との付き合いは続いた。
昨日は、退職のお祝いにといっぱいプレゼント・お土産を持って来てくれた。こんなに貰っていいのかというほどー。
私達はご家族を迎えるにあたって、庭の芝生の手入れをしたり朝から隅々まで念入りに掃き掃除。そして「バーベキュー」の用意。阿蘇の赤牛の肉、鶏のせせり(首の肉)、前日に釣っていた山女魚を串に刺して塩を振って(1匹しかないので一番若い「生徒」に食べさせよう)冷蔵庫に保管している。野菜は自分の作っているキャベツ。玉葱、ニンジン、アスパラはみな作っているけれど残念ながら育ちが間に合わないので、買ったものを使うことにした。
ここは何よりの接遇法は自然を肌身で感じさせること。阿蘇の山稜を目の前にしながらバーベキューを楽しんだ。お父さんは私よりいくつか先輩なのだが、穏やかな人格で付き合いやすくいつもニコニコされている。子供を運転手にしてこのご両親と私達夫婦でビールをしこたま飲んだ。そして、持ってきていただいた焼酎も・・・

友あり、遠方より来る。亦楽しからずや。

さて今日はバスケットの教え子達がご主人や子供達を連れてやって来る。またバーベキューでおもてなしー。

写真は私が作った今年のキャベツ。