<中編の続き>
先に藤ノ木古墳(6世紀後半)出土の馬具に方相氏が、憤怒で鬼にみえる形相で刻まれていることを記した。
橿原考古学研究所付属博物館にて
(鞍の把手の下に方相氏が刻まれているが、それと判断できないのが残念)
小林太市郎氏①は、ソルボンヌ大学留学中に、頭の両面に顔のある漢代の方相氏の明器俑を見たと云う。それは、盾や弓などの武器をもち、片面は憤怒の表情で反対面は笑いの異形の表情を浮かべ、頭に武器あるいは装飾の突起を持っていると云う。その俑の実物を見た訳でもなく、これ以上の説明はできないが、盾と武器を持つ点は、『周礼』が示す通り、方相氏の特徴である。しかし、一顔四目ではない。
両面の俑で思い出すのが、和歌山市大日山35号墳(6世紀前半)出土の両面人物埴輪である。片面は目がつりあがり、上唇が異形で怒りの情のように見える。反対面は無表情のようにみえるが、薄ら笑いにみえなくもない。この埴輪は首から下の部分が存在しておらず、両手に何を持っていたかは不明である。
この両面人物埴輪は、現在まで大日山35号墳出土の当該埴輪一点のみで、極めて稀である。これを小林太市郎氏が指摘される両面をもつ方相氏の俑と同じように、方相氏と捉えるかどうか。
権現坂埴輪製作遺跡出土 盾持ち人埴輪 熊谷市文化財センターHPより
両面人物埴輪とは異なるが、埼玉県熊谷市の権現坂埴輪製作遺跡から、盾の表面に戟を貼り付け、頭に異形のものをのせる盾持人埴輪が出土している。盾と武器と云えば、方相氏の持ち物である。盾持人埴輪は古墳の墳頂に並べられ、被葬者の霊魂を邪悪なものから護る辟邪の役割をもつ。方相氏もまた疾鬼や魍魎など邪悪な霊的存在を撃退する辟邪の役割を担っていた・・・と、云うことで、大日山35号墳の両面人物埴輪は方相氏の可能性が考えられるという話であった。
尚、飛騨地方に『両面宿儺・りょうめんすくな』なる一胴体二顔の怪物伝説があるというが、方相氏や両面人物埴輪との関係は不明である。
<追記>
(顔の考古学 設楽博巳著より転載)
中国山東省武梁祠の石室における画像石の絵画には、明らかに熊の姿をとった方相氏が手だけではなく足にまで武器をつけて巨人に立ち向かっている。巨人は人を食っているので方相であろう。注目すべきは方相氏の頭にも弩が取り付けられている。左右の手に武器を持ち足を踏ん張った方相氏である。画像石に表現された頭に武器を載せる方相氏の特徴は、上掲盾持ち埴輪に見る表現との類似性が指摘できる。
注・① 元神戸大学教授 美術史家・芸術学者
参考文献:顔の考古学 設楽博巳著
<了>
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