昨年10月に7日間、福岡・佐賀・熊本・山口4県の古代遺跡と関連施設、合わせて25箇所を駆け足で巡った。今回から見聞した事どもを記事にする。初回は板付遺跡と、そこに設置されている弥生館の展示品を紹介する。板付遺跡は環濠の中にあった。弥生時代の環濠集落であったことになる。
弥生館展示のジオラマによれば、環濠は一重のようで、稲作水田は環濠の外で小川を挟んだ対面にある。
環濠が復元されている。御覧のように一重の環濠である。それもあまり大きくはないので、防御上はやや心配な気がする。
日本の稲作の初源は、板付から始まったと記されている。佐賀県唐津の菜畑か板付か、先陣争いでもないが気になるところではある。現地には復元水田で稲作をしている。
見ると、それなりの面積で、弥生期の住民がどれだけか知る由もないが、稲籾は蓄えることが可能なため、貧富の差が生ずるであろうことを考えた。
<続く>
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