<続き>
東播磨には古代遺跡が豊富に存在するようだ。溝之口遺跡の古代竪穴住居が想定復元展示されていた。
弥生土器を中心に展示遺物を紹介している。古代関連遺跡や施設を訪ね展示物を観ていると、毎回感ずることがある。それは弥生人の行動範囲が、狭い集落内で完結していないことである。今回御覧のように東播磨の弥生集落から瀬戸内沿岸、北近畿、海を隔てた讃岐の土器が出土していることである。思えば江戸時代から昭和初期までの庶民の行動範囲は狭かった。特に江戸時代などは社会の仕組みがそうであったと云えばそれまでだが、移動がない社会は停滞するのは当然の成り行きであろう。
<続く>
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