明治乳業争議団(blog)

働くルールの確立で人間性の回復を!

東日本大震災復興支援で仮設住宅に避難生活を余儀なくされている方々を訪問し交流してきました

2017年04月30日 17時52分40秒 | お知らせ
仮設住宅集会場グリーンピアで演奏する「アルク・アンシェル」の皆さん

集会場の部屋に掲載されている「寄せ書き」医労連の方々の懸命な救援活動が伺えました。


 
 震災翌年12年から、争議支援を呼びかける物資販売カタログに支援コーナーを設けその資金で震災仮設住宅に住んでおられる方々を励ます一助とする取り組みが、「JMIU高見沢電機争議」と首都圏を中心に組織されている「働きたいネットワーク」をバックアップする「(有)ユニオンセンター」が取り組んで来ている行動に、明治乳業争議団も15年から、解決した高見沢争議を引き継ぎ今回も参加してきました。

原発いらない平和集会会場において、岩手被災地支援への物資販売協力を呼びかける
 

明治乳業争議団と(有)ユニオンセンターが全国の団体、個人の皆さんにお願いして物品販売活動を展開しています。特に、東日本大震災復興支援を取り組み「カタログに復興支援コーナー」を設け、その売上げとユニオンセンターや取引き業者(ユニオンサービス、徳永製菓、河京、サンフード、富士興産、丸若)のご協力を得て、二巡目としての取り組みが15年福島、16年宮城、今回岩手と廻ってきました。
 今回は4月15日~17日、震災から早6年目、支援のあり方も色々趣向を凝らし、地元店の品々などを利用する目的の支援にしました。また昨年に引き続き、神奈川県内で活躍しているアマチュアグループ「アルク・アンシェル」のご協力を得て、岩手県陸中宮古のグリーンピア仮設住宅と昨年台風10号で大被害を受けた岩泉町仮設住宅を訪れ、ハーモニカ合奏と参加された皆さんと共に、即席「歌声ひろば」で歌を合唱し交流をしてきました。久しぶりに声をだして歌えたと喜んでいただけました。

 地元いわて労連のみなさまに準備などのご協力をいただきました。


 いわて労連の方に帯同していただき説明を受けました。田老地域は14.5mの津波に破壊され、復興事業として漁港に14.7mの防潮堤防を造っている。住んでいる方々は「海が見えない」堤防造るより「逃げる方が良い」との意見が多数あると。
津波で破壊された堤防水門が残っています。

建設中の防潮堤の一部分が見えます。


「震災メモリアルパーク中の浜」の山肌中腹の木にボールが引っかかったまま、今も6年前の凄まじさを見せています。



 高台に宅地造成された所には、168戸数、内80戸は公営住宅。それぞれ希望を取って進めてきたようですが、5年を経過してくると居住する条件が色々変わってきていると説明がありました。
 また、岩泉町が昨年の台風10号による集中豪雨が山津波となって小本川に集中。山から根こそぎ倒された木々が橋桁、欄干に掛かり、川を堰き止め道路が川の流れとなり、老人福祉施設(ケアハウス)に流れ込み9人が亡くなる痛ましい災害がありました。
 小本川流域の向井町は100軒からの町並みが全壊、半壊、1人死亡の被害。まともに残った家屋は10軒と被災者が語ってくれました。
小本川流域沿いには未だ流木がそのままの痛ましさを残しています。 
 交流会に参加された方から、集まりになかなか出かけて来れない。もう少し色々なことへの連絡がほしい。よその方々がどうなっているのかわからない。チラシが来なければこの様な集まりがわからない等など。多くの皆さんに助けられてここまで来ましたと。また、すてきなハーモニカ演奏を聴かせていただいたり、一緒に歌うなんて初めてで良かったと喜びの声がありました。
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