今回はとぎれとぎれの読書で、なかなかしんどい10日間でした。
短篇とかエッセイ(エッセーと書くほうが正しいのか? )なら融通が利くんだけど、
長篇で途中で切れると、なかなかストレスがたまります。
前の話、忘れちゃった、この人誰だったっけ?の繰り返し。
やっと図書館予約本も落ち着いたし、
今月は積んである本を減らすのと、ウクレレ本(これも本よね)に日々励もう。
というわけで、いつものように17ページの6行目をアタマから書き写しています。
あとは雑文です。
さよならを待つふたりのために/ジョン・グリーン 金原瑞人・竹内茜訳
そしてそれらを区別する知恵をお与えください。男の子はまだこっちを見ていた。自分の頬がちょっ
さて、図書館本のいいところは「気軽に、興味を持った本を読むことができる」ですが、
調べもせず、深く考えもせずに何でも予約をクリックしてしまうと、
届いて受け取って手に取って開いて「うぉ」っということも多々おこります。
作者の謝辞に、「この話では、がんという病気に関しても、その治療法に関しても、フィクションの部分がある」
と書いてありますが、ちょっとどうなのってのが正直な感想です。
主人公の女の子が甲状腺がん(分化型)、肺へ転移ということだけははっきり書いてありますが、
余命とかそういうことは具体的には触れずに文中でにおわせるだけで、
どういう過程で彼女の甲状腺がんが発見され、その経過はどうだったのか、
事細かにとまでは言わないけれど、そこらへんを書いて無くて、
甲状腺がんに関して詳しく知らない人が読むと(ほとんどの人がそうだと思うけど)、
フィクションといえども甲状腺がん=死んじゃうとイメージしてしまうのでは。
いくら闘病記のような小説ではないにしろ、そこらへんのフォローがあって欲しかったなぁ。
私事ですが、甲状腺に病気をもっているみんな(私もそうです)、誰もが日々元気にすごしてゆけますように。
さよなら妖精/米澤穂信
衣食足りて礼節を知る、という。また、一方では貧すれば鈍する、とも。つまり礼節なるもの
「王とサーカス」の予習のつもりで読んでみた。
米澤さんの本はこれで5冊目になるけれど、相変わらず暗い。
氷菓・古典部シリーズは読んだことがないのであれだけど、これが米澤さんの持ち味といううか、
そういうものなのかもしれない。
で、思わぬところでユーゴスラヴィアの勉強をすることに。もうない国ですが。
あらためてユーゴの紛争がこの歳になってかちっとアタマにおさまった。
にしても、マーヤの最期は、シリアで狙撃された中村美香さんと重なってしまい、
日本を選んで生まれてきたわけではないけれど、
生まれながらにして背負うものの大きさって、アタマのなかで世界地図を浮かべれば、
「他の国」に生まれていた自分、いやぁ、他の国っていろいろありますけど、
つい先日シリアの難民の男の子の写真を見たばかりで、
私が暢気にウクレレ弾いているときにも世界のどこかで泣いてる人たちがいて、
日本の国内でもそうで、自然災害なんてもうどうしたらいいのか。
ここで書くのに詰まってしまった。
理想と現実のはざま。
「王とサーカス」、まだまだ届きそうにありません。
密謀(下)/藤沢周平
だが、その事実は日本の将士にも、敵側の朝鮮軍、明軍にも洩れた。名将李舜臣と
密謀(上)と間があいてしまい、この人誰だったっけと悩むこと多々。
本筋の、上杉、直江、石田、徳川の話より、静四朗、まい、「草」に気持ちがいってしまった。
追撃して家康を討っていたら、と考えてもどうしようもないことですが、
江戸時代がぼこっと消滅したらどんな2015年になっていたんでしょね。
東京オリンピックのロゴ問題もなかったろな。鎖国だってなかったかも。
にしても藤沢さんの文章はうまいし読んでいて人格というか、
どうも私は最近書いている人を思い浮かべてしまう傾向があります。
新潮日本文学アルバム 正岡子規
図書館をふらついていてら、こんな本があったので借りてみた。
写真中心の本で、文章はほとんど飛ばして、資料写真に見入る。
で、絵を、子規は病床にていろいろな絵を描き残しているのですが、
それがうまい。絵の良し悪しは私にはわからないんですけど、
なんでしょね、絵と私の距離というか、すっと胸のあたりに飛び込んでくる感じ。
漱石宛ての書簡。 と、またここで先の言葉がでてこない。
言葉が出てこなくて困ります。
う~っとしか出てこない(笑)。
そのうち、「お!」と「「わー」と「う~」だけのブログになっていたりして。
以上、144回でした。