貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

道祖神の招きか 年の暮れ

2019-12-21 09:24:05 | 日記

 

道祖神の招きか 年の暮れ

令和元年12月21日

 29歳まで芭蕉は生家で

暮らしている。


 

 それ以降、幾度か帰郷。

 晩年の貞享4年の暮れ、

この生家で自分の臍の緒を

見つけ、亡き父母や郷土

伊賀への慕情を怺えきれず

涙する。

「旧里や

  臍のをに泣

    としのくれ」 

と詠む。

 その句碑が生家前に建って

いる。


               

 当時の生活を見事に再現した

この生家は、芭蕉たち家族の

暮らしぶりがよくわかる。

 この土間の奥に、釣月庵がある。


 

 また、「芭蕉瓦版」に、

米国の駐日大使キャロライン・

ケネディさんが、「奥の細道」

の芭蕉の句を引用し、着任した

ことも掲載されている。

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「道祖神(どうそじん)の

 招きにあひて

取るもの手につかず」

 キャロライン・ケネディ前駐日米大使は、

ワシントンの駐米日本大使公邸で

開かれた祝賀式典で、江戸時代の

俳人・松尾芭蕉の「奥の細道」の

一節を引用し、日本赴任にはやる

心境を披露したのだ。

 この一節は

「旅に出たくて何も手に付かない」

との意味。

 日本文学者ドナルド・キーンさん

の英訳をすらすらと口にした

ケネディ氏は

「私も日本に引き寄せられている。

日本で職責を果たす日が待ちきれ

ない」

 とあいさつ。

 詩に関する著作があるケネディ氏は

「詩の親善大使」と呼ばれた。

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