菩提寺には遺髪
令和元年12月24日
真っ青な空。
サンタさんがやって来る日。
愛染院へ。
遍光山願成(がんじよう)寺と
いう真言宗のお寺。
松尾家の菩提寺で、
愛染明王を安置することから
愛染院という名で知られて
いる。
芭蕉翁は元禄7年(1694)
10月12日、旅の途中、
大阪で病に倒れ没する。
亡骸は遺言により
「ふる里のごとく」愛した
滋賀県大津市膳所の義仲寺
に葬られる。
訃報を受けた伊賀の門人・
服部土芳(蓑虫庵主)と
貝増卓袋によって遺髪が
奉じ帰られる。
二人は形見に持ち帰った
芭蕉の遺髪を松尾家の菩提寺
「愛染院」の藪かげに埋め、
標の碑を建て、
『故郷塚』と称する。
当時の塚から、現在の場所に
移されたのは、芭蕉翁50回忌
の元文3年(1738)の時と伝えら
れている。
故郷塚の手前に、
先ず、芭蕉句碑。
句は、
「家はみな
杖にしら髪の
墓参り」 。