☆ミッキー・ロークは、私にとって、非常に思い入れのある役者であった。
若い多感な頃に、『ランブル・フィッシュ』や『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』を見せられたら、誰でも憧れるはずだ。
私は、ミッキー特有の、あの口を狭めて、その両端をクィッと上げる表情を格好良く思い、真似てみたりしたものだ^^;
だから、その後、役者として、やや精彩を欠きはじめた頃、プロボクシングにチャレンジし、そのファイト振りを「猫パンチ」などと揶揄されても、「お前ら、モーターサイクルボーイや、スタンリー刑事をしらねぇんだろ!」と思っていたものだ。
だが、その後、『レインメーカー』などで、何とも、私が求める本来の魅力のない役柄を見せられると、時の流れを感じさせられたものだ。
◇
そのミッキー・ロークが、新作『レスラー』で人気復活したそうだ。
『レスラー』は、近場のMOVIX昭島でも、ワーナーマイカル日の出でもやっておらず、シネマシティ立川に観に行った。
この映画館は、駐車場料金などを含めると高くつくので、いつも「もう二度と行くものか」と思うのだが、『リリィ、ハチミツ色の秘密』・『スラムドッグ$ミリオネア』(クリック!)など、西多摩ではここでしかやらなかった名作が多く、『レスラー』もその一つだった。
『レスラー』は、『ロッキー』的なスポーツ・カムバック物だと思っていた。
そう、陽性のアメリカン・ドリーム(もしくは、その亜種)を描いたものだ。
しかし、違った。
ミッキー演じるベテラン・レスラーは、ひたすらにB級の人生を送っていた。
そして、20年前こそ、プロレスというジャンルがA級に輝いており、ランディも全盛期にはS級として活躍していたのかも知れないが、今となっては、そのジャンルさえもB級となっている。
ミッキーの役者人生さながらの、廃れ振りが描かれる。
頑丈さだけがとりえの体も、節々にガタが来ている。
全盛期の忙しさに、構ってやれなかった娘には相手にされず、副業のスーパーではぞんざいに扱われ、好意を抱いているストリッパーとはうまくいかない。
そんなランディの日常を、カメラはドキュメントタッチで綴っていく。
私は、その見栄えに、松本人志の監督した『大日本人』(クリック!)に近しいものを感じた。
松本作品は、中盤から、作品バランスが崩壊していくが、序盤は傑作だった。
『レスラー』は、その、途中途中に、レスラーというもの特有の社会生活を営むにあたっての不器用さがユーモラスに描かれる。
そこも松本作品と似ていた。
両者とも、時代に取り残されたヒーローを描いている。
しかし、『大日本人』と異なる点は、『レスラー』が、A級の作品としてのレベルを、最後まで継続していることだ。
◇
邦画の学生プロレスを描いた名作『ガチ☆ボーイ』(クリック!)でも書いたことだが、プロレスというものは、格好悪い。
格好悪いけど、その懸命さに、観る者が共感した時、とてつもないレイブ感を生む。
『レスラー』では、『ロッキー』的な状況の好転はない。
ひたすらに、ランディの格好悪い姿を描いていく。
だが、その不器用さ、懸命さ、愚かさに、作り手の手法の見事さも相まって、我々は物語に引き込まれ続ける。
物語の終盤においても、ステロタイプな結末はない。
娘・ステファニーには去られ、複雑なる女性心理を経たストリッパー・キャシディの心は得る。
だが、それを振り切り、ランディは、心臓発作の危険を省みずリングに上がる。
◇
何とも悲しいのが、ランディがキャシディに「娘はレズかもしれない」と言うところだ。
そして、ランディがステファニーに、その子供時代、怖がるのにお化け屋敷に行きたがった話をしたときのステファニーの一言「その頃からマゾだったのね…」。
また、ランディがキャシディを口説くのに、キャシディがなびかず、ならばとランディがお金を払うからサービスをお願いするところだ。
理屈では正しいランディの申し出に、女心で戸惑うキャシディがいい。
この人、お尻や、<内またエクボ>がエロくてよろしい!
PS.<内またエクボ>は、私の考えた言葉です^^v
それから、リング上では血まみれで戦うレスラー同士が、控え室ではとてもいたわり合って過ごす様が泣ける。
(2009/06/14)
若い多感な頃に、『ランブル・フィッシュ』や『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』を見せられたら、誰でも憧れるはずだ。
私は、ミッキー特有の、あの口を狭めて、その両端をクィッと上げる表情を格好良く思い、真似てみたりしたものだ^^;
だから、その後、役者として、やや精彩を欠きはじめた頃、プロボクシングにチャレンジし、そのファイト振りを「猫パンチ」などと揶揄されても、「お前ら、モーターサイクルボーイや、スタンリー刑事をしらねぇんだろ!」と思っていたものだ。
だが、その後、『レインメーカー』などで、何とも、私が求める本来の魅力のない役柄を見せられると、時の流れを感じさせられたものだ。
◇
そのミッキー・ロークが、新作『レスラー』で人気復活したそうだ。
『レスラー』は、近場のMOVIX昭島でも、ワーナーマイカル日の出でもやっておらず、シネマシティ立川に観に行った。
この映画館は、駐車場料金などを含めると高くつくので、いつも「もう二度と行くものか」と思うのだが、『リリィ、ハチミツ色の秘密』・『スラムドッグ$ミリオネア』(クリック!)など、西多摩ではここでしかやらなかった名作が多く、『レスラー』もその一つだった。
『レスラー』は、『ロッキー』的なスポーツ・カムバック物だと思っていた。
そう、陽性のアメリカン・ドリーム(もしくは、その亜種)を描いたものだ。
しかし、違った。
ミッキー演じるベテラン・レスラーは、ひたすらにB級の人生を送っていた。
そして、20年前こそ、プロレスというジャンルがA級に輝いており、ランディも全盛期にはS級として活躍していたのかも知れないが、今となっては、そのジャンルさえもB級となっている。
ミッキーの役者人生さながらの、廃れ振りが描かれる。
頑丈さだけがとりえの体も、節々にガタが来ている。
全盛期の忙しさに、構ってやれなかった娘には相手にされず、副業のスーパーではぞんざいに扱われ、好意を抱いているストリッパーとはうまくいかない。
そんなランディの日常を、カメラはドキュメントタッチで綴っていく。
私は、その見栄えに、松本人志の監督した『大日本人』(クリック!)に近しいものを感じた。
松本作品は、中盤から、作品バランスが崩壊していくが、序盤は傑作だった。
『レスラー』は、その、途中途中に、レスラーというもの特有の社会生活を営むにあたっての不器用さがユーモラスに描かれる。
そこも松本作品と似ていた。
両者とも、時代に取り残されたヒーローを描いている。
しかし、『大日本人』と異なる点は、『レスラー』が、A級の作品としてのレベルを、最後まで継続していることだ。
◇
邦画の学生プロレスを描いた名作『ガチ☆ボーイ』(クリック!)でも書いたことだが、プロレスというものは、格好悪い。
格好悪いけど、その懸命さに、観る者が共感した時、とてつもないレイブ感を生む。
『レスラー』では、『ロッキー』的な状況の好転はない。
ひたすらに、ランディの格好悪い姿を描いていく。
だが、その不器用さ、懸命さ、愚かさに、作り手の手法の見事さも相まって、我々は物語に引き込まれ続ける。
物語の終盤においても、ステロタイプな結末はない。
娘・ステファニーには去られ、複雑なる女性心理を経たストリッパー・キャシディの心は得る。
だが、それを振り切り、ランディは、心臓発作の危険を省みずリングに上がる。
◇
何とも悲しいのが、ランディがキャシディに「娘はレズかもしれない」と言うところだ。
そして、ランディがステファニーに、その子供時代、怖がるのにお化け屋敷に行きたがった話をしたときのステファニーの一言「その頃からマゾだったのね…」。
また、ランディがキャシディを口説くのに、キャシディがなびかず、ならばとランディがお金を払うからサービスをお願いするところだ。
理屈では正しいランディの申し出に、女心で戸惑うキャシディがいい。
この人、お尻や、<内またエクボ>がエロくてよろしい!
PS.<内またエクボ>は、私の考えた言葉です^^v
それから、リング上では血まみれで戦うレスラー同士が、控え室ではとてもいたわり合って過ごす様が泣ける。
(2009/06/14)