『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[日本教育再生機構の会報が届いたヨ!]

2009-06-12 22:55:00 | 保守の一考
<日本教育再生機構>の会報『教育再生(紫陽花号)』が届いた。

 安倍晋三元首相や、元駐タイ大使の岡崎久彦氏や、新千葉県知事の森田健作氏の名前が表紙で目を引いた。

 安倍元首相は、再び、総理に挑戦して欲しい人物だ。

 『ROOKIES』に夢中になっている若者は、元祖熱血の森田健作に興味を持つが良かろう。

 岡崎氏は、かつて、私とすれ違ったとき、私に一瞥くれることさえも「時間の無駄」と考えているように去っていったので、あんまし好きくない^^;

 最近、扶桑社(後継の育鵬社)の「新しい歴史教科書」を丸々コピーした上に、保守としては根本的にあるまじき「媚朝鮮」内容に改悪された劣化コピーの駄本が出回っているので、私は非常に不愉快に思っている。

 だから、扶桑社(後継の育鵬社)と連携している日本教育再生機構(教科書改善の会)の淡々としつつクールな活動に物足りなさを感じているのだが、

 まあ、「王道」の実績を残し続けてもいるので、安心している^^

 会報には、勝岡寛次先生や松浦光修先生の連載もされているので、読み物としての安定感もどっしりとある。

 理事長の八木秀次先生も八面六臂の活躍をしているので、「真の保守」を目指す方は、是非、入会し、読んで見て下さい^^;

 この度、「一般財団法人・日本教育再生機構」に移行し、新たな会員を募集しているとのことなので、こうして告知しておきます^^v

                            (2009/06/12)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[映画『ハゲタカ』を観た]

2009-06-09 15:30:42 | 物語の感想
☆観終えて考えてみるに、クライマックスで、主人公・鷲津が仕掛けた「プチ・バブル崩壊」作戦は、斬新な手であったが、物語自体は至ってシンプルな、経済分野の映像作品や小説にはよく見られる展開だったと思う。

 いや、スポーツと同じで、表面上は、同じ様相を見せるのが「勝負物」なのかも知れない。

 しかし、最初から最後まで、こちらをグイグイと引っ張ってくれる作品構成因子に満ちた作品であった。

   ◇

 序盤は、これまで(テレビシリーズ)、徹底した合理主義で、企業の何たるかを求めつつ、企業を買い叩き続けていたファンドマネージャー鷲津が、南国で、半引退状態で暮らしているところから始まる。

 そこへ、盟友の芝野が、謎のファンドの買収を受けた日本の基幹企業・アカマ自動車を助けてくれと依頼に訪れる。

 短いカットインを繰り返し、その謎のファンド、中国政府の意向で動く男・劉の動きがタクティクスに語られる。

 そして、南国風の民族的BGMから、切羽詰ったような、不安と勇壮なる戦いの始まりのBGMへと変化しつつ、鷲津の復帰劇が描かれる。

 あたかも、ロッキーのカムバックのようで、こちらは胸を躍らされる。

 BGMは、その後も、中国風であったり、オペラであったり、中東風であったり、この物語のスケールと展開を裏打ちしてくれる。

   ◇

 感心するのは、映画を作る各構成因子に割かれた、製作のNHKの豊潤な予算である。

 くだんの音楽の重厚さもそうだが、

 ドキュメントタッチのざらついた暗い色調の映像にあって、贅沢に使われた予算での美術はリアリティを生む。

 これまでの邦画は、「本物」を、明るい中で、せっかくだからと、これみよがしに見せていたので、却って安っぽくなってしまった。

 「本物」は暗がりの中であっても光彩を放つ。

 そのような映像効果は、例えば、実際にはそうなのかも知れないが、映像的には、やや「秘密基地」の如き鷲津の事務所のディスプレイなどを説得力もって見せてくれる。

   ◇

 編集の仕方も独特であり、スピーディーである。

 例えば、劉の来歴を調べるために、鷲津の腹心が中国で調査をするのだが、劉の故郷と思われる場所が偽りであったと分かると、腹心は、サッと、帽子を被ろうとする。

 その帽子を被ろうとする瞬間に、画面が切り替わるのである。

 つまり、そこでの「用済み」を表現している。

 とても、無駄がなく、リズム感がある。

 作品は、そんな合理的なスタイリッシュさに満ちている。

 鷲津の性格が、編集ともシンクロしているのである。

 また、クライマックスでは、画面が切り替わり、すぐに、その後のシーンが見たいときには、あえて、画面を1秒ほど暗転させるのである。

 1秒の欠落は、映画の中では非常に長い。

 その「ため」は、見ているものの欲求を非常に高める。

 劇中で三度ほどあったか。

 作り手の計算なのだろうが、心憎くも、恐ろしいテクニックである。

   ◇

 鷲津の、自然なクールさは、無個性なようで、近年稀に見る個性的な役柄である。

 映画館を出た私は、ちょいと、主演の大森南朋に影響された表情を作っている自分を感じた。

 劉役のイケ面・玉山鉄二は、その清潔感が、中国的な臭いを持っていて、いいキャスティングだと思った。

 正体を見抜かれたときの怯えの表情が良かった。

 その最後は、『太陽にほえろ』の刑事殉職シーンを髣髴とさせた…。

 栗山千明は、美人だと思っていたが、顎の骨格の、頬への浮き出具合が気になった。

 「顎の骨格の頬への浮き出具合」が、伊藤淳史にクリソツだ^^;

 しかし、思えば、そもそも、「顎の骨格の頬への浮き出具合」の元祖は、この作品にも出ている嶋田久作ではないか!

   ◇

 この作品には、派遣切りやサブプライム問題など、タイムリーな時事がうまく盛り込まれていた。

 高良健吾演じる派遣工員は、物語の終盤では、赤いアカマGTに乗り、都会を走っている。

 私には、この後、この工員が、秋葉原に突っ込む未来が予感された。

     (注:ああ、私、高良工員が株価を眺めているシーンを忘れてました!
                     彼は株で儲けたのですね^^;アチャー)

 ・・・工員としての高良はリアルだが、このようなタイプは組合運動などはしないと思う。

   ◇

 つくづく、私は、時代の渦中で生きていると思っている。

 私は、派遣社員として、車体組立工場で働いていたこともある。

 もっとも、私が車体工場で働いていた頃は、派遣法が改悪(労働者にとって)される前で、月に50万円稼ぐことも可能であった。

 私は、常に必要とされていた。

 だが、その後、他の現場での、派遣社員の苦境を見、戦ったことがある。

 このネットの世界を舞台に主張を発信して、である。

 結果は勝利。

 私は常に勝利する。

 そして、すぐに、その勝利に固執しないで去る。

 故に、作中の派遣工員のような「ピエロ」になることはない。

 鷲津は、物語の終盤で「後はお任せします」と、直ちに退席する。

 対して、劉は、アカマ自動車への理想と、中国政府の非情との狭間で、ピエロとなって野垂れ死ぬ。

 ・・・悲しいかな、ピエロとは、アイデンティティーを喪失したものの右往左往である。

                           (2009/06/09)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[私の1991年のメモ日記・10「沖縄/後篇・外間先生」]

2009-06-09 13:45:02 | 1991年の日記
☆最近発売の、小林よしのりの『天皇論』を読んでいたら、この「1991年の日記」シリーズに度々登場する、大学時代のゼミの教授・外間守善先生が出てきた。

 その、慎重な語り口も、マンガでうまく描写されていたので、私は懐かしく思った。

          

 外間先生については、他にエントリーした内容があるので、近日、アップします(批判ですけど…)。

 では、「1991年の日記」の再々掲です・・・、が、その前に、また、余計な文章が付いてますな^^;

 再掲のときに、付けた文章です^^;

 私のサービス精神です!

   ◇   ◇

☆これは、<2005/07/15>のエントリーの再掲です。

     #     #     #     #     #

▼かなり極まった・・・。

 写真上、典型的な「男前」の私だが、後ろから見ると、つむじが広がっている。

 そう、「頭の砂漠化」が始まっているのだ。

 私の家系は、オデコこそ後退する血筋であるが、ザビエルのような禿げ方をしている者はいない。

 私がアルシンド化(古い^^;)しつつある原因は三つ考えられる。

   1・チェルノブイリ後遺症。

 高校時代、私は、長時間の自転車通学をしていた。

 帰宅時などは、多少の雨だったら、雨粒に打たれるがままにしていた。

『おい、蘭! チェルノブイリ事故の放射能が、ジェット気流で日本にまで来てるってよ。雨に濡れたら、ハゲになっちゃうぞ』

『その時はその時だよ^^』

 ・・・若かった・・・^^;

   2・三十路の茶髪

『蘭さん、結構似合ってますね^^ 茶髪^^』

 私は、自分の顔を鏡に映しながら、ちょっと感動していた^^

『こ、これは・・・、可愛い・・・^^』

 そして、次第に、茶髪から金髪へと髪の色がエスカレートしていくのだった。

 髪は痛み、地肌に悪影響が起こり、地軸は捻じ曲がり、五つあった大陸はことごとく引き裂かれ水没していくのだった・・・(途中から『未来少年コナン』のオープニングナレーションが混じった^^;)。

   3・ヘルメット

 私は、『安全第一』が掲げられる職場で働くことが多かった。

 夏・・・! ヘルメットの中の頭皮は蒸され、肉まんあんまんの様にふやけ、髪の毛をガッチリと捉えていた毛穴を弛緩させていくのだった・・・。

 ・・・でも、イイのである。

 これで私も、名実ともに<保守派>の仲間入りだ^^

 左翼の非道横暴に怒り、血を頭にのぼらせる保守派は、その血液循環を阻害し、頭の毛を喪失した方が多い。

 いや、良くない!

 私はまだ結婚していないのだ!

 姜尚中ならば、いつものハスキーヴォイスで私にこう言うだろう。

    【そんな頭じゃ、結婚もままなりませんよ】

   ◇

   ☆10月5日(土)

「蘭さんは、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の主役に似ていますよね^^」と、昨夜、可愛い斉藤さんは確かに言ってきた。その映画は、香港の悲恋話だ。その主人公は、二枚目だった・・・。
僕は「そんなことないですよ^^;」と謙遜した。すると、まん丸顔の斉藤さんは言ったのだ。 【「いいえ、似ていらっしゃる」】・・・。
「似ていらっしゃる^^」「似ていらっしゃる^^」「似ていらっしゃる^^」・・・。
僕はにやけながら寝た。
午前の間に海で泳ぐ。あまり日は差していなかったが、水温は具合良く、水の中にはウニやナマコがいた。ある人たちがウニを割っていた。僕もウニ味噌にありつこうと近寄った。だが、中には、変な赤い身があっただけだった。
誰かの言った「あ~あ、さっきまで生きていたのに・・・」の言葉がもの悲しかった。
船とバスを乗り継ぎ、今帰仁方面へ、疲れて寝てしまった。途中でソーキそばを食う。油っぽくてうまいスープだったが、メンがいまいちだった。
午後の海浜公園では、水族館がとても面白かった。4m位のジンベエザメが泳ぎ回っていて、その腹にはコバンザメがちゃっかしくっついている。南洋の色とりどりの異形の魚たち・・・。
アクアポリスは、「だから何!?」って程度のものだった。
夜は飲み会。チームがカラオケ優勝、僕は何もしないで、優勝商品、一万円相当のブローチを貰う。誰かが、そのブローチを見て言った。「あっこれ、アメ横で見た!」^^

   ☆10月6日(日)

朝から今帰仁城へ、万里の長城みたいな城壁がかっこ良い。
次に、何か忘れたが、山の中の墓みたいな所に行く。
民俗資料館の?さんが、その帰りの山歩きの時、僕の横に来て、しきりに僕を勧誘する。
「H先生(ゼミ教授)の仕事は、上には上がいるけど、僕の仕事は、自分で切り広げられるんだ。パイオニアになれるんだ。君、興味があったら、僕の仕事の仲間にならないか?」
僕に、今後、何もしたいことがなければ、数年後に彼を訪ねよう。
今帰仁の山頂からの風景は、雲が出ていたのにもかかわらず爽快だった。風が強くって吹き飛ばされそう。
夜、石垣島に行く連中と別れ、僕は孤独になっちゃった。寂しいのだが、そのままではつまらない。さっそく本島に残った連中と友好を深める。
内園君はいい奴ですぐに仲良くなる。根川君は、ユネスコで、コスタリカに植林に行ったことがあるそうで、英語でメキシコ人の彼女に手紙を書いている。
うらやましい・・・。実は、斉藤さんに、その後、こちらから世間話を仕掛けてみたのだが、斉藤さん、何となくそっけなかった・・・。
夜に観覧した琉球舞踊は、いまいち退屈だったが、瞳の真っ直ぐさは良かった。歌いもなかなかだった。

   ☆10月8日(火)
最終日8日、みんなとショッピング! 国際通り、市場通りは臭い^^;
市場では、ステーキ牛肉を実家に送る。10枚で送料込み5000円。
市場の二階では庶民的なものを食う。僕は『ミソ汁』400円を注文。味が濃くて旨かったア。
『コンピーフおかず』『ペーコンおかず』と言うメニューには笑った。
酔いどれ軍団は、かくして東京に帰った。アパートに戻る。なんか寂しくなった。そして、お調子者の自分にやや自己嫌悪^^;

   ☆10月9日(水)
久し振りのバイト、菅君とも久々に会う。専務と奥さんとも話が弾む。
夜7時、池袋の芸術座で、稲さんの出演している『真夏の夜の夢』を観た。
シェイクスピアの戯曲はちゃんと抑え、時折オリジナル要素も交え、とても楽しめた。
でも、僕の心に深く喰いこんで来るほどのものではなかった。菅君は、芸人志向なので、稲さんの名演に、かなり衝撃を受けたようだった。
僕は、今、人気の劇団全てがこの程度ならば、怖るるに足らずと思った。

                                 (2005/7/15)

   ◇

 「1991年の日記」シリーズは、まだまだ続きます!

                               (2009/06/09)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[よその三姉妹(15・ニュージーランド篇④)]

2009-06-09 01:00:27 | 海の向こうでの冒険
☆前回から直接に続いているので、前回「その14」(クリック!)を読み直してね^^

   ◇

 ・・・どうにか、無難に終えられた。

 しかし、エリオット、

          『Again!(もっと!)』。

 僕は疲れたので、ソファにドッカと腰を下ろした。

 なのに、エリオット!!

 後ずさりした後、助走して突っ込んで来たぁぁああああ!!!

  

       

            

 はっきり言って「超危険!」。

 しかし、相手は他人の子。

 僕は自分を顧みず、エリオットを守らなくちゃならない^^;

 後に、サチ嬢、語る。

「エリオットと遊ぶことは、生と死が隣り合わせって感じだよね。

     一つ間違えれば、とても危険なんだよね。

          それは、綱渡り(タイトロープ)みたいなもの・・・」

   ◇

 続きます!^^;

                          (2009/06/09)
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[映画『ターミネーター4』を観た]

2009-06-07 15:27:09 | 物語の感想
☆ジョージ・ルーカスは、『SW エピソード1』を作ったとき(だったかなあ)、

 シリーズでは、交響曲と同じで、微妙に形を違えつつ、何度となく同じ旋律を奏でる…、云々と語っていた。

 この、新生『ターミネーター』でも、作り手は、過去の3部作で描かれた「旋律」を聞かせてくれる、聴かせてくれる、効かせてくれる、利かせてくれる。

   ◇

 『SW』シリーズが、やや、その主旋律の繰り返しにマンネリ化の傾向があったのに対し、

 また、『ターミネーター』の前作『3』が、『2』のテーマの焼き回し傾向にあったのに対し、

 今回の『4』で、先のシリーズに送った「敬意(と言うか、テーマとして避けられない宿命)」は、見事であった。

 青年に成長しているジョン・コナーには、やはり別次元からの守護者として、マーカス・ライトが存在する。

 マーカス・ライトは、後のジョン・コナーに対しての「別次元からの守護者であるカイル・リース」の如く、若きカイル・リースにも接する。

 マーカス・ライトは、『2』『3』における「T-800」的な、やはり「別次元からの守護者」なのである。

  また、現在のジョン・コナー自身は、若きカイル・リースに対しての「別次元からの守護者」である。

 前シリーズまでの、父(守護者)と子の関係が、シュワルツェネッガー・ターミネーターでの「プログラムを変えたことによる状況の逆転」…、そして、情の通い合いから、

 十数年と言う「時の流れを経た状況での逆転」を、幾つものシーンで見せてくれる。

 方法論を変えた中での、シリーズの「旋律」は、観ている者に、とてつもない新鮮な思いを与えてくれる。

 「過去から来た男」マーカス・ライトは、「未来から来た男」カイルorシュワルツェネッガー・ターミネーターに匹敵する魅力を兼ね備えていた。

 それ以上に、物語上で多くを語られないが、深い後悔の過去を持っていて、役柄上でも多くを語ることはないが、その瞳が、何とも悲しさを物語ってくれる。

   ◇

 私は、カンボジアのアンコール遺跡に詳しいのだが、アンコール遺跡は、時代の流れの中で、鈍角なものから、鋭角なものへと設計が変化していった。

 ターミネーターも、次第にシャープになっていっている。

 T-600、T-700、T-800、T-1000、T-X・・・。

 物語上の現在、人型ターミネーターは、T-600がメジャーな時代だ。

 片手がガトリングガンみたくなっていて、骨太のデザインで非常に味がある^^

 廃墟の町で、人を狩るために、のっそりと佇む姿など、「いい絵だ」の一語に尽きる。

 また、いかにも「荒くれ者」っぽく、頭にバンダナみたいに布を巻きつけている奴もいたが、「おいおい、マシーンが洒落っ気だすなよ^^」と苦笑した。

 でも、物語の整合性よりも、そのイメージ重視に感激する。

 ・・・他にも、人型以外の、魅力的なターミネーターが出てきたが、それについては語るのを割愛^^;

   ◇

 物語のクライマックス、これまでのシリーズでは旧型扱いであったシュワルツェネッガー・ターミネーター(T-800)が、新鋭機器として、ジョンやマーカスと対峙することになるのもまた、物語がどんどん少年ジャンプマンガ的にインフレを起こす展開とは逆ベクトルの、シリーズ独自の逆転発想で面白かった。

 そして、最強チックであった『2』での<T-1000>とのクライマックスを踏襲した激闘が、ジョン&マーカスVSシュワルツェネッガー・ターミネーター(T-800)の間で繰り広げられる。

 これは、ファンも狂喜乱舞だろう^^

 T-800が力技で、溶解した鉄や、硫化水素を克服するんだもん。

 T-800最強伝説か?^^;

   ◇

 そして、更に、物語は、新たなテーマを掲げる。

 それは、人間と機械のハイブリッドの存在の出現である。

 これまでは、敵であったモノが味方にも成り得る機械の特性と言う状況を描いてきた。

 しかし、今回は、アイデンティティを喪失した存在の受け皿の問題がある。

 その辺の掘り下げが、この物語では為されなかった。

 今後のシリーズ展開でも、意図的に語られることはないだろう。

 しかし、物語を進めていけば、必ず、また立ち現われてくるテーマだと思うのだ。

 だからこそ、クライマックスで、駄作『7つの贈り物』(クリック!)的な腑に落ちないオチで、マーカス・ライトを退場させたのは、物語的にも、シリーズ構成的にも痛い。

 また、勘の鋭い「ニュータイプ」な黒人少女の存在は、この先のシリーズ展開に期待が持てる^^(と思いきや、続篇では存在が消えていたりするときもあるんだよね^^;)

                          (2009/06/07)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[映画『お買いもの中毒な私! 』を観た]

2009-06-05 23:19:25 | 物語の感想
☆非常に面白い作品だった。

 仕事の前にMOVIX昭島で観た^^

 仕事の後に、<立川シネマシティ>や<ワーナーマイカル・日の出>では『ターミネーター4』の超先行ロードショーが行なわれていたが、明日は早番で5時起きなので、断念した。

 故に、このレビューも短いぞ、ごめんなさい^^;

   ◇

 軽い「1アイディア(買い物中毒娘の成功譚)」映画だと思って見ていたら、何ともドッシリとした見応えが感じられたので、感心して映画館を後にした。

 「超映画批評」ブログは、たまに頓珍漢な批評をするが、この作品のエントリーは、なかなか的を得ている、と思った。

     「超映画批評」・・・お買いもの中毒な私!(クリック!)

 批評の後半が、アメリカ社会の具現化と絡めているのには同感できないが(いつもそれで、…それでは水野晴郎の、いつもの「病んだアメリカ」みたいじゃないか^^;)、作品の手触りを分析した文には得心がいった。

   ◇

 この作品で感心したのが、予告を、他の作品を観るときに繰り返し見せられ、「ああ、このタイプの映画だな」と思わせられた展開(カード地獄に追い詰められた女が、P・セラーズの『チャンス』よろしく、自分の得意分野・ファッション/ショッピング知識で経済評論家に成り上がる)が、あくまでも、物語の序盤に過ぎなかった点だ。

 主人公(名前忘れちった^^;)が、幼少時の経験から「お買いもの中毒」になるというエピソードは、『幸せになるための27のドレス』(クリック!)みたいで、伝説チックな幕開けだが、

 上司であり、恋人ともなる男との恋愛はもとより、

 結婚する友人との友情や、

 両親との愛情、

 憧れのファッション誌の関係者への憧れ、

 「お買い物中毒克服の会」の方たちとの交流、

 債権者スミス氏との、静かなるチェイス、

 おまけに、職探しのハッタリだった、フィンランド人との関係^^;

 などなどが、いい加減ではなく描かれている。

 全てのシークエンスが、ちゃんと、見ているこちらが満腹感を得るほどに語ってくれているので、物語はもちろん、作り手の映画作りの丁寧さに感動させられる^^

 また、主人公が、お買い物の誘惑に耐えるシーンなどには、ショー・ウインドウのマネキンが手招きするなんて、ちょいと粋な特殊撮影の使い方などもしていて、私は「いいトコに、金をかけているなあ」とニンマリさせられる。

   ◇

 この作品、キャストを見ると、ジョン・リスゴーとか、ジョン・グッドマンとか、ジョン・キューザックとか、一昔前に活躍していたジョン達が出演しているのも面白かった。

   ◇

 私は、この作品の魅力は、主人公の友人にクリステン・リッターをキャストしたことにあると思う。

 そのクリステンの欧風の顔立ちが、主人公の、いかにもアメリカンな顔立ちのアメリカ作品風合いを相殺して、作品の広域的な魅力を醸してくれたように感じるのだ。

       
          とても、可愛い^^

                            (2009/06/05)
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[よその三姉妹(14・ニュージーランド篇③)]

2009-06-02 18:36:03 | 新・海の向こうでの冒険

☆前回から続いているので、前回「その12」(クリック!)を読み直してね^^

   ◇

 ・・・エリオットは、苦しむ僕に向って叫んだ。

       『Get Up! (起きろ!)』

 更に言う。

       『Be Horse! (馬になれ!)』

 僕は、薄れゆく意識の中、朦朧としつつ、四肢に力を入れた。

 エリオットの体重が手足にきつい。

 僕は思った。

(ああ、この子はまだ人の痛みを理解できないんだ。無邪気に笑っていやがる。ならば、馬になってやろうじゃないか)

 しかし、僕はジョークも忘れない。

 右手をあげて言った。

     

 そして、リビングルームを一周する。

『Finish!』

 僕は言う。

 しかし、エリオット・・・、

『Again!!』。

 が、僕は疲れたので、ソファに腰を下ろす。

『I'm tired』

『ミドラーン

 エリオットが不満そうに僕の名を呼んだ。

 やばい! このままでは一日一回は馬をさせられる!^^;

 僕は、母親であるジェーンの姿を探す。

 だが、ジェーン、……いない。

『ミドラーン

 エリオットの顔が、急にニコヤカになった。

 新しい遊びを考えついたらしい。

『Get up!!』

 とりあえず、私は立つ。

 エリオットは3メートルほど離れた位置にいたのだが、更に、2メートルほど後ずさりした。

 そして、牛が闘牛士の赤いマントを目指す時のように、足で地をニ,三度蹴った。

 そして、僕に向かって突進してきたぁぁぁああ!!

          ・・・馬の次は、牛かよッ!?

 ダッシュしてくるエリオットの顔。

 何とも純粋に、満面に笑みを浮かべて突っ込んでくる。

 両手を上にしているのは、僕にわき腹を持たせて、そのまま「高い、高い」を要求しているのだ。

 6歳の子とはいえ、突っ込んでくる人間の重力を上方に変えることの難しさ。

     

 もし、エリオットの体が、アシカやアザラシ、オットセイみたいな鰭脚類(ききゃくるい)のようにツルツルしていたら、・・・危険だ。

     

 ・・・どうにか、無難に終えられた。

 しかし、エリオット、

          『Again!(もっと!)』。

 戦いは続く・・・。

                           (2009/06/02)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[映画『ROOKIES -卒業-』を観た]

2009-06-02 04:05:48 | 物語の感想
☆(これまでのあらすじ)^^;

 少年ジャンプをこよなく愛するミッドナイト・蘭だったが、そこで連載されていた『ROOKIES』は、作者・森田まさのりの劇画調の絵が好みでなく、あまり読んでいなかった。

 その後、ドラマにもなったが、いかにもな前時代的な不良どもと、その不良どもにぶつかっていく、これまた二昔前のドラマ(森田健作風)的なピュア&ストレートな教師の姿に、なんとも興味が起きなかった。

 しかし、そのドラマが大ヒットし、完結篇を映画でやるという。

 映画館でその予告編を見るのだが、その主役の熱血監督・川藤役の佐藤隆太が、「甲子園までノンストップで行くぞ~!」とがむしゃらに叫ぶのだが、

 私と姪(14歳のほう)は、「何言ってるのか分からん」「何語だよ…」と冷ややかに言い合っていた^^;

 しかし、公開日が近づくと、私が映画好きだと知っている職場の同僚が言ってくるのだ。

「蘭さん、見ても感想言っちゃわないで下さいよ。楽しみにしているんですから…^^」

 また、私の弟とその娘(8歳)は、ドラマの大ファンで、マンガも買い揃え、ドラマのDVDボックスも購入しており、映画を観に行く気も満々のようであった。

 そして、公開された。

 公開日の土曜も、翌日曜も、私は、他の作品を鑑賞した。

 しかし、映画館は、この作品のお客さんで満員だった。

 <ワーナーマイカル・日の出>では、午後10:35からの上映というスーパーレイトショーが組まれていた。

 都内では当たり前だが、東京と言っても、区でも市でもない日の出町が、こんな真夜中まで映画を上映するのは、とてつもない大事件といえた。

 おそらく、「西多摩のヤンキーみんないらっしゃい^^」ってな感じなのだろう。

 さて、週が明けて、会社に行くと、職場の若い衆が聞いてくる。

「蘭さん、『ルーキーズ』見ましたか? 僕、昨日、<MOVIX昭島>に三度も行ったのに、三度とも満員で入れなかったんですよ」

 ・・・へーっ、と思った。

 映画なんて見に行きそうにない層まで巻き込んで、『ROOKIES』はブームになってるのか・・・、ならば、俺も、そのお祭りに参加しなくては・・・。

「<ワーナーマイカル・日の出>では、夜の十時半からの上映があるんで、今夜、仕事が終わったら行こうと思っているんだわ^^ 俺は、『ROOKIES』はジャンプに載っている頃から、結構読んでたんだ^^ うん、ドラマもまあまあ見ていたから、映画も楽しみだよ^^」

 ・・・かくして、仕事を午後九時半に終えると、立川市からあきる野市まで車を飛ばし、今季最速の20分で帰宅、身支度を整えて、<ワーナーマイカル・日の出>の『ROOKIES』スーパーレイトショー上映の館内に滑り込んだ。

 さすがに、この時間帯には子供はいなかったが、前上映を終えて出てくる客を眺めていたら、客層は老若男女とまんべんなかった。

 幼児近い子供も多かった。

 弟の娘も8歳なのだが、この作品をこよなく愛しているようだ。

 ちょいと不思議に思いつつ、この大ヒット作品の<お祭り>に参加するのだった。

   ◇

 ・・・と、この作品については、上記のようなことを語るのが、作品の本質だと思う。

 そう、夢も目標もなく、持て余した力を世間との衝突に費やすことに明け暮れていた二子玉川学園野球部の不良どもが、川藤と言う熱血単細胞教師と出会い、変わっていくというオーソドックスな物語。

 はじめは、川藤のスタンドプレイだ。

 みんな、白い目だ。

 恥ずかしい。

 だが、徐々に、徐々に周囲を巻き込み、「甲子園を目指す」と言う一大ムーブメントを起こす。

 私が観に行くつもりのなかったこの作品を観たのも、そのムーブメントに引き込まれたのだ。

 尤も、作品は、そのムーブメントの過程はドラマで既に為されている。

 表向きのテーマは「夢」であるが、真のテーマは「夢へ向かうプロセス」であり、

 川藤の、メンバーをまとめるというプロセスはドラマで描かれた。

 かくして、今作品においては、不良どもの甲子園に向かうプロセスの実践(実戦)篇となっている。

 ただ、多くのファンは、ドラマでの「メンバーをまとめる」と言うプロセスに魅かれただろうから、

 作り手は、二人の新しいメンバーを加え、その二人が「真のメンバーになる」までを描くことで、ドラマのテーマのミニチュアを内包させている。

 さて、実践(実戦)篇である。

 つまり、甲子園への地区予選である。

 結構、お手軽に勝ち進み、決勝戦となる。

 だが、この決勝戦は激闘であった。

 例えば、『ドカベン』が全48巻で描いた泣かせる展開の部分を、一試合に押し込んだような戦いであった。

 その最たるものは、最終回、満身創痍のメンバーが達成させた、3点差での逆転満塁ホームランである。

 さすがに、どんな野球マンガでも、お釣りなしの満塁ホームランはやらないだろうが、この作品では、そのような状況を臆面もなく繰り返して、感動させてくれる。

   ◇

 しかし、チームの中心人物・安仁屋を演じた市原隼人の芸風は相変らず強烈だった。

 ずっと、眉間にしわを寄せて、私は、その眉間や、プチ目や、眉や、もっさりした輪郭や体つきから、いつしか、目が離せなくなってしまっていたよ^^;

   ◇

 映画館から出てくる老若男女の表情は、一様に素直な顔になっていて、

 私は、このような、底抜けに陽性の映画があるのも素晴らしいことだと思うのだ。

 それから、私がこの作品を観て、一番感じたことは以下である

   『人間って、色んな顔があるんだなあ』

 だって、みんな個性的な顔なんですもの^^;

                          (2009/06/02)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[映画『ラスト・ブラッド』を観た]

2009-06-01 09:27:42 | 物語の感想
☆少年ジャンプ的な「バトル」物であった。

 ただ、主人公は少年ではなく「セーラー服と日本刀」姿の娘であった。

 敵の首領の名前が、「オニゲン」・・・、人間じゃなくて鬼だから、オニゲン。

 ダサダサである。

 しかし、考えると、そういった文法も間違いではないかな? とも思う。

 物語や、世界観(いちお、70年代、ベトナム戦争が行なわれている頃の日本)も、「オニゲン」と言うネーミング的な、「そういった文法も間違いではないかな?」みたいな、擬似レトロと言うか、レトロ・ファンタジーに彩られている。

 背景の舞台を在留米軍基地(横田基地ですね^^;)に設定していて、外人も多く出演している。

 私は、昔の『ゴジラ』に出てきたみたいな「インチキ外人」の登場を待っていたし、

 そもそも、B級作品としか思っていないので、なかなか雰囲気良く進行する物語を、「いつ馬脚を現わすか?」と言う視線で観ていた。

 しかし、意外にも破綻なく、物語は堅実に進んだ。

 横田基地近くの元赤線地帯のような通りで、鬼を狩る主人公サヤは、延々と立ち回りを演じる。

 長いシーンなのだが、個々の鬼と戦うシチュエーションがヴァラエティに富んでいて、とても新鮮に見られた。

 しかし、そのアクションが早すぎて、目が追いつかないのが痛い。

 スローやストップモーション、コマ落しを駆使しているので、時に目を瞠るようなカットもある。

 でも、その動きのアクションを流れで楽しみたいんだよなあ^^;

   ◇

 サヤは、無口に戦う、ケンシロウ的な硬派キャラ設定だったので、せっかくのセーラー服・三つ編みの正統派美少女コスプレなのに、全く萌えてこないのだった^^;

 前髪の垂らし具合は、「三味線屋の勇(中条きよし)」みたいだった^^;

 対するオニゲンを演じる小雪も、美人だが貧相な顔立ちなので、萌えられない。

 サヤと知り合うことになる、米軍基地将軍の娘アリスも、まだ発達途上でイマイチだった。

 アクションに力が入っていたが、なにぶん、女の子が主役であるのだから、そのアクションには、少女であっても「艶」を出してくれなければ、こちらの感情移入は難しい^^;

 ・・・ただ、サヤ役は、韓国人のチョン・ジヒョンなので、その戦いの雄たけびや悲鳴が、日本人のものと異なり、ちょっと魅力を感じた。

 そして、オニゲンの右腕の「片目オニ」との戦いが、なかなかスリリングな、「崖を落下している途中に両岸に引っかかったトラック」と言う斬新なシチュエーションだったので感心した。

 また、鬼の強いのは、クリーチャー外見に変身するのだが、それがチャチくて、かろうじて持ちこたえたが、物語を破壊する一歩手前だった。

 しかし、最後の、小雪VS主人公の戦いが非常にあっさりしているのが残念だった。

 そこに至る流れも、非常に抵抗なくスムーズで、「オニゲン」の集団の層の薄さがあからさまである。

 序盤の赤線地帯での戦いで、かなりのオニが押し寄せてきたので、後半になって次第に尻すぼみになる戦いに解せなさ感が募った。

 悪くないと思ったが、最終的に、心に何も残さない作品だった。

 やや、チョン・ジヒョンの役者としての可能性を思うだけだった。

 同じ日に公開の『お買いもの中毒の私!』を観たほうが有意義だったかも・・・。

                           (2009/06/01)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする