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撮影は日豊線南延岡機関区
C57117 蒸気機関車のサイドは機関車の履歴書である。機関車の歴史が分かる。
鉄道に興味のない人にしたらツマラナイ写真だ。
いまにして思えば出会った機関車すべての顔とサイドを撮っておきたかった。
フィルムを無駄に使いたくなかった。パソコンでフィルムで撮った写真が見られる時代がくるとは思いもしなかった。
歳を取り機関車のアルバムを眺めるのも楽しいものだ。
延岡には四年暮らした。故郷を離れて初めて働き始めた土地である。
ホームシックにならないように言われたが親元を離れた気楽さで楽しいことばかりであった。
しかし、未熟でアカンタレであったため、この街には苦々しく情けない思いでしか残っていない。
そんな思いでしか残っていない町に定年後に二度訪れた.同じ年に入社したものが還暦を迎えた年と入社50年目に再会した。私は家内に延岡まで車を運転してもらい二度とも参加した。私が若いころ過ごした町がどんなところか見たかったという。昔からの企業城下町だったが従業員も何分の一に減り昔あった飲み屋なども廃墟になっていた。計画的に作られたコンビナートは工場と住宅地は5キロは離れて住み分けている。
企業城下町は工場が出来て周りに民家も飲み屋もできる、水島コンビナートの風景とはまるで違うので家内は不思議がっていた。
あの頃の女性は結婚退社するので勤めても5年程度だったが会合には女性の方が積極的に参加していた。
南延岡機関区を遠望
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C57117 蒸気機関車のサイドは機関車の履歴書である。機関車の歴史が分かる。
鉄道に興味のない人にしたらツマラナイ写真だ。
いまにして思えば出会った機関車すべての顔とサイドを撮っておきたかった。
フィルムを無駄に使いたくなかった。パソコンでフィルムで撮った写真が見られる時代がくるとは思いもしなかった。
歳を取り機関車のアルバムを眺めるのも楽しいものだ。
延岡には四年暮らした。故郷を離れて初めて働き始めた土地である。
ホームシックにならないように言われたが親元を離れた気楽さで楽しいことばかりであった。
しかし、未熟でアカンタレであったため、この街には苦々しく情けない思いでしか残っていない。
そんな思いでしか残っていない町に定年後に二度訪れた.同じ年に入社したものが還暦を迎えた年と入社50年目に再会した。私は家内に延岡まで車を運転してもらい二度とも参加した。私が若いころ過ごした町がどんなところか見たかったという。昔からの企業城下町だったが従業員も何分の一に減り昔あった飲み屋なども廃墟になっていた。計画的に作られたコンビナートは工場と住宅地は5キロは離れて住み分けている。
企業城下町は工場が出来て周りに民家も飲み屋もできる、水島コンビナートの風景とはまるで違うので家内は不思議がっていた。
あの頃の女性は結婚退社するので勤めても5年程度だったが会合には女性の方が積極的に参加していた。
南延岡機関区を遠望
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