ひろとは昨日が始業式。 全校生徒の前で、転校生として紹介されたそうだ。
クラスはひろとを入れて12名。 身長は一番高いらしい。
カバンを背負って小学校の制服を着た写真が、ファミリー設定をしている私と長女、次女にRINEで届いた。
「ちょっとドキドキしたけど大丈夫だったよ」TV電話でも話した。
なつめは今日が始業式。 11時過ぎに次女宅で、帰りを待機。
担任の先生は、一年生の時と同じ女の先生だった。
「こんなんやったら、感謝状渡さんでも良かったわ」 「一年生だから、それはそれでいいんじゃない」
一年生と、年少さんを終えがんばったひろととゆいちゃんに、なつめとかんたにも表彰状を作って贈った。
なつめは自分で、先生に一年間お世話になったお礼に感謝状を作って贈りたいと思っていたようだ。
自分で文章を考えていた。
孫たちに作ったピンクの模様のテンプレートで、先生のを作った。
パソコンでワードを使って。 横に座って文字入力を教えながら、なつめに打たせた。 SENNSEI・・ローマ字入力・・変換、エンター・・
恐るべし・・何度か打ったら少しづつ覚えて「先に言わんといてやばぁば」と、考えながら打つ。 覚えが早い、そして夫より打つのが早い。
きちんとA4の写真紙に印刷するので随分立派に仕上がる。
翌日先生に渡したら、感謝状もらったのは初めて・・とえらく感激されたようで、みんなに見て!と、黒板の横に貼ったようだ。
先生は非常勤講師だったらしく、担任を持ったのがなつめたちが初めてだったそうだ。
早退やお迎えで何度かお会いしたが、初担任、小柄で可愛い先生で大変そうに見えたがいい先生で、なつめは大好きだった。
先生の感謝状を見たクラスの生徒たちが、自分たちも欲しいと言って、28人全員のを作ることになった。
我が家へ来て、私がそばについて、なつめがキーボードを打つ。
一枚一枚最初の名前と文中の名前を変える。 印刷の仕方も教えながら自分でさせた。
段々と入力の文字を覚えて、私が宅配便の応対に降りていたとき、生徒の名前入力をし2枚印刷までやってのけていて驚いた。
夫さえ印刷などやったことないのに。
このくらいの子供は歌でも踊りでもすぐに覚える。 脳が柔らかいというか・・老化がどんどん進む私の脳、とても羨ましい。
終業式前に渡せたので、女の子はお礼状をくれたりしたようだ。
そんないきさつがあったなつめだが、「またM先生でよかったわ・・6年まで先生ならいいのに」
「良かったね、先生はすっかりなっちゃんのこと知ってくれているから。 いつも周りの子に何か役に立とうと考えています・・なんてね」
終業式にもらった通知表、親より先に見せてもらった。
お昼はイオンで、と思ったら自転車で行く途中の「かっぱ寿司でもいいよ」といったのでお寿司にした。
私と同じくらい食べる。 茶碗蒸しやデザートも入れ食べ終わり大体いくらになるかと暗算し、「2,200円くらい」 と言った。
2,180円だった。
年々老化が進む一方の私、2年生の孫たちを思うと、うかうかしておれない。
あまり見かけないライラックが咲くマンション、気になっていたが咲いている!! パシャ!
そんな私を見て笑いながら「カメラの達人!」 なつめは撮る私を見ると、いつもそう言う。
「人前で言わんといて、かっこ悪いやん」 こそばゆいが、孫のほめ言葉は嫌ではない。
早朝用事の帰りに・・ボケた写真になったが・・。
三社神社、中学校。
朝日が昇ってきたバス通り。 大島桜かな。
三先天満宮。
3人の子供たちが通った幼稚園。
到着。
我が家にも南殿桜が・・可愛く迎えてくれた。
人気のない朝の桜・・さしあたり独り占め?
結婚して1年経った頃、区民新聞に港区民卓球大会があると言うので夫に話し私が申し込みに行った。
どこか夫が卓球する場所はないだろうかと聞いたら
「港青少年ホーム(現在のトモノス)でやっていますよ。 とてもまじめにされているいい会ですよ」と教えられた。
夫は即効行って入会した。 その頃は火曜と金曜の週二回の練習。 区民や港区で働いている人たち対象だった。
以来毎年3月初めの日曜の区民大会には、必ず参加するようになった。
当時は大勢いて、応援に行ったりした関係で家族で馴染みになって交流するようになった。
本当にいい人たちばかりで、卓球の後は必ず飲みに行って喉を潤すのだが、それも会の楽しいコミニュケーションの場だった。
子供が小学校に行くようになって、PTAでも週一で練習があって、週三回は夫は卓球をした。
後の日は麻雀なので、結局家族で夕食を囲むのは日曜位だったろうか。
小学校の練習に行き始めた時、奥様方はある意味気分転換やストレス解消で行っている人もいる訳で、お遊び半分でもいいのだが、
夫は適当な服装も許さず、やるからにはきちんと形から入るようにと、ちゃんとした卓球の服装から変えさせた第一人者である。
気の毒に、気分転換に来ていた人は注意が聞けなくて辞めていった人もいた。
だが夫と一番近い友人は練習と言うよりは指導する側で、元来の真面目さで奥様方から逆に「やさしいいい人」と私に言ってこられた。
10区域ある中では、優勝候補に選ばれるようになった。
夫は卓球といつも真面目に向きあってきた。 当時の仲間も皆同じように年をとっている訳で、辞めた人引っ越した人最初から比べれば、
随分と人数が少なくなったが、「けんつくさんは、今でも上を目指してやっていますよ」そう言って下さる初めからの一番の友人がいる。
夫と競い合ってきた、実にいい関係である。 その方も3人の子持ち。
かなり前その方が病気になり入院され、視力もままならず、卓球もできなくなるのではと言っていたことがあった。
そんな姿を見せたくないと仲間の見舞いを断った。 が、彼の思いや辛さが分かる・・と、夫は会社の帰り毎日のように彼を見舞った。
どれだけ不安や焦りや辛さの中闘っていたことだろう彼には、夫のやさしさが胸に沁みるくらい嬉しかったと後聞いたことがあった。
夫の心の深さと男の友情を胸熱く感じ、すごい人、夫のことをそう思った出来事だった。
今は少ない人数であはるが、卓球の会の練習は週一になった。 学校は週二回。
卓球の後、お決まりのお店で飲みに行くのが楽しみにもなっている。
どんな話をしながらわいわい言っているんだろうかと思いながら、午前様になろうと言う時間超過の時は、警告を発している私。
自転車でも飲酒運転は駄目で、怪我と罰金はばかばかしいから。
こんな事を書くつもりでなかったのに、手が勝手にキーボードを叩いた。
夫自慢か?
毎年卓球の会のお花見、そんな日でも真面目に卓球をし早い目に切り上げて夜桜のお花見なのだ(こんな日に卓球せんでも・・と思うが)
真面目なご褒美のそんなお花見、港区でも有名な市岡元町公園の桜の下で・・が、雨が降ったりやんだり・・しかし風が強い・・!
紙コップも飛ぶ・・ビールも・・寒い・・残念ながら中止になり、いつもの飲み屋さんで頼んでいた鍋パーティーになった。
飲めれば・・いいんじゃない?
花に無情の雨や風・・。 せかっくなら花の下の宴が良かったのにね。
人間ドックの結果を聞きに行く日であった。
今回の主な問題点と療養状態の判定という箇所には、7つもの症状が書き込んであった。
・・・・・・・・・最後の方に、高度肥満!
だって5キロも増えたし。 歩いたり食生活の改善でせっかく成功した3キロの確かな減量だったのに、さらに2キロプラス!
さまざまなストレスは、食と言う形で私を慰めてくれたと言う大きな自覚と言い訳。
あ~ぁ、増えるにはなんの努力も時間もいらない。
分かってます、分かってます。
好感度no.1の担当の先生が「みくさんにはできますよ、がんばって! 年末までに3キロでいいから減量を、
そしたらあちこちの数値、みんな良くなりますよ。 下手にお薬は使わんときましょう」
歯切れの良い口調で爽やかな対応、年初めの定期診察に行ったとき先生は「今年初めてでしたね」そう言うなり、わざわざ立ち上がって
「おめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いします」と深々と頭を下げられた。 こちらの言うせりふを先手で。
こんな先生は初めてである。 お会いするのが楽しみな、ほのかにときめくお若い先生。(夫にはまだ私の気持ちまでは話してないが)
平均120の血圧が一度140あったからって、測り直しもせず即血圧を下げる薬だした先生がいた。
おまけにコレステロールの数値もやたらオーバーしていた訳でもないのに、下げるお薬も出されたことがあった。
(おいおい・・患者との信頼関係はないのか? 生活面で努力することは指導しないのか? ) 営業・・・まさに。
落ち込みかけの気をとり直し、帰りに桜通りの桜を撮った。
むちゃくちゃ満開。
「おばさん!」って言われたんだか母さんだったか、振り向くと仕事が10時からになったらしく、かんたを自転車に乗せ
遅い目に保育園に送ろうとしていた娘と遭遇。
「どうやった? 悪いとこあった?」 「まぁね、色々・・」 心配して聞いてくれたのが嬉しかった。
「ばぁば、バイバーイ!」笑顔いっぱいでかんたが手を振った。
ほんの少しでも孫の顔を見ると、元気になるなぁ。
午後出かける予定だがせっかく出たついでだからと、八幡屋公園に行ってみた。
5日前のお花見では、5分くらいだったろうか・・もう今や満開の桜である。
遊具があるし、大きいながら目が行き届くので親子連れに人気の公園である。
あ・・あの辺りでみんなでお弁当を食べたんだ・・。
ひろとたちとはもうここではきっとないであろうお花見は、懐かしい思い出になった。
大阪プール前。
グリーンヒルズへ上がってみた。
桜ばかり見ているので、色のついた花はいっそう鮮やかに見える。
春だなぁ・・春、そう実感できるひと時だった。
「みくさん! 誰が写真撮ってるんやろうと思ったら・・みくさんやった」
思いがけなくも友人に会った。 30分ほど立ち話でも会うと、元気をもらえる人気心の合う人だから嬉しい。
「神戸の夫人が入院されたので、これからお見舞いに・・」と言い別れた。
三宮まで特急で行って、各停に乗り換えて一駅戻る・・初めてたてた路線。
のはずが、各停に乗ったとき運転席を前にした一番前の車両だったので、そのまま各停で行こうと思った。
一番前はちょっと気持ち悪いかなとも思ったが、こんな景色もまぁ見ることはないと対向の電車が来るのを眺めていた。
夫人の家の近くに11年前に新設された大きな病院。
それにしてはもう少し花があってもいいのになぁと思ったが、これからもっと増えて行くだろうと思いながら眺めた。
夫人がベッドから落ちて倒れこんで動けずにいた所をたまたま来たご近所さんが窓越しに発見し、緊急避難のベランダから救急車で運ばれた。
入院して半月になった。 三度目のお見舞い。
日赤のHPにある”お見舞いメール” 午前10時までに患者さんあてにメールを送信すれば、2時以降患者さんにきれいなカードに印刷して届けてくれる。
とても気の利いた無料サービスがある。 夫人は歩けないし携帯も使えないので5通ほど送らせてもらった。 厚かましいので、あとは葉書を書いている。
お見舞いに来る人がほとんどいないのは、やはり寂しいと思うから。
今日初めてシャワーしてもらったと、さっぱりした顔で少し元気そうに見えた。
そのとき初めて車椅子に乗ったが、自分の足がぐんと細くなっているのにびっくりしたらしい。
恐れているのがそれである。 歩かなかったら、歩けなくなる。 今は毎日点滴をして腰痛で動けない原因だった脊椎の菌を除去、あるいはあちこち検査で
出てきた病名、その治療をしているが、まだ一度も自分で歩いていないのだ。
病状が良くなれば、歩行のリハビリができる病院へ転院だそうだが、本人にはまだそのことは告げられていない。 治療にまだ期間を要するので私も、言ってない。
4人部屋でも廊下側。 窓から桜・・は残念ながら見えない。
私が神戸に来る前に今日、あちこち写真を撮ったのは、一番きれいな桜の時期見られないので桜をカメラのスライドショーで見せてあげたかったからである。
結構カメラの画面が大きいので、ベッドの夫人にも良く見えた。
「きれいやなぁ。 みくちゃん、お花見行こうって言ってくれてたのに、入院してしもうたなぁ」苦笑いして言われた。
桜を目で見せてあげられなくて残念だったが、このところ得にあちこちと体の不調を抱えておられたので、私たちには病院にいて下さる方が内心安心だった。
料理も上げ膳据え膳だし、洗濯もお風呂掃除もしなくていいのだから。
帰りは夫が迎えに来て、病室へ顔を見せた。
「いつ家に帰れるんやろうなぁ・・」
「おかん、たばこは吸わへんのん?」 「何言ってんの、吸ったら退院させられるわ」
「隠れて吸ったらええやんか」 「何バカなこと言ってんの」 笑いながら話す夫の悪い冗談に、まじめに答える夫人、昔会社でもこんな感じの2人だったのだろう。
耳が遠くなったので少し声を大きくしゃべっているから、部屋の方になんていう見舞い人やと変に思われたのではと、そっちが気になった。
唯一好きな煙草、辞められるものなんだなぁと感心した。 夫人はもう多分家には帰れないのではないだろうか・・私たちはそう感じている。
お花など置くスペースもないが、さぁ・・目を楽しませるもの何か・・何を持ってきてあげようか今度は。