歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

成功は手放しでは喜べない。それはそれで・・・命がけ。

2016-10-20 | 映画

作家と編集者。

微妙な関係と言えばそうだけれど、

もともとの作家の素質がすべてなのだろう。

素質とは、語らずにはいられない何かを心の闇に隠し持っている者のことだ。

誰でもが人には言えぬ闇を抱えて生きている。

まずはそれを、抱えていることを感じているかどうかだ。

それを知っていることも才能のひとつだろう。

書くことがすべてではない。

それを知らずとも生きいける。だから気づかずとも生きて行ける。

そんな人間もいることを・・・・そんな人たちをも認められる・・・そんなところだ。

それを知っているか?

小説家と編集者の違いはそんなところだろう。

 

小説あるいは本などなくても人々は生きている。

日々の暮らしに必要じゃないのだ。物語などと言う代物は。

『ベストセラー 編集者バーキンズに捧ぐ』を観た。

小説家と編集者の関係を描いた映画。

才能にあふれたウルフにいかに凄い小説を書かせるか?

って言うより書きたくて仕方なく次から次へと溢れる出る言葉を書きなぐる小説家を

正直な言葉で書かせるか・・・・そんなコトを感じたんだ。この映画を観てね。

饒舌は敵なのだ。読む人を混乱させるばかりではない。

書き手をも混乱させる。そう、いったいなにを伝えたいのかわからなくなるのだ。

言葉には力があるのだ。強弱、表裏、そして誤解と自己への偽りが破たんを招く。

だから、削除する。ゆるぎない決断を装いながら削る。

当然作者は身を削られる訳だから痛いし血を流していると錯覚する。

贅肉を削ぎ落とすとホントのコトが見えてきたりする。

しかし、削がれすぎると、無味となる。

でも、言いたいことが書き手の中にシッカリとあれば、それは“情緒”として醸される。

そんなことがこの映画では二人の会話の中でビシバシ交わされる。

 

単に天才小説家を世に出す苦労話ではない。

人が人として生きるためにはどうしても必要な事柄をきっちり伝えている映画なのだ。

いつごろからなのだろう・・・みんながみんな人生を語らなくなってしまった。

吉田拓郎のように、カッコつけて

「今はまだ人生を語らず」とでも、ぶしつけに思っているんだろうか・・・