≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫
相楽健康ウォーキングの会では毎年1月は初詣ウォークです。
わんちゃんが過去に参加してるのでは
2014年:北野天満宮 ⇒こちら
2013年:住吉大社 ⇒こちら
2011年:大神神社 ⇒こちら
今年は橿原神宮から初詣ウォーキング
集合場所は近鉄・橿原神宮前駅。
相楽健康ウォーキングの会会長さんからご挨拶で「長い間(十数年)続けてきた当会も今年の3月をもって終了することに決定しました」っとのお話が正式にありました。噂では聞いてたんですけど・・・
役員の皆さんたち、参加者たちもだんだんと高齢になり後継者困難問題が浮上・・・となり、いよいよ今回を含めて3回だけになってしまう・・・っと伺うとなんだか寂しいなぁ。
橿原神宮の一ノ鳥居、祭神は神武天皇です。
橿原神宮は、御祭神・神武天皇が畝傍山の東南・橿原の地に宮を建てられ即位の礼を行われた宮址に、明治23年に創建された。
第一代の天皇であり我が国建国の始祖となられた神武天皇と、 (ひめたたらいすずひめ)皇后が祀られている。 神武天皇は、皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がこの国土に降られた日向(ひゅうが)国高千穂の宮におられたが、天下の政治(まつりごと)を行うべくはるばる東遷の途に立たれた。途中幾多の困難に遭われたが、ついに大和の国を中心とした中つ国を平定され、畝傍(うねび)の橿原の宮において即位の礼をあげて、国の基をたてられた。⇒橿原神宮HPより
広い境内を自由散策、
深田池ではヒドリガモがゆったりくつろいでるふうでした。
左:雄 右:雌
橿原市から明日香村へと・・・
飛鳥水落遺跡
飛鳥水落遺跡とは ⇒こちら
見学後飛鳥寺へ途中に蘇我入鹿の首塚がありました、その向こうに見える丘は甘樫丘
飛鳥寺(あすかでら)
日本最古の寺院、蘇我氏の氏寺、6世紀末から7世紀初頭にかけて建立された。
本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来、開基(創立者)は蘇我馬子である。
万葉文化館の傍を通り過ぎ、酒船石(さかふねいし)に立ち寄りました。
板蓋宮(いたぶきのみや)跡
642年皇極(こうぎょく)天皇元年1月、皇極天皇は夫である舒明(じょめい)天皇の崩御により即位し、同年9月19日(10月17日)、大臣である蘇我蝦夷(そがのえみし)へ新宮殿を12月までに建設するよう命じた。これにより完成したのが板蓋宮である。643年(皇極天皇2年)4月のこと。
板蓋宮は、645年7月10日(皇極天皇4年6月12日)に発生したクーデター(乙巳の変=いっしのへん)の舞台となった。この日、皇極天皇の眼前で大臣の次期後継者である蘇我入鹿が暗殺されるという凶行がなされた(この時、討たれた入鹿の首がさっきの首塚まで飛んでいったと伝えられています。)これにより皇極天皇は同月12日(14日)に退位し、事件の真の首謀者と目される孝徳天皇は、難波長柄豊碕(なにわのながらのとよさき)に宮を置いた。
孝徳天皇は中大兄皇子を皇太子にし、中大兄皇子は、天皇中心の中央集権国家を再構築するため、「大化の改新」と呼ばれる大改革を断行したのです。654年(白雉5年)10月、孝徳天皇が難波宮で崩御すると翌年の初めに皇極上皇は板蓋宮において再度即位(重祚)し、斉明天皇となった。この年の末に板蓋宮は火災に遭い、焼失した。板蓋宮って小さな宮殿のようでしたが、日本の歴史を大きく変えた舞台だったんですね。
石舞台古墳のそばの芝生広場でお弁当タイム。
午後はまず橘寺から・・・
橘寺は聖徳太子が生まれた寺です。
天台宗の寺院。正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守(たじまもり=菓子の神としても崇敬される)が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。
亀石を見て・・・
鬼の俎(おにのまないた)
鬼の雪隠(おにのせっちん)
花崗岩で作られた遺構。
畑の中を通る遊歩道の脇の高台には「鬼の俎」が、遊歩道を挟んだ高台の麓に「鬼の雪隠」がある。両者は直線距離にして数十メートル離れているが、元は1つの古墳の石室だったものが、盛土が無くなったうえ、二つに分かれてしまったものである。元々は、くり抜かれた横口式石槨の石室(鬼の雪隠)とその底石(鬼の俎)であった。
飛鳥歴史館の展示室を見学し近鉄・飛鳥駅でゴールとなりました。
コース:行程13km
橿原神宮前駅⇒橿原神宮(初詣)⇒駅前:受付⇒飛鳥水落遺跡⇒飛鳥寺⇒酒船石⇒飛鳥板蓋宮跡⇒石舞台古墳芝生広場(昼食)⇒橘寺⇒亀石⇒鬼の俎・雪隠⇒飛鳥歴史館⇒近鉄飛鳥駅
【おまけ】
明日香村:マンホール
中央の明日香村章を村の花タチバナと村の木、ツキ:槻 (けやき)で囲むデザイン。
日本の国歌にも謳われている細石(さざれいし)
細かい小さな石が、悠久の年月をかけて巌(いわお)となり、さらにそこに苔が生すまで・・・
気の遠くなるような時間経過。
橿原神宮拝殿の手前、参拝客の目に留まりやすい場所に鎮座してます。
相楽健康ウォーキングの会では毎年1月は初詣ウォークです。
わんちゃんが過去に参加してるのでは
2014年:北野天満宮 ⇒こちら
2013年:住吉大社 ⇒こちら
2011年:大神神社 ⇒こちら
今年は橿原神宮から初詣ウォーキング
集合場所は近鉄・橿原神宮前駅。
相楽健康ウォーキングの会会長さんからご挨拶で「長い間(十数年)続けてきた当会も今年の3月をもって終了することに決定しました」っとのお話が正式にありました。噂では聞いてたんですけど・・・
役員の皆さんたち、参加者たちもだんだんと高齢になり後継者困難問題が浮上・・・となり、いよいよ今回を含めて3回だけになってしまう・・・っと伺うとなんだか寂しいなぁ。
橿原神宮の一ノ鳥居、祭神は神武天皇です。
橿原神宮は、御祭神・神武天皇が畝傍山の東南・橿原の地に宮を建てられ即位の礼を行われた宮址に、明治23年に創建された。
第一代の天皇であり我が国建国の始祖となられた神武天皇と、 (ひめたたらいすずひめ)皇后が祀られている。 神武天皇は、皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がこの国土に降られた日向(ひゅうが)国高千穂の宮におられたが、天下の政治(まつりごと)を行うべくはるばる東遷の途に立たれた。途中幾多の困難に遭われたが、ついに大和の国を中心とした中つ国を平定され、畝傍(うねび)の橿原の宮において即位の礼をあげて、国の基をたてられた。⇒橿原神宮HPより
広い境内を自由散策、
深田池ではヒドリガモがゆったりくつろいでるふうでした。
左:雄 右:雌
橿原市から明日香村へと・・・
飛鳥水落遺跡
飛鳥水落遺跡とは ⇒こちら
見学後飛鳥寺へ途中に蘇我入鹿の首塚がありました、その向こうに見える丘は甘樫丘
飛鳥寺(あすかでら)
日本最古の寺院、蘇我氏の氏寺、6世紀末から7世紀初頭にかけて建立された。
本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来、開基(創立者)は蘇我馬子である。
万葉文化館の傍を通り過ぎ、酒船石(さかふねいし)に立ち寄りました。
板蓋宮(いたぶきのみや)跡
642年皇極(こうぎょく)天皇元年1月、皇極天皇は夫である舒明(じょめい)天皇の崩御により即位し、同年9月19日(10月17日)、大臣である蘇我蝦夷(そがのえみし)へ新宮殿を12月までに建設するよう命じた。これにより完成したのが板蓋宮である。643年(皇極天皇2年)4月のこと。
板蓋宮は、645年7月10日(皇極天皇4年6月12日)に発生したクーデター(乙巳の変=いっしのへん)の舞台となった。この日、皇極天皇の眼前で大臣の次期後継者である蘇我入鹿が暗殺されるという凶行がなされた(この時、討たれた入鹿の首がさっきの首塚まで飛んでいったと伝えられています。)これにより皇極天皇は同月12日(14日)に退位し、事件の真の首謀者と目される孝徳天皇は、難波長柄豊碕(なにわのながらのとよさき)に宮を置いた。
孝徳天皇は中大兄皇子を皇太子にし、中大兄皇子は、天皇中心の中央集権国家を再構築するため、「大化の改新」と呼ばれる大改革を断行したのです。654年(白雉5年)10月、孝徳天皇が難波宮で崩御すると翌年の初めに皇極上皇は板蓋宮において再度即位(重祚)し、斉明天皇となった。この年の末に板蓋宮は火災に遭い、焼失した。板蓋宮って小さな宮殿のようでしたが、日本の歴史を大きく変えた舞台だったんですね。
石舞台古墳のそばの芝生広場でお弁当タイム。
午後はまず橘寺から・・・
橘寺は聖徳太子が生まれた寺です。
天台宗の寺院。正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守(たじまもり=菓子の神としても崇敬される)が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。
亀石を見て・・・
鬼の俎(おにのまないた)
鬼の雪隠(おにのせっちん)
花崗岩で作られた遺構。
畑の中を通る遊歩道の脇の高台には「鬼の俎」が、遊歩道を挟んだ高台の麓に「鬼の雪隠」がある。両者は直線距離にして数十メートル離れているが、元は1つの古墳の石室だったものが、盛土が無くなったうえ、二つに分かれてしまったものである。元々は、くり抜かれた横口式石槨の石室(鬼の雪隠)とその底石(鬼の俎)であった。
飛鳥歴史館の展示室を見学し近鉄・飛鳥駅でゴールとなりました。
コース:行程13km
橿原神宮前駅⇒橿原神宮(初詣)⇒駅前:受付⇒飛鳥水落遺跡⇒飛鳥寺⇒酒船石⇒飛鳥板蓋宮跡⇒石舞台古墳芝生広場(昼食)⇒橘寺⇒亀石⇒鬼の俎・雪隠⇒飛鳥歴史館⇒近鉄飛鳥駅
【おまけ】
明日香村:マンホール
中央の明日香村章を村の花タチバナと村の木、ツキ:槻 (けやき)で囲むデザイン。
日本の国歌にも謳われている細石(さざれいし)
細かい小さな石が、悠久の年月をかけて巌(いわお)となり、さらにそこに苔が生すまで・・・
気の遠くなるような時間経過。
橿原神宮拝殿の手前、参拝客の目に留まりやすい場所に鎮座してます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます