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“ホットサターン”に水蒸気が存在する証拠を発見! 異常に大きなコアを持つ系外惑星の大気は酸素が豊富な環境なのかも

2024年07月24日 | 系外惑星
今回の研究では、系外惑星“HD 149026 b”の大気中に水蒸気(H2O)が存在する証拠を発見しています。
この系外惑星は、地球から約250光年彼方のヘルクレス座に位置し、土星とほぼ同じ大きさの高温ガス惑星なので“ホットサターン”に分類されています。

さらに興味深いのは、“HD 149026 b”が地球の約110倍という異常に大きなコアを持っていること。
いくつかの理論的なシナリオが提唱されていますが、この惑星の大気の観測を続けることで、これらの理論のいずれかを支持する、あるいは新た理論を示唆する可能性もあります。
この研究は、東京大学の大学院生Sayyed Ali Rafiさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年7月付でアメリカの科学雑誌“The Astronomical Journal”に“Evidence of Water Vapor in the Atmosphere of a Metal-Rich Hot Saturn with High-Resolution Transmission Spectroscopy”として掲載されました。DOI: 10.3847/1538-3881/ad5be9
図1.系外惑星“HD 149026 b”のイメージ図。木星よりも少し小さい“ホットサターン”に分類される。本研究では、この惑星の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見している。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図1.系外惑星“HD 149026 b”のイメージ図。木星よりも少し小さい“ホットサターン”に分類される。本研究では、この惑星の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見している。(Credit: アストロバイオロジーセンター)


土星とほぼ同じ大きさの高温ガス惑星

“HD 149026 b”は、地球から約250光年彼方のヘルクレス座に位置する系外惑星です。
この系外惑星は、土星とほぼ同じ大きさを持つ巨大なガス惑星でありながら、主星“HD 149026”の極めて近くの軌道を公転しているので、“ホットサターン”に分類されます。

主星“HD 149026”の質量は太陽の約1.34倍で、金属が豊富な恒星です。
“HD 149026 b”は、この恒星の周りを、わずか2.9日という短い周期で公転。
この軌道は、太陽から水星までの距離の約10分の1という、非常に近いものとなります。

“HD 149026 b”の最大の特徴は、その高温な環境にあります。
主星に極めて近い距離を公転しているので、推定される“HD 149026 b”の表面温度は約1700ケルビンに達しているようです。
これは、最強の鉄鋼でさえも溶かしてしまうほどの高温で、“HD 149026 b”が過酷な環境にあることを示しています。

さらに、“HD 149026 b”は、その高温な環境に加え、異常に大きなコアを持つことでも知られています。
そのコアの質量は、地球質量の約110倍にも達すると推定されていて、これは従来の惑星形成モデルでは説明が難しい現象と言えます。


透過光分光法と相互相関法で系外惑星の大気を探る

“HD 149026 b”の大気中における水蒸気の発見は、透過光分光法と呼ばれる観測手法を用いて行われたものです。

この手法は、地球から見て系外惑星“HD 149026 b”が、主星“HD 149026”の手前を通過している時に、系外惑星の大気を通過してきた主星の光を利用します。

分光器により、光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができます。
惑星の大気中には様々な分子が存在し、個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、系外惑星の大気を通過してきた光“透過スペクトル”には、大気に含まれる元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が現れることになります。

この“透過スペクトル”と“主星から直接届いた光のスペクトル”を比較することで吸収線を調べることができ、その波長から元素の種類を直接特定する訳です。

でも、系外惑星の大気を観測する場合、明るい恒星の光に対して惑星からの光は非常に弱いので、検出が困難になることが多くあるんですねー

そこで用いられるのが、相互相関法と呼ばれる微弱な信号を増幅する手法です。
相互相関法では、高分解能分光法で個別に分解される数百から数千の弱いスペクトル吸収線の情報を組み合わせることで、系外惑星からの信号を高めることができます。

相互相関法を用いることで、高分解能分光データから、微弱な吸収線の情報を統合し、系外惑星からの信号を増幅することが可能となります。


水蒸気は大気全体に広がっている

今回の研究では、スペインのカラー・アルト天文台に設置された分光器“CARMENES”を用いて、“HD 149026 b”の近赤外線波長域(0.97~1.7μm)のスペクトルを観測しています。

研究チームは、この観測データに対して相互相関法を適用。
その結果、“HD 149026 b”の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見しました。
この信号の信号対雑音比(S/N)は約4.8でした。
図2.検出されたH2Oシグナル。赤い×印は実際に検出された位置を、シアン色の十字記号は予測されるシグナルの位置を示している。右下の数時4.8は、検出されたシグナルのS/N比。KpとVrestは、それぞれ惑星の視差速度の半値幅と静止系の速度。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図2.検出されたH2Oシグナル。赤い×印は実際に検出された位置を、シアン色の十字記号は予測されるシグナルの位置を示している。右下の数時4.8は、検出されたシグナルのS/N比。KpとVrestは、それぞれ惑星の視差速度の半値幅と静止系の速度。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
興味深いことに、2023年に行われたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた“HD 149026 b”の観測でも、大気中に水蒸気を検出したとする報告がされています。

この時、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測していたのは惑星の昼側でした。
これに対して、本研究では惑星の夜側を観測しているので、両方の観測結果が水蒸気の存在を示していることになります。
このことは、“HD 149026 b”の大気全体に水蒸気が広がっている可能性を示唆していました。

研究チームでは、“HD 149026 b”の大気にシアン化水素(HCN)も探索しましたが、検出には至らず…
これは、観測データのS/N比が低いためだと考えられています。


“HD 149026 b”の大気は酸素が豊富な環境かも

“HD 149026 b”のような高温のガス惑星の大気では、炭素と酸素の比(C/O)が惑星の形成過程や進化の歴史を理解する上で、重要な指標となります。

C/Oひが1より小さい場合(酸素が炭素より豊富であることを示す)、水(H2O)と一酸化炭素(CO)が最も豊富な酸素と炭素を含む分子となります。
一方、C/O比が1より大きい場合、水は少なくなり、シアン化水素が多くなります。

今回の観測では、“HD 149026 b”の大気中に水蒸気が検出された一方で、シアン化水素は検出されませんでした。
これは、“HD 149026 b”の大気のC/O比が1より小さい、すなわち酸素が豊富な環境であることを示唆しています。


どうやって異常に大きなコアを持つ惑星が形成されたのか

“HD 149026 b”は、これまでの惑星形成モデルでは説明が難しい、異常に大きなコアを持つことが知られています。
この巨大なコアを説明するために、いくつかのシナリオが提案されています。

1.巨大惑星同士の衝突
Ikoma et al.(2006)は、“HD 149026 b”が、2つ以上の巨大惑星が衝突した結果形成された可能性を指摘しています。

2.微惑星の異常な供給
Broeg & Wuchterl(2007)は、“HD 149026 b”の形成時に、他の惑星からの重力摂動によって、微惑星が異常なほど大量に供給された可a能性を提案しています。

3.標準的なコア集積モデル
Dodson-Robinson & Bodenheimer(2009)は、固体表面密度が高く、初期軌道が大きい場合には、標準コア集積モデルでも“HD 149026 b”のような巨大コアを持つ惑星が形成される可能性を示しています。

これらのシナリオのうち、どのシナリオが正しいのか、あるいは全く新しいシナリオが必要となるのかは、今後の詳細な観測によって明らかになっていくと考えられます。

“HD 149026 b”の大気中に水蒸気が検出されたことは、この惑星の形成過程や進化の歴史を理解する上で重要な手掛かりとなります。
“HD 149026 b”は、巨大なコア以外にも、高温環境、短い公転周期など、多くの興味深い特徴を持っています。

今後の詳細な観測により、“HD 149026 b”の大気の組成や温度構造、そしてその形成過程について、より詳しい情報が得られることが期待されます。


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ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測が示唆 表面に液体の水が存在する可能性のある居住可能な氷の系外惑星

2024年07月11日 | 系外惑星
くじら座の方向約48光年彼方に位置する“LHS 11140”は、太陽の約5分の1の質量を持つ赤色矮星です。
この赤色矮星“LHS 1140”のハビタブルゾーン内を公転しているのが、“LHS 1140 b”という興味深い系外惑星です。

この惑星は、その大きさから、当初はミニネプチューン、つまり水素を主成分とする厚い大気の層を持つガス惑星だと考えられていました。
でも、近年の観測により、“LHS 1140 b”はミニネプチューンではなく、岩石や水に富むスーパーアースの可能性が高まってきたんですねー

そして、2023年12月に行われたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた観測により、“LHS 1140 b”の質量と半径がより正確に測定され、その組成に関する重要な情報が得られました。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から示唆されたのは、太陽系外惑星“LHS 1140 b”が、表面に液体の水が存在する可能性のある、居住可能な氷の世界である可能性でした。
地球から約48光年離れた“LHS 1140 b”は、生命存在の可能性を探る上で、非常に興味深い研究対象となるようです。
この研究は、モントリオール大学の博士課程に在籍するCharles Cadieuxさんが率いる天文学者のチームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal Letter”に掲載が受領されました。
図1.系外惑星“LHS 1140 b”は、木星の衛星エウロパのように完全に氷に覆われた世界(左)かもしれないし、液体の海と曇った大気を持つ世界(中央)かもしれない。“LHS 1140 b”は地球の1.7倍の大きさ(右)で、太陽系外での液体の水の探査において有望視されている。(Credit: B. Gougeon/Université de Montréal)
図1.系外惑星“LHS 1140 b”は、木星の衛星エウロパのように完全に氷に覆われた世界(左)かもしれないし、液体の海と曇った大気を持つ世界(中央)かもしれない。“LHS 1140 b”は地球の1.7倍の大きさ(右)で、太陽系外での液体の水の探査において有望視されている。(Credit: B. Gougeon/Université de Montréal)


ハビタブルゾーンを公転するスーパーアース

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から、太陽系外惑星“LHS 1140 b”が表面に液体の水が存在し、居住可能な氷の世界である可能性が示唆れました。
このため、くじら座の方向約48光年彼方に位置する“LHS 1140 b”は、生命存在の可能性を探るうえで、非常に興味深い研究対象と言えます。

“LHS 1140 b”は、太陽の5分の1程度の大きさの赤色矮星“LHS 1140”のハビタブルゾーン内を公転するスーパーアース(地球より大きな岩石惑星)です。

表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼び、実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星です。
太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがあります。

ハビタブルゾーンとは、恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。
この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられています。
太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたります。


大気や水が存在する兆候

当初、“LHS 1140 b”はミニネプチューン、つまり水素を主成分とする厚い大気の層を持つガス惑星だと考えられていました。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や赤外線天文衛星“スピッツァー”、ハッブル宇宙望遠鏡、トランジット惑星探査衛星“TESS”など、複数の宇宙望遠鏡による詳細な観測データから、“LHS 1140 b”はミニネプチューンではなく、岩石または水に富むスーパーアースであることが明らかになります。

2023年12月に実施されたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測では、“LHS 1140 b”の重要な情報が得られています。
この観測データと、過去のハッブル宇宙望遠鏡、“スピッツァー”、“TESS”による観測データを組み合わせた結果、“LHS 1140 b”は地球の大気と同様に、窒素を豊富に含む大気を保持している可能性が示唆されました。

“LHS 1140 b”の分析結果からは、この惑星が岩石惑星としては予想よりも密度が低く、その質量の10%から20%が水で構成されている可能性も示唆されています。

さらに、“LHS 1140 b”の大気組成を決定するため、透過分光観測も実施されました。

地球から見て系外惑星“LHS 1140 b”が、主星“LHS 1140”の手前を通過(トランジット)している時に、系外惑星の大気を通過してきた主星のスペクトル“透過スペクトル”を調べています。

個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、透過スペクトルには大気に含まれる元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が現れることになります。

この“透過スペクトル”と“主星から直接届いた光のスペクトル”を比較することで吸収線を調べることができ、その波長から元素の種類を直接特定する訳です。

分析の結果からは、窒素が主成分である可能性も示唆されていて、これは“LHS 1140 b”が地球に似た大気を保持し、表面に液体の水が維持されている可能性を支持するものでした。


表面を覆う氷の下に存在する液体の海

現在のモデルによると、“LHS 1140 b”が地球に似た大気を持っている場合、惑星の表面は氷で覆われ、その下に液体の海が存在する可能性があります。

“LHS 1140 b”の自転と公転の周期は同期しているので、この海は常に恒星に面している領域がある“サブステラーポイント(恒星が天体の真上に位置する点)”に位置すると考えられています。
その直径は約4000キロと推定され、これは大西洋の表面積の約半分に相当します。
さらに、この海の表面温度は20℃という温暖な環境である可能性もあります。


さらなる観測への期待

“LHS 1140 b”は、ハビタブルゾーンに位置し、大気と液体の水の存在の可能性があることから、今後の居住可能性の研究にとって非常に有望な候補と言えます。

“LHS 1140 b”の大気について、窒素が豊富に含まれているかどうかを確認し、他のガスの有無を調べるには、さらなるジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測が必要となります。

特に、“LHS 1140 b”の二次大気の多様性を詳細に調査し、恒星の活動による影響を適切に評価するには、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線撮像・スリットレス分光器“NIRISS”/SOSSモードと近赤外線分光装置“NIRSpec”/G395の両方による広範囲な波長域をカバーする観測が不可欠となります。

これらの観測を通して、“LHS 1140 b”は地球を超えた生命の存在を解明するための重要な手掛かりを提供してくれる可能性があります。


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“わたあめ”並みの密度しかない系外惑星“WASP-193b”を発見! 巨大ガス惑星“ホットジュピター”はどこまで低密度になれるのか

2024年06月22日 | 系外惑星
地球や火星のような岩石と金属で構成された岩石惑星と比べると、木星や土星のように水素やヘリウムが主成分の“巨大ガス惑星”は密度が低い天体になります。

これに加えて、木星ほどの質量を持つガス惑星が主星(恒星)のすぐそばを公転することで表面温度が非常に高温になる“ホットジュピター”のような環境では、大気が熱膨張することでさらに密度が低くなってしまいます。

今回の研究では、太陽系外惑星観測プロジェクト“スーパーWASP”(※1)の観測データから新たな惑星“WASP-193b”を発見しています。
※1.“スーパーWASP”はスペイン領カナリア諸島のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台と、南アフリカ共和国の南アフリカ天文台で構成されている。
他の観測データも組み合わせて計算して分かったのは、“WASP-193b”の平均密度が“わたあめ”と同程度の1立方センチ当たり0.059グラムしかないこと。
これは、知られている中では2番目に密度が低い惑星の発見になるんですねー

また、これまでの惑星モデルでは、これほど極端に低密度な惑星の存在を説明できないので、解明に期待がかかる大きな謎になっています。
この研究は、リエージュ大学のKhalid Barkaouiさんたちの研究チームが進めています。
図1.“WASP-193b”を天秤にかければ、同じ大きさの“わたあめ”とほぼ釣り合うことになる。(Credit: Generated OpenAI’s DALL-E / Created by David Berardo)
図1.“WASP-193b”を天秤にかければ、同じ大きさの“わたあめ”とほぼ釣り合うことになる。(Credit: Generated OpenAI’s DALL-E / Created by David Berardo)


構成物質で変わる惑星の平均密度

天体の平均密度は、主にどのような物質で構成されているかによって大幅に変わってきます。

太陽系の場合、最も平均密度が高いのは地球の1立方センチ当たり5.52グラムで、最も平均密度が低いのは土星の1立方センチ当たり0.69グラムとなります。

これは、地球が岩石や金属などの固体物質を主成分とするのに対して、土星は低温でも気体の状態が保たれる水素やヘリウムなどの物質を主成分とするためです。
土星は、平均密度が水を下回る太陽系唯一の惑星なので、“水に浮かぶ”と例えられることがあります。


恒星のすぐそばを公転する巨大ガス惑星

太陽以外の天体を公転する太陽系外惑星(系外惑星)に目を向けると、土星よりもさらに平均密度が低いとされる惑星がしばしば見つかります。
そのような例の大半は、ホットジュピターに分類される惑星です。

構成物質で分類すると、ホットジュピターは木星や土星と同じ水素やヘリウムを主体としています。
ただ、木星や土星は太陽から遠く離れた軌道を公転している一方で、ホットジュピターの軌道は恒星に対して極めて近いものになります。

この軌道により恒星から受ける放射エネルギーも極端に強くなるホットジュピターは、大気が数百℃以上に加熱され熱膨張を起こすことになります。
構成物質の密度がもともと低いことに加えて、この熱膨張がホットジュピターを極端な低密度にするわけです。


ホットジュピターはどこまで低密度になれるのか

いくら高温のホットジュピターと言えども、熱膨張には限界があると予測されています。

それは、大気が加熱されると、それを構成する分子の運動速度が増し、惑星の重力を振り切って宇宙空間に逃げてしまうからです。

膨張した大気が維持されているということは、大気を構成する分子が惑星の重力に繋ぎ留められていることを意味します。
ただ、あまりにも極端な加熱は膨張を維持できる限界を超えてしまうことになります。

また、極端な熱膨張が起こる環境では、熱によって数億年以内の短時間で惑星の大気が全て蒸発してしまうので、岩石を主成分とする中心核だけが残されることになります。(※2)
※2.現在の惑星形成論では、巨大ガス惑星の中心部には、地球の数倍程度の質量を持つ、主に岩石でできた核が存在すると考えられている。
あるいは、恒星までの距離が極端に近いことで、潮汐力によって惑星の公転軌道が収縮してしまうと、惑星は恒星に落下して消滅してしまいます。

このため、ホットジュピターの平均密度が1立方センチ当たり0.2グラムを下回ることは滅多になく、そのような惑星の希少な存在と言え、そのような惑星の存在という疑問も生じてきます。(※3)
※3.ホットジュピターの中でも、特に低密度な惑星は“パフィー・プラネット”とも呼ばれている。“パフィー・プラネット(Puffy planets)”は、直訳すれば“フワフワとした惑星”、“膨らんでいる惑星”となる。どの程度の密度の天体をパフィー・プラネットと呼ぶのかは定義されておらず、学術的な分類名という訳でもない。このため、パフィー・プラネットという分類名は愛称に近いものとなる。


“わたあめ”と同じくらいの密度しかない系外惑星

今回の研究では、“WASP-193b”が極端に低密度なホットジュピターということが報告されています。

“WASP-193b”は、うみへび座の方向約1200光年彼方に位置する恒星“WASP-193”を6.25日周期で公転している系外惑星です。
太陽系外惑星観測プロジェクト“スーパーWASP”によって観測された過去のデータを、分析することで発見されました。

“WASP-193b”は“スーパーWASP”以外にも、ウカイムデン天文台のTRAPPIST-South望遠鏡(モロッコ)、パラナル天文台のSPECULOOS-South望遠鏡(チリ)、ヨーロッパ南天天文台ラ・シーヤ観測所の3.6メートル望遠鏡(チリ)に設置された分光機“HARPS”、ジュネーブ天文台のレオンハルト・オイラー望遠鏡(スイス)に設置された分光機“CORALIE”、およびNASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”によっても観測されています。
それぞれの観測データを元に“WASP-193b”の物理的な性質の詳細が明らかにされた訳です。

“WASP-193b”の直径は木星の1.464±0.058倍あるものの、質量は木星の13.9±2.9%しかありません。
このため、平均密度は1立方センチ当たり0.059±0.014グラムという、極端に小さなものになっています。

密度が1立方センチ当たり約0.05グラムしかない“わたあめ”と同じくらいと考えれば、“WASP-193b”がいかに低密度な惑星なのかをイメージできると思います。
この平均密度は、詳細に観測されている惑星の中では2番目に低い値になります。(※4)
※4.現時点で最も密度が低いのは系外惑星“ケプラー51d”と推定され、平均密度は1立方センチ当たり0.046±0.009グラムとなる。
図2.様々な太陽系外惑星の平均密度の比較。“WASP-193b”は“ケプラー51d”に次いで2番目に平均密度が低い惑星と測定された。(Credit: Khalid Barkaoui, et al.)
図2.様々な太陽系外惑星の平均密度の比較。“WASP-193b”は“ケプラー51d”に次いで2番目に平均密度が低い惑星と測定された。(Credit: Khalid Barkaoui, et al.)


惑星形成論的にはあり得ない“WASP-193b”の直径

もちろん、“WASP-193b”は“わたあめ”でできている訳ではありません。

水素とヘリウムが主体の組成に加えて、恒星からの放射で1,000℃近い高温(1254±31K)に熱せられたことによる熱膨張が低密度の理由だと考えられます。

ただ、これまでの惑星モデルで計算した“WASP-193b”の直径は、木星と比べて最小で0.68倍。
最大でも1.2倍(※5)で、実際に観測された約1.5倍とは大幅に異なるんですねー
※5.今回の研究では、3つの異なるモデルで直径が推定されている。それぞれ木星の直径の0.9~1.1倍、0.82±0.14倍、1.1±0.1倍という計算結果が得られている。
木星の1.2倍という上限値は、惑星の中心部に岩石を主成分とする高密度の核が存在しないという、惑星形成論的にはあり得ない仮定をした上での計算値です。
なので、現実的には1.2倍よりも小さな値をとる可能性が高いことが考えられます。

そこで、研究チームでは複数の仮説(※6)について検討。
その中で、“オーム散逸”というメカニズムが、“WASP-193b”の直径を最も良く説明できると考えています。
※6.他に検討された仮説として、“流出する大気の流れを惑星本体の大きさと誤認した”や“潮汐力による加熱”、“惑星内部でのヘリウムの相分離”、“誕生直後の恒星で放射が強かった時期の膨張を観測している”というものがある。いずれも観測データから得られた“WASP-193b”のパラメーターとは大きく矛盾している。


“WASP-193b”の低密をオーム散逸で説明してみると

“WASP-193b”のように極端な過熱を受けている惑星では、惑星の表面と内部を行き来する非常に激しい物質循環が発生します。
また、恒星からの放射によって、大気中に含まれる微量の金属原子(※7)がイオン化されます。
※7.惑星科学における“金属”とは、水素とヘリウムよりも重い元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。ただ、ホットジュピターのオーム散逸においては、イオン化しやすいアルカリ金属(ナトリウムやカリウムなど)のことを指すので、化学的な意味での金属と一致する。
惑星の内外を循環するイオンは電気を帯びた粒子の流れなので、電流のように振る舞うことで、電磁誘導による加熱が発生します。
言ってみれば、“WASP-193b”は惑星全体がIH調理器の原理で加熱されているようなもの、と考えることができます。

ただ研究チームでは、この仮説が最も有望なメカニズムと思われるとしながらも、“WASP-193b”の低密度さがオーム散逸によって説明可能かどうかを確定させるには至っていません。

“WASP-193b”の低密度を説明する仮説には、これまでの惑星モデルを大幅に逸脱する点が複数含まれています。
なので、現時点では「これが“WASP-193b”の説明として正しい」と、強く主張できるような状況には無いためです。

そこで、研究チームが期待を寄せているのは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追観測です。
その理由は、非常に密度の低い“WASP-193b”では、惑星の大気を通過した恒星からの光が、惑星のかなり深部からでも届くと考えられているからです。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の性能なら、大気中に含まれる微量元素やチリの量といった、惑星の過熱に関わる様々な物質の量を、かなり詳細に分析できるはずです。

もし、“WASP-193b”の内部構造が詳しく観測できれば、“WASP-193b”以外の低密度な惑星の理解も深まり、惑星モデルの修正ができるようになるかもしれません。


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なぜミニネプチューンは楕円軌道を公転しているのか? 赤色矮星周りの短周期惑星の軌道は潮汐力で円軌道化されるはず

2024年06月16日 | 系外惑星
今回の研究では、NASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”(※1)と地上の望遠鏡の連携観測により、4つの年老いた赤色矮星(星の年齢は10億歳以上)(※2)の周りにミニネプチューン(※3)を発見しています。
※1.“TESS”は、地球から見て系外惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る“トランジット法”という手法により惑星を発見し、その性質を明らかにしていく。繰り返し起きるトランジット現象を観測することで、その周期から系外惑星の公転周期を知ることができる。
※2.表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼ぶ。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。
※3.地球より大きく、海王星(地球の半径の約4倍)より小さな惑星。
4つのミニネプチューンは、主星の近傍に存在する高温の短周期トランジット惑星(※4)で、少なくとも3つのミニネプチューンは楕円軌道にある可能性が高いことが分かりました。
※4.地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から発見された太陽系外惑星。このように惑星の存在を探る手法をトランジット法という。
一般的に、主星に近い岩石惑星は、時間とともに軌道が円軌道に変化することが知られています。
なのに、発見したミニネプチューンは、誕生してから10億年以上が経過した現在でも楕円軌道を保持しているんですねー
このことから、これらのミニネプチューンは地球のような岩石惑星ではなく、海王星のような惑星かもしれません。

地球と天王星・海王星の間のサイズの惑星“ミニネプチューン”は、太陽系では見られない種類の天体です。
でも、太陽系外に目を向けてみると、ミニネプチューンは比較的ありふれた存在だと気付かされます。

2021年に打ち上げられたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測ターゲットとして注目を集めるミニネプチューンは、一体どのような惑星なのでしょうか?
今回の発見は、謎に包まれたミニネプチューンの成り立ちと、その姿を解き明かす重要な手掛かりになるのかもしれません。
この研究は、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの堀安範特任助教、平野照幸准教授、東京大学大学院総合文化研究科の福井暁彦特任助教、成田憲保教授たちが参加する国際研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年5月30日にアメリカの科学雑誌“The Astronomical Journal”に、“The Discovery and Follow-up of Four Transiting Short-Period Sub-Neptunes Orbiting M dwarfs”として掲載されました。
図1.発見された系外惑星の軌道のイメージ図。主星に近い系外惑星は時間とともに円軌道化しやすいが、今回発見された系外惑星のうち、左下以外の3つは10億年以上の年齢にもかかわらず楕円軌道を維持している。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図1.発見された系外惑星の軌道のイメージ図。主星に近い系外惑星は時間とともに円軌道化しやすいが、今回発見された系外惑星のうち、左下以外の3つは10億年以上の年齢にもかかわらず楕円軌道を維持している。(Credit: アストロバイオロジーセンター)


なぜ短周期ミニネプチューンなのに楕円軌道を公転しているのか

今回の研究では、NASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”と、地上の望遠鏡に搭載された多色撮像カメラ“MuSCAT”(※5)の連携観測によって、4つの年老いた赤色矮星の周りで謎に包まれたミニネプチューンを新たに発見しています。
※5.“MuSCAT”シリーズは、アストロバイオロジーセンターと東京大学が共同で開発した多色撮像カメラ。岡山県の188センチ望遠鏡、スペイン・テネリフェ島の1.52メートル望遠鏡、アメリカ・マウイ島の2メートル望遠鏡に搭載されている。3つもしくは4つの波長帯で同時にトランジット観測が行える。“MuSCAT”はMulticolor Simultaneous Camera for studying Atmospheres of Transiting exoplanetsの略で、岡山県の名産品にちなんでいる。今回の研究では、スペインのテネリフェ島の1.52メートル望遠鏡(MuSCAT2)とアメリカのマウイ島の2メートル望遠鏡(MuSCAT3)が用いられている。
4つのミニネプチューン“TOI-782 b”、“TOI-1448 b”、“TOI-2120 b”、“TOI-2406 b”のサイズは、地球半径の約2~3倍程度。
主星の周りをおよそ8日以内で公転しています。

さらに、ドップラーシフト法(※6)により4つの赤色矮星を観測。
すると、4つの惑星の質量の上限値として、地球質量の20倍より小さいという結果が得られました。
観測には、ハワイ島マウナケア山頂の“すばる望遠鏡”に搭載された近赤外線分光器“IRD(InfraRed Doppler)”が用いられています。
※6.ドップラーシフト法は、恒星の周りを回っている惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる速度の変化を、光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出する手法。
分光器により光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができる。この“スペクトル”は、光のドップラー効果によって私たちの方へ動いている時には短い波長(色で言えば青い方)へ、遠ざかっている時には長い波長(色で言えば赤い方)へズレてしまう(シフトする)。この周波数の変化量を測定することで、天体の動きやその速度を知ることができる。
ドップラーシフト法の観測データからは、系外惑星の公転周期や最小質量を知ることもできる。ドップラーシフト法だけでは原理的に求められるのが惑星質量の下限値。トランジット法でも観測ができる惑星系の場合だと、その結果と組み合わせて正確に惑星質量を求めることができる。
今回、得られた惑星の質量と半径の関係から、4つの惑星は地球のような岩石惑星ではなく、少なくとも何らかの揮発性物質(例えば、H2Oといった氷物由来の材料物質や大気)を含む可能性が高いと言えます。

また、4つのうち少なくとも3つのミニネプチューン“TOI-782 b”、“TOI-1448 b”、“TOI-2120 b”は、楕円軌道にある可能性が高いことも分かりました。

一般に、赤色矮星周りの短周期惑星の軌道は、主星からの潮汐力(※7)の影響を受けて円軌道化されます。
なぜなら、潮汐力により惑星自身がわずかに変形し、それによって生じる摩擦熱でエネルギーを散逸することで、楕円だった惑星の軌道が円軌道に変化していくことが知られているからです。
※7.地球の海では、衛星の月の重力によって周期的に潮の満ち引きが発生している。このように、他の天体の重力の影響で副次的に発生する力を“潮汐力”と呼ぶ。天体の各部分に働く重力と天体の重心に働く重力とに差があるため起こる。
でも、10億年以上も年老いた赤色矮星の周りを公転する短周期ミニネプチューンは、現在まで楕円軌道を維持し続けてきました。

このことから、一つの解釈として考えられるのは、短周期ミニネプチューンがあまり潮汐力の影響を受けにくい内部構造である可能性です。

実際に、惑星の質量と半径の関係からも、4つのミニネプチューンは潮汐力の影響を強く受けやすい岩石惑星ではないことが示唆されています。
なので、これらの短周期ミニネプチューンは、潮汐力の影響を受けにくい、例えば海王星に似た惑星なのかもしれません。

こうした短周期ミニネプチューンは、現在運用中のNASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による大気観測のターゲットとしても注目されているんですねー
今後の詳細な追観測によって、短周期ミニネプチューンの内部組成や大気への理解が、より一層進むことが期待されますね。


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スタートレックに登場するバルカン星は実在しない? 検出した波長は恒星表面が脈動や振動することで生じるドップラー効果だった

2024年06月14日 | 系外惑星
地球から約16.2光年に位置する恒星“エリダヌス座40番星A”(※1)
この恒星は、2018年に太陽系外惑星“エリダヌス座40番星Ab”の発見が報告されたことで、SF作品“スタートレック”シリーズのファンの間で話題となりました。

その理由は、主要なキャラクターを排出した異性種族“バルカン人”の出身惑星“バルカン星”が設定された星系だからでした。
※1.異称として“HD 26965”、“エリダヌス座オミクロン2星A(ο2 Eri A)”、“ケイドA(Keid A)などがある。”
今回の研究では、“エリダヌス座40番星Ab”の存在について、新しい装置で得られた観測データを元に分析。
その結果、惑星の存在を示すとされたシグナルは、実際には恒星活動によって発生したものであることを突き止めています。

話題となったバルカン星かもしれない惑星は、幻の存在だったのでしょうか。
この研究は、ダートマス大学のAbigail Burrowsさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究で存在自体が否定された惑星“エリダヌス座40番星Ab”のイメージ図。(Credit: JPL-Caltech)
図1.今回の研究で存在自体が否定された惑星“エリダヌス座40番星Ab”のイメージ図。(Credit: JPL-Caltech)


作品の設定と同じ恒星で見つかった惑星

SF作品に登場する異星人の出身地が、実在する恒星の周りを公転する惑星として設定されることは珍しいことではありません。
そのため、偶然にもその恒星の周りで実際に太陽系外惑星(系外惑星)が発見されると、その作品のファンの関心を引くことがあります。

“エリダヌス座40番星A”は、まさにその一例でした。
地球から約16.2光年に位置するこの恒星には、“スタートレック”の主要なキャラクターの一人“スポック”の出身惑星“バルカン星”があると設定されています。(※2)
※2.スポックはバルカン星の生まれで、バルカン人と地球人のハーフという設定だった。
2018年のこと、フロリダ大学のBo Maさんたちの研究チームは、この恒星に惑星が存在するかもしれないことを報告し、注目を集めました。

命名規則に従えば“エリダヌス座40番星Ab”と呼称されるこの惑星は、地球の約8.5倍の質量を持ち、主星の周りを約42日周期で公転しています。
残念ながら、“エリダヌス座40番星Ab”の公転軌道はハビタブルゾーン(※3)よりも内側。
水星よりも高温の惑星である可能性が高いと推定されたので、たとえ実在したとしても高度な文明を持つバルカン人はおろか、単純な生命も生存ができないはずです。
※3.恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。
図2.“エリダヌス座40番星”は、2個の恒星と1個の白色矮星で構成された三重連星。最も明るい恒星が“エリダヌス座40番星A”になる。(Credit: Azhikerdude)
図2.“エリダヌス座40番星”は、2個の恒星と1個の白色矮星で構成された三重連星。最も明るい恒星が“エリダヌス座40番星A”になる。(Credit: Azhikerdude)
また、“エリダヌス座40番星”は白色矮星を含む三重連星なので、過去に赤色巨星からの強烈な放射を経験したことも、生命の存在を難しくさせています。
それでも、作品の設定と同じ恒星で、実際に惑星が見つかったことは、当時大きな話題となりました。


光のドップラー効果によって惑星の存在を検出する手法

ただ、“エリダヌス座40番星Ab”が実在するかどうかには疑問もありました。
その疑問は、この星の発見手法“ドップラーシフト法”の性質からきていました。

ドップラーシフト法は、恒星の周りを回っている惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる速度の変化を、光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出する手法です。

分光器により光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができます。
この“スペクトル”は、光のドップラー効果によって私たちの方へ動いている時には短い波長(色で言えば青い方)へ、遠ざかっている時には長い波長(色で言えば赤い方)へズレてしまいます(シフトする)。

この周波数の変化量を測定することで、天体の動きやその速度を知ることができます。
ドップラーシフト法の観測データからは、系外惑星の公転周期や最小質量を知ることもできます。

ドップラーシフト法だけでは原理的に求められるのが惑星質量の下限値。
トランジット法(※4)でも観測ができる惑星系の場合だと、その結果と組み合わせて正確に惑星質量を求めることができます。
※4.トランジット法は、地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る手法。


検出した波長は“恒星の活動”と“惑星による影響”どっちなのか

ドップラーシフト法の特徴として、木星の数倍の質量を持つ惑星は顕著なシグナルとして現れるというものがあります。

一方で、“エリダヌス座40番星Ab”のような小さい質量の惑星では、主星に対する影響が相対的に小さくなるので、測定することが困難になってしまうんですねー
また、恒星自身の活動も周期的に変化するので、区別することが困難になります。

“エリダヌス座40番星Ab”の場合に問題となったのは、公転周期が約42日と測定されたことでした。
その理由は、恒星自身の自転周期も約42日のため、恒星の自転によって現れる周期的な変化を、惑星の公転周期と誤認している可能性が否定できなかったからです。

実際、チリ大学のMatias R. Diazさんたちの研究チームは、恒星の活動と惑星の影響のどちらなのかを決定することはできない、という研究結果を発表しています。
この研究の論文が公開されたのは、Maさんたちが“エリダヌス座40番星Ab”の発見を主張する論文を公開した日の約5か月前のことでした。

また、2023年のこと、オハイオ州立大学のKatherine Laliotisさんたちの研究チームは、将来的な実現を目指している太陽系外惑星の直接撮像の準備の一つとして、太陽系の近くにある恒星のデータを精査。
太陽系外惑星の発見を示すシグナルが妥当かどうかを検証しています。

その結果、“エリダヌス座40番星Ab”の存在を示すシグナルは、恒星の自転に由来する可能性が高く、実在しないのではないかという疑問符が付けられることになります。


恒星表面が脈動や振動することで生じるドップラー効果

今回の研究では、2023年の研究とは異なる手法で“エリダヌス座40番星A”の調査を行っています。

アリゾナ州のキットピーク国立天文台のWIYN望遠鏡に設置された装置“NEID”は、恒星からの光を非常に精密にとらえることでドップラー効果を分析できます。
研究では、2021年10月16日から2022年3月12日の期間に、“NEID”によって収集された63回分のスペクトルデータを対象に分析を実施。
恒星の光に現れるドップラー効果について、特定の波長を見た時と、全ての波長を組み合わせた時とを比較してみると、変化に数日のタイムラグがあることが分かりました。
図3.全ての波長を組み合わせた際のドップラー効果(上側)を、個々の波長の1つ(下側)と比較したグラフ。横方向は時間を表す。本来なら2つのグラフの波は重なるはずだが、明らかなズレがある。(Credit: Abigail Burrows, et al.)
図3.全ての波長を組み合わせた際のドップラー効果(上側)を、個々の波長の1つ(下側)と比較したグラフ。横方向は時間を表す。本来なら2つのグラフの波は重なるはずだが、明らかなズレがある。(Credit: Abigail Burrows, et al.)
ドップラー効果が惑星による影響で生じた場合、このようなタイムラグは発生しません。

むしろ、この結果は恒星の表面に何らかの揺らぎがあって、その影響で波長ごとに異なるドップラー効果が発生している、と考えれば説明がつきます。
また、変化の周期が恒星の自転周期と一致することも同様に説明が付きました。

研究チームでは、内部と表層を行き来する対流や活動的な明るい斑点が組み合わさり、恒星表面が脈動や振動することによってドップラー効果が生じると考えています。

論文のタイトルに“The Death of Vulcan(バルカン星の死)”と付けることで、研究チームは“エリダヌス座40番星Ab”という惑星は存在しないという結論を出しています。


新しい“エリダヌス座40番星Ab”が見つかる可能性

今回の研究結果は、バルカン星の実在を喜んでいた人たちにとっては悪いニュースとなるはずです。

2009年公開の映画“スタートレック(監督:J・J・エイブラムス)”では、バルカン星が人工的に形成されたブラックホールによって消滅する描写があります。

仮に“エリダヌス座40番星A”を周回している天体がブラックホールであったとしても、惑星と同様にドップラー効果を通じて発見することは可能です。

SF的には、バルカン星(=“エリダヌス座40番星Ab”)は何らかの手段で消滅したのかもしれませんが、科学的には“初めから存在しない”という結論の方が論理的と言えます。

今回の研究で使用された“NEID”は、2021年秋という比較的最近に設置され運用を開始したばかりの装置です。
なので、今後行われる精密なドップラー効果の測定によって、今回のように存在が否定される惑星も出てくるはずです。

でも、その一方で、これまでの観測で見逃されていた新たな惑星の発見に繋がることもあるでしょう。
そのような惑星は、恒星から適度に離れた位置にある軽い惑星になるので、“エリダヌス座40番星Ab”よりも生命に適した環境を持つ可能性があります。

バルカン人との2063年のファーストコンタクトの可能性は、まだ完全に消えたわけでは無いようですよ。


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