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現在、木星で観測される“大赤斑”は1665年にカッシーニが発見した“永久斑”とは別物? 形成メカニズムをシミュレーションで検証

2024年06月30日 | 木星の探査
木星の“大赤斑(Great Red Spot)”は、太陽系の惑星の中で最大かつ最も寿命の長い渦として知られています。
でも、その寿命については議論があり、その形成メカニズムは隠されたままでした。

今回の研究では、木星の“大赤斑”の起源について、歴史的な観測記録と数値モデリングを用いて詳細な分析を実施。
長年、“大赤斑”の前身と考えられてきた“永久斑(Permanent Spot)”との関係、そして大赤斑形成の要因となり得る3つのメカニズムについて検証しています。
この研究は、バスク大学のAgustin Sánchez-Lavegaさんたちの研究チームが進めています。
本研究の成果は“Geophysical Research Letters”に“The Origin of Jupiter's Great Red Spot”として掲載されました。
図1.2018年のNASAの木星探査機“ジュノー”によるフライバイから見た木星の“大赤斑”。今日私たちが目にする赤斑は、1600年代にカッシーニが観測した有名なものとは別物の可能性があることが、今回の研究で明らかになった。(Credit: Enhanced Image by Gerald Eichstadt and Sean Doran (CC BY-NC-SA) based on images provided Courtesy of NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)
図1.2018年のNASAの木星探査機“ジュノー”によるフライバイから見た木星の“大赤斑”。今日私たちが目にする赤斑は、1600年代にカッシーニが観測した有名なものとは別物の可能性があることが、今回の研究で明らかになった。(Credit: Enhanced Image by Gerald Eichstadt and Sean Doran (CC BY-NC-SA) based on images provided Courtesy of NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)


現在の“大赤斑”と1600年にカッシーニが観測した“永久斑”は別物

ジョヴァンニ・ドメニコ・カッシーニによって1665年にはじめて記録された“永久斑”は、1713年までは継続的に観測が続けられていました。
その間の観測記録から分かっているのは、“永久斑”は少なくとも81年間は存在していたことです。

でも、1713年以降、“永久斑”の存在を示す観測記録は途絶えることに…
1831年になって、初めて現在の“大赤斑”と一致する可能性のある記録が登場します。

1831年の記録には、“大赤斑”の特徴である周囲を取り囲む“ホロー”と呼ばれる構造が描かれていて、その後1870年代には“ホロー”に囲まれた楕円形の領域が明確に観測されるようになりました。
そして、1879年には初めて鮮明な“大赤斑”の写真撮影に成功しています。

これらの観測記録に基づくと、“永久斑”と“大赤斑”は同一のものではなく、“永久斑”は消滅し、その後別のプロセスを経て“大赤斑”が形成されたと考えるのが自然です。

そこで、今回の研究では、“永久斑”、“大赤斑”、“ホロー”のサイズと形状の歴史的な変化を詳細に分析。
その結果、“永久斑”の長さは、1879年に観測された“大赤斑”の長さの2分の1から3分の1程度にしかならないことが分かりました。

また、“大赤斑”の長さは1879年以降、年平均0.18度(207キロ)のペースで縮小していて、近年では縮小速度が加速していることが明らかになりました。
一方、“永久斑”の長さも、観測精度が低いながらも、縮小傾向を示していることが示唆されています。

これらのことから、“永久斑”が仮に“大赤斑”と同一であった場合、1713年から1879年にかけて年間0.14度(160キロ)というペースで成長を続ける必要があり、これは過去の観測記録や木星の渦の挙動から見て非常に考えにくいことでした。


“大赤斑”の形成メカニズムをシミュレーションで検証

今回の研究では、“大赤斑”の形成メカニズムについて、以下の3つの説を検討。
それぞれの説の妥当性を、数値モデリングを用いたシミュレーションにより検証しています。

スーパーストーム説
土星で観測されたような、強力な対流性の嵐によって巨大な渦が形成されるという説。

複数の渦の合体説
複数の小さな渦が合体して、より大きな渦へと成長するという説。

帯状流の擾乱説
木星の南北に位置する反対方向に流れる帯状ジェット気流間の流れの擾乱によって、渦が形成されるという説。

1.スーパーストーム説

2010年に土星で観測された巨大な嵐“グレート・ホワイトスポット”と同様に、“大赤斑”も強力な対流性の嵐“スーパーストーム”によって形成されたという可能性を検討しています。

そこで、数値モデリングを用いて、“大赤斑”が存在する緯度(南緯約22度から24度)における木星の大気の流れに、局所的な熱注入や質量注入を行った場合のシミュレーションを実施。
その結果、単一の楕円形の渦が形成されるものの、そのサイズは初期の“大赤斑”よりも小さく、熱注入や質量注入の強度や範囲、期間を調整しても、“大赤斑”の巨大なサイズや回転速度を再現することはできませんでした。

また、木星の内部エネルギーによって駆動される深部対流によって、渦が生成されるという説も提案されています。
でも、公開されているシミュレーション結果は、“大赤斑”の特徴と一致していませんでした。

さらに、このような“スーパーストーム”が“大赤斑”の出現前に発生していたとすれば、当時の観測技術をもってしても見逃すことは考えにくく、歴史的観測記録とも矛盾します。

2.複数の渦の合体説

木星では、複数の渦が合体して、より大きな渦へと成長する現象が知られています。

有名な例としては、南緯33度付近で約60年間存在していた3つの楕円形の渦(BC、DE、FA)が合体し、現在の楕円形の渦(BA)が形成されたというものがあります。

そこで、数値モデリングを用いて、南緯19度から24度の範囲に、初期サイズや周辺速度の異なる複数の渦を配置。
合体過程のシミュレーションを実施。
その結果、いずれのケースにおいても、複数の渦は合体して単一のより大きな渦を形成しましたが、初期の“大赤斑”に匹敵するサイズの渦を形成するためには、“大赤斑”に匹敵するサイズの渦を複数個用意する必要があり、現実的とは言えませんでした。

また、合体によって形成された渦は、現在の“大赤斑”よりもはるかに速い回転速度を示していて、観測結果と一致しませんでした。

さらに、このような複数の渦や、それを発生させるような現象が“大赤斑”の出現前に観測されたという記録はなく、歴史的な観測記録とも矛盾していました。

3.帯状の擾乱説

研究チームが注目したのは、1831年から1877年頃にかけての“大赤斑”の観測記録でした。
この時期の“大赤斑”は、“ホロー”と明るい楕円形の領域として観測されていて、東西方向の長さは約50度から60度でした。

このことから、“大赤斑”は当初、“南熱帯擾乱(South Tropical Disturbance; STrD)”と呼ばれる現象によって、形成された可能性が高いと結論付けています。

“南熱帯擾乱”は、帯状流への障壁となる暗い湾曲した子午線領域を形成し、その領域内の流れを閉じ込める効果があります。

“大赤斑”の北側(南緯20度)では流れは西向きに約50m/s、南側(南緯26度)では東向きに約40m/sと、反対方向に流れています。

“南熱帯擾乱”によって形成された障壁によって東西方向の流れが遮られることで、南北方向の流れも制限され、閉じた循環セルが形成されます。
この閉じた循環セルの中で、流れが徐々に収束し、回転速度を増していくことで、“大赤斑”のような巨大な渦が形成されると考えられます。

研究チームは、数値モデリングを用いて、“南熱帯擾乱”によって形成された閉じた循環セルの安定性を検証。
その結果、初期の回転速度が帯状流の速度と同じ程度では、閉じた循環セルは不安定で、すぐに崩壊してしまうことに…
でも、回転速度が50m/sから75m/sを超えると、閉じた循環セルは安定して存在し続けることが分かりました。

また、安定した閉じた循環セル内の東西方向と南北方向の速度分布は、“大赤斑”で観測されている速度分布と非常に良く似ていました。

これらの結果から研究チームでは、“大赤斑”は“南熱帯擾乱”によって形成された閉じた循環セルが、時間の経過とともに収縮し、回転速度を増やしながら、現在の姿になったという説を支持しています。

今回の研究では、数値モデリングを用いたシミュレーションと歴史的な観測記録の分析から、“スーパーストーム説”と“複数の渦の合体説”は、“大赤斑”の形成を説明するには無理があり、“南熱帯擾乱”に端を発する帯状流の擾乱によって“大赤斑”が形成されたという説が最も有力だと結論付けています。

形成当初は、現在より大きく回転速度も遅かった“大赤斑”は、時間の経過とともに収縮し回転速度を速めながら、現在の姿になったと考えられます。
“大赤斑”の起源と進化の歴史を探ることは、木星の大気力学の理解を深める上で非常に重要です。


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カイパーベルトは思っていたより広い? すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラによる探査機“ニューホライズンズ”の調査対象探し

2024年06月29日 | 太陽系・小惑星
世界で初めて冥王星のフライバイを行ったNASAの探査機“ニューホライズンズ”は、その後もいくつかの延長ミッションを行っています。
その延長ミッションにおいて、“ニューホライズンズ”が今後調査するカイパーベルト天体の候補探しに、すばる望遠鏡の広く深い撮像観測が貢献しているんですねー

今回の研究では、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”によるカイパーベルト天体の探査画像に、独自の解析手法を適用。
その結果、カイパーベルトの領域を広げる可能性のある天体を発見しています。

“HSC”を用いたミッションチームによるカイパーベルト探しは今も続いていて、今後も北米グループを中心として、次々と論文が出版される予定です。
本研究は、それに先駆けて、日本の研究者が中心となり、日本で開発された手法で、カイパーベルトの領域を広げる可能性のある天体を発見したものです。
この研究は、千葉工業大学 惑星探査研究センター 非常勤研究員の吉田二美博士(産業医科大学 医学部 准教授兼任)、NAOJ天文シミュレーションプロジェクトの伊藤孝士講師たちの共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年5月29日発行の天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”に、Yoshida et al. "A deep analysis for New Horizons' KBO search images "として掲載されました。
図1.今回発見された2つの天体の軌道を示す様式図(赤色:2020 KJ60、紫色:2020 KK60)。+は太陽の位置、黄緑は内側から木星、土星、天王星、海王星の軌道、縦軸と横軸の数字は太陽からの距離(天文単位)を表している。黒い点が表しているのは、太陽系初期にその場で形成された氷微惑星と考えられている古典的なカイパーベルト天体で、それらは黄道面付近に分布している。灰色の点は軌道長半径が30天文単位以上の太陽系外縁天体を表す。これらは海王星に散乱された天体も含むので、遠くまで広がっていて、多くは黄道面から離れた軌道を持つ。図の丸や点は2024年6月1日時点での位置を表す。(Credit: JAXA)
図1.今回発見された2つの天体の軌道を示す様式図(赤色:2020 KJ60、紫色:2020 KK60)。+は太陽の位置、黄緑は内側から木星、土星、天王星、海王星の軌道、縦軸と横軸の数字は太陽からの距離(天文単位)を表している。黒い点が表しているのは、太陽系初期にその場で形成された氷微惑星と考えられている古典的なカイパーベルト天体で、それらは黄道面付近に分布している。灰色の点は軌道長半径が30天文単位以上の太陽系外縁天体を表す。これらは海王星に散乱された天体も含むので、遠くまで広がっていて、多くは黄道面から離れた軌道を持つ。図の丸や点は2024年6月1日時点での位置を表す。(Credit: JAXA)


小惑星などの天体がリング状に分布している領域

太陽系の中で、既に私たちが知っている惑星たちよりも遠く先には何があるのでしょうか?

海王星の先には、小惑星などの天体(小天体)がリング状に分布している領域“カイパーベルト”があり、そこからオールト雲(※1)までを“太陽系外縁部”と呼んでいます。
でも、私たちの知識は、まだ太陽に近い領域に限られています。
※1.太陽系の最外端には巨大惑星が弾き飛ばした微惑星が、太陽を中心に球殻状分布していると理論的には想像されていて、そのような天体の分布する領域をオールと雲という。オールと雲は太陽から10万天文単位あたりまで広がっていると推定されている。
太陽系以外に目を向けると、一般的な惑星系円盤の広がりは、恒星から100天文単位(※2)くらいになります。
それに比べると、広がりが50天文単位程度とされるカイパーベルトは、とてもコンパクトな存在と言えます。
※2.1天文単位(au)は太陽~地球間の平均距離、約1億5000万キロに相当する。
こうした比較から考えられるのは、太陽系が生まれる元となった星雲“原始太陽系星雲”が、現在のカイパーベルトよりさらに外側まで続いていた可能性です。

現在の観測データを見ると、カイパーベルトの外端は50天文単位辺りで突然途切れているように見えています。
もし、この外端が原始太陽系星雲の外端に相当するなら、太陽系の惑星系円盤はとてもコンパクトな状態で生まれたことになります。

一方、カイパーベルトの外端がその外側の天体(惑星)の影響を受け、その後の進化の過程で切り取られてしまった可能性も考えられます。
これが本当なら、カイパーベルトのさらに遠方を観測すれば、円盤を切り取った天体や、もしかしたら第2のカイパーベルトが見つかる可能性もあります。

このように太陽系外縁部にある天体を見つけ、その分布を調べることは、太陽系の進化を知ることにも繋がります。


探査機“ニューホライズンズ”による太陽系外縁部の調査

NASAの探査機“ニューホライズンズ”は、そんな太陽系外縁部を調査するための計画です。

2015年に冥王星系をフライバイ(※3)しながら観測した“ニューホライズンズ”は、2019年にはカイパーベルト天体の一つ“アロコス(ArroKoth)”をフライバイ。
太陽系外縁天体の表層を初めて人類に垣間見せてくれました。
※3.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。これにより探査機は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言う。
そして、アロコスへのフライバイ後に始まったのが、“ニューホライズンズ”の延長ミッションでした。
“ニューホライズンズ”が今後調査するカイパーベルト天体の候補探しには、すばる望遠鏡が協力しています。


50天文単位を超える軌道長半径を持つ天体

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”を用いたカイパーベルト天体探しは、“ニューホライズンズ”が飛行する方向の二視野(満月のおよそ18個分の広さに相当する領域)に絞って行われています。

これまでに行われた約30半夜の観測で、“ニューホライズンズ”のサイエンスチーム(ミッションチーム)が見つけているのは、240個以上の太陽系外縁天体でした。
本研究では、上記の観測で取得した画像を日本の研究者を中心とするチームが、ミッションチームとは異なる手法で解析。
これにより、新たに7個の太陽系外縁天体を発見しています。

決まった視野を一定期間撮り続けた“HSC”の観測データには、JAXAが開発した移動天体検出システムを適用できました。
このシステムは普段、近地球小惑星やスペースデブリの検出に使われていたものです。

これは32枚の連続した画像を、いくつもの方向でズラして重ね合わせることで、特定の速度で移動する天体を検出するもの。
高速処理のために独自の工夫がされていました。(図2)

研究チームが、この検出システムを用いて新たに発見した7天体のうち2つについては、おおよその軌道が求められ、国際天文学連合の小惑星センター(MPC)から仮符号が与えられています。(※4)
※4.仮符号がついた天体が、その後何度も観測されて、軌道が正確に決まると確定番号が付く。すると発見者(この場合は研究チーム)に天体の命名権が与えられる。天体の命名については国際天文学連合の定める決まりがあり、太陽系外縁天体の場合は神話にちなんだ名前が付けられる。
図2.JAXAの移動天体検出システムでの検出例。一定の時間間隔で同一視野を撮影した32枚の画像(上の画像ではオレンジ枠内の画像)から移動天体を探していく。カイパーベルト天体の移動速度範囲を仮定して、一枚一枚の画像をいくつもの方向に少しずつズラしながら重ね、うまく32枚重なったものを候補天体としている。図中の緑枠、水色枠、黒枠の画像は、それぞれ2枚ずつ、8枚ずつ、そして32枚を重ねた画像。一枚の画像でも、どの重ね合わせでも、中心に天体らしき光源が当た場合は、本物の天体と判断する。(Credit: JAXA)
図2.JAXAの移動天体検出システムでの検出例。一定の時間間隔で同一視野を撮影した32枚の画像(上の画像ではオレンジ枠内の画像)から移動天体を探していく。カイパーベルト天体の移動速度範囲を仮定して、一枚一枚の画像をいくつもの方向に少しずつズラしながら重ね、うまく32枚重なったものを候補天体としている。図中の緑枠、水色枠、黒枠の画像は、それぞれ2枚ずつ、8枚ずつ、そして32枚を重ねた画像。一枚の画像でも、どの重ね合わせでも、中心に天体らしき光源が当た場合は、本物の天体と判断する。(Credit: JAXA)
これまでの研究による認識では、約50天文単位から外側ではカイパーベルト天体の数が激減すること。
このため、カイパーベルトの外縁はその辺りにあると想像されていました。

ところが、今回仮符号を与えられた2つの天体の軌道長半径は、どちらも50天文単位を超えています。
ただ、これらの天体の軌道要素は、将来的に観測が蓄積するにつれて多少の変動ががあるかもしれません。
それでも、今後も似たような軌道を持つ天体が発見され続ければ、カイパーベルトはさらに先まで続いていると言えるかもしれません。(※5)
※5.ミッションチームが発見した天体の軌道分布や探査機のダストカウンターの測定値からも、カイパーベルトがさらに広がっている可能性が示されている。ミッションチームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”を用いた観測を継続予定。
すばる望遠鏡と今もなお太陽系外縁部を飛行する“ニューホライズンズ”の協力により、まだ人類の目が未到である太陽系の深縁部へ探査の歩みが進むことが期待されます。


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4番目のパラメーターを持つ色荷ブラックホールが初期宇宙に存在した!? 重力を介して存在を知ることができる暗黒物質の正体かも

2024年06月27日 | ブラックホール
光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質“暗黒物質(ダークマター)”の正体は、今でもよく分かっていません。

候補の一つとして、誕生直後の宇宙で生成されたとされる“原始ブラックホール(Primordial bkack hole)”が挙げられていますが、その生成過程もよく分かっていません。

そこで、今回の研究では、初期宇宙で原始ブラックホールが生成される過程を調査。
すると、その研究の副産物として、理論的には提唱されていたものの生成ルートが判明していない“異色”の存在であった、いわば“色荷ブラックホール”とでも表現できるような存在にたどり着くことになります。

色荷ブラックホールは、あまりにも小さすぎるので、現在の宇宙には残っていないと考えられています。
それでも、初期宇宙の歴史に無視できない影響を与えた可能性があるようです。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のElba Alonso-MonsalveさんとDavid I. Kaiserさんの研究チームが進めています。
図1.誕生直後の宇宙におけるクォーク・グルーオン・プラズマの“色荷の海”の中で誕生した色荷ブラックホールのイメージ図。(Credit: Kaća Bradonjić)
図1.誕生直後の宇宙におけるクォーク・グルーオン・プラズマの“色荷の海”の中で誕生した色荷ブラックホールのイメージ図。(Credit: Kaća Bradonjić)


重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質

私たちの宇宙には恒星や惑星などの様々な物質があり、自ら光を放つか、もしくは反射した光を通して観察することができます。
でも、これらの“見える物資”の量だけで質量を計算すると、理論と実態とに食い違いが生じてしまいます。

例えば、銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが、この説の始まりになっています。
このように、銀河の回転速度が重力の法則によって予測されるものとは異なることを“銀河の回転曲線問題”と呼びます。

1930年代から提唱されて1970年代にほぼ確定したこの問題をはじめとして、宇宙には“見える物質”による重力だけでは説明がつかない構造が多数見つかっています。

この“見ない物質”は、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質“暗黒物質(ダークマター)”と呼ばれています。


宇宙誕生の直後に誕生した原始ブラックホール

暗黒物質の正体は大きな謎になっていて、現在でもその手掛かりすらつかめていません。

未知の素粒子や平行宇宙の影響といった、現在の物理学の枠組みを大幅に超えた存在を仮定する説もありますが、これとは逆に、あまり突飛な存在を仮定せず、現状の理論でも存在を説明できる物質に頼る説もあります。

その中の一つが“原始ブラックホール”です。
現在の宇宙で観測されているブラックホールは、重い恒星の中心部が重力崩壊して生まれたものか、それらのブラックホールが合体し巨大化したか、のどちらかだと考えられています。

この生成ルートの場合、ブラックホールはどんなに軽くても太陽の数倍程度の質量となり、その総数や総質量はおおよそ計算できるので、暗黒物質となりえるほど大量には存在しないことが分かっています。

その一方で原始ブラックホールは、まず生成ルートから異質な存在と言えます。

誕生直後の宇宙は非常に高エネルギーな場であるだけでなく、わずかながらも重大な影響を及ぼす密度の揺らぎがあったと考えられています。
このエネルギー密度の揺らぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。

もし、密度が極めて高い領域がある場合、その場所は局所的に重力崩壊を起こして極小のブラックホールを生成することになります。
これが原始ブラックホールです。


ホーキング放射によるブラックホールの蒸発

量子力学では、真空は何もない空間ではなく、仮想的な粒子と反粒子のペアが生成と消滅を繰り返す“泡立った空間”と表現されています。
これは、粒子として現れるために真空から“借りた”エネルギーをすぐに“返済”するためです。

でも、粒子が真空から借りたエネルギーを外部から与えるなどして代わりに返済すれば、その粒子を実在のものとして取り出すことが可能になります。
これは、真空に強力なγ線を与えることで、電子と陽電子のペアが現れる実験でも確かめられています。

こうした粒子のペアの生成と消滅が、ブラックホールの境界である“事象の地平面”のすぐ近くで発生するとホーキング放射が起こります。

“事象の地平面”は、それより内側に入れば光でもブラックホールの重力から逃れられなくなる境界です。
もし、仮想的な粒子と反粒子のペア(ホーキング放射の場合、質量がゼロの粒子)が生成された後、片方だけが“事象の地平面”を横切った場合、相方を失ったもう片方は実在の粒子として外に飛び出さなければなりません。

ただ、仮想粒子が実在粒子になるにはエネルギーをどこかから調達する必要があり、この場合はブラックホールの質量から調達することになります。
質量はエネルギーと等しいので、ブラックホールは仮想粒子が実在粒子になった分だけ質量を失うわけです。

この様子を遠くから見ると、まるでブラックホールが実在粒子を放射し、少しずつ質量を失っているかのように観測されます。
これがホーキング放射です。

ホーキング放射が起こり続ければ、ブラックホールは最終的にすべての質量を失う、すなわち蒸発すると予測されています。

重いブラックホールでは遅く進行しますが、非常に軽い原始ブラックホールの場合には現在進行形で現象が進行していて、蒸発直前の激しい放射を観測できるのではないかという予測もあります。

原始ブラックホールは恒星質量よりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています。(※1)
※1.理論的には、原始ブラックホールは約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つと考えられている。でも、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失っていくので、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上だと考えられている。
軽すぎる原始ブラックホールは、ホーキング放射で蒸発して消えてしまいます。
それでも、1000億~1京トン(10の17乗~22乗g)の原始ブラックホールは、現在の宇宙でもかなりの数が存在し、暗黒物質の一部または全部を占めているという予測があります。

ただ、誕生直後の宇宙は実験室でも生み出せないほどの超高温・超高圧の世界なので、実測はおろかシミュレーション研究もあまり進んでいません。
このため、原始ブラックホールが生成される過程は大きな謎でした。


色荷による素粒子の振る舞い

今回の研究では、初期宇宙の環境条件を考慮した理論計算を行い、原始ブラックホールが生成される過程を考察しています。

本研究でチームが注目したのは、宇宙誕生からわずか100京分の1秒後(0.000000000000000001秒後)の時点でした。
この頃の宇宙には、原子はおろか原子核さえ存在していません。

原子核を構成する陽子や中性子は“クォーク”および“グルーオン”という2種類の素粒子で作られていますが、2兆℃を超えると陽子や中性子という“個体”の状態から、クォークとグルーオンが混ざり合った、ある種の“液体”の状態となります。(※2)
これを“クォーク・グルーオン・プラズマ”と呼びます。
※2.固体から液体という表現は、本記事においては相変化に例えた表現となるが、別の文脈ではクォーク・グルーオン・プラズマ自体が“液体”と表現されることもある。これは、素粒子同士の相互作用が強い液体であるためである。
宇宙誕生から100京分の1秒後の宇宙の温度は、100京から1垓℃という超高温だったので、宇宙はクォーク・グルーオン・プラズマで満たされていたはずです。
図2.クォーク・グルーオン・プラズマは、非常に温度や圧力が高い環境で陽子や中性子が融けて生じる。(Credit: Brookhaven National Laboratory)
図2.クォーク・グルーオン・プラズマは、非常に温度や圧力が高い環境で陽子や中性子が融けて生じる。(Credit: Brookhaven National Laboratory)
ここで重要なのは、クォークとグルーオンは電荷に似た“色荷”と呼ばれる性質によって、お互いに引き合っていたという点です。
色荷という名称は、6種類の値で表される性質を光の三原色で表現することに由来しています。

実際にはクォークにもグルーオンにも色は付いていませんが、色荷はクォークとグルーオンの振る舞いを表現する上で重要な性質となります。
例えば、陽子や中性子のようにクォークやグルーオンでできた粒子は、色荷の合計が“無色(または白色)”となる組み合わせのみが安定することが分かっています。

一方、2兆℃を超える環境では、クォークとグルーオンの組み合わせは“無色”以外も許されます。
なので、低温環境とは全く異なる振る舞いを示すことになります。


原始ブラックホールは色荷で素粒子が集中し過ぎた領域で生成される

研究チームは、色荷による粒子の振る舞いを理論的に表現する“量子色力学”を用いて、初期宇宙における粒子の振る舞いを計算。
これにより、原始ブラックホールが生成されるかどうか、生成されるならどの程度の質量のものになるのかを考察しています。

その結果、この時点の宇宙においては、色荷によって素粒子が集中し過ぎた領域で原始ブラックホールが生成されることが分かりました。

生成される原始ブラックホールの典型的なサイズは質量が70億トン(直径数百メートルの小惑星程度)で、直径は原始の数千分の1となります。
このサイズなら、ホーキング放射による寿命は宇宙の年齢と同程度の長さとなります。
現在の宇宙でも生き残り、暗黒物質としての振る舞いを見せることも可能です。

でも、今回の研究では予想外の副産物も生まれました。
それは、非常に少量ながら、より軽い原始ブラックホールがユニークな性質を示すことが分かったからです。

このような軽い原始ブラックホールでは、特定の色荷を持つ素粒子が集中することで、ブラックホールに“色が付く”ことが予測されました。
ちなみに、本研究の主眼である典型的なサイズの原始ブラックホールは“無色”となります。

このブラックホールの通常の意味での色はもちろん“黒”ですが、色荷を持つという意味で“色荷ブラックホール”のような名称で呼ぶことができます。

このようなブラックホールの存在は、数十年前から理論的には予言されていたもの。
でも、現実的なプロセスで生成されるとは、誰も予測していませんでした。
研究の本筋から外れているとはいえ、非常に興味深い発見と言えます。

でも、今回の理論で得られた色荷ブラックホールは、理論的に持ちうる色荷の上限に近い値をとることが判明しています。
この点も興味深いことでした。


4番目のパラメーターを持つ色荷ブラックホール

色荷ブラックホールの質量は20トン程度と極めて軽いので、あっという間にホーキング放射で蒸発してしまうはずです。

それでも、蒸発が始まるのは宇宙の温度が十分に下がった頃となるので、色荷ブラックホールはクォーク・グルーオン・プラズマが“冷え固まる”時代を過ぎても、しばらくの間は存在したと考えられます。

そこで、研究チームが考えているのは、色荷ブラックホールが蒸発するまでに陽子と中性子の分布をかき乱したこと。
これにより、陽子と中性子が合体して原子核を作るプロセス(ビッグバン元素合成)に、影響を与えることが考えられます。
このことは、水素よりも重い元素の豊富さに影響を与えていたのかもしれません。

さらに、恒星での核融合反応の進行にも間接的に影響を与えることになるので、惑星や生命などのより重い元素で構成される全ての物質にも影響を与えるはずです。

また、興味深いのは、たとえ過去の一瞬であったとしても、色荷ブラックホールが存在したということ。
それは、色荷ブラックホールは、これまでの理論でよく検討されてきたブラックホールにはないパラメーターを持つことから、ブラックホールにまつわる重要な要素“ブラックホール無毛定理(脱毛定理)”(※3)と“宇宙検閲官仮説”(※4)に影響を与える可能性があるからです。

量子力学では、“ブラックホール無毛定理”から導けない4番目の“毛”(性質)が現れるかもしれず、それによって“宇宙検閲官仮説”をすり抜ける新たな抜け穴が生じるかもしれないからです。

今回の研究では、暗黒物質の正体を探る理論計算から思わぬ発見が得られました。
原始ブラックホールはごく初期の宇宙だけでなく、現在の宇宙にまで影響を与えているのかもしれません。
※3.恒星や惑星の場合、構成元素・大きさ・質量・形・色・温度など、無数のパラメータが存在する。これに対し、ブラックホールは質量・電荷・角運動量(自転)の3つのパラメーターだけで、全てを表すことができるほどに性質が単純なことで知られている。なので、恒星が重力崩壊するとパラメーターのほとんどが失われてしまうことを、物理学者のジョン・ホイーラーが“ブラックホールには毛が(3本しか)ない”と喩えている。このことから、“ブラックホール無毛定理”と呼ばれることになる。本研究では、量子力学に基づけばブラックホールに4本目やそれ以上の“毛”が存在する可能性があることが分かってきた。

※4.ブラックホールには、内側から外側へと情報が出てこない境界“事象の地平面”と、現代物理学が破綻する“特異点”が存在する。特異点からの情報が出てくるのは現代物理学の上では不都合なので、特異点は常に事象の地平面に囲まれている必要がある(裸の特異点は存在しない)という仮説が“宇宙検閲官仮説”。事象の地平面が消えてしまうことは現状の理論の枠組みの中でもあり得るが、ブラックホールに新たなパラメーターが加われば、ごく簡単な方法で事象の地平面が消えてしまう“抜け穴”となってしまうかもしれない。


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何が急激な加速膨張“インフレーション”を引き起こしたのか? 重要な情報が刻まれている原始重力波の計算を簡単に行う方法

2024年06月23日 | 宇宙のはじまり?
よく、「宇宙はビッグバンで始まった」と言われます。
でも、より正確には宇宙が誕生し、非常に高い真空のエネルギーにより宇宙が急激な加速膨張をしていた時期“インフレーション”を経て、その結果としてビッグバンが発生したとされています。

インフレーションが起きたのは、宇宙が誕生して1036分の1秒後から1034分の1秒後までの間。
その結果、誕生した瞬間は原子よりも遥かに小さかったとされる宇宙は、空間的に数十桁も大きくなっていきます。
そして、インフレーション理論では、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉となった考えられています。

この理論は、宇宙の観測を通じて原始宇宙の密度の濃淡“原始密度揺らぎ”を調べる研究によって検証されてきました。
でも、具体的に何が急激な加速膨張を引き起こした駆動源だったのか、その全体像はまだ分かっていません。

加速膨張宇宙を説明する多くの理論“インフレーション模型”が提案されているので、各模型の理論的な予言と最新の観測を比較することによって、どの模型が正しいのかを検証することができます。

インフレーションの期間中には、原始密度ゆらぎと同様に量子効果を通じて、原始重力波と呼ばれる時空のさざ波が作られます。

原始重力波には、インフレーションを引き起こした真空のエネルギーの大きさなど、その模型に関する重要な情報が刻まれていると考えられています。
でも、原始重力波を模型ごとに見積もる理論計算は、一般にはとても複雑なんですねー
これが、インフレーション模型を特定する障壁となっていました。

特に、非線形効果と呼ばれる微小な効果が異なる模型を区別する上で、原始重力波は重要となってきます。
でも、原始重力波の非線形効果を計算するには、多くの場合コンピュータを使った計算が必要になるので、原始重力波の理論研究は一部の簡単な模型に限定されていました。

ただ、原始重力波に比べ、理論研究が進んでいる原始密度揺らぎについては、非一様な宇宙の空間分布をモザイクアートのように粗視化してとらえ直す、分割宇宙アプローチという簡単な計算方法が1990年代に確立され、幅広く用いられています。
この方法では、時間と空間に依存した宇宙の進化を、時間だけに依存した発展方程式を使って記述することで、計算が飛躍的に簡単に簡単になります。

一方で重力波については、分割宇宙アプローチを用いた計算手法が分かっていませんでした。

今回の研究では、分割宇宙アプローチを使った原始重力波の計算手法を初めて確立。
複雑な数値計算によらず、幅広いインフレーション模型を調べることを可能にしています。

分割宇宙アプローチは、宇宙の進化を直観的に理解する際にも役立つので、原始重力波の時間進化の過程についての理解を深化できると期待されます。

原始重力波は、宇宙背景放射と呼ばれる宇宙のあらゆる方向から飛来する光の偏光を調べることで検出でき、その重要性から多くの観測計画が提案されています。

今回開発された分割宇宙アプローチを使うことで、これまで解析が難しかった模型も含めて、多様な宇宙模型で予言される原始重力波を計算できるようになります。
このことにより、重力波検出を通じた創世直後の宇宙の全体像を明らかにし、ひいては加速器実験では検証できない超高エネルギーの世界の物理法則の解明につながると期待されます。
この研究は、京都大学理学研究科の田中貴浩教授と高エネルギー加速器機構(KEK)の浦川優子准教授(兼 名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)特任准教授)の共同研究によって進められました。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”に、“Statistical anisotropy of primordial gravitational waves from generalized 𝛿𝑁 formalism”として掲載されました。
図1.分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つので、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くことができる。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図1.分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つので、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くことができる。(出所: 共同プレスリリースPDF)


原始重力波の計算を簡単に行う方法

宇宙創世直後の加速膨張期“インフレーション”(※1)の期間中は、地上のあらゆる加速器実験で到達可能なエネルギーを凌駕する非常に高い真空のエネルギーで、宇宙が占められていた可能性が高いと考えられています。
このため、インフレーション模型を調べることは、超弦理論に代表される超高エネルギーの世界に物理法則を与える理論の検証につながると期待されています。

インフレーション期間中には、微視的な世界の量子揺らぎ(※2)が急速な加速膨張によって引き延ばされ、宇宙の空間分布を決める巨視的な揺らぎとなります。

このような巨視的な揺らぎに含まれるのが、原子密度揺らぎと時空のさざ波である原始重力波(※3)です。
インフレーションが予言する原子密度揺らぎは、宇宙背景放射や銀河分布など、宇宙の様々な観測データを整合的に説明できるので、インフレーションは原始宇宙の標準的なシナリオとして、広く受け入れられるようになりました。

一方で原始重力波の確定的な観測は現在のところありません。
でも、原始重力波を探査するいくつかの実験事業が進行中で、検出への期待が高まっています。

原始重力波が観測されれば、インフレーション宇宙のエネルギースケールなど、原始宇宙模型の理解が飛躍的に進むことが考えられます。
ただ、原始重力波の観測を原始宇宙の理解へつなげるには、高エネルギー基礎理論が予言する多様なインフレーション模型で、どのような原始重力波が作られるかを理論的に予言する必要がありました。

方向依存性が単純な密度揺らぎに比べ、時空間の動的な歪みを表す重力波の計算は複雑で、単純な模型を除き一般には複雑な数値計算が必要となります。

特にインフレーション模型を特定する上で重要な非線形効果と呼ばれる、小さな揺らぎが相互に影響しあって生まれる効果の計算は、一部の模型に限定されていました。
このことが、幅広い模型で原始重力波の計算を行う障壁となっていたので、今回の研究では一般的な模型で重力波を簡単に計算する方法を探しています。
※1.宇宙インフレーションは、宇宙創世直後に急速な加速膨張があったと仮定すると、ビッグバン宇宙の空間的均質性や磁気単極子の問題を解決できるとして、1981年に佐藤勝彦、アラン・グースらによって提案された。インフレーションを引き起こすスカラー場の量子的な揺らぎにより、原始宇宙は空間の場所ごとに異なる密度揺らぎを持つことになる。インフレーション模型が予言する原始宇宙における密度の空間分布を、初期条件として宇宙の構造の進化計算を行うと、宇宙背景放射(宇宙のあらゆる方向から飛来する光)や暗黒物質などの観測を整合的に説明できることが、様々な観測プロジェクトによって確かめられている。

※2.量子揺らぎと原子密度揺らぎ:不確定性関係に基づき量子的な場は定まった値ではなく微小な揺らぎを持ち、この揺らぎを量子揺らぎと呼ぶ。インフレーションではシナリオでは、加速膨張を引き起こしたスカラー場の量子揺らぎが、原始宇宙における場所ことに異なる密度の濃淡を作り出したと考えられていて、この密度の濃淡を原子密度揺らぎと呼ぶ。

※3.原始重力波:アルバート・アインシュタインが提唱した一般相対性理論は、空間のひずみが波として伝わる重力波の存在を予言している。インフレーションの期間中には原始密度揺らぎと同様に、量子揺らぎを通じて重力波が作られ急速な加速膨張によって引き延ばされる。このようにして作られた重力波を原始重力波と呼ぶ。


分割宇宙アプローチを重力波の計算に適用する

今回の研究で考えたのは、計算を簡単化するために、密度揺らぎの進化計算で広く使われている分割宇宙アプローチ(※4)を、重力波の計算に適用することでした。

この方法は、アイデアとして以前からあったもの。
でも、時空を歪ませる重力波は密度揺らぎに比べると方向依存性が複雑なので、四半世紀以上にわたり分割宇宙アプローチを用いた重力波計算は実現していませんでした。

分割宇宙アプローチでは、場所ごとに異なる密度をもつ非一様な宇宙を小さく分け、同じ密度からなる小さな宇宙の集合体ととらえ直します。
図1に示されるように、それはあたかも無数の単色のピクセルを組み合わせて、多様な色彩の絵を作り出すモザイクアートのようなものです。

このようにとらえ直すことによって、非一様な密度揺らぎの時間発展を解く複雑な作業を、単色の各ピクセルに対応する一つ一つの分割された宇宙の時間発展を解く作業に置き換えることができます。
一つ一つの分割宇宙は一様いわば単色となるので、その進化を解くには時間だけの関数からなる(常微分)方程式を解けば十分となり、劇的に進化計算のコストを下げることができます。

インフレーション宇宙の詳細な空間分布を知るには、モザイクアートのように粗視化された宇宙の情報だけでは不十分ですが、宇宙の観測から確かめることができるのは、インフレーション宇宙の非常に粗い精度の空間分布だけであることが分かっています。

分割宇宙アプローチを使って粗視化された宇宙の進化を正しく計算するには、一つ一つの分割宇宙は、お互いに影響し合うことなく独立に進化する必要があります。

素朴に考えると、一般相対性理論のように因果律(※5)が保たれる理論では、一つ一つの分割宇宙の大きさを因果関係を持つ空間領域程度に調整することで、異なる分割宇宙同士が因果関係を持たないようにすることが出来そうです。
でも、重力が含まれる場合には、状況はもう少し複雑でした。

一般相対性理論の基本方程式であるアインシュタイン方程式には、いわば隣同士の宇宙の関係性を決める拘束条件(運動量拘束条件)が含まれています。
この拘束条件の扱い方が不適切だと、隣り合う分割宇宙を同時に解かなければならなくなり、一つ一つの分割宇宙を独立に扱うことができなくなってしまいます。

隣同士の分割宇宙の関係を適切に決めるのは、方向を持たない密度揺らぎの場合は比較的簡単なことでした。
でも、空間を歪ませる重力波の場合は非常に複雑なものでした。

このため、今回の研究による分割宇宙アプローチを使った密度揺らぎの計算方法の確立以前は、四半世紀以上にわたり分割宇宙アプローチを用いた重力波計算は実現していませんでした。
※4.分割宇宙アプローチの密度揺らぎの計算への応用:分割宇宙アプローチを用いて密度揺らぎを計算する方法はデルタN形式と呼ばれている。

※5.因果律は、物質や情報のあらゆる伝播速度に上限値の存在を要請する。アインシュタインが提唱した一般相対性理論では、この上限値は光の速度で与えられる。このため、有限のある時間δtの間に因果関係を持ち、お互いに影響し合う空間の領域は、「(光の速度)×δt」で与えられる有限サイズの領域に限られる。


一つ一つの分割宇宙がお互いに影響し合う原因

今回の研究では、分割宇宙アプローチを使った原始重力波計算の実現のため、隣同士の分割宇宙が影響し合ってしまう原因を、もう一度見直しています。

その際に着目したのは、問題の拘束条件を初期時刻でのみ正しく解いておけば、(他の発展方程式が正しく解かれている限り)その後の時刻でも拘束条件は、自動的に満たされるということでした。

つまり、モザイクアートのピクセルを最初の時刻(図1で一番左端)に正しく配置しておけば、その後は周りのピクセルの存在を忘れて、各ピクセルごとの時間進化を追えばよいとひらめいたそうです。
図2.宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図2.宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間。(出所: 共同プレスリリースPDF)


分割宇宙の計算から再現できること

今回の研究では2021年の論文の成果を土台として、これまでは複雑な計算で求められていた原始重力波の振幅が、非常に簡単な分割宇宙の計算から再現できることを具体的に例示しています。

これにより、分割宇宙アプローチを原始重力波の計算に応用できる準備が整いました。
分割宇宙アプローチを使う利点は、計算の簡単化だけではなく、宇宙の進化の過程を直観的に理解する際にも役立ちます。

重力波がもたらす空間の歪みには2つのパターンがあり、原始宇宙の模型によっては、それぞれの大きさが異なる場合があることが指摘されていました。
分割宇宙アプローチを用いることで、どのような物理過程が2つのパターンの重力波の大きさの違いをもたらすのか、といった疑問に答えを与えてくれるはずです。

本研究により、分割宇宙アプローチを多様な宇宙模型で予言される原始重力波の計算に用いることができるようになりました。
このことは、創世直後の宇宙そして超高エネルギーな世界の物理法則を説明することに繋がると期待されます。

インフレーション宇宙では、地上では作られない様々な性質(例として多様なスピン)を持つ粒子が作られていた可能性があります。
それらの痕跡を探査することにより、超高エネルギーの世界の物理法則を検証することができるはずです。
今後、このうような多様なスピンをもつ粒子が作り出す原始重力波の研究が進むことが期待されます。


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“わたあめ”並みの密度しかない系外惑星“WASP-193b”を発見! 巨大ガス惑星“ホットジュピター”はどこまで低密度になれるのか

2024年06月22日 | 系外惑星
地球や火星のような岩石と金属で構成された岩石惑星と比べると、木星や土星のように水素やヘリウムが主成分の“巨大ガス惑星”は密度が低い天体になります。

これに加えて、木星ほどの質量を持つガス惑星が主星(恒星)のすぐそばを公転することで表面温度が非常に高温になる“ホットジュピター”のような環境では、大気が熱膨張することでさらに密度が低くなってしまいます。

今回の研究では、太陽系外惑星観測プロジェクト“スーパーWASP”(※1)の観測データから新たな惑星“WASP-193b”を発見しています。
※1.“スーパーWASP”はスペイン領カナリア諸島のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台と、南アフリカ共和国の南アフリカ天文台で構成されている。
他の観測データも組み合わせて計算して分かったのは、“WASP-193b”の平均密度が“わたあめ”と同程度の1立方センチ当たり0.059グラムしかないこと。
これは、知られている中では2番目に密度が低い惑星の発見になるんですねー

また、これまでの惑星モデルでは、これほど極端に低密度な惑星の存在を説明できないので、解明に期待がかかる大きな謎になっています。
この研究は、リエージュ大学のKhalid Barkaouiさんたちの研究チームが進めています。
図1.“WASP-193b”を天秤にかければ、同じ大きさの“わたあめ”とほぼ釣り合うことになる。(Credit: Generated OpenAI’s DALL-E / Created by David Berardo)
図1.“WASP-193b”を天秤にかければ、同じ大きさの“わたあめ”とほぼ釣り合うことになる。(Credit: Generated OpenAI’s DALL-E / Created by David Berardo)


構成物質で変わる惑星の平均密度

天体の平均密度は、主にどのような物質で構成されているかによって大幅に変わってきます。

太陽系の場合、最も平均密度が高いのは地球の1立方センチ当たり5.52グラムで、最も平均密度が低いのは土星の1立方センチ当たり0.69グラムとなります。

これは、地球が岩石や金属などの固体物質を主成分とするのに対して、土星は低温でも気体の状態が保たれる水素やヘリウムなどの物質を主成分とするためです。
土星は、平均密度が水を下回る太陽系唯一の惑星なので、“水に浮かぶ”と例えられることがあります。


恒星のすぐそばを公転する巨大ガス惑星

太陽以外の天体を公転する太陽系外惑星(系外惑星)に目を向けると、土星よりもさらに平均密度が低いとされる惑星がしばしば見つかります。
そのような例の大半は、ホットジュピターに分類される惑星です。

構成物質で分類すると、ホットジュピターは木星や土星と同じ水素やヘリウムを主体としています。
ただ、木星や土星は太陽から遠く離れた軌道を公転している一方で、ホットジュピターの軌道は恒星に対して極めて近いものになります。

この軌道により恒星から受ける放射エネルギーも極端に強くなるホットジュピターは、大気が数百℃以上に加熱され熱膨張を起こすことになります。
構成物質の密度がもともと低いことに加えて、この熱膨張がホットジュピターを極端な低密度にするわけです。


ホットジュピターはどこまで低密度になれるのか

いくら高温のホットジュピターと言えども、熱膨張には限界があると予測されています。

それは、大気が加熱されると、それを構成する分子の運動速度が増し、惑星の重力を振り切って宇宙空間に逃げてしまうからです。

膨張した大気が維持されているということは、大気を構成する分子が惑星の重力に繋ぎ留められていることを意味します。
ただ、あまりにも極端な加熱は膨張を維持できる限界を超えてしまうことになります。

また、極端な熱膨張が起こる環境では、熱によって数億年以内の短時間で惑星の大気が全て蒸発してしまうので、岩石を主成分とする中心核だけが残されることになります。(※2)
※2.現在の惑星形成論では、巨大ガス惑星の中心部には、地球の数倍程度の質量を持つ、主に岩石でできた核が存在すると考えられている。
あるいは、恒星までの距離が極端に近いことで、潮汐力によって惑星の公転軌道が収縮してしまうと、惑星は恒星に落下して消滅してしまいます。

このため、ホットジュピターの平均密度が1立方センチ当たり0.2グラムを下回ることは滅多になく、そのような惑星の希少な存在と言え、そのような惑星の存在という疑問も生じてきます。(※3)
※3.ホットジュピターの中でも、特に低密度な惑星は“パフィー・プラネット”とも呼ばれている。“パフィー・プラネット(Puffy planets)”は、直訳すれば“フワフワとした惑星”、“膨らんでいる惑星”となる。どの程度の密度の天体をパフィー・プラネットと呼ぶのかは定義されておらず、学術的な分類名という訳でもない。このため、パフィー・プラネットという分類名は愛称に近いものとなる。


“わたあめ”と同じくらいの密度しかない系外惑星

今回の研究では、“WASP-193b”が極端に低密度なホットジュピターということが報告されています。

“WASP-193b”は、うみへび座の方向約1200光年彼方に位置する恒星“WASP-193”を6.25日周期で公転している系外惑星です。
太陽系外惑星観測プロジェクト“スーパーWASP”によって観測された過去のデータを、分析することで発見されました。

“WASP-193b”は“スーパーWASP”以外にも、ウカイムデン天文台のTRAPPIST-South望遠鏡(モロッコ)、パラナル天文台のSPECULOOS-South望遠鏡(チリ)、ヨーロッパ南天天文台ラ・シーヤ観測所の3.6メートル望遠鏡(チリ)に設置された分光機“HARPS”、ジュネーブ天文台のレオンハルト・オイラー望遠鏡(スイス)に設置された分光機“CORALIE”、およびNASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”によっても観測されています。
それぞれの観測データを元に“WASP-193b”の物理的な性質の詳細が明らかにされた訳です。

“WASP-193b”の直径は木星の1.464±0.058倍あるものの、質量は木星の13.9±2.9%しかありません。
このため、平均密度は1立方センチ当たり0.059±0.014グラムという、極端に小さなものになっています。

密度が1立方センチ当たり約0.05グラムしかない“わたあめ”と同じくらいと考えれば、“WASP-193b”がいかに低密度な惑星なのかをイメージできると思います。
この平均密度は、詳細に観測されている惑星の中では2番目に低い値になります。(※4)
※4.現時点で最も密度が低いのは系外惑星“ケプラー51d”と推定され、平均密度は1立方センチ当たり0.046±0.009グラムとなる。
図2.様々な太陽系外惑星の平均密度の比較。“WASP-193b”は“ケプラー51d”に次いで2番目に平均密度が低い惑星と測定された。(Credit: Khalid Barkaoui, et al.)
図2.様々な太陽系外惑星の平均密度の比較。“WASP-193b”は“ケプラー51d”に次いで2番目に平均密度が低い惑星と測定された。(Credit: Khalid Barkaoui, et al.)


惑星形成論的にはあり得ない“WASP-193b”の直径

もちろん、“WASP-193b”は“わたあめ”でできている訳ではありません。

水素とヘリウムが主体の組成に加えて、恒星からの放射で1,000℃近い高温(1254±31K)に熱せられたことによる熱膨張が低密度の理由だと考えられます。

ただ、これまでの惑星モデルで計算した“WASP-193b”の直径は、木星と比べて最小で0.68倍。
最大でも1.2倍(※5)で、実際に観測された約1.5倍とは大幅に異なるんですねー
※5.今回の研究では、3つの異なるモデルで直径が推定されている。それぞれ木星の直径の0.9~1.1倍、0.82±0.14倍、1.1±0.1倍という計算結果が得られている。
木星の1.2倍という上限値は、惑星の中心部に岩石を主成分とする高密度の核が存在しないという、惑星形成論的にはあり得ない仮定をした上での計算値です。
なので、現実的には1.2倍よりも小さな値をとる可能性が高いことが考えられます。

そこで、研究チームでは複数の仮説(※6)について検討。
その中で、“オーム散逸”というメカニズムが、“WASP-193b”の直径を最も良く説明できると考えています。
※6.他に検討された仮説として、“流出する大気の流れを惑星本体の大きさと誤認した”や“潮汐力による加熱”、“惑星内部でのヘリウムの相分離”、“誕生直後の恒星で放射が強かった時期の膨張を観測している”というものがある。いずれも観測データから得られた“WASP-193b”のパラメーターとは大きく矛盾している。


“WASP-193b”の低密をオーム散逸で説明してみると

“WASP-193b”のように極端な過熱を受けている惑星では、惑星の表面と内部を行き来する非常に激しい物質循環が発生します。
また、恒星からの放射によって、大気中に含まれる微量の金属原子(※7)がイオン化されます。
※7.惑星科学における“金属”とは、水素とヘリウムよりも重い元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。ただ、ホットジュピターのオーム散逸においては、イオン化しやすいアルカリ金属(ナトリウムやカリウムなど)のことを指すので、化学的な意味での金属と一致する。
惑星の内外を循環するイオンは電気を帯びた粒子の流れなので、電流のように振る舞うことで、電磁誘導による加熱が発生します。
言ってみれば、“WASP-193b”は惑星全体がIH調理器の原理で加熱されているようなもの、と考えることができます。

ただ研究チームでは、この仮説が最も有望なメカニズムと思われるとしながらも、“WASP-193b”の低密度さがオーム散逸によって説明可能かどうかを確定させるには至っていません。

“WASP-193b”の低密度を説明する仮説には、これまでの惑星モデルを大幅に逸脱する点が複数含まれています。
なので、現時点では「これが“WASP-193b”の説明として正しい」と、強く主張できるような状況には無いためです。

そこで、研究チームが期待を寄せているのは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追観測です。
その理由は、非常に密度の低い“WASP-193b”では、惑星の大気を通過した恒星からの光が、惑星のかなり深部からでも届くと考えられているからです。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の性能なら、大気中に含まれる微量元素やチリの量といった、惑星の過熱に関わる様々な物質の量を、かなり詳細に分析できるはずです。

もし、“WASP-193b”の内部構造が詳しく観測できれば、“WASP-193b”以外の低密度な惑星の理解も深まり、惑星モデルの修正ができるようになるかもしれません。


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