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天王星の衛星アリエルの炭酸塩は隠された海の存在を示唆!? ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で明らかになる氷衛星の多様性と複雑さ

2024年07月28日 | 天王星・海王星の観測
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による最近の観測は、天王星の衛星アリエルの表面組成に関する貴重な情報がもたらされています。

分光観測のデータが示しているのは、水の氷と非晶質炭素の混合物に加えて、豊富な二酸化炭素(CO2)の氷の存在。
特に、アリエルの軌道運動方向から常に背を向けている“後半球”に、これらは顕著に集中していました。

この発見は、太陽からの距離を考えると興味深いもの。
それは、太陽から遠く離れ極寒環境と言われる天王星系でさえ、CO2は容易に昇華して宇宙空間に逃げてしまうからです。

そこで、考えられるのは、何かがアリエルの表面に二酸化炭素を供給しているということです。

アリエルの表面と天王星の磁気圏の荷電粒子との間の相互作用が、電離放射線によって分子が分解される放射線分解と呼ばれるプロセスを通じて、二酸化炭素を生成するという説もあります。

ただ、今回の研究では、二酸化炭素やその他の分子がアリエルの内部が来ていると考えています。
ひょっとすると、衛星アリエルには地下に液体の海があって、そこから二酸化炭素などの分子が出現しているのかもしれません。
この研究は、ジョンズ・ホプキンス応用物理学研究所のRichard J. Cartwrightさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学雑誌“Astrophysical Journal Letters”に“JWST Reveals CO Ice, Concentrated CO2 Deposits, and Evidence for Carbonates Potentially Sourced from Ariel's Interior”として掲載されました。DOI:10.3847 / 2041-8213 / AD566A
図1.1986年1月24日に、NASAの惑星探査機“ボイジャー2号の狭角カメラで撮影された天王星の衛星アリエルのモザイク画像。(https://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA01534) Credit: NASA/Jet Propulsion Laboratory
図1.1986年1月24日に、NASAの惑星探査機“ボイジャー2号の狭角カメラで撮影された天王星の衛星アリエルのモザイク画像。(https://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA01534) Credit: NASA/Jet Propulsion Laboratory


CO2の氷の起源と持続性の謎

アリエルの後半球に存在する著しい量のCO2の氷は、その起源と持続性に関して疑問を提起しています。
この疑問に対しては、放射線分解や季節移動、内部由来といった3つの主要な仮説があります。

 1.放射線分解(実行可能なメカニズムであるが、完全な説明ではない可能性がある)
一つ目の仮説は、放射線分解のプロセスです。
つまり、水の氷と炭素を含む物質への放射線照射によってCO2が生成されるというものです。

実験室レベルでは、このプロセスによりCO2とともに一酸化炭素(CO)が生成されることが示されています。
なので、アリエルの後半球で両方の分子が豊富に存在する理由を、この仮設で説明できる可能性があります。

でも、放射線分解だけでは、アリエルで観測されたCO2とCOの分布を完全には説明できない可能性があるんですねー

例えば、アリエルの後半球で検出されたCO2の特徴が、放射線分解されたCO2の氷の特徴と完全には一致していないことがあります。

さらに、CO2が主に放射線分解によって生成されたとすると、COとCO2の比率はアリエルの表面全体で比較的均一になっていると予想されます。
ただ、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測では、この比率はアリエルの後半球の方が前半球よりもはるかに高いことが示されています。
そう、他の要因が関係している可能性があることを示唆しています。

 2.季節移動(CO2分布に影響を与える可能性のある動的プロセス)
天王星は自転軸がほぼ横倒しになっていて、その傾きは98度もあります。
同じくアリエルも大きく傾いた軌道を回っているので、その表面は極端な季節移動を経験することになります。

その結果、CO2などの揮発性物質は、夏の間は昇華して極地から移動し、冬の間は冷たい地域に堆積する可能性があります。
この季節移動のプロセスは、アリエルで観測されたCO2の分布、特に後半球への集中を説明するのに役立つ可能性があります。

 3.内部由来の物質(CO2の存在と組成の手掛かり)
今回の研究では、アリエルのCO2の起源を説明するため、内部由来の物質、特にアリエルの内部からのCO2放出の可能性を探求しています。

この仮説は、アリエルの後半径に厚さ10ミリを超える濃縮されたCO2の氷の堆積物が存在するという、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による発見によって裏付けられています。
この堆積物は、放射線分解だけでは説明できない可能性があり、アリエルの内部から表面へのCO2の放出を示唆しています。

そこで、本研究ではCO2がアリエルの内部にある液体の海の中で発生する化学プロセスに由来する可能性があることを示唆しています。
このCO2は、アリエルの氷の外郭にある亀裂またはプルーム(水柱)を通して放出され、表面に堆積する可能性があります。

アリエルに炭酸塩が存在する可能性があるという発見は、内部活動とCO2の内部由来をさらに裏付けるものとなっています。


COの存在と継続的な補充

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測により、アリエルの後半球にCOが検出されたことは驚くべきことでした。
それは、COがアリエルの平均表面温度よりもはるかに低い温度でしか安定して存在できないので、継続的に補充されている必要があるからです。

本研究では、このCOの補充に寄与する可能性のあるメカニズムとして、放射線分解とCO2の氷からの昇華の両方を示唆しています。
CO2の放射線分解はCOを生成することができ、このプロセスはアリエルで観測されたCOの豊富さに寄与している可能性があります。

さらに、CO2の氷が昇華すると、COが豊富なものになる可能性があり、こちらもCOの継続的な補充に寄与している可能性があります。


内部活動と海洋組成の手掛かり

アリエルのスペクトルで見られる4.02μmのバンドは、特に興味深いものでした。
それは、炭酸塩鉱物に存在するν1 +ν3結合モードと一致しているためです。

この発見は、炭酸塩がアリエルの表面組成に存在する可能性があることを示唆していて、アリエルの地質学的および化学的進化に影響を与える可能性があります。

炭酸塩の存在は、アリエルの過去または現在における内部活動を示唆している可能性があります。
それらは、水とCO2の相互作用によって形成され、液体の水とCO2が過去または現在に、アリエルの内部で相互作用していたことを示唆しています。
この相互作用は、潜在的に居住可能な環境の存在に影響を与える可能性があり、さらなる調査が必要です。


アリエルの形成と進化の手掛かり

アリエルの炭素同位体組成、特に炭素13(13C)の存在量は、その形成と進化に関する貴重な手掛かりを提供する可能性があります。

予備分析では、アリエルの13C/12C比は太陽系の内側の天体で見られる典型的な値よりも高いことが示唆されていて、13Cが豊富である可能性が示唆されています。

この13Cの濃縮は、アリエルのCO2の氷が、有機物や炭素塩鉱物など、13Cが豊富な物質から生成された可能性があることを示唆しています。
このことから、13C/12C比を詳細にモデル化することで、アリエルの炭素源、形成条件、および全体的な進化について、さらに洞察が得られる可能性があります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によるアリエルの観測は、その表面組成が予想以上に複雑で魅力的なことを明らかにしました。
豊富なCO2の氷、予想外のCOの存在、炭酸塩の可能性のある検出は、その地質学的な歴史、内部活動、および潜在的な居住可能性に関する疑問を提起しています。

今回の研究では、これらの観測結果を説明するために、いくつかの実行可能な仮説とメカニズムを提供しています。
ただ、決定的な結論に行き着くには、より的を絞った調査とデータ分析が必要となります。

今後の天王星探査ミッションは、アリエルの謎を解明し、私たちの太陽系における氷衛星の多様性と複雑さについての理解を深める上で、極めて重要なものと言えます。


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太陽から遠く離れた天王星と海王星に3つの暗い衛星を発見! いずれも異なる場所で形成され現在の軌道に捕らえられた不規則衛星

2024年03月15日 | 天王星・海王星の観測
太陽系の惑星には大小様々な衛星が見つかっています。
なかでも、木星や土星といった巨大な惑星は2桁以上の衛星を従えていますが、実際の総数がいくつなのかは分かっていません。

今回、カーネギー研究所のスコット・S・シェパードさんたちの観測チームは、天王星の新衛星“S/2023 U 1”と、海王星の新衛星“S/2002 N 5”および“S/2021 N 1”の発見を公表しています。

天王星は約20年ぶりに衛星が追加され、その総数は28個。
海王星も約10年ぶりの衛星追加で、総数は16個になりました。

さらに、海王星の新衛星“S/2021 N 1”は、太陽系のすべての衛星の中で、惑星から最も遠くを公転する衛星の記録を更新したそうですよ。
図1.今回発見が公表された3つの新衛星。(Credit: Scott S. Sheppard, Magellan telescope & Subaru telescope(丸囲みと衛星名は彩恵りり氏による加筆))
図1.今回発見が公表された3つの新衛星。(Credit: Scott S. Sheppard, Magellan telescope & Subaru telescope(丸囲みと衛星名は彩恵りり氏による加筆))


なぜ木星や土星に対して天王星と海王星の衛星の総数は少ないのか

太陽系の惑星のうち、水星と金星を除くすべての惑星が1個以上の衛星を持っています。
特に巨大な4大惑星の木星・土星・天王星・海王星は、いずれも10個以上の恒久的な自然衛星を持っていることが確認されています。

2023年には木星と土星の新衛星が数10個も追加され、土星の衛星数は146個(※1)、木星の衛星数は95個になりました。
※1.土星の衛星の中には、一時的に生じた環の塊である可能性が高いので、カウントから外されている衛星が3個ある。もし、これらを加えた場合、土星の衛星数は149個になります。
ただ、木星や土星に対して、天王星と海王星の衛星の総数はずっと少ないんですねー
今回の報告以前では、天王星の衛星数は27個、海王星の衛星数は16個が確認されていました。

それでは、なぜ天王星と海王星では衛星の数が少ないのでしょうか?
その理由の1つに、どちらも地球から遠く離れているので、小さく暗い衛星からの反射光を見つけることが困難なことがあります。

実際、木星や土星では10キロ未満の衛星が多数発見されています。
でも、天王星と海王星の衛星は最小のものでも10キロ以上と考えられていて、それだけ小さな衛星を見つけることが難しいことが分かります。

また、衛星の軌道の性質も、観測に対して追加の困難を与えています。

暗い衛星を観測するには、感度の高い望遠鏡で長時間の露光を行う必要があります。
でも、衛星のすぐ近くで惑星が明るく輝いているので、衛星の光が隠されてしまうこともあります。
このため、衛星を撮影すること自体が困難になっています。

さらに、惑星から遠く離れた軌道を公転する衛星は、非常にゆっくりとした公転速度で動いているので、数日程度の撮影ではほとんど動いていないように見えてしまいます。

衛星であることを示すには、惑星に対する公転軌道を算出する必要があるので、年単位の間隔を置いて観測を行う必要があります。


暗い衛星の見つけ方

このような状況の中で、カーネギー研究所のスコット・S・シェパードさんたちの観測チームが報告したのは、天王星と海王星を公転する新しい衛星の発見でした。

シェパードさんは、そのような観測が難しい衛星を多数発見していることで知られていて、他の天文学者と協力して4大惑星の新たな衛星を2000年以降に100個以上も見つけています。
特に、木星と土星の衛星については、その半分以上の発見にシェパードさんが関わっています。

新衛星は、いずれも視等級が25~27等級という極めて暗い天体なので、そのまま撮影したとしても背景のノイズに埋もれてしまいます。

そこで、観測チームは観測方法を見直すことになります。
観測方法を、これまでの1回の長時間露光ではなく、数十回に分けた短時間の露光を重ね合わせる処理を行う方法に切り替えています。
こうすれば、衛星よりもずっと明るい惑星や背景の恒星からの光を抑えつつ、衛星からの暗い光を強調することができる訳です。

今回発見された新衛星は、いずれも1日当たり3~4時間の撮影時間中に5分間の短時間露光を繰り返し行われました。
図2.衛星の仮符号の命名規則。仮符号の“S/”の次に来る4桁の数字は、新たな衛星として認識された年を意味している訳ではなく、初めて観測された年になる。(Credit: 彩恵りり氏)
図2.衛星の仮符号の命名規則。仮符号の“S/”の次に来る4桁の数字は、新たな衛星として認識された年を意味している訳ではなく、初めて観測された年になる。(Credit: 彩恵りり氏)
なお、これらの新衛星は発見されたばかりなので、固有名は与えられていません。
現時点では、機械的に割り当てられる仮符号が正式名称になります。
仮符号の“S/”の次に来る4桁の数字は、新たな衛星として認識された年を意味している訳ではなく、初めて観測された年になります。


天王星では20年ぶりの新衛星の発見

天王星の新衛星“S/2023 U 1”は、シェパードさんの他にも、ジェット推進研究所(JPL)のMarina BrozovicさんとJacobsonさんが見つけていました。

初めて“S/2023 U 1”の存在に気が付いたのは2023年11月4日こと。
その姿をとらえていたのは、南米チリ・ラスカンパナス天文台の“マゼラン望遠鏡(口径6.5メートル)”でした。
図3.“マゼラン望遠鏡”が2023年11月4日にとらえた“S/2023 U 1”(丸囲み内部の白点)。天王星は左上にあり、その一部が写り込んでいる。細長く伸びた線は背景にある恒星。望遠鏡を天王星や衛星の動きに合わせて動かしたため相対的に動いたように映っている。(Credit: Scott S. Sheppard, Magellan telescope(丸囲みは彩恵りり氏による加筆))
図3.“マゼラン望遠鏡”が2023年11月4日にとらえた“S/2023 U 1”(丸囲み内部の白点)。天王星は左上にあり、その一部が写り込んでいる。細長く伸びた線は背景にある恒星。望遠鏡を天王星や衛星の動きに合わせて動かしたため相対的に動いたように映っている。(Credit: Scott S. Sheppard, Magellan telescope(丸囲みは彩恵りり氏による加筆))
さらに、過去のデータを振り返って分析すると、最も古い観測記録はハワイのマウナケア山に設置された“すばる望遠鏡(口径8.2メートル)”による、2021年9月8日の撮影画像にまで遡ることが分かりました。

天王星に新しい衛星が見つかるのは実に約20年ぶりのことで、2003年10月9日に公表された第23衛星“マーガレット”以来となります。

“S/2023 U 1”は、天王星から平均で約798万キロ離れた楕円軌道を、約681日(約1.86年)かけて公転する逆行衛星(※2)だと分析されています。
この軌道の性質は天王星の他の衛星“キャリバン”や“ステファノ―”と似ています。
※2.通常の衛星の公転方向は惑星の自転方向と一致していて、これを“順行衛星”と呼ぶ。“逆行衛星”はその逆で、つまり衛星の公転方向が惑星の自転方向と逆となる。発見されている天王星の不規則衛星の中で“マーガレット”が唯一の順行衛星となる。
推定される“S/2023 U 1”の直径はわずか約8キロ、発見されている天王星の衛星の中で最も小さい可能性がありました。

通常、衛星には神話に因んだ命名がされます。
ただ、天王星の場合には少し違っていて、衛星の固有名はウィリアム・シェイクスピアの戯曲か、アレキサンダー・ホープの詩“髪盗人”に登場する人物の名前にちなんで命名するという例外的な習慣があります。

現時点では、天王星から遠く離れた位置を公転する逆行衛星は、全てシェイクスピアの“テンペスト”の登場人物にちなんで命名されています。
なので、“S/2023 U 1”にも、そのような命名がされると予想されます。


海王星で見つかった明るさの違う2つの新衛星

2021年9月3日と10月6日、シェパードさんとBrozovicさん、Jacobsonさんの3氏による、“マゼラン望遠鏡”を用いた海王星の観測が行われました。

また、同年9月7日から8日にかけて行われたのは、“すばる望遠鏡”による同様の観測でした。
“すばる望遠鏡”による観測はシェパードさんの他、ハワイ大学のDavid Tholenさん、ノーザン・アリゾナ大学のChad Trujiloさん、近畿大学のPatryk Sofia Lykawaさんも参加しています。
図4.“マゼラン望遠鏡”が2021年9月3日にとらえた“S/2002 N 5”(丸囲み内部の白点)。(Credit: Scott S. Sheppard, Magellan telescope(丸囲みは彩恵りり氏による加筆))
図4.“マゼラン望遠鏡”が2021年9月3日にとらえた“S/2002 N 5”(丸囲み内部の白点)。(Credit: Scott S. Sheppard, Magellan telescope(丸囲みは彩恵りり氏による加筆))
図5.“すばる望遠鏡”が2021年9月7日にとらえた“S/2021 N 1”(丸囲み内部の白点)。“マゼラン望遠鏡”の撮影画像とは明暗が反転している。(Credit: Scott S. Sheppard, Subaru telescope (丸囲みは彩恵りり氏による加筆))
図5.“すばる望遠鏡”が2021年9月7日にとらえた“S/2021 N 1”(丸囲み内部の白点)。“マゼラン望遠鏡”の撮影画像とは明暗が反転している。(Credit: Scott S. Sheppard, Subaru telescope (丸囲みは彩恵りり氏による加筆))
その結果、確認されたのは、明るさの異なる未知の衛星が2個写っていることでした。

さらに、これらの衛星の発見が確実であることを示すため、2022年11月15日から16日、および2023年11月3日から4日にかけて、複数回の追観測が行われることになります。
用いられたのは、“マゼラン望遠鏡”と“すばる望遠鏡”、および南米チリのパラナル天文台の超大型望遠鏡“VLT”でした。

この追観測では、より正確に衛星からの光をとらえるために、BrozovicさんとJacobsonさんの作業による衛星の予測軌道から、撮影可能な位置の予測が行われていました。
その結果、2個とも真に海王星の周りを公転している衛星であることが確認されました。

また、過去の観測データを調べてみて分かったのは、2002年8月14日にM. HolmanさんとT. Gravさんによって南米チリのセロ・トロロ汎米天文台の“ブランコ4メートル望遠鏡”で撮影された画像や、同年9月3日にはB. Gladmanさんによって超大型望遠鏡“VLT”で撮影された画像に、明るい方の衛星が映っていたことでした。
ただ、これらの観測データだけでは衛星だと確定するには不十分なので、当時は見逃されていたそうです。

一方、暗い方の衛星は、今のところ過去の観測データからは見つかっていません。

こうした経緯から、明るい方の衛星は“S/2002 N 5”(※3)、暗い方の衛星は“S/2021 N 1”と命名されています。
現時点では、これらの明るさの違いは実際の直径の違いを反映していると考えられています。
※3.“S/2002 N 5”という仮符号は、2002年の観測データで見つかった5番目の海王星の衛星を意味している。1~4は発見当時に衛星だと確定し、現在では順に“ハリメデ”、“サオ”、“ラオメディア”、“ネソ”という固有名が与えられている。


海王星から離れた軌道を公転する順行衛星と逆行衛星

推定される“S/2002 N 5”の直径は約23キロ、42度の傾斜した楕円軌道を公転する順行衛星です。

海王星からの平均距離は約2340万キロ、楕円軌道なので海王星に最も近づく時には約1060万キロ、最も遠ざかる時には約3620万キロまで距離が大幅に変化しています。
この長大な軌道を、“S/2002 N 5”は約8.60年(約3141日)かけて公転しています。
この公転軌道の性質は、海王星の他の衛星“サオ”や“ラオメディア”にも見られます。

一方、“S/2021 N 1”の直径は約14キロと推定され、発見されている海王星の衛星の中で最も小さなものとなる可能性があります。

ほぼ45度(※4)のかなり傾いた軌道を持つ逆行衛星で、その軌道の性質は海王星の他の衛星“プサマテ”や“ソネ”と似ています。
※4.逆行衛星は90度を超えた軌道傾斜角で表されるので、カタログ上の“S/2021 N 1”の軌道傾斜角は134.5度となる。これをいずれかの水平面から測ると45.5度となる。
“S/2021 N 1”の公転軌道は非常に遠大なものになります。
海王星からの平均距離は約5060万キロ、最も近づく時には約2830万キロ、最も遠ざかる時には約7290万キロまで距離が変化します。

これまで海王星の衛星“ソネ”が保持していた“惑星から最も遠い距離を公転する衛星”の記録を、平均距離と最も遠ざかる時の距離ともに更新しています。

この距離の遠大さのため、公転には約27.43年もかかり、これも“もっとも公転周期の長い衛星”の記録を更新しています。
日数に換算すると約1万18日となり、1万日以上かけて公転する衛星の発見は初めてのことでした。

“S/2021 N 1”の公転軌道は惑星と衛星というより、恒星と惑星と言える距離感と言えます。
海王星から最も遠ざかる時の約7290万キロという距離は、水星が太陽から最も遠ざかる時の約6980万キロを超えていました。

また、長期的に安定して衛星軌道を保てる限界(ヒル球)の半径の約63%に達しているので、安定して衛星として存在できる理論的な限界に近いと見なすこともできます。

海王星の衛星は、ギリシャ神話の海の神にちなんで命名されています。
“S/2002 N 5”や“S/2021 N1”と似た軌道を持つ衛星は、いずれも50柱の海の女神のグループであるネーレーイスに因んだ命名がされています。
なので、“S/2002 N 5”や“S/2021 N 1”もそれに因んだ命名がされると予想されます。


異なる場所で形成され現在の軌道に捕らえられた衛星

今回発見された3個の新衛星は、いずれも惑星からかなり離れた位置にあり、軌道は楕円形で傾き、似たような軌道を持つ別の衛星があるという特徴を持っています。
また、3個中2個は逆行衛星でした。
図6、今回発見された3個の衛星の性質の抜粋。(Credit: 彩恵りり氏)
図6、今回発見された3個の衛星の性質の抜粋。(Credit: 彩恵りり氏)
これらは不規則衛星(※5)と呼ばれ、惑星の誕生と同時に形作られたのではなく、後の時代に彗星などの小さな天体が捕獲されたものだと考えられています。
※5.不規則衛星とは、天文学において離心率が大きく傾いた順行軌道や逆行軌道を持つ衛星のこと。それらの衛星は規則衛星とは異なり、主星である惑星の近傍とは異なる場所で形成されたものが、現在の軌道に捕らえられたと推測されている。
似たような軌道を持つ衛星が複数存在するのは、捕獲された時に惑星と極端に近付き過ぎたか、別の天体との衝突でバラバラに分離したためだと考えられています。

このため、似たような軌道を持つ衛星が複数存在することは、これらの衛星の起源を探るうえで役立つはずです。
例えば、衛星を詳しく観測し、色や明るさなどのデータを比較することで類似点を見出せれば、元は一つの天体だったことがはっきりします。

また、天王星や海王星の周辺で力学的なシミュレーションをする際に、どのくらいの大きさの破片がいくつ生じるのか、という答え合わせをするのにも役立つはずです。

今回の観測手法は、同じような性質を持つ衛星があれば、同時に発見されている可能性が高い方法です。
このため、天王星は直径約8キロ以上、海王星は直径約14キロ以上の衛星は、全て発見された可能性があります。

比較すると、木星の衛星は直径2キロ以上、土星の衛星は直径約3キロ以上のものが全て発見されている可能性があります。
図7.4大惑星の衛星の公転軌道半径と軌道傾斜角をプロットしたグラフ。今回発見された新衛星は記号内部が塗りつぶされている。(Credit: Scott S. Sheppard)
図7.4大惑星の衛星の公転軌道半径と軌道傾斜角をプロットしたグラフ。今回発見された新衛星は記号内部が塗りつぶされている。(Credit: Scott S. Sheppard)


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海王星の本当の色は、わずかに緑色を帯びた淡い青色だった! 撮影画像の情報を強調するため深い青色に変更されていた

2024年02月21日 | 天王星・海王星の観測
よく見る惑星の外観で、“天王星は空のような薄い青色”で“海王星は海のような深い青色”というイメージありますよね。

でも、公開されている天体の画像には、様々な事情で補正がかけられていることがあります。
なので、実際に人間の目で見たイメージを、正確に反映しているとは限らないんですねー

今回の研究では、独自開発した惑星の色モデルに、ハッブル宇宙望遠鏡と超大型望遠鏡“VLT”の観測データを適用。
これにより、天王星と海王星を肉眼で見た際の正確な“真の色”を確定しています。

その結果、天王星と海王星の“真の色”は、緑色を帯びた淡い青色で、海王星の方がわずかに青色が強いことを除けば、ほとんど区別できないほどそっくりなことが分かりました。

この研究は、長年持っていた天王星と海王星のイメージを変えるだけでなく、天王星の極地と赤道の環境の違いといった、観測が難しい遠方の惑星の環境についても重要な洞察を与えてくれるようです。
この研究は、オックスフォード大学のPatrick Irwinさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究で出力された、天王星と海王星の“真の色”の画像。わずかに海王星の方が青いものの、あまり大きな違いがあるようには見えない。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford/日本語意訳およびトリミングは筆者(彩恵りり氏)による)
図1.今回の研究で出力された、天王星と海王星の“真の色”の画像。わずかに海王星の方が青いものの、あまり大きな違いがあるようには見えない。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford/日本語意訳およびトリミングは筆者(彩恵りり氏)による)


得られる情報を強調するための色変更

天王星と海王星は、2つとも太陽系の最も外側を公転する惑星で、どちらも巨大氷惑星という同じ分類に属しています。
両惑星とも概ね青色の惑星と言えますが、天王星は空のように淡い青色、海王星は海のように深い青色、というイメージが一般的です。

この青色は、両惑星の大気中に含まれている数%のメタンが、主に赤色、次いで緑色の光を吸収することで発生しています。

その天王星と海王星の名前は、実は色に因んで命名されています。(※1)
ただ、外観のイメージを決定づけたのはNASAが打ち上げた惑星探査機“ボイジャー2号”による撮影画像でした。
※1.天王星と海王星は、望遠鏡で青く見える星なので、その名称はそれぞれギリシア神話の天空の神“ウーラノス”とローマ神話の海の神“ネプトゥーヌス”に因んでいて、日本語での名称はこれらを翻訳した中国語名に直接由来している。天王星と海王星は、近代天文学の発展後に発見された惑星なので、発見を主張する人々から様々な名称が提案され、現在の名称は発見から数十年後に定着している。
“ボイジャー2号”は天王星には1986年、海王星には1989年に接近し、それぞれの姿を撮影。
現在でも、両惑星に接近した探査機は“ボイジャー2号”が唯一の存在になります。
図2.天王星と海王星の“写真”として一般的に知られている画像。コントラストを強調しているので、本来は“真の色”ではないことを示す注釈が必要。でも、その情報がいつの間にか欠落したことで、天王星と海王星に大きな色の差があるかのようなイメージが定着した。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford/日本語意訳およびトリミングは彩恵りり氏による)
図2.天王星と海王星の“写真”として一般的に知られている画像。コントラストを強調しているので、本来は“真の色”ではないことを示す注釈が必要。でも、その情報がいつの間にか欠落したことで、天王星と海王星に大きな色の差があるかのようなイメージが定着した。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford/日本語意訳およびトリミングは彩恵りり氏による)
実は、“ボイジャー2号”が撮影した天王星と海王星の写真として一般的に出回っている画像は、両惑星を肉眼で見た“真の色”を忠実に反映したものではありません。

海王星の画像はコントラストが強調されていて、実際よりも青色が強すぎることが天文学者の間では知られています。
一方、天王星はコントラストが強調されていないので、海王星と比べれば比較的“真の色”に近いものでした。

撮影画像から得られる情報を強調するために色を変更することは、天文学に限らず一般的な科学研究の場ではよく行われています。
海王星の場合だと、表面の雲や風、帯状の構造を強調するためにコントラスト補正がかけられ、その結果として実際よりも深すぎる青色が現れることになりました。

そのため、補正がかけられた画像には、その内容を示す注釈が必要となります。
実際、当初は海王星の画像も、色の変更に関する注釈付きで公開されていました。

ところが、いつ頃からか、注釈が付かない画像が掲載されることが多くなるんですねー
現在では、海王星の“真の色”が深い青色であるかのように、イメージが定着してしまったようです。

これは、一般向けの天文系サイトでも同様で、例えばNASAの海王星に関するページでは、“Big blue”や“rich blue color”と表現する一方で、画像補正については触れられていません。


肉眼で見た色に最も近い天王星と海王星の画像

今回の研究では、肉眼で見た色に最も近い天王星と海王星の画像を出力するため、ハッブル宇宙望遠鏡の撮像分光器“STIS”、および南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設された超大型望遠鏡“VLT”搭載の3次元分光装置“MUSE”によって取得された観測データを使用しています。

ただ、これらの観測データから得られる色(光の波長)は複数の情報が混ざっているので、そのままでは画像として出力することができません。

また、目の細胞は光の波長によって感度が大きく異なるので、単純計算で得られる画像が、肉眼で見る実際の色を反映しているとは限らないんですねー

そこで、研究チームは、目の細胞が光の波長に対してどのように反応するのかを調べた2019年の研究を元に、人の目において惑星の色がどのように感じられるのかを忠実に再現するモデルを独自に開発。
モデルには、靄(もや)による影響も盛り込まれていました。

そして、このモデルを“ボイジャー2号”とハッブル宇宙望遠鏡の“WFC3(広視野カメラ)”で撮影された画像に適用しています。

その結果、肉眼で見た天王星と海王星に最も近い“真の色”は、どちらもわずかに緑色を帯びた淡い青色と確定。
海王星は天王星と比べてやや青色が強いものの、一般的に知られている深い青色とは程遠い色実になっています。

それでも、現れたわずかな青色の違いは、天王星と比べて海王星の方が大気中に含まれる“もや(ヘイズ)”の層が薄く、それだけ大気の深部まで入り込みやすい光から、赤色や緑色の波長が吸収されていることを示していました。
図3.一般的に知られている画像と、今回の研究で示された“真の色”をそれぞれ比較したもの。特に海王星は大きな違いが見て取れる。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford/日本語意訳は彩恵りり氏による)
図3.一般的に知られている画像と、今回の研究で示された“真の色”をそれぞれ比較したもの。特に海王星は大きな違いが見て取れる。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford/日本語意訳は彩恵りり氏による)


天王星は数十年かけて少しずつ変色している

今回の研究は、「天王星と海王星の色にまつわる長年の誤解を解く」 っという側面もありますが、研究の主題はそこにはありませんでした。
長年にわたって、わずかに変化する天王星の色の謎に迫る研究だった訳です。

天王星は、約84年をかけて太陽の周りを公転しています。
アメリカ・アリゾナ州のローウェル天文台で1950年~2016年にかけて得られた天王星の青色と緑色の光の観測データは、天王星が数十年かけて少しずつ変色していることを示していました。

具体的には、天王星は夏至と冬至の時期に緑色が濃くなる傾向にあり、春分と秋分の時期には青色が濃くなる傾向にありました。

この色の変化は、天王星の自転軸の傾きが理由だと考えられています。
天王星の自転軸は公転面に対して横倒しになっているので(約98度傾いている)、文字通り公転面を転がりながら太陽を周回しているといえます。

地球から観察すると、天王星が夏至や冬至の時期には主に極地が見えるのに対し、春分や秋分の時期には主に赤道が見えることになります。
天王星の1年は地球の84倍もあり、季節も84倍長く続くことになるので、天王星の季節の変化は長期的な色の変化として観察される訳です。
図4.2014年~2022年にかけてハッブル宇宙望遠鏡の“WFC3(広視野カメラ)”によって取得された天王星の画像を、今回の研究を元に補正したもの。線は北緯35度、南緯35度、および赤道の緯度を表している。赤道を見ている2014年と極地を見ている2022年の画像を比較すると、その色が違うことが分かる。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford)
図4.2014年~2022年にかけてハッブル宇宙望遠鏡の“WFC3(広視野カメラ)”によって取得された天王星の画像を、今回の研究を元に補正したもの。線は北緯35度、南緯35度、および赤道の緯度を表している。赤道を見ている2014年と極地を見ている2022年の画像を比較すると、その色が違うことが分かる。(Credit: Patrick Irwin, University of Oxford)
研究では、観測データとモデルを比較することで、天王星の極地付近と赤道付近のそれぞれの色を分離することに成功。
極地は赤道に比べて緑色や赤色の光の反射が多いので、その分だけ緑色を帯びて見えることを明らかにしています。

天王星の極地が多くの太陽光に照らされるのは夏至と冬至の時期で、極地が赤道よりも緑色に見るということは、夏至や冬至の天王星が春分や秋分の時期よりも緑色に見える理由になります。

一方、天王星の極地が赤道に比べて、より多くの赤色や緑色の光を反射する理由も突き止めています。
赤色や緑色の光を吸収する大気中のメタンが、極地は赤道の約半分と少ないこと、さらに低温で固体の粒となったメタンの結晶が、赤色や緑色の光を反射することにあるそうです。

天王星や海王星は、太陽から遠く離れた軌道を84年もかけて一周しているので、その変化は非常にゆっくりと現れ、地球からも遠いので詳細な観測も困難な状況です。

今回の研究では、天王星の極地と赤道の環境の違いという、得ることが難しいデータを知ることに繋がりました。
これは、長年の観測データがあってこその成果になります。
長年に渡る基礎的なデータの蓄積が、いかに重要かを示すひとつの結果と言えますね。


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史上初! 天王星で赤外線オーロラの観測に成功。高層大気や内部構造の解明への手掛かりになるかも

2023年12月22日 | 天王星・海王星の観測
太陽系の惑星の中では木星、土星に次いで3番目に大きな惑星が“天王星”です。

天王星といえば、その自転軸の傾きがほぼ横倒しになっていることが大きな特徴ですが、磁軸の角度や位置に大幅なズレがあることで注目されている惑星でもあります。

この奇妙な磁場の解明の手段として、“オーロラ”の観測が行われています。

今回の研究では、史上初めて天王星の赤外線オーロラの観測に成功しています。
このことは、天王星の高層大気や内部構造を調べる上で重要なデータになるようです。
この研究は、レスター大学のEmma M. Thomasさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回観測された赤外線オーロラの観測データを、実際の天王星の撮影画像に当てはめたもの。実際にこのように撮影されたわけではない。(Credit: University of Leicester (赤外線オーロラ) / NASA, ESA & M. Showalter (SETI Institute) (天王星))
図1.今回観測された赤外線オーロラの観測データを、実際の天王星の撮影画像に当てはめたもの。実際にこのように撮影されたわけではない。(Credit: University of Leicester (赤外線オーロラ) / NASA, ESA & M. Showalter (SETI Institute) (天王星))


なぜ磁軸が自転軸から59度も傾いているのか

地球の高緯度地域で観測されるオーロラは、視覚的に美しく一般的にもよく知られている現象ですが、惑星科学的にも重要な存在になります。

オーロラは、太陽から放出される荷電粒子(電気を帯びた粒子)と、大気を構成する分子との衝突によって発生する現象です。
このオーロラの色が様々なのは、分子の種類や状態によって発生する電磁波の波長が異なるからです。

このため、オーロラは肉眼的に視認可能な可視光線だけでなく、目に見えない電波・赤外線・紫外線の領域でも発生しています。

オーロラの発生には、大気分子と荷電粒子の衝突が必要ですが、荷電粒子は磁場によって弾かれてしまうんですねー
なので、荷電粒子は磁場が弱い場所“磁軸(磁場の軸)”がある極付近に集中して発生することになります。

地球を含むほとんどの天体では自転軸と磁軸がほぼ一致しているので、多くの天体ではオーロラは高緯度地域のみで発生する現象になっています。

でも、大きな例外が一つあります。
それが“天王星”です。

NASAの“ボイジャー2号”が、天王星のフライバイ観測を実施したのが1986年のこと。
この観測で明らかになったのは、天王星の磁軸が自転軸から59度も傾いているだけでなく、天王星の中心から3分の1もズレた場所を通過していることでした。
図2.天王星の磁場の構造。磁軸は自転軸に対して59度ズレているだけでなく、中心から3分の1の場所を通過していて、このような構造は他のタイプの惑星には見られない。(Credit: Ruslik0)
図2.天王星の磁場の構造。磁軸は自転軸に対して59度ズレているだけでなく、中心から3分の1の場所を通過していて、このような構造は他のタイプの惑星には見られない。(Credit: Ruslik0)
天王星は、その自転軸の傾きがほぼ横倒し(98度も傾いている)になっている珍しい惑星です。
このことも考えると、なぜこのような磁場が存在しているのかは興味深い疑問といえます。

天王星の磁場を詳細に研究するのに最も適した方法は、惑星に探査機を送り込むことです。
ただ、探査機を送り込むとなると、膨大な予算と時間が掛かってしまいます。

そこで、探査機に代わる方法として、オーロラの観測によって磁場を間接的に測定する手段が検討されていて、このためには様々な波長のオーロラを観測する必要がありました。

天王星のオーロラは、これまで紫外線領域で観測されたことはありますが、赤外線領域で観測されたことはありません。
この状態はデータに大きな穴があることになり、他の天体とオーロラや磁場を比較する上で大きな障害となります。


史上初めて天王星の赤外線オーロラを観測

今回の研究で用いられたのは、ハワイ島マウナケアにあるケックII望遠鏡で取得された天王星の観測データ約6時間分でした。
研究チームでは、このデータに赤外線オーロラが含まれていないか調査を行っています。

これまでの研究から、天王星の赤外線オーロラはプロトン化水素分子(※1)によって発生する可能性が指摘されていました。
※1.水素原子が正三角形上に配置された分子。
1992年に発見されていたプロトン化水素分子ですが、これにより赤外線オーロラが発生しているのかは不明でした。
それは、オーロラ以外の理由で発生していると見られる赤外線に隠されていたからでした。

研究では、プロトン化水素分子によって発生する赤外線を見つけるため、3.5μmと4.1μmの波長で集中的にデータを分析。
その結果、確かに赤外線オーロラが発生していることを示す観測的証拠を得ることに成功しています。

天王星の赤外線オーロラの観測は、史上初めてのことでした。

今回の研究では、赤外線オーロラの発生状況はプロトン化水素分子の濃度を反映していることも判明しました。
オーロラの発生状況は温度にも依存しますが、今回の分析の結果からは温度変化はほとんどなく、濃度のみが変化していることが分かっています。

プロトン化水素分子の生成量は、オーロラが発生する上層大気の環境によって変化しています。
なので、オーロラを通じてプロトン化水素分子の濃度を調べられることは興味深い発見と言えます。

自転軸と磁軸が大幅にずれている状況は、天王星とよく似た物理的性質を持つ海王星でも観測されています。
また、天王星と海王星には、太陽から受け取る熱よりも、自身が放射する熱の方が多いという別の謎もあります。

熱源として疑われているものの1つにオーロラがあるので、今回の赤外線オーロラの観測は、熱源に関する謎を解明する可能性もあります。

さらに、天王星や海王星に似た惑星は、太陽以外の天体の周りを公転する“太陽系外惑星”でも多数発見されています。
そう、今回の赤外線オーロラの観測手法が太陽系外惑星にも適用されれば、磁場の発生源となる内部構造の謎に迫れるかもしれませんね。


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海王星の暗い斑点と明るい雲のような構造を地上の望遠鏡で初めて撮影に成功! コストや時間をかけない観測手法とは?

2023年11月27日 | 天王星・海王星の観測
太陽系で最も遠くを公転する惑星“海王星”の表面には、周囲と比べてより深い青色をした“暗斑(Dark Spot)”が現れることが知られています。

でも、暗斑が何なのかは、これまでほとんど分かっていませんでした。

今回の研究では、ヨーロッパ南天天文台(ESO)が南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設した超大型望遠鏡“VLT”(※1)に搭載された3次元分光装置“MUSE”を用いて、海王星の暗斑の詳細な観測を実施。
※1.超大型望遠鏡“VLT(Very Large Telescope)”は、口径8.2メートルの4基の光赤外線望遠鏡の総称。それぞれ1基ずつ独立に観測でき、ガンマ線バーストをはじめ様々な観測を行っている。4基の望遠鏡を光ファイバーで結合して光干渉計としても活用されている。日本の“すばる望遠鏡”と共に世界最大の光赤外線望遠鏡の1つ。“すばる望遠鏡”と違い、南半球からでしか見えない宇宙を観測している。
すると、地上の望遠鏡で初めて暗斑の撮影に成功するんですねー
さらに、その反射スペクトルの観測にも世界で初めて成功しています。

この観測成果により、暗斑の正体に迫るだけでなく、その近くに存在する“輝斑(Bright Spot)”の発見という予想外の成果もあったようです。
この研究は、オックスフォード大学のPatrick G. J. Irwinさんたちの研究チームが進めています。
図1.超大型望遠鏡“VLT”に設置された3次元分光装置“MUSE”によって各波長で取得された海王星の画像。暗斑と輝斑はほぼ同じ位置にあることが分かる。(Credit: ESO, P. Irwin et al. / 文字と矢印は彩恵りり氏による加筆)
図1.超大型望遠鏡“VLT”に設置された3次元分光装置“MUSE”によって各波長で取得された海王星の画像。暗斑と輝斑はほぼ同じ位置にあることが分かる。(Credit: ESO, P. Irwin et al. / 文字と矢印は彩恵りり氏による加筆)

謎めいた暗い色の斑点“暗斑”

1989年、NASAの惑星探査機“ボイジャー2号”が史上初の海王星への接近探査を行いました。

この時に撮影された多数の画像データには、海王星の赤道付近にあった大きな暗い色の斑点がはっきりと写っていて、“大暗斑(Great Dark Spot:1989年に観測されたことからGDS-89とも言う)”と名付けられました。
図2.1989年8月にボイジャー2号によって撮影された海王星のナチュラルカラー画像。赤道付近(画像左側)に大暗斑が、南半球(画像右下側)に暗斑2が写っている。(Credit: NASA, JPL)
図2.1989年8月にボイジャー2号によって撮影された海王星のナチュラルカラー画像。赤道付近(画像左側)に大暗斑が、南半球(画像右下側)に暗斑2が写っている。(Credit: NASA, JPL)
主にガスでできた惑星の表面に見られる特徴的な大気活動の例としては、木星の“大赤斑”が有名ですが、海王星の大暗斑は大赤斑とは異なる大気現象だと見られています。

木星の大赤斑と比較して、大暗斑にはほとんど雲が見られません。

また、大暗斑は寿命も短く、“ボイジャー2号”の接近から5年後の1994年に“ハッブル宇宙望遠鏡”が海王星を撮影したときには、すでに消滅していました。

その一方で、大暗斑ほど大きくはない小ぶりな暗斑は“ボイジャー2号”の撮影以来何個も見つかっていて、出現と消滅を繰り返しています。

たとえば、“ボイジャー2号”の画像データに写っていた南半球の小さな暗斑は“暗斑2(Dark Spot 2)”と名付けられましたが、こちらもハッブル宇宙望遠鏡による1994年の撮影時には消滅していました。

このことから、海王星の暗斑は数年で誕生と消滅を繰り返す大気現象だと推定されてきました。

でも、これまでのところ、暗斑に関するこれ以上の理解は進んでいないんですねー

その主な理由は、寿命の短い大気現象であることに加え、海王星という最果ての惑星を地球から観測すること自体が困難なこと、暗斑の様子を知ることができる観測データが不足していたことでした。

このため、海王星の暗斑は木星の大赤斑と同じように低気圧の嵐なのか、それとも雲が晴れて大気の下層部が見えている高気圧なのか、といった正反対な仮説のどちらが正しいのかさえも分かっていませんでした。

史上初めて暗斑の地上観測に成功

ガス惑星と呼ばれる木星や土星、天王星と同様に、水素とヘリウムを主成分とする大気を持っている海王星。
惑星の分類としては木星、土星、天王星と共にガス惑星(木星型惑星)に含まれ、その中でも氷惑星(天王星型惑星)に分類されています。

今回の研究では、2019年に超大型望遠鏡“VLT”に設置された3次元分光装置“MUSE”を用いて、海王星の暗斑“NDS-2018”の撮影を行っています。

“NDS-2018”は、ハッブル宇宙望遠鏡によって2018年に発見された暗斑の1つ。
海王星の暗斑は、高度約540キロを周回するハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたことはあるのですが、これまで地上の望遠鏡で撮影されたことはありませんでした。
図3.超大型望遠鏡“VLT”に設置された3次元分光装置“MUSE”によって2019年に取得された海王星の画像。右上にある薄暗い斑点が暗斑“NDS-2018”になる。今回の観測で、地上の望遠鏡としては初めて撮影した暗斑となった。(Credit: ESO, P. Irwin et al.)
図3.超大型望遠鏡“VLT”に設置された3次元分光装置“MUSE”によって2019年に取得された海王星の画像。右上にある薄暗い斑点が暗斑“NDS-2018”になる。今回の観測で、地上の望遠鏡としては初めて撮影した暗斑となった。(Credit: ESO, P. Irwin et al.)
観測の結果、VLTは地上の望遠鏡としては、世界で初めて海王星の暗斑の撮影に成功。
それだけでなく、波長別の詳細な観測データからは、“NDS-2018”の反射スペクトルを得ることにも成功しました。

反射光の波長ごとの強さを示す反射スペクトルは、暗斑に存在する物質の組成や状態を知るための手掛かりとなるデータです。

観測データを分析してみると、少なくとも雲がなくなる高気圧によって暗斑が生じる可能性は除外されました。

最も可能性が高い説は、海王星の表面(※2)よりも下側で生じた硫化水素の“雲”が原因だとするもの。
※2.海王星のように明確な固体の表面がない惑星では、大気圧が1気圧になる場所を表面としている。
この説では、約5気圧の深さで生じた硫化水素の雲が光(※3)を吸収することで暗く見えていると考えています。
※3.700nm未満の可視光線。これは赤外線に極めて近い赤色を除いた、可視光線の大部分になる。
そして、今回の観測では、予想外なことに硫化水素の雲と同じくらいの大気の深さで、暗斑とは全く異なる“輝斑”を発見。
“DBS-2019”と名付けられたこの輝斑が存在していたのは、暗斑であるNDS-2018のすぐ隣でした。

メタンの固体で構成されていると見られる明るい雲のような構造は、過去の観測でも見つかっていたものの、これほど大気の深い位置で輝斑のような特徴が見つかったのは初めてのことでした。

輝斑(DBS-2019)が暗斑(NDS-2018)のすぐ隣で見つかったことに加え、その深さも一致している…
この事実から考えられるのは、輝斑と暗斑が関連した大気現象であり、大気循環の中で暗斑が維持されるために輝斑が関わっている可能性でした。

観測機器の技術進歩によるコストや時間をかけない手法

今回の観測結果により、海王星の暗斑にまつわる謎をすべて解決したわけではありません。
でも、大きな進歩となったことは間違いないんですねー

特に、暗斑と同じくらいの深さにある輝斑の発見は、暗斑の出現と消滅に関する謎を解明する大きな手掛かりになるはずです。

海王星は、太陽から45億キロの距離にあり、これは太陽から地球間の距離の約30倍に相当します。
このような遠くの惑星の大気活動を詳細に調べるには、当初はボイジャー2号のように惑星探査機を送り込むしかないと考えられていました。

ただ、そのためにはコストも時間もかかるという問題があるんですねー

でも、ボイジャー2号による海王星接近観測の数年後には宇宙望遠鏡で、そして今回は地上の望遠鏡で詳細な観測が行えました。
このことは、コストや時間をそれほどかけない手法でも惑星科学上の謎を解明できることを示す好例になりそうです。

2021年12月25日に打ち上げられたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、赤外線望遠鏡として優れているだけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしています。

遠方の深宇宙だけでなく、太陽系内の天体… 海王星の観測にも威力を発揮してくれるのかが気になりますね。


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