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褐色矮星“TOI-2490 b”は恒星と同様のメカニズムで形成されたのかも… 巨大ガス惑星と恒星の中間に位置する天体の形成過程に迫る

2024年08月30日 | 褐色矮星
今回の研究では、“TOI-2490 b”と名付けられた新しい褐色矮星を発見しています。
この褐色矮星の質量は木星の73.6倍ほど、太陽に似た恒星の周りを非常に偏心した軌道を描いて回っています。

褐色矮星は巨大ガス惑星と恒星の中間に位置する天体で、その質量は木星の13倍から80倍の間になります。

今回の発見のきっかけとなったのは、約872.5光年離れたG型主系列性“TOI-2490”の光度曲線に、トランジット惑星探査衛星“TESS”が検出したトランジットの兆候でした。
その後の測光観測と視線速度の測定により、この信号が褐色矮星によるものだと確認されています。

この発見は非常に重要なものと言えます。
それは、褐色矮星が恒星と惑星の中間の質量(木星の13倍から80倍の間)を持つ天体で、その形成過程は完全には解明されていないからです。

“TOI-2490 b”は木星ほどの大きさでありながら質量は約73.6倍もあり、密度は91.6g/cm3にもなります。
この褐色矮星は、主星から約0.31天文単位の距離を60.33日周期で公転していて、その軌道離心率は約0.78と非常に偏っていることが明らかになりました。

この偏った軌道が示唆しているのは、“TOI-2490 b”が恒星と同様のメカニズムで形成されたことです。
このことは、“TOI-2490 b”の質量が木星の約73.6倍と大きく、褐色矮星の質量上限に近いことからも裏付けられています。

主系列星の周囲約3au(1天文単位auは太陽~地球間の平均距離)以内には、褐色矮星が非常に少ない“褐色矮星砂漠”と呼ばれる領域があります。
この領域において“TOI-2490 b”は、最も軌道離心率の高い褐色矮星になるようです。
この研究はイギリス/レスター大学のBeth A. Hendersonを中心とする天文学者の国際チームが進めています。
本研究の成果は、プレプリントサーバーarXivに“TOI-2490b- The most eccentric brown dwarf transiting in the brown dwarf desert”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2408.04475
図1.トランジット惑星探査衛星“TESS”による“TOI-2490”の位相折り返し光度曲線。30分(1800秒)のセクター5(赤)と20秒のケイデンス32(青)のデータの相対フラックスを示し、トランジットにズームインしている。(Credit: Henderson et al., 2024.)
図1.トランジット惑星探査衛星“TESS”による“TOI-2490”の位相折り返し光度曲線。30分(1800秒)のセクター5(赤)と20秒のケイデンス32(青)のデータの相対フラックスを示し、トランジットにズームインしている。(Credit: Henderson et al., 2024.)


巨大ガス惑星と恒星の間に位置する天体

褐色矮星は、その質量が巨大ガス惑星と恒星の間に位置する天体で、宇宙における天体の多様性と進化を探る上で重要な研究対象と言えます。

そのような質量の天体では、(恒星と異なり)中心部で水素の核融合反応を持続させることができず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こりますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
そのため、褐色矮星は恒星のように自ら明るく輝くことは無く、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

褐色矮星は、年齢を積み重ねるにつれて、その表面温度が低下し、それに伴いスペクトル型が変化していきます。
若い褐色矮星は高温のためM型星と似たスペクトルを示しますが、冷却するにつれてL型、T型、そして最も低温のY型へと変化することになります。

一方、質量以外では、重いガス惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられています。
褐色矮星は高温のタイプでも表面温度は2000度未満で、なかには100℃を下回って水の雲を持つ例すらあります。
この点で、褐色矮星は巨大ガス惑星の非常に重いタイプとみなすことができます。


恒星と同様にガス雲の収縮によって褐色矮星は形成される

褐色矮星砂漠とは、主系列星の周囲約3au以内に褐色矮星が非常に少ないという観測事実からきた言葉です。
この現象は、褐色矮星の形成過程や、主星との相互作用を理解する上で重要な謎となっています。

褐色矮星砂漠が存在する理由は、完全に解明されていません。
でも、惑星と恒星の形成メカニズムの違いによって説明されると考えられています。

巨大惑星は、原始惑星系円盤の中で微惑星と呼ばれる小さな天体が衝突・合体することで形成されると考えられています。
一方で恒星は、ガス雲が重力によって収縮し、中心部で核融合反応が始まることで誕生します。

褐色矮星砂漠の存在は、褐色矮星が巨大惑星のようにコア集積によって形成されるのではなく、恒星と同様にガス雲の収縮によって形成される可能性を示唆していると考えられています。


トランジット現象を起こす褐色矮星

トランジット現象を起こす褐色矮星として、NASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”によって発見されたのが“TOI-2490 b”です。
地球から約872.5光年彼方に位置する太陽に似たG型の主系列星“TOI-2490”を公転しています。

“TESS”は、地球から見て系外惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探ります。
この手法により惑星を発見し、その性質を明らかにしていく訳です。
繰り返し起きるトランジット現象を観測することで、その周期から系外惑星の公転周期を知ることができます。

また、トランジット時には、主星の明るさが時間の経過に合わせて変化していくことになります。
その明るさの変化を示した曲線“光度曲線”をもとに、系外惑星の直径や大気の有無といった情報を得ることができます。

“TOI-2490 b”の公転周期は60.33日で、主星である“TOI-2490”から約0.31auの距離を公転。
木星とほぼ同じ大きさですが、質量は木星の約73.6倍もあり、その密度は91.6g/cm3にもなります。

推定される平衡温度は464.2K。
“平衡温度”は大気の存在を考慮せず、主星から受け取るエネルギーと惑星から放射されるエネルギーだけを考慮した温度。
例えば、地球の平衡温度は約-18℃になりますが、温室効果によって平均温度は約14度に保たれています。

“TOI-2490 b”の存在は、“TESS”の観測データにおけるトランジット信号と、その後の地上望遠鏡による追跡観測によって確認されました。
この発見は、褐色矮星砂漠の謎を解明する上で重要な手掛かりとなると期待されています。

“TOI-2490 b”のような主系列星の極めて近くを公転する褐色矮星を詳細に観測することで、その形成過程や進化の歴史、そして主星との相互作用について、より深い理解が得られると期待されています。


高い離心率を持つ軌道が示唆する惑星形成のシナリオ

“TOI-2490 b”の最も注目すべき特徴は、その軌道の離心率が高いこと、つまり極端な楕円形の軌道でした。

離心率とは、公転軌道が真円からどの程度離れているのかを示す値。
真円は0、楕円は0よりも大きくて1よりも小さく、放物線は1、双曲線は1よりも大きくなります。

“TOI-2490 b”の離心率は0.78と非常に大きく、これまで知られている褐色矮星砂漠に位置する褐色矮星の中で最も高い値を示していました。

主星に非常に接近した後、離れた場所場まで移動し、再び戻ってくるという動きを繰り返す軌道は、“TOI-2490 b”がどのように形成され、進化してきたのかという疑問を投げかけています。

一般的に、天体の軌道は時間の経過とともに、主星の重力や他の(惑星などの)天体からの重力相互作用によって、潮汐力を受け円軌道に近づいていきます。
でも、“TOI-2490 b”の場合は潮汐力の影響を考慮しても、その軌道が現在のような高い離心率を持つまでに必要な時間は、宇宙の年齢よりはるかに長くなってしまいます。

そこで考えられるのは、“TOI-2490 b”が巨大惑星のようにコア集積によって形成されたのではなく、主星の“TOI-2490”と同様にガス雲の収縮と分裂によって形成された可能性が高いことです。

巨大惑星は、原始惑星系円盤の中でチリやガスが集積し、コアと呼ばれる中心核が形成されることで誕生することになります。
このコアは、周囲のガスやチリを重力で引き寄せながら成長し、最終的に巨大惑星へと進化します。

でも、コア集積によって形成された惑星は、一般的に円軌道に近い軌道を持つはずです。
これは、原始惑星系円盤の中で形成された惑星は、円盤の回転と同期するように公転するためです。

このため、“TOI-2490 b”のような高い離心率を持つ褐色矮星がコア集積によって形成されたとすると、形成後に何らかのメカニズムによって軌道が大きく変化したと考えるのが妥当です。
でも、このようなメカニズムは、現在のところ知られていません。

一方、巨大ガス雲が重力によって収縮し、中心部で核融合反応が始まると原始星(恒星の赤ちゃん)が誕生します。
この時、ガス雲が回転している場合、角運動量保存則によって収縮するにつれて回転速度が速くなっていきます。
回転速度が速くなると、ガス雲は円盤状に広がっていき原始惑星系円盤を形成し、この円盤の中で物質が集積し惑星が形成される訳です。

このことから、“TOI-2490 b”は主星の“TOI-2490”と同様にガス雲の収縮と分裂によって形成され、高い離心率を持つ軌道になった可能性があります。


褐色矮星と主星に見られる年齢差

“TOI-2490 b”の年齢は、褐色矮星の質量と半径、そして進化モデルに基づいて推定されます。
進化モデルは、褐色矮星が時間とともに冷却し、その半径が収縮していく様子を計算したもの。
“TOI-2490 b”の場合、その質量と半径から年齢は約10億年と推定されています。

一方、主星の“TOI-2490”の年齢の推定は、恒星の進化モデルに基づきます。
この進化モデルは、恒星が時間とともにその内部構造や光度、表面温度を変化させていく様子を計算。
“TOI-2490”の場合、その光度と表面温度から年齢は約79億年と推定されました。

“TOI-2490 b”の年齢が主星よりも若いという結果は、この褐色矮星が主星とは異なる時期に形成されたことを意味します。
これでは、“TOI-2490 b”が主星の“TOI-2490”と同様に、ガス雲の収縮と分裂によって形成されたことになりません。

そこで考えられるのは、“TOI-2490 b”の半径が何らかのメカニズムによって膨張したことで、この年齢差が生まれた可能性です。


極端な軌道がもたらす大気の温度変化

“TOI-2490 b”は、楕円形の軌道上を移動する際に主星からの距離が大きく変化するので、照射されるエネルギー量も大きく変動することになります。
その結果、“TOI-2490 b”の大気温度は、約1000K(545K~1552K)の幅で変化すると推定されています。

主星から近い距離を公転する褐色矮星は、主星からの強い放射によって加熱されます。
この加熱は、褐色矮星の大気を構成する分子や原子の運動を活発化させ、大気温度を上昇させます。

ただ、“TOI-2490 b”のの軌道は非常に偏心しているので、主星からの距離が大きく変化することになります。
主星に最も近い時(近日点)と最も遠い時(遠日点)では、“TOI-2490 b”が受ける放射量は大きく異なり、それに伴い大気温度も大きく変化します。

“TOI-2490 b”の大気温度は、大気モデリングによって詳細に調べられています。
大気モデリングでは、褐色矮星の大気を構成する分子や原子の組成、温度、圧力などを考慮し、大気中のエネルギー輸送や化学反応を計算することで、大気の構造やスペクトルを予測することができます。

“TOI-2490 b”の大気モデリングで示されたのは、この褐色矮星の大気温度が近日点付近で最も高く、遠日点付近で最も低くなること。
また、大気温度の変化は大気の上層部ほど大きく、下層部ほど小さくなることも示されました。


次世代望遠鏡などを用いた今後の観測

“TOI-2490 b”の発見は、褐色矮星の形成と進化、そして褐色矮星砂漠の謎を解明する上で重要な一歩となるはずです。
今後の観測により、“TOI-2490 b”の大気組成や温度構造を詳細に調べることで、その形成過程や進化の歴史、主星との相互作用について、より深い理解が得られると期待されます。

2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測に特化した望遠鏡です。
その高い感度と空間分解能により、“TOI-2490 b”のような褐色矮星の詳細な観測を可能にします。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“TOI-2490 b”の観測では、大気中の水蒸気やメタン、アンモニアなどの分子の存在量を測定することで、大気の温度構造や化学組成を調べることができるはずです。

さらに、建設中の欧州超大型望遠鏡“E-ELT(European Extremely Large Telescope)”は、これまでの望遠鏡では観測が困難だった遠方の天体の詳細な観測を可能とします。
その圧倒的な集光力と空間分解能により、“TOI-2490 b”のような褐色矮星の詳細な観測を実現してくれるはずです。
その観測では、大気中の風速や雲の分布などを調べることで、大気力学や気象現象を理解することができると期待されています。

“TOI-2490 b”は、非常に高い離心率を持ち、褐色矮星砂漠に位置する特異な褐色矮星です。
次世代望遠鏡などを用いた今後の観測により、その形成過程や進化の歴史、主星の相互作用について、新たな知見が得られるはずです。
巨大ガス惑星と恒星の中間に位置する天体“褐色矮星”について謎の解明が期待されますね。


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ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が明かす褐色矮星の嵐と複雑な大気構造

2024年07月18日 | 褐色矮星
褐色矮星は、木星のような巨大ガス惑星と太陽のような恒星との中間的な性質を持つ天体で、その性質が注目されてきました。

“WISE 1049AB”は地球から最も近い褐色矮星の連星系で、その近さと明るさから、褐色矮星の詳細な研究に最適な天体として知らています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光装置“NIRSpec”と中間赤外線観測装置“MIRI”を用いて“WISE 1049AB”を観測。
“WISE 1049AB”の大気組成、時間変動、およびそれらの波長依存性を詳細に調査しています。

本研究により、褐色矮星の大気機構や天候に関する理解は飛躍的に進歩しました。
今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による更なる観測や、より高度な大気モデルを用いた解析により、褐色矮星の気象条件と大気機構の理解が飛躍的に進むことが期待されています。
この研究は、エディンバラ大学のBeth A Biller教授を中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に掲載されました。
図1.地球に最も近い褐色矮星“WISE 1049AB”のイメージ図(メイン写真)。(Credit: ESO-I. Crossfield-N. Risinger)褐色矮星の荒天のイメージ図(挿入図)(Credit: NASA. Secondary Creator Credit: NASA—JPL-Caltech—University of Western Ontario—Stony Brook University—Tim Pyle)
図1.地球に最も近い褐色矮星“WISE 1049AB”のイメージ図(メイン写真)。(Credit: ESO-I. Crossfield-N. Risinger)褐色矮星の荒天のイメージ図(挿入図)(Credit: NASA. Secondary Creator Credit: NASA—JPL-Caltech—University of Western Ontario—Stony Brook University—Tim Pyle)


巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体

褐色矮星は、巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体で、その重さは木星の13倍から80倍あります。

そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こりますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられています。
褐色矮星は高温のタイプでも表面温度は2000度未満で、なかには100℃を下回って水の雲を持つ例すらあります。
この点で、褐色矮星は巨大ガス惑星の非常に重いタイプとみなすことができます。

“褐色矮星”は、恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の興味深い星です。
木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されるので、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在と言えます。

褐色矮星には、宇宙空間を単独で漂う“孤立型”と、恒星を周回する“伴星型”の2種類が存在しています。
また、“褐色矮星”の一部は、強力な磁場を持つことが知られていますが、その正確な起源は分かっていません。


褐色矮星の大気中に存在する分子の検出

これまでの地上望遠鏡では、地球の大気に吸収されてしまうので赤外線波長域での観測が困難でした。

そこに登場したのが、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用の“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”です。
2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、赤外線観測に特化した高性能な望遠鏡で、宇宙空間から地球大気の干渉を受けずに観測を行うことができました。

約6光年という宇宙スケールでは非常に近い距離に位置する褐色矮星の連星系“WESE 1049AB”を、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高い感度と高分解能によって、大気中に存在する水(H2O)、メタン(CH4)、一酸化炭素(CO)などの分子を明確に検出することに成功。
これらの分子は、褐色矮星の大気の温度、圧力、化学組成などを理解する上で重要な指標となります。

さらに、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データから明らかになったのは、“WISE 1049AB”の大気が時間とともに大きく変化すること。
これは、これまでの褐色矮星の観測ではとらえることができなかった、大気中の雲の動きや嵐の発生を示唆していました。


多層構造を持つ褐色矮星の大気

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データの詳細な解析から、“WISE 1049AB”の大気には複数の層が存在し、それぞれの層で異なる物理状態を持つことが明らかになりました。
これは、褐色矮星の大気がこれまで考えられていたよりも、複雑な構造を持つことを示唆しています。

それぞれで以下のようなことが明らかになっています。

WISE 1049A
  1. 水蒸気の吸収線が顕著に見られることから、大気中には水蒸気が豊富に存在することを示唆している。
  2. 8.5μm以上の波長域ではスペクトルが平坦になる傾向があり、これは小さなケイ酸塩粒子でできた雲の存在を示唆している。
  3. 時間変動は、WISE 1049Bと比較して小さく、比較的安定した大気状態を持つことが考えられる。

WISE 1049B
  1. WISE 1048Aと比較して、水蒸気の吸収線が弱く、メタンの吸収線が強くみられることから、WISE 1049Aよりも低温であることが示唆される。
  2. 8.5μm以上の波長域ではスペクトルが急激に減少していて、これはWISE 1049Aとは異なる大気構造を持つことを示唆している。
  3. WISE 1049Aと比較して、時間変動が大きく、活発な大気活動を持つことが考えられる。
  4. 特に、2.3μm以下と8.5μm以上の波長域では二重ピーク型の変動が見られ、4.2μmから8.5μmの波長域では単一ピーク型の変動が見られる。

これらのことから、“WISE 1049AB”の大気に見られる時間変動は、大気中に存在する雲の不均一な分布や、大気循環による雲の放射フィードバック、非平衡化学反応によって生じるホットスポットなどが原因として考えられます。

また、褐色矮星の大気中では、ケイ酸塩などの物質が凝縮して雲が形成されます。
この雲の分布が不均一な場合、褐色矮星の明るさや色が時間とともに変化すると考えられます。

褐色矮星の大気中では、地球の大気と同様に、対流や風などの大規模な循環が発生しています。
この大気循環によって雲の分布が変化し、それがさらに大気循環に影響を与えるというフィードバック機構が働くことが考えられます。

褐色矮星の大気中では、恒星のように一様に加熱されている訳ではなく、場所によって温度が異なる場合があります。
このような温度差によって、特定の化学反応が促進され、周囲よりも高温になるホットスポットが形成されることがあるようです。

“褐色矮星”は、恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の興味深い星です。
木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されるので、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在になります。

本研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡により、褐色矮星の大気機構や天候に関する理解が飛躍的に進歩しました。
今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いたさらなる観測や、より詳細な理論モデルの構築によって、褐色矮星の大気の謎が、さらに解明されていくことが期待されています。

特に、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は“WISE 1049AB”のような比較的地球に近い褐色矮星だけでなく、より遠くにある褐色矮星や、褐色矮星よりもさらに質量の小さい天体“自由浮遊惑星”の大気の観測も可能にしてくれるはずです。

これらの観測を通して、惑星と恒星の形成過程や、惑星系における多様性に関する理解が深まることが期待されます。


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強力な磁場を持つ褐色矮星は珍しい存在なのか? 木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は同じ性質を持っているのかもしれない

2023年09月17日 | 褐色矮星
恒星と巨大ガス惑星の中間的な天体“褐色矮星”の一部は、強力な磁場を持つことが知られていますが、その正確な起源は分かっていません。

今回、シドニー大学のKovi Roseさんの研究チームは、表面温度426℃の褐色矮星“WISE J062309.94-045624.6”が強力な磁場を持つことを電波観測によって明らかにしています。

これは電波で観測された中でもっとも低温の褐色矮星でした。
検出された電波は、磁場に由来するオーロラが発生源ではないかと考えられています。
図1.強力な磁場とオーロラを持つ褐色矮星のイメージ図。(Credit: NRAO/AUI/NSF)
図1.強力な磁場とオーロラを持つ褐色矮星のイメージ図。(Credit: NRAO/AUI/NSF)

強力な磁場を持つ褐色矮星

太陽を含む“恒星”には強力な磁場が存在しています。

恒星の磁場は、星の内部で発生する複数の小さな磁場の渦が、まるで糸巻きのように1つの磁場に巻き上げられることによって発生すると考えられています。

ただ、このような磁場が発生する理由は複雑なんですねー
主な理由の1つは、恒星の内部が複数の層に分かれていることにあると考えられています。

その一方で、“褐色矮星”(※1)の内部は恒星とは異なり層に分かれていないので、磁場を巻き上げる作用が起こる条件を満たしていません。
なので、強力な磁場は発生しないと考えられています。
※1.“褐色矮星”は恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の天体。褐色矮星の定義は複数存在するが、一般には木星のおよそ13倍~80倍の質量を持つ天体を褐色矮星とみなされている。そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素の核融合が起こる。一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられている。
でも、観測から分かっているのは、実際に褐色矮星の10%未満がかなり強力な磁場を持っていること…(※2)
※2.“褐色矮星の10%未満”という値は、正確には褐色矮星の中でも温度が比較的高い“超低温矮星(UCD;Ultra cool dwarf)”に対する値。超低温矮星よりもさらに低温の褐色矮星も存在するので、“褐色矮星の”と表記するのは厳密には正しくないが、超低温矮星はあまり使用されない用語なので、このような表現としている。
それでは、なぜ一部の褐色矮星だけが、このような強力な磁場を持っているのでしょうか?

このことは長年の謎になっていました。

磁場に由来する電波の放出を観測

天体の磁場を直接測定することはできませんが、磁場に由来する電波の放出を観測することは可能です。

電波の周波数や強度の変化には、磁場の性質や状態変化が含まれているので、電波観測を行うことで磁場の起源を間接的に推定することができます。

でも、褐色矮星から放射される電波は非常に弱いので、電波で観測できていない褐色矮星も多数存在しているんですねー
このことが、褐色矮星における磁場の研究の妨げになってきました。

今回の研究では、一部の褐色矮星だけが強力な磁場を持つ謎を解くため、電波望遠鏡で得られた観測データを分析。
用いられたのは、オランダ電波天文学研究所(ASTRON)の電波望遠鏡“LOFAR”と、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の電波望遠鏡“ASKAP”でした。
図2.“WISE J062309.94-045624.6”は、電波で観測された最も低温の褐色矮星になった(中央の赤い点)。(Credit: Kovi Rose, et.al.)
図2.“WISE J062309.94-045624.6”は、電波で観測された最も低温の褐色矮星になった(中央の赤い点)。(Credit: Kovi Rose, et.al.)
対象になった褐色矮星は、約37光年彼方に位置する“WISE J062309.94-045624.6”。
“WISE J062309.94-045624.6”の推定表面温度は426℃で、質量は褐色矮星の下限に近い木星の約13.2倍でした。

分析の結果、研究チームは“WISE J062309.94-045624.6”に由来する電波を見つけ出すことに成功。
最低でも350ガウス以上の磁場(磁束密度)が存在することが分かりました。

この数値から単純に計算すると、“WISE J062309.94-045624.6”は地球の約90万倍、木星の約40倍も強力な“磁石”ということになります。

なお、“WISE J062309.94-045624.6”は電波観測に成功した最も低温の褐色矮星でもあります。

巨大ガス惑星に見られるオーロラ由来の電波

今回の研究では“WISE J062309.94-045624.6”が、どのようにして強力な電波を生み出しているのかは十分に判明しませんでした。

でも、電波観測のデータは、“WISE J062309.94-045624.6”の電波の特徴が、巨大ガス惑星に見られるオーロラ由来の電波に似ていることを示していたんですねー
このようなオーロラは、天体の磁場の自転速度と大気上層部の循環速度が異なる場合に発生します。

今回の観測で判明した“WISE J062309.94-045624.6”の自転周期は、褐色矮星の平均値(5時間)よりもかなり短い約1.9時間なので、検出された電波の源がオーロラにある可能性は十分にあります。

また、オーロラ由来の電波は放出される範囲が狭く、地球に届くタイミングは限られていると予想されます。

強力な磁場を持つように見える褐色矮星は全体の10%未満ですが、実際にそれしか強力な磁場を持っていないのではなく、大半は地球に届く方向へオーロラ由来の電波が放出されておらず、単純に見逃されているだけの可能性もあります。

そうだとすれば、強力な磁場を持つ褐色矮星は珍しくないのかもしれません。

強力な磁場を持つ褐色矮星は珍しい存在なのでしょうか? それとも一般的な存在なのでしょうか?

このことを知ることは褐色矮星の研究において重要なことになります。

今回の研究に使われた電波望遠鏡の1つ“ASKAP”は、褐色矮星に由来する電波の観測に適していると考えられています。
このため、“ASKAP”で追加の観測を行えば、強力な磁場を持つ褐色矮星がさらに見つかるかもしれません。

また、“ASKAP”は非常に感度が高く、非常に低温な褐色矮星である“Y型褐色矮星”からの電波を検出できる可能性があります。

“ASKAP”での観測が継続できれば、“WISE J062309.94-045624.6”よりも低温で電波放射の弱い、“ほとんど惑星”と言えるY型褐色矮星の磁場を発見する可能性は多いあります。

褐色矮星は、惑星と呼ぶには大きすぎて、恒星と呼ぶには小さすぎる、中間的な性質を持つと考えられています。

さらに、木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されていて、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在になります。

まだまだ謎が多い天体で、ちょうど惑星と恒星の中間にあるミッシングリンクとも言えます。
これから多くの褐色矮星の観測が期待されますね。


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太陽よりも高温な恒星を公転する巨大ガス惑星を理解するにはどうすればいいのか? 比較対象になる表面温度が8000℃の褐色矮星“WD0032-317B”を発見

2023年08月22日 | 褐色矮星
極端な高温に晒された巨大ガス惑星では、大気を構成する分子が分解して、非常にエキゾチックな化学成分を示すと考えられています。

でも、このような条件が揃っている惑星が発見されたのは、これまでに1例だけだったんですねー

そこで、今回研究の対象になったのは、巨大ガス惑星ではないものの、それに非常に近い性質を持ち、約8000℃もの高温に晒された褐色矮星“WD0032-317B”でした。

8000℃と言えば太陽の表面よりも高い温度。
“WD0032-317B”の存在は、高温の惑星環境を研究する上で、良い観測対象になる可能性があるようです。
この研究は、ワイツマン科学研究所のNa'ama Hallakounさんたちの研究チームが進めています。
図1.白色矮星を公転する褐色矮星のイメージ図。白色矮星は褐色矮星よりもはるかに重いが直径は小さな天体なので、その周りをさらに大きな天体が公転しているように見える。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)
図1.白色矮星を公転する褐色矮星のイメージ図。白色矮星は褐色矮星よりもはるかに重いが直径は小さな天体なので、その周りをさらに大きな天体が公転しているように見える。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)

灼熱の木星型惑星“ホットジュピタ-”

1995年に発見された“ペガスス座51番星b”を皮切りに、極端に恒星に近い軌道を公転する巨大ガス惑星“ホットジュピタ-”が数多く発見されています。

太陽系の巨大ガス惑星である木星や土星とは違い、ホットジュピタ-は恒星からの強い放射に焙られ続けるので、蒸発した大気が流出している様子も観測されています。

また、極端な高温に晒されていることから、低温の惑星では見られない化学成分が次々に見つかっていて、興味深い対象として日夜観測と研究が行われています。

2017年に発見された“KELT-9b”は、その極端な事例の1つとして知られています。

公転軌道が恒星“KELT-9”に極めて近い上に、“KELT-9”自体が太陽よりも高温なタイプの恒星(表面温度は約9300℃)なので、“KELT-9b”の昼側の気温は約4300℃に達しています。
主星“KELT-9”からの潮汐力の影響で自転周期と公転周期が一致し、“KELT-9b”が常に主星に対して同じ面を向け続けている状態。この現象を潮汐ロック(潮汐固定)と呼ぶ。主星の近くを公転している場合など、受ける潮汐力が大きい場合に比較的よくみられる現象。月が地球に同じ面を向けているのも同じ現象。
“KELT-9b”の昼側の温度は、低温なタイプの恒星表面よりも高い温度で、これまでに知られている中では最も高温の惑星でした。

極端な高温とそれによる激しい大気循環、恒星から降り注ぐ強力な紫外線によって、“KELT-9b”は水、メタン、水素といった化学的に安定な分子ですら原子単位に分解され、通常は重すぎて大気中に現れることのないテルビウムなどの金属元素が存在しています。

そう、“KELT-9b”はホットジュピタ-が蒸発する詳しいい過程、極度の高温によって生じるエキゾチックな大気の様子、巨大ガス惑星の内部の組成を間接的に知る手段として、非常に貴重な存在と言えるんですねー

ただ、安定な分子が分解するほどの極端な環境にある惑星は、今のところ“KELT-9b”の1例しか知られていません。

これは、太陽よりも重い“KELT-9”のような恒星での惑星発見の事例がほとんどない上に、詳細な大気成分を探るための観測が難しいという技術的な困難さがあるためです。

比較できる対象の不在は、超高温の惑星の大気を研究する上で一つの障壁になっていました。

恒星になれなかった天体“褐色矮星”

今回、研究の対象になった“WD0032-317B”は惑星ではないものの、よく似た性質を持つ“褐色矮星”と呼ばれるタイプの天体です。
図2.褐色矮星とその他の天体の比較。褐色矮星は巨大ガス惑星と軽い恒星(赤色矮星)の間の性質を持つ。(Credit: MPIA / V. Joergens / WikiMedia Commons)
図2.褐色矮星とその他の天体の比較。褐色矮星は巨大ガス惑星と軽い恒星(赤色矮星)の間の性質を持つ。(Credit: MPIA / V. Joergens / WikiMedia Commons)
褐色矮星は、巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体で、その重さは木星の13倍から80倍あります。

褐色矮星の中心部では、重水素やリチウムの核融合反応が起こっていますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

褐色矮星は高温のタイプでも表面温度は2000度未満で、なかには100℃を下回って水の雲を持つ例すらあります。
この点で、褐色矮星は巨大ガス惑星の非常に重いタイプとみなすことができます。

今回、研究対象になった褐色矮星“WD0032-317B”は、地球から約1410光年彼方に位置する白色矮星“WD00320317”をわずか2.3時間周期で公転しています。

“WE0032-317”は恒星ではなく白色矮星ですが、その表面温度は約3万7000度と推定されています。
白色矮星は、超新星爆発を起こせない太陽のような軽い恒星が赤色巨星の段階を経て進化した天体。外層からガスや塵を放出し硬い芯(コア、中心核)だけが残されたコンパクトな星で、中心部の核融合は停止している。太陽程度の質量が、地球程度の大きさに閉じ込められているので、白色矮星は強大な重力で圧縮されている。
白色矮星と褐色矮星の組み合わせは、これまでに12例しか見つかっておらず、その中でも“WD0032-317”はかなりの高温になります。

このため、“WD0032-317B”はかなりの高温と強烈な紫外線に晒されていると推定されますが、正確な環境は分かっていませんでした。

そこで、研究チームは過去の観測結果に基ずく複数のモデルを構築し、“WD0032-317B”の環境を推定しています。

最も難しかったのは、白色矮星の放射の特性を決める中心核の組成でした。
今回の研究では、“ヘリウム核(ヘリウムを主体とした中心核)”と“ハイブリッド核(炭素など様々な元素が混合した中心核)”という2つの仮定を元に計算行っています。

その結果、推定された“WD0032-317B”の昼側の気温は、ヘリウム核モデルでは7600℃、ハイブリッド核モデルでは8500℃。
この温度は、“KELT-9b”を上回り、恒星である太陽の表面温度(5500℃)よりも高いものでした。

その一方で、夜側はどちらのモデルでも約1700℃だと推定されるので、昼夜の温度差は6000℃前後もあることになります。

また、“WD0032-317B”が受ける極紫外線(非常に高エネルギーの紫外線)は、“KELT-9b”の5600倍であると推定されています。
“KELT-9b”と同様に、“WD0032-317B”も常に主星に対して同じ面を向け続ける潮汐ロック(潮汐固定)の状態にあると考えられる。
これほど極端な熱と紫外線を受ける環境では、褐色矮星自体の赤外線放射は無視できるので、“WD0032-317B”は事実上巨大ガス惑星と同等とみることが出来ます。
そう、“KELT-9b”と比較できる観察対象になり得るんですねー

“WD0032-317B”のさらなる詳細な観測は、極端な環境に置かれた巨大ガス惑星の大気成分の変化や、どのように大気が蒸発していくのかを調べるための良い指標になるはずですよ。


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