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4番目のパラメーターを持つ色荷ブラックホールが初期宇宙に存在した!? 重力を介して存在を知ることができる暗黒物質の正体かも

2024年06月27日 | ブラックホール
光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質“暗黒物質(ダークマター)”の正体は、今でもよく分かっていません。

候補の一つとして、誕生直後の宇宙で生成されたとされる“原始ブラックホール(Primordial bkack hole)”が挙げられていますが、その生成過程もよく分かっていません。

そこで、今回の研究では、初期宇宙で原始ブラックホールが生成される過程を調査。
すると、その研究の副産物として、理論的には提唱されていたものの生成ルートが判明していない“異色”の存在であった、いわば“色荷ブラックホール”とでも表現できるような存在にたどり着くことになります。

色荷ブラックホールは、あまりにも小さすぎるので、現在の宇宙には残っていないと考えられています。
それでも、初期宇宙の歴史に無視できない影響を与えた可能性があるようです。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のElba Alonso-MonsalveさんとDavid I. Kaiserさんの研究チームが進めています。
図1.誕生直後の宇宙におけるクォーク・グルーオン・プラズマの“色荷の海”の中で誕生した色荷ブラックホールのイメージ図。(Credit: Kaća Bradonjić)
図1.誕生直後の宇宙におけるクォーク・グルーオン・プラズマの“色荷の海”の中で誕生した色荷ブラックホールのイメージ図。(Credit: Kaća Bradonjić)


重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質

私たちの宇宙には恒星や惑星などの様々な物質があり、自ら光を放つか、もしくは反射した光を通して観察することができます。
でも、これらの“見える物資”の量だけで質量を計算すると、理論と実態とに食い違いが生じてしまいます。

例えば、銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが、この説の始まりになっています。
このように、銀河の回転速度が重力の法則によって予測されるものとは異なることを“銀河の回転曲線問題”と呼びます。

1930年代から提唱されて1970年代にほぼ確定したこの問題をはじめとして、宇宙には“見える物質”による重力だけでは説明がつかない構造が多数見つかっています。

この“見ない物質”は、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質“暗黒物質(ダークマター)”と呼ばれています。


宇宙誕生の直後に誕生した原始ブラックホール

暗黒物質の正体は大きな謎になっていて、現在でもその手掛かりすらつかめていません。

未知の素粒子や平行宇宙の影響といった、現在の物理学の枠組みを大幅に超えた存在を仮定する説もありますが、これとは逆に、あまり突飛な存在を仮定せず、現状の理論でも存在を説明できる物質に頼る説もあります。

その中の一つが“原始ブラックホール”です。
現在の宇宙で観測されているブラックホールは、重い恒星の中心部が重力崩壊して生まれたものか、それらのブラックホールが合体し巨大化したか、のどちらかだと考えられています。

この生成ルートの場合、ブラックホールはどんなに軽くても太陽の数倍程度の質量となり、その総数や総質量はおおよそ計算できるので、暗黒物質となりえるほど大量には存在しないことが分かっています。

その一方で原始ブラックホールは、まず生成ルートから異質な存在と言えます。

誕生直後の宇宙は非常に高エネルギーな場であるだけでなく、わずかながらも重大な影響を及ぼす密度の揺らぎがあったと考えられています。
このエネルギー密度の揺らぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。

もし、密度が極めて高い領域がある場合、その場所は局所的に重力崩壊を起こして極小のブラックホールを生成することになります。
これが原始ブラックホールです。


ホーキング放射によるブラックホールの蒸発

量子力学では、真空は何もない空間ではなく、仮想的な粒子と反粒子のペアが生成と消滅を繰り返す“泡立った空間”と表現されています。
これは、粒子として現れるために真空から“借りた”エネルギーをすぐに“返済”するためです。

でも、粒子が真空から借りたエネルギーを外部から与えるなどして代わりに返済すれば、その粒子を実在のものとして取り出すことが可能になります。
これは、真空に強力なγ線を与えることで、電子と陽電子のペアが現れる実験でも確かめられています。

こうした粒子のペアの生成と消滅が、ブラックホールの境界である“事象の地平面”のすぐ近くで発生するとホーキング放射が起こります。

“事象の地平面”は、それより内側に入れば光でもブラックホールの重力から逃れられなくなる境界です。
もし、仮想的な粒子と反粒子のペア(ホーキング放射の場合、質量がゼロの粒子)が生成された後、片方だけが“事象の地平面”を横切った場合、相方を失ったもう片方は実在の粒子として外に飛び出さなければなりません。

ただ、仮想粒子が実在粒子になるにはエネルギーをどこかから調達する必要があり、この場合はブラックホールの質量から調達することになります。
質量はエネルギーと等しいので、ブラックホールは仮想粒子が実在粒子になった分だけ質量を失うわけです。

この様子を遠くから見ると、まるでブラックホールが実在粒子を放射し、少しずつ質量を失っているかのように観測されます。
これがホーキング放射です。

ホーキング放射が起こり続ければ、ブラックホールは最終的にすべての質量を失う、すなわち蒸発すると予測されています。

重いブラックホールでは遅く進行しますが、非常に軽い原始ブラックホールの場合には現在進行形で現象が進行していて、蒸発直前の激しい放射を観測できるのではないかという予測もあります。

原始ブラックホールは恒星質量よりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています。(※1)
※1.理論的には、原始ブラックホールは約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つと考えられている。でも、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失っていくので、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上だと考えられている。
軽すぎる原始ブラックホールは、ホーキング放射で蒸発して消えてしまいます。
それでも、1000億~1京トン(10の17乗~22乗g)の原始ブラックホールは、現在の宇宙でもかなりの数が存在し、暗黒物質の一部または全部を占めているという予測があります。

ただ、誕生直後の宇宙は実験室でも生み出せないほどの超高温・超高圧の世界なので、実測はおろかシミュレーション研究もあまり進んでいません。
このため、原始ブラックホールが生成される過程は大きな謎でした。


色荷による素粒子の振る舞い

今回の研究では、初期宇宙の環境条件を考慮した理論計算を行い、原始ブラックホールが生成される過程を考察しています。

本研究でチームが注目したのは、宇宙誕生からわずか100京分の1秒後(0.000000000000000001秒後)の時点でした。
この頃の宇宙には、原子はおろか原子核さえ存在していません。

原子核を構成する陽子や中性子は“クォーク”および“グルーオン”という2種類の素粒子で作られていますが、2兆℃を超えると陽子や中性子という“個体”の状態から、クォークとグルーオンが混ざり合った、ある種の“液体”の状態となります。(※2)
これを“クォーク・グルーオン・プラズマ”と呼びます。
※2.固体から液体という表現は、本記事においては相変化に例えた表現となるが、別の文脈ではクォーク・グルーオン・プラズマ自体が“液体”と表現されることもある。これは、素粒子同士の相互作用が強い液体であるためである。
宇宙誕生から100京分の1秒後の宇宙の温度は、100京から1垓℃という超高温だったので、宇宙はクォーク・グルーオン・プラズマで満たされていたはずです。
図2.クォーク・グルーオン・プラズマは、非常に温度や圧力が高い環境で陽子や中性子が融けて生じる。(Credit: Brookhaven National Laboratory)
図2.クォーク・グルーオン・プラズマは、非常に温度や圧力が高い環境で陽子や中性子が融けて生じる。(Credit: Brookhaven National Laboratory)
ここで重要なのは、クォークとグルーオンは電荷に似た“色荷”と呼ばれる性質によって、お互いに引き合っていたという点です。
色荷という名称は、6種類の値で表される性質を光の三原色で表現することに由来しています。

実際にはクォークにもグルーオンにも色は付いていませんが、色荷はクォークとグルーオンの振る舞いを表現する上で重要な性質となります。
例えば、陽子や中性子のようにクォークやグルーオンでできた粒子は、色荷の合計が“無色(または白色)”となる組み合わせのみが安定することが分かっています。

一方、2兆℃を超える環境では、クォークとグルーオンの組み合わせは“無色”以外も許されます。
なので、低温環境とは全く異なる振る舞いを示すことになります。


原始ブラックホールは色荷で素粒子が集中し過ぎた領域で生成される

研究チームは、色荷による粒子の振る舞いを理論的に表現する“量子色力学”を用いて、初期宇宙における粒子の振る舞いを計算。
これにより、原始ブラックホールが生成されるかどうか、生成されるならどの程度の質量のものになるのかを考察しています。

その結果、この時点の宇宙においては、色荷によって素粒子が集中し過ぎた領域で原始ブラックホールが生成されることが分かりました。

生成される原始ブラックホールの典型的なサイズは質量が70億トン(直径数百メートルの小惑星程度)で、直径は原始の数千分の1となります。
このサイズなら、ホーキング放射による寿命は宇宙の年齢と同程度の長さとなります。
現在の宇宙でも生き残り、暗黒物質としての振る舞いを見せることも可能です。

でも、今回の研究では予想外の副産物も生まれました。
それは、非常に少量ながら、より軽い原始ブラックホールがユニークな性質を示すことが分かったからです。

このような軽い原始ブラックホールでは、特定の色荷を持つ素粒子が集中することで、ブラックホールに“色が付く”ことが予測されました。
ちなみに、本研究の主眼である典型的なサイズの原始ブラックホールは“無色”となります。

このブラックホールの通常の意味での色はもちろん“黒”ですが、色荷を持つという意味で“色荷ブラックホール”のような名称で呼ぶことができます。

このようなブラックホールの存在は、数十年前から理論的には予言されていたもの。
でも、現実的なプロセスで生成されるとは、誰も予測していませんでした。
研究の本筋から外れているとはいえ、非常に興味深い発見と言えます。

でも、今回の理論で得られた色荷ブラックホールは、理論的に持ちうる色荷の上限に近い値をとることが判明しています。
この点も興味深いことでした。


4番目のパラメーターを持つ色荷ブラックホール

色荷ブラックホールの質量は20トン程度と極めて軽いので、あっという間にホーキング放射で蒸発してしまうはずです。

それでも、蒸発が始まるのは宇宙の温度が十分に下がった頃となるので、色荷ブラックホールはクォーク・グルーオン・プラズマが“冷え固まる”時代を過ぎても、しばらくの間は存在したと考えられます。

そこで、研究チームが考えているのは、色荷ブラックホールが蒸発するまでに陽子と中性子の分布をかき乱したこと。
これにより、陽子と中性子が合体して原子核を作るプロセス(ビッグバン元素合成)に、影響を与えることが考えられます。
このことは、水素よりも重い元素の豊富さに影響を与えていたのかもしれません。

さらに、恒星での核融合反応の進行にも間接的に影響を与えることになるので、惑星や生命などのより重い元素で構成される全ての物質にも影響を与えるはずです。

また、興味深いのは、たとえ過去の一瞬であったとしても、色荷ブラックホールが存在したということ。
それは、色荷ブラックホールは、これまでの理論でよく検討されてきたブラックホールにはないパラメーターを持つことから、ブラックホールにまつわる重要な要素“ブラックホール無毛定理(脱毛定理)”(※3)と“宇宙検閲官仮説”(※4)に影響を与える可能性があるからです。

量子力学では、“ブラックホール無毛定理”から導けない4番目の“毛”(性質)が現れるかもしれず、それによって“宇宙検閲官仮説”をすり抜ける新たな抜け穴が生じるかもしれないからです。

今回の研究では、暗黒物質の正体を探る理論計算から思わぬ発見が得られました。
原始ブラックホールはごく初期の宇宙だけでなく、現在の宇宙にまで影響を与えているのかもしれません。
※3.恒星や惑星の場合、構成元素・大きさ・質量・形・色・温度など、無数のパラメータが存在する。これに対し、ブラックホールは質量・電荷・角運動量(自転)の3つのパラメーターだけで、全てを表すことができるほどに性質が単純なことで知られている。なので、恒星が重力崩壊するとパラメーターのほとんどが失われてしまうことを、物理学者のジョン・ホイーラーが“ブラックホールには毛が(3本しか)ない”と喩えている。このことから、“ブラックホール無毛定理”と呼ばれることになる。本研究では、量子力学に基づけばブラックホールに4本目やそれ以上の“毛”が存在する可能性があることが分かってきた。

※4.ブラックホールには、内側から外側へと情報が出てこない境界“事象の地平面”と、現代物理学が破綻する“特異点”が存在する。特異点からの情報が出てくるのは現代物理学の上では不都合なので、特異点は常に事象の地平面に囲まれている必要がある(裸の特異点は存在しない)という仮説が“宇宙検閲官仮説”。事象の地平面が消えてしまうことは現状の理論の枠組みの中でもあり得るが、ブラックホールに新たなパラメーターが加われば、ごく簡単な方法で事象の地平面が消えてしまう“抜け穴”となってしまうかもしれない。


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2つの超大質量ブラックホールが合体しようとしている!?  複雑に広がったスペクトルを発見

2024年06月21日 | ブラックホール
ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”(※1)が存在すると考えられています。
私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。
※1.大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”は宇宙には多数存在している。一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無い太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”もある。
銀河同士が衝突合体を繰り返すことで自身が進化していく中で、複数の超大質量ブラックホールも連星を形成すると考えられます。

理論的には、超大質量ブラックホールの連星が合体するまでのタイムスケールは、宇宙年齢に匹敵するんですねー
なので、今回の研究で観測されたセイファート1銀河(※2)に分類される“SDSS J1430+2303”は、超大質量ブラックホール同士が数年以内というタイムスケールで合体する可能性があることが示唆された特異かつ希少な天体と言えます。
※2.セイファート銀河は活動銀河の一種。銀河の形態は渦巻銀河または不規則銀河。極端に明るい中心核を持ち、通常の銀河と明らかに異なる連続光(※6)や輝線を示す。幅の広い輝線と狭い輝線が見えるセイファート銀河は1型、狭い輝線しか見えないセイファート銀河は2型と分類される。
本研究では、京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”の分光装置“KOOLS-IFU”を用いて、“SDSS J1430+2303”を1年にわたって分光観測を実施。
これにより、複雑化したHα(※3)輝線(6300‐6800Å)の起源を明らかにしています。
※3.Hαは水素原子が放射する輝線の一つ。特定のエネルギー準位を電子が遷移する際に発生するスペクトル線があり、中心波長は656.3nmに対応する。

この研究は、東北大学大学院 理学系研究科 星篤志大学院生(JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)宇宙物理学研究系所属)、宇宙科学研究所(ISAS)宇宙物理学研究系 山田亨(東北大学大学院 理学系研究科兼任)の研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年1月12日発行の天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”に、“The variability of the broad line profiles of SDSS J1430+2303”として掲載されました。


2つの超大質量ブラックホールが周回することで起こる光度変動

2つの超大質量ブラックホールが軌道運動することで周囲に及ぼす影響は、理論やシミュレーションによって広く議論されています。(図1)

今回の観測対象となったセイフォート1銀河の“SDSS J1430+2303”は、その中心に位置する超大質量ブラックホールに大量の物質が降着(※4)することで、非常に明るい連続光(※5)が生成され、その連続光によって照らされた原子や分子、イオンが様々な領域から輝線を放射していることが観測されています。
※4.降着は、中心にある重い天体の重力によって、周囲から物質が落下してくること。ブラックホールへ降着する物質は角運動を持つため、中心天体の周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造を作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。

※5.連続光は、ある周波数範囲でどの波長でも一定の強度があるスペクトル、輝線ではない。今回は、超大質量ブラックホール近傍から放射される連続光と、銀河から放射される連続光の二つが組み合わさっているが、変動を起こすのは超大質量ブラックホール近傍から放射される連続光。この連続光と輝線の放射されている領域が離れている場合、連続光と輝線の強度変化にタイムラグが生じる。
超大質量ブラックホールが連星を形成している可能性のある兆候の一つに、準周期的(※6)な光度変動があります。
この光度変動は、2つの超大質量ブラックホールが軌道を周回することで降着する物質の量が変化し、結果的に放射される光の量が変化することで起こります。
※6.準周期的とは、強度変化に周期性はあるものの不安定なこと。
“SDSS J1430+2303”で観測された光度変動周期の減衰では、連星軌道の周期が短縮しているので、超大質量ブラックホールが合体するまで数年以内ということが示唆されています。
図1.合体する超大質量ブラックホール連星と2つのブラックホールに降着する物質のイメージ。(Credit: Stéphane d'Ascoli et al 2018 ApJ 865 140, NASA GSFC)(出所: ISAS Webサイト)
図1.合体する超大質量ブラックホール連星と2つのブラックホールに降着する物質のイメージ。(Credit: Stéphane d'Ascoli et al 2018 ApJ 865 140, NASA GSFC)(出所: ISAS Webサイト)


超大質量ブラックホール合体による複雑なスペクトル変動

アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡(口径2.5メートル)を用いた大規模な掃天観測プロジェクト“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”によって分光されたHα領域のスペクトルを見ると、セイファート1銀河の典型的な特徴を示していました。

でも、近年になって活発化したHα輝線では、他に例を見ないほど複雑に広がったスペクトル(Central broad componentおよびDouble-peaked component)を示していたんですねー(図2)
図2.“SDSS J1430+2303”のHα領域の分光スペクトル。横軸は波長、縦軸は連続光に対する輝線の強度を示している。矢印は今回調査した広い輝線を示していて、他の細かい輝線は典型的なセイファート銀河でも観測され同定されている輝線を示している。(出所: ISAS Webサイト)
図2.“SDSS J1430+2303”のHα領域の分光スペクトル。横軸は波長、縦軸は連続光に対する輝線の強度を示している。矢印は今回調査した広い輝線を示していて、他の細かい輝線は典型的なセイファート銀河でも観測され同定されている輝線を示している。(出所: ISAS Webサイト)
そこで今回の研究では、これらの起源を明らかにするため国内最大の主鏡を持つ京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”を用いて、フォローアップ観測を1年に4度実施。
そして、複雑なHα輝線が放射される領域を特定するため、連続光の変動の時間差を利用しています。

光の伝達速度(約30万km/s)が存在することを考慮すると、輝線と連続光の変動の時間差から放射源のおおよその位置を推定することが可能です。

その結果、連続光に対して有意な変化を示したCentral broad componentは、連続光源から離れた位置から放射されていることが示されます。
一方、Double-peaked componentは観測期間を通じて有意な変化はなく、これは超大質量ブラックホール近傍から放射されていることを示していました。

すなわち、Central broad componentはセイファート1銀河で観測できる幅の広がった輝線と同じ領域であることが明らかになり、Double-peaked componentはCentral broad componentより内側に存在する降着円盤が起源である可能性が示された訳です。

今後、さらに複雑なスペクトルが変動を起こす可能性もあります。
なので、研究チームでは継続した“SDSS J1430+2303”の観測を行うことで、超大質量ブラックホールの合体に関する新たな知見を得るようです。


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連星系“VFTS 243”のブラックホールは超新星爆発を伴わずに誕生していた!? 太陽の約10倍の質量を持つ恒星が完全崩壊を起こす可能性

2024年06月04日 | ブラックホール
太陽よりも数十倍重い星は、その一生の最期に超新星爆発(II型超新星爆発)を起こし、強大な重力を持つ中性子星やブラックホールなどのコンパクトな天体を残すと考えられています。

でも、実際には、全く超新星爆発を起こさずにブラックホールへと崩壊する“完全崩壊(Complete collapse)”を起こす恒星もあると考えられています。

今回の研究では、片方の恒星が完全崩壊に至った可能性が高いと言われている連星系“VFTS 243”について、観測記録とモデル計算を照らし合わせることで、完全崩壊を起こしたという仮説が妥当かどうかを検証。
その結果、“VFTS 243”のブラックホールは超新星爆発の影響を受けていない、つまり完全崩壊を経験していると考えて妥当だとする結果が得られています。

本研究結果は、実態がよく分かっていない超新星爆発の内部を探る上で、“VFTS 243”がモデルケースとして役立つことを示しているそうです。
この研究は、マックス・プランク天体物理学研究所のAlejandro Vigna-Gómezさんたちの研究チームが進めています。
図1.恒星とブラックホールの連星である“VFTS 243”のイメージ図。(Credit: ESO & L. Calçada)
図1.恒星とブラックホールの連星である“VFTS 243”のイメージ図。(Credit: ESO & L. Calçada)


非対称で偏った爆発によって蹴りだされる天体

太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。

そして、爆発の後に残されるのがコンパクトな天体です。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールとなり、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星となります。

その他に、時々、秒速100~1000キロという猛烈な速度で移動するものが生じます。

それでは、太陽の数倍の質量を持つ天体が、これほどの高速で動く理由は何でしょうか?
それは、非対称で偏った爆発に蹴りだされるようにして、運動エネルギーを得るからだと考えられています。
この現象を“ネイタルキック(Natal kick)”と呼びます。


超新星爆発を伴わずに誕生するブラックホール

一方で重い恒星が必ず超新星爆発を起こすとは限らず、爆発を発生せずに直接崩壊する恒星もあるのではないかという仮説があります。

“完全崩壊”(※1)と呼ばれるこのシナリオでは、恒星はほとんど爆発を起こさずに潰れてブラックホールになると考えられています。
この場合に考えられるのが、ネイタルキックもほとんど発生しないことです。
※1.このような現象について“直接崩壊(Direct collapse)”や“失敗した超新星(Failed supernova)”の語を充てる場合もある。ただ、これらの用語は違う現象を意味する場合もあるので、文脈的に注意が必要。
ただ、実際に恒星が完全崩壊を起こすかどうかは、天文学における大きな論争の一つとなっている状態です。

完全崩壊で誕生したブラックホールの候補は、いくつかあります。
その中でも、特に注目されているのは2022年に発見された“VFTS 243”と呼ばれる連星系です。

この連星系が位置しているのは、地球から約16万光年彼方の大マゼラン雲の中。
片方は太陽の約25倍の質量を持つ恒星で、もう片方が太陽の約10.1倍の質量を持つブラックホールから構成されている連星系だと考えられています。

観測結果から分かったのは、ブラックホールの公転軌道がほぼ円形(軌道離心率0.017±0.012)で、公転軌道の半径もかなり小さいこと。
このことから、“VFTS 243”のブラックホールは完全崩壊によって誕生したという説が提唱されました。

連星系で超新星爆発が起きると、ネイタルキックによってブラックホールが蹴りだされるだけでなく、爆発の衝撃によって恒星も動かされます。

つまり、普通の超新星爆発で誕生したブラックホールの場合、観測されたような“ほぼ円形”で“小さな半径”の公転軌道を持つ確率はかなり低くなるはずです。


ネイタルキックにはニュートリノが関与していた

今回の研究では、“VFTS 243”のブラックホールが本当に完全崩壊によって誕生したのかを確かめるために、シミュレーションを実施しています。

研究チームは、爆発が起こる前の連星系の公転軌道のパラメータ、爆発によって生じるネイタルキックの強さ、エネルギーに変換されて失われる質量について様々な値を仮定。
予想される爆発後の公転軌道と実際の観測値が、最も近いシナリオを探しました。

その結果、超新星爆発が発生せず、ネイタルキックもほとんど生じなかった場合が、“VFTS 243”の公転軌道を説明できる最も妥当なシナリオというシミュレーション結果を得ることができました。
図2.今回の研究のシミュレーション結果。ネイタルキックで得られた速度が非常に低速であるパターン(左下のグラフの下側)に点が集中している。(Credit: Alejandro Vigna-Gómez, et al.)
図2.今回の研究のシミュレーション結果。ネイタルキックで得られた速度が非常に低速であるパターン(左下のグラフの下側)に点が集中している。(Credit: Alejandro Vigna-Gómez, et al.)
本研究では、“VFTS 243”のブラックホールが受けたネイタルキックは、最高でも秒速4キロと考えられます。
これは、通常のネイタルキックと比べて数桁も低い速度でした。

“VFTS 243”の場合、超新星爆発のエネルギーのほとんどすべてが、“ニュートリノ”と呼ばれる素粒子の形で逃げ出したと考えられます。

もし、ニュートリノ以外の物質(陽子や中性子などの“普通の物質”)が関与したとすると、ネイタルキックが大きくなり過ぎてしまうんですねー
一方、“幽霊粒子”とも呼ばれるニュートリノは他の物質とほとんど相互作用をしない素粒子なので、極めて小さなネイタルキックを説明することができます。


太陽の約10倍の質量を持つ恒星が完全崩壊を起こす可能性

今回の研究では、“VFTS 243”のブラックホールが超新星爆発を伴わない完全崩壊で生じたことを、強く裏付けるものとなりました。
一方、重い恒星の最期に関する一側面を、ほんのわずかながら明らかにしたにすぎません。

超新星爆発で放出されるエネルギーの大半を占めるのは、爆発直前のニュートリノ放出ということが知られています。

“幽霊粒子”であるニュートリノも、爆発直前の恒星中心部のような極端に高密度な環境では頻繁に物質と衝突し、その際に生じた衝撃波が爆発のエネルギーに加わっていることも考えられています。

ただ、これほど極端な環境をシミュレーションするような環境は整っていないんですねー
このため、ニュートリノの発生量や物質との衝突については、多くの謎が残っています。

いずれにしても本研究は、“VFTS 243”のブラックホールが完全崩壊で誕生した可能性が高いこと、太陽の約10倍の質量を持つ恒星は完全崩壊を起こす可能性があることを示した点で、天体物理学の研究における大きな成果と言えます。
さらなる研究により、条件面が絞り込まれれば、完全崩壊に限らず、超新星爆発全般の謎を解く手がかりが得られるかもしれません。


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原始ブラックホールの形成は実現するのか? より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があるようです

2024年06月02日 | ブラックホール
今回の研究では、原始ブラックホール生成に関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が、量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。

その結果、小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。

太陽の数十倍の質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルにおいては、宇宙マイクロ波背景放射の観測結果と矛盾するほど影響が大きいことから、大きな質量の原始ブラックホール生成のためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えなければならないことを示したことになります。
この研究は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授と理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生が進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”と“フィジカル・レビューD(Physical Review D)”のオンライン版に2編の論文としてアメリカ時間2024年5月29日付で掲載されました。


太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの正体

近年の重力波観測により、私たちの宇宙には太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールが、多数存在していることが明らかになっています。
その正体として、原始ブラックホールが候補の一つとして注目されています。

また、宇宙のエネルギーの3割近くを占めるダークマターの候補としても注目されています。

原始ブラックホールは、熱放射時代の初期宇宙にエネルギー密度の大きなゆらぎがあると生成されます。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。

インフレーションが起こるのは、宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかった頃なので、ミクロな世界で働く量子論(※1)が重要なはたらきをするからです。
※1.量子論とは、素粒子とその相互作用など、ミクロの世界の物質の振る舞いを記述する理論。量子論の世界では粒子も波として振る舞い、位置と速度を波長以下の精度で指定することはできないので、ゆらぎ(ムラ)が生成する。宇宙も最小は水素原子よりもずっと小さかったと考えられるので、初期宇宙を考える上で量子論で記述できるレベルでの研究が欠かせない。
初期宇宙にどのようなゆらぎができていたかは、宇宙マイクロ波背景放射の観測によってかなりよく分かっています。

その観測にかかるような長波長ゆらぎは非常に小さく、一様密度からのズレが10万分の1程度にとどまっていることが観測されています。

この観測事例は、スローロールインフレーションと呼ばれる、インフレーションを起こす素粒子の場(インフラトンと呼ばれる)が、ポテンシャルの坂道をゆっくりと転がりながらインフレーションを起こすモデルによって、見事に説明されています。

でも、通常のスローロールモデルでは、短波長の揺らぎが小さく、原始ブラックホールになるような大密度領域を作ることはできません。
このため、大きなゆらぎを実現するモデルの構築が、多くの研究者によって進められてきました。


原始ブラックホールの形成を実現するには

現在、最も盛んに研究されているモデルは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授を、その提案者の一人とする超急減速(ウルトラスローロール)モデルと呼ばれる一連のモデルです。

これは、球の転がる坂道の一部に平坦な場所を用意し、インフラトンがそこに差し掛かると急減速して、ハッブル時間(※2)当たりの変化が一時的に小さくなるので、その時できたゆらぎは相対的に大きな値を持つことになり、特定のスケールに大きなゆらぎを生成するというものです。
その結果、対応した質量の原始ブラックホールを生成することができます。(図1)
※2.ハッブル時間は、宇宙の膨張率を示すハッブルパラメータの逆数で示される数値で、その時の宇宙年齢の目安となる指標。
図1.インフレーションを引き起こす位置エネルギーの模式図。右側から坂を下り始め途中の平らなところでゆらぎが増幅されて原始ブラックホールができ、最後に原点付近を振動すると位置エネルギーが摩擦熱に変わり、熱いビッグバン宇宙になる。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
図1.インフレーションを引き起こす位置エネルギーの模式図。右側から坂を下り始め途中の平らなところでゆらぎが増幅されて原始ブラックホールができ、最後に原点付近を振動すると位置エネルギーが摩擦熱に変わり、熱いビッグバン宇宙になる。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
これまでは、このような小さなスケールで起こる現象は、宇宙マイクロ波背景放射で観測できる大スケールの現象には、一切影響しないと考えられてきました。

今回の研究では、このような原始ブラックホールの形成を実現するようなインフレーションモデルにおいて、原始ブラックホールに関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。

その結果、これまでの常識を覆し、このような小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。(図2)

特に、重力波観測で示唆されている太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルは、大スケールにおいて宇宙マイクロ波背景放射で観測されている以上に温度ゆらぎをもたらしてしまうことになり、観測結果と矛盾してしまうことが分かりました。
図2.小スケールのゆらぎが量子論的にぶつかり合う様子を示した模式図。原始ブラックホールを作るような大きなゆらぎが小スケールにあると、それが量子論的にぶつかり合って大スケールの揺らぎを大きくしてしまう。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
図2.小スケールのゆらぎが量子論的にぶつかり合う様子を示した模式図。原始ブラックホールを作るような大きなゆらぎが小スケールにあると、それが量子論的にぶつかり合って大スケールの揺らぎを大きくしてしまう。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
今回の計算は特定のモデルに基づいたものです。
でも、インフラトンがすべての波長のゆらぎの起源になっているモデルで、原始ブラックホールの形成を実現するような既知のモデルのほとんどに当てはめることのできる結論のため、単一場インフレーションモデルで観測的に意義のあるような原始ブラックホールを生成するのは極めて困難なことが分かったと言えます。

なので、原始ブラックホールを生成するためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があるようです。


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中間質量ブラックホールは球状星団の中で超大質量星から形成されている!? 最先端のシミュレーションによって明らかになった形成過程

2024年06月01日 | ブラックホール
今回の研究では、球状星団(※1)の形成過程で、星の合体から超大質量星(※2)を経て中間質量ブラックホールが形成され得ることを、数値シミュレーションにより明らかにしています。
※1.星団のうち数百万個以上の恒星が重力で集合し、概ね球状の形をとったもの。数百光年以内に数万個以上の恒星が密集している。
※2.超大質量星は、太陽の数百倍から1万倍もの質量を持つ恒星。まだ、その存在について観測的な証拠はない。
本研究では、新たに開発した計算手法により、世界で初めて球状星団の形成過程を、星一つ一つまで数値シミュレーションで再現。
その結果、形成中の球状星団の中で星が次々と合体することによって、太陽の数千倍の質量を持つ超大質量星が形成され得ることが分かりました。

さらに、星の進化の理論に基づいた計算によって、この超大質量星は後に太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールへと進化することも確かめています。
これまでの観測から、長年論争となっていた球状星団における中間質量ブラックホールの存在を、理論的に強く支持する結果でした。

本研究で、星一つ一つを再現した球状星団の形成シミュレーションは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイII”を用いたことで実現しています。
この研究は、東京大学大学院理学系研究科の藤井通子准教授をはじめとする研究グループが進めています。
本研究の成果は、5月30日付の科学誌“サイエンス”のオンライン版に、“Simulations predict intermediate-mass black hole formation in globular clusters”として掲載されました。
図1.シミュレーションで再現された形成中の球状星団。左下の青白い点一つ一つが星団の星を表し、その周りの“もや”は星間ガスを表す。色は温度を表していて、暗い部分が温度の低い星間ガス(分子雲)、明るい部分が温度の高い星間ガスを表す。可視化:武田隆顕(ヴェイサエンターテイメント株式会社)。(Credit: 藤井通子、武田隆顕)
図1.シミュレーションで再現された形成中の球状星団。左下の青白い点一つ一つが星団の星を表し、その周りの“もや”は星間ガスを表す。色は温度を表していて、暗い部分が温度の低い星間ガス(分子雲)、明るい部分が温度の高い星間ガスを表す。可視化:武田隆顕(ヴェイサエンターテイメント株式会社)。(Credit: 藤井通子、武田隆顕)


確実な発見例がほとんど無いブラックホール

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

また、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”も宇宙には多数存在しています。

一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無いブラックホールもあります。
それが、太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”です。

超大質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことで形成されたとも考えられています。
なので、この2つのブラックホールの中間くらいの質量を持つ中間質量ブラックホールもあるはずなんですねー


中間質量ブラックホールは球状星団の中で形成される

それでは、中間質量ブラックホールは、宇宙のどこでどのように形成されているのでしょうか?

太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが存在する場所の候補とされている天体に“球状星団”があります。

球状星団は数百万個の星が球状に分布する天体で、その中心に太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールの存在を示唆する観測が、これまでに報告されています。
図2.中間質量ブラックホールの存在が観測から示唆されている球状星団の一つ、ケンタウルス座オメガ星団。(Credit: ESO)
図2.中間質量ブラックホールの存在が観測から示唆されている球状星団の一つ、ケンタウルス座オメガ星団。(Credit: ESO)
球状星団の中での中間質量ブラックホールの形成仮説は、天体同士の衝突合体になります。

これまでの数値シミュレーションを用いた研究で分かっていたのは、以下の2つの結果でした。

1.星団内では、ブラックホール同士の合体が繰り返し起こっている。
でも、500太陽質量を超える前に、合体時の非等方な重力波放出によって星団外へ飛び去ってしまう。

2.星同士が合体するが、最初から存在した大質量の星が合体した後は、強い星風(※3)によって星は質量を失い恒星質量ブラックホールになってしまう。
※3.星風は、星から噴き出すガスの流れ。質量が大きいほど、星風が強く質量損失率が高い傾向がある。
ただ、これらのシミュレーションは、すでに出来上がった星団に対して行われたものでした。
これに対し今回の研究では、星々の母体となる分子雲(※4)内で星が次々と生まれ星団となる過程を、星同士の衝突合体も含めてシミュレーションしています。
※4.星間空間に撒き散らされた原子やチリが集まって雲のようになった際、周囲からの紫外線(星間紫外線)が内部まで届かなくなると、紫外線によって分子が壊されなくなるので、原子から分子が作られ始める。そのような雲を“分子雲”と呼ぶ。数光年~数十光年と様々な大きさのものがある。分子雲の中で、自己重力でガスやチリが集まってできた高密度な場所を分子雲コアと呼び、いわゆる星の卵に相当する。分子雲コアがさらに収縮することによって、太陽のような恒星や、それよりもさらに重い星(大質量星)その連星が誕生する。
その結果、明らかになったのは、形成途中の星団の中で星が次々と合体し、最終的に太陽の1万倍程度の質量を持つ超大質量星が形成されることでした。(図3左)

星の進化の理論に基づいて計算を行うと、このような超大質量星は最終的に太陽の3~4千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールになると予測されます。(図3右)

今回のシミュレーションで得られた、星団とその中で形成されるブラックホールの質量の関係は、観測から推定されている球状星団の質量とブラックホールの質量の関係と一致していました。
この結果は、球状星団中に中間質量ブラックホールが存在することを、理論的に強く示唆するものと言えます。
図3.星団の中で最も重い星の質量の時間変化。(左)シミュレーション中で繰り返し起こった星の合体による星団内で最も重い星の質量の増加。(右)恒星進化の理論に基づく超大質量星の質量の時間変化。この超大質量星は最終的に中間質量ブラックホールへと進化した。(Credit: 藤井通子)
図3.星団の中で最も重い星の質量の時間変化。(左)シミュレーション中で繰り返し起こった星の合体による星団内で最も重い星の質量の増加。(右)恒星進化の理論に基づく超大質量星の質量の時間変化。この超大質量星は最終的に中間質量ブラックホールへと進化した。(Credit: 藤井通子)
図4.球状星団の質量とブラックホールの質量の関係。星印はシミュレーションで形成された球状星団の質量と、その中で形成されたブラックホールの質量の関係を示している。色は、それぞれ星ができる元となった星間ガスの重元素量(水素、ヘリウム以外の元素の量)の違いを表す。破線は、中間質量ブラックホールの質量が星団の質量の3%を示す。縦線は、観測から中間質量ブラックホールの存在が示唆されている球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係を示す(線の長さは誤差の範囲、矢印は上限値を示す)。シミュレーションで形成された球状星団とブラックホールの質量のうち、最も大質量のもの(黄色の丸で囲まれた赤い星印)は、天の川銀河の球状星団の質量と観測から推定されているブラックホールの質量と同程度だと分かる。薄い赤と青で塗られた領域は、星の進化の理論計算とシミュレーションの結果から予測される、各重元素の場合の球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係。天の川銀河の球状星団の質量と、推定されるブラックホールの質量の関係を説明できている。(Credit: 藤井通子)
図4.球状星団の質量とブラックホールの質量の関係。星印はシミュレーションで形成された球状星団の質量と、その中で形成されたブラックホールの質量の関係を示している。色は、それぞれ星ができる元となった星間ガスの重元素量(水素、ヘリウム以外の元素の量)の違いを表す。破線は、中間質量ブラックホールの質量が星団の質量の3%を示す。縦線は、観測から中間質量ブラックホールの存在が示唆されている球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係を示す(線の長さは誤差の範囲、矢印は上限値を示す)。シミュレーションで形成された球状星団とブラックホールの質量のうち、最も大質量のもの(黄色の丸で囲まれた赤い星印)は、天の川銀河の球状星団の質量と観測から推定されているブラックホールの質量と同程度だと分かる。薄い赤と青で塗られた領域は、星の進化の理論計算とシミュレーションの結果から予測される、各重元素の場合の球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係。天の川銀河の球状星団の質量と、推定されるブラックホールの質量の関係を説明できている。(Credit: 藤井通子)
本研究によって、太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが、標準的な仮定を置いた数値シミュレーション中で形成されることが確かめられました。

中間質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールを結ぶミッシングリングと言えます。
なので、中間質量ブラックホールの一つの形成過程を示せたことは、超大質量ブラックホールの形成過程を理解する上で重要な意義があります。

また、本研究で星一つ一つを再現した球状星団の形成シミュレーションは、本研究チームによって2020年に開発された新しいシミュレーションコードと、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイII”を用いることで、世界で初めて実現したものです。


国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ

本研究の数値シミュレーションには、国立天文台のスーパーコンピュータ“アテルイⅡ”が使用されました。
理論演算値は3.087ペタフトップスで、天文学の数値計算専用機としては世界最速です。
1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位。
岩手県奥州にある国立天文台水沢キャンパスに設置されていて、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名。
「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んでほしい」という願いが込められています。
国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”(Credit: 国立天文台)
国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”(Credit: 国立天文台)


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