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木星の上層大気は意外と複雑だった… 謎めいた大気現象をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測

2024年07月02日 | 木星の探査
木星は夜空で最も明るい天体の一つで、晴れた夜には肉眼でも容易に見つけることができます。

地球から見える木星の極地には、明るく鮮やかなオーロラがあります。
でも、木星の上層大気からの光は弱いので、地上の望遠鏡を用いた詳細な観測は困難でした。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて、木星の象徴的な大赤班の上空を観測。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高い赤外線観測能力によって、これまで見ることができなかった木星上層大気の詳細な姿をとらえることに成功し、様々な特徴を発見しています。

これにより、かつては特徴が無いと考えられていた大赤班の領域が、複雑な構造や活動の宝庫だと分かりました。
研究チームは、悪名高い大赤班の上空にある木星の上層大気を、これまでにない精度で研究することができたそうですよ。
この研究は、英国レスター大学のHengil Melinさんたちの研究チームが進めています
本研究の成果は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に掲載されました。
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”と近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて得られた大赤班周辺の木星大気の画像。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて木星の特徴的な大赤班の上空を観測することで、これまで見られなかった様々な特徴を発見している。以前は何の変哲もないと考えられていたこの領域には、様々な複雑な構造と活動が存在することが分かった。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, Jupiter ERS Team, J. Schmidt, H. Melin, M. Zamani)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”と近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて得られた大赤班周辺の木星大気の画像。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて木星の特徴的な大赤班の上空を観測することで、これまで見られなかった様々な特徴を発見している。以前は何の変哲もないと考えられていたこの領域には、様々な複雑な構造と活動が存在することが分かった。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, Jupiter ERS Team, J. Schmidt, H. Melin, M. Zamani)


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による大赤班上空領域の観測

2022年7月のこと、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡に搭載された近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて、木星の象徴的な大赤班の上空領域が観測されています。

これまでの観測から予想されていたのは、木星の赤道付近の上層大気は、太陽光の量が地球のわずか4%しかないので、均質な状態にあること。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測の結果、この領域には、暗い弧や明るい斑点など、複雑な構造や活動があることが明らかになりました。

当初、この領域は、研究チームにとって退屈な存在だと思われていました。
でも、実際には、オーロラと同じくらいか、それ以上に面白く思える存在になっていました。


上層大気の形状や構造を変化させるメカニズム

研究チームは、太陽光がこの領域からの光を生み出している一方で、上層大気の形状や構造を変化させる別のメカニズムが存在するに違いないと考えています。

この構造を変えることができるものの一つに、重力波があります。
重力波は、砂浜に打ち寄せる波が砂紋を作るように、大気中に波紋を作り出します。
これらの波は、大赤班周辺の乱流のある下層大気で発生し、上層へと伝播することで、上層大気の構造や発光を変化させる可能性があります。

これらの大気波は、地球でも観測されることがあります。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が木星で観測したものに比べるとはるかに弱いものです。

研究チームが考えているのは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追加観測を行うことで、これらの複雑な波のパターンが木星の上層大気の中で、どのように移動しているのかを調査すること。
これにより、この領域のエネルギー収支や特徴が、時間とともにどのように変化するのかが解明されることが期待されます。


木星氷衛星探査機“JUICE”による観測のサポート

今回のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測結果は、2023年4月に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関の木星氷衛星探査機“JUICE”による観測をサポートする可能性があります。

“JUICE”は“JUpiter Icy Moons Explorer”の略で、木星氷衛星単計画を意味します。
木星の大型氷衛星であるガニメデ、カリスト、エウロパにターゲットを絞った初めての探査計画になります。

氷衛星には、太陽系形成当時の材料物質が残っていると期待されています。
そうした物質は、ガス惑星である木星からは得難いものなんですねー

太陽系最大の惑星で、太陽系形成時に重要な役割を果たしたであろう木星の歴史を氷衛星から得ることが、“JUICE”の目的の一つになっています。

さらに、もう一つの重要な目的があります。
それは、氷衛星の地下に存在すると考えられている海の調査です。

日本が観測装置の一部を担当しているガニメデ高度計“JUICE-GALA”はJUICE衛星とガニメデとの間の距離を測定することで、木星の周りを回るガニメデ衛星の形状変化をとらえて、ガニメデ衛星の地下海構造を明らかにする予定です。

海の有無を調べるだけでなく、熱源や栄養源など、生命に欠かせない要素を探し、地球外生命が存在する可能性を追求することになります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による今回の観測は、木星の上層大気に関するこれまでの理解を覆すものでした。

赤道付近の上層大気は、これまで考えられていたような均質な状態にはなく、複雑な構造や活動が存在することが明らかになりました。
今回の発見は、木星の大気現象、特に重力波の影響について、さらなる研究を促進するものになると期待されます。


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現在、木星で観測される“大赤斑”は1665年にカッシーニが発見した“永久斑”とは別物? 形成メカニズムをシミュレーションで検証

2024年06月30日 | 木星の探査
木星の“大赤斑(Great Red Spot)”は、太陽系の惑星の中で最大かつ最も寿命の長い渦として知られています。
でも、その寿命については議論があり、その形成メカニズムは隠されたままでした。

今回の研究では、木星の“大赤斑”の起源について、歴史的な観測記録と数値モデリングを用いて詳細な分析を実施。
長年、“大赤斑”の前身と考えられてきた“永久斑(Permanent Spot)”との関係、そして大赤斑形成の要因となり得る3つのメカニズムについて検証しています。
この研究は、バスク大学のAgustin Sánchez-Lavegaさんたちの研究チームが進めています。
本研究の成果は“Geophysical Research Letters”に“The Origin of Jupiter's Great Red Spot”として掲載されました。
図1.2018年のNASAの木星探査機“ジュノー”によるフライバイから見た木星の“大赤斑”。今日私たちが目にする赤斑は、1600年代にカッシーニが観測した有名なものとは別物の可能性があることが、今回の研究で明らかになった。(Credit: Enhanced Image by Gerald Eichstadt and Sean Doran (CC BY-NC-SA) based on images provided Courtesy of NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)
図1.2018年のNASAの木星探査機“ジュノー”によるフライバイから見た木星の“大赤斑”。今日私たちが目にする赤斑は、1600年代にカッシーニが観測した有名なものとは別物の可能性があることが、今回の研究で明らかになった。(Credit: Enhanced Image by Gerald Eichstadt and Sean Doran (CC BY-NC-SA) based on images provided Courtesy of NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)


現在の“大赤斑”と1600年にカッシーニが観測した“永久斑”は別物

ジョヴァンニ・ドメニコ・カッシーニによって1665年にはじめて記録された“永久斑”は、1713年までは継続的に観測が続けられていました。
その間の観測記録から分かっているのは、“永久斑”は少なくとも81年間は存在していたことです。

でも、1713年以降、“永久斑”の存在を示す観測記録は途絶えることに…
1831年になって、初めて現在の“大赤斑”と一致する可能性のある記録が登場します。

1831年の記録には、“大赤斑”の特徴である周囲を取り囲む“ホロー”と呼ばれる構造が描かれていて、その後1870年代には“ホロー”に囲まれた楕円形の領域が明確に観測されるようになりました。
そして、1879年には初めて鮮明な“大赤斑”の写真撮影に成功しています。

これらの観測記録に基づくと、“永久斑”と“大赤斑”は同一のものではなく、“永久斑”は消滅し、その後別のプロセスを経て“大赤斑”が形成されたと考えるのが自然です。

そこで、今回の研究では、“永久斑”、“大赤斑”、“ホロー”のサイズと形状の歴史的な変化を詳細に分析。
その結果、“永久斑”の長さは、1879年に観測された“大赤斑”の長さの2分の1から3分の1程度にしかならないことが分かりました。

また、“大赤斑”の長さは1879年以降、年平均0.18度(207キロ)のペースで縮小していて、近年では縮小速度が加速していることが明らかになりました。
一方、“永久斑”の長さも、観測精度が低いながらも、縮小傾向を示していることが示唆されています。

これらのことから、“永久斑”が仮に“大赤斑”と同一であった場合、1713年から1879年にかけて年間0.14度(160キロ)というペースで成長を続ける必要があり、これは過去の観測記録や木星の渦の挙動から見て非常に考えにくいことでした。


“大赤斑”の形成メカニズムをシミュレーションで検証

今回の研究では、“大赤斑”の形成メカニズムについて、以下の3つの説を検討。
それぞれの説の妥当性を、数値モデリングを用いたシミュレーションにより検証しています。

スーパーストーム説
土星で観測されたような、強力な対流性の嵐によって巨大な渦が形成されるという説。

複数の渦の合体説
複数の小さな渦が合体して、より大きな渦へと成長するという説。

帯状流の擾乱説
木星の南北に位置する反対方向に流れる帯状ジェット気流間の流れの擾乱によって、渦が形成されるという説。

1.スーパーストーム説

2010年に土星で観測された巨大な嵐“グレート・ホワイトスポット”と同様に、“大赤斑”も強力な対流性の嵐“スーパーストーム”によって形成されたという可能性を検討しています。

そこで、数値モデリングを用いて、“大赤斑”が存在する緯度(南緯約22度から24度)における木星の大気の流れに、局所的な熱注入や質量注入を行った場合のシミュレーションを実施。
その結果、単一の楕円形の渦が形成されるものの、そのサイズは初期の“大赤斑”よりも小さく、熱注入や質量注入の強度や範囲、期間を調整しても、“大赤斑”の巨大なサイズや回転速度を再現することはできませんでした。

また、木星の内部エネルギーによって駆動される深部対流によって、渦が生成されるという説も提案されています。
でも、公開されているシミュレーション結果は、“大赤斑”の特徴と一致していませんでした。

さらに、このような“スーパーストーム”が“大赤斑”の出現前に発生していたとすれば、当時の観測技術をもってしても見逃すことは考えにくく、歴史的観測記録とも矛盾します。

2.複数の渦の合体説

木星では、複数の渦が合体して、より大きな渦へと成長する現象が知られています。

有名な例としては、南緯33度付近で約60年間存在していた3つの楕円形の渦(BC、DE、FA)が合体し、現在の楕円形の渦(BA)が形成されたというものがあります。

そこで、数値モデリングを用いて、南緯19度から24度の範囲に、初期サイズや周辺速度の異なる複数の渦を配置。
合体過程のシミュレーションを実施。
その結果、いずれのケースにおいても、複数の渦は合体して単一のより大きな渦を形成しましたが、初期の“大赤斑”に匹敵するサイズの渦を形成するためには、“大赤斑”に匹敵するサイズの渦を複数個用意する必要があり、現実的とは言えませんでした。

また、合体によって形成された渦は、現在の“大赤斑”よりもはるかに速い回転速度を示していて、観測結果と一致しませんでした。

さらに、このような複数の渦や、それを発生させるような現象が“大赤斑”の出現前に観測されたという記録はなく、歴史的な観測記録とも矛盾していました。

3.帯状の擾乱説

研究チームが注目したのは、1831年から1877年頃にかけての“大赤斑”の観測記録でした。
この時期の“大赤斑”は、“ホロー”と明るい楕円形の領域として観測されていて、東西方向の長さは約50度から60度でした。

このことから、“大赤斑”は当初、“南熱帯擾乱(South Tropical Disturbance; STrD)”と呼ばれる現象によって、形成された可能性が高いと結論付けています。

“南熱帯擾乱”は、帯状流への障壁となる暗い湾曲した子午線領域を形成し、その領域内の流れを閉じ込める効果があります。

“大赤斑”の北側(南緯20度)では流れは西向きに約50m/s、南側(南緯26度)では東向きに約40m/sと、反対方向に流れています。

“南熱帯擾乱”によって形成された障壁によって東西方向の流れが遮られることで、南北方向の流れも制限され、閉じた循環セルが形成されます。
この閉じた循環セルの中で、流れが徐々に収束し、回転速度を増していくことで、“大赤斑”のような巨大な渦が形成されると考えられます。

研究チームは、数値モデリングを用いて、“南熱帯擾乱”によって形成された閉じた循環セルの安定性を検証。
その結果、初期の回転速度が帯状流の速度と同じ程度では、閉じた循環セルは不安定で、すぐに崩壊してしまうことに…
でも、回転速度が50m/sから75m/sを超えると、閉じた循環セルは安定して存在し続けることが分かりました。

また、安定した閉じた循環セル内の東西方向と南北方向の速度分布は、“大赤斑”で観測されている速度分布と非常に良く似ていました。

これらの結果から研究チームでは、“大赤斑”は“南熱帯擾乱”によって形成された閉じた循環セルが、時間の経過とともに収縮し、回転速度を増やしながら、現在の姿になったという説を支持しています。

今回の研究では、数値モデリングを用いたシミュレーションと歴史的な観測記録の分析から、“スーパーストーム説”と“複数の渦の合体説”は、“大赤斑”の形成を説明するには無理があり、“南熱帯擾乱”に端を発する帯状流の擾乱によって“大赤斑”が形成されたという説が最も有力だと結論付けています。

形成当初は、現在より大きく回転速度も遅かった“大赤斑”は、時間の経過とともに収縮し回転速度を速めながら、現在の姿になったと考えられます。
“大赤斑”の起源と進化の歴史を探ることは、木星の大気力学の理解を深める上で非常に重要です。


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天体衝突シミュレーションで衛星エウロパ表面を覆う氷の殻の厚さに迫る! ヒントは氷殻の構造に強い影響を受ける多重リング盆地

2024年04月10日 | 木星の探査
表面が厚い氷で覆われる木星の第2衛星エウロパでは、潮汐加熱によって内部に広大な海が存在すると考えられ、生命が存在する可能性がる天体として注目されています。

今回の研究では、エウロパの表面“多重リング盆地”と呼ばれる地形に着目。
国立天文台が運用する計算サーバを用いて天体衝突シミュレーションを行うことで、多重リング盆地の形成過程を調べ、エウロパの氷殻の厚さを導き出しています。

計算の結果、“硬い層”と“もろい層”からなる少なくとも約20キロの厚さの氷殻があると考えると、多重リング盆地の地形をよく説明できることが明らかになりました。

氷殻の厚さはエウロパでの生命居住可能性を議論する上で重要な情報となるので、今後の進展が期待されます。
この研究は、アメリカ・パデュー大学の脇田茂研究員たちの研究チームが進めています。
本研究の成果は、Wakita et al. “Multiring basin formation constrains Europa’s ice shell thickness”として、2024年3月20日付でScience Advancesに形成されました。
図1.エウロパで起こった多重リング盆地を形成する天体衝突(イメージ図)。(Credit: Brandon Johnson generated with the assistance of AI.)
図1.エウロパで起こった多重リング盆地を形成する天体衝突(イメージ図)。(Credit: Brandon Johnson generated with the assistance of AI.)


エウロパ表面を覆う氷の殻

エウロパは木星の衛星の一つで、その表面が氷で覆われた氷殻となっています。
氷殻の下には、液体の水でできた地下海があると考えられていて、そこに生命が存在する可能性が高いと注目されています。

ただ、この海での生命居住の可能性を考える上で、以下のことを理解する必要があります。
・氷殻表面の物質と地下海の物質とが、どのように循環しているのか。
・彗星のような突発的な外部由来物質が、氷殻を通して地下海に供給される可能性があるのか。

これらについて、重要なカギとなるのが氷殻の厚さになります。

でも、氷殻の厚さは直接計測できないんですねー
なので、クレーターなどの観測から得られる情報を用いて、間接的に求めた氷殻の厚さについて議論が続いています。


多重リング盆地を形成する氷殻の構造

これまでは、エウロパの表面にある小さなクレーターなどから、氷殻の厚さが見積もられていました。
でも、氷殻が薄い場合と、厚い氷殻が“硬い層”と“もろい層”で構成されている場合とを、区別することができないという問題点がありました。

これに対して、今回の研究で着目したのは、これまでの探査機で見つかった“多重リング盆地”と呼ばれる同心円状の構造を示す大きなクレーターでした。

この多重リング盆地の形成は氷殻の構造に強い影響を受けるので、その形成過程を解明することで氷殻の厚さに制限を付けられると考えた訳です。
図2.木星探査機“ガリレオ”によって観測されたエウロパの多重リング盆地“Tyre.”(Credit: NASA/JPL/ASU)
図2.木星探査機“ガリレオ”によって観測されたエウロパの多重リング盆地“Tyre.”(Credit: NASA/JPL/ASU)
研究チームでは、この多重リング盆地を形成する氷殻の構造を明らかにするため、国立天文台が運用する“計算サーバ”と、数値衝突計算コード“iSALE”(※1)を用いた天体衝突シミュレーションを実施。
※1.ヨーロッパ・アメリカ・ロシアのグループが開発した複数の物質をとらえる数値衝突計算コード。天体衝突の研究などに用いられている。https://isale-code.github.io/
図3.計算サーバは、国立天文台シミュレーションプロジェクトが運用する共同利用計算機の一つ。小規模ながらも長い計算時間を必要とするシミュレーションや、大型スーパーコンピュータで行うシミュレーションの準備段階の計算などに用いられている。2024年3月時点のシステム規模は106ノード、総コア数2160。(Credit: 国立天文台)
図3.計算サーバは、国立天文台シミュレーションプロジェクトが運用する共同利用計算機の一つ。小規模ながらも長い計算時間を必要とするシミュレーションや、大型スーパーコンピュータで行うシミュレーションの準備段階の計算などに用いられている。2024年3月時点のシステム規模は106ノード、総コア数2160。(Credit: 国立天文台)
当初の見積もりでは、1度のシミュレーションにかかるのは1か月ほど。
でも、計算サーバなどの計算機を利用することで、現実的な時間内に100通り以上の計算を試行することが可能となりました。

その結果分かったのは、多重リング盆地の形成には“硬い層(リソスフェア)”と“もろい層(アセノスフェア)”の2層からなる、少なくとも厚さが20キロの厚い氷殻が必要だということ。

さらに、厚さが20キロ以上の氷殻の場合は、エウロパ表面に存在する2つの多重リング盆地の観測結果とよく一致する結果を示しました。
一方、薄い氷殻を想定したシミュレーションでは、たとえ“もろい層”があったとしても、多重リング盆地の観測結果を再現することができませんでした。
エウロパ上の多重リング盆地の形成の衝突シミュレーション。カラーマップは衝突による変形度合いを、白点線は氷殻と地下海の境界線を示している。右上にはシミュレーションの一部(図3中央の黒枠部分)を拡大して示している。400秒以降に拡大図で見られるV字型の構造(黒破線)は、観測と一致するリング構造の形成を表している。(Credit: Shigeru Wakita)
図4(Credit: Shigeru Wakita)
図4(Credit: Shigeru Wakita)
多重リング盆地に着目したことにより、今回の研究では氷の厚さと構造の情報を得ることができました。
ただ、氷の厚さの下限値を決めることはできましたが、上限値は決められていません。

探査機による観測、特にNASAが2024年10月の打ち上げを目指して準備を進めている探査ミッション“エウロパ・クリッパー(Europa Clipper)”は、このことを解決できる可能性があります。

多重リング盆地を観測する際、今回の研究で得られた厚い氷を念頭に置くと、氷の厚さだけでなく、地下海の深さの情報も得られるかもしれません。
そうすることで、エウロパでの生命居住の可能性を、より明確にできるのかもしれませんね。


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木星の衛星エウロパの地下海に供給される酸素の量は少ない? 探査機“ジュノー”の観測データから分かったこと

2024年04月02日 | 木星の探査
表面が3キロに及ぶ氷で覆われる木星の第2衛星エウロパ。
この衛星では、潮汐加熱によって内部に広大な海が存在すると考えられています。

潮汐加熱とは、別の天体の重力がもたらす潮汐力によって天体の内部が変形し、加熱される現象のこと。
この変形を繰り返すことで、発生した摩擦熱により衛星内部は熱せられることになります。

エウロパには、この潮汐加熱によって作られた地球の海水の2倍という大量の水をたたえた地下海が、氷の外殻の下に広がっているのではないかと考えられていて、生命が存在する可能性も指摘されています。

さらに考えられるのは、地下海に表面の氷が分解して生じた酸素が供給されていること。
地下海に酸素呼吸を行う生命がいれば、貴重な供給源となっている可能性もあります。

でも、エウロパの酸素発生量を推定するためのデータが乏しく、推定される最小値と最大値の間で1000倍もの幅がありました。

今回の研究では、NASAの木星探査機“ジュノー”の観測データに基づき、エウロパ表面での酸素発生量を推定しています。

その結果、推定される酸素発生量は毎秒6~18キロ。
この発生量は比較的少ないもので、酸素呼吸を行う生命にとっては足りない値と言えます。
この研究は、プリンストン大学のJ. R. Szalayさんたちの研究チームが進めています。
図1.エウロパの表面では、氷の分解により酸素が発し、海に供給されていると考えられている。今回の研究は、酸素の推定発生量をより絞り込んでいる。(Credit: NASA, JPL-Caltech, SWRI & PU)
図1.エウロパの表面では、氷の分解により酸素が発し、海に供給されていると考えられている。今回の研究は、酸素の推定発生量をより絞り込んでいる。(Credit: NASA, JPL-Caltech, SWRI & PU)


光合成に頼らない酸素の供給方法

木星の衛星エウロパは、地球の月よりも小さな衛星ながら長年注目を集めている天体です。

表面全体は氷で覆われていますが、その内部には豊富な液体の水で満された海が存在すると考えられています。
その規模は地球の海よりもずっと大きいもののようです。

海があれば、考えるのは独自の生命が誕生している可能性です。

もし、エウロパに独自の生命がいるとすると、それは地球の深海底に似た環境に生息している微生物に似ているのかもしれません。
そのような生命は、海底から湧き上がる高温の熱水と、それに含まれる無機物を代謝して活動しているはずです。

光が届かない深海という光合成に頼れない環境に適応しているので、光合成の過程で生じる酸素を必要としていません。
ただ、この前提は、酸素を必要とする生命がエウロパに全く存在しないことを意味するものではありません。

エウロパの表面には薄い大気しかないので、宇宙空間に存在する荷電粒子(電気を帯びた粒子)が高速で氷に衝突することになります。
すると、その衝突で氷を構成する水分子が分解され、水素や酸素の分子や原子が放出されます。

仮に、酸素分子が宇宙空間に接する氷の最表面ではなく氷の内部で生じた場合、宇宙空間に逃げ出しにくくなるので、やがて内部の海へと取り込まれることになります。

もし、このプロセスによる酸素分子の発生量が多ければ、光合成に頼らなくても、酸素呼吸する生命を維持することができるかもしれません。

でも、エウロパの酸素発生量を推定することは困難で、これまでの研究では毎秒0.3~300キロと、発生量の推定値に1000倍もの差が生じていました。


酸素分子が海に供給される量

今回の研究では、NASAの木星探査機“ジュノー”の観測データを元に、エウロパの酸素発生量を推定しています。

“ジュノー”の観測機器には荷電粒子を観測するものがあり、エウロパの接近時にはエウロパから逃げ出す荷電粒子、つまり氷の分解で生じた物質を検出できます。
これは、以前の木星探査機では取得できていないデータでした。

研究チームでは、“ジュノー”の観測データに電気を帯びた水素原子と酸素原子が含まれていることを確認し、そこから酸素分子の発生量を推定。
水素の放出量から分かったのは、エウロパ表面での酸素発生量が毎秒6から18キロ(12±6kg/s)ということでした。

この値は比較的小さなものでした。
ただ、これはエウロパ表面での発生量なので、海へ供給されていく量ではありません。

海へ供給される割合は不明なものの、表面での酸素発生量が最大でも毎秒18キロなので、かなり小さな供給量になることを間接的に示していました。

さらに、エウロパ表面で分子の離脱について、これまでの予想とは異なるプロセスが起こっていることも判明しています。

これまで、水素分子の離脱は、局所的に表面温度が高い場所で発生している熱的離脱がメインだと考えられていました。
でも、今回測定された水素分子の平均速度が示していたのは、熱を伴わない離脱がメインであること…
この詳細は、今回の研究では不明のままになっています。(※1)
※1.荷電粒子が分子に衝突して直接叩き出すスバッタリングや、氷を流れるわずかな電流によって生じる熱によって分子の運動が活発になるジュール熱などが推定されている。
エウロパ表面で起こるプロセスをより深く知ることは、酸素分子が海に供給される量についての考察をする上で、欠かせないものです。
今回の研究を見る限りでは、エウロパに独自の生命がいたとしても、酸素呼吸を行うものはかなり少なめか、存在しないのかもしれません。

また、エウロパ以外にも氷の下に海があると予測される天体は複数あるので、本研究の成果は海の環境の推定に影響する可能性もあります。

エウロパは、2023年4月に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関の木星氷衛星探査機“JUICE”や、NASAが2024年10月の打ち上げを目指して準備を進めている探査ミッション“エウロパ・クリッパー(Europa Clipper)”の探査対象になっています。

エウロパの地下海に生命は存在するのでしょうか?
いるとしたら、その生命は酸素呼吸を行っているのでしょうか?
“JUICE”や“エウロパ・クリッパー”が、新たな知見をもたらしてくれるかもしれませんね。


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木星の赤道付近に強いジェット気流を発見! 濃い霧の中でも雲を見つけるジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高い赤外線感度の活用

2023年12月21日 | 木星の探査
地球のおよそ10倍の直径を持つ巨大ガス惑星の木星では、大気の流れが帯状の雲の流れを作っています。

ただ、木星の縞模様や目玉のような大赤班といった、特徴的な模様を作り出す大気については未だに謎が多いんですねー

このような特徴的な模様を作り出す大気を観測することは、木星の謎を解き明かすことにつながると同時に、様々な天体の大気循環を知ることにも役立ったりします。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて赤外線領域での木星における大気の循環を観測。
その結果、赤道付近でこれまで知られていなかった風速140m/sのジェット気流を新たに発見しています。

このことは、木星の大気循環に対するこれまでの理解が、まだ完全でないことを示唆する新しい発見になるそうです。
この研究は、バスク大学のRicardo Huesoさんたちの研究チームが進めています。
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で2022年7月27日に撮影された木星。3つの波長で撮影された画像を重ね合わせた疑似カラー画像。両極の赤い部分はオーロラになる。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Ricardo Hueso (UPV), Imke de Pater (UC Berkeley), Thierry Fouchet (Observatory of Paris), Leigh Fletcher (University of Leicester), Michael H. Wong (UC Berkeley) & Joseph DePasquale (STScI))
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で2022年7月27日に撮影された木星。3つの波長で撮影された画像を重ね合わせた疑似カラー画像。両極の赤い部分はオーロラになる。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Ricardo Hueso (UPV), Imke de Pater (UC Berkeley), Thierry Fouchet (Observatory of Paris), Leigh Fletcher (University of Leicester), Michael H. Wong (UC Berkeley) & Joseph DePasquale (STScI))


木星の赤道付近に強いジェット気流は存在している?

木星と地球の数少ない共通点として、上空の大気循環が挙げられます。
どちらも帯状の大気の流れがあり、緯度が違うと方向が正反対になっていることも珍しくありません。

太陽系最大の大きさを持つ木星の大気循環を知っておくことは、太陽系以外の様々な天体の大気循環を理解するための大きな手掛かりとなります。

それは、木星と似たタイプの巨大ガス惑星に留まらず、地球のような小さな惑星、あるいは褐色矮星(※1)のような惑星と恒星の中間的なタイプの天体の大気循環を知るためのヒントにもなります。
褐色矮星は巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体。褐色矮星の定義は複数存在するが、一般には木星のおよそ13倍~80倍の質量を持つ天体を褐色矮星とみなされている。そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こっているが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまう。その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになる。一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられている。
木星の大気循環は、これまで様々な惑星探査機や望遠鏡で観測されてきました。
でも、可視光線領域以外での詳細な観測は、あまり行われてこなかったんですねー

特に赤外線領域での観測には、これまで大きな困難がありました。

大気循環を追うためには、大気の流れに沿って動く雲を追跡する必要があり、個々の雲の追跡は赤外線での観測が最も適しています。

でも、木星表面から25~50キロ付近の大気中には(※2)、赤外線領域での観測を妨げる濃い霧が存在していて、文字通り“五里霧中”の状態…
個々の雲の様子や手掛かりがつかめず、大気循環の理解が進んでいませんでした。
※2.木星のように気体が主体の惑星には観測できる個体の表面が無いので、惑星科学では便宜的に大気圧が1気圧となる場所を“表面”と定義し、高度0キロとしている。この記事では分かり易くするため高度を表記しているが、実際の論文では長さの代わりに気圧で高度を表現している。
表面から25~50キロ付近の霧で隠されている領域は、これまでの観測で緯度によって大きな違いがあることが知られています。
上空に行くに従い風速がどんどんゼロに近付く高緯度地域に対して、赤道付近ではかなり強い風が吹いていることも知られています。

一方、土星では赤道直下の5度以内という非常に狭い範囲に、風速400m/sの強いジェット気流があることが観測されています。

それでは、木星でも土星と同じようなジェット気流があるのでしょうか?
木星では赤道付近がより霧が濃いので、強いジェットが存在するかどうかは分かっていません。

ただ、NASAの土星探査機“カッシーニ”の紫外線観測データは、木星の赤道付近にジェット気流の存在を示唆していましたが、解像度の限界により存在を決定づけることはできませんでした。


濃い霧の中でも雲を見つけることができる高い赤外線感度

今回の研究で木星大気の観測に用いられたのはジェームズウェッブ宇宙望遠鏡でした。

ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用宇宙望遠鏡。
ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として2021年12月25日に打ち上げられ、地球から見て太陽とは反対側150万キロの位置にある太陽―地球間のラグランジュ点の1つに投入され、ヨーロッパ宇宙機関と共同で運用されています。

高い赤外線感度と高性能な分光器を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が得意としているのは、遠方の深宇宙だけではないんですねー

見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしていて、今回の研究ではその能力が活かされています。

高い赤外線感度は、濃い霧の中でも雲を見つける能力に長けています。
風速を知るには、雲を追いかけることが唯一の手段となるので、これは重要なことです。
図2.木星の自転周期に相当する約10時間の間隔を置いて撮影された木星。いくつかの雲が追跡され、ジェット気流の速度が計算された。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Ricardo Hueso (UPV), Imke de Pater (UC Berkeley), Thierry Fouchet (Observatory of Paris), Leigh Fletcher (University of Leicester), Michael H. Wong (UC Berkeley) & Joseph DePasquale (STScI))
図2.木星の自転周期に相当する約10時間の間隔を置いて撮影された木星。いくつかの雲が追跡され、ジェット気流の速度が計算された。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Ricardo Hueso (UPV), Imke de Pater (UC Berkeley), Thierry Fouchet (Observatory of Paris), Leigh Fletcher (University of Leicester), Michael H. Wong (UC Berkeley) & Joseph DePasquale (STScI))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による風速の観測結果は、これまでの複数の観測結果と良く一致し、緯度ごとのより詳細なデータを得ることにも成功しています。

いくつかのデータの中で最も興味深いのは、赤道付近で未知のジェット気流を発見したこと。
ジェット気流は赤道から緯度にして±3度以内(約48000キロ)と非常に狭い範囲にあり、表面から25キロ付近で最大風速140m/sで循環していました。

このジェット気流は土星のものよりずっと遅いとはいえ、これほどの風速は地球で観測されたどの風よりも速いもので、この観測結果は“カッシーニ”のデータとも一致していました。
図3.それぞれの波長で追跡された雲の動きによるジェット気流の速度。最も速いものでは風速140m/s(時速515キロ)を記録している。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Ricardo Hueso (UPV), Imke de Pater (UC Berkeley), Thierry Fouchet (Observatory of Paris), Leigh Fletcher (University of Leicester), Michael H. Wong (UC Berkeley) & Joseph DePasquale (STScI))
図3.それぞれの波長で追跡された雲の動きによるジェット気流の速度。最も速いものでは風速140m/s(時速515キロ)を記録している。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Ricardo Hueso (UPV), Imke de Pater (UC Berkeley), Thierry Fouchet (Observatory of Paris), Leigh Fletcher (University of Leicester), Michael H. Wong (UC Berkeley) & Joseph DePasquale (STScI))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測結果は、他の緯度でも細かな風速データの修正につながっています。
特に未知のジェット気流の発見により、木星の大気循環モデルが大きく修正されることになり、大気科学分野での改善に役立ちました。

一方、地球を含めた多くの天体がそうであるように、木星も数年から数十年周期で大気循環が変化することが知られています。
木星の気温は季節やその他の周期とは関係なく、一定間隔で温かくなったり寒くなったりしているんですねー

このことから、今回発見された赤道のジェット気流も、時期によって変化する可能性があります。
ジェット気流がどのように変化するのかは、これからの観測によって明らかにされるはずです。


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