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マイクロクエーサー“SS433”に付随する分子雲から近紫外線放射を発見! 分子雲とジェットの直接相互作用

2024年05月31日 | 宇宙 space
今回の研究では、地球から約1.8万光年彼方に位置するマイクロクエーサー“SS433”(※1)の相対論的ジェットに付随する分子雲(※2)から、近紫外線が放射されていることを発見しています。

研究グループでは、近紫外線のアーカイブデータと“SS433”に付随する分子雲を比較することで、近紫外線の放射が“SS433”に一番近い分子雲だと特定。
近紫外線の放射領域が、分子雲の広がりと一致しているとことを確認しています。

さらに、分子輝線、遠赤外線のデータとの比較からは、近紫外線放射は分子雲の背後、“SS433”のジェットと分子雲の相互作用面から放射されていることを明らかにしました。

この紫外線放射が分子雲や分子雲中の星間ダストを暖め、暖められた星間ダストが遠赤外線で再放射していることも突き止めています。

この結果は、宇宙線の粒子加速や空間的に構造を分解できないクエーサーの物理現象の理解に役立つと考えられます。
※1.マイクロクエーサーは、ブラックホールと星の近接連星系のうち、ジェットを放出している天体のこと。伴星の巨星化などにより、主星の重力圏に伴星のガスが入り込むと、伴星のガスが主星に取り込まれる。こうして、主星に降り注いだガスは、主星の周りにガスの円盤を形成し、そこからジェットを放出する。クエーサーのミニチュア版ということから、マイクロクエーサーと名付けられている。
※2.分子雲は、天の川銀河の主要構成要素の一つ。他には星間ダストと星がある。分子雲の主要構成要素は水素だが、電気双極子モーメントを持たない水素分子は低温下では放射を行わない。分子雲中で水素分子の次に存在量が多く、かつ化学的に安定である一酸化炭素分子の放射を観測することで、分子雲の物理量、性質や運動を調べることができる。一酸化炭素分子は12C160(CO)が主として存在している。その同位体である13C160(13CO)は一酸化炭素分子全体の1~5%程度で、COで観測される領域よりも密度の高い領域を観測することができる。

この研究は、名古屋大学大学院理学研究科の山本宏昭助教、竹内努准教授、石川竜巳博士前期課程学生の研究グループが進めています。
本研究の成果は、2024年4月8日付の日本天文学会欧文研究報告“Publications of the Astronomical Society of Japan”に、“Near-ultraviolet radiation toward molecular cloud N4 in W50/SS433: Evidence of direct interaction of the jet with molecular cloud”として掲載されました。


最も強力なジェットを噴き出すマイクロクエーサー

マイクロクエーサーの一つ“S433”は、最も強力なジェットを出しているマイクロクエーサーです。

“SS433”から噴き出されたジェットは、根元での速さが光速の26%(秒速78,000キロ)に達し、伝搬中に減速するものの、相当な速さで周囲の星間物質に衝突しています。

この速さは超新星爆発よりも速いもの。
ただ、超新星爆発は一過性の現象なのに対し、マイクロクエーサーのジェット、特に“SS433”のジェットは長期間にわたり放出され続けているので、周囲の星間物質に与える影響は超新星爆発よりも大きいと考えられています。

今回、研究グループが見つけたのは、このジェットと直接相互作用していると予測されていた分子雲からの近紫外線の放射でした。(図1)

この領域では、野辺山45メートル電波望遠鏡の観測により発見された分子雲と、“SS433”の主星が星としての死を迎えたときに起こした超新星爆発、その後放出されたジェットにより奇妙な形に変形した電波連続波と、X線で見えるジェットの3つが同じ視線方向に状に存在しています。
図1.近紫外線放射(赤)、電波連続波(緑)、X線放射(青)の強度分布の三色合成図に、分子雲の分布をコントアで描いた図。白丸で囲まれた分子雲が本研究で注目した分子雲。(Credit: Yamamoto)
図1.近紫外線放射(赤)、電波連続波(緑)、X線放射(青)の強度分布の三色合成図に、分子雲の分布をコントアで描いた図。白丸で囲まれた分子雲が本研究で注目した分子雲。(Credit: Yamamoto)


分子雲とジェットの直接相互作用

今回の研究では、この分子雲において、分子雲とほぼ同程度に広がる近紫外線放射を発見しました。
図2は、近紫外線放射領域を拡大したものになります。

分子雲の高密度領域から放射される13CO(J=3-2)輝線(※3)の放射強度は、観測された近紫外線放射の強度と反相関の分布を示していることが分かりました。(図2a)
※3.一酸化炭素分子は永久電気双極子モーメントを持つ。この電気双極子モーメントの回転により、電磁波が放射される。放射される電磁波は量子力学的に許される不連続の準位間の遷移に限られる。基底状態をJ=0とし、J=1、2、3と準位があり、J=3から2へ遷移する際に放射される電磁波ということを示す際にCOの後に括弧書きで(J=3-2)と表記する。13CO分子のJ=3から2への遷移で放射された電磁波の場合は13CO(J=3-2)となる。
図2.近紫外線の放射強度分布(紫→青→水→緑→黄→橙→赤の順に強度が強くなる)に、以下のコントアを重ねた図。(a)高密度分子雲(13CO(J=3-2)、(b)CO(J=3-2)とCO(J=1-0)のピーク温度比、(c)ダストの熱放射。(Credit: Yamamoto)
図2.近紫外線の放射強度分布(紫→青→水→緑→黄→橙→赤の順に強度が強くなる)に、以下のコントアを重ねた図。(a)高密度分子雲(13CO(J=3-2)、(b)CO(J=3-2)とCO(J=1-0)のピーク温度比、(c)ダストの熱放射。(Credit: Yamamoto)
特に、近紫外線放射領域の中央部分では近紫外線放射が弱く見え、そこに高密度分子雲が多く存在していることが分かりました。

この反相関の分布から考えられるのは、分子雲による近紫外線の減光が効いていること。
このことは、近紫外線放射が分子雲の奥から放射されていることを意味します。

また、そこではCO分子がよく励起(※4)されていて(図2b)、同じ辺りの場所で遠赤外線放射が強くなっていることが分かります(図2c)。
過去の研究では、この部分の分子雲の温度が約55Kと求められています(Yamamoto et al. 2022)。
※4.J=1、2、3と上の準位に行くためには、その分エネルギーを必要とする。絶対温度10K程度の一般的な分子雲では、J=1やJ=2の準位に多くの一酸化炭素分子が存在するが、分子雲の温度や密度が高くなると、J=3、4とさらに上の準位に滞在する一酸化炭素分子が支配的になる。このため、準位間の遷移によって放射される電磁波の強度の比(ここではJ=3-2の遷移とJ=1-0の遷移の比)が高いところでは、分子雲の温度や密度が高いことを意味する。
一般的な分子雲の温度は10Kから20K程度。
なので、この55Kという温度は、何か外からの熱源による暖めが無い限り達成できないはずです。

これらの結果を総合すると、分子の背後から放射された紫外線が、分子雲を温めていることがが考えられます。

また、分子雲に含まれる星間ダストも同様に近紫外線放射によって暖められ、暖められた星間ダストが遠赤外線で再放射していると考えられます。

この結果から、紫外線放射はジェット分子雲が直接相互作用している、その相互作用面で放射されていると考えられ、図3のような状況になっていると想像できます。

これにより、今回の研究では、分子雲とジェットが直接相互作用していることを確実なものにしました。
図3.近紫外線放射のイメージ図。上図はこの領域の様子を上から見たもの。下図は観測結果で、上図と対応させている。上下の図ともに、青が“SS433”のジェット、赤が近紫外線放射、緑が分子雲の分布を示している。下図のコントアは13CO(J=3-2)輝線の放射強度の分布を示していて、緑で示した分子雲よりも高密度の領域となる。(Credit: Yamamoto)
図3.近紫外線放射のイメージ図。上図はこの領域の様子を上から見たもの。下図は観測結果で、上図と対応させている。上下の図ともに、青が“SS433”のジェット、赤が近紫外線放射、緑が分子雲の分布を示している。下図のコントアは13CO(J=3-2)輝線の放射強度の分布を示していて、緑で示した分子雲よりも高密度の領域となる。(Credit: Yamamoto)


宇宙線粒子を高いエネルギーまで加速できる可能性

本研究では、高速度のジェットと分子雲が直接相互作用している現場を、天の川銀河内で初めて明らかにしています。
同様の例は遠方の銀河では見つかっているものの、遠くにあるので詳しく調べることが出来ていませんでした。

このため、本研究による成果は、遠方銀河におけるジェットと分子雲の相互作用の理解につながると考えられます。

また、ジェットと分子雲の相互作用面では衝撃波が発生します。
超新星爆発では、このような衝撃波面で宇宙線粒子の加速が起きます。

衝撃波面が維持される限り、宇宙線粒子をどんどん加速することができ、どんどんエネルギーを得ることができます。

超新星爆発は一過性の現象なので、衝撃波面を維持できる時間に限りがあります。
このため、超新星爆発で加速できる宇宙線粒子のエネルギーにも限度があります。

一方、“SS433”では長期間にわたりジェットが放出されているので、衝撃面を長期間維持することができます。

これにより、超新星爆発よりも宇宙線粒子を高いエネルギーまで加速できる可能性があり、現在天文学の謎の一つでである、天の川銀河内のPeV(ペタエレクトロンボルト)のエネルギーを持つ宇宙線粒子の起源の一つになり得ると考えられます。

さらに、マイクロクエーサーはクエーサーのミニチュア版になるので、クエーサーの物理現象を近場で観測することができるはずです。

クエーサーは遠方にあるので、現在のどの望遠鏡をもってしても、その構造を分解することができていません。
一方、マイクロクエーサーはその近さのため、周囲の構造を容易に分解して、詳しく調べることができます。

このように、マイクロクエーサーの周辺環境を詳しく調べることは、クエーサーの物理的理解の助けになると考えられます。


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NASAの小惑星探査機“サイキ”がイオンエンジンを始動! 時速20万キロまで加速し小惑星“プシケ”への到着は2029年

2024年05月30日 | 太陽系・小惑星
現地時間5月22日のこと、NASAは小惑星探査機“サイキ(Psyche)”のイオンエンジン始動を発表しました。

2023年10月に打ち上げられた“サイキ”の目的は、火星と木星の間に広がる小惑星帯を公転する小惑星“16 Psyche(プシケ)”の周回探査。
このミッションは、“ディスカバリー計画”14番目として2017年に選定されました。
図1.小惑星探査機“サイキ”は打ち上げ後に約6年間をかけて小惑星“プシケ”へ向かう。小惑星“プシケ”に到着するのは2029年8月の予定。(Credit: NASA/ JPL–Caltech / ASU)
図1.小惑星探査機“サイキ”は打ち上げ後に約6年間をかけて小惑星“プシケ”へ向かう。小惑星“プシケ”に到着するのは2029年8月の予定。(Credit: NASA/ JPL–Caltech / ASU)
小惑星“プシケ”は、鉄やニッケルといった金属を豊富に含む“M型小惑星”に分類されています。
その正体は初期の太陽系で形成された原始惑星のコア(核)ではないかと予想されてきました。

過去に探査機が接近して観測した小惑星や彗星は主に岩石や氷でできているので、“プシケ”は金属質の小惑星を間近で観測する初のミッションになります。

地球のコアを直接調べることはできないので、原始惑星のコアだった可能性がある“プシケ”の観測を通して、地球のような惑星の形成についての貴重な情報が得られると期待されています。

イオンエンジン(ホールスラスター)は、“サイキ”に搭載された太陽電池パネルで生じた電力により、キセノンガスのイオンを加速し放出することで、推進力を生み出します。
得られる推力は弱いものの、少ないガス搭載量で長期間のミッションが可能になります。
図2.小惑星探査機“サイキ”に搭載されているものと同じイオンエンジン(ホールスラスター)。青く光っているのがキセノンのイオン。推進剤のキセノンは合計1085キロ充填されている。(Credit: NASA / JPL-Caltech)
図2.小惑星探査機“サイキ”に搭載されているものと同じイオンエンジン(ホールスラスター)。青く光っているのがキセノンのイオン。推進剤のキセノンは合計1085キロ充填されている。(Credit: NASA / JPL-Caltech)
現在、“サイキ”は時速13万5000キロで飛行していて、今後は時速20万キロまで加速し、“プシケ”への到着は2029年が予定されています。

“サイキ”は“プシケ”を少なくとも2年間周回している間に探査を進めることになります。

さらに、“サイキ”ではレーザーを活用した深宇宙光通信“DSOC(Deep Space Optical Communications)”の技術実証も予定されています。

これは、光レーザーを用いて深宇宙との広帯域データ通信を実証するもの。
従来の無線通信と比較して、10倍から100倍とはるかに高速な通信が可能となります。
この技術が実用化できれば、深宇宙探査において得られるデータ量が格段に増す可能性があります。
図3.小惑星探査機“サイキ”の予定航路。2026年5月に火星フライバイを実施する。(Credit: NASA / JPL-Caltech)
図3.小惑星探査機“サイキ”の予定航路。2026年5月に火星フライバイを実施する。(Credit: NASA / JPL-Caltech)


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系外惑星からの光を直接観測できる装置“ローマン・コロナグラフ”の準備完了! 恒星の光を取り除く技術で第2の地球を発見へ

2024年05月29日 | 系外惑星
NASAのナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡には、恒星の光を遮りその光芒に隠された惑星を見ることができる“ローマン・コロナグラフ”という装置が搭載されます。
この装置を用いた新しい観測技術を実証することで、地球外のハビタブル(生命が居住可能)な世界の探索への道を拓くのに役立ちます。

この技術実証装置は、最近になって南カリフォルニアにあるNASAのジェット推進研究所(JPL)から、メリーランド州グリーンベルトにあるNASAのゴダード宇宙飛行センターへ出荷。
そこで2027年5月までの打ち上げに向けて、宇宙望遠鏡衛星に組み込まれる予定です。

でも、この大陸をまたいでの旅の前に、ローマン・コロナグラフはエンジニアが“ダークホールを掘る”と呼ぶ、星の光を遮る能力の最も完全なテストを受けていました。

宇宙では、この“ダークホールを掘る”ことにより、天文学者は他の恒星の周りの惑星、すなわち系外惑星からの光を直接観測することができるようになります。

この技術がローマン・コロナグラフで実証されれば、同様の技術を用いた将来のミッションでは、天文学者は直接観測により系外惑星の大気中の化学物質を特定し、生命の存在を示すことができるようになるかもしれません。
図1.ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡のイメージ図。(Credit: NASA)
図1.ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡のイメージ図。(Credit: NASA)


恒星の近くにある惑星を見えやすくする

ダークホールのテストでは、宇宙の冷たく暗い真空をシミュレーションするために設計された密閉されたチャンバーにコロナグラフを配置。
レーザーと特殊な光学系を使用して、ローマン望遠鏡で観測したときに見える、星からの光を再現しています。

光がコロナグラフに到達すると、車のサンバイザーが太陽を遮ったり、皆既日食中に月が太陽を遮ったりするように、マスクと呼ばれる小さな円形の隠蔽物を使用して、星の光を効率的に遮断します。
これにより、恒星の近くに位置する天体が見えやすくなる訳です。

マスクを持つコロナグラフとして、すでに宇宙空間で実現されている例はありますが、地球と同じような系外惑星を検出する能力はありませんでした。

他の恒星系から見ると、私たちの地球は太陽の約100億倍暗く見え、この2つは比較的近い距離にあります。
なので、地球を直接撮影することは、3000マイル(約5000キロ)離れた灯台の隣にある発光藻の光の斑点を見ようとするようなものになります。


より多くの恒星の光を取り除く技術

これまでのコロナグラフィー技術では、マスクされた星でさえ、その光芒が地球のような惑星のかすかな光を圧倒していました。
このため、ローマン・コロナグラフでは、いくつかの稼働部品を使用して、過去のスペース用コロナグラフよりも、不要な星の光を多く除去できる技術を実証します。
これらの稼働部品により、宇宙を飛行する初の“アクディブ”なコロナグラフとなります。

主な装置は、直径わずか2インチ(5センチ)の2つの変形可能なミラー(可変形鏡)で、上下に動く2000個以上の小さなピストンで支えられています。
このピストンが連携して可変形鏡の形状を変化させ、コロナグラフマスクの端からこぼれる不要な迷光を補正して遮ることができます。

可変形鏡は、ローマン望遠鏡の他の光学系のわずかなズレを補正するのにも役立ちます。
これらのわずかな光学系のズレはとても小さいので、ローマン望遠鏡の他の装置の高精度測定には全く影響を与えません。
でも、コロナグラフではマスクに隠された星のわずかな光を、“ダークホール”に導いてしまう可能性があります。

肉眼では知覚できないほどの、可変形鏡の形状のわずかな、そして正確な変形によって、このようなわずかな光学系のズレも補正することができます。
光学系のズレは非常に小さく、影響も非常に小さいので、実証試験では正しく修正するために100回以上の反復を行う必要があったそうです。

試験では、コロナグラフのカメラからの読み出しに、中心の恒星の周りにドーナツ状の領域が示され、より多くの中心星の光をその領域から取り除いていくにつれて徐々に暗くなるので、“ダークホールを掘る”というニックネームが付けられました。

打ち上げられた軌道上の宇宙空間では、この暗い領域(ダークホール)に潜む系外惑星が、可変形鏡による作業を行うにつれて、ゆっくりと現れるはずです。


直接観測と間接的な検出方法

過去30年間に、他の恒星の周りに5000個以上の惑星が発見および確認されています。
でも、そのほとんどは間接的に検出されたものでした。

間接的というのは、惑星の光を直接観測するのではなく、惑星が主星(恒星)の光に与える小さな影響から惑星の存在を探るというもの。
恒星の周りを回っている惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる速度の変化を、光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出するドップラーシフト法や、地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探るトランジット法があります。

主星の光の相対的な変化を検出することは、はるかに暗い惑星の光を直接見ることに比べれば、(比較的に)かなり容易と言えます。
実際、直接観測された系外惑星は70個未満にすぎません。

また、現在までに直接撮影された惑星は、一般的に地球とは似ても似つかないもので、ほとんどがはるかに大きく、高温で、概して主星から遠く離れています。
これらの特徴により、検出は容易にはなりますが、私たちが知っているような生命にとっては、かなり存在しにくい環境と言えます。


第2の地球を直接観測する

生命が住める可能性のある惑星を探すには、恒星の何十倍も暗いだけでなく、恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域“ハビタブルゾーン”を公転する惑星の撮影が必要です。
ハビタブルゾーンが、地球上で見られるような(地球型)生命の先駆体が生まれる必要条件と言えるからです。

そこで、地球に似た、まさに“地球類似惑星”と呼べる系外惑星を直接撮像する機能を開発するのに必要となるのが、ローマン・コロナグラフのような技術実証のためのステップです。

ローマン・コロナグラフが、その能力を最大に発揮することができれば、太陽の周囲を公転する木星に似た系外惑星を直接撮像することができます。

木星は大きくて冷たい外惑星ですが、太陽系の場合は地球から火星軌道がハビタブルゾーンにあたるので、ハビタブルゾーンの比較的近くに位置することになります。

ローマン・コロナグラフの観測を実施することで得られる経験や知識は、太陽のような恒星のハビタブルゾーンを周回する地球サイズの惑星を、直接撮影するために設計される将来の宇宙望遠鏡ミッションへの道を拓くのに役立つはずです。

ハビタブル・ワールド天文台と呼ばれる、NASAによる将来の宇宙望遠鏡コンセプトは、ローマン・コロナグラフ装置の宇宙での実証観測に基づいて設計される機器を使用して、少なくとも25個の“第2の地球”と呼べる地球類似惑星を直接観測することを目指しています。

このハビタブル・ワールド天文台のようなミッションの目標を達成するために、可変形鏡のようなアクティブ(能動的)な部品が必要となった訳です。

ローマン・コロナグラフ装置のアクティブな性能により、通常の光学による観測を異なるレベルに引き上げることができます。
これにより、システム全体がより複雑になりますが、これなしではこのような素晴らしいことはできないはずです。


ミッションの詳細

ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡は、メリーランド州グリーンベルトにあるNASAのゴダード宇宙飛行センターで管理されていて、南カリフォルニアのジェット推進研究所(JPL)とカリフォルニア工科大学/IPAC、ボルチモアの宇宙望遠鏡科学研究所、および様々な研究機関の科学者で構成される科学チームが参加しています。

主な産業パートナーは、コロラド州ボルダーのBAE Space and Mission Systems、フロリダ州メルボルンのL3Harris Technologies、カリフォルニア州サウザンドオークスのTeledyne Scientific & Imagingです。

ローマン・コロナグラフ装置は、NASAの機器を管理するジェット推進研究所で設計および製造されました。

ヨーロッパ宇宙機関、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、フランスの宇宙機関CNES(国立宇宙研究センター)、ドイツのマックス・プランク天文学研究所が貢献しています。

カリフォルニア州パサデナにあるカリフォルニア工科大学は、NASAのジェット推進研究所を管理しています。
カリフォルニア工科大学/IPACのRoman Science Support Centerは、コロナグラフのデータ管理と機器のコマンドの生成についてジェット推進研究所と連携しています。


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これで2例目! 直径が木星ほどしかない超低温の赤色矮星を公転する地球サイズの惑星“SPECULOOS-3 b”を発見

2024年05月28日 | 系外惑星
今回の研究では、トランジット法で惑星を検出する望遠鏡ネットワークを用いて、直径が木星ほどしかない超低温の赤色矮星の周りを公転する地球サイズの惑星“SPECULOOS-3 b”を発見しています。

このタイプの星の周りに惑星が発見されたのは“トラピスト1”に続く2例目になります。

“SPECULOOS-3 b”は、主星に非常に近い軌道を回っているので、大気が存在する可能性は極めて低いようです。
それでも、超低温矮星の性質を深く知ることや、生命の存在に適した惑星があるかどうかについても、より深く理解できる可能性があるようです。
この研究は、ベルギー・リエージュ大学のMichaël Gillonさんを中心とする研究チームが進めています。


サイズや質量が恒星としての下限に近い超低温矮星

赤色矮星(※1)は、中心で水素の核融合反応が起こっている“普通の恒星(主系列星)”の中では、最も質量が軽く温度が低い恒星です。
その中でも特に温度が低いものを“超低温矮星(ultra-cool dwarf star)”と呼ぶことがあります。
※1.表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼ぶ。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。
超低温矮星はスペクトル型がM6.5よりも低温側の赤色惑星で、その表面温度は3000K未満しかありません。
直径は木星ほどで質量は太陽の10分の1ほど、サイズや質量が恒星としての下限に近く、主に赤外線の波長で輝く天体です。

惑星形成モデルによると、超低温矮星では原始惑星系円盤(※2)の質量およびサイズが小さいので、木星型惑星ではなく、水星から地球程度のサイズの惑星を比較的たくさん持ちうることが示唆されています。
※2.原始惑星系円盤とは、誕生したばかりの恒星の周りに広がる水素を主成分とするガスやチリからなる円盤状の構造。恒星の形成や、円盤の中で誕生する惑星の研究対象とされている。
星は大きいほど核融合に使う水素の消費量が増加していきます。
なので、明るく輝いているということは、水素の消費量が多く寿命が短いことを意味します。

一方、軽い恒星ほど寿命が長くなります。
このため、超低温矮星の寿命は、現在の宇宙の年齢を超える1兆年以上にもなります。

恒星は軽いものほど数が多く、超低温矮星は太陽くらいの質量を持つ星々よりもずっとありふれた存在といえます。
ただ、極めて暗いので、その性質はよく分かっていません。

天の川銀河に存在する惑星の大半は、超低温矮星の周りを公転しているはずですが、それらの惑星についても、ほとんど理解が進んでいない状態です。


太陽系近傍の超低温矮星を公転する惑星の探索

今回の研究で見つかったのは、超低温矮星の周りを公転する地球サイズの惑星“SPECULOOS-3 b”です。

この探査に用いたのは、トランジット法(※3)で惑星を検出する望遠鏡ネットワーク“SPECULOOS(Search for Planets EClipsing LUtra-c001 Star)”。
研究チームでは、“SPECULOOS”により太陽系近傍にある超低温矮星を公転する惑星の探索をしていました。
※3.トランジット法は、地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る。繰り返し起きるトランジット現象を観測することで、その周期から系外惑星の公転周期を知ることができる。また、トランジット時には、主星の明るさが時間の経過に合わせて変化していく。その明るさの変化を示した曲線“光度曲線”をもとに、系外惑星の直径や大気の有無といった情報を得ることが可能となる。
図1.主星の超低温矮星“SPECULOOS-3”(右)を公転する惑星“SPECULOOS-3 b”(左)のイメージ図。主星は表面温度が2800Kの赤色矮星で、惑星は、この周りをわずか17時間で公転している。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
図1.主星の超低温矮星“SPECULOOS-3”(右)を公転する惑星“SPECULOOS-3 b”(左)のイメージ図。主星は表面温度が2800Kの赤色矮星で、惑星は、この周りをわずか17時間で公転している。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
超低温矮星を公転する惑星が見つかったのは、有名な“トラピスト1”に続く2例目でした。

“SPECULOOS”では、2011年からプロトタイプの観測装置を南米チリのヨーロッパ南天天文台ラ・シーヤ観測所“トラピスト望遠鏡”に取り付けて観測を開始。
“トラピスト1”の惑星系を発見したのが2017年のことでした。

“トラピスト1”は、超低温矮星を公転する7個の惑星からなる系で、ハビタブル(生命が居住可能)な惑星も複数存在すると考えられています。

“SPECULOOS”の観測が正式に開始されたのは2019年のこと。
チリ・カナリア諸島・メキシコの計6基のリモート望遠鏡を連携して観測は進められました。

超低温矮星は、夜空に膨大な数が存在しています。
なので、惑星のトランジットを検出するには、数週間にわたってそれらを一つずつ観測する必要があります。
そのために、専用のリモート望遠鏡ネットワークが必要だった訳です。


主星に非常に近い軌道を公転する地球サイズの惑星

“SPECULOOS-3”は、はくちょう座の方向約55光年彼方に位置するスペクトル型がM6.5の超低温矮星で、表面温度は2800と推定されています。
質量は太陽の0.1倍、半径は太陽の0.12倍(木星の約1.2倍)となります。

今回見つかった惑星“SPECULOOS-3 b”は、半径が約6100キロと地球とほぼ同じで、主星(恒星)の周りをわずか約17時間で公転しています。

主星に非常に近い軌道を回っているので、地球が太陽から受ける放射の約16倍ものエネルギーを受けていて、高エネルギー放射線が降り注いでいることが考えられます。

このような環境では、惑星に大気が存在する可能性は極めて低くなります。

それでも、この惑星が大気を持たないことで、いくつか都合が良い点もあるかもしれません。
例えば、超低温矮星の性質を深く知ることや、生命の存在に適した惑星があるかどうかについても、より深く理解できる可能性があります。

さらに、“SPECULOOS-3 b”は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の良い観測対象にもなるはずです。
研究チームでは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いれば、この惑星の表面について鉱物的な知見も得られると考えています。


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地球の双子星“金星”に似た系外惑星を発見! 惑星が生命の存在に適した環境を持つための条件を探るカギになるかも

2024年05月26日 | 系外惑星
今回の研究では、すばる望遠鏡の赤外線分光器“IRD”などを用いた観測と、NASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”を用いた観測との連携を通じて、地球からわずか40光年の位置に新たな系外惑星“グリーゼ12 b”を発見。
“グリーゼ12 b”は、地球や金星と同程度の大きさを持ち、太陽よりも低温の恒星の周りを12.8日をかけて周回しています。

“グリーゼ12 b”が恒星から受け取る日射量が金星の場合と同程度なこと。
また、大気が散逸せずに一定量残っている可能性があることから、“グリーゼ12 b”はこれまでに発見された系外惑星と比べて、金星のような惑星の大気の特徴を調べるのに最も適した惑星と言えそうです。

金星は地球の兄弟とも呼ばれる惑星ですが、金星が地球と異なり生命にとって過酷な環境になった原因は、大きな謎として残されています。

今後、NASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や次世代の大型望遠鏡で“グリーゼ12 b”の大気を詳細に調査することで、惑星が生命の居住に適した環境を持つための条件についての理解が大きく進むと期待されます。
この研究は、アストロバイオロジーセンター、東京大学、国立天文台、東京工業大学の研究者を中心とした国際研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年5月23日付でアメリカの天体物理学専門誌“アストロフィジカル・ジャーナル・レター”に“A temperate Earth-sized planet at 12 pc ideal for atmospheric transmission spectroscopy”として掲載されました。
図1.地球から約40光年彼方に位置する赤色矮星を公転する地球サイズの太陽系外惑星“グリーゼ12 b”のイメージ図。この図では“グリーゼ12 b”の周りに薄い大気が描かれているが、惑星が実際にどのような大気を持つのかはまだ分かっていない。今後の研究によって明らかになることが期待されている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (Caltech-IPAC))
図1.地球から約40光年彼方に位置する赤色矮星を公転する地球サイズの太陽系外惑星“グリーゼ12 b”のイメージ図。この図では“グリーゼ12 b”の周りに薄い大気が描かれているが、惑星が実際にどのような大気を持つのかはまだ分かっていない。今後の研究によって明らかになることが期待されている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (Caltech-IPAC))


惑星が生命の存在に適した環境を持つための条件

多種多様な生命を育む私たちの地球は、特別な惑星なのでしょうか?
それとも、広い宇宙の中ではありふれた存在なのでしょうか?

人類にとって根源的とも言えるこの問いに答えるには、地球と似た別の惑星からヒントを得る必要があります。
とりわけ、地球の隣にある惑星“金星”は重要な研究対象の一つになります。

金星のサイズ(地球の0.95倍)や質量(地球の0.82倍)は、まさに地球の兄弟とも言えるほど地球と似通っていますが、その大気は高温高圧で乾燥していて、地球とは似ていません。

太陽から受ける光の量(日射量)に多少の違いはありますが、なぜ金星がここまで地球と異なる表層環境を持つようになったのかは、はっきりと分かっていません。

このように、惑星が生命の存在に適した環境を持つための条件はまだ曖昧なので、その理解を深めるためには、金星だけではなく“太陽系外の金星”にもヒントを求めることが重要となります。


太陽よりも軽くて小さい恒星を周回する惑星

太陽以外の恒星を周回する惑星は、1990年代以降、様々な検出方法によって探索され、その発見数は5500個を超えています。

特に、NASAが2009年に打ち上げた系外惑星探査衛星“ケプラー”により探索が大きく進展し、地球程度かそれより小さなサイズの惑星も発見されるようになりました。

でも、これらの惑星の大半は、地球から数百光年と遠く離れた場所にあるんですねー
なので、現在はもちろん、近い将来の望遠鏡でも、それらの惑星の大気や表層環境を詳細に知ることは困難です。

そこで、近年では太陽系の近くにある、太陽よりも軽くて小さい赤色矮星(※1)と呼ばれる恒星を周回する惑星の探索が精力的に進められています。
※1.表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型星)と呼ぶ。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。
その理由は、恒星が軽くて小さいと、恒星を周回する惑星の重力で恒星が引っ張られることによる恒星の速度変化(ドップラーシフト法)や、明るさの変化(トランジット法)から、惑星の存在を検出しやすくなるためです。

ドップラーシフト法は、恒星の周りを回っている惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる速度の変化を、光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出する手法です。

分光器により光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができます。
この“スペクトル”は、光のドップラー効果によって私たちの方へ動いている時には短い波長(色で言えば青い方)へ、遠ざかっている時には長い波長(色で言えば赤い方)へズレてしまいます(シフトする)。

この周波数の変化量を測定することで、天体の動きやその速度を知ることができます。
ドップラーシフト法の観測データからは、系外惑星の公転周期や最小質量を知ることもできます。

ドップラーシフト法だけでは原理的に求められるのが惑星質量の下限値。
トランジット法でも観測ができる惑星系の場合だと、その結果と組み合わせて正確に惑星質量を求めることができます。


地球サイズの惑星が存在する兆候を検出

分光観測では、恒星からたくさんの光量を受け取る必要があり、赤色矮星は可視光では暗く、赤外線で明るいという特徴があります。
そこで、すばる望遠鏡では、新しい赤外線分光器“IRD(InfraRed Doppler)”を用いたドップラー法による惑星探査“IRD-SSP”を2019年から開始しています。(※2)
※2.“IRD-SSP”の初期の重要な成果として、ハビタブルゾーン(主星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域)を横切るスーパーアース“ロス508 b”の発見を報告している。
今回発見された“グリーゼ12 b”が12.8日をかけて周回しているのが恒星“グリーザ12”です。
“グリーゼ12”は、表面温度が3000℃と、太陽より2500度ほど低く、半径が太陽のおよそ4分の1の赤色矮星です。

研究チームでは、うお座の方向約40光年彼方に位置する“グリーゼ12”を、“IRD-SSP”探査のターゲットの一つとして、2019年~2022年にわたって集中的に観測。
一方で“グリーゼ12”は、トランジット法で惑星を検出するNASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”でも、2021年8月から2023年10月の間に観測されていました。

トランジット法は、地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探ります。

繰り返し起きるトランジット現象を観測することで、その周期から系外惑星の公転周期を知ることができます。

また、トランジット時には、主星の明るさが時間の経過に合わせて変化していきます。
その明るさの変化を示した曲線“光度曲線”をもとに、系外惑星の直径や大気の有無といった情報を得ることが可能になります。

“TESS”の観測チームは、“グリーゼ12”の観測データから地球サイズの惑星が存在する兆候を検出し、2023年4月に情報を公開しています。

これを受けて、本研究チームはアストロバイオロジーセンターや東京大学が開発・運用する多色同時撮像カメラ“MuSCAT(マスカット)”シリーズ(※3)を用いて追観測を実施。
“TESS”で検出された惑星の兆候がノイズではなく、本物だと確認しました。
※3.“MuSCAT”シリーズは、岡山県の188センチ望遠鏡、スペイン・テネリフェ島の1.52メートル望遠鏡、アメリカ・マウイ島の2メートル望遠鏡に搭載された観測装置。3つもしくは4つの波長帯で同時にトランジット観測が行える。“MuSCAT”はMulticolor Simultaneous Camera for studying Atmospheres of Transiting exoplanetsの略で、岡山県の名産品にちなんでいる。
さらに、“TESS”および“MuSCAT”シリーズで得られたデータの解析からは、惑星の公転周期を12.8日、半径を地球の約0.96倍と求めることができました。
また、“IRD”のデータをカラーアルト天文台の3.5メートル望遠鏡で取得されたドップラーシフトのデータと組み合わせて解析することで、“グリーゼ12 b”の質量の上限値を地球の3.9倍としています。
うお座の方向約40光年彼方に位置する赤色矮星“グリーゼ12”を12.8日周期で公転している惑星“グリーゼ12 b”の動画。(Credit: 4D2U project, NAOJ, 画像:NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (Caltech-IPAC))


“グリーゼ12 b”はどのような惑星なのか

“グリーゼ12 b”の“1年(公転周期)”は12.8日と短く、その軌道は主星からわずか0.07天文単位(太陽-地球間の距離の約1/14倍)しか離れていません。
でも、主星の温度が低いので、惑星が主星から受ける日射量は地球の約1.6倍と、金星(地球の1.9倍)と同程度にとどまっています。

それでも、この日射量では惑星の表層が高温になってしまい、地表に液体の水が存在したとしても、暴走的に蒸発してしまう可能性が高いと考えられます。

一方、惑星表面に液体の水が安定して存在できるかどうかは、日射量に加えて大気の組成や量も重要な要素となります。

仮に惑星の表面が適温でも、大気が希薄だと水は液体として存在することはできません。
また、太陽系外の地球型惑星がどのような大気を持つのかも、ほとんど分かっていません。

地球型惑星の大気の研究対象としては、7つの地球型惑星を持つ“トラピスト1”惑星系(※4)が有名です。
※4.“トラピスト1”は、みずがめ座の方向約41光年彼方に位置する赤色矮星。地上の望遠鏡やNASAの赤外線天文衛星“スピッツァー”を用いたトランジット法による観測から、ハビタブルゾーン内の惑星を含む7つの地球型惑星が発見されている。
惑星系の内側から2番目の惑星“トラピスト1 c”は、半径(地球の約1.1倍)や日射量(地球の約2.2倍)が金星や“グリーゼ12 b”とよく似ています。
でも、近年のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、この惑星には少なくとも金星のような厚い大気は存在しないことが明らかになりました。

“トラピスト1”は、活動性が高く、強いX線や紫外線、恒星風などを放射しています。
“トラピスト1 c”は、それらの高エネルギー線の照射を受けているので、大気の大半を消失してしまった可能性が高いと考えられているからです。

一方の“グリーゼ12 b”は、主星(恒星)のX線強度が“トラピスト1”より1桁ほど弱いこと。
さらに、主星からの距離が“トラピスト1 c”と比べて4倍以上離れているので、惑星が主星から受ける高エネルギー線照射の影響は“トラピスト1 c”と比べて弱いことが考えられます。

これらのことから、一定量の大気を保持している可能性が高いと言えます。

“グリーゼ12 b”は地球からの距離が近いので、“トラピスト1 c”と同様にジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や次世代の大型望遠鏡を用いた惑星大気の観測対象として最適と言えます。

今後、“グリーゼ12 b”の大気を観測し、金星や“トラピスト1 c”の大気と比較することで、地球型惑星の大気が主星からの放射環境によってどのように異なるのかを明らかにできることが期待されます。

現在の金星の表層には液体の水は存在しませんが、過去に存在した可能性が指摘されています。
同様に、条件によっては“グリーゼ12 b”にも過去に液体の水が存在した、もしくは現在も存在する可能性も残されています。

今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による詳細な観測や、将来の30メートル級地上望遠鏡によるトランジット分光観測や直接観測によって、“グリーゼ12 b”がどのような大気を持つのか、水蒸気や酸素、二酸化炭素などの生命に関連のある成分の存在が、明らかになることが期待されますね。


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