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宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

どの銀河も物質の密度は中心から外縁に向かって一定の割合で減少している? ダークマターと星の相互作用に関する新たな知見

2024年08月27日 | 銀河・銀河団
これまで、天文学者たちの頭を悩ませてきたことがあります。

それは、銀河内の物質の密度が中心から外縁に向かって一定の割合で減少していること。
このことは、銀河によって年齢や形状、大きさ、星の数が様々なことを考えると、不可能に思える現象でした。

この謎を解くため、今回の研究では星とダークマターが互いに影響し合い、規則的な質量構造を作り出しているという説を立てています。

でも、この説を裏付けるメカニズムは、これまで発見されていませんでした。

そこで研究チームは、チリの超大型望遠鏡“VLT”を用いて22個の銀河を詳細に観測。
銀河の質量構造におけるダークマターと星の分布の関連性を調査しています。

その結果、質量密度の類似性は銀河自体ではなく、天文学者が銀河を測定しモデル化する方法に起因することが分かってきます。
銀河全体の質量密度プロファイルは、星の質量構造とは無関係に、ダークマターの量と強い相関を持つことも明らかになりました。

どうやら、過去の単純化されたモデルでは、銀河の複雑さをとらえきれていなかったため、誤った測定結果が得られていたようです。
本研究により、銀河の進化におけるダークマターの役割について、新たな知見が得られるかもしれません。
この研究は、マッコリ―大学のASTRO 3D研究者であるCaro Derkenne博士を中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に“The MAGPI survey: evidence against the bulge–halo conspiracy”として掲載されました。DOI:10.1093 / mnra / stae1836
図1.超大型望遠鏡“VLT”がとらえた画像の一つ。大質量銀河が群れを成している様子が写っている。中心にある銀河は、それぞれ太陽の約1250億倍の質量を持つ(ダークマターを含む)。(Credit: Trevor Mendel, ANU)
図1.超大型望遠鏡“VLT”がとらえた画像の一つ。大質量銀河が群れを成している様子が写っている。中心にある銀河は、それぞれ太陽の約1250億倍の質量を持つ(ダークマターを含む)。(Credit: Trevor Mendel, ANU)


なぜ多くの銀河で質量密度の減少の仕方が類似しているのか

宇宙に存在する銀河は、その中心部に星が密集するバルジ、それを取り巻く円盤状のディスク、そして銀河全体を包み込むように広がるダークマターハローという、大きく分けて3つの構造から成り立っています。

これらの構造は、銀河の形成と進化の歴史を理解する上で重要なカギを握っています。
でも、その質量分布、特にダークマターの分布については、まだ多くの謎が残されていました。

約25年前のこと、天文学者たちは銀河の形態や進化の歴史が大きく異なるにもかかわらず、その質量プロファイル、すなわち中心部から外縁部にかけての質量密度の減少の仕方が、多くの銀河で驚くほど類似しているという不可解な現象に気付きます。
この謎に対する一つの解釈として提唱されたのが、“バルジ―ハロー共謀”と呼ばれる仮説でした。

この仮説が指摘しているのは、ダークマターと星の分布が互いに説明のつかない方法で相互作用し、補完し合うように調整されていること。
これにより、規則的な質量構造が生まれているというものでした。

でも、この“バルジ―ハロー共謀”が具体的にどのようなメカニズムで実現されているのかは不明量なので、仮説の域を出ていません。


銀河の質量分布の精密な解析

この“バルジ―ハロー共謀”仮説を検証するため、今回の研究で用いているのは南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設された超大型望遠鏡“VLT”。
研究チームは、“MAGPI; Middle Ages Galaxy Properties with Integral field spectroscopy”サーベイと呼ばれるプロジェクトで取得されたデータを用いて、銀河の質量分布の精密な解析を行っています。

このサーベイは、宇宙の“中世”に当たる赤方偏移z~0.3(※1)の銀河を観測対象としていて、“VLT”に搭載された3次元分光装置“MUSE; Multi Unit Spectroscopic Explorer”が用いられています。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
“MUSR”の特徴は、1ピクセルごとにスペクトルが取得できることにあります。
このため、銀河の運動を詳細に調べることが可能となり、これまでの観測では解明が難しかった銀河の内部構造を明らかにする強力なツールとなっています。

解析に用いられたのは、MAGPIサーベイで観測された銀河のうち22個のデータ。
銀河の重力ポテンシャルと星の軌道を計算することで、銀河の質量分布を詳細に推定する手法ににより解析を実施しています。

これまでのジーンズモデルでは、銀河の形状を軸対象と仮定したり、軌道構造に関する制約が大きすぎるなどの問題点がありました。
一方、シュヴァルツシルト軌道モデルでは、銀河の形状をより現実に近い三軸不等楕円体として扱うことができ、軌道構造についてもより自由度の高いモデリングが可能となっています。


質量分布は銀河の形成や進化の歴史によって大きく異なる

MAGPIサーベイのデータとシュヴァルツシルト軌道モデルを用いた解析の結果、銀河の質量分布は、これまで考えられていたほど均一ではなく、ダークマターの分布も銀河によって大きく異なることが明らかになりました。

銀河によって大きく異なっていたのは、ダークマターの密度が星の密度を上回る半径“クロスオーバー半径”でした。

ある銀河では、クロスオーバー半径は銀河の明るさの半分を含む半径“有効半径”よりも内側に位置しているに対し、別の銀河ではクロスオーバー半径が10有効半径以上も外側に位置しているケースも確認されています。

このことから、“ダークマターと星の分布が互いに補完し合うように調整されている”という“バルジ―ハロー共謀”は否定。
“銀河の質量分布、特にダークマターの分布は、銀河の形成や進化の歴史によって大きく異なる”ことが示唆されました。


ダークマターハローが銀河の質量分布に与える影響

本研究では、ダークマターハローの質量分布を記述するため、“NFW; Navarro-Frenk-White”プロファイルと呼ばれるモデルを用いています。

これは、ダークマターハローの質量密度が中心から一定の法則に従って減少していくことを表すモデルで、その形状は銀河の進化や環境によって変化すると考えられています。

これまでの研究では、ダークマターハローの形状を平均的なものと仮定することで、銀河の質量分布を単純化しようとする試みもありました。

でも、今回の研究結果が示すように、ダークマターハローの形状は銀河によって大きく異なっていて、単純化されたモデルでは銀河の質量分布を正確に記述できないことが明らかになりました。

また、本研究では銀河の質量密度プロファイルの傾き、すなわち中心部から外縁部にかけての質量密度の減少の度合いも、銀河によって大きく異なることが明らかになっています。
これは、“バルジ―ハロー共謀”仮説が前提としていた点、質量密度プロファイルの傾きがある程度均一であることと矛盾するものです。

質量密度プロファイルの傾きは、総質量密度プロファイルの傾き(γtot)と星の質量密度プロファイルの傾き(γ*)に分けて考えることができます。(※2)
※2.総質量密度プロファイルの傾き(γtot)は、銀河のバリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)成分とダークマターハローの両方の寄与を含んでいる。星の質量密度プロファイルの傾き(γ*)は星の分布にのみを表していて、ダークマターハローの影響は含まれない。
本研究では、総質量密度プロファイルの傾きのバラつき(σtot=0.30±0.03)は、星の質量密度プロファイルの傾きのバラつき(σ*=0.19±0.02)よりも大きいことが報告されています。
この値は、“バルジ―ハロー共謀”仮説が予測する結果とは反対で、ダークマターハローが銀河の質量分布に与える影響は、単純な共謀関係では説明できないことを示唆しています。

そこで、研究チームが指摘しているのは、質量密度プロファイルの傾きのバラつきが、銀河の形成史や環境、特にダークマターハローの形成過程の違いを反映している可能性があること。
例えば、銀河同士の合体や銀河団のような高密度環境における銀河間相互作用は、ダークマターハローの形状や質量分布に影響を与え、ひいては質量分布プロファイルの傾きにも影響を与える可能性があります。


本研究では、他にも以下のような重要な知見が得られています。

ダークマターの占める割合

有効半径内のダークマターの質量割合(fDM(r<Re))の平均値は10%、標準偏差は19%と報告されています。
この値は、局所宇宙の銀河サーベイ“MaNGA”の結果と類似していますが、“SAMI”サーベイの結果よりも低い値となっています。

この違いは、観測対象となった銀河のサンプルの違いや、質量推定に用いられた手法の違いなどが影響している可能性があります。
例えば、“SAMI”サーベイでは本研究よりも多くの銀河が観測されていますが、質量推定にはジーンズモデルが用いられています。


銀河の形状と軌道構造

シュヴァルツシルト軌道モデルを用いることで、銀河の三次元的な形状と、その内部における星の軌道構造を詳細に調べることが可能になりました。

本研究で解析対象となった22個の銀河のうち、わずか3個だけが真に扁平な形状(扁球形)で、残りの銀河は程度の差こそあれ全てが三軸不等楕円体であることが明らかになっています。

さらに、明らかになったのは、銀河の形状と軌道構造の間には密接な関係があること。
扁平な銀河は回転運動が支配的であるのに対し、より複雑な形状を持つ銀河ではランダムな運動をする星が多い傾向が見られました。

これは、銀河の形成過程におけるダークマターの重力相互作用が、星の軌道運動に影響を与えていることを示唆しています。


ジーンズモデルとシュヴァルツシルト軌道モデルの比較

同じ銀河の質量分布を、ジーンズモデルとシュヴァルツシルト軌道モデルを用いて推定した場合、その結果に無視できない差が生じるケースが確認されています。

これは、これまでのジーンズモデルに基づく研究では、銀河の質量分布、特にダークマターの分布が最小評価されていた可能性を示唆しています。

銀河の質量分布を推定する上で簡便で広く用いられてきた手法がジーンズモデルです。
でも、ジーンズモデルは銀河の形状を軸対象と仮定したり、軌道構造に関する制約が大きすぎるなどの問題点がありました。

一方、本研究で用いられたシュヴァルツシルト軌道モデルは、より現実に近い銀河のモデリングが可能で、より正確な質量分布の推定を可能にします。

今回の研究は、“バルジ―ハロー共謀”仮説を否定し、銀河の質量分布、特にダークマターの分布が銀河によって大きく異なることを示しました。

でも、銀河の形状や進化の歴史が、具体的にどのようにダークマターハローの形状や質量分布に影響を与えるのか、その詳細なメカニズムは未解明のままです。

今後、より多くの銀河の観測データを取得し、シュヴァルツシルト軌道モデルのような高精度な解析手法を用いることで、ダークマターハローの形状と銀河の進化の関係を、より詳細に解明していくことが期待されます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような次世代の観測装置を用いれば、より遠方(初期)の宇宙に存在する銀河を観測することが可能になります。
初期宇宙の銀河の質量分布を調べることで、ダークマターハローがどのように形成され、銀河の進化にどのように関わってきたのかを解明する上で重要な手掛かりが得られるはずです。


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ビッグバンから数百万年後に形成された若い星からの放射を発見! 一部の銀河は初期宇宙において非常に急速に成長していた

2024年08月07日 | 銀河・銀河団
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、宇宙の夜明けに存在する古い銀河の並外れた姿を明らかにし、初期宇宙の理解に革命をもたらしました。

これらの銀河の中でも、輝かしい光度と驚くべき大きさを持つ“JADES-GS-z14-0”は、宇宙の進化の初期段階における銀河形成に関する私たちの理解に挑戦しています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から、これまでに特定された最も初期(遠方)の銀河の一つから放出されている光が、星形成からの継続的なバーストによるものであることを発見しています。

研究チームは赤方偏移の測定を行うことで、この光が銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールによるものではなく、ビッグバンから数百万年後に形成された若い星からの放射であることを確認。

これまでのモデルでは、初期宇宙の銀河は小さく、時間の経過とともに合体を繰り返すことで大きく成長していくと考えられていました。
でも、“JADES-GS-z14‐0”のような大きな銀河の存在は、少なくとも一部の銀河が初期宇宙において非常に急速に成長したことを示唆していて、これまでのモデルに疑問を投げかけているようです。
この研究は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡から受け取ったデータと画像を研究している天文学者と天体物理学者の国際チームが進めています。
本研究の詳細は、イギリスの科学雑誌“Nature”とプレプリントサーバーarXivに“A shining cosmic dawn: spectroscopic confirmation of two luminous galaxies at z ∼ 14”として掲載されました。Nature (2024). DOI: 10.1038/s41586-024-07860-9  On arXiv: DOI: 10.48550/arxiv.2405.18485
図1.近赤外線分光装置“NIRSpec”で得られた“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル。中央のパネルには1次元スペクトル(黒)と関連する1σの不確かさ(水色が表示されている。下図はS/N比の2次元スペクトルを表示したもので、約1.8μm付近のブレーク全体のコントラストを強調している。上段のはめ込み画像は近赤外線カメラ“NIRCam”によるJADES観測データの切り抜き。(Credit: arXiv (2024). DOI: 10.48550/arxiv.2405.18485)
図1.近赤外線分光装置“NIRSpec”で得られた“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル。中央のパネルには1次元スペクトル(黒)と関連する1σの不確かさ(水色が表示されている。下図はS/N比の2次元スペクトルを表示したもので、約1.8μm付近のブレーク全体のコントラストを強調している。上段のはめ込み画像は近赤外線カメラ“NIRCam”によるJADES観測データの切り抜き。(Credit: arXiv (2024). DOI: 10.48550/arxiv.2405.18485)


ビッグバンから数億年後の宇宙を観測する

宇宙の始まりを見つめ、その進化の過程を明らかにすることを目的とした、他に類を見ない高性能な望遠鏡が“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”です。

2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測に特化した望遠鏡。
これは、初期銀河のようなビッグバンから数億年後に誕生したと予測される銀河を観測するには、赤外線での観測が必須となるからです。

初期銀河からの光は非常に暗い上に、宇宙の膨張により遠方からの光ほど赤方偏移(※1)するため、発した時は可視光線であっても地球に届くまでに赤外線にまで波長が引き伸ばされてしまいます。
この赤外線を観測することで、宇宙誕生から間もない時代に存在した遠方銀河の光をとらえることができます。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、このようにはるか遠方に位置する暗い天体でも観測を行うことができるんですねー
重力レンズ効果を用いて観測を行えば、さらに遠方の天体を観測することもできます。


最も遠い距離にありながら非常に明るい銀河候補

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測プログラムの一つに“先進的深宇宙探査(JADES; JWST Advanced Deep Extragalactic Survey)”があります。
これは、宇宙進化の初期段階における銀河を詳細に観測するために計画された大規模な観測プログラムで、非常に遠方にあると思われる銀河が複数見つかっています。

JADESにおいて、ハッブル宇宙望遠鏡とジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”による初期観測データから、z > 14という強い赤方偏移を持つ可能性のある銀河候補が複数発見されました。
これらの銀河候補は、その光が宇宙膨張の影響を受けて強く赤方偏移していることから、宇宙誕生から間もない時代に存在していたと考えられています。

特に、“JADES-GS-z14‐0”は、観測史上最も遠い距離にありながら非常に明るい銀河候補なので、宇宙における銀河の形成過程に見直しを迫る天体と言えます。(2番目に遠い銀河候補は“JADES-GS-z14-1”)

ただ、赤方偏移の強い銀河であるように見えても、実際にはもっと近い距離にある天体を誤認している可能性もあります。
距離が正しいかどうかは、赤方偏移以外の性質を詳細に調べる必要があり、大幅に間違った推定をしていたことが、その作業の過程で発覚した天体もありました。

また、その驚異的な光度は、中心に活動銀河核が存在している可能性もありました。
活動銀河核は、銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールに周囲の物質が落ち込むことで、莫大なエネルギーを放出して輝く天体。
その明るさは星形成活動のみに起因する明るさを、はるかに凌駕する場合があります。


銀河の赤方偏移を正確に決定する

今回の研究では、“JADES-GS-z14‐0”の性質を明らかにするため、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光装置“NIRSpec”を使用。
“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル(光の波長ごとの強度)を取得しています。

個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、その元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が、スペクトルに現れることになります。
スペクトルに現れた吸収線の波長を調べることで、元素の種類を直接特定することができる訳です。

“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルには、ライトマンブレークと呼ばれる吸収線が、赤方偏移z=14.32の位置に明確な特徴として現れていました。
ライトマンブレークは、銀河内にある高温の若い星から放出された紫外線が、中性水素ガスによって吸収されることで生じるスペクトルの落ち込み。
銀河の赤方偏移を正確に決定するために用いられます。

この手法により、“JADES-GS-z14‐0”は観測史上最も初期(遠方)に銀河の一つとなり、ビッグバンからわずか3億年後の宇宙に存在していたことが明らかになりました。

“JADES-GS-z14‐0”の分光データからは、その明るさと大きさだけが明らかになったわけではありません。
そのスペクトルを詳しく分析した結果、銀河の星形成率、ダスト含有量、酸素などの重元素の存在量など、興味深い特性が明らかになりました。
これらの発見は、初期宇宙における銀河形成と進化に関する貴重な洞察を提供してくれています。


初期宇宙の銀河における星形成史

“NIRSpec”から得られた“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルは、初期宇宙の銀河の複雑さを理解するための情報の宝庫であり、その星形成史やダスト含有量、化学組成に関する手掛かりを提供してくれます。
これらを調べることで、初期の銀河がどのように形成され進化したのかを、より深く理解することができます。

“JADES-GS-z14‐0”の最も注目すべき特徴の一つに輝線の欠如がありました。
輝線は、銀河内のガスが恒星からの紫外線によって電離され、特定の波長で光を放射することで生じます。
このため、銀河のガス含有量、星形成率、化学組成を研究するための貴重なツールとなります。

でも、“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルには、輝線が検出されなかったんですねー
このことが示唆しているのは、この銀河が星からの強い放射を経験していないか、あるいは電離放射の大部分が銀河から逃げ出してしまっていることです。

輝線の欠如は、“JADES-GS-z14‐0”における星形成史について、興味深い疑問を投げかけることになります。
一般的に輝線の欠如は、星形成が比較的短期間で集中的に起こったことを示唆することになります。
そう、この銀河の星形成史は、宇宙時間の経過とともに星形成率が徐々に増加していくという、これまでのモデルとは異なる可能性があるということです。

さらに、“JADES-GS-z14‐0”のスペクトルと測光データからは、この銀河には質量と比較してダストと酸素が豊富に存在することが明らかになりました。
ダストと酸素は、恒星の内部で合成され、その寿命の最期に超新星爆発などによって放出され恒星間物質となります。
初期宇宙では、これらの元素はまだ十分に生成されていなかったと考えられているので、“JADES-GS-z14‐0”におけるこれらの元素の存在量の多さは驚くべきことでした。


初期宇宙において一部の銀河は非常に急速に成長していた

“JADES-GS-z14‐0”のスペクトル特性に加えて、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“NIRCam”は、この銀河の形態に関する重要な洞察も提供してくれています。

それは、この銀河が約260パーセクという、初期宇宙に存在する銀河としては驚くほど大きなサイズを持っていることでした。
初期宇宙における銀河形成の過程を解明するためにも、“JADES-GS-z14‐0”の形態を理解することは非常に重要なことと言えます。

これまでのモデルでは、初期宇宙の銀河は小さく、時間の経過とともに合体を繰り返すことで大きく成長していくと考えられていました。
でも、“JADES-GS-z14‐0”のような大きな銀河の存在は、少なくとも一部の銀河が初期宇宙において非常に急速に成長したことを示唆していて、これまでのモデルに疑問を投げかけています。

“JADES-GS-z14‐0”の大きなサイズは、その星形成史にも影響を与えている可能性があります。
それは、銀河のサイズが大きくなると、星形成の材料となるガスやチリがより広範囲に分布することになるからです。

“JADES-GS-z14‐0”の発見は、初期宇宙における銀河形成に関する私たちの理解に、挑戦状を突き付けるものです。

これまでのモデルでは、初期宇宙にある銀河のサイズや質量は小さく、星形成活動も比較的穏やかだったと考えられてきました。
でも、“JADES-GS-z14‐0”はこれらの想定を覆し、初期宇宙の銀河が予想よりもはるかに多様で複雑だった可能性を示唆しています。

“JADES-GS-z14‐0”は、その明るさと大きさから、初期宇宙の銀河としては非常に稀な存在だと言えます。
では、このような銀河はどのように形成されたのでしょうか?
このことを理解することは、銀河形成の初期段階を理解する上で非常に重要となります。

今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、“JADES-GS-14-0”のような銀河が初期宇宙において普遍的に存在するのか、それとも特殊な環境で形成された例外的な天体なのかを明らかにしてくれるはずです。
これらの観測結果により、銀河形成の標準的なモデルを改良し、初期宇宙における銀河の進化に関する、より完全な全体像の解明が期待されます。

革新的な能力を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって、これまで隠されていた宇宙の歴史の章が明らかにされつつあります。
宇宙の進化については多くの謎が存在していますが、今後の観測で明らかになるのは何になるのでしょうか。


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天の川銀河の薄い円盤に金属含有量に大きなバラつきのある古代の星を発見! ガイアデータが明らかにした銀河進化の新たなタイムライン

2024年08月05日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、位置天文衛星“ガイア”によるミッションから得られた膨大なデータと、最新の機械学習技術の組み合わせにより、個々の星の年齢や金属含有量を、これまで以上に正確に推定。
その結果、私たちの太陽系が属する薄い円盤の軌道上に、これまで考えられていたよりも、はるかに多くの古代の星が存在することを明らかにしています。

これらの発見が示唆しているのは、天の川銀河の薄い円盤がビッグバンからわずか10億年以内の非常に早い時期に形成が始まったこと。
これは、これまで考えられていたよりも約40億年から50億年も早い時期でした。

さらに興味深いことに、これらの古代の星は金属含有量に大きなバラつきが見られたこと。
太陽の2倍もの金属量を持つ星も見つかっていることから、天の川銀河の進化のごく初期には星々の誕生と進化が急激に進行し、銀河内部に金属が大量に供給されていたようです。
この発見は、これまでの銀河進化の理解に再考を迫る画期的なものと言えます。
この研究は、ライプニッツ天体物理学ポツダム研究所(AIP)のSamir Nepalさんを中心とする国際研究チームが進めています。
本研究の詳細は、プレプリントサーバーarXivに“Discovery of the local counterpart of disc galaxies at z > 4: The oldest thin disc of the Milky Way using Gaia-RVS”として報告されました。DOI:10.48550 / arxiv.2402.00561
図1.太陽(オレンジ)に似た若い星(青)と古い星(赤)の回転運動。(Credit: Background image by NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))
図1.太陽(オレンジ)に似た若い星(青)と古い星(赤)の回転運動。(Credit: Background image by NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))


天の川銀河の構造

天の川銀河は、大きく分けてハロー、バルジ、円盤部という3つの構造から成り立っています。

ハローは、銀河全体を取り囲む球状の領域で、古い星や球状星団が存在しています。
一方、銀河の中心部に位置する膨らんだ構造がバルジで、そこに星が密集しています。
円盤部は、ハローとバルジを取り巻く円盤状の領域で、星形成が活発に行われています。

さらに、円盤部は古い星が多い“厚い円盤”と、若い星が多い“薄い円盤”に分けられます。
私たちの太陽は、約46億年前に形成された比較的若い星なので、薄い円盤に属しています。


これまで考えられていた天の川銀河の形成と進化

これまで、天の川銀河の形成は、次のようなシナリオで説明されてきました。

宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎがもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していきます。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、最初の星々が誕生していきます。

水素とヘリウムよりも重い元素のことを天文学では“重元素”と呼びます。
この重元素のうち、鉄までの元素は恒星内部の核融合反応で生成され、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられています。

生成された重元素は、恒星の星風や超新星爆発によって周囲に放出。
やがて、重元素を含むガス雲が再び収縮し、新たな星々が形成されていきます。
宇宙の重元素量は恒星の世代交代が進むとともに増えていくことになります。

このようにして、銀河は徐々に成長していきます。
薄い円盤は銀河の進化の比較的後期、約80億年から100億年前に形成が始まったと考えられてきました。

また、含まれる金属(※1)の量が少ないほど古い恒星と言え、金属の量が少ない“低金属星”の集団が見つかれば、その集団は古い起源を持つことが推定できます。
つまり、恒星の運動と年齢が揃っている大きな集団が見つかった場合、それらは合体した銀河の痕跡である可能性がある訳です。
※1.恒星における“金属”とは、水素とヘリウム以外の元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。


“ガイア”の観測データから新たな発見

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。

天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。

“ガイア”の観測データによって作成された天体カタログの分析から、“ガイア・ソーセージ”や“ポントゥス・ストリーム”など、80憶年以上前に合体したとみられる銀河の痕跡が次々と見つかっています。

また、天の川銀河の中心部には“プア―・オールド・ハート”(※2)という年齢の古い恒星の集団があります。
現在の天の川銀河は、この集団と他の銀河が合体することで形成されたのかもしれません。
※2.金属に乏しい(プア―)、恒星の年齢が古い(オールド)、天の川銀河の中心部(ハート)に位置することを意味している。
この“ガイア”の観測データによって、これまでの理解とは異なるシナリオが示唆されるようになってきています。

“ガイア”は、天の川銀河の10億個以上の星について、その位置、距離、運動、明るさなどを非常に高い精度で測定しています。
この膨大なデータと、最新の機械学習技術を組み合わせることで、個々の星の年齢や金属含有量を、これまで以上に正確に推定することが可能になりました。

研究チームは、“ガイア”によるミッションの第3期データ(Gaia DR3)を用いて、太陽近傍の星を詳細に分析。
その結果、薄い円盤の軌道上に、これまで考えられていたよりも、はるかに多くの古代の星が存在することを明らかにしています。


薄い円盤に存在する古代の星

今回の研究では、80万個以上の星の重力、温度、金属含有量、距離、運動、年齢などの物理量を、最新の機械学習手法を用いて高精度に測定しています。
その結果、薄い円盤に存在する古代の星の多くは100億歳以上で、中には130億歳を超えるものもあることが分かりました。

さらに興味深いことに、これらの古代の星は金属含有量に大きなバラつきが見られました。

一部の星は、宇宙初期に形成された星の特徴である金属量が非常に少ないもの。
一方で私たちの太陽の2倍もの金属量を持つ星も見つかっています。
このことが示唆しているのは、天の川銀河の進化のごく初期に、星々の誕生と進化が急激に進行し、銀河内部に金属が大量に供給されたことです。

これらの発見は、天の川銀河の薄い円盤が、ビッグバンからわずか10億年以内の非常に早い時期に形成が始まったことを示唆しています。
これは、これまで考えられていたよりも約40億年から50億年も早い時期でした。

また、薄い円盤に金属量の豊富な星が存在することは、銀河進化の初期段階における星形成の激しさと、それに伴う急速な金属濃縮を示す証拠となります。


銀河形成の普遍的なメカニズムの存在

興味深いことに、今回の発見は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡やアルマ望遠鏡によって観測されている、遠方の宇宙に存在する高い赤方偏移値を持つ銀河の形成過程と共通点を持つ可能性があります。

膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまいます。
この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになります。
110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されています。

高い赤方偏移値を持つ銀河は、宇宙誕生から間もない時期の銀河の姿を私たちに見せてくれます。
今回の発見は、天の川銀河の円盤も、宇宙の進化のごく初期に形成された可能性を示唆していて、銀河形成の普遍的なメカニズムの存在を示唆しているのかもしれません。

今回の研究成果は、“ガイア”のデータと最新の機械学習技術の組み合わせが、銀河考古学の分野にもたらす大きな可能性を示す好例と言えます。

今後、2025年に運用開始予定の4メートル多天体分光望遠鏡(4MOST)による大規模分光サーベイ“4MIDABLE-LR”が始まれば、さらに多くの星のスペクトルデータが取得可能になります。

これらのデータに、今回と同様の機械学習手法を適用することで、天の川銀河の形成と進化の歴史について、より詳細なシナリオを描くことができると期待されています。


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銀河団同士の衝突ではダークマターが通常の物質よりも先に飛び出している! 衝突の際に受ける衝撃や乱流が影響しているようです

2024年07月30日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、地球から数十億光年離れた場所にある、それぞれ数千の銀河を含む銀河団同士の衝突を解き明かしています。
分かってきたのは、2つの巨大な銀河団の衝突により、そこに含まれる膨大な量のダークマターの雲が、通常の物質から切り離される様子でした。

ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質。
目に見える物質と重力的な相互作用をしますが、光では相互作用しないんですねー

衝突の様子からは、ダークマターが通常の物質より先に飛び出していたことが分かっています。
本観測は、ダークマターと通所の物質の速度のデカップリングを直接調べた初めてのものになります。
この研究は、カリフォルニア工科大学の物理学研究教授Emily M. Silichさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に“ICM-SHOX. I. Methodology Overview and Discovery of a Gas–Dark Matter Velocity Decoupling in the MACS J0018.5+1626 Merger”として掲載されました。DOI:10.3847 / 1538-4357 / AD3FB5
図1.“MACS J0018.5”として知られる2つの巨大な銀河団が衝突した時の様子(イメージ図)。銀河団に含まれるダークマター(青)は、関連する高温のガスの雲、すなわち通常物質(オレンジ)より前を航行している。ダークマターも通常の物質も重力の影響を受けるが、通常の物質だけが衝撃や乱流などの追加の影響を受け、衝突の際に速度を落とす。(Credit: W.M. Keck Observatory/Adam Makarenko)
図1.“MACS J0018.5”として知られる2つの巨大な銀河団が衝突した時の様子(イメージ図)。銀河団に含まれるダークマター(青)は、関連する高温のガスの雲、すなわち通常物質(オレンジ)より前を航行している。ダークマターも通常の物質も重力の影響を受けるが、通常の物質だけが衝撃や乱流などの追加の影響を受け、衝突の際に速度を落とす。(Credit: W.M. Keck Observatory/Adam Makarenko)


2つの巨大な銀河団の衝突

銀河団は、重力の影響で互いに結び付いた、宇宙で最も巨大な構造として知られています。
この巨大な構造は、私たちを含めて周りにある通常の物質と、宇宙の質量の約85%を占めると考えられている謎めいたダークマターの両方を含んでいます。

銀河団の質量の約15%を占める通常の物質は、主に高温ガスで構成され、残りは星や惑星になります。
銀河団の衝突は、これら2種類の物質の分布と挙動に関する貴重な洞察を提供してくれるので、宇宙論と天体物理学の研究において重要な領域となっています。

銀河団の衝突中、個々の銀河は広大な空間によって互いに隔てられているので、大きな影響を受けることはありません。
でも、銀河間に存在する高温ガスは、衝突すると乱流状態になり、超高温になります。
この高温ガスは、銀河団の通常の物質の大部分を占めていて、X線で明るく輝いています。

今回の研究で焦点を当てているのは、“MACS J0018.5+1626”として知られる2つの巨大な銀河団の衝突です。
この衝突事象は、ダークマターと通常の物質の速度をマッピングすることで、銀河団の衝突中に両者がどのように分離するかを解明するまたとない機会となりました。


複数の望遠鏡を用いた観測

“MACS J0018.5+1626”の衝突に関する研究では、複数の望遠鏡からのデータが使用されています。

カリフォルニア工科大学サブミリ波天文台(CSO)と南米チリのアタカマサブミリ波望遠鏡実験(ASTE)からのデータは、運動学的Sunyaev-Zel'dovich(SZ)効果を通じて、銀河団内の高温ガスの速度を測定するために使用されました。

W・M・ケック天文台からの分光学的赤方偏移データは、銀河団のメンバーである銀河の速度を測定するために使用。
これらの銀河の速度は、衝突中のダークマターの速度を示すものとして解釈されています。

NASAのX線天文衛星“チャンドラ”のデータから明らかになったのは、銀河団の衝突によって加熱された高温ガスの温度と場所。
NASAのハッブル宇宙望遠鏡からのデータは、重力レンズ効果を用いてダークマターの分布をマッピングするために使用されました。

さらに、本研究では、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“ハーシェル”と“プランク”のデータも使用されています。

 1.ダークマターと通常の物質の分離
これらの多様な観測データを総合的に分析した結果、“MACS J0018.5+1626”における衝突銀河団は、衝突前に秒速約3000キロメートル、つまり光速の約1%の速度で互いに接近していたことが明らかになりまさした。

さらに重要なことに、この研究ではダークマターと通常の物質が空間的に分離していることが明らかになり、ダークマターは衝突の際に通常の物質よりも先に進んでいるように見えていました。
これは、“弾丸銀河団”として知られる別の銀河団の衝突で最初に観測された現象と一致しています。

 2.通常の物質の速度を測定する
研究チームでは、“MACS J0018.5+1626”における通常の物質、つまりガスの速度を測定するために、運動学的Sunyaev-Zel'dovich(SZ)として知られる現象を利用しています。

この効果は、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の光子が、銀河団内の移動する高温ガス中の電子によって散乱されることから生じます。
光子は、ガスの動きによってドップラーシフトを受け、宇宙マイクロ波背景放射の明るさに変化が生じます。
この明るさの変化を測定することで、ガスの速度を決定することができます。

 3.重力レンズによりダークマターの分布をマッピング
ダークマターは、光などの電磁波と相互作用しないので直接観測することはできません。
でも、ダークマターは重力を持っているので、その周りの時空を歪ませす。
この歪みは、重力レンズとして知られる現象を通じて、背後にある銀河からの光を曲げることになります。

本研究では、ハッブル宇宙望遠鏡からのデータを用いて重力レンズ効果を測定することで、“MACS J0018.5+1626”におけるダークマターの分布をマッピングすることができました。

 4.銀河団の衝突シミュレーション
観測データに加えて、研究チームでは“MACS J0018.5+1626”の衝突のシミュレーションも実施しています。
このシミュレーションは、衝突の形状、向き、進化段階を決定するのに役立ちました。


なぜダークマターと通常の物質は分離したのか

ダークマターと通常の物質の分離は、これら2種類の物質の異なる物理的性質によって発生しています。

通常の物質は、電磁相互作用を通じてエネルギーと運動量を交換することができます。
でも、ダークマターは重力的にのみ相互作用すると考えられている物質なんですねー

このため、銀河団の衝突の間、通常の物質は電磁相互作用によって減速し、加熱されることになります。
一方、ダークマターは重力的にのみ相互作用をするので、影響を受けずに通過できる訳です。
その結果、ダークマターは通常の物質よりも先に進んでいるように見えることになります。
ダークマターと通常の物質の分離。(Image credit: W.M. Keck Observatory/Adam Makarenko)


“MACS J0018.5+1626”と弾丸銀河団

“MACS J0018.5+1626”の衝突は、有名な弾丸銀河団の衝突と似ていますが、重要な違いがいくつかあります。

最も顕著な違いは衝突の向きです。
“MACS J0018.5+1626”の衝突は、弾丸銀河団の衝突に対して約90度回転した向きで起こっています。
言い換えれば、弾丸銀河団の衝突をスタンドから見ていたとすると、“MACS J0018.5+1626”の衝突は、レーダーガンを持って道路脇に立って、車がこちらに向かってくる様子を観測しているようなものです。
この向きの違いは、ダークマターと通常の物質の相互作用を研究するためのユニークな機会を提供しています。

“MACS J0018.5+1626”における衝突銀河団の研究は、ダークマターの性質と通常の物質との相互作用について、貴重な洞察を提供してくれています。

ダークマターと通常の物質の速度マッピングと分離の発見は、ダークマターが主に重力を介してのみ相互作用するという、私たちの理解を裏付けるものでした。

本研究は、銀河団の衝突の複雑な力学を解明し、宇宙におけるダークマターの役割を明らかにするための重要な一歩と言えます。
次世代の望遠鏡や観測機器が登場するにつれ、宇宙におけるこれらのエネルギーの高い現象について、さらに興味深い発見が期待されます。


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衝撃波による加熱はどのようにして起こるのか? 宇宙で最もエネルギーの高い現象の一つ銀河団合体を観測

2024年07月06日 | 銀河・銀河団
宇宙は、銀河、星、ガス、そして目に見えないダークマターが複雑に絡み合い、重力によって支配された広大な空間です。

その中で銀河団は、最大で数千もの銀河が集まり、高温のプラズマに包まれ、巨大なダークマターのハローに囲まれた、宇宙最大の構造物として知られています。
この銀河団の形成と進化は、宇宙の構造形成と進化を理解する上で重要なカギを握っていると言えます。

銀河団は、静的な存在ではなく、絶えず進化し、互いに影響を及ぼし合っています。
その進化において、特に重要な役割を果たすのが、銀河団同士の合体です。
銀河団の合体は、ビッグバン以来、宇宙で最もエネルギーの高い現象の一つで、莫大な量のエネルギーを開放し、銀河団の構造と進化に劇的な変化をもたらします。

銀河団の合体が起こると、銀河団内媒体(ICM)と呼ばれる、銀河団内の銀河間空間に存在する高温プラズマは、激しい衝撃波と乱流にさらされます。
これらの衝撃波は、銀河団内媒体を加熱し、磁場を増幅し、超相対論的粒子の加速を引き起こすなど、銀河団の物理的性質に大きな影響を与えることになります。

このため、衝撃波は銀河団合体の過程を理解するための貴重な手掛かりとなります。
衝撃波面は、銀河団内媒体の密度、温度、圧力の急激な変化として観測され、その形状や強度から、合体の進行状況やエネルギー解放のメカニズムを推測することができます。

衝撃波の強さは、マッハ数と呼ばれる無次元量で表されます。
マッハ数は、流体の速度と音速の比で、マッハ数が大きいほど衝撃波は強く、銀河団内媒体へのエネルギー注入も大きくなります。

今回の研究では、赤方偏移z=0.34に位置する合体銀河団“SPT-CLJ 2031-4037”を、X線天文衛星を用いて観測。
その結果に焦点を当てています。
この銀河団は、約800兆太陽質量という質量を持ち、X線光度は1.04×1045erg/sと推定されています。
この研究は、アラバマ大学のPurva Diwanjiさんが率いる研究チームが進めています。
図1.“SPT-CLJ 2031-4037”の0.5‐7.0keVエネルギー領域の点光源を除去し、σ=3ガウスで平準化した露出補正画像。北が上、東が左。北西に一次衝撃波、南東に表面輝度エッジが見える。最も明るいX線のピークは表面輝度エッジの後ろにあり、青い十字で示されている。一次衝撃波の後方にもX線のピークがあり、赤い十字で示されている。緑の線は“チャンドラ”の等高線。(Credit: Diwanji et al., 2024.)
図1.“SPT-CLJ 2031-4037”の0.5‐7.0keVエネルギー領域の点光源を除去し、σ=3ガウスで平準化した露出補正画像。北が上、東が左。北西に一次衝撃波、南東に表面輝度エッジが見える。最も明るいX線のピークは表面輝度エッジの後ろにあり、青い十字で示されている。一次衝撃波の後方にもX線のピークがあり、赤い十字で示されている。緑の線は“チャンドラ”の等高線。(Credit: Diwanji et al., 2024.)


非常に激しいエネルギー現象“銀河団合体”

今回の研究では、NASAのX線天文衛星“チャンドラ”を用いて“SPT-CLJ 2031-4037”を観測。
“チャンドラ”は、高温プラズマからのX線を観測することに特化した高性能なX線天文衛星で、銀河団の衝撃波の研究に威力を発揮します。

“チャンドラ”の観測データから明らかになったのは、“SPT-CLJ 2031-4037”には2つの衝撃波面が存在することでした。
強い衝撃波面は北西に、弱い衝撃波面は南東(南東端)に位置していました。
強い衝撃波面では、表面輝度のエッジを挟んで密度が3.16倍に跳ね上がり、マッハ数は3.36。
一方、弱い衝撃波面では、密度の跳ね上がりは1.53倍、マッハ数は1.36でした。

この観測結果が示唆しているのは、“SPT-CLJ 2031-4037”における銀河団合体が非常に激しいエネルギー現象ということ。
特に、強い衝撃波面のマッハ数3.36は、これまでに“チャンドラ”によって発見された合体衝撃波面の中でも、非常に高い値でした。


衝撃波による銀河団内媒体の過熱メカニズム

衝撃波は、銀河団内媒体の過熱に重要な役割を果たすと考えられています。
でも、その具体的なメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。

現在、提案されているのは、大きく分けて以下の2つのモデルになります。

1.衝突平衡モデル
このモデルでは、衝撃波面通過後にイオンと電子が衝突を繰り返すことでエネルギーを交換し、最終的には熱平衡状態に達すると考えられています。

2.瞬間衝撃波加熱モデル
このモデルでは、衝撃波面通過時にイオンが電子よりも効率的に加熱。その後、熱伝導などによって電子の温度が上昇すると考えられています。

“SPT-CLJ 2031-4037”の観測データが示していたのは、衝突平衡モデルを支持する結果。
観測された衝撃波の電子温度は、瞬間衝撃波加熱モデルで予測される温度よりも低く、衝突平衡モデルの予測に近い値でした。


合体による銀河団の進化

“SPT-CLJ 2031-4037”での強い衝撃波面の発見は、銀河団合体における衝撃波加熱のメカニズムを理解する上で、重要な手掛かりとなります。

銀河団合体は、宇宙の大規模構造の進化、銀河の形成と進化、宇宙の物質進化など、様々な宇宙論的な問題と密接に関係しています。
なので、“SPT-CLJ 2031-4037”のような合体銀河団の観測は、これらの問題を解明するために不可欠と言えます。

今後のより詳細な観測を通して、銀河団合体における衝撃波加熱のメカニズム、ひいては宇宙の進化と構造形成に関する理解が深まることが期待されます。

銀河団は、宇宙の進化と構造形成において重要な役割を果たしています。
にもかかわらず、その形成過程や進化の詳細については、まだ多くの謎が残されています。

例えば、以下のようなものがあります。
1.銀河団の質量の大部分を占めるダークマターの正体は何なのか?
2.銀河団内媒体はどのように加熱されるのか?
3.銀河団内の磁場はどのように生成され、進化しているのか?

これらの謎を解き明かすために、世界中の研究者が観測や理論の両面から精力的に研究を進めています。
今後、より高性能な宇宙望遠鏡やスーパーコンピュータの登場により、銀河団の研究はますます進展していくことが期待されます。


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