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大質量星が崩壊する際に発生する重力波も検出可能!? コラプサーやブラックホールの謎に包まれたメカニズムの解明へ

2024年09月09日 | 宇宙 space
今回の研究では、大質量星が崩壊する際に発生する重力波について、地球上の観測機器で検出できる可能性を検証しています。

太陽の15~20倍の質量を持つ高速回転をする恒星は、燃料を使い果たすと崩壊し最終的に“コラプサー”と呼ばれる現象で爆発します。
この爆発により中心にはブラックホールが形成され、その周囲には物質(恒星の残骸)による降着円盤が残ります。

降着円盤からは冷えた物質が急速にブラックホールへと落ち込んでいくことになり、その過程では強力な重力波が発生します。
その重力波が、“LIGO”や“Virgo”といった重力波望遠鏡によって観測できる可能性があるそうです。

このような重力の検出により期待されているのが、コラプサーやブラックホールの謎に包まれたメカニズムの解明なんですねー

これまで、重力波は主に恒星質量ブラックホールや中性子星といった、高密度天体の合体によって検出されてきました。
でも、今回のシミュレーション結果が示唆していたのは、コラプサーも検出可能な重力波の発生源となり得ることでした。

もし、コラプサーによる重力波が検出されれば、重力波天文学における新たな発見となり、宇宙の進化や星の終焉に関する理解を深める上で重要な一歩となります。
この研究は、国立天文台の天文シミュレーションプロジェクト“CfCA”の客員研究員Ore Gottliebさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学雑誌“Astrophysical Journal Letters”に“In LIGO's Sight? Vigorous Coherent Gravitational Waves from Cooled Collapsar Disks”として掲載されました。DOI: 10.3847/2041-8213/ad697c
図1.回転する大質量星が死んだ後、中心ブラックホールの周りに物質の円盤が形成される。本研究では、物質が冷えてブラックホールに落ち込むと、検出可能な重力波が発生することを示唆している。(Credit: Ore Gottlieb)
図1.回転する大質量星が死んだ後、中心ブラックホールの周りに物質の円盤が形成される。本研究では、物質が冷えてブラックホールに落ち込むと、検出可能な重力波が発生することを示唆している。(Credit: Ore Gottlieb)


大質量星の崩壊により起こる現象

今回の研究の対象となった重力波は、太陽の15~20倍の質量を持つ高速回転をする恒星の激しい死の後に発生します。

このような恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こし、コラプサーと呼ばれる現象が発生します。

そして、後に残されるのがコンパクトな天体“ブラックホール”と、その周りを渦巻く物質の大規模な降着円盤です。
わずか数分間続く物質の渦巻きは非常に大きく、周囲の空間を歪ませ、宇宙全体に伝わる重力波を発生させます。

本研究では、最先端のシミュレーションを用いて、これらの重力波が“LIGO”のような重力波望遠鏡で検出できる可能性があることを突き止めています。
“LIGO”は、2015年にブラックホール同士の合体に伴って放出された重力波を、初めて直接観測しています。

もし、重力波の検出に成功すれば、コラプサーを起源とする重力波は、コラプサーやブラックホールの謎めいたメカニズムを理解するのに役立つはずです。


天体同士の合体以外で検出可能な重力波源

これまでに検出されている重力波源は、中性子星や恒星質量ブラックホールといった2つのコンパクトな天体の合体に由来するものでした。

それでは、天体の合体以外に、現在の重力波望遠鏡で検出できる重力波の発生源は存在するのでしょうか?
存在するとしたら、どのような発生源になるのか、この興味深い疑問の答えの一つがコラプサーです。

今回の研究では、大質量で回転する恒星について、磁場や冷却速度を含む崩壊後の状態をシミュレーションしています。
その結果分かったのは、コラプサーが約5000万光年離れた場所からでも検出できるほど強力な重力波を発生させる可能性があることでした。

この距離は、ブラックホールや中性子星の合体によって発生する、より強力な重力波の検出可能範囲の10分の1以下のものです。
それでも、これまでにシミュレートされたどの合体以外の現象よりも強力なものでした。

この発見は驚くべきものでした。
それは、宇宙のあらゆる方向から伝わる多数の重力波がごちゃまぜ状態になっているからです。
その中からコラプサー由来のものを識別するのが難しいと考えられていたんですねー

オーケストラのウォーミングアップを想像すると分かりやすいかもしれません。
それぞれの演奏者が自分のパートを演奏しているときは、フルート1本またはチューバ1本から聞こえてくるメロディーを聞き分けるのは難しいかもしれません。

一方、2つの天体の合体による重力波は、オーケストラが一緒に演奏するような、明確で強い信号を作り出します。
これは、2つのコンパクトな天体が合体しようとしているとき、お互いの周りを螺旋軌道を描いて回転し、接近するにつれ重力波を発生させるためです。
このほぼ同一の波のリズムが信号を増幅し検出できるレベルにします。

新しいシミュレーションでは、コラプサーの周りの回転する円盤も合体するコンパクトな天体と非常によく似た形で、一緒に増幅する重力波を放出できることが示されました。

降着円盤内の物質は、ニュートリノ放射などのメカニズムによって冷却されます。
冷却が進むにつれて円盤の温度が低下し、物質がより密度の高い状態へと変化していきます。
シミュレーションでは、冷却の強さを変化させることで、固着円盤の構造と重力放射への影響を調べています。

当初、円盤は異なる軌道上を回転する物質を持つ連続的なガスの分布になるので、信号はずっと乱雑なものになるだろうと思われていました。
研究チームは、これらの円盤から重力波はコヒーレントに放射され、また非常に強いものになることを発見しています。


コラプサー現象から発生する他の信号の検出

この円盤からの予測信号は“LIGO”で検出できるほど強いだけでなく、研究チームによると既存のデータセットの中に既にいくつかの現象が含まれている可能性があるそうです。

また、“Cosmic Explorer”や“Einstein Telescope”といった次世代の重力波望遠鏡があれば、1年に数十個の現象を発見できる可能性もあります。

このため、重力波のコミュニティは既にこれらの現象の探索に興味を持っていますが、それは簡単なことではないようです。

今回の研究では、考えられるコラプサー現象の数を控えめに設定して、重力波の兆候を計算しています。
でも、恒星の質量と回転のプロファイルは様々あるので、計算される重力波信号にも違い生じるはずなんですねー

原則として、一般的なテンプレートを作成するには、100万個のコラプサーをシミュレートとするのが理想的です。
残念ながら、これらは非常にコストのかかるシミュレーションなので、今のところ別の手法をとる必要があります。

そこで気になるのが、本研究でシミュレートしたものと似たような現象が、過去に発生していないかということです。
過去のデータを見ることもできますが、恒星の質量と回転のプロファイルは様々です。
それぞれが固有の信号を持っている可能性があるので、シミュレートされた信号のいずれかと一致するものが見つかる可能性は低いはずです。

もう一つの手法として、超新星やガンマ線バーストなど、近くのコラプサー現象から発生する他の信号を使用して、データアーカイブを検索し、その領域でほぼ同時に重力波が検出されなかったかどうかを確認することです。

コラプサーから発生した重力波を検出することができれば、崩壊時の星の内部構造をより深く理解することができるとともに、ブラックホールの性質についても知ることができます。

どちらも、まだよく分かっていないテーマで、これらの検出はできていません。
ブラックホールを取り巻くこれらの星の内部領域を研究する唯一の方法は重力波によるものです。

コラプサー降着円盤からの重力波は、これまでの重力波源とは異なる特徴を持つ、新たな種類の重力波源です。
その検出は、恒星の進化と死、ブラックホールの性質、そして重力理論の検証など、天体物理学の様々な分野に多大な貢献をもたらす可能性があります。
今後の観測と研究の進展により、コラプサー降着円盤からの重力波が、宇宙の謎を解き明かすための強力なツールとなることが期待されます。


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太陽系外縁部を航行する探査機“ニューホライズンズ”が宇宙の深淵を照らし出す微かな光“宇宙背景放射”を直接観測

2024年09月03日 | 宇宙 space
宇宙は、無数の銀河や星々が輝きを放つ広大な空間ですが、目に見える光を超えた“暗黒”が広がっています。
この暗闇の深淵を照らし出す微かな光、それが宇宙背景放射(COB)です。

宇宙背景放射は、宇宙の歴史を通じて生成されたあらゆる光が積み重なり、拡散して観測されるもの。
その起源を解明することは、宇宙の進化と構造を理解する上で極めて重要となります。

長年、天文学者たちは宇宙背景放射の強さを正確に測定し、その起源を特定しようと試みてきました。
でも、地球や太陽系内では、太陽光や惑星間チリによる散乱光の影響が大きく、宇宙背景放射の観測は困難を極めていました。

こうした中、新たな希望の光として登場したのがNASAの探査機“ニューホライズンズ”でした。
2006年に打ち上げられた“ニューホライズンズ”は、2015年に冥王星系をフライバイ(※1)し、2019年にはカイパーベルト天体の一つ“アロコス(ArroKoth)”もフライバイしています。
冥王星やアロコスといった太陽系外縁部に位置する天体の探査を成功させ、人類の宇宙への理解を大きく前進させました。
※1.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。これにより探査機は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言う。
そして、現在の“ニューホライズンズ”は、太陽系外縁部という特異な環境を利用して、宇宙背景放射の直接観測という新たなミッションに挑戦しています。
太陽系外縁部は、地球から観測する場合に比べると散乱光による影響が少なく、宇宙背景光の観測には適した場所でした。

今回の研究では、宇宙の深淵における光の量を最も精密に直接測定することで、宇宙の暗闇に関する長年の疑問に答えを出したそうというもの。

その結果、明らかになったのは、宇宙の可視光の大部分は銀河から発生していること。
また、現時点では未知の光源からの光は、ほとんど存在しないことも明らかになります。
本研究は宇宙の背景光の謎を解き明かす一歩となるもの、今後の研究球結果が期待されます。
この研究は、ボルチモアの宇宙望遠鏡科学研究所の天文学者Marc Postmanさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“New Synoptic Observations of the Cosmic Optical Background with New Horizons”として掲載されました。DOI:10.3847 / 1538-4357 / ad5ffc
図1.深宇宙を背景にしたNASAの探査機“ニューホライズンズ”のイメージ図。背景には天の川銀河のレーンが見える。(Credit: NASA, APL, SwRI, Serge Brunier (ESO), Marc Postman (STScI), Dan Durda)
図1.深宇宙を背景にしたNASAの探査機“ニューホライズンズ”のイメージ図。背景には天の川銀河のレーンが見える。(Credit: NASA, APL, SwRI, Serge Brunier (ESO), Marc Postman (STScI), Dan Durda)


太陽系外縁部を航行する探査機と宇宙背景放射

“ニューホライズンズ”は、打ち上げから18年以上が経過した現在も、その探査の手を緩めることなく、太陽系外縁部を航行し続けています。
その距離は、地球から実に約73億キロ以上にも及んでいます。

この広大な宇宙空間における“ニューホライズンズ”の位置は、宇宙背景放射の観測を行う上で、いくつかの大きな利点をもたらします。

その一つは、太陽からの距離にあります。
遠く離れていることで、観測における太陽光の影響を最小限に抑えることができます。

宇宙背景放射は非常に微かな光なので、太陽光のような強い光源があると、その観測は極めて困難になります。
地球と比べてはるかに太陽から離れた位置にいる“ニューホライズンズ”は、太陽光の影響を受けずに、より高精度な宇宙背景放射の観測を行うことができる訳です。

もう一つの惑星間チリによる影響も、地球周辺と比べると大幅に小さくなります。
惑星間チリは、太陽光を反射して散乱させるので、宇宙背景放射の観測の妨げとなります。
“ニューホライズンズ”が航行する太陽系外縁部は、惑星間チリの密度が低い領域になるので、よりクリアな宇宙背景放射の観測が可能となります。

“ニューホライズンズ”には長距離偵察イメージャー“LORRI”という観測装置が搭載されています。
これは、高感度カメラと望遠鏡を組み合わせた観測装置で、遠方の天体や微かな光をとらえることができます。

“LORRI”は宇宙背景放射に特化した設計ではありませんが、その性能の高さと“ニューホライズンズ”の航行位置の利点により、宇宙背景放射の直接観測という重要な役割を担っています。


宇宙背景放射の直接観測と大きな障害

2021年のこと、“ニューホライズンズ”による宇宙背景放射の直接観測が初めて実施されました。

この観測では“LORRI”を用いて宇宙の様々な方向を撮影。
その画像データから宇宙背景放射の強さを測定する試みが行われました。

でも、この最初の試みは予想外の困難に直面することになるんですねー

観測データの解析を進める中で明らかになったのは、天の川銀河から放出された光が星間チリによって散乱され、宇宙背景放射の観測データに混入していることでした。
この散乱は拡散銀河光(DGL)と呼ばれ、宇宙背景放射の強さを正確に測定する上で大きな障害となります。

2021年の観測では、拡散銀河光の影響を過小評価していたので、宇宙背景放射の強度を実際の値よりも大きく見積もってしまいました。
この結果を受けて研究チームでは、拡散銀河光の影響をより正確に除去する手法の開発に着手することになります。


拡散銀河光の推定手法

研究チームは、拡散銀河光の影響という2021年の観測の教訓を踏まえ、2023年に再び“ニューホライズンズ”を用いた宇宙背景放射の観測を実施しています。

この観測では、拡散銀河光の影響をより正確に除去するため、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”による遠赤外線観測データが活用されました。

“プランク”は全天の宇宙マイクロ波背景放射を精密に観測することを目的とした衛星で、その観測データには拡散銀河光の情報も含まれています。

本研究では、チリの密度が異なる領域の“プランク”による遠赤外線観測データに基づいて、遠赤外線強度と可視光強度の関係を較正。
この較正データを用いることで、“ニューホライズンズ”の観測データに含まれる拡散銀河光の成分を、より正確に除去することが可能になりました。

具体的には、“プランク”の観測データから各観測領域の遠赤外線強度を測定し、遠赤外線強度と可視光強度の関係を表す較正データを用いることで、各観測領域の拡散銀河光の強度を推定しています。
“ニューホライズンズ”の観測データから、推定された拡散銀河光の強度を差し引くことで宇宙背景放射の推定が実現できた訳です。

この新たな拡散銀河光の推定手法により、2023年の観測では2021年の観測と比べて、宇宙背景放射の推定精度が大幅に向上しました。

新たな拡散銀河光の推定手法を用いて解析した結果、2023年の“ニューホライズンズ”の観測で検出された宇宙背景放射の強度は11.16±1.65nW m-2 sr-1ということが明らかになります。
この値は、2021年の観測結果と比べると約32%も低いものでした。

さらに重要な点は、この値が既知の銀河の総光量から予測される宇宙背景放射と矛盾しないことです。
つまり、現時点では未知の光源の存在を示唆する証拠は得られていない、ということになります。


宇宙背景放射測定のアプローチ

これまでの宇宙背景放射の測定は、銀河カタログに基づく推定、VHEガンマ線観測、直接観測という大きく分けて3つのアプローチに分類できます。

銀河カタログに基づく推定は、深宇宙探査によって得られた銀河の個数密度や光度関数に基づいて、宇宙背景放射を推定する方法です。
このアプローチでは、銀河の空間分布や光度進化のモデル化などが複雑なため推定精度に限界があります。

VHEガンマ線観測は、VHEガンマ線が宇宙背景放射と相互作用して減衰することを利用します。
その減衰率から宇宙背景放射の強度を推定する方法です。
このアプローチは、銀河の進化モデルに依存しないという利点がありますが、VHEガンマ線源の数が限られているので統計的な精度に限界があります。

直接観測は、“ニューホライズンズ”のように、太陽光や惑星間チリの影響が少ない環境で直接宇宙背景放射を観測する方法です。
このアプローチは、最も直接的に宇宙背景放射の強さを推定できる方法ですが、観測装置の感度や較正の精度などが求められます。

過去の観測では、銀河カタログに基づく推定とVHEガンマ線観測から、宇宙背景放射の強度は既知の銀河の総光量で説明できるという結果が得られていました。
でも、直接観測による検証は、技術的な困難さから進んでいなかったんですねー

今回の“ニューホライズンズ”による直接観測は、銀河カタログに基づく推定やVHEガンマ線観測の結果を支持するもので、宇宙背景放射の起源を理解する上で重要な貢献を果たしたと言えます。

“ニューホライズンズ”は、今後も太陽系外縁部という特異な環境を生かして宇宙背景放射の観測を継続する予定です。
観測データが蓄積されることで、拡散銀河光推定の精度がさらに向上し、宇宙背景放射の強度の推定誤差が縮小するはずです。

また、将来の宇宙望遠鏡による観測や、より高精度な銀河カタログの作成により、宇宙背景放射に関する理解がさらに深まることが期待されます。


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ハッブルテンションは存在しない!? ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いたハッブル定数の測定から分かったこと

2024年08月25日 | 宇宙 space
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを用いて、宇宙の膨張率を示す“ハッブル定数”を新たに測定しています。

研究チームは、セファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星という3種類の天体を用いて、10個の近傍銀河までの距離を測定。
いずれも、これまでで最も正確とされる宇宙の膨張率の値、メガパーセクあたり秒速70キロメートル(70km/s/Mpc)と算出されました。

この値は、宇宙マイクロ波背景放射の観測に基づくハッブル定数の推定値と誤差範囲内で一致。
観測方法によってその値が異なるという大きな問題“ハッブルテンション(Hubble tension)”と呼ばれる矛盾は、存在しない可能性を示唆していました。

今回の研究結果は、宇宙の進化に関する標準的な宇宙論モデルが正しい可能性を支持するもの。
宇宙の年齢や進化を解き明かす上で、ハッブル定数の正確な値を把握することは現代宇宙論における最重要課題の一つで、本研究はその謎に迫るための重要な一歩と言えます。

今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による更なる観測によって、“ハッブルテンション”の有無や、宇宙論への影響について検証を進める必要があるようです。
この研究は、シカゴ大学のWendy L. Freedmanさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“Status Report on the Chicago-Carnegie Hubble Program (CCHP): Three Independent Astrophysical Determinations of the Hubble Constant Using the James Webb Space Telescope”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2408.06153
図1.今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測した新しいデータを用いて、上の銀河“NGC 3972”を含む10個の銀河からの光を測定することで、宇宙が時間とともに膨張している速度を新たに読み取っている。(Credit: Yuval Harpaz, data via JWST)
図1.今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測した新しいデータを用いて、上の銀河“NGC 3972”を含む10個の銀河からの光を測定することで、宇宙が時間とともに膨張している速度を新たに読み取っている。(Credit: Yuval Harpaz, data via JWST)


宇宙の膨張速度“ハッブル定数”と“ハッブルテンション”という問題

私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。

宇宙の膨張速度は、1929年に天文学者エドウィン・ハッブルが遠方の銀河の距離と後退速度の関係を発見したことに因んで“ハッブル定数”と呼ばれています。
以来、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、様々な観測技術を駆使し宇宙の広大さに挑み続けることになります。

宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。

初期の観測では、セファイド変光星と呼ばれる、周期的に明るさが変化する星が重要な役割を果たしています。
セファイド変光星は、その周期と明るさの間に明確な関係があることが知られていて、この関係を利用することで、地球から銀河までの距離を測定することが可能になります。

でも、セファイド変光星を用いた測定には、星間物質による減光の影響など、様々な誤差要因が含まれていたんですねー
このことから、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、Ia型超新星と呼ばれる非常に明るい天体現象を利用した測定方法を用いるようになります。

白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。

Ia型超新星は爆発直前の質量がどれも一定となるので、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
このことから、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれ、“クエーサー”や“ガンマ線バースト”なども標準光源として利用されています。

超新星は明るい現象で、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、Ia型超新星は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。
さらに、Ia型超新星を用いると、セファイド変光星よりも遠方の銀河までの距離を測定することが可能でした。

現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで観測しても一定になるはずです。
でも、実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(セファイド変光星による)と、遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には、大きな食い違いがあることが分かっています。

どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないので、食い違いが生じる理由は分かっていません。
この食い違いによる問題は“ハッブルテンション”と呼ばれ、宇宙論研究者を悩ませてきました。


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた赤外線観測

ハッブルテンション問題の解決には、より高精度なハッブル定数の測定が不可欠となります。

そこで、研究者たちが期待を寄せているのが、2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡です。
この望遠鏡は、高い赤外線感度と高性能な分光器を持ち、遠方の深宇宙を観測することができます。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の優れた赤外線観測能力を活用し、ハッブル定数測定に新たなアプローチを試みています。
具体的には、これまでのセファイド変光星に加えて、赤色巨星分枝の先端と呼ばれる星と、炭素星と呼ばれる星の明るさを利用し、3つの独立した手法でハッブル定数を測定しています。

赤色巨星分枝の先端は、太陽程度の質量を持つ星が進化の最終段階で到達する明るさの限界値です。
一方の炭素星は、その大気に炭素を多く含む赤色巨星の一種で、近赤外線波長で非常に明るく観測されます。

これらの星は、セファイド変光星とは異なる物理的メカニズムに基づいていて、系統誤差を抑えながらハッブル定数を測定することが期待されています。

研究チームは、10個の近傍銀河をターゲットとし、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いてセファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星の観測を実施。
その結果、3つの手法から得られたハッブル定数は、誤差の範囲内で非常によく一致していて、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの質の高さと、3つの手法の信頼性を強く示唆する結果となりました。

測定の結果は、セファイド変光星のハッブル定数(H0)は72.05±1.86km/s/Mpc、赤色巨星分枝の先端のハッブル定数(H0)は69.85±1.75km/s/Mpc、炭素星のハッブル定数(H0)は67.96±1.57km/s/Mpc。
これらの値は、宇宙マイクロ波背景放射に基づく測定結果と矛盾しない範囲にあり、ハッブルテンション問題の解決に向けて重要な示唆を与えてくれました。


高精度な観測データの蓄積と解析の進展へ

本研究の結果は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による高精度な観測データが、ハッブル定数測定の精度向上に大きく貢献し、宇宙論の標準モデルの検証に重要な役割を果たすことを示しています。

ただ、現時点ではジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データは、ハッブルテンション問題を完全に解消するには至っていません。
それでも、今後の観測データの蓄積と解析の進展によって、より正確なハッブル定数の値が得られ宇宙論の標準モデルの検証が進むことが期待できます。

今後の研究の方向性として、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などの観測データを用いることが重要と言えます。
これにより、セファイド変光星の周期-光度関係の精度をさらに向上させることが期待できます。
セファイド変光星を用いた距離測定の精度向上は、ハッブル定数測定の精度向上にも貢献するはずです。

また、より多くのIa型超新星の宿主銀河を観測し、赤色巨星分枝の先端やセファイド変光星、炭素星を用いた距離測定を行うことで、ハッブル定数の統計誤差を減らすことも重要です。
現在のサンプル数は限られていますが、将来的な観測計画によってサンプル数を増やし、より信頼性の高い統計解析を行うことができるはずです。

さらに、観測データの解析手法を改良し、系統誤差をさらに抑制することで、ハッブル定数測定の精度を極限まで高めることも期待されます。
星間物質による減光の影響や観測機器の特性に起因する系統誤差などを、詳細なモデリングや較正作業を通じて抑制していくことが重要といえます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、宇宙論研究に革命をもたらす可能性を秘めています。
ハッブル定数測定における本研究の成果はその可能性を示す端的な例で、今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測成果に大きな期待が寄せられます。

ハッブル定数の謎を解き明かすことは、宇宙の過去、現在、未来を理解することに繋がる重要な課題です。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の運用により、宇宙の謎を解き明かすための新たな章を歩み始めたと言えます。


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低温な恒星で発生するフレアほど遠紫外線放射が強くなる!? 赤色矮星が惑星に与える影響から生命が居住可能なのかを考えてみる

2024年08月21日 | 宇宙 space
今回の研究では、赤色矮星のフレアが、これまで考えられていたよりもはるかに強いレベルの遠紫外線放射を伴う恒星フレアを生成する可能性があることを発見しています。

この発見が示唆しているのは、これらフレアからの強い紫外線が周辺の惑星の居住可能性に大きな影響を与える可能性があることでした。

フレアからの遠紫外線放射は、一般的に想定されているよりも平均で3倍強力で、想定されるエネルギーレベルの最大12倍に達する可能性があることが示されました。

この強力な遠紫外線放射の正確な原因は、まだ明らかになっていません。
研究チームが考えているのは、フレアの放射線が特定の波長に集中していることが原因となること。
このことは、炭素や窒素などの原子の存在を示唆していると考えています。
この研究は、ケンブリッジ大学のVera L. Bergerさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に“Stellar flares are far-ultraviolet luminous”として掲載されました。DOI:10.1093 / mnra / stae1648
図1.強力なフレアを連続して放つ赤色矮星(イメージ図)。(Credit: Scott Wiessinger/NASA)
図1.強力なフレアを連続して放つ赤色矮星(イメージ図)。(Credit: Scott Wiessinger/NASA)


太陽よりも小さく表面温度の低い恒星

表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼びます。
実は、宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星になるんですねー
太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがあります。

ハビタブルゾーンとは、恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域のこと。
この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられています。
太陽系のハビタブルゾーンは地球から火星軌道の間にあたります。

赤色矮星は数兆年に達するとも考えられている長い寿命を持つことから、生命が芽吹くのに必要な時間が十分にあると言えます。
さらに、その数の多さから、生命が存在する可能性のある惑星を探す上で、重要なターゲットと見られています。

これまでの研究では、赤色矮星のハビタブルゾーンに位置する惑星は、潮汐力によって常に同じ面を恒星に向けている“潮汐ロック”と呼ばれる状態にある可能性が高いと考えられてきました。

潮汐ロックを受けた惑星では、昼側は常に恒星に照らされて高温となり、夜側は常に陰になって極寒になるので、生命の存在には厳しい環境となる可能性があります。
でも、近年では惑星の自転や大気の循環によって、潮汐ロックされた惑星でもより穏やかな気温分布が実現される可能性も指摘されています。

赤色矮星はフレアと呼ばれる恒星表面の爆発現象を頻繁に起こす傾向があります。
ただ、フレアの発生頻度、惑星の大気や磁場の環境などを考慮した居住可能性の定量的な評価は行われてきませんでした。

このようなこともあり、赤色矮星を公転する惑星の居住可能性については、現在も活発な議論が続いています。


恒星表面で発生する突発的なエネルギー放出現象

赤色矮星は、生命が居住可能な惑星を持つ可能性を秘めている一方で、生命の存在にとって大きな脅威となる可能性も持っています。
その一つが、恒星表面で発生する突発的なエネルギー放出現象“恒星フレア”です。

恒星フレアは、太陽フレアと同様に磁場のエネルギーが解放されることで発生すると考えられています。
フレアが発生すると、電磁波を含む大量のエネルギーが放出され、その中には生命に有害な紫外線も含まれています。

紫外線は、その波長によりUV-A(315~400nm)、UV-B(280~315nm)、UV-C(100~280nm)の3種類に分類されています。

最もエネルギーの高いUV-Cは、DNAやRNAなどの生体分子に損傷を与えるので、生命にとって非常に危険です。
地球では上空のオゾン層によって、すべて吸収されるので地表に到達することはありません。
でも、オゾン層を持たない惑星やオゾン層の薄い惑星では、地表にまでUV-Cが到達し、生命に深刻なダメージを与える可能性があります。

UV-Bは、UV-Cほどではありませんが、それでも生命に有害な紫外線です。
日焼けや皮膚がんの原因となることが知られていて、生物のDNAやRNAにも損傷を与える可能性があります。
地球では、オゾン層によってUV-Bの大部分は遮断されていますが、一部は地表にまで到達し生物に影響を与えています。

UV-Aは、UV-Bよりもエネルギーが低く、生命への影響も比較的少ないと考えられています。
皮膚の老化などを引き起こすことが知られていますが、生物の光合成に必要な光エネルギーとしても利用されています。


UV-CとUV-Bの比率は恒星の金属量に大きく依存している

オゾンは酸素原子3個からなる分子で、太陽から放射された紫外線は地球大気中のオゾンの生成と破壊の両方に関わっています。

紫外線のうちUV-Cは、中層大気中でオゾンを生成する役割を担っています。
でも、UV-Bは個々の酸素原子や酸素分子との反応プロセスを通してオゾンを破壊していきます。

このことから、系外惑星の大気でも地球と同じように紫外線が複雑な反応を起こし、影響を与えていると考えることができます。

さらに、全体として金属に乏しい恒星は、金属に富む恒星よりも紫外線を多く放射するという研究報告もあります。
この研究では、オゾンを生成するUV-Cとオゾンを破壊するUV-Bの比率は、恒星の金属量に大きく依存することも示されています。

そう、UV-BとUV-Cの比率は非常に大きな意味を持つことになるんですねー
金属に乏しい恒星ではUV-Cの比率が大きいので、惑星の大気では厚いオゾン層が形成されます。
一方、金属に富む恒星ではUV-Bの比率が大きいので、惑星の大気で形成されるオゾン層ははるかに希薄になってしまいます。

結果的に、金属に富む恒星は金属に乏しい恒星よりも紫外線放射が大幅に少ないにもかかわらず、その周りを公転する惑星ではオゾン層が希薄になるので、惑星表面はより強い紫外線にさらされることになります。

金属(重元素)は、恒星内部の核融合反応によって数十億年かけて合成された後、恒星から流れ出る恒星風や超新星爆発を通して宇宙空間に放出されていき、次の世代の恒星や惑星の材料になります。

そのため、新しい世代の恒星は、その前の世代の恒星が作り出した金属を含む材料から形成されることに…
つまり、恒星に含まれる金属の量は、恒星が世代を重ねるごとに増えていくことになります。

そう、宇宙全体で見れば金属に富む恒星ばかりが増えていき、恒星系で生命が誕生する確率は宇宙が年老いるにしたがって低下していく可能性もありそうです。


低温な恒星で発生するフレアほど遠紫外線放射が強くなる

これまでの恒星フレアの研究では、その紫外線放射を推定する際に、約9000Kの黒体放射を仮定することが一般的でした。
黒体放射とは、理想的な熱放射体から放射される電磁波のスペクトルで、温度によってその強度分布が変化します。

今回の研究では、2003年~2013年にかけて運用されたNASAの紫外線天文衛星“GALEX”のアーカイブデータを用いて、この仮定が必ずしも正しいとは限らないことを明らかにしました。

研究チームは、“GALAEX”が取得した太陽系近傍の約30万個の恒星のデータから、182個のフレアを検出。
その紫外線放射を詳細に分析しています。

“GALAEX”は、近紫外線(NUV:1750~2750Å)と遠紫外線(FUV:1350~1750Å)の二つの波長帯で、同時に観測を行うことができました。

研究チームは、この二つの波長帯におけるフレア発生時のエネルギー流束の比率(FUV/NUV)に着目。
その結果、FUV/NUVの比率は、平均でこれまで想定されていた9000Kの黒体放射から予測される値の約3倍に達することが明らかになります。
さらに、最大で12倍に達するケースも確認され、一部のフレアではFUV放射がNUV放射を上回ることもありました。

スペクトル型は、恒星の表面温度や色に基づいて分類されるもので、O型、B型、A型、F型、G型、K型、M型の順に表面温度が低くなります。

本研究で見られたのは、スペクトル型が後期の恒星(表面温度の低い恒星)ほど、FUV/NUVの比率が高くなる傾向でした。
この結果は、これまでの9000Kの黒体放射を仮定したモデルでは説明できないもの。
赤色矮星のように低温な恒星で発生するフレアほど、FUV放射が強くなることを示唆していました。

それでは、これほどFUV放射が強いのは、なぜでしょうか?

研究チームでは、その原因を特定するには至っていません。
ただ、フレアの発生メカニズムや、フレアが発生している恒星の特性と関連がある可能性を考えています。

考えられる要因の一つとして、フレアが発生する際に特定の波長にエネルギーが集中していることが挙げられます。
この場合、炭素や窒素などの原子が豊富に存在する領域でフレアが発生すると、FUV放射が特に強くなる可能性があります。

また、フレアが発生する恒星の磁場の構造や強度も、FUV放射の強さに影響を与えている可能性があります。
赤色矮星は、太陽よりも磁場が強いことが知られていて、これがフレアのエネルギーやスペクトルに影響を与えている可能性もあります。


遠紫外線放射による系外惑星の大気浸食

赤色矮星を公転する惑星に生命は居住可能なのでしょうか。
今回の発見は、この可能性に関するこれまでの認識を大きく変える可能性があります。

強力なFUV放射は、惑星の大気を徐々に剥ぎ取る効果があります。
大気は惑星表面の温度を一定に保ち、有害な宇宙線から生命を守る役割を担っているので、その損失は生命の存在にとって深刻な問題となります。

これまでの研究では、9000Kの黒体放射を仮定したモデルに基づき、大気浸食の影響を受けると考えられていた赤色矮星系の数は限られていました。
でも、今回の研究結果によれば、これまで想定されていたよりもはるかに広範囲の赤色矮星系で、大気浸食が進行している可能性があります。

一方、紫外線は生命の遺伝情報を担うDNAと密接に関連するRNAの構成要素の形成を促進する可能性も指摘されています。
RNAは、生命の起源において重要な役割を果たしたと考えられています。

紫外線によるRNA構成要素の生成は、地球上の生命の誕生にも関与した可能性があります。
地球が誕生したばかりの頃、太陽は現在よりも活発で、より多くの紫外線を放射していました。
この紫外線が原始地球の海の中でRNAの構成要素を作り出し、生命の誕生へとつながった可能性も考えられます。


次世代の紫外線天文衛星による観測

今回の研究が明らかにしたのは、赤色矮星のフレアがこれまで考えられていたよりもはるかに強い遠紫外線放射を伴うことでした。
この発見は、赤色矮星を公転する惑星の居住可能性に大きな影響を与えることになるので、今後の研究の進展が期待されます。

研究の課題として、以下の事項を挙げることができます。

赤色矮星のフレアで、FUV放射がこれほど強くなるメカニズムを解明する必要があります。
それには、フレアの発生メカニズム、磁場の構造と強度の影響、特定の波長におけるエネルギー集中など、様々な可能性を検討し、詳細な観測データに基づいた検証が必要となります。

また、フレアが居住可能性に与える影響を正確に評価するには、フレアの発生頻度や強度を把握することが重要です。
それには、長期的な観測データを取得し、フレアの発生頻度や強度の統計的な分析を行う必要があります。

FUV放射増加が、惑星の気候、大気組成、生命活動に具体的にどのような影響を与えるのか、詳細なシミュレーションや観測が必要となります。
それには、FUV放射による大気加熱や散逸、オゾン層破壊、地表への紫外線到達量の変化などを定量的に評価する必要があります。

これらの課題に取り組むには、次世代の紫外線天文衛星による観測が不可欠です。
2027年に打ち上げ予定の“ULTRASAT”、そして“MANTIS”といった観測プロジェクトは、赤色矮星のフレアに関する理解を飛躍的に進展させると期待されています。

“ULTRASAT”が搭載する広視野の紫外線望遠鏡は、10万個以上の恒星を同時に観測することができます。
これにより、これまでとらえることができなかった短時間で変化するフレア現象を、詳細に観測することができます。
また、フレアの発生頻度や強度に関する統計的な分析も、大きく前進すると期待されています。

“MANTIS”は紫外線だけでなく可視光線や赤外線など、より幅広い波長で観測を行うことができます。
これにより、フレアに伴う様々な現象を多角的にとらえ、そのメカニズムを解明することが期待されます。
また、“MANTIS”はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡と連携して観測を行う計画もあり、FUV放射の増加が惑星大気に与える影響を詳細に調べる上でも重要な役割を果たすはずです。

今後、“ULTRASAT”や“MANTIS”といった次世代の宇宙望遠鏡による観測や詳細な数値シミュレーションを通じて、赤色矮星のフレアに関する理解を深め、その影響を正確に評価していくことが、地球外生命の探索を進める上で非常に重要といえます。


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原始ブラックホールが真空崩壊を引き起こし宇宙は崩壊する!? 考えられているほど安定的でないヒッグス場のエネルギー状態

2024年08月17日 | 宇宙 space
ヒッグス場は宇宙に遍在するエネルギー場で、他の素粒子に質量を与えています。
今回の研究では、このヒッグス場に対し原始ブラックホールが真空崩壊を引き起こす要因となったのかを調べています。

そこから分かってきたのは、ヒッグス場は不安定な状態にあり、ある日突然、より低いエネルギー状態に遷移する可能性があること。
この相転移が起こると、物理法則が劇的に変化し宇宙は崩壊してしまうかもしれません。
初期宇宙に存在したと考えられている軽い原始ブラックホールは、その高温のためヒッグス場の相転移を引き起こす可能性があることでした。

でも、私たち人類が存在しているということは、このようなブラックホールは存在しなかったか、あるいはヒッグス場が相転移から保護される未知のメカニズムが存在する可能性があるということです。

宇宙は、その誕生から今日に至るまで、膨張を続けながら進化してきました。
星が生まれ、銀河が形成され、そして私たち人類を含む生命が誕生したのも、この広大で複雑な宇宙の進化の過程における出来事です。
そして驚くべきことに、この宇宙の根底を支えている物理法則は、私たちが想像するよりもはるかにシンプルである可能性を秘めています。

物質に質量を与えるヒッグス場、そして極限的な密度を持つ天体であるブラックホール。
一見すると全く無関係に思えるこれらの要素が、実は宇宙の運命を左右する重要なカギを握っているのかもしれません。
この研究は、キングス・カレッジ・ロンドンのLouis Hamaideさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、物理学の査読付き科学学術雑誌“Physics Letters B誌”に“Primordial Black Holes Are True Vacuum Nurseries”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2311.01869
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたタランチュラ星雲の星形成領域。(Credit: Nasa, ESA, CSA, STScI, Webb ERO)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたタランチュラ星雲の星形成領域。(Credit: Nasa, ESA, CSA, STScI, Webb ERO)


ヒッグス場は全ての素粒子に質量を与えている

ヒッグス場は宇宙全体に広がるエネルギーの場で、全ての素粒子に質量を与える役割を担っています。
私たちが物質の存在を認識できるのも、星や銀河、そして私たち生命が存在できるのも、このヒッグス場のおかげと言えます。

ヒッグス場がない状態では、素粒子は質量を持たず、光速で飛び回るだけで原子や分子を構成することもできません。
星や銀河が形成されることもなく、私たち生命も存在しない世界になってしまいます。

ヒッグス場は、池の水面のように宇宙全体にわたって均一な状態だと考えられています。
このことは、宇宙のどこでも物理法則が同じように作用することを意味し、私たちが地球上で観測した物理法則は、遠く離れた銀河でも同様に成り立つと考えることができます。

でも、今回の研究が示唆しているのは、ヒッグス場のエネルギー状態が私たちが考えているほど安定的ではないということ。
物質の固体、液体、気体など、異なる状態(相)が存在するように、ヒッグス場にも複数の状態が存在する可能性があり、現在の宇宙におけるヒッグス場の状態は、真に安定した状態ではなく、より低いエネルギー状態へ遷移する可能性を秘めていると考えることができます。


ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移する真空崩壊

現在のヒッグス場は、“準安定状態”と呼ばれ非常に長い時間安定している状態ですが、永遠に安定している訳ではありません。

外部エネルギー源や量子揺らぎによって、ヒッグス場がより低いエネルギー状態へと遷移することがあり、この現象は“真空崩壊”と呼ばれています。

真空崩壊が起こると、物理法則が根本的に書き替えられ、私たちの知る物質や力が全く異なるものになってしまう可能性があります。
例えば、電子の質量が変化したり、陽子や中性子を構成するクォーク同士の結合が変化したりする可能性があります。

真空崩壊は、宇宙全体に光速で伝播し、その影響は壊滅的なものになると考えられています。
もし、真空崩壊が起きたとすると、私たち人類を含む生命は、その変化に適応できず滅亡してしまう可能性があります。


誕生直後の宇宙で発生した小さなブラックホール

では、何がヒッグス場の真空崩壊を引き起こすのでしょうか?
その要因の一つとして考えられているのが、原始ブラックホールです。

原始ブラックホールは、宇宙誕生直後の超高温・高密度な時代に、エネルギー密度の大きなゆらぎから生成されたブラックホールです。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。

私たちが普段耳にするブラックホールは、太陽よりもはるかに重い星が、その一生の最期に重力崩壊を起こすことで形成されます。
一方、原始ブラックホールは宇宙誕生後間もない時期に形成されたので、そのサイズは非常に小さく、質量も軽いものが存在すると考えられています。

原始ブラックホールは恒星質量ブラックホールよりもずっと小さく、最も小さいものは小さな山程度の質量を持つと考えられています。

理論的に考えられているのは、原始ブラックホールが約0.02mg(プランク質量)より大きな任意の質量を持つこと。
でも、宇宙誕生から現在までの時間経過により、ホーキング放射によって質量を失っていくので、現在まで生き残っている原始ブラックホールの質量は約1000万トン以上だと考えられています。


ブラックホールが少しずつ質量を失う現象“ホーキング放射”

1974年にスティーヴン・ホーキングが予言した現象がホーキング放射です。

量子力学では、真空は何もない空間ではなく、仮想的な粒子と反粒子のペアが生成と消滅を繰り返す“泡立った空間”であると表現されています。
これは、粒子として現れるために真空から“借りた”エネルギーをすぐに“返済”するためです。

でも、粒子が真空から借りたエネルギーを外部から与えるなどして代わりに返済すれば、その粒子を実在のものとして取り出すことが可能になります。
これは、真空に強力なγ線を与えることで、電子と陽電子のペアが現れる実験でも確かめられています。

こうした粒子のペアの生成と消滅が、ブラックホールの境界である“事象の地平面”のすぐ近くで発生するとホーキング放射が起こります。

“事象の地平面”は、それより内側に入れば光でもブラックホールの重力から逃れられなくなる境界です。
もし、仮想的な粒子と反粒子のペア(ホーキング放射の場合、質量がゼロの粒子)が生成された後、片方だけが“事象の地平面”を横切った場合、相方を失ったもう片方は実在の粒子として外に飛び出さなければなりません。

ただ、仮想粒子が実在粒子になるにはエネルギーをどこかから調達しなければなりませんが、この場合はブラックホールの質量から調達することになります。
質量はエネルギーと等しいので、ブラックホールは仮想粒子が実在粒子になった分だけ質量を失うわけです。

この様子を遠くから見ると、まるでブラックホールが実在粒子を放射し、少しずつ質量を失っているかのように観測されます。
これがホーキング放射です。

ホーキング放射が起こり続ければ、ブラックホールは最終的にすべての質量を失う、すなわち蒸発すると予測されています。

ブラックホールの質量が小さいほどホーキング放射は強くなり蒸発速度は速くなります。
ビッグバン直後に誕生した原始ブラックホールの中には、非常に質量が小さいものが存在すると考えられていて、そのような原始ブラックホールは、すでにホーキング放射によって蒸発し終わっている可能性があります。


ヒッグス場を不安定にし真空崩壊を引き起こす引き金となる熱源

原始ブラックホールは、その強大な重力によって周囲の物質を引き寄せ、高温・高密度の状態を作り出します。

さらに、ホーキング放射でも周囲の空間は加熱されるので、原始ブラックホールが蒸発する過程では、周囲の宇宙空間よりもはるかに高温な“ホットスポット”が形成されることになります。
ホットスポットの温度は、ブラックホールの質量が小さいほど高温となります。

このホットスポットこそが、ヒッグス場を不安定にする危険性があると考えられています。
ホットポットのエネルギーはヒッグス場のエネルギー状態に影響を与え、真空崩壊を引き起こす引き金となる可能性があります。

今回の研究によると、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールが現代まで生き残っていたとすると、ヒッグス場はすでに崩壊し宇宙は消滅してしまっているはずです。

でも、私たちは確かにここに存在していて、宇宙もまた、今のところ崩壊していません。
このことは、ビッグバン直後に形成された原始ブラックホールは既に全て蒸発し尽くしていて、現代の宇宙には存在しないことを意味している可能性があります。

言い換えれば、私たち人類が存在していること自体が、原始ブラックホールが現代の宇宙には存在しないことを示す証拠と言えるのかもしれません。

では、今後の研究により、原始ブラックホールの存在が確認されると、宇宙はどうなるのでしょうか?

それは、私たちがまだ知らないヒッグス場を安定化させる未知のメカニズムの存在を意味することになります。
このことは、全く新しい素粒子や力の発見につながる可能性があり、非常にエキサイティングな発見となるはずです。

例えば、超対称性理論や余剰次元理論など、現在の素粒子物理学を超える新しい物理理論が、ヒッグス場の安定性を保証している可能性があります。
これらの理論は、まだ実験的に検証されていませんが、もしこれらの理論が正しいことが証明されれば、宇宙の運命に対する理解は大きく進展することになります。

私たちは、宇宙の最小スケールと最大スケールの両方において、まだ多くの謎を抱えていると言えますね。


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