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NASAの火星探査車“パーサヴィアランス”が打ち上げ成功! 狙うのは人類史上初のサンプルリターン、生命の痕跡は見つかるのか?

2020年07月30日 | 火星の探査
2020年7月30日(木)20時50分(日本時間)、フロリダ州ケープカナベラル空軍ステーションから、NASAの火星探査機“Mars 2020/Perseverance(パーサヴィアランス)”が打ち上げられました。

57分後に宇宙船“Mars 2020”は予定通りアトラスVロケットから切り離され、火星へ向かう軌道に乗ったことを確認、打ち上げは成功。

ただ、NASAが発表したのは、探査車“パーサヴィアランス”を搭載した“Mars 2020”に技術的問題が発生したこと。
“Mars 2020”は現在、最低限のシステムのみを使う“セーフモード”飛行しています。

“セーフモード”に入った原因は、地球の影の中にいる間、機体の一部が想定よりも冷えたこと。
現在は地球の影から出て、温度は通常の範囲内に戻っている。
“セーフモード”では、管制センターから新しい指令を受けるまで、最低限のシステムのみが稼働した状態で飛行が続きます。
現在、NASAでは“Mars 2020”の健全性の全面的な評価を完了させているところ、火星へのたびに向けた計画通りの設定に戻れるよう取り組んでいます。
火星に着陸した探査車“パーサヴィアランス”のイメージ図。大きさは、奥行き3メートル、幅2.7メートル、高さ2.2メートル。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
火星に着陸した探査車“パーサヴィアランス”のイメージ図。大きさは、奥行き3メートル、幅2.7メートル、高さ2.2メートル。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
“パーサヴィアランス”は、世界の惑星探査のトップを走るNASAジェット推進研究所(JPL)が開発した火星探査車。
火星に生命が存在した直接的な証拠につながる物質を探し、10年以上かけて地球に持ち帰る、史上初の火星サンプルリターンを狙うミッションです。

“パーサヴィアランス”を打ち上げるのはアトラスVロケット。
2012年に火星に着陸して今なお探査を続けている“マーズ・リコナサンス・ラボラトリ”や“キュリオシティ”をはじめ、これまで何度も探査機の打ち上げを成功させてきたロケットです。

およそ7か月にわたる4億9700万キロの航海を経て、火星の表面に降り立つのは2021年2月18日の予定。
“パーサヴィアランス”が着陸を目指す地点は、火星の北半球の低緯度帯イシディス平原にあるジェゼロクレーターの西の端、北緯19度・東経78度になります。

直径はおよそ45キロのジェゼロクレーターは、約35億年前に形成され、かつては湖だったと考えられています。
堆積物の多い河口付近にできる三角州のような地形が存在していて、ここに生命の痕跡が存在すると期待されています。
火星を周回する探査機“マーズ・リコナサンス・オービター”が撮影した“パーサヴィアランス”の着陸地点付近。画像右側の少し平らに見える領域がジェゼロクレーターの内部。このクレーターには水が長期間存在したことで粘土の厚い層があると思われる。(Credit: NASA/JPL-Caltech/ASU)
火星を周回する探査機“マーズ・リコナサンス・オービター”が撮影した“パーサヴィアランス”の着陸地点付近。画像右側の少し平らに見える領域がジェゼロクレーターの内部。このクレーターには水が長期間存在したことで粘土の厚い層があると思われる。(Credit: NASA/JPL-Caltech/ASU)


ミッション最大の目標は火星生命の痕跡

“パーサヴィアランス”にとって最大の目標は、生命が存在した証拠となる火星の古代微生物の痕跡を探すことです。

生命の痕跡は岩石の中に閉じ込められているはず。
“パーサヴィアランス”はジェゼロクレーターの縁に沿って炭酸塩の堆積物を探査することになります。

炭酸塩は、地球上ではストロマトライトという藻類の死骸と泥が堆積してできた岩石に含まれています。
なので、火星でストロマトライトを確認できれば、生命が存在した直接的な証拠になるんですねー

“パーサヴィアランス”は、すでに火星で探査を行っている“キュリオシティ”と形状や機能がよく似ています。

ただ、“キュリオシティ”の目的は、生命を維持できる環境の探査。
それに対して“パーサヴィアランス”は、生命の存在そのものに迫ることを目的にしています。
それぞれ、探査目的が大きく異なっています。

さらに、“パーサヴィアランス”には、火星の薄い大気中を飛行するヘリコプター“インジェニュイティ(Ingenuity)”が搭載されています。
火星の薄い大気中を飛行するヘリコプター“インジェニュイティ(Ingenuity)”(Credit: NASA/JPL-Caltech)
火星の薄い大気中を飛行するヘリコプター“インジェニュイティ(Ingenuity)”(Credit: NASA/JPL-Caltech)


“シャーロック”と“ワトソン”がサンプルの質を見極める

“パーサヴィアランス”に搭載された観測機器の中でも生命の痕跡探しのカギになるのが、ロボットアーム先端に取り付けられた顕微鏡です。
“パーサヴィアランス”のイメージ図。ロボットアームの先端についているのが顕微鏡“シャーロック”。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
“パーサヴィアランス”のイメージ図。ロボットアームの先端についているのが顕微鏡“シャーロック”。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
顕微鏡は“シャーロック”といい、相棒となる記録カメラの名が“ワトソン”。
このコンビにより、採取した火星の表土サンプルに含まれる有機物を調査し、サンプルの重要性を決定づけられます。

他にも、自立走行など火星での活動をサポートするためのカメラや科学観測用カメラなど。
“パーサヴィアランス”に搭載されているのはカメラだけでも23台…
走る研究室ともいえる多機能さによって火星探査を進めていきますが、このミッションはサンプルリターンなので“パーサヴィアランス”単独では完結しません。

7月30日の打ち上げは、これから10年に及ぶ史上初の火星サンプルリターン計画の始まりになるんですねー


史上初の火星からのサンプルリターン

“パーサヴィアランス”は火星で採取したサンプルをチューブ状の容器に収めると、それを地表に置いて他の場所へ移動していきます。
“パーサヴィアランス”がサンプルを収めるチューブとサンプルコンテナの開発モデル。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
“パーサヴィアランス”がサンプルを収めるチューブとサンプルコンテナの開発モデル。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
地表に放置された容器は、2026年にヨーロッパ宇宙機関が開発する回収ローバーによって拾い集められる予定。
最大で30本、合計600グラムほどのサンプルは、NASA開発の帰還ロケットに積み込まれ火星軌道上で待機する地球帰還機まで送られます。

その後、地球帰還機は2年かけて地球に到達し、サンプルを収めたカプセルを地球に投下。
いくつもの機体をリレーして、2030年代の初めに“パーサヴィアランス”が採取した火星のサンプルが地球に届くわけです。


節約するはずが膨らんだ開発コスト

火星からのサンプルリターンで目標としているのは、生命そのもの、あるいは微生物が生成した物質からできた鉱物など、生命が存在した痕跡を見つけることです。

ただ、どれほど探査車を多機能にしても、搭載できる観測機器は限られてしまいます。
そのため、何とかして地球までサンプルを持ち帰りたくなります。

“パーサヴィアランス”の開発では、そのために新たにサンプル採取機構などを開発することに…
多くのハードウェアを“キュリオシティ”と共通化し、開発コストや日数を抑えていましたが、当初15億ドルだった開発コストは、“キュリオシティ”に迫る24億ドルまで膨らんでしまいます。

開発も難航が続き、打ち上げが迫る2019年10月の段階でも不具合の解消に迫られている状態でした。

不具合はミッションの最重要部分になる、サンプル容器(チューブ)に火星の表土を収める工程で停止してしまうというもの。
試行錯誤の末、容器を熱して汚れや微生物などを除去する作業が原因だと分かります。

結果的に、この除去作業の手順を変更。
ようやく、サンプルをしっかりとチューブに収めることができるようになります。


火星探査レースの新たな段階へ

“パーサヴィアランス”の打ち上げは、火星探査における新たな競争の始まりでもあります。

1960年以降、アメリカとソ連の間では、月、火星、金星などへの熾烈な惑星探査レースが行われてきました。
ソ連の崩壊を経て、1997年に史上初の火星探査車“ソジャーナ”の着陸、運用をNASAが成功させて以来、トップを走るのはアメリカでした。
火星でサンプルを採取する“パーサヴィアランス”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
火星でサンプルを採取する“パーサヴィアランス”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
2000年代になると、火星探査におけるNASAの存在感はさらに高まることに。
双子の探査車“スピリット”と“オポチュニティ”。“オポチュニティ”は地球外での陸上走行距離の新記録を樹立している
そして“キュリオシティ”や火星の地質探査機“インサイト”と、次々と探査機の着陸に成功し、成果を上げていきます。

でも、2020年7月23日には中国初の火星探査機“天問一号”が、2021年の火星到達を目指して打ち上げ。
NASAが数十年かけてきた火星周回機と着陸機の運用技術を、中国の“天問一号”が一気に実証しようとしています。
さらに、2020年代後半には、“天問二号”による火星からのサンプルリターンも計画しています。

火星探査におけるサンプルリターンという史上初の快挙、そして生命の痕跡の発見。
火星探査レースに中国がどのように絡んでくるのか? 
ちなみに、日本のJAXAも火星の衛星フォボスからのサンプルリターンを進めていて、探査機の打ち上げは2024年。
フォボスのサンプルが地球に届くのは2029年になるようですよ。
NASA Live: Official Stream of NASA TV(Credit: NASA)


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地球帰還後に“はやぶさ2”は拡張ミッションへ! 目的地の候補は地球軌道より内側の小惑星、金星観測の可能性も…

2020年07月28日 | 小惑星探査 はやぶさ2
12月6日に地球帰還予定の小惑星探査機“はやぶさ2”。
イオンエンジンがまだまだ使用可能な状態なので、拡張ミッションにより別の天体を目指すことが決まっています。
拡張ミッションで目指す天体は、多くの候補から2案にまで絞られていて今秋までに決定するようです。
“はやぶさ”の後継機として小惑星“リュウグウ”からのサンプルリターンを行う小惑星探査機“はやぶさ2”。(Credit: JAXA)
“はやぶさ”の後継機として小惑星“リュウグウ”からのサンプルリターンを行う小惑星探査機“はやぶさ2”。(Credit: JAXA)


“はやぶさ2”は拡張ミッションへ

“はやぶさ2”は12月6日に地球に帰還すると、小惑星“りゅうぐう”のサンプルが入っているカプセルを分離。
これで、“はやぶさ2”のミッションはすべて完了になるはずでした。

ただ、カプセル分離後の“はやぶさ2”には、約55%もイオンエンジンの燃料が残っていて、イオンエンジンが設計寿命に達するまで6000時間ほどあります。
イオンエンジンの設計寿命は1万4000時間。帰還までの累積の運転時間は7000~8000時間ほどで、地上試験では6万時間以上の運転も達成している。

このことからJAXAではイオンエンジンが使用可能と判断。
“はやぶさ2”は地球に着陸するとなくエスケープ軌道に入り、拡張ミッションのため別の天体を目指すことになります。

拡張ミッションを実施する場合、必要になるのが追加の運用経費です。
ただ、新規のミッションを立ち上げることを考えれば、はるかに低予算で科学的成果を得ることが期待できるんですねー
初期のミッションは達成済みなので、“はやぶさ2”は失敗を恐れずに拡張ミッションにチャレンジできるわけです。


どんな天体を目指すべきか

拡張ミッション自体は珍しいことではありません。
NASAの彗星探査機“スターダスト”はヴィルト第2彗星からサンプルを持ち帰り、その後テンペル第1彗星に向かい追加の探査を実施しています。

では、“はやぶさ2”はどの天体に向かえばいいのでしょうか?

目指す天体の基準になるのは、“到達できる天体”と“その天体に行く意義”になります。

地球帰還後の“はやぶさ2”には、イオンエンジンの燃料・設計寿命ともに余裕があります。
なので、残りの燃料で到達できる天体が対象になり、軌道によって探査機が受ける熱や発電量が大きく変わってくることにも考慮が必要です。

また、せっかく別の天体に到達しても、新しい発見が期待できないと意味がありません。
そこで重要になってくるのが、まだ誰も探査したことがない天体など、科学的な面白さがあるもの。
“リュウグウ”用に設計された観測装置で十分な観測ができるかどうかもポイントになってきます。


目標天体の絞り込みと探査の方法

天体の探査方法には、天体のそばを通過しながら観測を行う“フライバイ”と天体と速度を合わせて天体の近傍に長時間滞在する“ランデブー”があります。

フライバイの方が軌道設計は容易になります。
ただ、“はやぶさ2”はもともとランデブー探査向けの設計になっているので、拡張ミッションはまずランデブーを優先するようです。

すでに決まっているのは、地球帰還時の“はやぶさ2”がスイングバイによって地球公転軌道の内側に向かうこと。
ここから先、イオンエンジンによる軌道制御と地球と金星によるスイングバイを利用して到達可能な天体を探してみると、地球軌道を通過する約1万8002個の小惑星や彗星の中から、354天体が残りました。
第一段階の絞り込み。(Credit: JAXA)
第一段階の絞り込み。(Credit: JAXA)
目標天体選定の条件は、なるべく燃料を節約し、早く到達できることです。

到達は早い天体で2026年末。
ただ、探査機の設計寿命を大きく超えての運用になるので、到達の期限は2031年末までとしています。
この他、太陽から遠すぎないこと、軌道がよく分かっていることなどを制約条件として、さらに目標天体の絞り込みを実施。
その結果、残ったのが“2001 AV43”と“1998 KY26”という小惑星でした。
最後に残った2つの探査案。左が“2001 AV43”、右が“1998 KY26”。(Credit: JAXA)
最後に残った2つの探査案。左が“2001 AV43”、右が“1998 KY26”。(Credit: JAXA)
“2001 AV43”に向かう場合の到達予定は2029年11月。
2024年8月に金星の重力を利用したスイングバイ、その後2回の地球スイングバイを行う予定です。
金星スイングバイ時、すでに金星探査機“あかつき”の延長運用フェーズは終了しているので、このタイミングで観測が行えれば“あかつき”のデータを補完できる可能性があります。

一方、“1998 KY26”に向かう場合の到達予定は2031年7月。
2026年7月に別の小惑星“2001 CC21”をフライバイ観測してから、2回の地球スイングバイを行う予定です。
ミッション期間はやや長くなりますが、2つの小惑星の観測が可能になります。
さらに、注目すべき点は、“1998 KY26”が“リュウグウ”と同じC型小惑星の可能性があること。
そう、探査では“はやぶさ2”の観測装置を最大限に活用できるわけです。

この2つの小惑星以外に、火星を何度もフライバイ観測する案や、金星をフライバイ観測した後に木星へ向かう案もあったそうです。

でも、“はやぶさ2”の太陽電池で活動できるのは火星軌道までなので、木星に行けたとしても着いた頃には電池切れで観測ができない状態…
火星以遠は日本にとって未踏の領域、興味深い案ではありますね。

拡張ミッションは、到達までに、さらに10年前後の長い年月がかかります。

地球帰還時で打ち上げからすでに6年経過している“はやぶさ2”。
過酷な宇宙空間での長旅に耐えられるのか、拡張ミッションは寿命とのシビアな戦いになりそうです。

それでも、“はやぶさ2”は“リュウグウ”でのミッションを達成済み。
失敗を恐れずに拡張ミッションにチャレンジできるので、目標天体に辿り着けただけでもラッキーと考えて応援しましょう。


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ボーイングの新型宇宙船“スターライナー”は2020年の後半に再飛行へ! 試験飛行の事故調査は完了。

2020年07月28日 | 宇宙へ!(民間企業の挑戦)
2020年7月8日にNASAとボーイングが発表したのは、昨年12月に発生した新型宇宙船“スターライナー”の無人飛行におけるトラブルの調査が完了したことでした。
改善勧告を受けた項目は80か所もあるんですが、もちろんボーイングは対処していく予定。
対処を行ったのち、2020年後半にも再度、無人試験飛行に挑むことを計画しています。
ボーイング社が開発している有人宇宙船“スターライナー(旧CST-100)”のイメージ図(Credit: Boeing)
ボーイング社が開発している有人宇宙船“スターライナー(旧CST-100)”のイメージ図(Credit: Boeing)


無人の飛行試験でトラブルに見舞われた“スターライナー”

“スターライナー”は、ボーイング社が開発している有人宇宙船で、国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士の商業輸送を目的としています。

無人の飛行試験“OFT(Orbital Flight Test)”のため宇宙へ飛び立ったのが2019年12月20日。
当初は8日間かけて様々な試験を行い、国際宇宙ステーションへのドッキングまで行う計画でした。

でも、打ち上げ直後にトラブルが発生。
予定していた軌道への投入ができず、国際宇宙ステーションへのドッキングを断念します。

飛行も2日間で切り上げることになり、最低限の試験を行ったのみ… 12月22日に地球に帰還する事態になりました。
無人の飛行試験“OFT”のため宇宙へ飛び立ち、地上に帰還した“スターライナー”の試験機。当初は宇宙に8日間滞在する予定だったが、トラブルにより計画は2日間で切り上げられた。(Credit: NASA)
無人の飛行試験“OFT”のため宇宙へ飛び立ち、地上に帰還した“スターライナー”の試験機。当初は宇宙に8日間滞在する予定だったが、トラブルにより計画は2日間で切り上げられた。(Credit: NASA)
帰還後の調査で判明したのは、“スターライナー”のコンピュータがミッションの経過時間を間違って認識していたこと。
その結果、予定していたスラスターの噴射が行えず、地球を回る軌道への投入に失敗したわけです。

その後、地上からのコマンドで修正されたものの、それまでに大量の推進剤を浪費していたので、国際宇宙ステーションへのドッキングができなくなってしまいました。

また、ソフトウェアの欠陥により、大気圏再突入の直前、宇宙飛行士が乗るクルー・モジュール(カプセル)と、サービス・モジュール(機械船)を分離した際に、スラスターが間違った向きに噴射される可能性があったことも判明。

最悪の場合、クルー・モジュールとサービス・モジュールが衝突し、姿勢が乱れたり、耐熱シールドを破壊することで、再突入が失敗に終わる危険もあったようです。

さらに、宇宙船から地上に向けた通信リンク(ダウンリンク)が断続的になるトラブルも発生。
これにより、地上から宇宙船にコマンドを送ったり、制御したりする運用に影響が出たそうです。

こうしたトラブルを受けて、NASAとボーイング社は共同で調査を実施し、80項目にも及ぶ改善勧告を作成しています。

勧告の全リストは機密により非公開とされているものの、項目の内訳は以下の通り。
試験やシミュレーションの追加や強化 21項目
プロセスと運用の改善 35項目
ソフトウェアの修正 7項目
要求事項 10項目
知識獲得とハードウェアの修正 7項目

両者の調査チームは、技術的な原因だけでなく、ボーイング社とNASAのそれぞれ、また両社間における組織的な原因についても調査を行い、提言を行っています。

すでに、ボーイング社は2回目の無人飛行試験“OFT-2”の実施を発表しています。
現時点での“OFT-2”実施予定は今年の後半、それまでに勧告への対処が行われることになります。
具体的な日時については未定で、“OFT-2”にかかる費用はボーイング社が負担する。

NASAでは、今年末までに“OFT-2”が実施され、今後の開発や試験が順調に進んだ場合、有人での飛行試験は2021年の春ごろになると考えています。


有人宇宙船“スターライナー(旧CST-100)”

ボーイング社の商業用旅客機“ストラトライナー”や“ドリームライナー”に連なる名前が付けられた有人宇宙船“スターライナー”。

スペースシャトルのような翼は持たず、アポロ宇宙船やスペースX社の“クルードラゴン”と同じカプセル型の宇宙船です。
クルー・モジュールと呼ばれる宇宙飛行士が乗り込む部分と、スラスターやタンク、バッテリーなどが収められたサービス・モジュールの2つから構成されています。

機体は、アポロ宇宙船よりは大きく、NASAの有人ミッション用宇宙船“オライオン”よりは小さい全長約5.0メートル、直径約4.5メートル。

クルー・モジュールに搭乗できる宇宙飛行士は最大で7人。
耐熱シールド以外の主要な構造物は、最大で10回の再使用を可能としています。

サービス・モジュールには、発射台や飛行中のロケットから脱出する際に使う4基の強力なスラスターのほか、姿勢制御や軌道変更に使うスラスターが集まったポッド、そして太陽電池などを装備しています。

宇宙に滞在できるのは、宇宙船に7人の飛行士が搭乗した場合だと約2か月間、国際宇宙ステーションにドッキングした状態では210日間ほどになります。

スペースシャトルの引退以降、NASAは月や火星、小惑星などの、より遠い目標に集中することになり、国際宇宙ステーションのような地球低軌道への宇宙飛行士の輸送を、民間企業の手にゆだねるという路線をとっています。

この国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士の商業輸送契約をNASAから受注したのが、スペースX社とボーイング社です。

とくにスペースシャトル引退後、アメリカは国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士の輸送をロシアのソユーズ宇宙船に依存していて、自前の輸送手段を確保するためにもアメリカの民間宇宙船の完成は急務になっていました。

ただ、ボーイング社の“スターライナー”が足踏みしている一方で、昨年3月に無人での飛行試験に成功しているのがスペースX社が開発している有人宇宙船“クルードラゴン”です。

今年の5月には、2人の宇宙飛行士を乗せ、初の有人での飛行試験に飛び立ち、国際宇宙ステーションにドッキング。
飛行士2人を乗せた“クルードラゴン”は8月2日に無事フロリダ沖に着水し、最終テストミッションを成功させています。

“クルードラゴン”の本格運用の初号機には、JAXAの宇宙飛行士の野口さんら4人が搭乗し、打ち上げは10月23日を予定しているそうです。
民間宇宙船による、国際宇宙ステーションへ向けた定期的な宇宙飛行士の商業輸送が始まることになります。


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“ブラックホールコロナ”からX線の輝きが消えたのは破壊された恒星が原因?

2020年07月26日 | ブラックホール
超大質量ブラックホールを取り巻く“ブラックホールコロナ”が放つX線が、短時間で劇的に変化する様子がとらえられました。

もちろん、ブラックホールを直接観測することはできません。
でも、その周辺にある“降着円盤”や“ブラックホールコロナ”を構成する超高温のプラズマ粒子からは、強いX線が放射されています。
このX線を国際宇宙ステーションや天文衛星による観測網を用いて、現象の全容をつかむことに成功しています。
どうやら、超大質量ブラックホールに接近して破壊された恒星の残骸が原因のようです。


銀河の中心に存在する超大質量ブラックホール

私たちが属する天の川銀河をはじめとして、ほぼすべての銀河の中心には、太陽質量の数百万~数十億倍もの超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。

その周りにはブラックホールに落ち込む物質によって、ブラックホールを取り巻く“降着円盤”が形成されていて、この円盤のさらに外側には高温のプラズマでできた“ブラックホールコロナ”が存在しています。
ブラックホールによって集められたガスやチリは、降着円盤を形成しブラックホールに落ち込んでいく。一方、降着円盤内のガスの摩擦熱によって電離してプラズマ状態になると、電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットとして噴射する。

ブラックホールそのものを見ることはできません。

ただ、その周囲にある“降着円盤”や“ブラックホールコロナ”を構成する超高温のプラズマ粒子からは、強いX線が放射されているんですねー
そのX線をとらえることで、間接的にブラックホールに関する情報を得ることはできます。


“ブラックホールコロナ”からX線の輝きが消えた理由

2年前のこと、チリ・ディエゴ・ポルタレス大学の研究チームは、りゅう座の方向約3億光年彼方に位置する銀河“1ES 1927+654”の“ブラックホールコロナ”をX線で観測。
X線の強度が40日ほどの間に急激に弱くなり、元の1万分の1ほどまで暗くなる現象をとらえていました。
“1ES 1927+654”は活動銀河核を持つ銀河(セイファート1型)。銀河の形態は渦巻銀河または不規則銀河で極端に明るい中心核を持つ。中心核の活動性は中心に存在する大質量ブラックホールによるものと考えられている。

さらに、その約100日後にはX線は暗くなる前の20倍も明るくなることに…
こうした変化は“降着円盤”のあるブラックホールでは見られないので、当初はデータのエラーだと思われました。

その後、分かってきたのは、この現象がデータのエラーではなく事実だということ。
前例のないことなので、研究チームはどう解釈すればいいのか全く分からない状態になります。

ブラックホールが物質を取り込む過程で“ブラックホールコロナ”がX線で輝くので、“1ES 1927+654”からの輝きが消えたということは物質の供給が止まったことを意味します。

そこで、研究チームが考えたのは、迷い込んだ恒星がブラックホールに接近し過ぎて引き裂かれたこと(潮汐破壊)が、この現象の原因になっているということ。
恒星の残骸が高速で“降着円盤”に突入し、ガスを一時的に散らしたようです。

実際、X線が消失する数か月前、可視光線の波長で“降着円盤”が著しく明るくなる様子を地上の天文台が観測。
この増光は、星の残骸が最初に円盤に衝突したことで引き起こされた可能性があり、研究チームの考えと合致していました。
“ブラックホールコロナ”が消える前後を描いたイラスト。(左)ブラックホールを取り囲む“降着円盤”に向かって、恒星の残骸が光の筋となって落ち込んでいる。青白い光を放つ球が“ブラックホールコロナ”。(右)“降着円盤”のガスが散らされて物質の供給が途絶え、“ブラックホールコロナ”が消えた様子。(Credit: NASA/JPL Caltech)
“ブラックホールコロナ”が消える前後を描いたイラスト。(左)ブラックホールを取り囲む“降着円盤”に向かって、恒星の残骸が光の筋となって落ち込んでいる。青白い光を放つ球が“ブラックホールコロナ”。(右)“降着円盤”のガスが散らされて物質の供給が途絶え、“ブラックホールコロナ”が消えた様子。(Credit: NASA/JPL Caltech)


国際宇宙ステーションや複数の天文衛星による観測

“1ES 1927+654”で起こった劇的な変化は異例なことでした。
ただ、この現象に対して徹底的な観測網が敷かれていたことも特筆すべきことなんですねー

まず、可視光線での増光が観測された際に、研究チームが行ったことがあります。
それは、国際宇宙ステーションに設置されているX線望遠鏡“NICER”によるモニタリング観測の依頼でした。
その後“NICER”による“1ES 1927+654”の観測は、15か月以上にわたって計265回実施されています。

さらに、X線での追加観測に複数の天文衛星が加わることになります。
加わったのは、NASAのガンマ線バースト観測衛星“ニール・ゲーレルス・スウィフト(旧称スウィフト)”やNASAのX線天文衛星“NuSTAR”、ヨーロッパ宇宙機関のX線天文衛星“XMMニュートン”。
“ニール・ゲーレルス・スウィフト”での観測は紫外線でも行われています。

とくに、“ブラックホールコロナ”の輝きが消えた際、“NICER”と“ニール・ゲーレルス・スウィフト”が低エネルギーのX線を観測し続けたこと。
これにより、現象の全容をつかむことに成功しています。

観測結果の注目ポイントの一つに、減光のペースが一定ではなかったことがあります。
“NICER”が検出した低エネルギーのX線は、日ごとに劇的に変わり、たった8時間で100倍もの範囲で明るさが変化したこともありました。

他の“ブラックホールコロナ”でも、極端なときには100倍明るくなったり暗くなったりすることはあります。
でも、変化にははるかに長い時間がかかるんですねー

これほどまでに劇的な変化が数か月間も続いたのは異例なこと。
恒星が迷い込んだことによる増光という仮説は妥当なもののようですが、この現象の分析には時間がかかりそうです。

今回観測されたような極端な変化は、天文学者たちが考えていたよりもブラックホールの“降着円盤”ではありふれた現象なのかもしれません。

このブラックホールが変化前の状態に戻るのか、それとも根本的に変化してしまったのか?
今後も観測は続くようなので、解明されるのが楽しみですね。


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せいめい望遠鏡による赤色矮星の観測で、最大級の“太陽フレア”の約20倍もある“スーパーフレア”を検出! 太陽でも起こりうる現象。

2020年07月25日 | 太陽の観測
私たちの生活に大きな影響を及ぼすことがある太陽表面の爆発現象が“太陽フレア”です。
今回、京都大学“せいめい望遠鏡”による赤色矮星の観測から検出されたのは、最大級の“太陽フレア”の約20倍に達する“スーパーフレア”でした。

ただ、“スーパーフレア”は太陽でも起こりうる現象だと考えられているんですねー
なので、今回の観測・研究により期待されるのは、フレアが周囲に与える影響が解明されること。
太陽で“スーパーフレア”が発生すると、地球にも磁気嵐や放射線という形で大きな影響があるはず。
超巨大なフレアが起こる条件や兆候も分かるといいですね。


“太陽フレア”の10倍以上もある“スーパーフレア”

太陽表面における突発的な爆発現象“太陽フレア”は、ときに磁気嵐を引き起こして通信や人工衛星に影響を与えたり、オーロラを発生させたりするなど、私たちの生活にもかかわる現象です。

これまでの研究からは、数百年に一度ほどの頻度で、通常のフレアの10倍以上もある超巨大な“スーパーフレア”が発生する可能性も示唆されています。

“スーパーフレア”は太陽より温度が低い恒星でも頻発していて、近年では系外惑星の中心星で発生する“スーパーフレア”が、惑星や生命にどのような影響を与えるのかも注目されています。

ただ、発生頻度の低さと予測の困難さから、“スーパーフレア”の性質の解明に必要となる恒星の分光観測例は、これまで少ししかありませんでした。


“スーパーフレア”を分光観測するプロジェクト

現在、京都大学の研究グループが進めているのは、他の恒星で発生している“スーパーフレア”を分光観測するプロジェクト。
観測には、2019年春に観測を始めている京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡”を用いています。

研究グループでは、太陽よりも温度が低い赤色矮星“しし座AD星”のフレア発生頻度が比較的高いことに注目。
8.5夜にわたってモニタリング観測を実施しています。
“しし座AD星”は、しし座の方向約16光年彼方に位置する赤色矮星(M型矮星)。M型矮星は表面温度が低く、フレアの発生頻度が比較的高いことが知られている。太陽の表面温度が約5800Kに対して、M型矮星の表面温度は2300~3800Kほどしかなく、“しし座AD星”の表面温度は約3200K。

さらに、赤外線天文学大学間連携“OISTER”や、中央大学の口径36センチ望遠鏡“SCAT”なども用いて、フレアの物理の解明に必要とされるX線から可視光線までの複数の波長で同時観測を実施しています。

その結果、検出されたのは12件のフレア現象。
その中には、最大級の太陽フレアの約20倍程度に当たる“スーパーフレア”が含まれていました。
“しし座AD星”で検出された“スーパーフレア”のイメージ図。黒点(星の表面の黒色の部分)の周辺で巨大“スーパーフレア”(白色)が発生している。(Credit: 国立天文台)
“しし座AD星”で検出された“スーパーフレア”のイメージ図。黒点(星の表面の黒色の部分)の周辺で巨大“スーパーフレア”(白色)が発生している。(Credit: 国立天文台)
観測データをモデル計算により解析してみると、“スーパーフレア”中に可視光線の増光に対応してHα水素線の幅が数分間に大きく広がり、元に戻る様子が明らかになります。

このような短時間で変化する現象の報告例はこれまでに無いこと。
“せいめい望遠鏡”の持つ高い精度によって得られた成果といえます。

この現象を説明するには、“スーパーフレア”の増光を引き起こす高エネルギー電子の量が、太陽フレアに比べて一桁程度大きい必要があることも分かりました。
(左)“しし座AD星”のフレアの中の、Hα水素線の幅や強度の時間変化(番号は右図の時間に対応する)。(右)波長毎の明るさの時間変化。(Credit: 京都大学)
(左)“しし座AD星”のフレアの中の、Hα水素線の幅や強度の時間変化(番号は右図の時間に対応する)。(右)波長毎の明るさの時間変化。(Credit: 京都大学)
さらに発見されたのは、Hα輝線では増光があるが、可視線連続光では増光のない予想より一桁以上弱いフレアがいくつもあることでした。

これまで恒星フレアの研究には、主に可視連続光観測が用いられてきました。
ただ、この発見が示唆していたのは、これまで可視連続光観測で見られていたものよりも、実際のフレアは発生頻度が高い可能性があることでした。

太陽表面で発生した大規模なフレアの影響で、これまでにも地球上で通信障害や大規模な停電などが起きたことがあります。
頻度は低いものの、太陽でも数百年に一度は“スーパーフレア”が発生する可能性があると考えられています。

なので、“スーパーフレア”の性質を解明することは、“スーパーフレア”によって発生しうる災害の被害を減らすことにもつながるんですねー

研究グループでは、今後も様々な恒星の観測を続けていき、いずれは太陽に似た恒星で発生する“スーパーフレア”の観測を目指すそうですよ。


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