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何が急激な加速膨張“インフレーション”を引き起こしたのか? 重要な情報が刻まれている原始重力波の計算を簡単に行う方法

2024年06月23日 | 宇宙のはじまり?
よく、「宇宙はビッグバンで始まった」と言われます。
でも、より正確には宇宙が誕生し、非常に高い真空のエネルギーにより宇宙が急激な加速膨張をしていた時期“インフレーション”を経て、その結果としてビッグバンが発生したとされています。

インフレーションが起きたのは、宇宙が誕生して1036分の1秒後から1034分の1秒後までの間。
その結果、誕生した瞬間は原子よりも遥かに小さかったとされる宇宙は、空間的に数十桁も大きくなっていきます。
そして、インフレーション理論では、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉となった考えられています。

この理論は、宇宙の観測を通じて原始宇宙の密度の濃淡“原始密度揺らぎ”を調べる研究によって検証されてきました。
でも、具体的に何が急激な加速膨張を引き起こした駆動源だったのか、その全体像はまだ分かっていません。

加速膨張宇宙を説明する多くの理論“インフレーション模型”が提案されているので、各模型の理論的な予言と最新の観測を比較することによって、どの模型が正しいのかを検証することができます。

インフレーションの期間中には、原始密度ゆらぎと同様に量子効果を通じて、原始重力波と呼ばれる時空のさざ波が作られます。

原始重力波には、インフレーションを引き起こした真空のエネルギーの大きさなど、その模型に関する重要な情報が刻まれていると考えられています。
でも、原始重力波を模型ごとに見積もる理論計算は、一般にはとても複雑なんですねー
これが、インフレーション模型を特定する障壁となっていました。

特に、非線形効果と呼ばれる微小な効果が異なる模型を区別する上で、原始重力波は重要となってきます。
でも、原始重力波の非線形効果を計算するには、多くの場合コンピュータを使った計算が必要になるので、原始重力波の理論研究は一部の簡単な模型に限定されていました。

ただ、原始重力波に比べ、理論研究が進んでいる原始密度揺らぎについては、非一様な宇宙の空間分布をモザイクアートのように粗視化してとらえ直す、分割宇宙アプローチという簡単な計算方法が1990年代に確立され、幅広く用いられています。
この方法では、時間と空間に依存した宇宙の進化を、時間だけに依存した発展方程式を使って記述することで、計算が飛躍的に簡単に簡単になります。

一方で重力波については、分割宇宙アプローチを用いた計算手法が分かっていませんでした。

今回の研究では、分割宇宙アプローチを使った原始重力波の計算手法を初めて確立。
複雑な数値計算によらず、幅広いインフレーション模型を調べることを可能にしています。

分割宇宙アプローチは、宇宙の進化を直観的に理解する際にも役立つので、原始重力波の時間進化の過程についての理解を深化できると期待されます。

原始重力波は、宇宙背景放射と呼ばれる宇宙のあらゆる方向から飛来する光の偏光を調べることで検出でき、その重要性から多くの観測計画が提案されています。

今回開発された分割宇宙アプローチを使うことで、これまで解析が難しかった模型も含めて、多様な宇宙模型で予言される原始重力波を計算できるようになります。
このことにより、重力波検出を通じた創世直後の宇宙の全体像を明らかにし、ひいては加速器実験では検証できない超高エネルギーの世界の物理法則の解明につながると期待されます。
この研究は、京都大学理学研究科の田中貴浩教授と高エネルギー加速器機構(KEK)の浦川優子准教授(兼 名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)特任准教授)の共同研究によって進められました。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”に、“Statistical anisotropy of primordial gravitational waves from generalized 𝛿𝑁 formalism”として掲載されました。
図1.分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つので、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くことができる。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図1.分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つので、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くことができる。(出所: 共同プレスリリースPDF)


原始重力波の計算を簡単に行う方法

宇宙創世直後の加速膨張期“インフレーション”(※1)の期間中は、地上のあらゆる加速器実験で到達可能なエネルギーを凌駕する非常に高い真空のエネルギーで、宇宙が占められていた可能性が高いと考えられています。
このため、インフレーション模型を調べることは、超弦理論に代表される超高エネルギーの世界に物理法則を与える理論の検証につながると期待されています。

インフレーション期間中には、微視的な世界の量子揺らぎ(※2)が急速な加速膨張によって引き延ばされ、宇宙の空間分布を決める巨視的な揺らぎとなります。

このような巨視的な揺らぎに含まれるのが、原子密度揺らぎと時空のさざ波である原始重力波(※3)です。
インフレーションが予言する原子密度揺らぎは、宇宙背景放射や銀河分布など、宇宙の様々な観測データを整合的に説明できるので、インフレーションは原始宇宙の標準的なシナリオとして、広く受け入れられるようになりました。

一方で原始重力波の確定的な観測は現在のところありません。
でも、原始重力波を探査するいくつかの実験事業が進行中で、検出への期待が高まっています。

原始重力波が観測されれば、インフレーション宇宙のエネルギースケールなど、原始宇宙模型の理解が飛躍的に進むことが考えられます。
ただ、原始重力波の観測を原始宇宙の理解へつなげるには、高エネルギー基礎理論が予言する多様なインフレーション模型で、どのような原始重力波が作られるかを理論的に予言する必要がありました。

方向依存性が単純な密度揺らぎに比べ、時空間の動的な歪みを表す重力波の計算は複雑で、単純な模型を除き一般には複雑な数値計算が必要となります。

特にインフレーション模型を特定する上で重要な非線形効果と呼ばれる、小さな揺らぎが相互に影響しあって生まれる効果の計算は、一部の模型に限定されていました。
このことが、幅広い模型で原始重力波の計算を行う障壁となっていたので、今回の研究では一般的な模型で重力波を簡単に計算する方法を探しています。
※1.宇宙インフレーションは、宇宙創世直後に急速な加速膨張があったと仮定すると、ビッグバン宇宙の空間的均質性や磁気単極子の問題を解決できるとして、1981年に佐藤勝彦、アラン・グースらによって提案された。インフレーションを引き起こすスカラー場の量子的な揺らぎにより、原始宇宙は空間の場所ごとに異なる密度揺らぎを持つことになる。インフレーション模型が予言する原始宇宙における密度の空間分布を、初期条件として宇宙の構造の進化計算を行うと、宇宙背景放射(宇宙のあらゆる方向から飛来する光)や暗黒物質などの観測を整合的に説明できることが、様々な観測プロジェクトによって確かめられている。

※2.量子揺らぎと原子密度揺らぎ:不確定性関係に基づき量子的な場は定まった値ではなく微小な揺らぎを持ち、この揺らぎを量子揺らぎと呼ぶ。インフレーションではシナリオでは、加速膨張を引き起こしたスカラー場の量子揺らぎが、原始宇宙における場所ことに異なる密度の濃淡を作り出したと考えられていて、この密度の濃淡を原子密度揺らぎと呼ぶ。

※3.原始重力波:アルバート・アインシュタインが提唱した一般相対性理論は、空間のひずみが波として伝わる重力波の存在を予言している。インフレーションの期間中には原始密度揺らぎと同様に、量子揺らぎを通じて重力波が作られ急速な加速膨張によって引き延ばされる。このようにして作られた重力波を原始重力波と呼ぶ。


分割宇宙アプローチを重力波の計算に適用する

今回の研究で考えたのは、計算を簡単化するために、密度揺らぎの進化計算で広く使われている分割宇宙アプローチ(※4)を、重力波の計算に適用することでした。

この方法は、アイデアとして以前からあったもの。
でも、時空を歪ませる重力波は密度揺らぎに比べると方向依存性が複雑なので、四半世紀以上にわたり分割宇宙アプローチを用いた重力波計算は実現していませんでした。

分割宇宙アプローチでは、場所ごとに異なる密度をもつ非一様な宇宙を小さく分け、同じ密度からなる小さな宇宙の集合体ととらえ直します。
図1に示されるように、それはあたかも無数の単色のピクセルを組み合わせて、多様な色彩の絵を作り出すモザイクアートのようなものです。

このようにとらえ直すことによって、非一様な密度揺らぎの時間発展を解く複雑な作業を、単色の各ピクセルに対応する一つ一つの分割された宇宙の時間発展を解く作業に置き換えることができます。
一つ一つの分割宇宙は一様いわば単色となるので、その進化を解くには時間だけの関数からなる(常微分)方程式を解けば十分となり、劇的に進化計算のコストを下げることができます。

インフレーション宇宙の詳細な空間分布を知るには、モザイクアートのように粗視化された宇宙の情報だけでは不十分ですが、宇宙の観測から確かめることができるのは、インフレーション宇宙の非常に粗い精度の空間分布だけであることが分かっています。

分割宇宙アプローチを使って粗視化された宇宙の進化を正しく計算するには、一つ一つの分割宇宙は、お互いに影響し合うことなく独立に進化する必要があります。

素朴に考えると、一般相対性理論のように因果律(※5)が保たれる理論では、一つ一つの分割宇宙の大きさを因果関係を持つ空間領域程度に調整することで、異なる分割宇宙同士が因果関係を持たないようにすることが出来そうです。
でも、重力が含まれる場合には、状況はもう少し複雑でした。

一般相対性理論の基本方程式であるアインシュタイン方程式には、いわば隣同士の宇宙の関係性を決める拘束条件(運動量拘束条件)が含まれています。
この拘束条件の扱い方が不適切だと、隣り合う分割宇宙を同時に解かなければならなくなり、一つ一つの分割宇宙を独立に扱うことができなくなってしまいます。

隣同士の分割宇宙の関係を適切に決めるのは、方向を持たない密度揺らぎの場合は比較的簡単なことでした。
でも、空間を歪ませる重力波の場合は非常に複雑なものでした。

このため、今回の研究による分割宇宙アプローチを使った密度揺らぎの計算方法の確立以前は、四半世紀以上にわたり分割宇宙アプローチを用いた重力波計算は実現していませんでした。
※4.分割宇宙アプローチの密度揺らぎの計算への応用:分割宇宙アプローチを用いて密度揺らぎを計算する方法はデルタN形式と呼ばれている。

※5.因果律は、物質や情報のあらゆる伝播速度に上限値の存在を要請する。アインシュタインが提唱した一般相対性理論では、この上限値は光の速度で与えられる。このため、有限のある時間δtの間に因果関係を持ち、お互いに影響し合う空間の領域は、「(光の速度)×δt」で与えられる有限サイズの領域に限られる。


一つ一つの分割宇宙がお互いに影響し合う原因

今回の研究では、分割宇宙アプローチを使った原始重力波計算の実現のため、隣同士の分割宇宙が影響し合ってしまう原因を、もう一度見直しています。

その際に着目したのは、問題の拘束条件を初期時刻でのみ正しく解いておけば、(他の発展方程式が正しく解かれている限り)その後の時刻でも拘束条件は、自動的に満たされるということでした。

つまり、モザイクアートのピクセルを最初の時刻(図1で一番左端)に正しく配置しておけば、その後は周りのピクセルの存在を忘れて、各ピクセルごとの時間進化を追えばよいとひらめいたそうです。
図2.宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図2.宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間。(出所: 共同プレスリリースPDF)


分割宇宙の計算から再現できること

今回の研究では2021年の論文の成果を土台として、これまでは複雑な計算で求められていた原始重力波の振幅が、非常に簡単な分割宇宙の計算から再現できることを具体的に例示しています。

これにより、分割宇宙アプローチを原始重力波の計算に応用できる準備が整いました。
分割宇宙アプローチを使う利点は、計算の簡単化だけではなく、宇宙の進化の過程を直観的に理解する際にも役立ちます。

重力波がもたらす空間の歪みには2つのパターンがあり、原始宇宙の模型によっては、それぞれの大きさが異なる場合があることが指摘されていました。
分割宇宙アプローチを用いることで、どのような物理過程が2つのパターンの重力波の大きさの違いをもたらすのか、といった疑問に答えを与えてくれるはずです。

本研究により、分割宇宙アプローチを多様な宇宙模型で予言される原始重力波の計算に用いることができるようになりました。
このことは、創世直後の宇宙そして超高エネルギーな世界の物理法則を説明することに繋がると期待されます。

インフレーション宇宙では、地上では作られない様々な性質(例として多様なスピン)を持つ粒子が作られていた可能性があります。
それらの痕跡を探査することにより、超高エネルギーの世界の物理法則を検証することができるはずです。
今後、このうような多様なスピンをもつ粒子が作り出す原始重力波の研究が進むことが期待されます。


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初期の宇宙に予想よりも早く進化した銀河や銀河団は存在していなかった? 1つの銀河に匹敵する明るさを持つ天体“暗黒星”が謎を解決する

2023年09月21日 | 宇宙のはじまり?
天文学の進歩によって、誕生から間もない頃の宇宙を観測できるようになると、これまでの宇宙論との間には様々な矛盾があることが分かってきました。

その1つは、観測されている初期の銀河が、理論上の予想に反して進化し過ぎているという問題です。

今回、発表された研究成果は、“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”で観測した初期の銀河の一部は“暗黒星(Dark Star)”と呼ばれる巨大な天体ではないかとするもの。
このことが正しい場合、“進化し過ぎた初期銀河”という存在そのものが幻だったことになり、矛盾が解消される可能性があるようです。
この研究は、コルゲート大学のCosmin IlieさんとJillian Paulinさん、テキサス大学オースティン校のKatherine Freeseさんたちのチームが進めています。

予想以上に進化した初期宇宙の銀河や銀河団

現在最も支持されている宇宙論では、宇宙が誕生した初期の段階では、薄いガスしか存在していなかったと考えられています。

そのガスが重力によって高密度に集まって恒星や銀河が形成されるまでには、数億年の時間がかかったはずです。

でも、実際に初期宇宙を観測してみると、宇宙論の予測よりも早く進化した銀河や銀河団が発見されているんですねー

最近のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測では、宇宙誕生から3億年後の時点で、すでにかなり進化していた銀河が見つかっています。

さらに、観測を進めれば、より遡った時代にも進化した銀河が見つかる可能性もあると考えられています。

ただ、現代の宇宙論は、宇宙誕生からこれほど短い時間で、このように進化した銀河や銀河団が形成・成長する理由を説明できず…
大きな謎になっています。

1つの銀河に匹敵する明るさを持つ天体

この謎を解明するために、今回の研究ではジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された初期の銀河のいくつかが、実際には“暗黒星”という天体ではないかと推定しています。
図1.暗黒星のイメージ図。暗黒星本体の大部分は非常に巨大な水素とヘリウムの雲でできていて、恒星のような一塊の天体のように見えない。(Credit: University of Utah)
図1.暗黒星のイメージ図。暗黒星本体の大部分は非常に巨大な水素とヘリウムの雲でできていて、恒星のような一塊の天体のように見えない。(Credit: University of Utah)
暗黒星は、研究チームが2007年に提唱した仮説上の天体。
“暗黒”と言っても真っ暗な星というわけではなく、非常に明るく輝くそうです。

驚くべきことは、暗黒星は直径が約30億キロ(※1)にも達し、大きなものでは太陽の100万倍以上の質量と100億倍以上の明るさを持つと推定されていること。
これは、1個の暗黒星だけで、1つの銀河に匹敵する明るさになり得ます。
※1.約30億キロは約20天文単位に相当する。これは太陽の直径の2000倍、地球の公転軌道の10倍であり、土星の公転軌道とほぼ同じになる。
研究チームでは、大きな暗黒星であればジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で十分に観測可能だと考えています。

暗黒星の大部分は、薄い水素とヘリウムの雲でできていますが、0.1%の暗黒物質(ダークマター)(※2)を含んでいます。
※2.“ダークマター”は暗黒物質とも呼ばれ、銀河の性質を説明するために考案された仮設上の物質。宇宙の全質量・エネルギーの約27%を占めていると考えられている。ただ、ダークマターは質量を持っているものの、光をはじめとする電磁波と相互作用しないので、直接観測することはできない。銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光を放射しない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター説”の始まりになっている。
暗黒星は暗黒物質の崩壊(※3)による熱で輝くと同時に、水素の核融合反応が起こる小さな塊、すなわち恒星になることが防がれていると考えられています。
※3.研究チームは、暗黒星に含まれる暗黒物質は、マヨラナ粒子であるニュートラリーノ(自身が反粒子な性質を持つ、ニュートリノとペアな存在である非常に重たい仮説上の粒子)だと仮定し、ニュートラリーノ同士の対消滅によって熱が発生するとしている。
このため、暗黒星は放射量こそ非常に大きいものの、表面温度は約1万℃と、その巨大なサイズにしては低い温度に留まると推定されています。

初期宇宙の銀河候補天体から暗黒星を探す

研究チームは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された初期の宇宙に存在すると見られる数百の銀河候補天体の中に、暗黒星が含まれているのではないかと予想。
特に詳細な観測データが揃っている4つの天体“JADES-GS-z13-0”、“JADES-GS-z12-0”、“JADES-GS-z11-0”、“JADES-GS-z10-0”について分析を実施しています。

これらの天体は、宇宙誕生から3億2000万年~4億年の時代に存在していたと推定されています。
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した初期の銀河とされる天体。上から“JADES-GS-z11-0”、“JADES-GS-z12-0”、“JADES-GS-z13-0”。今回の研究が正しい場合、これは銀河ではなく暗黒星の画像になる。(Credit: NASA & ESA)
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した初期の銀河とされる天体。上から“JADES-GS-z11-0”、“JADES-GS-z12-0”、“JADES-GS-z13-0”。今回の研究が正しい場合、これは銀河ではなく暗黒星の画像になる。(Credit: NASA & ESA)
分析の結果、4つのうち“JADES-GS-z13-0”、“JADES-GS-z12-0”、“JADES-GS-z11-0”の3つについては、暗黒星と考えても矛盾しないことが分かります。

例えば、暗黒星からの放射で予測されるスペクトルデータは、今回分析された3つの銀河のスペクトルデータとよく一致していました。
また、“JADES-GS-z12-0”の分析結果は、表面温度が約1万7000℃の暗黒星で予想される観測データと一致します。

さらに、今回の研究で明らかになったのは、3つの天体が点状に見える、つまり銀河と比べて非常に小さな天体から光が放射されていると考えても矛盾しないことです。

地球から観測した初期の銀河は、ある程度の広がりを持つ天体として見えるはずですが、暗黒星であれば点にしか見えないはずです。
それは、暗黒星は普通の恒星と比べれば巨大とはいえ、銀河に比べればはるかに小さな天体だからです。

以上の結果を根拠に研究チームでは、“JADES-GS-z13-0”、“JADES-GS-z12-0”、“JADES-GS-z11-0”の観測データは、3つの天体が銀河ではなく暗黒星だと考えても矛盾しないことを示していると考えています。

このことが正しい場合、3つの暗黒星は太陽の50万倍から100万倍の質量を持ち、太陽の数十億倍もの明るさで輝いていると推定されます。

いまのところ、暗黒星を構成する物質の一部であり、活動のエネルギー源でもある暗黒物質は未発見です。
暗黒物質が暗黒星を形成できるような性質を持っているかどうかも判明してません。
なので、暗黒星が実在するかどうかは、はっきりと分かっているわけではないんですねー

でも、研究チームでは、今回見つかった暗黒星の候補が本当に暗黒星なのか、それとも初期の銀河なのかを観測で判別することができると考えています。

暗黒星には、初期の銀河では見られない特徴が、スペクトル線として現れると考えられます。
なので分光観測を行うことで、もしもそのような観測データが得られれば、暗黒星が実在する可能性は高まります。
スペクトルは、光の波長ごとの強度分布。スペクトルに現れる吸収線や輝線を合わせた呼称がスペクトル線。個々の元素は決まった波長の光を吸収したり放出したりする性質がある。その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線、光を放出し強まると輝線としてスペクトルに現れる。光の波長ごとの強度分布スペクトルに現れる吸収線や輝線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
誕生したばかりの宇宙に、なぜ進化した銀河が存在しているのでしょうか?

この理由は現代宇宙論の大きな謎になっています。

でも、仮に暗黒星が実在したとすれば、そのような銀河は存在しないことになり、大きな謎が解決されることになります。
さらに、謎に包まれている暗黒物質の正体に迫ることにもなるので、これからの研究が期待されますね。


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なぜ初期宇宙には予想以上に進化した銀河や銀河団が存在するのか? この矛盾を説明しようとすると宇宙が267億年前に誕生したことになった

2023年09月12日 | 宇宙のはじまり?
近年の初期宇宙の観測により、誕生から数億年後の宇宙にはすでに大規模な銀河や銀河団が存在していたことが分かってきました。

でも、「銀河がそこまで進化するには時間が足りない」っという、新たな問題も浮上しているんですねー

この問題を解決するために、オタワ大学のRajendra Guptaさんが提唱したのが“CCC+TLハイブリッドモデル(CCC + TL hybrid model)”。
もし、このモデルが正しければ、宇宙は今から約267億年前に誕生したことになります。

予想以上に進化した初期宇宙の銀河や銀河団

現在の宇宙は、誕生してから137億8700万年(±2000万年)が経過していると考えられています。

この推定年齢は、過去から現在に至る様々な観測モデルを積み重ねた結果で、その集大成は宇宙モデル“Λ(ラムダ)-CDMモデル”として確立されています。

でも、初期宇宙の観測が進むにつれて、当時の宇宙の様子と宇宙の推定年齢には大きな食い違いがあることも判明しています。
図1.“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”が観測した、通称“ユニバース・ブレイカーズ”と呼ばれる6個の初期宇宙の銀河。この通称は、誕生から間もない宇宙にある銀河にしては重すぎることに因んでいる。(Credit: NASA, ESA, CSA & I. Labbe (Swinburne University of Technology) 、IDは加筆))
図1.“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”が観測した、通称“ユニバース・ブレイカーズ”と呼ばれる6個の初期宇宙の銀河。この通称は、誕生から間もない宇宙にある銀河にしては重すぎることに因んでいる。(Credit: NASA, ESA, CSA & I. Labbe (Swinburne University of Technology) 、IDは加筆))
“Λ-CDMモデル”に基づけば、宇宙が誕生した初期の段階では薄いガスしか存在しておらず、ガスが重力によって高密度に集まって恒星や銀河ができるまでには数億年の時間がかかことになります。

でも、“ハッブル宇宙望遠鏡”や“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”の観測では、予想以上に進化した初期宇宙の銀河や銀河団が発見されているんですねー

現在では、宇宙誕生から3億年後の時点で存在していたかなり進化した銀河が見つかっていますが、もっと遡った時代にも進化した銀河が存在する可能性もあると考えられています。

現在の“Λ-CDMモデル”による宇宙論では、これほど進化した銀河や銀河団が宇宙誕生からわずかな時間で形成される理由を説明できず…
そのため大きな謎になっているわけです。

また、推定年齢が宇宙の年齢そのものを超える“メトシェラ星(HD 140283)”(※1)のような恒星も見つかっています。
これらの天体は、推定年齢の下限値が宇宙の年齢以下になるので、天体単独では矛盾を起こしていません。
それでも、極端に古い年齢を持つ恒星の存在には注目してしまいますよね。
※1 発見時に(そして現時点でも)最も長寿な恒星なので、旧約聖書に登場する最も長寿な人物に因んで“メトシェラ”と名付けられている。

疲れた光モデル

宇宙の年齢と銀河の進化度合いの矛盾を説明する研究は世界中で行われていて、オタワ大学のRajendra Guptaさんもそんな研究者の一人です。

Guptaさんは今回、“疲れた光モデル(TL:Tired Light model)”と“共変動結合定数(CCC:Covarying Coupling Constants)仮説”という2つの仮説を盛り込んだ新しい宇宙モデル“CCC+TLハイブリッドモデル”を作成することで、“Λ-CDMモデル”における矛盾の解決を試みています。
図2.遠い宇宙からやってくる光は、近い宇宙からやってくる光と比べて波長が長くなる。これまでの宇宙論では、空間の膨張によって光の波長が引き延ばされると説明している。これに対し“疲れた光モデル”では、光は長い距離を移動するうちに散乱でエネルギーを失うためだと説明している。(Credit: 彩恵りり)
図2.遠い宇宙からやってくる光は、近い宇宙からやってくる光と比べて波長が長くなる。これまでの宇宙論では、空間の膨張によって光の波長が引き延ばされると説明している。これに対し“疲れた光モデル”では、光は長い距離を移動するうちに散乱でエネルギーを失うためだと説明している。(Credit: 彩恵りり)
“疲れた光モデル”とは、遠くの宇宙を観測したときに銀河が赤方偏移している(※2)状況を説明する理論の一つとして、1929年にフリッツ・ツビッキーによって提唱されました。
※2 膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
“Λ-CDMモデル”では、遠くの銀河からの光が赤方偏移するのは、宇宙空間の膨張とともに波長が引き延ばされているためだと説明しています。

これに対し“疲れた光モデル”では、光は遠距離を移動するうちに少しずつ散乱されることで、エネルギーを失うと仮定しています。
光のエネルギーは波長で定義されていて、エネルギーが低い状態になるということは、波長が長い光になることを意味するので、赤方偏移と同じような状況が観察される、ということになります。

でも、“疲れた光モデル”には大きな矛盾があるんですねー

例えば、遠くの宇宙を観察すると、まるでスローモーションのように天体現象が遅く見えます。
これは実際に天文現象が遅く進行しているのではなく、相対性理論の効果によるものと考えられています。

相対性理論では、運動する物体の時間は静止している物体の時間に対して遅く進みます。
遠くの天体が宇宙の膨張によって高速で運動しているからだと考えれば、現象がスローモーションに見えることをうまく説明できます。

これに対し“疲れた光モデル”では、このような現象を説明できていません。

実際に、遠方宇宙のIa型超新星やクエーサーの研究では、“Λ-CDMモデル”が予測する範囲でスローモーションに見える様子が観測されています。

他にも、宇宙最初の光である宇宙マイクロ波背景放射の性質についても、“ラムダ-CDMモデル”はうまく適合する一方で、“疲れた光モデル”が適合する確率は非常に低く、一部の予測では“地球が正確に宇宙の中心になければならない”という前提が必要になることが知られています。
図3.これまでの物理学では、基本的な物理定数は変化しない不変の値であるとしている。これに対し“共変動結合定数仮説”では、微細構造定数が変化すると仮定している。この場合、他の物理定数も変化することになる。(Credit: 彩恵りり)
図3.これまでの物理学では、基本的な物理定数は変化しない不変の値であるとしている。これに対し“共変動結合定数仮説”では、微細構造定数が変化すると仮定している。この場合、他の物理定数も変化することになる。(Credit: 彩恵りり)

宇宙は今から約267億年前に誕生した

そこで、今回の研究では、単独では実際の観測結果をうまく説明できない“疲れた光モデル”に、“共変動結合定数仮説”を組み合わせることで、この矛盾の解決に挑んでいます。

“共変動結合定数仮説”とは、電磁相互作用(※3)の重要な結合定数である“微細構造定数”が、実際には定数ではなく時間とともに変化する変数だとするものです。
※3 光、電機、時期などの性質は全て電磁気力だと説明され、これを電磁相互作用と呼ぶ。電磁相互作用は光の素粒子、つまり光子がやり取りをする。
このような考えは、1937年にポール・ディラックによって提唱されて以降、形を変えて何度も提唱されています。

もし、“共変動結合定数仮説”が正しい場合、“疲れた光モデル”が抱える矛盾を解決できると考えられます。

微細構造定数が変化すると、光の波長や散乱度合い、電磁相互作用で成り立つ原子や原子核の反応といった、電磁相互作用で成立する様々な性質が変化します。

そのため、遠くの宇宙がスローモーションに見えたり、宇宙マイクロ波背景放射などの性質を変化させることが考えられるわけです。

Guptaさんが“疲れた光モデル”と“共変動結合定数仮説”を組み合わせて考案した“CCC+TLハイブリッドモデル”では、宇宙誕生の時期が現在推定されている時期よりも早くなるので、発達した銀河などが誕生するための時間的余裕が生まれると考えられます。

Guptaさんは、同モデルに基づいて宇宙が今から約267億年前に誕生したと推定していますが、これは現在の推定年齢の2倍近い値になります。

大きな矛盾や未知の物理現象を多数抱えるモデル

ただ、“CCC+TLハイブリッドモデル”が“Λ-CDMモデル”を置き換えるかどうかは、まだ現時点では不明なんですねー
それは、このモデルの根幹となる“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”には、まだ実証されていない謎が多く残されているからです。

大きな問題の1つは、“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”が正しいとしても、なぜそのような現象が起こるのかという理論的な説明がほとんどされていないことです。

例えば、“疲れた光モデル”では“光は長い距離を進めば進むほどエネルギーを失う”とされています。
でも、そのような現象が起こるのかは説明されていません。
宇宙に薄く存在する物質の作用は検討が済んでいるので、現在の物理学では説明されていない正体不明の相互作用を、新たに仮定しなければなりません。

もう1つの“共変動結合定数仮説”は、重要な物理定数である微細構造定数が変化することを前提とした大胆な仮説です。

微細構造定数は光の速度やプランク定数(※4)といった、複数の重要な物理定数の組み合わせで成り立っているので、それが変化するということは、他の重要な物理定数のうち少なくとも1つが変化しなければなりません。
※4 光子のエネルギーと振動数の関係を示す物理定数。2019年からはキログラムの定義にも使用されている。
もし、“共変動結合定数仮説”が正しいとすれば、天文学だけでなく自然科学全般に大きな影響を与える結果になるはずです。

でも、地球に存在する古い時代に形成された物質の調査や、かなり初期の宇宙に遡った観測を行っても、微細構造定数に限らず、あらゆる物理定数に変化の兆しは見つかっていません。

未知の暗黒エネルギー(ダークエネルギー)が支配的な現在の宇宙では、観測不可能なほど変化が小さいものの、そうではなかった初期の宇宙では、大きく値が変化していたという説もありますが、これについても否定的な研究結果が多数存在しています。

このように、“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”には、物理学の枠組みを大幅に変えてしまう点が多いので、オッカムの剃刀(※5)的に支持されていない、という状況もあります。
※5 ある事柄を説明するのに、必要以上に多くを仮定するべきではない、っという考え。大元は哲学的思想だが、自然科学を始めとした多くの学問でも同様の考え方が共有されている。仮定が少ない説は正しく、仮定が多い説は正しくないことを必ずしも意味するものではない。ある事柄を完璧とは言えないものの概ねうまく説明できている説を、仮定が多い別の説で置き換えるには説得力が不足することを意味する。
もちろん、現状で広く信じられている“Λ-CDMモデル”も完璧とは言えません。

今回の研究の前提となった早すぎる初期銀河の進化は、“Λ-CDMモデル”における大きな問題の一つです。

他にも“Λ-CDMモデル”では、光では観測できない暗黒物質(ダークマター)や、宇宙の膨張の原動力である暗黒エネルギーが存在するとしていますが、どちらも現時点では正体不明です。

でも、今のところ“Λ-CDMモデル”は現状の宇宙を概ね説明している一方で、“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”は大きな矛盾や未知の物理現象を多数抱えています。

今回の研究で提唱している“CCC+TLハイブリッドモデル”は、それぞれの仮説が抱える大きな矛盾を仮説の組み合わせによって解決し、“Λ-CDMモデル”を置き換える可能性はあります。
ただ、評価が定まるまでにはまだまだ時間が掛かりそうですね。


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“宇宙の再電離”はどうやって起きたのか? 解明のカギは90億光年彼方に見つけた強い紫外線を放つ銀河。

2020年08月31日 | 宇宙のはじまり?
今回発表されたのは、90億光年彼方の銀河“AUDFs01”から、これまでで最も強い紫外線の検出に成功したことでした。
恒星から放射される強力な紫外線により、宇宙を漂う水素の電離“宇宙の再電離”が起こったと考えられています。
検出された強い紫外線は、この“宇宙の再電離”の謎を解明するカギのひとつになるのかもしれません。


紫外線と“宇宙の再電離”

ビッグバンから約38万年が経過し、陽子と電子が結びついて“宇宙の晴れ上がり”を迎えると、その数億年後にはファーストスター(第一世代の恒星)が誕生したと考えられています。

“宇宙の晴れ上がり”からファーストスターが誕生するまでの期間は、恒星やその集団である銀河などの自ら光り輝く存在はなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれています。

“宇宙の暗黒時代”には、ビッグバンによって最も多く誕生した物質の水素が宇宙を漂い、その大半は電気的に中性の状態。
そして、水素が徐々に集まってファーストスターが誕生し、さらに銀河が形成されるようになってくると、恒星から放射される強力な紫外線により、宇宙を漂う水素は電離(イオン化)されていきます。

このイベントは、“宇宙の晴れ上がり”以前のプラズマ状態に近いので“宇宙の再電離”と呼ばれています。

その後、現在まで宇宙空間を漂う水素ガスの大半が電離した状態のままになっています。


強い紫外線を放つ銀河の探索

この“宇宙の再電離”は、初期宇宙の若い銀河によって引き起こされたという説が今のところ有力視されています。

でも、詳細は分からず…
これを明らかにすることは現代天文学の大きな課題の一つになっているんですねー

なので、これまで多くの天文学者が進めていたのは、水素を電離できるほどの強い紫外線(波長91.2nm未満の電磁波=電離光子)を放つ銀河の探索。
多くはありませんが、いくつかの発見につながっています。

この電離光子を放つ銀河(電離光子銀河)の発見数が少ない理由として挙げられるのは、“宇宙の再電離”の時代(125億~135億年前頃)の電離光子の直接観測が難しいことにあります。

この時代の宇宙には、およそ10万個に1個未満という割合ですが、まだ多くの中性水素が残っていました。
電離光子は地球に届くまでの長い間に、この中性水素に吸収されてしまい観測を難しくしているわけです。

その後、“宇宙の再電離”から20~25億年ほど進んで110億年ほど前の時代になると、水素の電離がさらに進んで中性水素が減り、電離光子が吸収されにくくなってきます。
そう、地上の大型望遠鏡でも観測できるチャンスが出てきたわけです。

また、宇宙の膨張による赤方偏移によって、電離光子は地球に届くまでの長い間に可視光線になります。
これも、地上の大型望遠鏡で観測できるようになる理由なんですが、それでも今のところ10個程度しか発見されていません。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。


天文衛星による紫外線の観測

ただ、この後の時代には、赤方偏移が起きても大気に吸収されやすい紫外線で地球に届いてしまうので、また観測が困難になってしまいます。

そこで、期待されるのが宇宙望遠鏡の活用です。
ただ、ハッブル宇宙望遠鏡であっても観測例はそれほど多くなく、40億光年未満(時間にすれば40億年前よりも最近の時代)の距離にある銀河10個程度から電離光子を検出するにとどまっています。

つまり、40億~110億年前の間の時代では、電離光子銀河は全く発見されていないわけです。

そこで、今回の研究で用いられたのはインドの天文衛星“AstroSat”でした。
“AstroSat”に搭載された紫外線望遠鏡“UVIT(UltraViolet Imaging Telescope)”を用いて、発見されていない時代の電離光子銀河の探索を実施することになります。
インド宇宙研究機関“ISRO”によって打ち上げられたインド初の天文衛星“AstroSat”のイメージ図。(Credit: ISRO)
インド宇宙研究機関“ISRO”によって打ち上げられたインド初の天文衛星“AstroSat”のイメージ図。(Credit: ISRO)
2015年9月28日にインド宇宙研究機関“ISRO”によって打ち上げられたインド初の天文衛星が“AstroSat”です。
搭載機器の“UVIT”は、遠紫外線(154nm)と近紫外線(242nm)を同時に広い視野で撮像できる機能を持っていました。

観測では、“UVLT”を南天のろ座にある“GOOD South”と呼ばれる一角に向け、約28時間にわたって露光。
そのデータを2年かけて解析し、高感度の遠紫外線画像が作成されました。

画像は“AstroSat Uv Deep Field South”と名付けられ、その中に写っていた90億光年彼方にある銀河“AUDFs01”から電離光子の検出に成功。
90億光年ということは、90億年前に発した電離光子ということになります。
1.AstroSat Uv Deep Fieldの疑似カラー画像。赤は波長812.8nm、緑は波長603.5nm(いずれもハッブル宇宙望遠鏡が撮影)、水色は241.8nm、藍色は154.2nm(いずれもAstroSat/UVITが撮影)。銀河「AUDFs01」は四角で囲まれている銀河で、左下がその拡大図。右下の衛星はAstroSatのイメージ (画像提供:Kanak Saha博士) (出所:早稲田大学Webサイト)
“AstroSat Uv Deep Field South”の疑似カラー画像。赤は波長812.8nm、緑は波長603.5nm(いずれもハッブル宇宙望遠鏡が撮影)、水色は241.8nm、藍色は154.2nm(いずれも“AstroSat/UVLT”が撮影)。銀河“AUDFs01”は四角で囲まれている銀河で、左下がその拡大図。右下の衛星は“AstroSat”のイメージ図。(Credit: Kanak Saha)
そして、検出された電離光子の波長を赤方偏移から逆算。
すると、64nmと導き出され、水素を電離できる高いエネルギーを持っていることが判明しました。

これほど高いエネルギーを持った電離光子を銀河から検出したのは世界で初めてのこと。
“宇宙の再電離”の謎を解明するカギのひとつになる発見でした。

ハッブル宇宙望遠鏡に比べれば“AstroSat”(および“UVIT”)は小型の天文衛星です。
でも、性能を特化すれば、ハッブル宇宙望遠鏡をもしのぐ性能を発揮できることを実証できたのも大きな成果のひとつになります

もちろん、今も電離光子の観測は進められています。
次の目標は“宇宙の再電離”の時代により近い120億光年彼方の銀河からの電離光子の検出になるようです。


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宇宙で最初に誕生した第一世代星を探せ! ハッブル宇宙望遠鏡と重力レンズ効果の組み合わせで探る初期宇宙

2020年06月25日 | 宇宙のはじまり?
ハッブル宇宙望遠鏡と重力レンズ効果により、宇宙誕生後5~10億年に存在した小銀河が数多く発見されました。
でも、そこに宇宙第一世代の恒星は見つからず… 最初の星はもっと前に形成されていたようです。


最初に生まれた星は質量が大きく寿命が短かった

138億年前のビッグバンで誕生したばかりの宇宙には、水素とヘリウム、そしてごく少量のリチウムしか存在していませんでした。
このため、宇宙で最初に誕生した“第一世代星(種族III)”は、これらの元素から形成されたと考えられています。

水素やヘリウムしか含まない原始ガス雲は、光を出して冷えることがあまりないので、重力が圧力に打ち勝って収縮して星になるには、ガス雲の質量が大きい必要があります。

そう、最初の恒星は、きわめて質量が大きかったと予想されているんですねー

ただ、大質量星は寿命が短いので現在は存在せず…
過去の(遠方の)宇宙にも第一世代星を含む銀河は確実には観測されていません。
初代星は太陽質量の100倍くらいの非常に重い星が多く、わずか1000万年程度で超新星爆発を起こしていたと考えられている。


重力レンズ効果を用いた初期宇宙の観測

今回、宇宙の第一世代星探しを行ったのはヨーロッパ宇宙機関の研究チームでした。

ハッブル宇宙望遠鏡を用いて観測したのは、エリダヌス座の方向約40億光年の彼方にある銀河団“MACS J0416”。
銀河団の膨大な質量が引き起こす重力レンズ効果の利用が目的でした。

重力レンズ効果を利用すると、銀河団の向こう側、さらに遠方にある天体の光が増幅されるんですねー
重力レンズ効果がない場合に比べて、10倍~100倍も暗い天体まで見つけることができるようになります。
銀河団“MACS J0416”(Credit: NASA, ESA, and M. Montes (University of New South Wales))
銀河団“MACS J0416”(Credit: NASA, ESA, and M. Montes (University of New South Wales))
“MACS J0416”の重力レンズを通して見えてきたビッグバンから約5~10億年後の初期宇宙。
ここから第一世代星を探すため研究チームが用いたのは、NASAの赤外線天文衛星“スピッツファー”とヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡“VLT”の観測データでした。

さらに、研究チームは、重力レンズ効果を及ぼす手前の明るい銀河からの光を取り除くという新たな手法を開発。
この手法により、ビッグバン後10億年以内の若い宇宙で、これまでハッブル宇宙望遠鏡が観測できなかったほど質量の小さな銀河の探査を可能にしています。

観測の結果、低質量の暗い銀河が数多く見つかりました。

ただ、それらのスペクトルが示唆していたのは、この時代には既に水素やヘリウム以外の重元素が存在しているということ。

重元素は、第一世代星の内部で最初に合成され、超新星爆発でばらまかれる元素です。
この元素が存在しているということは、すでに第一世代星は存在していないことになります。
反対に、第一世代星が残っていることを示す証拠を得ることはできませんでした。


宇宙の再電離

一方で、今回の観測対象になった宇宙誕生後5~10億年は“再電離”が進行した時代と考えられています。

ビッグバン直後の宇宙では、元素が原子核と電子に分かれた電磁状態でした。
でも、宇宙が冷えてくると両者は結合して原子になっていくんですねー

その中から光を放つ天体が生まれた結果、そのエネルギーを吸収して星間物質が再び電離したのが再電離期になります。
研究チームは、今回見つかった小さな銀河が再電離を引き起こした主なエネルギー源ではないかと考えています。

また、今回の観測結果は、宇宙に最初の星や銀河が誕生した時代は、ハッブル宇宙望遠鏡で観測可能な限界よりもさらに以前にさかのぼることを示唆するものでした。

残念ながら今回の研究では、宇宙で最初に誕生した星を見つけることはできませんでした。
この課題は、将来の研究や新しく登場する観測機器に委ねることになりそうです。

まずは、2021年の打ち上げが検討されているハッブル宇宙望遠鏡の後継機“ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡”に期待しましょう。
低質量の暗い銀河が存在する初期宇宙(イメージ図)。(Credit: ESA/Hubble, M. Kornmesser, and NASA)<br>
低質量の暗い銀河が存在する初期宇宙(イメージ図)。(Credit: ESA/Hubble, M. Kornmesser, and NASA)


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  初代星による超新星爆発が予想以上に大きく球形でなかったから、たくさんの重元素が宇宙に放出された。