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褐色矮星“TOI-2490 b”は恒星と同様のメカニズムで形成されたのかも… 巨大ガス惑星と恒星の中間に位置する天体の形成過程に迫る

2024年08月30日 | 褐色矮星
今回の研究では、“TOI-2490 b”と名付けられた新しい褐色矮星を発見しています。
この褐色矮星の質量は木星の73.6倍ほど、太陽に似た恒星の周りを非常に偏心した軌道を描いて回っています。

褐色矮星は巨大ガス惑星と恒星の中間に位置する天体で、その質量は木星の13倍から80倍の間になります。

今回の発見のきっかけとなったのは、約872.5光年離れたG型主系列性“TOI-2490”の光度曲線に、トランジット惑星探査衛星“TESS”が検出したトランジットの兆候でした。
その後の測光観測と視線速度の測定により、この信号が褐色矮星によるものだと確認されています。

この発見は非常に重要なものと言えます。
それは、褐色矮星が恒星と惑星の中間の質量(木星の13倍から80倍の間)を持つ天体で、その形成過程は完全には解明されていないからです。

“TOI-2490 b”は木星ほどの大きさでありながら質量は約73.6倍もあり、密度は91.6g/cm3にもなります。
この褐色矮星は、主星から約0.31天文単位の距離を60.33日周期で公転していて、その軌道離心率は約0.78と非常に偏っていることが明らかになりました。

この偏った軌道が示唆しているのは、“TOI-2490 b”が恒星と同様のメカニズムで形成されたことです。
このことは、“TOI-2490 b”の質量が木星の約73.6倍と大きく、褐色矮星の質量上限に近いことからも裏付けられています。

主系列星の周囲約3au(1天文単位auは太陽~地球間の平均距離)以内には、褐色矮星が非常に少ない“褐色矮星砂漠”と呼ばれる領域があります。
この領域において“TOI-2490 b”は、最も軌道離心率の高い褐色矮星になるようです。
この研究はイギリス/レスター大学のBeth A. Hendersonを中心とする天文学者の国際チームが進めています。
本研究の成果は、プレプリントサーバーarXivに“TOI-2490b- The most eccentric brown dwarf transiting in the brown dwarf desert”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2408.04475
図1.トランジット惑星探査衛星“TESS”による“TOI-2490”の位相折り返し光度曲線。30分(1800秒)のセクター5(赤)と20秒のケイデンス32(青)のデータの相対フラックスを示し、トランジットにズームインしている。(Credit: Henderson et al., 2024.)
図1.トランジット惑星探査衛星“TESS”による“TOI-2490”の位相折り返し光度曲線。30分(1800秒)のセクター5(赤)と20秒のケイデンス32(青)のデータの相対フラックスを示し、トランジットにズームインしている。(Credit: Henderson et al., 2024.)


巨大ガス惑星と恒星の間に位置する天体

褐色矮星は、その質量が巨大ガス惑星と恒星の間に位置する天体で、宇宙における天体の多様性と進化を探る上で重要な研究対象と言えます。

そのような質量の天体では、(恒星と異なり)中心部で水素の核融合反応を持続させることができず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こりますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
そのため、褐色矮星は恒星のように自ら明るく輝くことは無く、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

褐色矮星は、年齢を積み重ねるにつれて、その表面温度が低下し、それに伴いスペクトル型が変化していきます。
若い褐色矮星は高温のためM型星と似たスペクトルを示しますが、冷却するにつれてL型、T型、そして最も低温のY型へと変化することになります。

一方、質量以外では、重いガス惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられています。
褐色矮星は高温のタイプでも表面温度は2000度未満で、なかには100℃を下回って水の雲を持つ例すらあります。
この点で、褐色矮星は巨大ガス惑星の非常に重いタイプとみなすことができます。


恒星と同様にガス雲の収縮によって褐色矮星は形成される

褐色矮星砂漠とは、主系列星の周囲約3au以内に褐色矮星が非常に少ないという観測事実からきた言葉です。
この現象は、褐色矮星の形成過程や、主星との相互作用を理解する上で重要な謎となっています。

褐色矮星砂漠が存在する理由は、完全に解明されていません。
でも、惑星と恒星の形成メカニズムの違いによって説明されると考えられています。

巨大惑星は、原始惑星系円盤の中で微惑星と呼ばれる小さな天体が衝突・合体することで形成されると考えられています。
一方で恒星は、ガス雲が重力によって収縮し、中心部で核融合反応が始まることで誕生します。

褐色矮星砂漠の存在は、褐色矮星が巨大惑星のようにコア集積によって形成されるのではなく、恒星と同様にガス雲の収縮によって形成される可能性を示唆していると考えられています。


トランジット現象を起こす褐色矮星

トランジット現象を起こす褐色矮星として、NASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”によって発見されたのが“TOI-2490 b”です。
地球から約872.5光年彼方に位置する太陽に似たG型の主系列星“TOI-2490”を公転しています。

“TESS”は、地球から見て系外惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探ります。
この手法により惑星を発見し、その性質を明らかにしていく訳です。
繰り返し起きるトランジット現象を観測することで、その周期から系外惑星の公転周期を知ることができます。

また、トランジット時には、主星の明るさが時間の経過に合わせて変化していくことになります。
その明るさの変化を示した曲線“光度曲線”をもとに、系外惑星の直径や大気の有無といった情報を得ることができます。

“TOI-2490 b”の公転周期は60.33日で、主星である“TOI-2490”から約0.31auの距離を公転。
木星とほぼ同じ大きさですが、質量は木星の約73.6倍もあり、その密度は91.6g/cm3にもなります。

推定される平衡温度は464.2K。
“平衡温度”は大気の存在を考慮せず、主星から受け取るエネルギーと惑星から放射されるエネルギーだけを考慮した温度。
例えば、地球の平衡温度は約-18℃になりますが、温室効果によって平均温度は約14度に保たれています。

“TOI-2490 b”の存在は、“TESS”の観測データにおけるトランジット信号と、その後の地上望遠鏡による追跡観測によって確認されました。
この発見は、褐色矮星砂漠の謎を解明する上で重要な手掛かりとなると期待されています。

“TOI-2490 b”のような主系列星の極めて近くを公転する褐色矮星を詳細に観測することで、その形成過程や進化の歴史、そして主星との相互作用について、より深い理解が得られると期待されています。


高い離心率を持つ軌道が示唆する惑星形成のシナリオ

“TOI-2490 b”の最も注目すべき特徴は、その軌道の離心率が高いこと、つまり極端な楕円形の軌道でした。

離心率とは、公転軌道が真円からどの程度離れているのかを示す値。
真円は0、楕円は0よりも大きくて1よりも小さく、放物線は1、双曲線は1よりも大きくなります。

“TOI-2490 b”の離心率は0.78と非常に大きく、これまで知られている褐色矮星砂漠に位置する褐色矮星の中で最も高い値を示していました。

主星に非常に接近した後、離れた場所場まで移動し、再び戻ってくるという動きを繰り返す軌道は、“TOI-2490 b”がどのように形成され、進化してきたのかという疑問を投げかけています。

一般的に、天体の軌道は時間の経過とともに、主星の重力や他の(惑星などの)天体からの重力相互作用によって、潮汐力を受け円軌道に近づいていきます。
でも、“TOI-2490 b”の場合は潮汐力の影響を考慮しても、その軌道が現在のような高い離心率を持つまでに必要な時間は、宇宙の年齢よりはるかに長くなってしまいます。

そこで考えられるのは、“TOI-2490 b”が巨大惑星のようにコア集積によって形成されたのではなく、主星の“TOI-2490”と同様にガス雲の収縮と分裂によって形成された可能性が高いことです。

巨大惑星は、原始惑星系円盤の中でチリやガスが集積し、コアと呼ばれる中心核が形成されることで誕生することになります。
このコアは、周囲のガスやチリを重力で引き寄せながら成長し、最終的に巨大惑星へと進化します。

でも、コア集積によって形成された惑星は、一般的に円軌道に近い軌道を持つはずです。
これは、原始惑星系円盤の中で形成された惑星は、円盤の回転と同期するように公転するためです。

このため、“TOI-2490 b”のような高い離心率を持つ褐色矮星がコア集積によって形成されたとすると、形成後に何らかのメカニズムによって軌道が大きく変化したと考えるのが妥当です。
でも、このようなメカニズムは、現在のところ知られていません。

一方、巨大ガス雲が重力によって収縮し、中心部で核融合反応が始まると原始星(恒星の赤ちゃん)が誕生します。
この時、ガス雲が回転している場合、角運動量保存則によって収縮するにつれて回転速度が速くなっていきます。
回転速度が速くなると、ガス雲は円盤状に広がっていき原始惑星系円盤を形成し、この円盤の中で物質が集積し惑星が形成される訳です。

このことから、“TOI-2490 b”は主星の“TOI-2490”と同様にガス雲の収縮と分裂によって形成され、高い離心率を持つ軌道になった可能性があります。


褐色矮星と主星に見られる年齢差

“TOI-2490 b”の年齢は、褐色矮星の質量と半径、そして進化モデルに基づいて推定されます。
進化モデルは、褐色矮星が時間とともに冷却し、その半径が収縮していく様子を計算したもの。
“TOI-2490 b”の場合、その質量と半径から年齢は約10億年と推定されています。

一方、主星の“TOI-2490”の年齢の推定は、恒星の進化モデルに基づきます。
この進化モデルは、恒星が時間とともにその内部構造や光度、表面温度を変化させていく様子を計算。
“TOI-2490”の場合、その光度と表面温度から年齢は約79億年と推定されました。

“TOI-2490 b”の年齢が主星よりも若いという結果は、この褐色矮星が主星とは異なる時期に形成されたことを意味します。
これでは、“TOI-2490 b”が主星の“TOI-2490”と同様に、ガス雲の収縮と分裂によって形成されたことになりません。

そこで考えられるのは、“TOI-2490 b”の半径が何らかのメカニズムによって膨張したことで、この年齢差が生まれた可能性です。


極端な軌道がもたらす大気の温度変化

“TOI-2490 b”は、楕円形の軌道上を移動する際に主星からの距離が大きく変化するので、照射されるエネルギー量も大きく変動することになります。
その結果、“TOI-2490 b”の大気温度は、約1000K(545K~1552K)の幅で変化すると推定されています。

主星から近い距離を公転する褐色矮星は、主星からの強い放射によって加熱されます。
この加熱は、褐色矮星の大気を構成する分子や原子の運動を活発化させ、大気温度を上昇させます。

ただ、“TOI-2490 b”のの軌道は非常に偏心しているので、主星からの距離が大きく変化することになります。
主星に最も近い時(近日点)と最も遠い時(遠日点)では、“TOI-2490 b”が受ける放射量は大きく異なり、それに伴い大気温度も大きく変化します。

“TOI-2490 b”の大気温度は、大気モデリングによって詳細に調べられています。
大気モデリングでは、褐色矮星の大気を構成する分子や原子の組成、温度、圧力などを考慮し、大気中のエネルギー輸送や化学反応を計算することで、大気の構造やスペクトルを予測することができます。

“TOI-2490 b”の大気モデリングで示されたのは、この褐色矮星の大気温度が近日点付近で最も高く、遠日点付近で最も低くなること。
また、大気温度の変化は大気の上層部ほど大きく、下層部ほど小さくなることも示されました。


次世代望遠鏡などを用いた今後の観測

“TOI-2490 b”の発見は、褐色矮星の形成と進化、そして褐色矮星砂漠の謎を解明する上で重要な一歩となるはずです。
今後の観測により、“TOI-2490 b”の大気組成や温度構造を詳細に調べることで、その形成過程や進化の歴史、主星との相互作用について、より深い理解が得られると期待されます。

2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測に特化した望遠鏡です。
その高い感度と空間分解能により、“TOI-2490 b”のような褐色矮星の詳細な観測を可能にします。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“TOI-2490 b”の観測では、大気中の水蒸気やメタン、アンモニアなどの分子の存在量を測定することで、大気の温度構造や化学組成を調べることができるはずです。

さらに、建設中の欧州超大型望遠鏡“E-ELT(European Extremely Large Telescope)”は、これまでの望遠鏡では観測が困難だった遠方の天体の詳細な観測を可能とします。
その圧倒的な集光力と空間分解能により、“TOI-2490 b”のような褐色矮星の詳細な観測を実現してくれるはずです。
その観測では、大気中の風速や雲の分布などを調べることで、大気力学や気象現象を理解することができると期待されています。

“TOI-2490 b”は、非常に高い離心率を持ち、褐色矮星砂漠に位置する特異な褐色矮星です。
次世代望遠鏡などを用いた今後の観測により、その形成過程や進化の歴史、主星の相互作用について、新たな知見が得られるはずです。
巨大ガス惑星と恒星の中間に位置する天体“褐色矮星”について謎の解明が期待されますね。


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どの銀河も物質の密度は中心から外縁に向かって一定の割合で減少している? ダークマターと星の相互作用に関する新たな知見

2024年08月27日 | 銀河・銀河団
これまで、天文学者たちの頭を悩ませてきたことがあります。

それは、銀河内の物質の密度が中心から外縁に向かって一定の割合で減少していること。
このことは、銀河によって年齢や形状、大きさ、星の数が様々なことを考えると、不可能に思える現象でした。

この謎を解くため、今回の研究では星とダークマターが互いに影響し合い、規則的な質量構造を作り出しているという説を立てています。

でも、この説を裏付けるメカニズムは、これまで発見されていませんでした。

そこで研究チームは、チリの超大型望遠鏡“VLT”を用いて22個の銀河を詳細に観測。
銀河の質量構造におけるダークマターと星の分布の関連性を調査しています。

その結果、質量密度の類似性は銀河自体ではなく、天文学者が銀河を測定しモデル化する方法に起因することが分かってきます。
銀河全体の質量密度プロファイルは、星の質量構造とは無関係に、ダークマターの量と強い相関を持つことも明らかになりました。

どうやら、過去の単純化されたモデルでは、銀河の複雑さをとらえきれていなかったため、誤った測定結果が得られていたようです。
本研究により、銀河の進化におけるダークマターの役割について、新たな知見が得られるかもしれません。
この研究は、マッコリ―大学のASTRO 3D研究者であるCaro Derkenne博士を中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に“The MAGPI survey: evidence against the bulge–halo conspiracy”として掲載されました。DOI:10.1093 / mnra / stae1836
図1.超大型望遠鏡“VLT”がとらえた画像の一つ。大質量銀河が群れを成している様子が写っている。中心にある銀河は、それぞれ太陽の約1250億倍の質量を持つ(ダークマターを含む)。(Credit: Trevor Mendel, ANU)
図1.超大型望遠鏡“VLT”がとらえた画像の一つ。大質量銀河が群れを成している様子が写っている。中心にある銀河は、それぞれ太陽の約1250億倍の質量を持つ(ダークマターを含む)。(Credit: Trevor Mendel, ANU)


なぜ多くの銀河で質量密度の減少の仕方が類似しているのか

宇宙に存在する銀河は、その中心部に星が密集するバルジ、それを取り巻く円盤状のディスク、そして銀河全体を包み込むように広がるダークマターハローという、大きく分けて3つの構造から成り立っています。

これらの構造は、銀河の形成と進化の歴史を理解する上で重要なカギを握っています。
でも、その質量分布、特にダークマターの分布については、まだ多くの謎が残されていました。

約25年前のこと、天文学者たちは銀河の形態や進化の歴史が大きく異なるにもかかわらず、その質量プロファイル、すなわち中心部から外縁部にかけての質量密度の減少の仕方が、多くの銀河で驚くほど類似しているという不可解な現象に気付きます。
この謎に対する一つの解釈として提唱されたのが、“バルジ―ハロー共謀”と呼ばれる仮説でした。

この仮説が指摘しているのは、ダークマターと星の分布が互いに説明のつかない方法で相互作用し、補完し合うように調整されていること。
これにより、規則的な質量構造が生まれているというものでした。

でも、この“バルジ―ハロー共謀”が具体的にどのようなメカニズムで実現されているのかは不明量なので、仮説の域を出ていません。


銀河の質量分布の精密な解析

この“バルジ―ハロー共謀”仮説を検証するため、今回の研究で用いているのは南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設された超大型望遠鏡“VLT”。
研究チームは、“MAGPI; Middle Ages Galaxy Properties with Integral field spectroscopy”サーベイと呼ばれるプロジェクトで取得されたデータを用いて、銀河の質量分布の精密な解析を行っています。

このサーベイは、宇宙の“中世”に当たる赤方偏移z~0.3(※1)の銀河を観測対象としていて、“VLT”に搭載された3次元分光装置“MUSE; Multi Unit Spectroscopic Explorer”が用いられています。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
“MUSR”の特徴は、1ピクセルごとにスペクトルが取得できることにあります。
このため、銀河の運動を詳細に調べることが可能となり、これまでの観測では解明が難しかった銀河の内部構造を明らかにする強力なツールとなっています。

解析に用いられたのは、MAGPIサーベイで観測された銀河のうち22個のデータ。
銀河の重力ポテンシャルと星の軌道を計算することで、銀河の質量分布を詳細に推定する手法ににより解析を実施しています。

これまでのジーンズモデルでは、銀河の形状を軸対象と仮定したり、軌道構造に関する制約が大きすぎるなどの問題点がありました。
一方、シュヴァルツシルト軌道モデルでは、銀河の形状をより現実に近い三軸不等楕円体として扱うことができ、軌道構造についてもより自由度の高いモデリングが可能となっています。


質量分布は銀河の形成や進化の歴史によって大きく異なる

MAGPIサーベイのデータとシュヴァルツシルト軌道モデルを用いた解析の結果、銀河の質量分布は、これまで考えられていたほど均一ではなく、ダークマターの分布も銀河によって大きく異なることが明らかになりました。

銀河によって大きく異なっていたのは、ダークマターの密度が星の密度を上回る半径“クロスオーバー半径”でした。

ある銀河では、クロスオーバー半径は銀河の明るさの半分を含む半径“有効半径”よりも内側に位置しているに対し、別の銀河ではクロスオーバー半径が10有効半径以上も外側に位置しているケースも確認されています。

このことから、“ダークマターと星の分布が互いに補完し合うように調整されている”という“バルジ―ハロー共謀”は否定。
“銀河の質量分布、特にダークマターの分布は、銀河の形成や進化の歴史によって大きく異なる”ことが示唆されました。


ダークマターハローが銀河の質量分布に与える影響

本研究では、ダークマターハローの質量分布を記述するため、“NFW; Navarro-Frenk-White”プロファイルと呼ばれるモデルを用いています。

これは、ダークマターハローの質量密度が中心から一定の法則に従って減少していくことを表すモデルで、その形状は銀河の進化や環境によって変化すると考えられています。

これまでの研究では、ダークマターハローの形状を平均的なものと仮定することで、銀河の質量分布を単純化しようとする試みもありました。

でも、今回の研究結果が示すように、ダークマターハローの形状は銀河によって大きく異なっていて、単純化されたモデルでは銀河の質量分布を正確に記述できないことが明らかになりました。

また、本研究では銀河の質量密度プロファイルの傾き、すなわち中心部から外縁部にかけての質量密度の減少の度合いも、銀河によって大きく異なることが明らかになっています。
これは、“バルジ―ハロー共謀”仮説が前提としていた点、質量密度プロファイルの傾きがある程度均一であることと矛盾するものです。

質量密度プロファイルの傾きは、総質量密度プロファイルの傾き(γtot)と星の質量密度プロファイルの傾き(γ*)に分けて考えることができます。(※2)
※2.総質量密度プロファイルの傾き(γtot)は、銀河のバリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)成分とダークマターハローの両方の寄与を含んでいる。星の質量密度プロファイルの傾き(γ*)は星の分布にのみを表していて、ダークマターハローの影響は含まれない。
本研究では、総質量密度プロファイルの傾きのバラつき(σtot=0.30±0.03)は、星の質量密度プロファイルの傾きのバラつき(σ*=0.19±0.02)よりも大きいことが報告されています。
この値は、“バルジ―ハロー共謀”仮説が予測する結果とは反対で、ダークマターハローが銀河の質量分布に与える影響は、単純な共謀関係では説明できないことを示唆しています。

そこで、研究チームが指摘しているのは、質量密度プロファイルの傾きのバラつきが、銀河の形成史や環境、特にダークマターハローの形成過程の違いを反映している可能性があること。
例えば、銀河同士の合体や銀河団のような高密度環境における銀河間相互作用は、ダークマターハローの形状や質量分布に影響を与え、ひいては質量分布プロファイルの傾きにも影響を与える可能性があります。


本研究では、他にも以下のような重要な知見が得られています。

ダークマターの占める割合

有効半径内のダークマターの質量割合(fDM(r<Re))の平均値は10%、標準偏差は19%と報告されています。
この値は、局所宇宙の銀河サーベイ“MaNGA”の結果と類似していますが、“SAMI”サーベイの結果よりも低い値となっています。

この違いは、観測対象となった銀河のサンプルの違いや、質量推定に用いられた手法の違いなどが影響している可能性があります。
例えば、“SAMI”サーベイでは本研究よりも多くの銀河が観測されていますが、質量推定にはジーンズモデルが用いられています。


銀河の形状と軌道構造

シュヴァルツシルト軌道モデルを用いることで、銀河の三次元的な形状と、その内部における星の軌道構造を詳細に調べることが可能になりました。

本研究で解析対象となった22個の銀河のうち、わずか3個だけが真に扁平な形状(扁球形)で、残りの銀河は程度の差こそあれ全てが三軸不等楕円体であることが明らかになっています。

さらに、明らかになったのは、銀河の形状と軌道構造の間には密接な関係があること。
扁平な銀河は回転運動が支配的であるのに対し、より複雑な形状を持つ銀河ではランダムな運動をする星が多い傾向が見られました。

これは、銀河の形成過程におけるダークマターの重力相互作用が、星の軌道運動に影響を与えていることを示唆しています。


ジーンズモデルとシュヴァルツシルト軌道モデルの比較

同じ銀河の質量分布を、ジーンズモデルとシュヴァルツシルト軌道モデルを用いて推定した場合、その結果に無視できない差が生じるケースが確認されています。

これは、これまでのジーンズモデルに基づく研究では、銀河の質量分布、特にダークマターの分布が最小評価されていた可能性を示唆しています。

銀河の質量分布を推定する上で簡便で広く用いられてきた手法がジーンズモデルです。
でも、ジーンズモデルは銀河の形状を軸対象と仮定したり、軌道構造に関する制約が大きすぎるなどの問題点がありました。

一方、本研究で用いられたシュヴァルツシルト軌道モデルは、より現実に近い銀河のモデリングが可能で、より正確な質量分布の推定を可能にします。

今回の研究は、“バルジ―ハロー共謀”仮説を否定し、銀河の質量分布、特にダークマターの分布が銀河によって大きく異なることを示しました。

でも、銀河の形状や進化の歴史が、具体的にどのようにダークマターハローの形状や質量分布に影響を与えるのか、その詳細なメカニズムは未解明のままです。

今後、より多くの銀河の観測データを取得し、シュヴァルツシルト軌道モデルのような高精度な解析手法を用いることで、ダークマターハローの形状と銀河の進化の関係を、より詳細に解明していくことが期待されます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような次世代の観測装置を用いれば、より遠方(初期)の宇宙に存在する銀河を観測することが可能になります。
初期宇宙の銀河の質量分布を調べることで、ダークマターハローがどのように形成され、銀河の進化にどのように関わってきたのかを解明する上で重要な手掛かりが得られるはずです。


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ハッブルテンションは存在しない!? ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いたハッブル定数の測定から分かったこと

2024年08月25日 | 宇宙 space
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを用いて、宇宙の膨張率を示す“ハッブル定数”を新たに測定しています。

研究チームは、セファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星という3種類の天体を用いて、10個の近傍銀河までの距離を測定。
いずれも、これまでで最も正確とされる宇宙の膨張率の値、メガパーセクあたり秒速70キロメートル(70km/s/Mpc)と算出されました。

この値は、宇宙マイクロ波背景放射の観測に基づくハッブル定数の推定値と誤差範囲内で一致。
観測方法によってその値が異なるという大きな問題“ハッブルテンション(Hubble tension)”と呼ばれる矛盾は、存在しない可能性を示唆していました。

今回の研究結果は、宇宙の進化に関する標準的な宇宙論モデルが正しい可能性を支持するもの。
宇宙の年齢や進化を解き明かす上で、ハッブル定数の正確な値を把握することは現代宇宙論における最重要課題の一つで、本研究はその謎に迫るための重要な一歩と言えます。

今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による更なる観測によって、“ハッブルテンション”の有無や、宇宙論への影響について検証を進める必要があるようです。
この研究は、シカゴ大学のWendy L. Freedmanさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“Status Report on the Chicago-Carnegie Hubble Program (CCHP): Three Independent Astrophysical Determinations of the Hubble Constant Using the James Webb Space Telescope”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2408.06153
図1.今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測した新しいデータを用いて、上の銀河“NGC 3972”を含む10個の銀河からの光を測定することで、宇宙が時間とともに膨張している速度を新たに読み取っている。(Credit: Yuval Harpaz, data via JWST)
図1.今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測した新しいデータを用いて、上の銀河“NGC 3972”を含む10個の銀河からの光を測定することで、宇宙が時間とともに膨張している速度を新たに読み取っている。(Credit: Yuval Harpaz, data via JWST)


宇宙の膨張速度“ハッブル定数”と“ハッブルテンション”という問題

私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。

宇宙の膨張速度は、1929年に天文学者エドウィン・ハッブルが遠方の銀河の距離と後退速度の関係を発見したことに因んで“ハッブル定数”と呼ばれています。
以来、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、様々な観測技術を駆使し宇宙の広大さに挑み続けることになります。

宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。

初期の観測では、セファイド変光星と呼ばれる、周期的に明るさが変化する星が重要な役割を果たしています。
セファイド変光星は、その周期と明るさの間に明確な関係があることが知られていて、この関係を利用することで、地球から銀河までの距離を測定することが可能になります。

でも、セファイド変光星を用いた測定には、星間物質による減光の影響など、様々な誤差要因が含まれていたんですねー
このことから、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、Ia型超新星と呼ばれる非常に明るい天体現象を利用した測定方法を用いるようになります。

白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。

Ia型超新星は爆発直前の質量がどれも一定となるので、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
このことから、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれ、“クエーサー”や“ガンマ線バースト”なども標準光源として利用されています。

超新星は明るい現象で、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、Ia型超新星は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。
さらに、Ia型超新星を用いると、セファイド変光星よりも遠方の銀河までの距離を測定することが可能でした。

現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで観測しても一定になるはずです。
でも、実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(セファイド変光星による)と、遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には、大きな食い違いがあることが分かっています。

どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないので、食い違いが生じる理由は分かっていません。
この食い違いによる問題は“ハッブルテンション”と呼ばれ、宇宙論研究者を悩ませてきました。


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた赤外線観測

ハッブルテンション問題の解決には、より高精度なハッブル定数の測定が不可欠となります。

そこで、研究者たちが期待を寄せているのが、2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡です。
この望遠鏡は、高い赤外線感度と高性能な分光器を持ち、遠方の深宇宙を観測することができます。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の優れた赤外線観測能力を活用し、ハッブル定数測定に新たなアプローチを試みています。
具体的には、これまでのセファイド変光星に加えて、赤色巨星分枝の先端と呼ばれる星と、炭素星と呼ばれる星の明るさを利用し、3つの独立した手法でハッブル定数を測定しています。

赤色巨星分枝の先端は、太陽程度の質量を持つ星が進化の最終段階で到達する明るさの限界値です。
一方の炭素星は、その大気に炭素を多く含む赤色巨星の一種で、近赤外線波長で非常に明るく観測されます。

これらの星は、セファイド変光星とは異なる物理的メカニズムに基づいていて、系統誤差を抑えながらハッブル定数を測定することが期待されています。

研究チームは、10個の近傍銀河をターゲットとし、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いてセファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星の観測を実施。
その結果、3つの手法から得られたハッブル定数は、誤差の範囲内で非常によく一致していて、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの質の高さと、3つの手法の信頼性を強く示唆する結果となりました。

測定の結果は、セファイド変光星のハッブル定数(H0)は72.05±1.86km/s/Mpc、赤色巨星分枝の先端のハッブル定数(H0)は69.85±1.75km/s/Mpc、炭素星のハッブル定数(H0)は67.96±1.57km/s/Mpc。
これらの値は、宇宙マイクロ波背景放射に基づく測定結果と矛盾しない範囲にあり、ハッブルテンション問題の解決に向けて重要な示唆を与えてくれました。


高精度な観測データの蓄積と解析の進展へ

本研究の結果は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による高精度な観測データが、ハッブル定数測定の精度向上に大きく貢献し、宇宙論の標準モデルの検証に重要な役割を果たすことを示しています。

ただ、現時点ではジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データは、ハッブルテンション問題を完全に解消するには至っていません。
それでも、今後の観測データの蓄積と解析の進展によって、より正確なハッブル定数の値が得られ宇宙論の標準モデルの検証が進むことが期待できます。

今後の研究の方向性として、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などの観測データを用いることが重要と言えます。
これにより、セファイド変光星の周期-光度関係の精度をさらに向上させることが期待できます。
セファイド変光星を用いた距離測定の精度向上は、ハッブル定数測定の精度向上にも貢献するはずです。

また、より多くのIa型超新星の宿主銀河を観測し、赤色巨星分枝の先端やセファイド変光星、炭素星を用いた距離測定を行うことで、ハッブル定数の統計誤差を減らすことも重要です。
現在のサンプル数は限られていますが、将来的な観測計画によってサンプル数を増やし、より信頼性の高い統計解析を行うことができるはずです。

さらに、観測データの解析手法を改良し、系統誤差をさらに抑制することで、ハッブル定数測定の精度を極限まで高めることも期待されます。
星間物質による減光の影響や観測機器の特性に起因する系統誤差などを、詳細なモデリングや較正作業を通じて抑制していくことが重要といえます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、宇宙論研究に革命をもたらす可能性を秘めています。
ハッブル定数測定における本研究の成果はその可能性を示す端的な例で、今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測成果に大きな期待が寄せられます。

ハッブル定数の謎を解き明かすことは、宇宙の過去、現在、未来を理解することに繋がる重要な課題です。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の運用により、宇宙の謎を解き明かすための新たな章を歩み始めたと言えます。


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見つかった水和鉱物は小惑星内部に由来する? “プシケ”は本当に衝突によって外層を失った原始惑星の金属コアなのか

2024年08月23日 | 太陽系・小惑星
今回の研究では、NASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを用いて、金属を多く含む小惑星“プシケ”の表面に水酸基分子を発見しています。
この発見は、水を多く含む炭素質コンドライトとの衝突によって、“プシケ”に水和鉱物がもたらされた可能性を示唆していました。

“プシケ”は、火星と木星の間の軌道を公転する小惑星帯の中で最も大きな天体の一つで、かつては原始惑星であった可能性が科学者により指摘されていました。

もし、発見された水和鉱物が“プシケ”内部に由来する場合、この小惑星はこれまで考えられてきたような原始惑星の核の名残りでないことになります。

このため、“プシケ”の表面に水が存在することは、この小惑星の形成過程や太陽系の歴史について、これまでのモデルとは異なる複雑な進化の歴史を物語っている可能性があります。

この研究結果は、2029年8月に“プシケ”に到達する予定のNASAの小惑星探査機“Psyche(サイキ)”によるミッションに重要な情報を提供するもの。
“プシケ”の組成と太陽系内での水の分布を理解することは、太陽系外における水の分布、ひいては地球外生命体の探査において重要な手掛かりとなるはずです。
この研究は、ハーバード&スミソニアン天体物理学センターのStephanie G. Jarmak博士を中心とする研究チームが進めています。
本研究の詳細は、太陽系や他の惑星系に関する最新の研究などを扱っている“Planetary Science Journal”に“Estimate of water and hydroxyl abundance on asteroid (16) Psyche from JWST data”として掲載されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.12162
図1.サウスウエスト研究所が率いる研究チームは、NASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(この図の右下)を用いて、火星と木星の間に広がる小惑星帯を公転する巨大で金属質の小惑星“16 Psyche(プシケ)”の表面に、水和鉱物が存在することを確認。この発見は、興味深い小惑星の複雑な歴史を示唆している。多くの科学者は水和した小惑星との衝突を含め、原始惑星の残骸コアではないかと考えている。(Credit: Southwest Research Institute)
図1.サウスウエスト研究所が率いる研究チームは、NASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(この図の右下)を用いて、火星と木星の間に広がる小惑星帯を公転する巨大で金属質の小惑星“16 Psyche(プシケ)”の表面に、水和鉱物が存在することを確認。この発見は、興味深い小惑星の複雑な歴史を示唆している。多くの科学者は水和した小惑星との衝突を含め、原始惑星の残骸コアではないかと考えている。(Credit: Southwest Research Institute)


小惑星“プシケ”の組成に関する謎

“プシケ”は、そのスペクトルが鉄隕石と類似していることから、かつては巨大な原始惑星が他の天体との衝突によって外層を失い、金属質のコアが露出した天体だという仮説が有力でした。
この仮説は、“プシケ”の高いレーダーアルベド(太陽光を反射する割合)や、推定される高い密度からも支持されていました。

でも、その後の詳細な観測によって、“プシケ”の組成に関する新たな知見がもたらされるんですねー

“プシケ”の密度に関する推定値には観測方法や解析手法によってバラ付きあがり、必ずしも金属を主成分とする天体と一致しない可能性が指摘されています。

初期の推定値として報告されていた密度は、4.0±0.2g/cm3という高いもの。
でも、その後の研究では3.88±0.25g/cm3という、やや低い密度が推定されています。

密度が低い方の値だと、“プシケ”が金属を主成分とするには非現実的に高い空隙率が必要となることに…
そう、これまでの仮説に疑問が投げかけられる結果になってしまいます。
また、“プシケ”の表面には、ケイ酸塩鉱物の存在を示唆するスペクトル特性も検出されています。

これらの観測結果を踏まえ、“プシケ”は純粋な金属コアではなく、ケイ酸塩鉱物などの非金属成分をある程度含む、より複雑な組成を持つ可能性が浮上してきています。


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による赤外線による観測

2023年3月には、“プシケ”の謎を解明するため最新のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた観測が行われ、“プシケ”の表面組成に関する詳細なデータを取得しています。

2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、高い赤外線感度と高性能な分光器を持つ宇宙望遠鏡です。
遠方の深宇宙だけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしています。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いた観測では、“プシケ”のスペクトルにおいて3μm付近に明確な吸収帯が検出されています。

この吸収帯は、水酸基(OH)を含む鉱物、あるいは水分子(H2O)の存在を示唆するもので、“プシケ”の表面に水和物が存在することを強く示唆するものでした。

3μmの吸収帯の深さは、2回の観測を通じて4.3%~6%の間で変動していて、これは他の大気のない天体における水素量の推定値と一致しています。

この吸収帯は、CY型、CH型、CB型の炭素質コンドライトに見られる吸収線と形状が類似していることから、これらの隕石に見られるような水和鉱物が“プシケ”の表面にも存在する可能性を示していました。

また、吸収帯の形状は、熱変成作用によって変化した2.7μmのシャープな吸収帯である可能性も指摘されていて、これは“プシケ”の表面が過去に熱的な影響を受けている可能性を示唆しています。

一方で6μm付近の吸収線は、水分子(H2O)の存在を明確に示す指標となります。
でも、今回のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線観測装置“MIRI”による観測では、この波長域での有意な吸収線は検出されませんでした。

データの標準偏差に基づくと、検出限界以下の水が存在する可能性があり、その上限は39ppmと推定されています。
この値は、月の水分子量(約100~400ppm)の半分以下で、S型小惑星で検出された水分子量(約450ppm)よりも一桁低いもの…
この結果は、“プシケ”の表面に水分子が存在しないか、あるいは存在量が非常に少ないことを示唆しています。

ただ、水分子は検出限界以下の量しか存在しない、較正パイプラインのバージョン問題で水分子の検出が困難になっている、観測された“プシケ”の半球にのみ水分子が存在しない、6μm付近の他のスペクトル吸収線と重なっている、といった可能性も考えられます。

これらの可能性踏まえると、現時点では“プシケ”の表面における水分子量の正確な値や分布は、不明確と言わざるを得ません。
今後の小惑星探査機“Psyche(サイキ)”による詳細な観測が待たれます。


水和の起源は外因性によるものか内因性なのか

“プシケ”の表面に水和の兆候が見られたことから、その起源が外因性によるものなのか、内因性によるものなのかという議論が活発化しています。

“プシケ”は、水を含む炭素質コンドライトなどの小惑星や彗星の衝突によって、外部から水酸基や水分子がもたらされた可能性があります。

“プシケ”の近傍には、水を含むとされるC型小惑星が多く存在しています。
このことから、これらの天体との衝突によって“プシケ”の表面に水和物がもたらされた可能性は十分に考えられます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測では、“プシケ”の表面における水和の分布にバラツキがみられています。
なので、局所的な天体衝突によって水和物がもたらされた可能性もあります。

一方、“プシケ”は太陽系のスノーライン(水が液体から固体になる境界)を超えた外側領域で形成され、その過程で水や水酸基を含む鉱物を内部に取り込み、その後に現在の小惑星帯に移動してきた可能性も考えられます。

もし、“プシケ”の水和が内因性起源だとすると、これまで考えられていたような金属質のコアではなく、より始原的な物質を含む天体の可能性があります。

“プシケ”の水和の起源を特定することは、その形成過程や進化の歴史を理解する上で非常に重要なことと言えます。


探査機“Psyche(サイキ)”による小惑星“プシケ”の観測

2023年10月に打ち上げられたNASAの小惑星探査機“Psyche(サイキ)”は、2029年8月に小惑星“プシケ”に到達し、その組成や内部構造、地質、磁場などを詳細に調査する予定です。

“Psyche(サイキ)”には、高解像度イメージングや分光観測、磁場計測、重力場計測などの様々な観測機器が搭載されています。

可視光から近赤外線までの波長域で“プシケ”の表面を撮影する“Multispectral Imager”により、その地形や鉱物組成、空間的なバラツキなどを詳細に調べることができます。

“プシケ”の表面から放出されるガンマ線と中性子を測定するのが“Gamma Ray and Neutron Spectrometer”です。
これにより、“プシケ”の元素組成や、特に金属元素の存在量や分布を明らかにします。

“Magnetometer”により“プシケ”の磁場を測定することで、その内部構造、特に金属核の有無や大きさを推定することができます。

また、“Psyche(サイキ)”の電波を利用して“プシケ”の重力場を測定(Radio Science)することで、その内部構造や質量分布を明らかにすることができます。

これらを用いた観測により、“プシケ”の起源、進化、そして太陽系の歴史における役割について、より深い理解を得ることが期待されています。


惑星系形成の普遍的なメカニズムの解明へ

“Psyche(サイキ)”による探査は、“プシケ”という天体を探査するだけでなく、太陽系全体の進化史、ひいては惑星系形成の普遍的なメカニズムを解明するための重要なカギとなるはずです。

“プシケ”が本当に原始惑星の金属コアだとすると、その詳細な調査によって、惑星形成の初期段階における金属コアの形成過程や、その後の進化について貴重な情報を得ることができます。

さらに、“プシケ”の組成や内部構造に関する情報は、地球などの岩石惑星の形成過程や、金属コアとマントルの分離メカニズムを理解する上でも重要な手掛かりとなります。

また、“プシケ”の探査で得られた知見は、太陽系外惑星系の形成と進化の理解にも貢献するはずです。

“プシケ”探査は、単に太陽系科学における長年の謎を解き明かすだけでなく、惑星科学全体に大きな進歩をもたらすことが期待されます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“プシケ”の観測は、その表面に水和の兆候があることを明らかにし、この金属質の小惑星がこれまで考えられていたよりも複雑な歴史を持つ可能性を示唆しました。

“プシケ”の起源や組成、そして水和の起源に関する謎は、今後“Psyche(サイキ)”の詳細な探査によって解き明かされることが期待されます。
NASAの小惑星探査ミッション“Psyche(サイキ)”は、惑星科学の新たな時代を切り開く重要なミッションとなるはずですよ。


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低温な恒星で発生するフレアほど遠紫外線放射が強くなる!? 赤色矮星が惑星に与える影響から生命が居住可能なのかを考えてみる

2024年08月21日 | 宇宙 space
今回の研究では、赤色矮星のフレアが、これまで考えられていたよりもはるかに強いレベルの遠紫外線放射を伴う恒星フレアを生成する可能性があることを発見しています。

この発見が示唆しているのは、これらフレアからの強い紫外線が周辺の惑星の居住可能性に大きな影響を与える可能性があることでした。

フレアからの遠紫外線放射は、一般的に想定されているよりも平均で3倍強力で、想定されるエネルギーレベルの最大12倍に達する可能性があることが示されました。

この強力な遠紫外線放射の正確な原因は、まだ明らかになっていません。
研究チームが考えているのは、フレアの放射線が特定の波長に集中していることが原因となること。
このことは、炭素や窒素などの原子の存在を示唆していると考えています。
この研究は、ケンブリッジ大学のVera L. Bergerさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に“Stellar flares are far-ultraviolet luminous”として掲載されました。DOI:10.1093 / mnra / stae1648
図1.強力なフレアを連続して放つ赤色矮星(イメージ図)。(Credit: Scott Wiessinger/NASA)
図1.強力なフレアを連続して放つ赤色矮星(イメージ図)。(Credit: Scott Wiessinger/NASA)


太陽よりも小さく表面温度の低い恒星

表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼びます。
実は、宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星になるんですねー
太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがあります。

ハビタブルゾーンとは、恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域のこと。
この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられています。
太陽系のハビタブルゾーンは地球から火星軌道の間にあたります。

赤色矮星は数兆年に達するとも考えられている長い寿命を持つことから、生命が芽吹くのに必要な時間が十分にあると言えます。
さらに、その数の多さから、生命が存在する可能性のある惑星を探す上で、重要なターゲットと見られています。

これまでの研究では、赤色矮星のハビタブルゾーンに位置する惑星は、潮汐力によって常に同じ面を恒星に向けている“潮汐ロック”と呼ばれる状態にある可能性が高いと考えられてきました。

潮汐ロックを受けた惑星では、昼側は常に恒星に照らされて高温となり、夜側は常に陰になって極寒になるので、生命の存在には厳しい環境となる可能性があります。
でも、近年では惑星の自転や大気の循環によって、潮汐ロックされた惑星でもより穏やかな気温分布が実現される可能性も指摘されています。

赤色矮星はフレアと呼ばれる恒星表面の爆発現象を頻繁に起こす傾向があります。
ただ、フレアの発生頻度、惑星の大気や磁場の環境などを考慮した居住可能性の定量的な評価は行われてきませんでした。

このようなこともあり、赤色矮星を公転する惑星の居住可能性については、現在も活発な議論が続いています。


恒星表面で発生する突発的なエネルギー放出現象

赤色矮星は、生命が居住可能な惑星を持つ可能性を秘めている一方で、生命の存在にとって大きな脅威となる可能性も持っています。
その一つが、恒星表面で発生する突発的なエネルギー放出現象“恒星フレア”です。

恒星フレアは、太陽フレアと同様に磁場のエネルギーが解放されることで発生すると考えられています。
フレアが発生すると、電磁波を含む大量のエネルギーが放出され、その中には生命に有害な紫外線も含まれています。

紫外線は、その波長によりUV-A(315~400nm)、UV-B(280~315nm)、UV-C(100~280nm)の3種類に分類されています。

最もエネルギーの高いUV-Cは、DNAやRNAなどの生体分子に損傷を与えるので、生命にとって非常に危険です。
地球では上空のオゾン層によって、すべて吸収されるので地表に到達することはありません。
でも、オゾン層を持たない惑星やオゾン層の薄い惑星では、地表にまでUV-Cが到達し、生命に深刻なダメージを与える可能性があります。

UV-Bは、UV-Cほどではありませんが、それでも生命に有害な紫外線です。
日焼けや皮膚がんの原因となることが知られていて、生物のDNAやRNAにも損傷を与える可能性があります。
地球では、オゾン層によってUV-Bの大部分は遮断されていますが、一部は地表にまで到達し生物に影響を与えています。

UV-Aは、UV-Bよりもエネルギーが低く、生命への影響も比較的少ないと考えられています。
皮膚の老化などを引き起こすことが知られていますが、生物の光合成に必要な光エネルギーとしても利用されています。


UV-CとUV-Bの比率は恒星の金属量に大きく依存している

オゾンは酸素原子3個からなる分子で、太陽から放射された紫外線は地球大気中のオゾンの生成と破壊の両方に関わっています。

紫外線のうちUV-Cは、中層大気中でオゾンを生成する役割を担っています。
でも、UV-Bは個々の酸素原子や酸素分子との反応プロセスを通してオゾンを破壊していきます。

このことから、系外惑星の大気でも地球と同じように紫外線が複雑な反応を起こし、影響を与えていると考えることができます。

さらに、全体として金属に乏しい恒星は、金属に富む恒星よりも紫外線を多く放射するという研究報告もあります。
この研究では、オゾンを生成するUV-Cとオゾンを破壊するUV-Bの比率は、恒星の金属量に大きく依存することも示されています。

そう、UV-BとUV-Cの比率は非常に大きな意味を持つことになるんですねー
金属に乏しい恒星ではUV-Cの比率が大きいので、惑星の大気では厚いオゾン層が形成されます。
一方、金属に富む恒星ではUV-Bの比率が大きいので、惑星の大気で形成されるオゾン層ははるかに希薄になってしまいます。

結果的に、金属に富む恒星は金属に乏しい恒星よりも紫外線放射が大幅に少ないにもかかわらず、その周りを公転する惑星ではオゾン層が希薄になるので、惑星表面はより強い紫外線にさらされることになります。

金属(重元素)は、恒星内部の核融合反応によって数十億年かけて合成された後、恒星から流れ出る恒星風や超新星爆発を通して宇宙空間に放出されていき、次の世代の恒星や惑星の材料になります。

そのため、新しい世代の恒星は、その前の世代の恒星が作り出した金属を含む材料から形成されることに…
つまり、恒星に含まれる金属の量は、恒星が世代を重ねるごとに増えていくことになります。

そう、宇宙全体で見れば金属に富む恒星ばかりが増えていき、恒星系で生命が誕生する確率は宇宙が年老いるにしたがって低下していく可能性もありそうです。


低温な恒星で発生するフレアほど遠紫外線放射が強くなる

これまでの恒星フレアの研究では、その紫外線放射を推定する際に、約9000Kの黒体放射を仮定することが一般的でした。
黒体放射とは、理想的な熱放射体から放射される電磁波のスペクトルで、温度によってその強度分布が変化します。

今回の研究では、2003年~2013年にかけて運用されたNASAの紫外線天文衛星“GALEX”のアーカイブデータを用いて、この仮定が必ずしも正しいとは限らないことを明らかにしました。

研究チームは、“GALAEX”が取得した太陽系近傍の約30万個の恒星のデータから、182個のフレアを検出。
その紫外線放射を詳細に分析しています。

“GALAEX”は、近紫外線(NUV:1750~2750Å)と遠紫外線(FUV:1350~1750Å)の二つの波長帯で、同時に観測を行うことができました。

研究チームは、この二つの波長帯におけるフレア発生時のエネルギー流束の比率(FUV/NUV)に着目。
その結果、FUV/NUVの比率は、平均でこれまで想定されていた9000Kの黒体放射から予測される値の約3倍に達することが明らかになります。
さらに、最大で12倍に達するケースも確認され、一部のフレアではFUV放射がNUV放射を上回ることもありました。

スペクトル型は、恒星の表面温度や色に基づいて分類されるもので、O型、B型、A型、F型、G型、K型、M型の順に表面温度が低くなります。

本研究で見られたのは、スペクトル型が後期の恒星(表面温度の低い恒星)ほど、FUV/NUVの比率が高くなる傾向でした。
この結果は、これまでの9000Kの黒体放射を仮定したモデルでは説明できないもの。
赤色矮星のように低温な恒星で発生するフレアほど、FUV放射が強くなることを示唆していました。

それでは、これほどFUV放射が強いのは、なぜでしょうか?

研究チームでは、その原因を特定するには至っていません。
ただ、フレアの発生メカニズムや、フレアが発生している恒星の特性と関連がある可能性を考えています。

考えられる要因の一つとして、フレアが発生する際に特定の波長にエネルギーが集中していることが挙げられます。
この場合、炭素や窒素などの原子が豊富に存在する領域でフレアが発生すると、FUV放射が特に強くなる可能性があります。

また、フレアが発生する恒星の磁場の構造や強度も、FUV放射の強さに影響を与えている可能性があります。
赤色矮星は、太陽よりも磁場が強いことが知られていて、これがフレアのエネルギーやスペクトルに影響を与えている可能性もあります。


遠紫外線放射による系外惑星の大気浸食

赤色矮星を公転する惑星に生命は居住可能なのでしょうか。
今回の発見は、この可能性に関するこれまでの認識を大きく変える可能性があります。

強力なFUV放射は、惑星の大気を徐々に剥ぎ取る効果があります。
大気は惑星表面の温度を一定に保ち、有害な宇宙線から生命を守る役割を担っているので、その損失は生命の存在にとって深刻な問題となります。

これまでの研究では、9000Kの黒体放射を仮定したモデルに基づき、大気浸食の影響を受けると考えられていた赤色矮星系の数は限られていました。
でも、今回の研究結果によれば、これまで想定されていたよりもはるかに広範囲の赤色矮星系で、大気浸食が進行している可能性があります。

一方、紫外線は生命の遺伝情報を担うDNAと密接に関連するRNAの構成要素の形成を促進する可能性も指摘されています。
RNAは、生命の起源において重要な役割を果たしたと考えられています。

紫外線によるRNA構成要素の生成は、地球上の生命の誕生にも関与した可能性があります。
地球が誕生したばかりの頃、太陽は現在よりも活発で、より多くの紫外線を放射していました。
この紫外線が原始地球の海の中でRNAの構成要素を作り出し、生命の誕生へとつながった可能性も考えられます。


次世代の紫外線天文衛星による観測

今回の研究が明らかにしたのは、赤色矮星のフレアがこれまで考えられていたよりもはるかに強い遠紫外線放射を伴うことでした。
この発見は、赤色矮星を公転する惑星の居住可能性に大きな影響を与えることになるので、今後の研究の進展が期待されます。

研究の課題として、以下の事項を挙げることができます。

赤色矮星のフレアで、FUV放射がこれほど強くなるメカニズムを解明する必要があります。
それには、フレアの発生メカニズム、磁場の構造と強度の影響、特定の波長におけるエネルギー集中など、様々な可能性を検討し、詳細な観測データに基づいた検証が必要となります。

また、フレアが居住可能性に与える影響を正確に評価するには、フレアの発生頻度や強度を把握することが重要です。
それには、長期的な観測データを取得し、フレアの発生頻度や強度の統計的な分析を行う必要があります。

FUV放射増加が、惑星の気候、大気組成、生命活動に具体的にどのような影響を与えるのか、詳細なシミュレーションや観測が必要となります。
それには、FUV放射による大気加熱や散逸、オゾン層破壊、地表への紫外線到達量の変化などを定量的に評価する必要があります。

これらの課題に取り組むには、次世代の紫外線天文衛星による観測が不可欠です。
2027年に打ち上げ予定の“ULTRASAT”、そして“MANTIS”といった観測プロジェクトは、赤色矮星のフレアに関する理解を飛躍的に進展させると期待されています。

“ULTRASAT”が搭載する広視野の紫外線望遠鏡は、10万個以上の恒星を同時に観測することができます。
これにより、これまでとらえることができなかった短時間で変化するフレア現象を、詳細に観測することができます。
また、フレアの発生頻度や強度に関する統計的な分析も、大きく前進すると期待されています。

“MANTIS”は紫外線だけでなく可視光線や赤外線など、より幅広い波長で観測を行うことができます。
これにより、フレアに伴う様々な現象を多角的にとらえ、そのメカニズムを解明することが期待されます。
また、“MANTIS”はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡と連携して観測を行う計画もあり、FUV放射の増加が惑星大気に与える影響を詳細に調べる上でも重要な役割を果たすはずです。

今後、“ULTRASAT”や“MANTIS”といった次世代の宇宙望遠鏡による観測や詳細な数値シミュレーションを通じて、赤色矮星のフレアに関する理解を深め、その影響を正確に評価していくことが、地球外生命の探索を進める上で非常に重要といえます。


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