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地球外生命の痕跡は木星の衛星エウロパと土星の衛星エンケラドスの表面付近で生き延びている可能性があるようです

2024年07月20日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
木星の衛星エウロパと土星の衛星エンケラドスは、氷の外殻の下に海が存在していると考えられている天体です。
そして、その地下の海には生命の存在が期待されているんですねー

今回の実験が示唆しているのは、これらの海が生命を支えているのであれば、有機分子(アミノ酸、核酸など)の形でその生命の痕跡が、これらの惑星の過酷な放射線にもかかわらず、表面の氷のすぐ下で生き残ることができることでした。

もし、無人探査機が生命の兆候を探すためにこれらの衛星に送られれば、放射線によって変形したり破壊されたりしても生き延びたアミノ酸を見つけるために、それほど深く掘り下げる必要ないようです。

今回の実験に基づくと、エウロパでのアミノ酸の安全なサンプリング深度は、隕石の衝突によって表面があまり乱されていない領域の後半球(木星を周回するエウロパの運動方向と反対の半球)の高緯度地域で約20センチ。
エンケラドスでのアミノ酸の検出には、地下サンプルは必要ありません。
これらの分子は、エンケラドス表面の地表から数ミリ未満の任意の場所で放射線による分解に耐えられるようです。
この研究は、NASAのゴダード宇宙センターのAlexander A. Pavlovさんたちの研究チームが進めています。
図1.2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの南極付近の間欠泉。噴出口から水の氷と水蒸気が吹き上げている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
図1.2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの南極付近の間欠泉。噴出口から水の氷と水蒸気が吹き上げている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)


エウロパとエンケラドスにおける表面付近の放射線環境

エウロパとエンケラドスの氷の地表は、生命が存在するには過酷な環境と言えます。
これは、惑星の磁場に閉じ込められた高速粒子と、深宇宙で発生する星の爆発などの強力なイベントの両方からの放射線によるものです。

エウロパでは、電離放射線は主に木星の放射線帯からの10KeV~100MeVのエネルギーを持つ高エネルギー電子と、より少ない範囲で陽子によって支配されています。

木星の磁気圏によって銀河宇宙線束の大部分は効果的に偏向され、13.1GeVを超えるエネルギーを持つ陽子と6.1GeVを超えるエネルギーを持つアルファ粒子のみが、エウロパの地表に到達することができます。

そして、木星の磁気圏よりもはるかに弱いのが土星の磁気圏です。
このため、エンケラドスでは銀河宇宙線は土星の磁気圏によって部分的にしか偏向されず、3GeVを超えるエネルギーを持つ陽子がエンケラドスの地表に到達することができます。

エンケラドスの地表における土星の放射線帯からの電子のフラックスは、エウロパの地表における高エネルギー電子のフラックスよりもはるかに弱いもの。
具体的には、約1MeVのエネルギーを持つエンケラドスの電子束は、エウロパの対応する電子束よりも約100倍小さく、6MeVの電子のエンケラドスの電子束は、エウロパの電子束よりも1000倍小さいと言えます。

いずれの種類の電離放射線粒子(電子、陽子、アルファ粒子、またはそれらの二次粒子)も、ターゲットの岩石または氷を透過する際に分子を破壊する可能性があります。

このことから、潜在的な有機分子バイオマーカーは、放射線分解によって破壊されるか、認識できないほど変化してしまう可能性があります。


有機物の放射線分解実験

今回の研究では、エウロパとエンケラドスにおける有機物の残存可能性を調べるため、アミノ酸を用いた放射線分解実験を実施しています。

アミノ酸は、地球上の生命がタンパク質を構成するために利用しているので、エウロパやエンケラドスで発見されれば、生命の存在を示唆する証拠となります。

実験では、アミノ酸を-196℃の氷に混ぜて密閉したバイアルにガンマ線を照射。
アミノ酸が分解される速度(放射線分解定数)を測定しています。

過去の同様の実験では、アミノ酸を完全に分解してしまうような高い線量のガンマ線が用いられていました。
でも、今回の実験では、アミノ酸が部分的に変化してしまうだけで生命の痕跡であるかどうかを判断できなくなるという点に着目。
より低い線量のガンマ線が用いられています。

また、微生物の細胞から抽出されたアミノ酸や、ケイ酸塩ダストと混合したアミノ酸を用いた実験も実施。
これは、エウロパやエンケラドスの表面では、隕石の衝突や内部からの物質の噴出によって、ケイ酸塩ダストと氷が混ざり合っている可能性があるためでした。


なぜ、純粋なアミノ酸以外の放射線分解も調べるのか

本研究では、エウロパやエンケラドスの氷の中にあるバイオマーカーの放射線分解をシミュレートするために、純粋なアミノ酸ではなく、死んだ微生物中のアミノ酸の放射線分解を調べています。

その理由は、もしエウロパやエンケラドスに生命が存在するとすれば、バイオ分子は個々の遊離分子としてだけでなく、細胞構造の一部としても氷に組み込まれていると予測されるからです。

氷の中に溶けている死んだ細胞の一部である有機分子の放射線分解率は、氷のマトリックスに溶けている同じ遊離有機分子の放射線分解率とは異なる可能性があります。

例えば、死んだ細胞内のバイオ分子は、細胞膜によって放射線分解によって生成された酸化剤から部分的に保護され、その結果、分解が遅くなる可能性があります。

放射線分解の速度が遅ければ、将来の生命探査ミッションに必要な掘削深度が浅く済むことになります。

本研究では、死んだ細胞内のアミノ酸が、純粋なアミノ酸と比較して、放射線分解に対してどのように反応するのかを調べています。
その結果、バクテリアの細胞物質が、放射線によって生成された反応性化合物からアミノ酸を保護している可能性があることが分かりました。

また、アミノ酸はケイ酸塩ダストと混合すると放射線分解が促進されることも明らかになっています。


どの領域をどこまで掘削すればよいのか

惑星の自転方向に対して、進行方向の反対側にある半球のことを後半球と言います。
エウロパの後半球は、公転運動の進行方向に対して反対側に位置していて、特に高緯度地域では、隕石の衝突が少ないので、アミノ酸などの有機物が比較的多く残っている可能性があります。

具体的には、表面から約20センチの深さまで掘削すれば、アミノ酸の10%が放射線分解を逃れて残っている可能性があることが示されました。
これは、後半球が、進行方向に向いている半球(前半球)に比べて、隕石の衝突頻度が低いためだと考えられています。

でも、後半球だからと言って、どこでも有機物が残存している訳ではありません。
エウロパの表面は場所によって放射線量が大きく異なり、後半球の高緯度地域以外では、有機物が分解されてしまう可能性が高いことが指摘されているためです。

一方、エンケラドスでは表面から数ミリの深さまでであれば、アミノ酸は放射線分解に耐えて残存できることが示されました。
これは、土星の磁場によって銀河宇宙線が遮られること、そしてエンケラドスの南極付近から噴出するプルーム(水柱)によって、地下海の物質が頻繁に表面に供給されているためだと考えられます。


将来の探査ミッションに向けて

これらの実験結果は、将来のエウロパやエンケラドスでの探査ミッションにおいて、生命の痕跡を探すための重要な手掛かりとなります。

エウロパやエンケラドスにおける生命探査をさらに進展させるために重要となるのは、“より詳細な放射線環境の調査”、“さまざまな有機物を用いた放射線分解実験”、“探査機による現地の調査”です。

特に、エウロパの“Europa Lander”やエンケラドスの探査計画などの将来のミッションでは、これらの実験結果を踏まえて、生命の痕跡を探すのに最適な掘削深度を決定する必要があります。

今回の実験結果が示唆しているのは、エウロパやエンケラドスといった氷天体の表面付近にも、放射線分解を逃れた有機物が残存している可能性でした。
このことは、将来の生命探査に向けて重要な知見と言えます。


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天の川銀河で高度な文明が作るダイソン球の候補を7個発見!? 恒星から放たれるエネルギーを無駄なく活用する構造物は実在するのか

2024年06月08日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
宇宙において、非常に高度な文明が建造すると予測されているもの。
その一つに、恒星から放出される全てのエネルギーを利用するための巨大な構造物“ダイソン球(Dyson sphere)”があります。

今回の研究では、地球から比較的近い距離にある恒星約500万個を対象にダイソン球の探索を実施。
その結果、ダイソン球の可能性を否定できない天体を7個見つけています。

もちろん、現段階では単なる自然な天体である可能性の方がずっと高く、ダイソン球を実際に見つけた可能性は低いようです。
それでも、この7個の天体はかなり変わった性質を持っているので、興味深い発見と言えます。
この研究は、ウプサラ大学のErik Zackrissonさんをリーダーとする“プロジェクト・ヘーパイストス(Project Hephaistos)”が進めています。
図1.完成したダイソン球のイメージ図。力学的な制約により、ダイソン球は完全な球殻ではなく、連結されていない小さなパーツが無数に恒星を取り囲む構造をしていると予想される。(Credit: Віщун)
図1.完成したダイソン球のイメージ図。力学的な制約により、ダイソン球は完全な球殻ではなく、連結されていない小さなパーツが無数に恒星を取り囲む構造をしていると予想される。(Credit: Віщун)


恒星から放たれるエネルギーを無駄なく活用する構造物

文明は発達すればするほど、必要とするエネルギーが多くなります。
このため、地球の文明よりもはるかに高度に発達した文明は、やがて恒星から放出されるエネルギーをフル活用しなければならなくなるはずです。

恒星から放たれるエネルギーを無駄なく受けるには、恒星の大部分を覆うような巨大な構造物を作る必要があります。
このような巨大構造物は、提唱者のフリーマン・ダイソンに因んで“ダイソン球”と呼ばれています。(※1)
ただ、フリーマン・ダイソンが1960年に提唱した概念では、今日イメージされる球殻構造(sphere)の構造物ではなく、連結されていない小さなパーツが無数に恒星を周回しているようなイメージだったことに注意が必要。オリジナルの論文での“恒星を包む人工生物園(biosphere)”という表現が、いつからかbiosphereからsphereと勘違いされて生じた誤り。
では、仮に地球外の高度な文明がダイソン球を構築していたとして、それを地球からの観測で知ることはできるのでしょうか?

例えば、完全にひとつながりの球殻構造や帯状構造のダイソン球は、力学的に不安定になります。
なので、ダイソン球には隙間があると予測されています。

このため、周囲にダイソン球が構築された恒星は、隙間から不規則に光が漏れることに…
これにより、異常な変光周期を持つ恒星として観測されるはずです。

そのような恒星は、タビーの星“KIC 8462852”などいくつか見つかっていますが、砕けた天体の破片によるものなど、もっと普通の自然現象として説明できることが分かっています。


高度な文明が作るダイソン球の探索

ダイソン球は、原理的には他の方法でも発見することができます。

ウプサラ大学のErik Zackrissonさんをリーダーとする“プロジェクト・ヘーパイストス”は、いくつかのダイソン球を見つけるための方法を使って天文観測のデータを分析し、ダイソン球の探索を進めています。

ヘーパイストス(ヘパイストス)は、ギリシャ神話において神々の武具などを作った炎と鍛冶の神のこと。
プロジェクト・ヘーパイストスは、分析方法および対象とする天体の違いによって、以下の3つに分類されています。

1.銀河に属する大半の恒星がダイソン球で囲まれている銀河の探索
2.天の川銀河の中で、ほぼ完全にダイソン球で覆われた恒星の探索
3.天の川銀河の中で、部分的にダイソン球で覆われている恒星の探索

このうち1と3については、すでにある程度の探索成果が発表されています。

1の対象である“大半の恒星がダイソン球で覆われている銀河”は、銀河330個当たり1個未満。
3の対象である“部分的にダイソン球で覆われている恒星”は、全体の90%程度を覆っているダイソン球の場合だと、存在数は恒星5万個当たり1個未満になるようです。

このように該当する銀河や恒星が存在する確率は低く、残念ながら今のところダイソン球の発見には至っていません。


赤外線の波長でのみ異常に明るく見える天体

今回の研究では、“ガイア”、2μm全天サーベイ“2MASS”(※2)、“WISE”といった、いずれも多数の天体を観測しカタログ化するプロジェクトの観測データを分析。
プロジェクト・ヘーパイストスは、2の対象である“ほぼ完全にダイソン球で覆われた恒星”について、新たな観測結果を発表しています。
※2.1997~2000年にかけてアメリカ・アリゾナ州のホプキンス山天文台と、南米チリのセロトロロ汎米天文台の望遠鏡を使った近赤外線波長域における初の全天サーベイ観測プロジェクト。
恒星の周囲を、ほぼまんべんなく覆うダイソン球が存在した場合、ダイソン球は恒星の放射をほとんど完全に遮断してしまうことになります。

その一方で、エネルギーを変換する過程では排熱が必ず生じるはずです。
排熱は、熱力学の法則によって発生するもので、どんなに高度な文明であっても排熱をゼロにすることはできません。
なので、ダイソン球を遠くから観測すると、他の波長では暗いのに赤外線の波長でのみ異常に明るく輝く天体として見えるはずです。

ただ、自然にダイソン球のような環境が形成されることもあります。
たとえば、恒星を取り囲むチリや小惑星帯は、ダイソン球のように恒星からのエネルギーの一部を遮断し、受けたエネルギーの一部を赤外線として放出します。

また、銀河やクエーサーなど、無関係な天体が恒星の後ろ側に重なってしまうと、そこから放出される強力な赤外線が混ざってしまうこともあります。
図2.今回の研究では、まず約500万個の恒星から368個をフィルタリング。その後、一つずつ手作業で精査を行った結果、最終的に7個が候補として残っている。(Credit: Matías Suazo, et al.)
図2.今回の研究では、まず約500万個の恒星から368個をフィルタリング。その後、一つずつ手作業で精査を行った結果、最終的に7個が候補として残っている。(Credit: Matías Suazo, et al.)
ダイソン球の探索におけるこうしたノイズは、光のスペクトルを厳密に分析したり、恒星までの距離を測定することで、自然要因を特定して排除することができます。

今回の研究では、最初に約500万個の恒星に対し、いくつかの基準で自動的にフィルタリングを行うことで、候補を368個まで絞り込んでいます。
続いて、フィルタリングをすり抜けてしまった自然要因で説明可能な恒星が含まれていないかを、368個の候補を手作業で一つずつ精査。
その結果、ダイソン球の可能性がある天体の候補として、最終的に7個の恒星が残りました。

本研究で見つかった地球に最も近い候補は、地球から約466光年彼方に位置する“Gaia DR3 3496509309189181184”という恒星でした。
図3.今回見つかった7個の候補のうちの2つの観測結果。左側グラフは、他の波長の放射から予測される量と比べて、赤外線放射量が異常に多いことを示している。(Credit: Matías Suazo, et al.)
図3.今回見つかった7個の候補のうちの2つの観測結果。左側グラフは、他の波長の放射から予測される量と比べて、赤外線放射量が異常に多いことを示している。(Credit: Matías Suazo, et al.)


破片に囲まれた赤色矮星という可能性

(写真03)
もちろん、今回の研究だけでは7個の候補がダイソン球であるかどうかを判断することはできません。
むしろ、7個ともダイソン球ではない可能性の方がずっと高いでしょう。

とはいえ、仮にこの7個がダイソン球ではなかったとしても、それはそれで面白い発見と言えます。

今回見つかった7個のダイソン球候補は、いずれも太陽よりもずっと軽くて暗い赤色矮星(※2)でした。

ダイソン球ではないと否定するもっともらしい説明は、恒星の周りを大小さまざまな岩石の破片が周回しているというものです。
でも、そのような実例はいまだに1個も見つかっていません。
なぜ、実例が見つかっていないのか、詳しい理由は判明していません。

今回の研究を通じて見つかった天体は、今まで見つかっていなかった“破片に囲まれた赤色矮星”の可能性があります。
なので、この発見をきっかけに詳細な観測を行えば、見つかってこなかった理由を解明する研究を進めることになるはずです。

いずれにしても、7個の候補がダイソン球であることを確定させるには、追加の観測が必須となります。
その過程でダイソン球では無いと判明する可能性が高いとはいえ、天文学的に興味深い天体である可能性は残されています。


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新星爆発が生命にとって必須元素のリンを桁違いに多く供給していた? 超新星起源説では説明できないリン元素の化学進化

2024年05月13日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
遺伝子を合成するのにリンは不可欠な元素です。

そのリンは、一体宇宙のどこで作られるのでしょうか?
この疑問について、これまで私たちは明確な答えを持っていませんでした。

今回の研究では、白色矮星の中で最も重い星の表面で生じる爆発によって、大量のリンが合成されることを突き止めています。

さらに、その爆発頻度、つまり宇宙へのリンの供給率も分かってきました。
46憶年前の太陽系誕生時は、現在よりもリンの要求率は高かったことようです。
この研究は、国立天文台 JASMINEプロジェクト 辻本拓司助教、西オーストラリア大学 国際電波天文学研究センター 戸次賢治教授たちの国際共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学雑誌“アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ”オンライン版に、“Phosphorous Enrichment by ONe Novae in the Galaxy”として2024年5月10日付で掲載されました。
図1.新星爆発によるリン生成から地球における生命(DNA)誕生までの概念図。新星とは、白色矮星と進化の進んだ恒星からなる連星系において、恒星からのガスが白色矮星の表面に降り積もることで生じる爆発現象。その際の核融合反応で大量のリンが合成される。この新星爆発で合成されたリンは、やがて宇宙塵や隕石の一部として地球に降り注ぎ、遺伝子であるDNAなどを合成し、生命の誕生へとつながったと考えられる。(Credit: 国立天文台)
図1.新星爆発によるリン生成から地球における生命(DNA)誕生までの概念図。新星とは、白色矮星と進化の進んだ恒星からなる連星系において、恒星からのガスが白色矮星の表面に降り積もることで生じる爆発現象。その際の核融合反応で大量のリンが合成される。この新星爆発で合成されたリンは、やがて宇宙塵や隕石の一部として地球に降り注ぎ、遺伝子であるDNAなどを合成し、生命の誕生へとつながったと考えられる。(Credit: 国立天文台)


リン元素はどのようにして作られたのか

リンは、生命にとって欠かすことのできないとても貴重な元素です。
それは、遺伝子であるDNA、RNA、そして細胞膜を作るのにリンは不可欠だからです。

生物の体は細胞からできているので、その全ての細胞にリンは含まれていることになります。
では、そのリンはどのようにして作られたのでしょうか?

全ての元素は宇宙の誕生と進化を通して生み出されたものになります。
つまり、全てが宇宙起源と言えます。

最初に、宇宙の誕生と同時に水素が作り出されました。
この水素はあらゆる元素の原点となるべき素材となるので、元素創世の産声があげられたことになります。

そして、宇宙誕生から数億年という時間が経過した頃、宇宙に最初の星が生まれることになります。
その星の中で炭素や酸素といった、それまでの宇宙には存在しなかった新たな元素が次から次へと生み出されて行きます。

生み出された元素は、その星が一生の最期に起こす大爆発“超新星”などの現象によって、宇宙にばら撒かれることになります。

この超新星という星の死に伴う現象によって、星が一生の間に作り上げてきた元素と、爆発の際に合成される元素からなる多種多様な元素が、宇宙空間にばら撒かれていきます。

リンもこの超新星によって合成、そして放出されると考えられていました。
つまり、私たちの体内にあるリンは、全て超新星由来という考えが、これまでの定説となっていたんですねー

でも、この“リンの超新星起源説”では、観測事実を説明できないことも分かっていました。


超新星起源説では説明できないリンの化学進化

私たちは、銀河系(天の川銀河)でリンの存在量(ガス中に含まれるリン含有量)が、昔から現在に至るまでどのように変化してきたかを、星の分光観測から化学組成を測ることで知ることができます。

星には、とても古い100億歳を超えるものから、生まれたばかりの若い星まで存在します。
それらの星の化学組成は、その星々が生まれた時の銀河の様々な元素の存在量を教えてくれます。

つまり、たくさんの年齢の違う星のリンの含有量を測ることで、100億年以上の天の川銀河の歴史の中で、どのようにリンの量が変化してきたかを知ることできます。
つまり、リンの化学進化が分かってくる訳です。

このように観測で明らかにされたリンの化学進化が、超新星起源説では全く説明できなかったのです。
超新星で予測されるリンの合成量が、観測から期待される量に全然足りないのです。


白色矮星と普通の星の連星系で起こる爆発現象

この原因は、超新星の元素合成理論モデルの何らかの問題という暗黙の認識の下、その解決への努力は長年放置されていました。

そういう状況の中、今回西オーストラリア大学と国立天文台との国際共同研究チームは、超新星以外にリンを合成する天体が他にあるのではないかという予測を立て、研究球を続けていました。
そして、この他の天体というのが“新星”であることを突き止めています。

新星は、突如星が明るく輝くように見える現象。
白色矮星と普通の星の連星系で起こる爆発現象になります。

まず、相手の星から白色矮星に向かってガス(主に水素)が少しずつ降り積もりと、やがて積もったガス層の底で水素の核融合反応が始まります。
この反応は、恒星の中心部で起こる安定した核融合とは違い、いったん反応が始まるとガスの温度が上がり続けていくんですねー

白色矮星は、この温度上昇によって、ますます反応速度が上がるという不安定な性質を持つことに…
この暴走した核融合反応によって、降り積もったガスと白色矮星の物質の一部が爆発的に宇宙空間に吹き飛ばされる現象が新星爆発です。

爆発の頻度は白色矮星の質量や、降り積もるガスの量によって変わってきます。
新星爆発には数千年~数万年ごとに爆発する“古典新星”や、数十年おきに爆発を繰り返す“再帰新星(回帰新星、反復新星)”などがあります。


新星はリンを桁違いに多く供給している

白色矮星は、宇宙に存在する多くの星の終焉の姿で、太陽も数十億年後には白色矮星となり現在のような輝きを失ってしまいます。
ただ、太陽は連星系に無いので、将来新星爆発を起こすことはありません。

今回注目されたのは、太陽の7~8倍という白色矮星になる星としては最も重い星が起源のもの。
平均質量が0.6太陽質量の中で、太陽質量の約1.3倍という白色矮星でした。

このような重い白色矮星は、酸素、ネオン、マグネシウムから構成されていて、これに由来する新星は通常“酸素・ネオン新星”と呼ばれています。

これまで新星が元素を供給する場として注目されることは、リチウムという元素を除いてはほとんどありませんでした。
これは、新星で作られる元素量が、星全体の爆発である超新星などに比べて圧倒的に少ないからです。

ところが、今回の研究で見出されたのは、酸素・ネオン新星でリンが他の元素とは異なり桁違いに多く作られること。
そして、同じ酸素・ネオン白色矮星で新星爆発が10億年以上の間に何度も繰り返し発生することを計算に入れると、その最終的な合成量は超新星を大きく凌駕することが分かりました。

図2に、今回初めて明らかにされた天の川銀河の誕生時から現在までの120億年にわたる、リンの比率の進化が描かれています。
図2.天の川銀河におけるリンの鉄に対する比率の120億年にわたる進化を示す観測結果と、それを解釈するための今回明らかにされた理論的シナリオ。リン進化の歴史は大きく3つの時代に大別することができる。観測データは個々の星における鉄の量とリン鉄比の相関を示す。青いデータは近紫外線観測で得られたもので、地上からの観測ではなく、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で得られたもの。一方、赤いデータは地上での近赤外線観測で得られたもの。ただ、リンの吸収線が非常に弱いので、観測ターゲットは金属量が高い星に限られてしまう。新星より早く超新星が化学進化への寄与を始めるので、初期のリンはすべて超新星由来となる。また、新星の発生頻度は金属量に依存していて、少ないほうが高くなる傾向がある。Ia型超新星とは重い星の爆発のものとは別種の超新星で、鉄を多く放出するがリンは合成しない。爆発までに時間がかかるので銀河形成初期には寄与せず、80億年前以降の化学進化を促進する。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。)
図2.天の川銀河におけるリンの鉄に対する比率の120億年にわたる進化を示す観測結果と、それを解釈するための今回明らかにされた理論的シナリオ。リン進化の歴史は大きく3つの時代に大別することができる。観測データは個々の星における鉄の量とリン鉄比の相関を示す。青いデータは近紫外線観測で得られたもので、地上からの観測ではなく、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で得られたもの。一方、赤いデータは地上での近赤外線観測で得られたもの。ただ、リンの吸収線が非常に弱いので、観測ターゲットは金属量が高い星に限られてしまう。新星より早く超新星が化学進化への寄与を始めるので、初期のリンはすべて超新星由来となる。また、新星の発生頻度は金属量に依存していて、少ないほうが高くなる傾向がある。Ia型超新星とは重い星の爆発のものとは別種の超新星で、鉄を多く放出するがリンは合成しない。爆発までに時間がかかるので銀河形成初期には寄与せず、80億年前以降の化学進化を促進する。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。)
まず、最初の酸素・ネオン新星がリンを供給し始める前に生まれた星のリン含有量の観測結果から、超新星はリンが少量しか作られないという、これまでの理論計算が正しかったことが分かりました。

さらに分かったのは、今からおよそ80億年前の宇宙で、重い新星からのリンが徐々に蓄積されていった結果、他の元素(鉄など)に対するリンの比率が最も高くなっていたことでした。

その後、現在に向かって徐々に重い新星が発生する頻度が低くなったこと、また同時に他の元素が別種の超新星で合成されていったことから、天の川銀河内でのリンの比率は減少していったと考えられます。

このことから、太陽系が生まれた46億年前の天の川銀河では、現在よりリンは効率よく生産され、豊富に存在していたようです。
そう、地球が誕生した46億年前の宇宙は、生命を生み出しやすい環境だったと言えそうです。

図3で示されているのは、本研究で提案された“リン新星起源説”に基づいて計算されたモデル結果です。

新星からは、各爆発で放出されるガスの量にはばらつきがあることが観測的に分かっていますが、それをモデルに導入することで、観測データに見られる大きな分散をうまく説明できています。
一方、これまでの超新星モデルでは、観測データの傾向を説明できていなかったことも分かります。
また、今回のモデルの正当性の検証は将来可能です。

重い新星ではリンと同時に、“塩素”を大量に合成することも分かりました。
そのため、天の川銀河における塩素の進化は、リンと同様の進化を辿ることが想像できます。

一方、現時点では星での塩素の観測は、大きな困難を伴うので数少ない星でしか行われておらず、塩素の進化の道筋を知ることはできていません。
そこで、研究チームが企画しているのは、多くの星について塩素の含有量を観測で明らかにすることです。
図3.理論モデルと観測データの比較。今回新たに提案された“新星モデル”は観測をうまく説明できている。一方、これまでの“超新星モデル”は観測データと合致しないことが分かる。」観測データの大きな分散は、重い新星からのガス放出量の違いを反映していると考えられる。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。超新星モデルはCescutti et al. 2012, Astronomy and Astrophysics 540, A33より抜粋。)
図3.理論モデルと観測データの比較。今回新たに提案された“新星モデル”は観測をうまく説明できている。一方、これまでの“超新星モデル”は観測データと合致しないことが分かる。」観測データの大きな分散は、重い新星からのガス放出量の違いを反映していると考えられる。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。超新星モデルはCescutti et al. 2012, Astronomy and Astrophysics 540, A33より抜粋。)


星の表面で起こる小爆発が生命を宇宙にもたらした?

リンがもし、これまでの定説通り超新星だけでしか作られていなければ、この宇宙に生命が生まれることはなかったかもしれません。

星の大爆発という華々しい超新星に比べれば、星の表面での小爆発という、派手ではない一見地味な天体現象が、生命を宇宙へもたらした重要なイベントであった可能性を本研究は示唆しています。

地球上で、どのようにして生命が誕生したのかは、未だに謎に満ちています。

主流の考えに基づくと、リンを始めとした生命に必須の元素が地球上で凝縮したところでの一連の化学反応を通して、最初の生命がおよそ38億年前に誕生しました。

これら生命起源の化学物質は隕石や宇宙塵が、現在よりもはるかに多い量が高い頻度で地球誕生期の数億年にわたり地球へ降り積もったことからもたらされたと考えられています。

これら太陽系始原物質に重い新星起源のリンが大量に含まれていたことが、地球での生命誕生へとつながったと考えることもできます。
新星は、宇宙生物学(アストロバイオロジー)において重要な役割を果たしていると言えますね。


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生物が存在する惑星は緑色とは限らない? 赤色矮星を公転する系外惑星に存在する光合成生物を考えてみる

2024年05月12日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
宇宙から地球を見ると、植物に広く覆われた陸地が緑色に見えます。
この緑色は、植物の光合成を支えるクロロフィル(Chlorophyll、葉緑素)と呼ばれる物質と関係があります。

植物の葉などに含まれているクロロフィルは、太陽光を吸収する役割を果たしています。
でも、緑色の光は吸収されにくく、葉から漏れ出た緑色光を私たちの目がとらえることで植物は緑色に見えています。
図1.NASAの宇宙天気観測衛星“DSCOVR(ディスカバー)”の光学観測装置“EPIC”で2024年5月5日に撮影された地球。(Credit: NASA EPIC Team)
図1.NASAの宇宙天気観測衛星“DSCOVR(ディスカバー)”の光学観測装置“EPIC”で2024年5月5日に撮影された地球。(Credit: NASA EPIC Team)
それでは、植物のように光合成を行う生物が繫栄している太陽系外惑星(系外惑星)も緑色に見えるのかというと、そうとは限らないようです。

今回の研究では、光合成生物が存在する系外惑星の色が、地球とは異なる可能性を示した成果を発表しています。
この研究は、コーネル大学の博士研究員Ligia Fonseca Coelhoさんを筆頭とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)に掲載されました。


光合成をおこなう生物

私たちの身近な光合成生物というと植物ですよね。
でも、地球上で光合成を行っている生物は植物だけではないんですねー

例えば、紅色細菌と総称される紅色硫黄細菌(Purple sulfur bacteria)や紅色非硫黄細菌(Purple non-sulfur bacteria)です。
これらは、植物のクロロフィルと同様に太陽の光エネルギーを吸収するバクテリオクロロフィル(Bacteriochlorophyll)を持っていて、光合成をおこなう光合成細菌の一種として知られています。

ただ、可視光線の青色光や赤色光を吸収しやすい植物のクロロフィルに対して、バクテリオクロロフィルが吸収しやすいのは低エネルギーの赤色光や赤外線になります。


赤色矮星を公転する系外惑星に存在する生物

これら紅色細菌が、緑色をした植物や藻類などと競合していなかったらどうなっていたのでしょうか?

系外惑星は、太陽よりも小さく表面温度も低い赤色矮星(※1)の周囲でも数多く見つかっています。
これらの赤色矮星は、可視光線よりも赤外線を強く放つという特徴があります。
※1.表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼ぶ。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。
地球の植物は太陽光の下で進化してきましたが、赤色矮星が空に輝く系外惑星の環境は、赤外線を利用する生物にとって有利に働くかもしれません。
図2.培養した細菌のサンプルを手にするLigia Fonseca Coelhoさん。(Credit: Ryan Young/Cornell University)
図2.培養した細菌のサンプルを手にするLigia Fonseca Coelhoさん。(Credit: Ryan Young/Cornell University)
今回の研究では、様々な条件と雲の量を備えた地球に似た惑星のモデルを作成して分析を実施。
その結果、特に赤色矮星を公転する系外惑星では、可視光線の赤色光や赤外線を利用する紅色細菌のような生物が優勢になる可能性があり、強い色のバイオシグネチャー(※2)を生成すると結論付けています。
※2.惑星を外部から観測したときに、生命が存在することの証拠と考えられる指標となるデータを示す。惑星大気中に酸素、オゾン、メタンなどの存在を示す証拠が一般的である。
もちろん、地球の紅色細菌と全く同じ生物が系外惑星にも存在するとは限りません。
でも、研究チームでは紅色細菌に含まれる様々なカロテノイドを念頭に、系外惑星の表面は赤色・茶色・オレンジ色・黄色といった、幅広い色で着色される可能性があると指摘しています。


幅広い波長のバイオシグネチャーを探し

今回の結果は、単に系外惑星の見た目を予測するだけに留まりません。

地球の植物には、波長700ミリ前後の光をよく反射する性質があります。
この波長はレッドエッジ(Red edge)と呼ばれていて、地球観測衛星を使って農地や森林の状態を知る上で利用されています。

系外惑星の探査でも、植物の存在を示すバイオシグネチャーとして、レッドエッジを利用できる可能性が指摘されてきました。

一方、今回の研究で示されたのは、レッドエッジ以外の波長でもバイオシグネチャーを検出できる可能性があることです。

1990年にNASAの惑星探査機“ボイジャー1号(Voyager 1)”が撮影した点のような地球の姿は、“Pale Blue Dot(ペイル・ブルー・ドット:淡く青い点)”として知られています。
でも、今回の研究でシミュレートされた惑星について、コーネル大学は“Pale Purple Dot(ペイル・パープル・ドット)”と表現しています。

今後の系外惑星探査ではレッドエッジに限らず、より幅広い波長のバイオシグネチャーを探し求める観測が行われるようになるかもしれません。


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カール・セーガンは30年前に異星人探しの実験をしていた! 木星探査機“ガリレオ”の観測データを用いた地球上の生命発見

2024年05月10日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
1989年10月のこと、NASAの木星探査機“ガリレオ”が打ち上げられました。
“ガリレオ”は木星に到達するのに十分な速度を得るため、まず太陽系内を何度か周回し、地球や金星をフライバイ(※1)して加速する必要がありました。
※1.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言い、使い分けている。
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が600万キロ離れた場所から見た地球と月。(Credit: NASA)
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が600万キロ離れた場所から見た地球と月。(Credit: NASA)

フライバイを行ったとき、ガリレオは本来の目的である木星探査に先立って地球を観測しています。

その観測でカール・セーガン(※2)率いる科学者グループは、“ガリレオ”に搭載された観測機器から得られたデータを用いて、地球上に“生命”を発見。
今からおよそ30年前のことでした。
※2.カール・セーガン(Carl Sagan, 1934-1996)はアメリカの天文学者。バイキングやボイジャー、ガリレオなどの惑星探査計画に携わり、“コスモス”やSF小説“コンタクト”などの著作でも有名。


生命の痕跡を見逃す可能性

私たちは、人類を含む生命が地球上に存在することを知っています。
でも、異星人の立場になって、“ガリレオ”と同様の観測機器を搭載した宇宙船を太陽系の第3惑星(地球)に接近させ、観測したと仮定してみてください。
図2.NASAの木星探査機“ガリレオ”から見た地球。(Credit: NASA)
図2.NASAの木星探査機“ガリレオ”から見た地球。(Credit: NASA)
“ガリレオ”には、木星とその衛星の大気や宇宙環境を研究するために設計された、撮像カメラ、分光器、電波実験装置を含む様々な機器が装備されています。
ただ、これらの装置は生命探査を目的としたものではありませんでした。

もし、私たちがその惑星について他に何も知らなかったとしたら、生命を見つけるために設計されたわけではない機器だけを用いて、明確に生命を発見することができるのでしょうか。

2000年代半ばに、微生物の存在が知られているチリのアタカマ砂漠にある火星のような環境から土のサンプルを採取し、1970年代に行われたNASAのバイキング計画(※3)と同様の実験(微生物の検出)が試みられました。
※3.バイキングは、NASAが1975年に打ち上げた2機の探査機による火星探査計画。火星土壌中の微生物の検出が主な目的だったが、結果的に生命存在の証拠は得られなかった。
ところが、そのサンプルから生命の存在は確認できなかったんですねー
この実験結果は、たとえ生命の存在が知られていたとしても、生命の痕跡を見逃す可能性があることを示唆していました。


液体の水と大気中の酸とメタンを検出

“ガリレオ”による地球観測で重要なのは、セーガンが率いた研究者たちが、地球上に生命が存在するという前提に立つことなく、データだけから結論を導き出そうとしたことです。

“ガリレオ”に搭載された近赤外線マッピング分光計“NIMS”は、地球大気全体に分布するガス状の水、極地の氷、海洋規模の液体の水を検出していました。
さらに、-30℃~+18度までの温度も記録しています。
ただ、液体の水は生命が存在するための必要条件ではあっても、十分条件ではありません。

また、“NIMS”は地球の大気中に酸素とメタンを検出。
これらは、他の既知の惑星と比較して高濃度なものでした。

酸素とメタンは、いずれも反応性の高いガスで、他の化学物質と急速に反応し、短時間で消滅してしまいます。
それにもかかわらず、高濃度が維持されているということは、何らかの手段で継続的に補充されている必要があります。
ただ、これらのガスも生命の存在を示唆するものですが、証明するものではありません。

一方、他の機器が検出していたのは、太陽からの有害な紫外線から地表を保護するオゾン層の存在でした。
もし、地表に生命が存在していれば、オゾン層によって紫外線から保護されている可能性があります。


撮像カメラがとらえた画像

撮像カメラによる画像には、海、砂漠、雲、氷、そして南アメリカの暗い色合いの地域が写っていました。

もし、予備知識があれば、その地域に熱帯雨林が広がっていると分かるはずです。

でも、より多くの分光測定と組み合わせることで、その領域での赤色光の明確な吸収が判明。
セーガンたちは、光合成植物によって吸収された光を強く示唆していると結論付けました。

もっとも解像度の高い画像は、オーストラリア中央部の砂漠と南極大陸の氷床で、都市や農業の明確な証拠は含まれていません。
また、“ガリレオ”は太陽光が地表を照らす日中に最接近したので、夜間の街の明かりも見えませんでした。


文明が放射する周波数が固定された狭い帯域の電波

興味深かったのは、“ガリレオ”のプラズマ波電波実験でした。

宇宙空間は自然由来の電波放射で満ちていますが、そのほとんどは多くの周波数にわたって発生する広帯域の電波です。
対照的に、人工的な電波源は狭い帯域で発生します。

YouTubeのSpace Audioチャンネルで公開されている動画では、土星探査機“カッシーニ”がとらえた土星大気から発生する自然由来の電波を、音で聞くことができます。
この電波は、ラジオ放送とは異なり、周波数が急激に変化しています。
カッシーニ電波・プラズマ波科学装置(RPWS)がとらえた土星の不気味な電波音
“ガリレオ”が検出していたのは、地球から届く周波数が固定された狭い帯域の電波放射でした。
これは、技術を持つ文明から生じたものであり、19世紀以降でなければ検出できなかったはずだと結論付けられています。

もし、異星人の宇宙船が地球誕生から数十億年のどこかの時点で地球を通過していたとしても、地球上に文明があったという決定的な証拠は見つけられなかったはずです。

ただ、地球外生命が存在するという証拠がまだ見つかっていないことは、おそらく驚くべきことではありません。
それは、上空数千キロ以内を飛行する宇宙船でさえ、地球上の人類が築いた文明からの証拠を検出できる保証がないからです。

セーガンは、「科学とは単なる知識の集まりではなく、考え方である」と語ったことで有名です。
言い換えれば、人間が新しい知識を発見する方法は、知識そのものと同じくらい重要ということです。

この意味で、セーガンたちが行った研究は一種の“対照実験”で、ある研究や分析方法が、私たちが既に知っていることの証拠を見つけられるかどうかを問うことと言えます。

現在、5000個を超える太陽系外惑星が発見されていて、いくつかの惑星の大気中には水の存在さえ検出されています。

でも、セーガンの実験は、これだけでは十分ではないことを示しています。

地球外の生命や文明の存在を明確に証拠づけるには、光合成のようなプロセスによる光の吸収、狭い帯域の電波放射、適度な気温と気候、自然現象では説明が難しい大気中の化学物質の挙動などを、相互に裏付けて組み合わせる必要性が高いと言えます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような観測装置の時代に入っても、30年前と同じように、セーガンの実験は今でも有益と言えます。
本記事は、2023年10月20日付で“The Conversation”に掲載されたガレス・ドリアン(Gareth Dorrian)さん執筆の記事“Carl Sagan detected life on Earth 30 years ago – here’s how his experiment is helping us search for alien species today(カール・セーガンは30年前に地球上に生命を発見した - 彼の実験が今日の異星人探索にどのように役立っているのか)”を元に再構成したものを参考としています。


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