宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

宇宙の夜明けに存在していたクエーサーになる直前のブルドッグを発見! すばる望遠鏡が見出した超大質量ブラックホールの急成長

2024年01月03日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
銀河の中心でまばゆく輝く、超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体“クエーサー”は、どのようにしてできたでしょうか?

このことは、現代天文学における大きな謎の一つになっています。

今回の研究では、すばる望遠鏡の大規模サーベイ“すばるHSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)”から、クエーサーの前身であるチリで覆われた銀河“ドッグ”を大量に発見。
そのうちの8天体は、まさにチリを吹き飛ばしてクエーサーになろうとしている天体“ブルドッグ”であることを突き止めています。

さらに研究チームでは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が見つけた遠方にある極めて赤い天体種族が、クエーサーになる直前のアウトフロー段階にいる“ブルドッグ”のような天体であることを明らかにしました。

“ブルドッグ”のような稀な天体の発見は、“HSC-SSP”によって初めて可能になったものです。
“HSC-SSP”で得られた知見があってこそ、研究チームはジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の最新データに、いち早く適切な解析と解釈をすることができたそうです。
この研究は、信州大学と国立天文台などの研究者からなるチームが進めています。
図1.すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影された“ブルドッグ”(中央)。g(緑)、r(赤)、i(赤外)のフィルターで撮影された画像を、それぞれ青、緑、赤の疑似カラーで表した画像。“ブルドッグ”に青い光の超過があることが分かる。(Credit: NAOJ / HSC Collaboration)
図1.すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影された“ブルドッグ”(中央)。g(緑)、r(赤)、i(赤外)のフィルターで撮影された画像を、それぞれ青、緑、赤の疑似カラーで表した画像。“ブルドッグ”に青い光の超過があることが分かる。(Credit: NAOJ / HSC Collaboration)


クエーサーはどのようにして誕生するのか

ほとんどの銀河の中心には、太陽の10万倍から10億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

では、これら超大質量ブラックホールは、どのようにしてできたのでしょうか?

このことは、銀河の成長・進化を理解する上でも重要な問題で、現代天文学の大きな謎の一つと言えるんですねー

超大質量ブラックホールの作られ方を調べるために、宇宙年代を遡る遠方宇宙が観測されています。
そこでは、超大質量ブラックホールが周囲の物質を飲み込んで輝く“クエーサー”の存在が明らかになってきました。

クエーサーは例えるなら、宇宙の“超高エネルギー発電所”のようなものです。
宿主の銀河を凌駕する明るさで、100億光年もの距離を超えて観測できます。

それでは、クエーサーはどのようにして誕生するのでしょうか?

理論的な予想の一つとして、“ガスを多く持つ銀河同士の合体が引き金になる”というシナリオがあります。(図2)

そこで起こると予想されているクエーサー形成の段階は以下の5つです。

1.ガスを多く持つ銀河同士の合体
2.チリに覆われた爆発的な星形成
3.チリに覆われたクエーサー
4.チリを吹き飛ばすアウトフロー
5.明るく輝くクエーサー
図2.クエーサーの進化に対する理論的な予想シナリオ。(Credit: 登口ら)
図2.クエーサーの進化に対する理論的な予想シナリオ。(Credit: 登口ら)
このシナリオを検証するための観測が必要なんですが、チリに覆われている段階は可視光では極めて暗いので、クエーサーの前段階にあたる天体の発見は極めて困難でした。


すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”

近年、クエーサーの前段階を効率的に探すために“可視光で暗く中間赤外線で明るい天体”に着目する手法が提案され、図2-3に相当する天体が見つかってきました。

チリに覆われたこれらの銀河は“ドッグ(DOG; Dust-obscured galaxy)”と呼ばれます。

でも、限られた探査領域では、アウトフローと呼ばれる外向きの物質の流れによってチリが吹き飛ばされている、クエーサーになる直前の段階(図2-4)に相当する天体は見つかりませんでした。

この状況を変えたのが、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”でした。


青い光の超過を持つ“ブルドッグ”

今回の研究では、“すばるHSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)”による可視光データと、NASAの赤外線天文衛星“WISE”の中間赤外線データを用いることで、100億光年から110億光年彼方の宇宙で571天体もの“ドッグ”を発見しています。

この膨大なサンプルによって、初めてアウトフロー段階にある天体の探査が可能になりました。

探査にあたり、研究チームが着目したのは“可視光で青い”というクエーサーの特徴でした。

チリに覆われている“ドッグ”は、これまでは単に赤い天体だと考えられていました。
でも、クエーサーに進化している途中であれば青く光り始めているかもしれないと考えた訳です。

これにより、研究チームでは、青い光の超過を持つ“ドッグ”探しを実施。
その結果、青く光っている8天体の“ドッグ”を見つけ、“ブルドッグ(BluDOG; Blue-excess DOG)”と名付けています。

研究では、すばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置“FOCAS”などを用いて、“ブルドッグ”の分光観測を実施。
その結果分かったのは、“ブルドッグ”がクエーサーによく似たスペクトルを持つこと、外向きにガスが流れ出していると考えられることでした。

この特徴は、まさにガスや塵を吹き飛ばしながらクエーサーへと進化している段階に相当していました。


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が見つけた“ブルドッグ”

2022年から観測を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、より遠方の暗い天体を次々に見つけています。

その中に、120億光年から130億光年彼方の宇宙で見つかった極めて赤い天体種族“ERO; Extremely Red Objects”ありました。
“ERO”は巨大ブラックホールの特徴を示し、クエーサーの誕生と深い関係がある、新しい天体種族ではないかと注目が集まっていました。

“ERO”と“ブルドッグ”のスペクトルが、よく似ていることにいち早く気付いた研究チームは、両天体を詳しく比較。
その結果、“ERO”は“ブルドッグ”と同様に、クエーサーになる直前のアウトフロー段階にある天体だと結論付けています。

つまり、“ERO”は宇宙の夜明けの時代に存在した“ブルドッグ”だったという訳です。

可視光線で非常に暗く個数密度が低い“ドッグ”は、“HSC-SSP”だからこそ発見できた天体と言えます。
2014年から始まった“ドッグ”探査が、“ブルドッグ”の発見、そしてジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が見つけた“ERO”との類似性の発見へと繋がりました。
“HSC-SSP”のデータで得られた知見があってこそ、日本の研究チームがジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の最新データに、いち早く適切な解析と解釈をすることができたと言えます。

“ERO”と“ブルドッグ”には異なる点も見つかっています。
アウトフローの起こりやすさや規模が両者で異なる可能性が考えられますが、詳しいことはまだ分かっていません。

今後、サンプルの統計数を増やしたり、詳細な分光観測を行うことで、これらの疑問を解決していき、クエーサー誕生の仕組みを明らかにするそうです。


こちらの記事もどうぞ


天の川銀河の中心周りで高速で移動している分子雲を確認! 気になるのは巨大ブラックホールに運ばれていくメカニズム

2023年11月26日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ巨大ブラックホールが存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ巨大ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

今回の研究では、この巨大ブラックホールから少し離れたところにある巨大分子雲の3次元位置と速度を、国立天文台の電波望遠鏡ネットワーク“VERA”によって精密に測定することに成功しています。

天の川銀河の円盤から巨大ブラックホールへと、物質がどのようにして運ばれるのか?
このことを理解する上で、今回の研究は重要な情報を与える結果になるようです。
この研究は、国立天文台水沢VLBI観測所の坂井大裕特任助教を中心とする研究チームが進めています。
図1.天の川銀河中心ブラックホールを取り囲む分子雲領域の概念図。高密度な分子雲が軌道に沿って並び、一部の分子雲は非常に活発な星形成活動を示している。(Credit: 国立天文台)
図1.天の川銀河中心ブラックホールを取り囲む分子雲領域の概念図。高密度な分子雲が軌道に沿って並び、一部の分子雲は非常に活発な星形成活動を示している。(Credit: 国立天文台)

渦巻銀河と棒渦巻銀河

星形成が活発な銀河の半数以上に円盤構造があり、そのような銀河は円盤銀河と呼ばれています。

さらに、円盤銀河には2種類あり、それが渦巻銀河と棒渦巻銀河になります。

渦巻銀河は、図1(左)のように、文字通り渦を巻いた構造(渦巻腕と呼ばれる)が見られる銀河。
棒渦巻銀河は、渦巻銀河と似ていますが図1(右)のように、中心を貫く棒構造が見られるのが特徴です。

円盤銀河の約半数から3分の2は棒渦巻銀河といわれていて、私たちが住んでいる天の川銀河も棒渦巻銀河と考えられています。
図2.(左)渦巻銀河“M51”と(右)棒渦巻銀河“NGC 1300”。(Credit: NASA, ESA, and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA); Acknowledgment: P. Knezek (WIYN))
図2.(左)渦巻銀河“M51”と(右)棒渦巻銀河“NGC 1300”。(Credit: NASA, ESA, and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA); Acknowledgment: P. Knezek (WIYN))

4か所の電波望遠鏡を用いた位置天文観測

銀河の外側の円盤部分にある天体は円運動に近い運動をしている一方で、棒構造の影響で内側では複雑な動きが確認されています。

特に中心から約300光年の位置には、都市圏を取り囲む環状線のように高密度な分子雲が集中する領域が存在することが知られています。

これまで電波や赤外線、X線などの観測を通して、分子雲の3次元的な位置関係や運動を明らかにする研究がされてきましたが、定説は未だに得られていません。

この問題を解き明かす手法の一つとして、VLBI観測の高い空間分解能を活かした年周視差測定による距離決定と、天球面上の天体の動きである固有運動の測定による3次元速度の決定があり、重要な役割を果たすと考えられています。
図3.VERAによる位置天文観測の結果。(a)2014年から2016年までの“いて座B2”の水メーザーの位置の変化。(b)東西・南北方向の位置変化を時間に対して示したもの。(c)位置変化から年周視差による成分のみを抽出したもの。(Credit: Sakai et al.)
図3.VERAによる位置天文観測の結果。(a)2014年から2016年までの“いて座B2”の水メーザーの位置の変化。(b)東西・南北方向の位置変化を時間に対して示したもの。(c)位置変化から年周視差による成分のみを抽出したもの。(Credit: Sakai et al.)
今回の研究では、VERA望遠鏡を用いて天の川銀河中心にある分子雲“いて座B2”の3次元の位置・速度を精密に測定しています。

“VERA”は国立天文台が運用するVLBI観測網の望遠鏡です。

遠く離れた複数の電波望遠鏡が協力して同時に観測すると、口径の大きい電波望遠鏡を使うのと同様の性能を得ることができます。
このような観測を行うことを“VLBI(Very Long Baseline Interferometry : 超長基線干渉計)”といいます。

国立天文台では口径20メートルの電波望遠鏡を水沢局(岩手県)、入来局(鹿児島県)、小笠原局(東京都小笠原)、石垣島局(沖縄県)の4か所に設置。
この4か所の電波望遠鏡を用いた高い解像度の観測によって、天体までの距離や運動を精密に計測する“位置天文観測”を行っています。

そして、これら位置天文観測データを用いて進めているのが、天の川銀河の3次元立体構造のほか、星の形成や進化、銀河中心の超大質量ブラックホールや超高速ジェットなどの研究です。
図4.国立天文台が運用するVERA望遠鏡の配置。岩手県奥州市水沢、鹿児島県薩摩川内市入来、沖縄県石垣市、東京都小笠原村父島の4か所に口径20メートルの電波望遠鏡を設置し、それらを連携しVLBI(Very Long Exploration Interferometer)技術を用いた観測をすることで口径2300キロに及ぶ巨大望遠鏡と同じ分解能を引き出す。(Credit: 国立天文台)
図4.国立天文台が運用するVERA望遠鏡の配置。岩手県奥州市水沢、鹿児島県薩摩川内市入来、沖縄県石垣市、東京都小笠原村父島の4か所に口径20メートルの電波望遠鏡を設置し、それらを連携しVLBI(Very Long Exploration Interferometer)技術を用いた観測をすることで口径2300キロに及ぶ巨大望遠鏡と同じ分解能を引き出す。(Credit: 国立天文台)

天の川銀河の中心周りでは分子雲が高速で移動している

“いて座B2”は、天の川銀河の中心に位置する巨大ブラックホールから約300光年離れたところにあり、そこでは新しい星が大量に生まれています。

研究チームは、VERAの特徴である2ビーム観測※1によって、“いて座B2”から発せられている水メーザーのモニター観測を実施。
すると、“いて座B2”までの距離は約24,000(-5,500/+10,000)光年であり、巨大ブラックホールに対して秒速約140キロメートルの速度で動いていることが明らかになります。(図2)
※1.4つのVERA電波望遠鏡の特徴は、同時に2つの天体を観測できる2ビーム電波望遠鏡であること。ひとつの受信機の視野を観測天体に、もうひとつの受信機の視野を観測天体の近くにある参照天体に向けて、同時に観測することによって大気揺らぎを補正し、天体の位置決定精度を向上させている。この観測手法は相対“VLBI”と呼ばれている。
この結果は、これまでの先行研究で提唱されていた距離や運動と矛盾せず、VERAによる直接的な測定が先行研究を裏付けることになりました。
そう、天の川銀河の中心周りで、分子雲が高速で動いている様子を確認するこができたんですねー
図5.左:“いて座B2”から発せられた水メーザーの運動を示したもの。星が生まれている場所から発せられているアウトフローに付随した水メーザーの動きが見られる。色付きの矢印は、矢印の大きさが水メーザーの固有運動、色が水メーザーのドップラー速度を示している。背景の等高線はアメリカの電波干渉計VLAによって観測されたダスト放射の強度。右:電波で観測した天の川銀河の中心部分。(Credit: 左図:Sakai et al.、右図:MeerKAT/SARAO)
図5.左:“いて座B2”から発せられた水メーザーの運動を示したもの。星が生まれている場所から発せられているアウトフローに付随した水メーザーの動きが見られる。色付きの矢印は、矢印の大きさが水メーザーの固有運動、色が水メーザーのドップラー速度を示している。背景の等高線はアメリカの電波干渉計VLAによって観測されたダスト放射の強度。右:電波で観測した天の川銀河の中心部分。(Credit: 左図:Sakai et al.、右図:MeerKAT/SARAO)
今後、VERAに東アジアの電波望遠鏡を加えた東アジアVLBI観測網を用いて、より高感度な観測を行うことで、“いて座B2”以外の分子雲に対しても3次元位置と速度の測定を行うことができるそうです。

天の川銀河中心にある分子雲が、どのように動いているかを把握することで、巨大ブラックホールに物質が運ばれていくメカニズムが明らかになると期待されます。
本研究の中心となった酒井大裕特任助教は、国立天文台と株式会社 岩手日報社との包括的連携協定に基づいて採用されています。
なお、今回の研究成果は、日本天文学会欧文研究報告(PASJ: Publications of the Astronomical Society of Japan)において、“Water maser distributions and their internal motions in the Sagittarius B2 complex”として掲載されました。


こちらの記事もどうぞ


超巨大ブラックホールから噴き出すアウトフローが星の形成や銀河の成長を抑制している!? 電波観測から分かった分子ガスの多様性と分布

2023年11月12日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて、くじら座の方向に位置する活動銀河核“NGC 1068(M77)”の中心領域に対し、波長3mm帯で星間分子ガスの二次元分布を網羅的に観測する“イメージング・ラインサーベイ”を実施しています。

活動銀河核の化学特性を調べ、それがどのような物理状態を反映したものなのかを機械学習を利用して解析。
すると、超巨大ブラックホールから双極に噴き出すジェットに起因すると思われる分子ガスのアウトフローを発見したんですねー

このことから分かったのは、ジェットが銀河円盤に衝突したことで衝撃波領域を生じ、周囲の物質が高温に加熱されている現場だということ。

この銀河の中心付近では、激しいジェットの作用により星の素となる分子の破壊や組成の変化が起きていて、新たな星の誕生が抑制されている可能性があることが考えられるようです。
この研究は、国立天文台の斉藤俊貴特任助教と名古屋大学の中島拓助教たちの国際研究チームが進めています。
図1.アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測した渦巻銀河“NGC 1068”の中心部。アルマ望遠鏡で検出されたシアン化水素の同位体(H13CN)の分布を黄色、シアンラジカル(CN)の分布を赤色、一酸化炭素の同位体(13CO)の分布を青色で示し、背景のハッブル宇宙望遠鏡による画像と重ねている。H13CNが活動銀河核の中心部のみに集中して存在しているのに対し、13COは主に周辺を取り巻くリング状のガス雲に分布している。また、CNは中心部とリング状のガス雲の両方に分布しているだけでなく、中心から北東(左上)方向と南西(右下)方向に向かって伸びた構造をしていて、これは超巨大ブラックホールからのジェットに起因する構造と考えられる。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, T. Nakajima et al.)
図1.アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測した渦巻銀河“NGC 1068”の中心部。アルマ望遠鏡で検出されたシアン化水素の同位体(H13CN)の分布を黄色、シアンラジカル(CN)の分布を赤色、一酸化炭素の同位体(13CO)の分布を青色で示し、背景のハッブル宇宙望遠鏡による画像と重ねている。H13CNが活動銀河核の中心部のみに集中して存在しているのに対し、13COは主に周辺を取り巻くリング状のガス雲に分布している。また、CNは中心部とリング状のガス雲の両方に分布しているだけでなく、中心から北東(左上)方向と南西(右下)方向に向かって伸びた構造をしていて、これは超巨大ブラックホールからのジェットに起因する構造と考えられる。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, T. Nakajima et al.)

銀河中心核にあるブラックホールの活動

様々なタイプの銀河の中には、その中心に存在する超巨大ブラックホールをエンジンとして、周囲に莫大なエネルギーを放射しているものがあり、それらは活動銀河核(active galactic nucleus ; AGN)と呼ばれています。

銀河中心核にあるブラックホールの活動が周囲の星間物質に及ぼす影響(特に新しい星々の誕生を加速するか、抑制するか)を知ることは、銀河の進化の過程を理解するうえで重要なことになります。

でも、多くの場合、活動銀河核の中心部は濃いガスや星間ダストに埋もれて隠されてしまっています。
なので、可視光や赤外線の波長帯では大型望遠鏡をもってしても、
 どのような構造をしているのか?
 物理的・科学的に何が起こっているのか?
といったことを直接的に観測して調べることが困難でした。

ミリ波・サブミリ波を用いた電波観測

アルマ望遠鏡の観測波長であるミリ波・サブミリ波は、電磁波の中でも波長が長いのでダストによる電磁波の吸収を受けにくく、このような活動銀河核領域の内部まで見通すことができるという大きな特徴があります。

この特徴に着目し、地球から比較的近傍(距離約5,140万光年)に位置する活動銀河核の一つ、くじら座の“NGC 1068(M77)”の中心核付近をターゲットに、これまでもミリ波・サブミリ波による観測が行われてきました。

例えば、2007年から2012年にかけて行われた国立天文台野辺山45メートル電波望遠鏡を用いた観測では、銀河中心方向の一点に対して、波長3mm(84-116 GHz)の帯域を周波数方向に無バイアスに観測。
そこに含まれる分子輝線を網羅的に探す“ラインサーベイ”が行われました。

その結果、25本の分子輝線を検出することに成功。
でも、45メートル電波望遠鏡では空間分解能が低いことと、銀河中心方向一点のみの観測だったので、様々な分子が存在することは確認出来たものの、それらの分子ガスの分布や、中心核付近の構造までは分かりませんでした。

そこで、今回の研究では、より高い分解能を持つアルマ望遠鏡(※1)を用いて、“NGC 1068”の中心核付近に対し、同様に波長3mm帯(85-114 GHz)でのラインサーベイ観測を実施しています。

アルマ望遠鏡は電波干渉計なので、一方向の観測でもある領域(視野)内の高分解能イメージングが可能で、分子ガスの二次元分布図を描き出すことができます。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの仮想的な巨大電波望遠鏡(電波干渉計)として観測することができる。
観測の結果、銀河中心にある差し渡し650光年ほどのサイズの核周円盤(circumnuclear disk)と呼ばれる構造(図1で黄色に輝いて見える中心部分)と、その外側の半径3,300光年ほどにある爆発的に星が生まれているリング状のガス雲(図1で青色に見える部分)を明確に分解でき、特に核周円盤については、その内部構造まではっきりととらえることに成功しました。

核周円盤への超巨大ブラックホールの影響

これまで活動銀河核の中心領域では、電波強度が特に強く観測しやすい分子輝線に限って、干渉計による高分解能の観測が行われた例はありました。

でも、今回の研究のように周波数方向に無バイアスに観測し、検出されたすべての分子ごとにその分布を描き出す“イメージング・ラインサーベイ”が行われたのは初めてのこと。
これにより、活動銀河核の化学状態を理解するための重要な分子輝線カタログを得ることができました。

今回のラインサーベイで有意に検出されたのは23の分子輝線。
そのスペクトルデータを詳細に解析した結果、中心にある超巨大ブラックホールの影響を直接受けていると考えられる核周円盤では、外側のリング状のガス雲の領域と比べて、シアン化水素(HCN・H13CN)分子や一酸化ケイ素(SiO)分子などの存在量が特に多いことを確認しています。

一方で、野辺山45メートル望遠鏡の観測では存在量が多いと思われていたシアンラジカル(CN)分子は、アルマ望遠鏡による高分解能観測の結果、核周円盤での存在量はそれほど高くないことが分かりました。

シアンラジカル分子は強力なX線や紫外線の照射、一酸化ケイ素分子は強い衝撃波を受けたガス雲で観測されやすいことが、これまでの観測から知られています。

また、HCNやH13CN分子は高い温度の分子雲で生成反応が活発になることが、化学反応計算から示されています。

これらを合わせて考えると、核周円盤への超巨大ブラックホールの影響としては、衝撃波を伴うような力学的な機構によって分子ガスが高温に加熱されていることを示唆していました。

ブラックホールから噴き出すアウトフローが星の形成を抑制している

さらに、研究チームは、この影響のメカニズムをより詳しく調査するため、核周円盤とリング状のガス雲の間にある領域に注目。
この領域には、核周円盤から向かって北東(図1の左上)と南西(同右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造が見られました。

この特徴的な形態を分子ごとに分類するため、研究チームが利用したのは、機械学習の一つである主成分分析(principal component analysis : PCA)でした。

人の目によって分布形態を分類しようとすると、見る人の主観によって結果が変わってしまうこともあるので、機械学習を用いることで客観的な結果を得ようとした訳です。

分析の結果分かったのは、核周円盤とその外側に伸びた領域は、分子ガスの分布の構造として全く別の領域として分類されるということでした。(図2・左)
図2.(左)機械学習を用いて行った分子の分布形態の分類図。核周縁版(おおよそ中心の白色の点に相当)から向かって北東(左上)と南西(右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造(青色)が見出された。(右)機械学習により核周縁版とは別の領域として分類された双極の分子ガス分布構造を説明する様式図(図3を地球方向から見た図に相当する)。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)
図2.(左)機械学習を用いて行った分子の分布形態の分類図。核周縁版(おおよそ中心の白色の点に相当)から向かって北東(左上)と南西(右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造(青色)が見出された。(右)機械学習により核周縁版とは別の領域として分類された双極の分子ガス分布構造を説明する様式図(図3を地球方向から見た図に相当する)。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)
この中心から向かって外側に伸びている領域は、先行研究で明らかにされている超巨大ブラックホールから吹き出す双極のジェットと見かけの方向が一致。
なので、双極の分子流(アウトフローと呼ばれる)をとらえたと考えられます。

ジェットやそれに起因して放出されると考えられているアウトフローは、銀河円盤に対して角度を持っているので、その一部が銀河円盤をかすめることになり、そこでの相互作用によって衝撃波加熱が起きていると考えられます。(図3のピンク色で示される領域、これを地球方向から見ると図2・右のように見える)

アウトフローの領域では、一般的な銀河でよく見つかる基本的な分子(一酸化炭素やメタノールなど)は破壊されて少なく、逆にラジカルのような特殊な分子(シアンラジカル、エチニルラジカル、シアン化水素の異性体など)が増えていることが分かりました。

このことから明らかになったのは、中心にある核周円盤は超巨大ブラックホールから吹き出すジェットやアウトフローの強い影響下にあること、そしてその影響は核周円盤からずっと外側の領域にまで広がっていることでした。

このようなジェットやアウトフローの領域は、激しい衝撃波や紫外線・X線などの強い輻射を伴うことが知られていて、一般的な星間分子が存在するには過酷な環境だということも分かりました。

星間分子は、銀河の主成分である星を形成する素となります。
この銀河の中心付近では、星の素になるような分子の破壊が起きているので、新たな星の誕生は抑制されてしまうようです。

今回の研究では、銀河中心にある超巨大ブラックホールが、その母体となる銀河の成長を遅らせている可能性があることを、化学的な観点から示した初の観測例になりました。

そもそも、このようなジェットの周辺では、多くの星間分子が破壊されてしまうので、分子の観測自体が難しいと考えられます。
それでも、ジェットに起因する分子ガスアウトフローの検出とその化学的性質の解明に至ったのは、アルマ望遠鏡の高感度かつ高分解能な性能と主成分分析という手法のおかげと言えます。

銀河中心の超巨大ブラックホールの活動が、銀河の成長を抑制している姿が明らかになったことは大きな発見といえます。

今回の研究では、活動銀河核に対する初めてのイメージング・ラインサーベイによって、この銀河の中心部の極端な環境を理解することができました。
アルマ望遠鏡によるラインサーベイ観測と、機械学習による解析を組み合わせることが、活動的な銀河の物理・化学特性の解明にも非常に有用だということを示したことになりますね。
図3.銀河中心の超巨大ブラックホールからの双極のジェットおよび銀河円盤の位置関係と、それに起因する分子ガスのアウトフローの様式図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)
図3.銀河中心の超巨大ブラックホールからの双極のジェットおよび銀河円盤の位置関係と、それに起因する分子ガスのアウトフローの様式図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)

これらの観測結果は、Saito et al.“AGN-driven Cold Gas Outflow of NGC 1068 Characterized by Dissociation-sensitive Molecules”として、アメリカ学術雑誌“The Astrophysical Journal”に2022年8月23日付で掲載(DOI: 10.3847/1538-4357/ac80ff)されるとともに、Nakajima et al. “Molecular Abundance of the Circumnuclear Region Surrounding an Active Galactic Nucleus in NGC 1068 based on Imaging Line Survey in the 3-mm Band with ALMA”として、アメリカ学術雑誌“The Astrophysical Journal”に2023年9月14日付でオンライン掲載されました(DOI: 10.3847/1538-4357/ace4c7)。


こちらの記事もどうぞ


中間質量ブラックホールの証拠? 天の川銀河中心の超大質量ブラックホール付近で“おたまじゃくし”の形をした分子雲を発見

2023年03月09日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”付近に、独立した“おたまじゃくし”の形をした分子雲が見つかりました。

この分子雲は、天球面上で円弧上の形態をしていて、その円弧に沿って視線速度が単調に変化していることが明らかになるんですねー

さらに、この空間速度構造は、太陽の10万倍の質量を持つ点状重力源周りのケプラー軌道によって極めてよく再現されました。
 ケプラー軌道は、3次元空間で2次元の軌道面を形成する楕円、放物線、または双曲線としての、ある物体の別の物体に対する運動。
また、様々な波長の光でその位置を調べても明るい天体が見つからず…
このことが意味するのは、この点状重力源が高密度の星団などではないことでした。

現時点で有力視されているのは、点状重力源が中間質量ブラックホールである可能性。
そう、これまでに確実な発見例がほとんど無い中間質量ブラックホールによって作られた可能性があるようです。

分子ガスの分布・運動の解析から発見された中間質量ブラックホール候補天体の中で、最も確実さが高いようです。
 今回の研究を進めているのは、慶応義塾大学大学院理工学研究科の金子美幸(博士課程2年)と同理工学部物理学科の岡朋治教授、国立天文台、神奈川大学からなる研究チームです。

中間質量ブラックホールの見つけ方

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

また、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”も宇宙には多数存在しています。

一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無いブラックホールもあります。
それが、太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”です。

超大質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことで形成されたとも考えられています。
なので、この2つのブラックホールの中間くらいの質量を持つ“中間質量ブラックホール”もあるはずなんですねー

超大質量ブラックホールや恒星質量ブラックホールは、その重力に引き寄せられた物質が加熱されて放つX線を観測したり、周囲の天体の運動を調べたりすることで存在が確認できます。

同じ方法を使えば中間質量ブラックホールの存在も確認できると思いますよね。
それでは、なぜ決定的な証拠が見つからないのでしょうか?

その理由として考えられているのは、中間質量ブラックホールの周りには物質が少なく、超大質量ブラックホールほど重力が強くないため他の恒星や星間物質を引き寄せにくいこと。
そう、見つからない理由は中間質量ブラックホールが目立たないことにあると考えられています。

分子雲を“オタマジャクシ”形に変形させたもの

天の川銀河中心の超大質量ブラックホール“いて座A*”の近傍には、中間質量ブラックホールの存在が示唆されている星団“IRS13E”があります。

でも、“IRS13E”が中間質量ブラックホールを含むとする説には異論もあり、確実に存在するとは言えないんですねー

一方で研究チームが指摘していたのは、銀河系中心分子層に発見されたコンパクトかつ異様に速度幅が広い分子雲の存在について。
同領域に“IRS13E”以外にも中間質量ブラックホールが複数存在する可能性でした。
 銀河系中心分子層は、“いて座A*”から半径1000光年程度の範囲に広がる特に激しい運動状態の領域。
 観測される光の波長ごとの強度分布“スペクトル”に現れる線は、光のドップラー効果によって私たちの方へ動いている物質からの光は波長が短く(青く)なり、遠ざかっている物質の光は波長が長く(赤く)なる。この周波数の変化量を測定することで、天体の視線速度を知ることができる。周波数で表されたスペクトル線幅を視線速度に換算したものを“速度幅”という。
ただ、ブラックホール以外の天体や要因でも同様の分子雲を生成することは可能。
その確認のためには、ブラックホールのような点状重力源が生じるガスの運動状態を、正確に再現している分子雲を検出することが重要になってきます。

このような研究は、銀河中心の超大質量ブラックホールの形成・成長過程を明らかにすることにつながるので、非常に重要なことになります。

そこで、今回の研究では、ハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡を使用して取得された一酸化炭素(CO)の回転スペクトル線サーベイデータを精査。
これにより、点状重力源との相互作用によって生じたと考えられるコンパクトかつ速度幅が広い分子雲の探査を集中的に行いました。

その結果の一つとして、“いて座A*”の北西約20光年の距離に一つの特異な分子雲を発見。
この分子雲は周囲から孤立して存在していて、立体的な構造を調べると“おたまじゃくし”のような形であることが分かります。
 国立天文台野辺山宇宙電波観測所45メートル望遠鏡で取得されたCO及びCS(硫化炭素)サーベイデータ中でも、その存在が確認された。
この分子雲の形は、太陽10万個分の質量をもつ点状重力源を回る運動でうまく説明できました。
そう、今のところ重力源の最有力候補といえるのがブラックホールでした。
“おたまじゃくし”分子雲(左)と中間質量ブラックホール(中央)のイメージ図。(Credit: 国立天文台野辺山宇宙電波観測所)
“おたまじゃくし”分子雲(左)と中間質量ブラックホール(中央)のイメージ図。(Credit: 国立天文台野辺山宇宙電波観測所)
“おたまじゃくし”が孤立しているということは、分子雲を変形させた要因が重力源以外に見当たらないことを意味しています。

次に研究チームは、この点状重力源の正体を探るため、“おたまじゃくし”を含む天域の様々な波長のイメージを確認。
でも、想定される位置に明るい天体が見つからないので、点状重力源が星団である可能性は低いと考えられています。

また、軌道要素から与えられる質量密度の下限値が膨大であることから、この点状重力源が中間質量ブラックホールである可能性が強く示唆されました。

これらのことから研究チームは、“おたまじゃくし”が太陽10万個分の質量をもつ不活発な中間質量ブラックホールによって形作られたと結論付けています。

今回見つかった天体は、分子ガスの分布や運動の解析から見つかった中間質量ブラックホールの候補としては、最も確実さが高いそうです。
(a)“いて座A*”(十字印)周辺の一酸化炭素分子の回転スペクトル線の積分強度図(346GHz)。(b)“おたまじゃくし”周辺の拡大図。(c)(b)中の水色線に沿って作成した位置-速度図。(d)各速度におけるピーク強度位置(紫十字)とケプラー軌道(緑実線)を重ねた3次元図。(Credit: 国立天文台野辺山宇宙電波観測所)
(a)“いて座A*”(十字印)周辺の一酸化炭素分子の回転スペクトル線の積分強度図(346GHz)。(b)“おたまじゃくし”周辺の拡大図。(c)(b)中の水色線に沿って作成した位置-速度図。(d)各速度におけるピーク強度位置(紫十字)とケプラー軌道(緑実線)を重ねた3次元図。(Credit: 国立天文台野辺山宇宙電波観測所)
この“おたまじゃくし”を駆動しているのが本当に中間質量ブラックホールだとすれば、この位置は超大質量ブラックホールの“いて座A*”から非常に近いことになります。

そのため、この中間質量ブラックホールは“いて座A*”に飲み込まれていく運命にあるとみられています。

今後、研究チームでは“おたまじゃくし”を形成する点状重力源の実態に迫るため、アルマ望遠鏡による高解像度観測を行う予定です。


こちらの記事もどうぞ


銀河中心ブラックホールを隠すダストの分布は赤外線放射の時間変動現象で明らかにできる

2022年10月29日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
今回の研究を進めているのは、東京大学大学院理学系研究科と同付属天文学教育研究センター、プリンストン大学、大阪大学大学院理学研究科の研究者の皆さん。

活動銀河核の赤外線放射強度の時間変動現象を解析することで、 銀河中心ブラックホールを取り巻くダスト層“ダストトーラス”による活動銀河核中心部からの光の減衰量“ダスト減光量”を測定する新しい手法を開発しています。
活動銀河核とは、銀河の中心部の非常に狭い領域から、銀河全体の明るさに匹敵するかそれを超えるほど莫大な電磁波を放射している天体現象。銀河中心に存在する巨大ブラックホールに物質が落下することによって解放される重力エネルギーが、巨大な放射のエネルギー源とされている。巨大ブラックホール近傍の高温ガスからはX線が、その周囲に形成されるガス円盤(降着円盤)からは紫外線や可視光線が、さらにそれらを取り巻くように分布する“ダストトーラス”からは赤外線が放射される。
巨大ブラックホールと降着円盤をドーナツ状に取り巻くようにガスが分布していると考えられていて、そのガスにはダスト(数nmから数μm程度の大きさの個体の微粒子)が含まれていると考えられている。このドーナツ状の構造をダストトーラスと呼ぶ。
この新手法の長所は2つ。
“ダストトーラス”を透過しやすい赤外線を使うことで、“ダストトーラス”に深く隠された活動銀河核でも測定が可能なこと、そして公開観測データベースをもとに簡便かつ大量に解析できることになります。

活動銀河核463個についてダスト減光量の測定を行ってみると、可視光なら中心放射が約1杼分の1(1兆分の1の1兆分の1)と暗くなるほどに、“ダストトーラス”に深く隠された活動銀河核も存在していました。

研究で測定した“ダスト減光量”に対して、先行研究で測定されたブラックホールから私たちまでの間に存在するガスの量は、銀河系の星間空間における標準的な両者の比から想定される量よりも多く、さらに活動銀河核ごとにまちまちの値を示していました。

このことが示唆していること、それは“ダストトーラス”の内側にダストを含まないガス雲が多数存在していること。
今後、約10万個の活動銀河核について新手法を適用できる見込みで、活動銀河核現象と銀河中心ブラックホールの成長を理解するための有力な手掛かりになると期待されているようです。

“ダスト減光量”を測定することで“ダストトーラス”の構造を調べる

銀河中心ブラックホールを取り巻く“ダストトーラス”は、いわば“ダム”のように活動銀河核の莫大な放射エネルギーの燃料源となる大量のガスをためています。

そして、“ダストトーラス”中のガスの一部は重力によりブラックホールに引き込まれ、莫大な放射の“燃料”となりつつブラックホールの質量を増やしていきます。

一方でガスに混じっているダストは活動銀河核中心からの強力な放射による圧力を受け、このダストと共にかなりのガスが外へ吹き飛ばされてしまうと考えられています。

このように“ダストトーラス”の構造や状態を明らかにすることは、活動銀河核の研究においてとても重要なことになります。

ダストは光を吸収・散乱する性質があります。
なので、活動銀河核中心部から私たちまでの間に存在するダストの量は、中心部からの放射の減衰量“ダスト減光量”で評価することができます。

そう、たくさんの活動銀河核について“ダスト減光量”を測定すると、“ダストトーラス”の構造を調べることができるんですねー

近赤外線放射強度の時間変動現象を解析

これまで可視光による観測は数多く行われてきました。

でも、可視光は少量のダストでも効率的に減光してしまうので、“ダストトーラス”に深く隠された活動銀河核については“ダスト減光量”が測定できませんでした。

そのような活動銀河核を対象に、よりダストに減光されにくい近赤外線(波長約2μm)での観測も進みつつありますが、“ダスト減光量”が測定された活動銀河核の数はいまだ多くはありません。

そこで今回の研究では、活動銀河核の近赤外線放射強度の時間変動(変光)現象の解析により、“ダストトーラス”による減光量を測定する新しい手法を開発しています。

“ダストトーラス”内縁部では、活動銀河核中心からの強力な紫外線・可視光によってダストは昇華寸前にまで温められ、近赤外線(波長1~5μm)を放射。
この近赤外線は、活動銀河核中心からの放射と同様に私たちまでの間に存在するダストにより減光していきます。

可視光・赤外線に対するダストによる吸収・散乱の影響は波長が長いほど小さいので、そのスペクトルはより“赤く(相対的に短波長側がより暗く)”なります。
なので、この赤くなる量を測定することで“ダスト減光量”を見積もることができるんですねー

今回の研究では、近赤外線の異なる2つの波長における放射強度の変化量の比を使うことで、赤くなる量を測定しています。
“ダストトーラス”による減光量の異なる活動銀河核における、活動銀河核中心部からの放射の見え方の違いを示したイメージ図。活動銀河核の一般的な性質として、中心部からの放射の明るさは時間変化(変光)する。可視光・赤外線に対するダストによる吸収・散乱の影響は波長が長いほど小さいので、“ダストトーラス”による減光が大きい場合には中心部からの放射は暗くなりつつ、そのスペクトルは“赤く”(相対的に短波長で暗く長波長で明るい)なる。そこで中心放射の変光する成分のスペクトルがどれだけ“赤く”なっているかを測定することで、“ダストトーラス”の減光量を測定する。
ダストトーラス”による減光量の異なる活動銀河核における、活動銀河核中心部からの放射の見え方の違いを示したイメージ図。活動銀河核の一般的な性質として、中心部からの放射の明るさは時間変化(変光)する。可視光・赤外線に対するダストによる吸収・散乱の影響は波長が長いほど小さいので、“ダストトーラス”による減光が大きい場合には中心部からの放射は暗くなりつつ、そのスペクトルは“赤く”(相対的に短波長で暗く長波長で明るい)なる。そこで中心放射の変光する成分のスペクトルがどれだけ“赤く”なっているかを測定することで、“ダストトーラス”の減光量を測定する。

活動銀河核の近赤外線放射強度の時間変動(変光)から“ダストトーラス”による減光量を評価する方法の概要。一般的に活動銀河核からの近赤外線放射は10数年の観測期間の間で明るさが変化する(図中左側グラフ)。近赤外線の異なる2つの波長(ここでは波長3.4μm、4.6μm)での放射強度を縦軸横軸として各観測日のデータをプロットし、直線フィットする(図中右側のグラフ)。このフィッテング直線の傾きは両波長における変光量の比を示し、変光している近赤外線放射のスペクトルの色の指標になる。“ダスト減光”が大きい場合、長波長の放射よりも短波長の放射の方がより暗くなるためその変光幅もより小さくなり、フィッティング直線の傾きが変化する。そこで、中心部の可視光放射がダストに隠されていない活動銀河核におけるフィッティング直線の傾きの平均的な値を求め、ある活動銀河核についてのフィッティング直線の傾きがそれからどれくらい異なるか測定することで、その活動銀河核における“ダストトーラス”による減光量を評価する。この波長の近赤外線はダストによる吸収・散乱の影響が可視光に比べてはるかに小さいので、“ダストトーラス”に深く隠された活動銀河核でも幾分なりとも透過してきた放射を測定して、ダスト減光量を評価することができる。
活動銀河核の近赤外線放射強度の時間変動(変光)から“ダストトーラス”による減光量を評価する方法の概要。一般的に活動銀河核からの近赤外線放射は10数年の観測期間の間で明るさが変化する(図中左側グラフ)。近赤外線の異なる2つの波長(ここでは波長3.4μm、4.6μm)での放射強度を縦軸横軸として各観測日のデータをプロットし、直線フィットする(図中右側のグラフ)。このフィッテング直線の傾きは両波長における変光量の比を示し、変光している近赤外線放射のスペクトルの色の指標になる。“ダスト減光”が大きい場合、長波長の放射よりも短波長の放射の方がより暗くなるためその変光幅もより小さくなり、フィッティング直線の傾きが変化する。そこで、中心部の可視光放射がダストに隠されていない活動銀河核におけるフィッティング直線の傾きの平均的な値を求め、ある活動銀河核についてのフィッティング直線の傾きがそれからどれくらい異なるか測定することで、その活動銀河核における“ダストトーラス”による減光量を評価する。この波長の近赤外線はダストによる吸収・散乱の影響が可視光に比べてはるかに小さいので、“ダストトーラス”に深く隠された活動銀河核でも幾分なりとも透過してきた放射を測定して、ダスト減光量を評価することができる。

たくさんの活動銀河核を系統的に調べてみる

活動銀河核を中心に持つ銀河(母銀河)中の星などからの放射は、たかだか数十年の観測期間内では明るさは変化しません。
なので、新手法では母銀河の放射の影響を受けずに、活動銀河核の放射が赤くなる量を測定することができます。

近年、赤外線天文衛星“WISE”によって、波長3~5μmの近赤外線での全天長期モニター観測が行われています。
赤外線天文衛星“WISE”は、NASAによって2009年に打ち上げられた天文観測衛星(正式名称はWide-field Infrared Survey Explorer)。天球上のすべての領域について、半年に一度の間隔で赤外線での観測が行われる。初期に4つの波長(3.4μm、4.6μm、12μm、22μm)にて掃天観測が行われたのち、しばらくの休眠期を経て2014年から波長3.4μm、4.6μmにて観測を再開し、現在も継続中である。観測結果のデータは一般に公開されている。
この波長の近赤外線は、ダストによる収集・散乱の影響が可視光に比べてはるかに小さくなります。
そのおかげで、新手法を用いて一般公開されている“WISE”のデータを解析することにより、“ダストトーラス”に深く隠された活動銀河核についても、容易に“ダスト減光量”の測定を行うことが可能になりました。

研究では、“the BAT AGN Spectroscopic Survey(BASS; Koss et al. 2017)”カタログにある活動銀河核に新手法を適用。
463個の活動銀河核に対して“ダスト減光量”の測定に成功しています。

これらの活動銀河核は中心部の可視光放射がダストに隠されていないものと、ほとんど隠されたもの(それぞれ1型、2型と呼ばれる)に大別。
2型活動銀河核の“ダスト減光量”は、1型活動銀河核に比べて大きいだけでなく、それより少し大きいだけのものから、可視光ならば明るさが1杼分の1(1兆分の1の1兆分の1)になるほど非常に大きなものまで、幅広い値を持つことが分かりました。
本研究で測定された活動銀河核のダスト減光量と、それらの活動銀河核におけるブラックホールから私たちまでの間に存在するガスの量との比較。青丸は中心部の可視光放射がダストに隠されていない1型活動銀河核、赤丸はそれがほとんど隠された2型活動銀河核を表す。また、灰色の帯は、銀河系の星間物質の標準的なガスとダストの混合比の場合における図上の位置を示している。2型活動銀河核は1型活動銀河核より少しだけダスト減光量が大きい(それでも可視光放射はほぼ隠されてしまっている)ものから、可視光ならば明るさが1杼分の1(1兆分の1の1兆分の1)になるほどダスト減光量の大きいものまで広い範囲に分布している。また、2型活動銀河核の多くが灰色の帯状のものから、それよりもガス量がおよそ100倍大きいものまで、幅広く分布している。
本研究で測定された活動銀河核のダスト減光量と、それらの活動銀河核におけるブラックホールから私たちまでの間に存在するガスの量との比較。青丸は中心部の可視光放射がダストに隠されていない1型活動銀河核、赤丸はそれがほとんど隠された2型活動銀河核を表す。また、灰色の帯は、銀河系の星間物質の標準的なガスとダストの混合比の場合における図上の位置を示している。2型活動銀河核は1型活動銀河核より少しだけダスト減光量が大きい(それでも可視光放射はほぼ隠されてしまっている)ものから、可視光ならば明るさが1杼分の1(1兆分の1の1兆分の1)になるほどダスト減光量の大きいものまで広い範囲に分布している。また、2型活動銀河核の多くが灰色の帯状のものから、それよりもガス量がおよそ100倍大きいものまで、幅広く分布している。

次に、測定された“ダスト減光量”を、ブラックホールから私たちまでの間に存在するガスの量(BASSカタログに記載されている、X線放射の減光によって測定された値)と比較。
すると、多くの2型活動銀河核において、銀河系の星間物質の標準的なガスとダストの混合比を仮定したときに、“ダスト減光量”から予想されるよりもガスの量が多いことが分かりました。

しかも、このガスの量は、銀河系の星間物質からの予想値にほぼ等しいものから、その100倍近く大きいものまで活動銀河核ごとに様々な値を示していたんですねー

このような傾向は先行研究でも示唆されていたこと。
でも、これほどたくさんの活動銀河核について系統的に調べられたの初めてのことでした。

この結果は何を示しているのでしょうか?

この疑問は、“ダストトーラス”の内側にダストを含まないガス雲が多数存在し、それらがこのガスの超過をもたらしているとイメージすれば説明することができそうです。
本研究が示唆する“ダストトーラス”の構造の概念図。中心の巨大ブラックホールと降着円盤を取り囲むように“ダストトーラス”が存在し、両者の間にダストを含まないガス雲が存在する。近赤外線は“ダストトーラス”内縁部に存在する高温ダスト領域から放射され、それが“ダストトーラス”を通過するときに減光を受ける。X線は巨大ブラックホール近傍の高温ガスから放射され、それがダストを含まないガス雲や“ダストトーラス”中のガスを通過するときに減光を受ける。図中の①~③は異なる方から活動銀河核を観測したときに近赤外線とX線放射が通過する経路と受ける減光の様子の違い、およびそれぞれの図2中でのデータの位置を示している。①では近赤外線放射は“ダストトーラス”で減光を受け、X線放射は“ダストトーラス”とその内側にあるダストを含まないガス雲の両方で減光を受ける。②では近赤外線放射、X線放射はともに減光を受けない。③では近赤外線放射、X線放射は“ダストトーラス”でのみ減光を受ける。
本研究が示唆する“ダストトーラス”の構造の概念図。中心の巨大ブラックホールと降着円盤を取り囲むように“ダストトーラス”が存在し、両者の間にダストを含まないガス雲が存在する。近赤外線は“ダストトーラス”内縁部に存在する高温ダスト領域から放射され、それが“ダストトーラス”を通過するときに減光を受ける。X線は巨大ブラックホール近傍の高温ガスから放射され、それがダストを含まないガス雲や“ダストトーラス”中のガスを通過するときに減光を受ける。図中の①~③は異なる方から活動銀河核を観測したときに近赤外線とX線放射が通過する経路と受ける減光の様子の違い、およびそれぞれの図2中でのデータの位置を示している。①では近赤外線放射は“ダストトーラス”で減光を受け、X線放射は“ダストトーラス”とその内側にあるダストを含まないガス雲の両方で減光を受ける。②では近赤外線放射、X線放射はともに減光を受けない。③では近赤外線放射、X線放射は“ダストトーラス”でのみ減光を受ける。

たくさんの活動銀河核が“WISE”によって観測されていて、このうち新手法を適用できるものは約10万個にもなる見込みです。

こうして得られた大量の“ダスト減光量”データに基づき“ダストトーラス”の構造や状態を推定できれば…
活動銀河核や銀河中心ブラックホールの成長、それが母銀河に与える影響を理解するための手掛かりが得られるかもしれませんね。


こちらの記事もどうぞ