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ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測して分かった! ビッグバンから10億年未満の宇宙にある銀河の大きさと明るさの関係

2023年03月05日 | 銀河・銀河団
ビッグバンから10億年未満という初期宇宙の銀河から放出された光。
この可視光線をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測してみると、その頃の銀河の大きさと明るさの関係が初めて明らかになったんですねー

重力レンズ効果を用いた宇宙探査

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測開始から最初の約1年間には、観測データがすぐに公開されて誰でも解析を行える“早期公開科学プログラム”とういう観測プロジェクトが13件行われています。
 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心になって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用宇宙望遠鏡。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として、2021年12月25日に打ち上げられ、地球から見て太陽とは反対側150万キロの位置にある太陽―地球間のラグランジュ点の1つの投入され、ヨーロッパ宇宙機関と共同で運用されている。名称はNASAの第2代長官ジェームズ・E・ウェッブにちなんで命名された。
この“早期公開科学プロジェクト”のひとつに、ちょうこくしつ座の方向約40億光年彼方に位置する巨大銀河団“Abell 2744(通称:パンドラ銀河団)”を、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮像・分光するプロジェクト“GLASS(Grim Lens-Amplified Survey from Space:重力レンズ効果を用いた宇宙探査)”があります。
 “GLASS”はカリフォルニア大学ロサンゼルス校のTommaso Treu教授が主導するプロジェクト。
“Abell 2744”は、巨大な質量を持っているので、遠くにある背景銀河の像が重力レンズ効果で拡大されているんですねー
この背景銀河をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測し、宇宙で最初の星や銀河が誕生した“宇宙の再電離”の時代まで見通そうというのが“GLASS”プロジェクトの目的です。
 生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。
 でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。
 その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離され、この現象を“宇宙の再電離”という。宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れたことにより、空間を通り抜けられるようになった“宇宙最初の光”が、現在の空に広がる“宇宙マイクロ波背景放射”として観測されている。

赤外線の波長による遠方銀河の観測

今回の研究を進めているのは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構“カブリIPMU”のLilan Yang東京大学特別研究員を中心とする国際研究チーム。
研究チームは、“GLASS”プロジェクトでジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”が撮影した分光撮像データを用いて、遠くの銀河の大きさと明るさの間にどのような関係があるのかを調べています。
 “GLASS”プロジェクトが利用しているのは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線撮像装置“NIRISS”、近赤外線分光器“NIRSPEC”、近赤外線カメラ“NIRCAM”の3種類の装置と“NIRCAM”の7つのフィルターを用いた観測データ。
図1.GLASS-JWSTプログラムで撮影された銀河。ビッグバンから約4億5000万年後と約3億5000万年後に存在した非常に明るい銀河(それぞれ赤方偏移約10.5と約12.5)が映っている。(Credit: NASA、ESA、CSA、Tommaso Treu (UCLA))
図1.GLASS-JWSTプログラムで撮影された銀河。ビッグバンから約4億5000万年後と約3億5000万年後に存在した非常に明るい銀河(それぞれ赤方偏移約10.5と約12.5)が映っている。(Credit: NASA、ESA、CSA、Tommaso Treu (UCLA))
初期宇宙に存在する銀河の光は、宇宙の膨張によって波長が伸びて地球に届きます。
なので、宇宙誕生から数億年後の時代に存在する銀河から放出された紫外線や可視光線は、地球では赤外線になって観測されることになります。
 膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになり、昔の宇宙の天体になる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
このため、遠方宇宙の銀河の可視光での性質を調べるには、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線の波長による観測が必須になるわけです。

研究チームは、赤方偏移zがおよそ7~15(宇宙誕生の2.7~8億年後)の初期宇宙に存在する19個の銀河について、銀河から放出された時の波長が紫外線(約1600Å)から可視光線(約4800Å)に相当する5種類の赤外線で、銀河の大きさと明るさの関係を求めました。

そして、解析の結果分かったのは、この時代の銀河の典型的な大きさが半径が約1500~2000光年で、私たちの天の川銀河の20分の1ほどであること。
また、放出時に可視光線だった光で観測された銀河に比べ、紫外線だった光で観測された銀河の方が、真の明るさ(絶対等級)が同じでもサイズがやや小さいことが明らかになります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を使って、赤方偏移が7を超える銀河について、放出時に可視光線だった光で銀河の特徴を調べたのは今回が初めてのこと。
これまで活躍してきたハッブル宇宙望遠鏡による観測では、放出時に紫外線だった光で銀河の特徴を知ることしかできませんでした。

それでは、こうした観測の結果は期待されたものだったのかというと、正直何も分かっていないんですねー
過去のシミュレーションによる理論的な研究でも、様々な予測がされていて混とんとした状況です。
図2.5つの波長帯で観測された銀河の大きさと明るさの関係。F150Wのパネルにある黒い実線と破線は、それぞれShibuya(2015; z ∼ 8)とHuang(2013; z ∼ 5)。ハッブル宇宙望遠鏡データから得られた同じ波長帯のもの。(Credit: Yang et al.)
図2.5つの波長帯で観測された銀河の大きさと明るさの関係。F150Wのパネルにある黒い実線と破線は、それぞれShibuya(2015; z ∼ 8)とHuang(2013; z ∼ 5)。ハッブル宇宙望遠鏡データから得られた同じ波長帯のもの。(Credit: Yang et al.)

一般に赤方偏移zが7を超えるような遠い銀河の明るさと大きさには、明るい銀河ほどサイズ大きい(=銀河の半径が明るさのべき乗に比例する)という、関係があることが知られています。
今回、研究チームが行った解析によると、このべき乗関係の“傾き(べき乗の係数)”が、可視光線より紫外線の方が大きいらしいことも分かりました。

この結果が意味するもの。
それは、銀河の全体の明るさが同じでも、紫外線で見える銀河の方が表面輝度が高く、より小さくコンパクトに見えることを意味するのかもしれません。

つまり、初期宇宙にどのくらいの明るさの銀河が何個あるのかを見積もる際に、紫外線相当の光で観測する方が見落としが少ないかもしれません。

でも、まだはっきりとしたことは分かっていません。

ただ、今回の研究はまだ始まったばかり。
より多くの銀河のサンプルを用いたさらなる研究によって、より正確な結果が得られるはずです。


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100光年彼方の赤色矮星を公転する系外惑星“TOI 700 e”を発見! 今回は楽観的なハビタブルゾーン内にあった

2023年03月03日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
今回、アメリカ天文学会の第241回会合で発表されたのは、
かじき座の方向約100光年彼方に位置する13等級の赤色矮星“TOI 700”を公転している4つ目の太陽系外惑星を発見したとする研究成果でした。
 今回の研究を進めているのは、NASA・ジェット推進研究所の博士研究員Emily Gilbertさんを筆頭とする研究チームです。
地球サイズの太陽系外惑星“TOI 700 e”のイメージ図。左奥には同じ星系の“TOI 700 d”も描かれている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/Robert Hurt)
地球サイズの太陽系外惑星“TOI 700 e”のイメージ図。左奥には同じ星系の“TOI 700 d”も描かれている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/Robert Hurt)

主星からの距離が程良く惑星の表面に液体の水が存在できる領域ハビタブルゾーン

主星“TOI 700”は、大きさと質量が太陽の4割ほどのM型矮星で、表面温度は約3500Kほどなので恒星として低温な部類になります。

これまで、“TOI 700”の周りで見つかっているのは、系外惑星“TOI 700 b”、“TOI 700 c”、“TOI 700 d”の3つでした。

もっとも内側の“TOI 700 b”は、地球とほぼ同じサイズの岩石惑星とみられていて公転周期は10日。
真ん中の“TOI 700 c”は公転周期が16日ほどで、地球の2.6倍ほど大きいガス惑星だと考えられています。

そして、最も外側を公転している惑星“TOI 700 d”は、地球の約1.2倍の大きさの岩石惑星で表面温度は摂氏-約4度ほど。
主星までの距離は約2400万キロ、37.4日周期で公転しているようです。

主星との距離が太陽から地球の約6分の1になるので、“TOI 700 d”は主星に近い軌道を公転していることになります。
ただ、主星が太陽より暗いこの惑星系では、この距離がハビタブルゾーンに当たるんですねー
 “ハビタブルゾーン”とは、主星(恒星)からの距離が程良く惑星の表面に液体の水が存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。
表面温度が摂氏-約4度ほどと考えらていますが、これは大気の影響を考慮しないもの。
もし、“TOI 700 d”に大気があれば、表面に液体の水が存在する可能性もあるようです。

“TOI 700”の楽観的なハビタブルゾーン内を約27.8日周期で公転

今回、研究チームが発表したのは、この惑星系で4つ目の系外惑星“TOI 700 e”を見つけたことでした。

“TOI 700 e”の直径は地球の約95%で、主星を約27.8日周期で公転。
“TOI 700”の“楽観的なハビタブルゾーン”内を公転しています。
“TOI 700”のハビタブルゾーンと惑星の公転軌道を示した図。一番外側の“TOI 700 d”は保守的なハビタブルゾーン(濃い緑)内を、その内側の“TOI 700 e”は楽観的なハビタブルゾーン(薄い緑)内を公転している。(Credit: Gilbert et al.)
“TOI 700”のハビタブルゾーンと惑星の公転軌道を示した図。一番外側の“TOI 700 d”は保守的なハビタブルゾーン(濃い緑)内を、その内側の“TOI 700 e”は楽観的なハビタブルゾーン(薄い緑)内を公転している。(Credit: Gilbert et al.)

ジェット推進研究所によれば、楽観的なハビタブルゾーンとは惑星の歴史で一時的にでも表面に液体の水が存在し得る領域とのこと。
惑星の歴史の大半の期間を通して、表面に液体の水が存在し得る領域“保守的なハビタブルゾーン”の内側と外側に広がっています。

また、先に発見された“TOI 700 d”は、“TOI 700”の保守的なハビタブルゾーン内を公転していると見られています。

“TOI 700”を公転する系外惑星が見つかったのは、NASAの系外惑星探査衛星“TESS”の観測によって。
2018年4月に打ち上げられた“TESS”は、太陽系の近くにある地球サイズの惑星を発見することを主な目的としています。

“TESS”が狙うのは、地球からおよそ300光年以内にあり、恒星の明るさによって大気が照らされている惑星。
調査する恒星の多くはM型矮星という銀河系に最も多いタイプで、私たちの太陽よりも小さくて暗い恒星になります。
 “TESS”は、地球から見て系外惑星が主星の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る“トランジット法”という手法により惑星を発見し、その性質を明らかにする。
現在、宇宙と地上からの観測による追跡調査が進められています。
なので、“TOI 700”星系に関する知見がさらに得られる可能性がありそうです。

なお、系外惑星の名前は、“主星の名前”に“小文字のアルファベット”を付与したものになります。

このアルファベットは、主星からの距離や発見された順番に応じて“b”から順に“c”、“d”と付与されていきます。

同じ星系で別の惑星が見つかっても、すでに命名済みの名前は変更されないので、アルファベットの順番と主星からの距離の順番が一致するとは限らないんですねー

今回発表された“TOI 700 e”は、“TOI 700”で4番目に見つかった系外惑星なので“e”が付与されています。

でも、先に見つかった“TOI 700 c”と“TOI 700 d”の間を公転しているので、“TOI 700”に近いものから惑星を並べると“b”、“c”、“e”、“d”の順番になってしまいます。

“TOI 700”を公転する4つの惑星の直径と公転周期。円の大きさの比率は実際の主星や惑星の大きさを反映していない。(Credit: sorae)
“TOI 700”を公転する4つの惑星の直径と公転周期。円の大きさの比率は実際の主星や惑星の大きさを反映していない。(Credit: sorae)

さらに、一部の系外惑星には国際天文学連合“IAU”が世界各国から募集した名前が付けられていますよ。


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地球以外では高温の活火山があることが知られている唯一の天体! 木星の衛星イオのマグマの温度は1000度以上ある

2023年03月01日 | 木星の探査
木星を巡るガリレオ衛星の中で最も内側の軌道を公転しているのがイオです。
太陽系の衛星の中では4番目に大きく、半径は1800キロ強と地球の3分の1にもなります。
 木星を周回する4つの大型衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)は、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で発見したので通称“ガリレオ衛星”と呼ばれている。衛星が大きいのでガリレオ手製の低倍率の望遠鏡でも見ることができた。
そのガリレオ衛星の1つであるイオには、太陽系全体で見ても特異な性質があります。

それは、イオが木星や他のガリレオ衛星から潮汐力を受け、内部が加熱されて高温のマグマを放出していることです。

イオは太陽系の衛星の中では、最も火山活動が活発なことが有名で、その表面に確認されている火山は400以上。
そこからは硫黄を含むガスが放出されているようです。

そのガスが凍り付いて地表に降り注ぐことで、イオの表面は黄色やオレンジ、赤といった暖色系の彩の模様で覆われています。

地球以外では、高温の活火山があることが知られている唯一の天体。
このことからも、イオは特異な天体として興味深い観測対象になっています。
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が1999年7月3日に撮影したイオのトゥルーカラー画像。全体的な黄色っぽい色や表面に見られる複雑な模様は、現在も続く活発な火山活動によって形成されたもの。(Credit: NASA/JPL/University of Arizona)
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が1999年7月3日に撮影したイオのトゥルーカラー画像。全体的な黄色っぽい色や表面に見られる複雑な模様は、現在も続く活発な火山活動によって形成されたもの。(Credit: NASA/JPL/University of Arizona)

天体そのものが変形させられて熱を持つ現象

木星の巨大な重力による潮汐力が、イオの火山のエネルギー源になっています。

木星を周回するイオの軌道が完全な円形ではないことや、イオが“潮汐ロック”によって常に同じ面を木星に向けていることで、イオは木星に接近すると決まって同一面方向に引っ張られることになります。
 潮汐ロックとは、主星からの潮汐力の影響で自転周期と公転周期が一致し、常に主星に対して同じ面を向け続けている状態。主星の近くを公転している場合など、受ける潮汐力が大きい場合に比較的よくみられる現象。月が地球に同じ面を向けているのも同じ現象。
これにより、木星から遠いときはほぼ球体のイオも、接近するに従って赤道方向に引っ張られ、極端にいえば卵のような形になるんですねー
そして、木星から遠ざかると、また球体に戻っていきます。

これを繰り返すことで発生した摩擦熱によりイオは熱せられているわけです。
このような強い重力により、天体そのものが変形させられて熱を持つ現象を“潮汐加熱”といいます。
 木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドス、海王星の衛星トリトンといった天体では、潮汐作用による惑星内部の過熱“潮汐加熱”を熱源とした低温火山活動によって、地下から水などの物質が噴出していると見られている。
また、木星による潮汐加熱に加え、すぐ周囲をエウロパやガニメデなど、太陽系屈指の大型の衛星が公転しているので、これらの影響も受けることになります。

こうしてイオは変形させられて加熱されることで、火山活動が活発に起きていると考えられています。
図2.NASAの冥王星探査機“ニューホライズンズ”が2007年2月28日に撮影したイオ。宇宙からも見えるほど大規模な噴出を伴う噴火が3か所で起きていて、イオが地球以上に活発な天体であることを示す一つの証拠になる。(Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute)
図2.NASAの冥王星探査機“ニューホライズンズ”が2007年2月28日に撮影したイオ。宇宙からも見えるほど大規模な噴出を伴う噴火が3か所で起きていて、イオが地球以上に活発な天体であることを示す一つの証拠になる。(Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute)

イオには薄い大気が存在している

イオには地球の約10億分の1という、ほんのかすかな大気が存在しています。

その組成は、ほぼ100%が二酸化炭素。
でも、微量成分として一酸化硫黄や塩化ナトリウム、塩化カリウムも検出されています。

特に興味深い成分が塩化ナトリウムと塩化カリウムです。
これらは地球の火山でも検出されている成分です。

塩化ナトリウムと塩化カリウムは蒸発する温度が異なり、その成分比はマグマの温度に反映します。

このことから、イオの大気に含まれる塩化ナトリウムと塩化カリウムも、地球と同じく火山に由来する物質だと考えることができます。

イオの火山活動が薄い大気に与える影響

もし、イオの大気に含まれる塩化ナトリウムと塩化カリウムが火山に由来する物質だとすれば、それはイオのマグマの温度を調べるのに役立つはずなんですねー

塩化ナトリウムと塩化カリウムの大気中の寿命は、モデル計算によればわずか3時間になります。
でも、観測によれば、かなりの長期間にわたってイオの大気中に見つかっているので、火山による継続的な供給が考えられます。

ただ、これ以上の詳しい研究は、これまで行われていませんでした。
この手付かずだった領域に着手したのが、カリフォルニア大学バークレー校のErin Redwingさんたちの研究チームでした。

研究チームが検討を始めたのは、アルマ望遠鏡で観測されたイオのデータのうち、2012年から2018年のデータ。
対象となったのは主目的である塩化ナトリウムおよび塩化カリウムと、イオの大気の主成分である二酸化硫黄の濃度でした。

これらの物質が全て火山由来である場合、そこには相関関係があるはずです。

また、解像度に限界があるものの、これらの空間的な分布を調べて、火山の位置とどの程度関係しているのかも調べられました。

その結果分かってきたのは、大気の主成分である二酸化硫黄の濃度と、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムの放出の間には、あまり関係性が見られないこと。
つまり、塩化ナトリウムと塩化カリウムが検出されたときに、二酸化硫黄の濃度は必ずしも上がるわけではないということです。

相関関係が見られない大気の成分

これらの物質は、火山から放出されると考えられることから、一見すると理にかなっていません。

でも2つの仮説から、この不一致を説明することができるんですねー

1つ目の仮説は、二酸化硫黄の一部が火山以外に由来するというものです。

イオの大気における二酸化硫黄の濃度については、赤道から中緯度の地域(緯度30~40度まで)の方が濃いという空間的な偏りがすでに知られています。

二酸化硫黄はイオの表面では凍り付き、霜として表面に堆積しています。
でも、低緯度地域では昼間に蒸発するほど高温になるんですねー
そう、霜の蒸発は火山活動とは無関係なので、相関関係がないことの説明になる訳です。

2つ目の仮説は、マグマの温度の空間的な偏りです。

塩化ナトリウムと塩化カリウムが多く検出されているのは、主に高緯度地域です。
その位置にある火山では、イオの深部に由来するかなり高温のマグマが噴出していると考えられています。

高緯度地域は気温がより低いので、火山から噴出した二酸化硫黄はすぐに凍り付いて霜となり、昼間でもほとんど蒸発しません。

これにより、二酸化硫黄がほとんど放出されていない、という観測結果が得られます。

一方で、二酸化硫黄が凍りにくい低緯度地域ではマグマの温度が低く、塩化ナトリウムや塩化カリウムの放出が少ないことから、相関関係が見られないことも矛盾なく説明が可能になります。

高温の供給源から気体として供給されていた

では、そもそも塩化ナトリウムや塩化カリウムがマグマ由来であるという推定自体は正しいのでしょうか?

これは、塩化ナトリウムと塩化カリウムの比率から推定できます。

イオの塩化ナトリウムに対する塩化カリウムの比率は、太陽系の平均組成の指標となるコンドライトと比べてかなり低いことが分かっていて、表面からのスパッタリングでは説明しづらいことを示しています。

活火山の見られない月や水星でも希薄な大気中で塩化ナトリウムや塩化カリウムが検出されていますが、これはスパッタリング由来であると考えられています。
 スパッタリングとは、宇宙線や太陽風などの高エネルギーな粒子線が岩石表面に照射され原子が放出される現象。
その場合だと、太陽系の平均組成であるコンドライトとそれほど大きなずれのない値として検出されるはずです。

また、低層大気中の塩化ナトリウムに対する塩化カリウムの比率は、高層大気中と比べてわずかに低く、イオから逃げ出すジェットではさらに低くなります。

これは、塩化カリウムが塩化ナトリウムと比べて気体になる温度が200度ほど低いことが理由になっていると考えられます。

気体になる温度が低い分、塩化カリウムは優先してマグマから蒸発するので、低層大気中の存在率は高くなります。

一方で、放出された後は速やかに個体となって落下するので、大気の高層部になればなるほど塩化カリウムの比率は低くなるというわけです。

これらのことからも、高温の供給源から気体として供給されたというマグマ起源説が最も矛盾なく供給源を説明できます。
図3.塩化ナトリウムと塩化カリウムのどちらか、あるいは両方が観測されたときの大雑把な分布図。円の範囲に供給源となった火山があると推定されるものの、解像度の低さとイオの火山分布の高さから、どの火山であるかを確定することは難しい。ただ、高緯度地域の方が噴出が多いなどの傾向を見ることはできる。(Credit: Redwing, et.al.)
図3.塩化ナトリウムと塩化カリウムのどちらか、あるいは両方が観測されたときの大雑把な分布図。円の範囲に供給源となった火山があると推定されるものの、解像度の低さとイオの火山分布の高さから、どの火山であるかを確定することは難しい。ただ、高緯度地域の方が噴出が多いなどの傾向を見ることはできる。(Credit: Redwing, et.al.)
また、これは限定的な証拠ですが、塩化ナトリウムや塩化カリウムの分布は、最近プルーム(火柱)活動のあったいくつかの火山と一致しています。

活火山の密度が高いことや、分解能が荒すぎることから決定的な証拠とはなりませんが、上記の推定と矛盾しない観測結果になります。

これらの証拠から示唆されるのは、イオのマグマの温度が1000度以上の高温であること。
この温度は、これまでの観測結果と一致するものでした。

ただ、この結果はかなり荒い観測結果から推定されたもの。
なので、より高精度な観測結果が得られれば、より詳細なマグマの温度の推定が可能になります。

そうなれば、イオの内部におけるマグマの循環など、かなり広範囲で詳細なダイナミクスが推定できるはずですよ。


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