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“宇宙論の危機”回避になるかも? 宇宙マイクロ波背景放射からダークマター分布地図を作成するための新しい解析手法

2023年05月13日 | 宇宙 space
今回の研究では、2017年から2021年にかけて宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を観測したデータを用いて、宇宙マイクロ波背景放射が私たちに届くまでの間にどの程度、重力レンズ効果の影響を受けているかを解析しています。

その結果、全天の約4分の1にあたる天域をカバーするダークマターの分布図を新たに作成。
さらに、ダークマターの分布図から、宇宙の大規模構造の成長の過程や過去や最近の宇宙の膨張速度を見積もっています。

すると、アインシュタインの一般相対性理論の正しさを裏付ける結果になったんですねー

近年、指摘されていたのは、遠方宇宙の観測から求めたダークマターの分布が、標準的な宇宙論と矛盾すること。
今回の研究では、遠方銀河ではなく宇宙マイクロ波背景放射の観測から分布を調べると矛盾は起きないことを示したことになります。

宇宙マイクロ波背景放射の観測では、前景放射と呼ばれる測定誤差の原因になる成分を取り除かないと正確な観測ができません。

この前景放射成分を上手く取り除くうえで、並河 俊弥特任教授が新たに開発した解析手法が大きく貢献したそうです。
この研究を進めているのは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の並河 俊弥特任助教授が参加するアタカマ宇宙論望遠鏡(Atacama Cosmology Telescope; ACT)の国際共同研究グループです。

質量をもっているけど電磁波と相互作用しない物質

宇宙は正体不明の“ダークマター(26.8%)”と“ダークエネルギー(68.3%)”で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきています。

“ダークマター”は暗黒物質とも呼ばれ、銀河の性質を説明するために考案された仮設上の物質。
宇宙の全質量・エネルギーの約27%を占めていると考えられています。

ただ、ダークマターは質量をもっているものの、光をはじめとする電磁波と相互作用しないので、直接観測することはできません。
銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光を放射しない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター説”の始まりになっている。
そこで、ダークマターの分布を推測するのに使われるのが“重力レンズ効果”です。
“重力レンズ効果”は、遠方の天体から放たれた光が手前に存在するダークマターの重力によって光路が曲げられることで、天体の像が歪んだり増光されて見える現象です。

ダークマターの分布を調べることで、ダークマターの性質のみならず、銀河同士をつないで網の目状に広がる“宇宙の大規模構造”がどのように成長してきたかなど、宇宙の成り立ちに迫ることができるんですねー
宇宙の大規模構造は、100万光年以上という巨大なスケールで広がる銀河や物質から構成される泡状の構造。銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在する構造のこと。宇宙初期の急加速膨張であるインフレーションの際に生じた密度ゆらぎがもとになり、さらにダークマターがその重力によって物質を集めるきっかけとなったことで成長していった構造と考えられている。

宇宙マイクロ波背景放射とダークマターの分布図

今回の研究を進めているのは、チリ北部に位置するアタカマ砂漠のセロ・トコ山頂近く5,190メートルで観測を行うアタカマ宇宙論望遠鏡(ACT)の国際共同研究チームです。

研究では、2017年から2021年にかけて宇宙マイクロ波背景放射を観測したデータを用いて、重力レンズ効果による宇宙マイクロ波背景放射の偏光パターンの歪を解析。
全天の約4分の1にあたる9,400平方度の天域をカバーするダークマターの分布図を作成しています。
生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離され、この現象を“宇宙の再電離”という。宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れたことにより、空間を通り抜けられるようになった“宇宙最初の光”が、現在の空に広がる“宇宙マイクロ波背景放射”として観測されている。
アタカマ宇宙論望遠鏡(ACT)。中央に電波望遠鏡があり、周囲にある構造物は周囲からのミリ波を防ぐための覆いとして機能している。(Credit: Mark Devlin)
アタカマ宇宙論望遠鏡(ACT)。中央に電波望遠鏡があり、周囲にある構造物は周囲からのミリ波を防ぐための覆いとして機能している。(Credit: Mark Devlin)
そして、このダークマターの分布図から宇宙の大規模構造の成長の過程や最近の宇宙の膨張速度を見積もっています。

すると、アインシュタインの一般相対性理論に基づく宇宙の標準理論(標準宇宙論)の予言値と一致し、標準宇宙論の正しさを裏付ける結果が得られたんですねー

最近の研究の一部で指摘されていたのは“宇宙論の危機”と呼ばれるもの。
これは、標準宇宙論が破綻しているのではないかとの指摘でした。

でも、アタカマ宇宙論望遠鏡による最新結果が示していたのは、宇宙の進化の過程や膨張速度を標準宇宙論が上手く記述できていることでした。

ダークマター分布図の研究は、遠方の銀河や銀河団からの光を用いた観測からも行われています。

そこで、研究チームが考えたのは、“宇宙論の危機”は宇宙マイクロ波背景放射ではなく、遠方にある銀河や銀河団の光を観測に用いることに起因していること。
遠方の銀河や銀河団からの光、宇宙マイクロ波背景放射、それぞれのアプローチから、さらなる研究の進展が待たれることになります。

宇宙マイクロ波背景放射の測定誤差を取り除く

今回の研究では、バイアスハードニングと呼ばれる新手法が大きな貢献を果たすことになります。

宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙が誕生してわずか38万年の時代に発せられた宇宙最古の光で、宇宙の膨張にともなって波長が引き延ばされることで、現在はマイクロ波として観測することができます。

でも、宇宙マイクロ波背景放射が発せられた時代から現在の宇宙との間には、過去の様々な銀河や天体、宇宙空間を漂う星間ガスなどが存在していて、それらからはマイクロ波と非常に波長の近いミリ波が放出されてきました。

これらの放射は、宇宙マイクロ波背景放射が発せられた時代より私たちに対して、手前からやってくる放射なので“前景放射”と呼ばれています。

ただ、この前景放射は、宇宙マイクロ波背景放射の観測において測定誤差を生じる原因になってしまいます。

そう、これら“前景放射”の影響を正確に見積もって取り除かないと、正確な“背景放射”のデータは手に入らないんですねー

そこで、今回用いられたのは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)の並河俊弥さんが開発した“バイアスハードニング”と呼ばれる手法。
この手法を用いることにより、宇宙マイクロ波背景放射データに含まれる前景放射成分が効果的に取り除かれることになります。
宇宙マイクロ波背景放射に基づく、新しいダークマターの分布図。オレンジ色はダークマターが多く、紫色はダークマターがほとんど存在しないことを示す。典型的な構造のサイズは数億光年。灰色と白は天文衛星“プランク”が観測した天の川銀河のダストからの光で、宇宙マイクロ波背景放射を妨げている領域を示す。(Credit: ACT Collaboration)
宇宙マイクロ波背景放射に基づく、新しいダークマターの分布図。オレンジ色はダークマターが多く、紫色はダークマターがほとんど存在しないことを示す。典型的な構造のサイズは数億光年。灰色と白は天文衛星“プランク”が観測した天の川銀河のダストからの光で、宇宙マイクロ波背景放射を妨げている領域を示す。(Credit: ACT Collaboration)

次の宇宙マイクロ波背景放射観測プロジェクト

15年間運用されたアタカマ宇宙論望遠鏡ですが、2,022年9月に観測を停止ししています。

アタカマ宇宙論望遠鏡の研究チームは、同じアタカマ砂漠で宇宙マイクロ波背景放射の観測を行っていたPOLARBEAR(ポーラーベア)のチームと一緒になって、次の宇宙マイクロ波背景放射観測プロジェクトである“Simons Observatory(サイモンズ オブサーバトリー)”の運用を2024年から開始しようとしています。

Simons Observatoryは、アタカマ宇宙論望遠鏡の約10倍の速度で宇宙マイクロ波背景放射の大規模観測を行うことができます。

そして、この宇宙マイクロ波背景放射の観測からは、多量のデータが取得されることになります。

この観測データから行われるのは、インフレーション理論の裏付けになる原始重力波の痕跡を探る研究や、今回のアタカマ宇宙論望遠鏡の成果のようにダークマターの分布図から宇宙の進化を探る研究です。

さらに、現在も謎に包まれているニュートリノ質量の絶対値とニュートリノが大規模構造の成長に与えた影響を明らかにする研究など、様々な研究が行われるようですよ。
2015年ノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章さんによる1998年ニュートリノ振動の発見に代表されるように、ニュートリノには質量があることが分かっている。でも、ニュートリノ質量の絶対値については未だ謎に包まれたまま。岐阜県飛騨市神岡で行われているKamLANDのような二重ベータ崩壊の研究や、アタカマ宇宙論望遠鏡のような宇宙観測の結果からニュートリノ質量の絶対値を探る研究が続けられている。宇宙が冷えてくると、微小な質量をもったニュートリノも宇宙の大規模構造の成長に寄与したと考えられていて、大規模構造の成長過程を知るためにもニュートリノ質量の絶対値解明は重要になる。


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木星の氷衛星を探査するミッション ヨーロッパ宇宙機関の探査機“JUICE”が打ち上げに成功

2023年05月10日 | 木星の探査
2023年11月27日更新
ヨーロッパ宇宙機関が主導し、日本などが参加する木星氷衛星探査計画。
この計画で用いられる探査機“JUICE”が4月14日に打ち上げられました。

木星の氷衛星エウロパやカリスト、ガニメデを目指す8年の長い旅をスタートさせた“JUICE”。
計画では、衛星表面を覆う氷の下に巨大な地下海が存在すると考えられている木星の氷衛星を複数探査。
ミッションの最後には氷衛星ガニメデを周回して精査する予定です。

木星の大型氷衛星にターゲットを絞った初めての探査計画

日本時間の4月14日21時14分、木星氷衛星探査機“JUICE(Jupiter Icy Moons Explorer)”を搭載したアリアン5型ロケットは、南米のフランス領ギアナのクールー宇宙基地を離床。
打ち上げは順調に進み、探査機は予定通りにロケットから分離し、地上との通信を確立したんですねー
その後、太陽電池パネルを展開して所定の軌道に入っています。

“JUICE”は11月17日(日本時間18日)、来年の2024年8月に実施される地球-月系でのスイングバイに向けた軌道修正が行われました。

今回の軌道修正では、約43分間にわたり探査機のメインエンジンを燃焼。
消費した燃料は、打ち上げ時に搭載していた燃料(3650キロ)のほぼ10%に相当する363キロでした。
今回の軌道修正により“JUICE”の速度が秒速200メートルに変化したそうです。

地球-月系のスイングバイに向けた軌道修正は、2段階に分けて行われます。
今回はその1回目で、“JUICE”の軌道を分析したのち、数週間後に2回目となる小規模な軌道修正が実施される予定です。

なお、地球に接近中の2024年5月に最終的な微調整が実施される可能性があります。

“JUICE”は2024年8月に地球-月系でのスイングバイを行った後、2025年に金星、2026年と2029年に地球でスイングバイを実施する予定です。
そして、8年後の2031年7月に木星の周回軌道に投入されることになります。

今回の軌道修正が成功すれば、木星の周回軌道に入るまでメインエンジンを再び使用することはないそうです。

衛星ガニメデに接近し木星系に入った“JUICE”は、13時間後に秒速約1キロの減速を行う必要があります。
これは、今回の速度変化の5倍にもなる速度です。

今回の軌道修正は、木星軌道投入に向けた重要なテストの側面もあったようです。
探査機が天体を接近通過するとき、その天体の重力を利用して積極的に軌道変更をする場合を“スイングバイ”、観測に重点が置かれる場合を“フライバイ”と言い使い分けている。
“JUICE”の打ち上げ。(Credit: ESA/S.Corvaja and ESA/CNES/Arianespace/Optique Video du CSG/JM Guillon)
“JUICE”の打ち上げ。(Credit: ESA/S.Corvaja and ESA/CNES/Arianespace/Optique Video du CSG/JM Guillon)
“JUICE”は“JUpiter Icy Moons Explorer”の略で、木星氷衛星単計画を意味します。

木星の大型氷衛星であるガニメデ、カリスト、エウロパにターゲットを絞った初めての探査計画になります。

木星系に到達する6か月前の2031年1月から科学観測を開始し、同年の7月から2034年11月までエウロパに2回、カリストに30回以上の接近飛行(フライバイ)を行うことになります。

その後、“JUICE”はガニメデを周回する軌道へ入り、高度500キロまで近づきながら9か月間の探査を予定しています。
約8年間にわたる“JUICE”の木星系までの旅と主な探査スケジュール。(Credit: ESA - CC BY-SA 3.0 IGO)
約8年間にわたる“JUICE”の木星系までの旅と主な探査スケジュール。(Credit: ESA - CC BY-SA 3.0 IGO)
ステラナビゲーターを使った“JUICE”の航路をシミュレーション。(Credit: AstroArts)
氷衛星には、太陽系形成当時の材料物質が残っていると期待されています。

そうした物質は、ガス惑星である木星からは得難いものなんですねー

太陽系最大の惑星で、太陽系形成時に重要な役割を果たしたであろう木星の歴史を氷衛星から得ることが、“JUICE”の目的の一つになっています。

さらに、もう一つの重要な目的があります。
それは、氷衛星の地下に存在すると考えられている海の調査です。

日本が観測装置の一部を担当しているガニメデ高度計“JUICE-GALA”はJUICE衛星とガニメデとの間の距離を測定することで、木星の周りを回るガニメデ衛星の形状変化をとらえて、ガニメデ衛星の地下海構造を明らかにする予定です。

海の有無を調べるだけでなく、熱源や栄養源など、生命に欠かせない要素を探し、地球外生命が存在する可能性を追求することになります。

さらに、木星のオーロラや磁気圏、そして太陽系の衛星で唯一固有の磁場を持つガニメデの周辺環境も調べる計画になっています。
日本は、10個ある観測機器のうち6つの開発やサイエンスに参加しています。

“JUICE”は、今大きな関門を突破し出発しました。
ミッション完了まで10年、この長い期間“JUICE”に何が起こるのでしょうか?

きっと、誰も行ったことのない世界を訪れた“JUICE”は、誰も見たことのないデータを得て、多くの科学成果を届けてくれるはずですよ。
“JUICE”の打ち上げ中継“Juice launch to Jupiter”の録画。(Credit: European Space Agency)


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火星の核は軽い元素が豊富で液体なのかも 探査機“インサイト”がとらえた地震波で分かったこと

2023年05月08日 | 火星の探査

地球の中心部はどうなっているのか

地球のような惑星は“岩石惑星”と呼ばれる通り、その表面にはケイ酸塩を主体とする岩石が多く存在しています。

でも、中心部には金属の鉄やニッケルで構成された核(コア)が存在しているようです。
この核は2層構造をしていて、外側にある液体の“外核”と、中心側にある固体の“内核”に分かれていると考えられています。

では、なぜ地球の核の構造が分かるのでしょうか?

もちろん、余りにも深すぎる地球の中心部の様子を直接見ることはできません。
ただ、このような構造は地球の内部を通過した地震波の分析によって推定することができます。

これは、地震波が密度と固体や液体の違いなど、通過する物質の性質によって変化するからです。
妊婦の体内を超音波で見ることに似ていますね。

地球以外の岩石惑星の内部構造

それでは、地球以外の岩石惑星も、地球と同じような構造をしているのでしょうか?

理論的には、ある程度大きな岩石惑星は、中心部に金属の核があると推定されています。

でも、理論はあくまでも理論なので、実際の天体の内部がどのような構造をしているのかは分かっていません。

岩石惑星の内部構造の違いは、惑星の作られ方や環境の差を反映している可能性もあるので、非常に興味深いことになるはずです。

これまでに、地震波で内部構造が推定された天体は地球以外だと月だけでした。

ただ、月はジャイアントインパクト(巨大衝突)という形成過程を経ていると考えられています。

ジャイアントインパクト説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、地球と月を形成したと考えられています。

大きい方は地球になり、大気と海のある地質学的に活発な惑星になるのにちょうどよい大きさと環境へと進化。
小さい方が月になるのですが、こちらには地球のような特性を保持するのに十分な質量はありませんでした。

このような特殊な形成過程を経たと考えられているので、地球との単純な比較はできないんですねー

火星の地震を計測する探査機

そこで、注目されているのが火星の探査になります。

NASAが2018年から2022年まで運用した火星探査機“インサイト”は、火星の地震を高感度でとらえ、内部構造を推定するためのデータを取得することが目標の一つでした。

“インサイト”は、火星の地震を正確に計測した初の火星探査機といえます。

これまでの事例としては、NASAの“バイキング1号”や“バイキング2号”(1976-1980)にも地震計が搭載されていました。

でも、1号は地震計の固定解除に失敗し計測ができず…
2号は地震と思われる振動を計測できたものの、本体の固定が不十分であること、1号との比較ができなかったので、風による振動の可能性を排除できませんでした。

火星の中心部を通ってきた地震波

今回、ブリストル大学のJessica C. E. Irvingさんの研究チームは、“インサイト”が検出した“S0976a”および“S1000”と名付けられた2つの地震波に注目し、解析を行っています。

これらの地震波は、いずれも“インサイト”の着陸地点のほぼ反対側で発生した地震であると考えられています。

地震波は、震源から火星の中心部を通って“インサイト”に到達した可能性があります。
なので、火星中心部の様子を探るのに適しているはずです。
今回解析された2つの地震波は、いずれも火星の中心部を通過している。これにより、火星の核は全体が液体であることが判明した。(Credit: NASA/JPL & Nicholas Schmerr.)
今回解析された2つの地震波は、いずれも火星の中心部を通過している。これにより、火星の核は全体が液体であることが判明した。(Credit: NASA/JPL & Nicholas Schmerr.)
解析の結果、明らかになった火星の核の性質は、推定半径が1780キロから1810キロであり、火星全体の半分程度の大きさであること。
また、火星の核はほぼ全体が液体であり、地球のように中心部に固体の核が存在する可能性が低いことも判明しています。

火星は地球よりも小さな天体です。
なので、地球よりも速やかに内部が冷え固まってしまうことを考えると、現在でも全体が溶けているという解析結果は意外なものでした。

さらに、判明したのは、火星の核には鉄やニッケルと比べて軽い元素が豊富に含まれていて、重量比で20%から22%に達する可能性が高いこと。
地球の核では10%未満と推定されていることと比較すれば、これは大きな違いといえるんですねー

軽い元素の約4分の3は硫黄が占めていて、残りは少量の酸素、炭素、水素で構成されていると推定されています。
このように、軽い元素が混じっていることで融点が下げられていることも、核の固化を遅らせている原因なのかもしれません。

水の上に油が浮くのと同じように、軽い元素は天体の表面に浮きやすく、中心部には沈み込みにくいことを考えると、火星の核に軽い元素が多いことは興味深いデータになりました。

地球と火星の内部構造の比較が意味すること

今回示された軽い元素の豊富さは、太陽系誕生時における惑星形成過程の違いを反映している可能性があります。

また、誕生から46億年たった現在でもプレートテクトニクスや強い磁場を保持している地球に対し、火星ではどちらも乏しい理由を説明できる一つの答えが得られる可能性もあります。

地球と火星の内部構造の比較は、岩石惑星の形成過程に関する共通点や異なる点を知る手掛かりとなり、金星など他の岩石惑星の内部構造を推定する上でも重要なデータになります。

“インサイト”の運用は終了してしまいましたが、未解析のデータは大量に残されています。
これらのデータを用いたさらなる研究により、火星やそのほかの惑星の内部構造がより明らかになるといいですね。


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超大型望遠鏡“VLT”の観測で見つかった? 初代星が起こした超新星爆発の痕跡

2023年05月06日 | 宇宙 space
パリ天文台の博士課程学生Andrea Saccardiさんを筆頭とする研究チームが発表したのは、初期の宇宙に存在していたガス雲に関する研究成果でした。

その中に含まれていたのは、宇宙最初の世代の星である“初代星(ファーストスター)”が超新星爆発を起こした後に残したとみられるガス雲。
初代星の超新星爆発の痕跡を初めて特定できたと、研究チームは考えているようです。
様々な元素を含む遠方宇宙のガス雲のイメージ図。(Credit: ESO/L. Calçada, M. Kornmesser)
様々な元素を含む遠方宇宙のガス雲のイメージ図。(Credit: ESO/L. Calçada, M. Kornmesser)

星々が長い年月をかけて生み出してきた重元素

私たちの周辺には水分子を構成する水素や酸素をはじめ、地球の生命に欠かせない炭素や窒素、それに人類の文明活動に用いられている鉄や金、ウランなど、様々な元素が存在しています。

でも、今から約138億年前のビッグバンから始まったとされる宇宙の歴史の再初期には、水素やヘリウム、ごくわずかなリチウムといった軽い元素しか存在していなかったと考えられています。

水素とヘリウムよりも重い元素のことを天文学では“重元素”と呼びます。
この重元素のうち、鉄までの元素は恒星内部の核融合反応で生成され、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられています。

生成された金属は恒星の星風や超新星爆発によって周囲に放出され、やがて新たな世代の星に受け継がれていくので、宇宙の金属量は恒星の世代交代が進むとともに増えていくことになります。

そう、生命や文明を支える多様な元素は、星々が長い時間をかけて生み出してきたものなんですねー

その長い歴史を過去に向かって辿っていくと、今から約135億年前に誕生したと考えられている最初の世代の星“初代星(ファーストスター:種族IIIの星)”は、当時の宇宙に存在していた水素やヘリウムだけを材料に形成されたことになります。
スペクトルから判明する金属量をもとに、金属が多い若い星は“種族I”、金属量が少ない古い星は“種族II”に分類されいる。金属が少ない星は“金属欠乏星”、金属がほとんど含まれていない星は“超金属欠乏星”とも呼ばれている。また、金属を含まない星、すなわち最初の世代の星は“種族III”に分類されているが、まだ見つかっていない。
太陽数十個~数百個分の質量があったとみられる初代星は、その内部で初めて金属を生成し、超新星爆発を起こしたときに周囲へ金属を撒き散らしたはずです。

初代星の超新星爆発後に予想される化学組成と一致するガス雲の発見

今回の研究では、今から約120億年前(赤方偏移z=3~4)に存在していた複数のガス雲の化学組成を分析。
すると、恒星の内部で生成される元素のうち炭素などは豊富に含まれるものの、鉄はほとんど含まないガス雲が3つ見つかりました。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
研究チームによると、一部の初代星が起こした超新星爆発はエネルギーが低く、星の外層に存在していた炭素や酸素、マグネシウムなどは放出されるものの、中心核(コア)に存在していた鉄はほとんど放出されない場合もあった可能性が、過去の研究で指摘されていたそうです。

今回見つかった3つのガス雲の化学組成は、このような爆発で予想されるものに一致するそうです。
ヨーロッパ南天天文台による今回の研究成果の解説動画(英語)。(Credit: ESO)
また、天の川銀河で見つかっている古い星の中には、鉄に対する炭素の割合が高い“炭素過剰金属欠乏星”と呼ばれるものがあります。

これまで、炭素過剰金属欠乏星は初代星が放出した物質から形成された“第2世代の星”である可能性が指摘されています。
今回研究チームが見つけた3つのガス雲は、まさにそのような物質に相当する存在といえるんですねー

史上初めて、初代星の爆発の科学的な痕跡を遠方宇宙のガス雲を分析することで特定することができたわけです。

この発見は、初代星の性質を間接的に研究する新たな方法を開くもの。
さらに、天の川銀河の星の研究を完全に補完するものなのかもしれません。

ガス雲を通過してきたクエーサーの光を地上の望遠鏡で分析

今回の研究で用いられたのは、超大型望遠鏡“VLT”に搭載されている多波長分光観測装置“X-shooter”によるクエーサーの観測データでした。
超大型望遠鏡“VLT(Very Large Telescope)”は、ヨーロッパ南天天文台(ESO)が南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設した口径8.2メートルの4基の光赤外線望遠鏡の総称。それぞれ1基ずつ独立に観測でき、ガンマ線バーストをはじめ様々な観測を行っている。4基の望遠鏡を光ファイバーで結合して光干渉計としても活用されている。日本の“すばる望遠鏡”と共に世界最大の光赤外線望遠鏡の1つ。“すばる望遠鏡”と違い、南半球からでしか見えない宇宙を観測している。
クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体で、遠方にあるにもかかわらず明るく見えています。

このクエーサーと地球の間にガス雲があると、クエーサーから放出された光の一部はガス雲に含まれている物質に吸収されてしまいます。

天体のスペクトルを得る分光観測を行い、クエーサーのスペクトルに現れた吸収線を調べることで、ガス雲に含まれている金属の種類や量を知ることができます。
スペクトルは光の波長ごとの強度分布。スペクトルに現れる吸収線や輝線を合わせた呼称がスペクトル線。
個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、その波長での光の強度が弱まり吸収線として観測される。このスペクトルに見られる吸収線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
クエーサー(左上)を利用してガス雲(中央)の化学組成を調べる方法を示した図。虹色のバーで示されているのはクエーサーのスペクトル。ガス雲を通過した後のスペクトルには暗い吸収線が現れている。(Credit: ESO/L. Calçada)
クエーサー(左上)を利用してガス雲(中央)の化学組成を調べる方法を示した図。虹色のバーで示されているのはクエーサーのスペクトル。ガス雲を通過した後のスペクトルには暗い吸収線が現れている。(Credit: ESO/L. Calçada)
“X-shooter”のような分光観測機は、現在ヨーロッパ南天天文台が建設を進めている口径39mの大型望遠鏡“欧州超大型望遠鏡(European Extremely Large Telescope : E-ELT)”にも搭載される予定です。

この欧州超大型望遠鏡の分光観測装置を用いて、今回見つかったようなガス雲をより多く、より詳しく調べることができれば、初代星の謎めいた性質を明らかにできるはず。
欧州超大型望遠鏡の完成が待たれますね。


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大マゼラン雲の白色矮星から検出されたX線のエネルギーは、Ia型超新星の謎の一部を説明する発見になる?

2023年05月05日 | 宇宙 space

白色矮星の連星系による爆発的なエネルギー放出現象

太陽のような軽い恒星は、核融合反応が停止した後に外層からガスや塵を放出して硬い中心核を残します。

白色矮星と呼ばれるこの硬い中心核は通常は核融合反応をしないので、ゆっくりと冷えていくことに…
でも、白色矮星が伴星として通常の恒星を引き連れている場合だと話が異なるんですねー

この場合、白色矮星は強い重力で伴星の表面物質を剝ぎ取り、表面に堆積させることがあります。

そして、物質の量が限界を超えると、白色矮星で一瞬だけ核融合反応が発生し、膨大なエネルギーが放出されます。
この爆発的なエネルギー放出を“Ia型超新星”と呼びます。

さらに、Ia型超新星にはエネルギーの放出量、つまり爆発の明るさが一定だという特徴があります。

これは、核融合反応が点火するきっかけとなる白色矮星の限界質量(太陽の約1.4倍)が一定であるためです。

Ia型超新星の見た目の明るさは、地球にいる観察者からIa型超新星までの距離によって決まります。
なので、Ia型超新星が起きた銀河までの距離を決定する指標になるわけです。

ただ、Ia型超新星の発生メカニズムは完全には理解されてません。

白色矮星が爆発時に剥ぎ取る伴星の物質

白色矮星が爆発すると、爆風を受けた伴星からも表面の物質が剝がれるはずです。

なので、爆発時に剥がれた水素の存在を示すスペクトル線が現れてもいいはず…
でも、未だにそのような観測結果は得られていません。

なぜ、水素の存在がスペクトルに現れないのでしょうか?

この矛盾を説明する仮説として、爆発直後の伴星表面に存在するのは水素ではなくヘリウムであるとするものがあります。

実際に、高度に進化した恒星の一部には、表面に水素がほとんどなく、ヘリウムが豊富に存在するタイプが見つかっています。

このような伴星の表面から爆発時に剝ぎ取られるヘリウムの量は、伴星の質量の2%から5%ほど。
そう、かなりの量になるので観測するのに十分な量になるはずです。

でも、ヘリウムも水素と同様に、爆発時に伴星から剥ぎ取られたことを示す証拠は見つかってないんですねー

大マゼラン雲の白色矮星から検出されたX線のエネルギー

この疑問の部分的な答えを得る発見をしたのが、マックス・プランク地球外物理学研究所(MRE)のJ.Greinerさんたちの研究チームです。
発見は超軟X線源[HP99]159の観測結果によるものでした。

天の川銀河の伴銀河(衛星銀河)である大マゼラン雲に存在する[HP99]159は、X線の観測結果から白色矮星であることが分かっています。
X線の中でもエネルギーが極めて低いものを超軟X線と呼ぶ。
[HP99]159は、伴星である恒星から流入したガスがX線を放出している。今回のスペクトル分析では、そのほとんどがヘリウムで構成されていることが分かり、ほぼ純粋なヘリウム燃焼が起きていることが分かった。(Credit: F. Bodensteiner/background image ESO)
[HP99]159は、伴星である恒星から流入したガスがX線を放出している。今回のスペクトル分析では、そのほとんどがヘリウムで構成されていることが分かり、ほぼ純粋なヘリウム燃焼が起きていることが分かった。(Credit: F. Bodensteiner/background image ESO)
今回、南アフリカ大型望遠鏡“Southern African Large Telescope”による観測で、[HP99]159の周りにある降着円盤に由来するスペクトル線が見つかっています。

興味深かったのは、[HP99]159のスペクトル線にはヘリウムと窒素しか検出されなかったこと。
水素など他の元素は見つからなかったんですねー

窒素の量はヘリウムよりもずっと少ないので、降着円盤は実質的に純粋なヘリウムでできていることが示唆されています。
検出されているX線のエネルギーも、ヘリウムの継続的な燃焼で放出されるものと一致していました。

このため、今回観測されたスペクトル線は、白色矮星である[HP99]159で起こっているヘリウムの燃焼(核融合反応)がその源である可能性を示していました。

なお、ヘリウム以外に見つかった唯一の元素である窒素は、ヘリウムの層が剥き出しになる段階まで進化した恒星で合成される元素と一致していました。

このことから、[HP99]159の降着円盤の源は、ヘリウムの層が剥き出しになった恒星であることが分かります。
太陽より重い恒星ではCNOサイクルと呼ばれる炭素・窒素・酸素の合成が循環するサイクル反応が発生する。窒素はCNOサイクルで生成される主要な元素の一つになる。
なお、[HP99]159に対するヘリウムの降着速度はかなり遅いと推定されているので、Ia型超新星が起こるまで質量が蓄積されるのかどうかは分かっていません。

でも、Ia型超新星より少し弱い爆発現象である“Iax型超新星”なら発生する可能性があるようです。

爆発の威力が低いIax型超新星の存在

Ia型超新星全体の約30%を占めるIax型超新星は爆発の威力が低いので、伴星から剥ぎ取られる物質の量も少なくなります。

そう、Ia型超新星でヘリウムのスペクトル線が見られなかったのは、少なくともその一部では観測できないほどわずかなヘリウムしか放出されていないためだと説明することができるんですねー

なお、モデル計算に基づき、[HP99]159のようなガスの流入量が少ない場合、ヘリウムの燃焼は不安定であると推測されています。

その一方で、[HP99]159の過去50年分の観測データからは、不安定な燃焼に由来するX線強度の極端な変化は観測されていないんですねー

ただ、この矛盾については、[HP99]159が高速で自転しているので、ヘリウムの降着が安定化しているからだと推定されています。

いずれにしても、[HP99]159のようにヘリウムの存在と燃焼が詳しく観測された白色矮星はほとんどありません。

研究チームでは、[HP99]159のように安定したヘリウム燃焼をしている白色矮星は天の川銀河に30個ほど存在し、大マゼラン雲にも数個存在すると推測しています。

追加の観測により、[HP99]159のような白色矮星を発見できれば、さらに多くのことが分かるのかもしれませんね。


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