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銀河系外縁部の星形成領域は100億年前の宇宙初期に似ている!? 重元素の低い環境ではどのような星が生まれるのか

2023年08月26日 | 宇宙 space
約100億年前の重元素量の低い宇宙初期では、どのような星が生まれていたのでしょうか?

このことを調べるため、今回の研究で注目したのは、銀河系の外縁部にある星生成領域“Sh 2-209”でした。
それは、銀河系外縁部は、宇宙の初期と似た性質を持つことが知られているからです。

すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置を用いた撮像観測によって、約100億年前の宇宙に似た環境では、どのような星が生まれるのかが調査されています。

銀河系の外縁部で、様々な質量の星を含む大星団の詳細な“人口調査”がされた初めての観測例になるようです。
図1.この研究の調査対象になった“Sh 2-209”。銀河系の外縁部では稀な大規模な星形成領域になる。すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置“MOIRCS”による画像。青、緑、赤はそれぞれ近赤外線のJバンド(波長1.26μm)、Hバンド(1.64μm)、Ksバンド(2.15μm)に対応する。(Credit: 国立天文台)
図1.この研究の調査対象になった“Sh 2-209”。銀河系の外縁部では稀な大規模な星形成領域になる。すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置“MOIRCS”による画像。青、緑、赤はそれぞれ近赤外線のJバンド(波長1.26μm)、Hバンド(1.64μm)、Ksバンド(2.15μm)に対応する。(Credit: 国立天文台)

どのような重さの星がどのくらい生まれるのか

星は、銀河宇宙の最も主要な構成要素ですが、誕生時の質量によっておおよその一生が決まります。

銀河を構成するほとんど全ての星は、巨大なガス雲の中で集団(星団)として生まれ、その後1億年程度の時間をかけて銀河内に散逸していくことが知られています。

そのため、どのような重さの星がどのくらい生まれるかという、星の質量分布(初期質量関数:IMF)により、星団、さらには銀河全体のおおよその進化も決定されることになります。

そして、これまでの観測から分かってきたのは、太陽の近傍では、どの星団も似たような初期質量関数を持つことです。

でも、銀河系の中では、環境が大きく異なる領域が混在していることが知られています。

100億年前の宇宙における“星の生まれ方”

宇宙における物質は水素がほとんどを占めていますが、星の内部で起こる核融合により、水素やヘリウムより重い様々な元素が生成され、超新星爆発とともに周囲にばらまかれます。
天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことを“重元素”と呼び、水素に対する重元素の割合は重元素量と呼ぶ。重元素は恒星内部の核融合反応により合成され、恒星の死に伴い星間空間へと放出される。なので、星の生と死のサイクルが十分に繰り返されていない初期の宇宙では、現在の宇宙に比べて重元素量が低かったと考えられている。
その結果、重元素量や元素組成といった“化学的環境”も、領域によって異なる時間スケールで進化をしていきます。

今回の研究では、重元素量の低い環境では、どのような星が生まれるのかを調べるため、銀河系の外縁部にある星生成領域“Sh 2-209”に注目。
この研究を進めているのは、国立天文台の安井千香子助教が率いる研究チームです。
この領域は、太陽系近傍と比べて重元素量が10分の1しかなく、宇宙の平均的な化学進化に照らし合わせると、約100億年前に相当していました。

つまり、この星形成領域は100億年前の宇宙における“星の生まれ方”を示唆している可能性があるんですねー

研究チームは、すばる望遠鏡の集光力と解像力を活かした観測で、太陽質量の10分の1ほどの軽く暗い星までを明確にとらえた撮像に成功。
その結果、“Sh 2-209”は大小2つの星団から成り立っていること、大きな方の星団は1500個もの星で構成されていることが分かりました。
撮像観測には、すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置“MOIRCS(Multi-object Infrared Camera and Spectrograph:モアックス)”が用いられている。
銀河系の外縁部で、これほど大規模な星形成領域が確認されたのは、今回が初めてのこと。
これにより、重元素の低い環境での初期質量関数を、0.1太陽質量から20太陽質量という広い質量範囲で、そして高い精度で導き出すことが初めて可能になりました。

調査をして分かってきたのは、太陽系近傍の星形成領域と比べて“Sh 2-209”では、重い星の割合がやや高い傾向が見られること。
一方で太陽よりも軽い星も数多く存在することが分かりました。(図2)
図2.“Sh 2-209”の初期質量関数(黒色の線)と太陽系近傍の星団での典型的な初期質量関数(オレンジの線)。“Sh 2-209”では、近傍の星団に比べて質量の大きな星がやや多く生まれている、一方で0.1~0.3太陽質量の軽い星も近傍の星団と比較して多く生まれていることが分かった。(Credit: 国立天文台)
図2.“Sh 2-209”の初期質量関数(黒色の線)と太陽系近傍の星団での典型的な初期質量関数(オレンジの線)。“Sh 2-209”では、近傍の星団に比べて質量の大きな星がやや多く生まれている、一方で0.1~0.3太陽質量の軽い星も近傍の星団と比較して多く生まれていることが分かった。(Credit: 国立天文台)
銀河系外縁部は、宇宙の初期と似た性質を持つことが知られています。

今回得られた結果は、宇宙初期には重い星が比較的多く形成されるものの、その数自体は、現在の典型的な星団と比べて、劇的には変わらないことを示唆するものになりました。

今後、2021年に打ち上げられたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡により、“Sh 2-209”と同じ領域で惑星程度の質量の天体まで調査することが可能になります。

また、2030年代に観測が開始される口径30メートルの次世代超大型光学赤外線望遠鏡“TMT”では、天の川銀河だけでなく、近傍銀河にある星団の初期質量関数も調査できるようになるはずです。

これらを用いて様々な環境下での初期質量関数を調査することで、銀河系全体の進化を分かりやすくイメージ化することが期待されています。


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物質と反物質は必ず同じ数がペアとして生成されるはず… それでも宇宙に物質が溢れている理由を銀河の配置から探ってみる

2023年08月25日 | 宇宙 space
私たちが住む宇宙は物質に満ちていて、反物質はほとんど存在しません。

このことは何を示しているのでしょうか?
それは、宇宙の初期段階では物質の方が反物質よりも多く生成された時代があった可能性です。

でも、人類はこの非対称性を理論的にも、実験的にも説明することには成功していないんですねー
そもそも、本当にそんな時代があったのかどうかも分かっていません。

今回の研究で示しているのは、宇宙に存在する銀河の配置をもとに、宇宙の初期段階にそのような時代があった可能性です。
この宇宙における物質の生成という非常に根源的な対象に切り込んだ研究として、今回の成果は重要なものと言えます。
この研究は、フロリダ大学のJiamin Houさんたちの研究チームが進めています。
図1.銀河の配置は一見するとランダムのように見える。でも今回の研究では、その配置には偏りがあるらしいことが判明している。(Credit: ESA / Hubble & NASA, H. Ebeling)
図1.銀河の配置は一見するとランダムのように見える。でも今回の研究では、その配置には偏りがあるらしいことが判明している。(Credit: ESA / Hubble & NASA, H. Ebeling)

パリティ対称性が破れている状況

ボールを空中に放り投げた時、ボールの描く放物線の高さと飛距離は、投げる強さや角度によって決まります。

その一方で、投げる方向を変えても放物線は変化しません。
右に投げても左に投げても、ボールの描く軌道は同じです。

現代の物理学には、宇宙のどこにいても同じ物理法則が適用されるという根本的な概念があります。
この概念は“パリティ対称性(P対称性)”と呼ばれています。
厳密には、この例えは簡易的なもので、パリティ対称性をきちんと説明していない。パリティ対称性を説明するには3次元空間を表す3軸が全て反転している必要があるが、この例えでは1軸しか反転していない。
ただ、パリティ対称性は宇宙のすべての時代で厳密に守られていたとは考えられていないんですねー
それは、この宇宙には物質が存在する一方で、一部の性質が反転している反物質はほとんど存在していないからです。

宇宙が誕生してからある程度の時間が経った段階で、宇宙を満たすエネルギーから物質と反物質が生成されたと考えられています。

理論的にも実験的にも知られているのは、物質と反物質は必ず同じ数がペアとして生成される“対生成”の関係にあること。
ところが、物質と反物質が同じ数だけ生成されるとした場合、物質と反物質はすぐさま出会ってエネルギーに戻る“対消滅”を経験し、宇宙には物質も反物質も残らないことになります。

現在のように宇宙が物質に満ちるためには、何らかの理由で物質の方が反物質よりも多く作られ、対消滅をせずに残る現象が起こったはずです。
これを“バリオン数生成”と呼び、パリティ対称性が破れている(パリティ対称性に反する)現象になります。

それでは、パリティ対称性が破れている状況は、どのようにして起こるのでしょうか?
このことは、今の物理学の理論では説明が付いていないので、解決にはまだまだ時間が掛かりそうです。

銀河の配置からパリティ対称性の破れを見つける

唯一の例外として、4つの基本相互作用(基本的な力)の1つ“弱い相互作用”は、パリティ対称性が破れている唯一の物理学的現象ということが知られています。
さらに、弱い相互作用は高次の対称性であるCP対称性(電荷(チャージ)対称性(C対称性)とパリティ対称性を掛け合わせたもの)も破れているので、時間対称性(T対称性)も敗れていることが判明している。これらを考慮してもなお、宇宙における物質の豊富さは説明できないことが分かっている。
ただ、弱い相互作用は伝達距離が非常に短く、原子核の内部で完結しているんですねー

これに対し、物質と反物質の非対称性を説明するには、もっと長い伝達距離でパリティ対称性が破れている必要があります。
でも、今までその証拠は見つかっていませんでした。
図2.四面体は鏡写しにした形同士が一致しない最も単純な立体。4点相関関数はこの性質を利用し、銀河の配置を四面体としてとらえることで、その形状がランダムなのかを調べる手法。(Credit: Hou, Slepian & Cahn)
図2.四面体は鏡写しにした形同士が一致しない最も単純な立体。4点相関関数はこの性質を利用し、銀河の配置を四面体としてとらえることで、その形状がランダムなのかを調べる手法。(Credit: Hou, Slepian & Cahn)
そこで、研究チームがとったのは、宇宙における銀河の配置からパリティ対称性が破れている証拠を見つけるという、一風変わったアプローチでした。

この手法には“銀河4点相関関数(galaxy four-point correlation function)”という難しい名前が付いていますが、基本は非常に単純です。

銀河をランダムに4つ選び出して線で結ぶと、全てが三角形の面で構成された四面体(三角錐)ができます。

四面体は3次元空間で最も単純な立体であるだけでなく、その鏡写しの形は3次元空間内でどのように回転させても一致することはありません。

四面体の鏡写しは別々の立体であるというこの特徴は、宇宙でパリティ対称性が破れていた時代を探る上で重要になります。

大雑把に言うと、銀河の配置は初期の宇宙の物質密度のデコボコを反映していると言えます。

もし、宇宙の歴史を通じてパリティ対称性がずっと保たれていた場合、このデコボコの配置は完全にランダムなものになるので、銀河が形作る四面体の形状も完全にランダムになるはずでです。
一方で、もしも宇宙の初期段階にパリティ対称性が破れていた時代があった場合、物質密度のデコボコの配置、さらに言えば四面体の形状にも偏りが生じます。

この偏りを見つけることで、初期宇宙のパリティ対称性を間接的に知ることができるというわけです。

銀河の配置には偏りがある

ただ、銀河の配置は見たところランダムだとしか思えないので、そのような偏りはあったとしても極めてわずかなものでしかないはずです。

観測対象は異なるものの、同じような偏りを見つける過去の研究には、“偏りらしいもの”を見つけることに成功したものもありました。

でも、示された偏りは非常に弱く、本当はランダムでしかないものが偶然“偏りらしいもの”として見えている可能性を否定することができていませんでした。
図3.今回の研究手法における、銀河の配置が四面体を構成していることを示す一例。(Credit: Hou, Slepian & Cahn)
図3.今回の研究手法における、銀河の配置が四面体を構成していることを示す一例。(Credit: Hou, Slepian & Cahn)
研究チームでは内容を確かなものにするため、“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”で得られた銀河のデータを使用。
これにより、様々な四面体の形状を分析しています。

問題は100万個もある銀河の数でした。
そこから作り出せる四面体の総数は、1兆個以上になってしまうんですねー

そのままでは計算量が膨大になりすぎるので、分析には数学的に工夫された手法を必要としていました。
また、元になるデータの問題から、計算は2つの方法で行われています。

その結果、精度の高い方法では7.1σ、低い方法でも3.1σの信頼値で、銀河の分布には偏りがあることが判明。

この信頼値をもう少し分かりやすく言うと、今回の研究で明らかにされた偏りが実際にはランダムで、偶然それらしく見えただけのものを“偏りだ”と誤認している確率は、精度の低い方法で約0.2%、高い方法では約0.00000000013%(10兆分の13という低確率)になります。

精度の高い方法の値は、このような膨大なデータを分析する研究で求められる5σ(偶然である確率が約0.00006%)という水準を超えているので、銀河の分布に偏りがあるという結果は正しそうです。

また、精度の低い方法は単独では5σの水準を満たしていないものの、精度の高い方法とほぼ同じ手法を使って、似たような結果が得られたことが注目されます。

今回の研究結果について、研究チームではアイザック・ニュートンの有名な言葉「私は仮説を作らない(Hypotheses non fingo)」を引用し、この結果からより大きな何かを語ることに注意喚起をしています。

今回の研究は、あくまでも銀河の配置にランダムではない偏りがあることを示したに過ぎず、この偏りが本当に初期宇宙のパリティ対称性の破れによって生じたのか、それとも他に理由があるのかまでは分かっていません。

研究チームでは、銀河の配置が決定されたのは初期の宇宙が急激に膨張したインフレーションの時代と考えるのが最も自然だとしています。

この時代は、パリティ対称性の破れによって物質が反物質よりも多く生成されたとみられる時期と一致しています。

パリティ対称性を巡る謎が、すぐに解決するのかどうかは分かりません。
でも、少なくとも今回用いられたアプローチは、さらに洗練される可能性はあります。

特に、運用を開始したばかりの“暗黒エネルギー分光器(DESI)”、直近で運用開始が予定されているヴェラ・C・ルービン天文台の“大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)”や“ユークリッド宇宙望遠鏡”は、さらに高精度な観測データを提供してくれると期待されています。

これらのデータの調査や比較研究は、今回の観測結果を肯定するか、もしくはパリティ対称性の異なる原因を示してくれるはずです。


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銀河の集団が作る大規模構造はどうやってできたの? この謎に挑むJAXAのX線分光撮像衛星“XRISM”はH-IIAロケットで打ち上げ

2023年08月24日 | 宇宙 space
延期されていたJAXAのX線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”の打ち上げ予定日が、2023年9月7日(木)午前8時42分11秒(日本標準時)に決定したことがJAXAならびに三菱重工業から発表されました。

X線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”は、H-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)により、種子島宇宙センターから2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に打ち上げられました。
ロケットは計画通り飛行し、“XRISM”は打ち上げから約14分09秒後、“SLIM”は約47分33秒後にロケットから正常に分離されたことが確認されました。


発射場は種子島宇宙センターの大型ロケット発射場で、H-IIAロケット47号機に搭載され打ち上げられます(打ち上げ予定時刻は日本時間の午前9時34分57秒)。

打ち上げ予備期間としては、8月27日~9月15日までが予定されていて、予備期間中の打ち上げ時刻は打ち上げ日ごとに設定されます。

当初、“XRISM”と“SLIM”の打ち上げは2023年度初めに予定されていました。
ただ、2023年3月に発生したH3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗の原因が、H-IIAロケットにも潜んでいる可能性があったんですねー
その調査の必要性から、新たな月軌道投入可能期間になる2023年8月以降に延期されていました。

この間、H3ロケットの打ち上げ失敗原因の調査も進展。
H-IIAとは9つの共通要因があったのですが、それぞれに対策が施され、問題を排除できたこともあり、打ち上げが決定されることになりました。
X線分光撮像衛星“XRISM”(Credit: JAXA)
X線分光撮像衛星“XRISM”(Credit: JAXA)

小型月着陸実証機“SLIM”

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目指す月面探査機です。

将来の太陽系科学探査を見据えて、リソース制約の厳しい惑星への着陸や、より高性能な観測装置搭載のための軽量化の実現を目指しています。
小型月着陸実証機“SLIM”(Credit: JAXA)
小型月着陸実証機“SLIM”(Credit: JAXA)
“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”とは、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を研究し、それを小型探査機により月面で実証する計画です。

月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下しますが、着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用。
月面の“神酒の海”の近くを着陸目標としていて、精度100メートル以内での着陸を目指しています。

垂直姿勢で接地する従来の探査機では、傾斜が大きな斜面などには着陸できませんでした。
でも、水平姿勢で接地する“SLIM”は斜面への着陸にも対応できるので、科学的に興味深い“着陸したい場所”への高精度着陸の実現に貢献することが期待されています。
“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
目指しているのは、これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換。
これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずです。

昨今、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になっているので、探査対象の付近への高精度着陸が必要になっています。

さらに、将来の太陽系科学探査で必要になるのが、より高性能な観測装置の搭載。
その時のために探査機システムを軽量化し、その分を観測装置にリソース配分ができるよう、探査機の軽量化は欠かせないんですねー

“SLIM”では、ピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目標とし、将来の月惑星探査に貢献することを目指しています。

なお、“SLIM”には“LEV(Lunar Excursion Vehicle)”と呼ばれる2機の小型ローバーも搭載されます。

中央大学、東京農工大学、和歌山大学などが開発に参加した“LEV-1”は、月面でジャンプして移動することや、地球との直接通信を目指しています。

一方の“LEV-2”は、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が開発に参加した小型ローバー、“SORA-Q”の愛称でも知られています。
野球ボールほどの大きさの球体が月面に着地した後に変形し、“クロール走行”と“バタフライ走行”という、2つの走行モードで月面を走行する予定です。

“LEV-1”と“LEV-2”は、“SLIM”から着陸直前に分離され、月面到達後は画像の取得と、地球へのデータ送信を連携して行う予定です。

X線分光撮像衛星“XRISM”

X線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”が失われてから、JAXAは徹底した原因究明を実施。
不具合の直接の要因とその背後にある要因を調べ上げ、再発防止のための対策を行ってきました。
2016年2月に打ち上げられたX線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”は、同年3月に通信不能になり、4月に運用が断念された。
この再発防止策に基づいて計画されたプロジェクトが、X線分光撮像衛星“XRISM(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)”です。

“XRISM”は、“ひとみ(ASTRO-H)”の成果や研究の進展をもとに、NASAやヨーロッパ宇宙機関の協力のもと2018年に開始された、JAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星計画です。

“XRISM”に搭載されているのは、広い視野を持つX線撮像器と極超低温に冷やされたX線分光器です。
これらを使って、星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”に含まれる元素やその速さを観測し、星や銀河、銀河の集団が作る大規模構造の成り立ちを、これまでにない詳しさで明らかにします。

“ひとみ(ASTRO-H)”が目指していた科学成果を早期に回復し、世界に届けることを目指しています。

“XRISM”が挑む宇宙の謎

“XRISM”は、星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”を観測して、それらが作る宇宙の大規模構造の成り立ちや、天体間を行き交う元素とエネルギーの流れを、これまでにない詳しさで明らかにします。

天の川やアンドロメダなどの“銀河”は、太陽のような星の集団です。
ひとつの銀河には、およそ1000億もの星が含まれています。
また、銀河は宇宙全体で数千億個もあり、数百から数千の銀河が集まって一つ一つの銀河団を形成しています。

そして、銀河団は観測できる天体としては宇宙最大規模のもの。
物質が作る宇宙の全体像を知るのに最も適した天体といえます。

銀河は時に“島宇宙”とも呼ばれます。
それは、銀河が島のように宇宙に広く点在するからです。

人間の目に見える光(可視光)で宇宙を見ると、島の間に何もないように見えます。
でも、X線で見て分かるのは、あたかも“島”を浮かべる“海”のように、数千万度の高温プラズマが銀河の間に広がる様子です。

プラズマとは、原子を構成する電子の一部が、高温のため原子核から離れてしまった電離ガスのこと。
銀河団の高温プラズマは、電磁波で直接観測できる銀河団物資の8割以上の質量を占め、銀河の中を流れるプラズマとも行き来があります。
そう、銀河や銀河団の作られ方を知るには、銀河団を満たす“海”である高温プラズマのX線観測が重要になるわけです。

地上の川や海、雲や雨のように、プラズマは、星や銀河、銀河団の間を循環しています。
なので、プラズマを観測することは、宇宙の物質やエネルギーの流れを知る上でとても重要になります。

“XRISM”には、高温プラズマからのX線を観測し、それに含まれる物質の種類(元素)、温度、密度、速度を、これまでとは桁違いの精度で測定する超高分解能X線分光撮像機(X線マイクロカロリメータ)が搭載されています。

この能力を持って“XRISM”は壮大な宇宙の謎に挑むことになります。

宇宙の大規模構造“銀河団”はどうやってできたのか

宇宙最大の天体である銀河団は、数千万度の高温プラズマで満ちています。

高温プラズマ中の電子や陽子は速度が大きく飛び散りやすいので、これを銀河団内に引き留めるには強大な重力が必要になります。
この重力の担い手が、正体不明のダークマター(暗黒物質)です。
ダークマター(暗黒物質)が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度にあった。銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できている。でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かってくる。そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター説”の始まりになっている。
ダークマターは単にプラズマを引き留めるだけでなく、銀河団の周囲にある物質も引き付け、銀河団をさらに大きな天体に成長させ続けます。

ダークマターは電磁波を出さないので、直接観測することはできません。
でも、X線を使って高温プラズマを観測することで、間接的にその分布や動きを推定することができます。

“XRISM”のX線分光撮像器を使えば、これまでの装置では分からなかったプラズマの速度を知ることができます。
これによって、ダイナミックに成長する銀河団の設計図を明らかにしていきます。

銀河団の構造は、基本的に最も大きな質量を占める暗黒物質が作り出す重力場と、高温プラズマ圧力との静的なバランスによって成り立っているように見えます。

これは物理的には奇妙なことなんですねー
なぜなら、膨大な高温プラズマといえども、X線放射を出しながら次第に冷めていくはずです。

冷めれば、圧力が下がり中心部の密度が高くなっていきます。
密度が高くなると、さらに放射効率が上がり温度が下がる正のフィードバックが働くことに…
密度の高い中心部は、1~10億年程度で自分の重力でつぶれてしまうはずです。

でも、実際には銀河団は100億年のスケールで安定していて、崩壊の兆しは見られません。

それでは、何者かが放射によるエネルギー流出を補填し、崩壊を止めているのでしょうか?

その候補として、
周辺の冷却されていないプラズマからの熱伝導
高温プラズマ中を運動する銀河からのエネルギー供給
中央部にある大きな銀河に含まれる超大質量ブラックホール(活動銀河核)から吹き出す光速のプラズマ流による加熱
などが議論されてきました。

最初の候補は温度分布の精密な測定、後の2つは銀河周辺の高温プラズマの運動の様子が手掛かりになるはずです。

“XRISM”が搭載する超高分解能X線分光装置は、元素輝線の精密な測定によって、熱運動の速度の数分の1に至る精度で、プラズマの温度や元素の速度を測る能力を持っています。

もし、期待されるような過熱を引き起こすような運動が存在すれば、必ず検出し、銀河団の構造形成を巡る長きにわたる論争を決着させることができるわけです。

それは、より根本的な暗黒物質の分布や運動を通じて、その正体を解明することにつながるはずです。

宇宙の元素はどうやって作られてきたのか

宇宙が生まれてから最初の数億年間は、元素がたったの3種類しか存在しない、実に味気の無い時代が続きました。

私たちの体を作るのに欠かせない炭素や酸素、文明を支える鉄などの金属は、いずれも宇宙の誕生から数億年以上後で生まれた星の中で生成されていきます。

これらの元素は、やがて星の爆発によって銀河の中や外へと撒き散らされ、次の世代のより芳醇な惑星や生命を含む、味わいのある宇宙作っていくことに… この歴史を宇宙の化学進化といいます。

“XRISM”のX線分光撮像機は、これらの元素からの特徴的なX線を、これまでにない感度で観測し、さらに宇宙空間に広がっていく速度も測定。
宇宙の元素がもたらす“味わい”の作られ方“レシピ”を調べます。

銀河団の高温プラズマには、宇宙史的な規模での元素合成の歴史が刻まれています。

恒星や超新星で作られた元素は、星間空間を経て、水素を主とする銀河間プラズマを少しずつ酸素や窒素、金属元素などで豊饒さを増していきます。

さらに、恒星や超新星の種類によって、作られる元素の組成パターンは異なってきます。
なので、それぞれの残した組成パターンを詳しく調べることで、数十億年にわたる元素合成の歴史と、それを生み出した恒星や超新星の歴史を知ることができます。

もちろん、これらの基本になるのは、私たちの住む天の川銀河や、近傍の銀河で見られる超新星爆発の様子から得られた知見になります。

“SRISM”は、銀河系に数多く残されている超新星の痕(残骸)を、その優れた分解能でX線分光することによって、これまで見過ごされてきた微量の元素の割合や、それらの拡散の様子を、これまでにない精度で測定できるので、元素合成の知見も大幅に深まるはずです。

地上の川や海そして大気が地球の物質循環を担うように、高温プラズマは宇宙の物質循環の場になっています。

惑星や大気、生命を作っている重要な元素… 酸素や窒素、ケイ素、様々な金属はすべて、恒星やその終末における超新星などで作られてきました。

星で作られた物質は、星間空間に広がり、新たな恒星や惑星の材料として再利用されるほか、銀河間空間の高温プラズマにも広がっていきます。

そして、この高温プラズマは、川や海、大気と同じように、島から海へと流れだし、再び島へと降り積もることになります。

様々な物質とともに、ダイナミックに運動しています。

コンパクト天体の周りのプラズマの構造

宇宙には、どんなに高性能の望遠鏡を使っても、絶対に覗けない領域があります。

一つは、宇宙の膨張によって私たちから遠ざかる方向へと飛び去って行き、決して追いつくことのできない遠い宇宙。
そして、もう一つが、ブラックホールの中です。

ブラックホールのそばでは、強い重力によって時空が引き伸ばされ、元素から出るX線も、その波長が長くなってしまいます。

“XRISM”のX線分光撮像機は、このX線を精密に測定し、物質が時空の果てに吸い込まれる様子や、ブラックホールの活動によってエネルギーが放出される様子を詳しく調べます。

ブラックホールや中性子星、白色矮星といった恒星が死を迎えた後に残される“コンパクト天体”は、しばしば周囲に非常に強い重力場に引き寄せられ渦巻くプラズマを伴っています。

これは降着円盤あるいは降着流と呼ばれ、一般相対論が支配する重力場における時空構造を観測する天然のプローブ(探査子)です。

このプラズマは強いX線源になるので、これまでもX線天文学において熱心に研究が進められてきました。

その大きな成果が、“あすか”によって発見された、光速近くの速度で回転する降着円盤からの鉄元素からの輝線スペクトルでした。

そのスペクトルには、ブラックホールが起こす重力赤方偏移による歪が見られ、降着円盤が実際に時空構造のプローブとして有効であることが示されました。

でも、その後の研究によって、これらのプラズマ流は、当初考えられていたような単純な円盤ではなく、密度や温度が異なる様々なプラズマの構造を持ち、それらが時間的に状態遷移をしていることが分かってきました。

降着円盤を時空構造のプローブとして、さらに研究を進めるには、それぞれの成分が錯綜するX線スペクトルを超高分解能X線分光によって仕分け、時間変化を含めて観測することが重要になります。

先代のX線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”の喪失や、H3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗などの問題を乗り越えて、宇宙の謎に挑むX線分光撮像衛星“XRISM”。
運用の開始が楽しみですね。


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ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえた宇宙空間に浮かぶ“はてな(?)マーク”の正体は何か 2つの銀河の相互作用が原因かも

2023年08月23日 | 銀河・銀河団
NASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が、宇宙空間で光輝く“はてな(?)マーク”形の物体をとらえました。
“はてな(?)マーク”は2つの銀河の相互作用によるものの可能性がある。(Credit: NASA/ESA/CSA/Joseph DePasquale (STScI))
“はてな(?)マーク”は2つの銀河の相互作用によるものの可能性がある。(Credit: NASA/ESA/CSA/Joseph DePasquale (STScI))
7月26日に公開された近赤外線分光画像に写っているのは、“ハービック・ハロー天体46/47”と命名された2つの若い恒星。
この天体は銀河系の“ほ座”から1470光年離れていて、まだ形成期にあり、互いの周りを回っていました。

この2つの恒星は、1950年代から地上の望遠鏡や宇宙望遠鏡で観測されていたもの。
でも、その画像の背後にある“はてな(?)マーク”形については、まだ詳しい観測や研究が行われていませんでした。

どうやら、その形状や位置から“はてな(?)マーク”は恒星ではないことは明らかなようです。

おそらく、この現象は“ハービック・ハロー天体46/47”よりもはるかに遠く… 数十億光年離れた場所で、2つの銀河が融合してできたもの。

宇宙には数多くの銀河が存在していて、時間の経過とともに成長して進化する過程で近くの銀河と衝突することがあります。
その衝突で、銀河は歪んで様々な形になり、“はてな(?)マーク”が出来たのかもしれません。

こうした現象は、からす座にあるアンテナ銀河の逆向き“はてな(?)マーク”などを含め、過去にも観測されています。

ほとんどの銀河は、それぞれの歴史の中でこうした相互作用を何度も繰り返します。

私たちの天の川銀河も、およそ40億年以内にアンドロメダ銀河と合体すると予想されています。
でも、どんな形になるのかは分からないんですねー

2つの銀河が合体して相互の重力が作用しあっている姿が“はてな(?)マーク”だとしたら。
上部のかぎの部分は、恒星とガスの流れが引きちぎられて宇宙空間に流れ出す“潮汐(ちょうせき)尾”のように見えますね。


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太陽よりも高温な恒星を公転する巨大ガス惑星を理解するにはどうすればいいのか? 比較対象になる表面温度が8000℃の褐色矮星“WD0032-317B”を発見

2023年08月22日 | 褐色矮星
極端な高温に晒された巨大ガス惑星では、大気を構成する分子が分解して、非常にエキゾチックな化学成分を示すと考えられています。

でも、このような条件が揃っている惑星が発見されたのは、これまでに1例だけだったんですねー

そこで、今回研究の対象になったのは、巨大ガス惑星ではないものの、それに非常に近い性質を持ち、約8000℃もの高温に晒された褐色矮星“WD0032-317B”でした。

8000℃と言えば太陽の表面よりも高い温度。
“WD0032-317B”の存在は、高温の惑星環境を研究する上で、良い観測対象になる可能性があるようです。
この研究は、ワイツマン科学研究所のNa'ama Hallakounさんたちの研究チームが進めています。
図1.白色矮星を公転する褐色矮星のイメージ図。白色矮星は褐色矮星よりもはるかに重いが直径は小さな天体なので、その周りをさらに大きな天体が公転しているように見える。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)
図1.白色矮星を公転する褐色矮星のイメージ図。白色矮星は褐色矮星よりもはるかに重いが直径は小さな天体なので、その周りをさらに大きな天体が公転しているように見える。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)

灼熱の木星型惑星“ホットジュピタ-”

1995年に発見された“ペガスス座51番星b”を皮切りに、極端に恒星に近い軌道を公転する巨大ガス惑星“ホットジュピタ-”が数多く発見されています。

太陽系の巨大ガス惑星である木星や土星とは違い、ホットジュピタ-は恒星からの強い放射に焙られ続けるので、蒸発した大気が流出している様子も観測されています。

また、極端な高温に晒されていることから、低温の惑星では見られない化学成分が次々に見つかっていて、興味深い対象として日夜観測と研究が行われています。

2017年に発見された“KELT-9b”は、その極端な事例の1つとして知られています。

公転軌道が恒星“KELT-9”に極めて近い上に、“KELT-9”自体が太陽よりも高温なタイプの恒星(表面温度は約9300℃)なので、“KELT-9b”の昼側の気温は約4300℃に達しています。
主星“KELT-9”からの潮汐力の影響で自転周期と公転周期が一致し、“KELT-9b”が常に主星に対して同じ面を向け続けている状態。この現象を潮汐ロック(潮汐固定)と呼ぶ。主星の近くを公転している場合など、受ける潮汐力が大きい場合に比較的よくみられる現象。月が地球に同じ面を向けているのも同じ現象。
“KELT-9b”の昼側の温度は、低温なタイプの恒星表面よりも高い温度で、これまでに知られている中では最も高温の惑星でした。

極端な高温とそれによる激しい大気循環、恒星から降り注ぐ強力な紫外線によって、“KELT-9b”は水、メタン、水素といった化学的に安定な分子ですら原子単位に分解され、通常は重すぎて大気中に現れることのないテルビウムなどの金属元素が存在しています。

そう、“KELT-9b”はホットジュピタ-が蒸発する詳しいい過程、極度の高温によって生じるエキゾチックな大気の様子、巨大ガス惑星の内部の組成を間接的に知る手段として、非常に貴重な存在と言えるんですねー

ただ、安定な分子が分解するほどの極端な環境にある惑星は、今のところ“KELT-9b”の1例しか知られていません。

これは、太陽よりも重い“KELT-9”のような恒星での惑星発見の事例がほとんどない上に、詳細な大気成分を探るための観測が難しいという技術的な困難さがあるためです。

比較できる対象の不在は、超高温の惑星の大気を研究する上で一つの障壁になっていました。

恒星になれなかった天体“褐色矮星”

今回、研究の対象になった“WD0032-317B”は惑星ではないものの、よく似た性質を持つ“褐色矮星”と呼ばれるタイプの天体です。
図2.褐色矮星とその他の天体の比較。褐色矮星は巨大ガス惑星と軽い恒星(赤色矮星)の間の性質を持つ。(Credit: MPIA / V. Joergens / WikiMedia Commons)
図2.褐色矮星とその他の天体の比較。褐色矮星は巨大ガス惑星と軽い恒星(赤色矮星)の間の性質を持つ。(Credit: MPIA / V. Joergens / WikiMedia Commons)
褐色矮星は、巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体で、その重さは木星の13倍から80倍あります。

褐色矮星の中心部では、重水素やリチウムの核融合反応が起こっていますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

褐色矮星は高温のタイプでも表面温度は2000度未満で、なかには100℃を下回って水の雲を持つ例すらあります。
この点で、褐色矮星は巨大ガス惑星の非常に重いタイプとみなすことができます。

今回、研究対象になった褐色矮星“WD0032-317B”は、地球から約1410光年彼方に位置する白色矮星“WD00320317”をわずか2.3時間周期で公転しています。

“WE0032-317”は恒星ではなく白色矮星ですが、その表面温度は約3万7000度と推定されています。
白色矮星は、超新星爆発を起こせない太陽のような軽い恒星が赤色巨星の段階を経て進化した天体。外層からガスや塵を放出し硬い芯(コア、中心核)だけが残されたコンパクトな星で、中心部の核融合は停止している。太陽程度の質量が、地球程度の大きさに閉じ込められているので、白色矮星は強大な重力で圧縮されている。
白色矮星と褐色矮星の組み合わせは、これまでに12例しか見つかっておらず、その中でも“WD0032-317”はかなりの高温になります。

このため、“WD0032-317B”はかなりの高温と強烈な紫外線に晒されていると推定されますが、正確な環境は分かっていませんでした。

そこで、研究チームは過去の観測結果に基ずく複数のモデルを構築し、“WD0032-317B”の環境を推定しています。

最も難しかったのは、白色矮星の放射の特性を決める中心核の組成でした。
今回の研究では、“ヘリウム核(ヘリウムを主体とした中心核)”と“ハイブリッド核(炭素など様々な元素が混合した中心核)”という2つの仮定を元に計算行っています。

その結果、推定された“WD0032-317B”の昼側の気温は、ヘリウム核モデルでは7600℃、ハイブリッド核モデルでは8500℃。
この温度は、“KELT-9b”を上回り、恒星である太陽の表面温度(5500℃)よりも高いものでした。

その一方で、夜側はどちらのモデルでも約1700℃だと推定されるので、昼夜の温度差は6000℃前後もあることになります。

また、“WD0032-317B”が受ける極紫外線(非常に高エネルギーの紫外線)は、“KELT-9b”の5600倍であると推定されています。
“KELT-9b”と同様に、“WD0032-317B”も常に主星に対して同じ面を向け続ける潮汐ロック(潮汐固定)の状態にあると考えられる。
これほど極端な熱と紫外線を受ける環境では、褐色矮星自体の赤外線放射は無視できるので、“WD0032-317B”は事実上巨大ガス惑星と同等とみることが出来ます。
そう、“KELT-9b”と比較できる観察対象になり得るんですねー

“WD0032-317B”のさらなる詳細な観測は、極端な環境に置かれた巨大ガス惑星の大気成分の変化や、どのように大気が蒸発していくのかを調べるための良い指標になるはずですよ。


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