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14時30分過ぎ、新大久保に到着。
まだまだ大きく取り上げられているとはいえないものの、ここ一週間ほどは有田芳生さんや宇都宮健児さんらによるデモ認可差し止めアピール、殺人予告に対する人権救済申し立てによって猛烈にニュース化されている在特会(在日特権を許さない市民の会)系の反韓デモ(今回は「特定アジア粉砕新大久保排害カーニバル!!」)が新大久保で行われた。
これはライトな気分でストレス解消するだけの、明らかな人種差別デモである。そして彼らは、本人たちもほとんど公然と認めるレイシストで排外・排斥主義者の集団なのだ。
その集団が在日を含む韓国人に対する殺人、排斥を訴えながら新大久保にいる「当事者」たちの町を練り歩くのだから、この2、3ヶ月の週末の新大久保(大阪は鶴橋)は凄まじい状況になっている。
デモが通過する瞬間、この町は殺す人たちと殺される人たちの町になる。
どこの国の無法地帯なのか。驚くべきことに、ここは日本なのである。
すでにデモは出発していて、レイシストしばき隊やカウンターの参加者もデモの進行に合わせて歩道から併走しながらカウンターを始めていたようだ。
駅前の喫煙所周辺にはおそらく渋谷経由でここにやってきた人たちが続々と集まってくる。
デモ隊の新大久保駅前通過が15時頃ということを確認しつつ、プラカード隊の皆さんと買い物客でごった返す大久保通りを早足でデモ進行の逆方向へ向かう。そしてヒステリックなアナウンスを続けるデモ本隊と遭遇すると同時に、歩道のカウンターと合流し、全力で怒号をぶつける。
半端なトラメガでは対抗できないくらいの大音量の「レイシスト帰れ」「在特帰れ」のシュプレヒコールが沿道から巻き起こる。沿道の声の凄まじさに彼らの立派なトラメガも手持ち無沙汰で、その後ほとんど使われることはなかったように思う(まったく何のためのトラメガなのかと思った)。
カウンターの行動者だけではなく、たまたまその場に居合わせた人たちからもデモ隊へ向けて怒りの声が挙がった。トラメガの先導だけではなく、一人ひとりの自発的なコールと怒号が歩道に渦巻く。
通りすがりの「つぶやき」も含めて、一人ひとりの生の声は自分たちを守る一番手っ取り早い「武器」なのだ。
一方でデモ隊のカメラは「自分たちの行動を記録する」というよりも、ほとんど沿道に向かっている。
彼らは注目されていることを身悶えるように、プラカードを掲げ、怒号を浴びせるオレたちにレンズを向ける。きっとあのカメラは自分たちを守ってくれる武器だと信じているのだろう。彼らはネットの中だけの住民で、自分の顔は晒さない代わりに、「相手を晒す」という行為は自分を守ると信じているのだろうと感じた(堂々と顔を晒しているのは、デモ中の行動を見ても本物のアレなのだが…)。
しかし彼らには気の毒だが、もはや数十倍、数百倍のレンズが彼らを「晒し」ている。
デモ隊が駅前を通過した後もゴール地点の柏木公園までカウンターの集団はじりじりと彼らを追いかけ続けた。何箇所も、何度も警官が通行規制をする中で、それでも少なくない人たちが公園まで向かった。
公園周辺では「在特帰れ」を基調にしたコールが繰り返し繰り返し叫ばれた(こういうときこそドラムの大切さ=リズムのキープって痛感するよね)。デモ隊を「安全に」解散させるためにスクラムを組んだ機動隊から何度も押し戻されながらカウンター集団の力強いコールは続いた。そしてネットの中のストレス解消から現実へと足を踏み入れた彼らが醜悪な主張を捨て去らない限りカウンターのコールは続くだろう。