ロック探偵のMY GENERATION

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名護市長選にみる日本社会の状況

2018-02-05 16:31:03 | 時事
昨日、沖縄の名護市で市長選がありました。

健全な多党制が必要だという平素からの私の主張からみれば、残念な結果となりました。
しかしながら、選挙の結果は結果としてひとまずは認めなければいけません。
そこで今回は、この結果を踏まえて、思うところをっ書いてみよう思います。


どうも、この十数年ぐらいの世の中を見ていると、日本社会がなにか決壊しつつあるのではないかというような気がします。
政治・社会・経済……と、いろんな面でそうなんです。

ここで名曲を一曲。

レッド・ツェッペリンのLevee's Gonna Break です。
オリジナルはメンフィス・ミニーという人で、ボブ・ディランなんかもカバーしている歌ですが、そこにこんな歌詞があります。


  このまま雨が降り続ければ 堤防は決壊するだろう
  このまま雨が降り続ければ 堤防は決壊するだろう
   堤防が決壊しちまえば、どこにも居場所はないんだ


なんだか、ずっとこんな感じがしています。
レディオヘッドのトム・ヨークも、だいぶ前の話ですが、洪水のイメージについて語っていました。そういう漠然とした不安を、多くの人が持っているのではないでしょうか。

では、その洪水とはなんなのか。
私は、ネガティブ・フィードバックの欠如ではないかと思うようになりました。

ネガティブ・フィードバックというのは、恒常性を保つために不可欠な要素です。

たとえば、風呂の温度を一定に保つシステムを考えてみましょう。
風呂の温度をある決まった温度に保つということはできません。冷めてきたら加熱して温める、温まりすぎたら加熱を止めて冷やす……この繰り返しで、設定温度プラスマイナス一、二度ぐらいの範囲におさまるようにします。
この、「熱くなりすぎたら冷ます」、「冷めすぎたら温める」というのがネガティブ・フィードバックです。プラスにはマイナス、マイナスにはプラスという逆の反応をすることで、一定の温度を維持する仕組みです。

生物の体にも、この仕組みがそなわっています。
体温が上がりすぎたら汗を出して冷やす、体温が低下したら体を震えさせて熱を発生させる。そうして、一定の体温を保とうとします。そうしないと、体が過熱するか、逆に低体温になって生命の危機に陥ります。

さて……このたとえで考えたとき、いまの社会はどうなのか。
「過熱してきたときに冷ます」という回路が致命的に欠けているように思えてなりません。プラスにプラスの反応でこたえるばかりで、ひたすら過熱していっているように見えます。これは、社会を一個の生命と見立てたとき、非常に危険な状態といわなければなりません。

政治の世界にも、本来ネガティブ・フィードバックは働いてしかるべきです。

ある方向に進みすぎたら、「これはまずいんじゃないか」「行き過ぎなんじゃないか」と考える有権者が増え、別の考え方を持つ政党への支持が増えてくる……そんなふうにしてバランスをとっていくのがあるべき姿だと思います。
ところが、いまの日本ではそうならない。このことが、暴走を引き起こしているように思えるのです。このオーバーヒートが、いずれ“決壊”を引き起こしてしまうのではないか……そんな気がします。

ここで、私の平素の主張に戻ってきます。
やはり、まっとうな多党制が必要なんです。
かつては、自民党の党内の派閥が擬似政党のように機能し、擬似政権交代のようなことをしていましたが、いまはもうそういうことはほとんど期待できなくなっています。それに、事実上の一党独裁で党内の擬似政権交代に任せるというのは、やはり健全とはいえません。そのようなあり方が、政治のことは政治家におまかせしておけばいいという政治風土を作ってきた側面があると思いますが、それではダメなんです。

ここでもう一度、Levee's Gonna Break の一節を引用しましょう。


  泣き叫んだところでなんの助けにもならない
  祈ったって意味はない
  堤防が決壊しちまえば ここにはいられないんだ

まさにこれです。
おまかせ政治の先には暗い未来しかありません。
誰かがなんとかしてくれるだろうと思ってちゃいけません。誰も助けてはくれません。堤防の決壊を防ぐためには、きちんとバランス感覚を働かせなければならないのです。手遅れになる前に……