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カーペンターズ「遥かなる影」 Carpenters, (They Long to Be)Close to You

2019-03-13 22:25:52 | 音楽批評
今回は、音楽評論記事です。

今日紹介するのは……カーペンターズの「遥かなる影」です。

日頃あつかっている曲からすると、ちょっと意外に思えるかもしれません。
しかしこの曲は、私がこのブログで取り上げる曲を選ぶ際の条件を、いろいろと兼ね備えているのです。

一つは、私がやっているバンド、Paperback Writwer(s)でカバーしていること。
女性ボーカル曲なわけですが、カレン・カーペンターという人は、女声としては低めの音域を使うことも多く、この曲は男声でちょうどいいぐらいの音域になってるんです。まあ、それでも男声ではちょっと高く、難しい曲なんですが……

2点目は、私が書いている小説とのかかわり。
このブログで、私が“インディーズ”時代に出したWANNABE'S という同人誌(?)のことを何度か紹介しましたが、そこに収録した短編の一つに、「遥かなる影」というのがありました。

3点目は、最近何度か記事を書いたビーチボーイズからの流れです。
カーペンターズは、ビーチボーイズとは同時代のグループで、カーペンターズは、ビーチボーイズの「リトル・ホンダ」をライブでカバーしていたりもします。

当時のLAには、“レッキングクルー”と呼ばれるスタジオミュージシャンたちがいて、ビーチボーイズとカーペンターズはこの人たちを通じてつながってもいます。
ビーチボーイズの『ペットサウンズ』の楽曲は、レッキングクルーが多く参加していることで知られていますが、レッキングクルーの面々はカーペンターズのレコーディングにも起用されているのです。故・中山康樹さんは、ジャズのセッションにも参加するレッキングクルーたちによってロックの世界にジャズのフィーリングがもたらされた……と分析していました。そういう意味では、ロック史において非常に重要な意味をもつ存在ともいえます。
そのレッキングクルーの代表格が、先日亡くなったドラマーのハル・ブレインですね。
ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」で、あの印象的なドラムイントロを叩いている人です。フィル・スペクター、ブライアン・ウィルソン……そういうところと、つながってきます。ハル・ブレインは、以前の記事で書いた「素敵じゃないか」と今回の「遥かなる影」でもドラムを叩いているということなので、そこはもうダイレクトにリンクしているのです。

音楽的なところを離れて考えても、ビーチボーイズとカーペンターズは立ち位置が似ているように思えます。

“第一世代”のアーティストでありながら、その内側に暗いものを抱えているというところなんか、そう感じられます。

カーペンターズの歌というのは、歌詞を読むと結構暗い感じのことを歌ってるものがあります。
たとえば、「雨の日と月曜日はいつも私を落ち込ませる」と歌う Rainy Days And Mondays や、「私が生きようが死のうが誰も気にしない」と歌うGoodbye to Love なんかです。
I Need to Be in Love なんかもそうですね。あの歌には「青春の光と影」という邦題がついていますが、歌詞を読むと、どっちかといえば影の部分が濃いように感じられます。

しかしやはり、ビーチボーイズと同様に、そういう暗い面はあまり顧みられてないように思えます。

原因の一つは、ビーチボーイズの記事でも少し触れた「歌詞を自分で書いていない」というところがあるでしょう。
あの時代にはむしろそれが普通だったわけですが、歌詞を自分で書いていないために、いくら深いことをいっていても「それ、自分の言葉じゃないんでしょ」というふうに受け取られてしまうのではないか……
しかし実際には、彼らが歌っていたのは、自分のあずかり知らぬところで他人が用意した詞ではありません。
自分で書いてこそいませんが、共同で作業するプロの作詞家がいて、自分の考えを彼らに伝えて歌詞にしてもらう……ブライアン・ウィルソンも、カレン・カーペンターも、そんなふうにして詞を作っていたようです。つまり、歌っている内容は、自分の想いであるわけなんです。
内省的、あるいは内向的な部分というのは、カレン・カーペンターも多分に持っていて、彼女が拒食症で世を去ったのも、その一つのあらわれでしょう。それは、ブライアン・ウィルソンが鬱の傾向を持ち、ときにかなり病んだ精神状態になっていたということと重なって見えます。

しかし……
やはりカーペンターズは“第一世代”のミュージシャンです。
その世界の基調にあるのは、「ミスター・ポストマン」であり、「トップ・オブ・ザ・ワールド」であり、あるいは、「シング」なのです。
「遥かなる影」も、その系譜に位置する曲でしょう。
作曲したのは、かのバート・バカラック。いかにもバカラックらしい、美しいバラードになっています。
ナインスコードのきらきらした感じと、そこからⅢのメジャーコードの切ない感じ。最後には、メジャーセブンスのやさしい感じ……と展開していきます。中盤で半音上がる転調もうまくきまっています。これがあるために、バンドでやるのが大変になるんですが……

歌詞に関しては、内省的みたいなことは特にありません。
みんなの憧れの的になっているイケメンに対する慕情を歌うもので、それ以上でもそれ以下でもない歌詞です。


  鳥たちはどうして飛び立つの
  あなたがそばにいるときはいつも
  私と同じ みんなあなたのそばにいたいのよ

  星はどうして空から降ってくるの
  あなたが歩きすぎるときはいつも
  私と同じ みんなあなたのそばにいたいのよ

  あなたが生まれたその日
  天使たちはあつまって 夢をかなえようときめた
  そうして あなたの金色の髪に月のかけらを
  その青い目に星の光をちりばめたの

  だから
  街じゅうの女の子たちがみんな
  あなたを追いかけまわすの
  私と同じ みんなあなたのそばにいたいのよ


こんな感じです。
英語の歌詞では、ところどころ脚韻も踏まれていて、曲調にもマッチした、うまい歌詞だといえるでしょう。いかにも、プロが作った、という感じがします。そういうところは、後の世代のロックではむしろ忌避されるところだと思いますが……この時代にはそれでよかったんです。
まだロックが草創期だった時代。ジャンル分けも不明瞭で、カーペンターズも一くくりに「ロック」の枠に入れられていた時代――「遥かなる影」は、そんな時代に産み落とされた奇跡のような一曲なのだと思います。