以前、このブログで乾信一郎についての記事を書きました。
翻訳者という立場からキャリアをスタートさせ、ミステリー雑誌『新青年』の編集長も務めた乾信一郎……
そこで、乾が翻訳者として訳した作家のなかにオルツィの名前が出てきました。
一般的にはあまり名前を知られていない作家でしょう。ことのついでなので、今回はそのオルツィについて書こうと思います。
バロネス・オルツィは、ハンガリー出身の作家。
『べにはこべ』は、その代表作……なんでしょう。
正直なところ、私もオルツィの作品はこれしか読んだことがありません。ウィキ情報によると、彼女はいわゆる“安楽椅子探偵”(現場に足を運ばず、伝聞情報だけで謎を解くミステリーの趣向)の先駆者と目されているそうですが、その名声はやはり『べにはこべ』に負うところが大きいようです。
物語の舞台は、18世紀末の欧州。
フランス革命に揺れるフランスとイギリスです。
フランス革命に関しては、革命としての意義と恐怖政治の行き過ぎというところとでさまざまに評価がわかれるわけですが……オルツィさんは、フランス革命に対してはっきりと批判的です。
革命後の恐怖政治で、王侯貴族たちが続々とギロチン送りになっている。その人々を救出するために立ち上がった英雄“べにはこべ”が、物語の核となっています。
もちろん、べにはこべは通称。正体はごく一部の仲間にしか知られていないという謎の人物で、べにはこべの紋章を使用しているのです。
ジャンル的には“広義のミステリー”ということになるんでしょうか……ただ、“べにはこべ”の正体が何者かという点については、ちょっとストレートに過ぎる感じも。まあ、この作品が発表された時代なら、こんなものだったのかもしれません。もう一つのポイントは、終盤、“敵地”フランスで絶体絶命の危機に陥った主人公らがどうやってその危地を脱するかというところでしょう。このあたりは、今でいうコン・ゲームものに通じるところがあるかもしれません。
かの綾辻行人さんの『十角館の殺人』では、登場するミス研部員たちがミステリーのレジェンド作家からとったニックネームで互いを呼び合っていますが、そのなかに、「ポウ」や「ルルゥ」「アガサ」などと並んで「オルツィ」も出てきます。つまりは、ミステリー史においてそれぐらいのレジェンドと認識されているわけなんでしょう。それはやはり、安楽椅子探偵という趣向の創始者ということでのリスペクトなのだと思われます。
ただ、この『べにはこべ』に関するかぎり、ミステリーな仕掛けというよりは歴史ロマンの側面のほうが強いと思えました。
その歴史ロマンというところも、フランス革命をどう評価するかという部分で、やや一面的に過ぎるのではないかと個人的には感じましたが……