ロック探偵のMY GENERATION

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ASIAN KUNG-FU GENERATION「Dororo」

2019-07-28 13:10:08 | 音楽批評
 

 

今回は、音楽記事です。

 

以前アニメ記事として『どろろ』について書きましたが……そこからのつながりで、『どろろ』のオープニング曲として使われていたアジアンカンフージェネレーションの「Dororo」を紹介しましょう。

 YouTubeにアニメOPのノンクレジット映像があったので、まずはそれを貼り付けておきます。

 

TVアニメ「どろろ」オープニング・テーマ ASIAN KUNG-FU GENERATION「Dororo」OPノンクレジット映像

 

アニソンのタイアップといっても、普通の曲をアニソンとして使うことも多いですが……この曲は、タイトルを「Dororo」として、「どろろ」をイメージして作られました。

この曲に関して、アジカンのフロントマンである後藤正文さんは次のようにコメントしています。

「時代設定の古い奇譚の裏には、現代社会や人間そのものへの風刺が含まれていて、とても重層的で奥深い作品だと思います。原作である手塚漫画に恥じないよう、思いを込めて楽曲を制作しました」

 

まさに、そういうことでしょう。

 

 

  滾る闇の奥に光が在って 遠く声を確かめ合って

  濡れた指先で撫でるように いつか君に触って

 

 

光も音もない世界を生きる百鬼丸の、外界・他者に対する切々たる思いが、ここに歌われているのではないでしょうか。

 

 

ここで、アジカンについても書いておきましょう。

 

私は最近のアーティストについては疎いんですが……

しかし、アジカンについては、少しばかり注目していました。

 

 

というのも……彼らが数年前、「ロックフェスに政治をもちこむな」騒動でも話題になったことがあったからです。

あの、安保法制のときですね。SEALDsのメンバーが有名ロックフェスに登場するなどという話があって、ロックに政治を持ち込むな的な言説が出てきて、アジカン後藤さんも政治的な発言云々ということをいわれていました。

先日このブログで著名人の政治的発言について書きましたが……後藤さんは、その先駆的存在であったわけです。

 

「ロックに政治を持ち込むな」というのには、私はまったく賛同できません。

 

そのルールでいったら、いったいどれだけのロックの名曲がひっかかることになるでしょう。

ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ジャクソン・ブラウン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、シカゴ、CCR、ニール・ヤング、クラッシュ、プライマル・スクリーム、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーン……これらのアーティストが認められないとしたら、ロックの歴史はじつに寂しく味気ないものになってしまうでしょう。

アジカンの後藤さんは、「ロックに政治を持ち込むな」という主張を「読経に宗教性を持ち込むなというようなもの」と皮肉をきかせて反論しています。

 

「どろろ」に話を戻すと、「どろろ」という作品が持つメッセージは、社会性、政治性と完全に切り離すことはできないでしょう。この作品がもし戦前に描かれていたら、たぶん発禁処分になってたと思います。

いいたいことをいったら、たまたま“政治的”ととられるものになってしまった……そういうことだってあるはずです。そこを、政治的だからという理由でいいたいことなのにいわずに口を鎖すのはばかげています。

 

いいたいことをいい、歌いたいことを歌えばいいと思います。

鋭敏な感性を持つアーティストがそうするとき、おそらくそれは自然と時代を切り取るものになり、場合によっては“政治性”ととられうるメッセージをまとうことになるかもしれません。それは、カナリアが鳴くときなのです。

 

アジカンもまた、鋭い時代感覚を備えたカナリアであり、であるがゆえに「著名人の政治的発言」の先駆となり、また、手塚作品に共鳴しえたということなんだと思います。

 

そういう意味で、彼らは紛れもないロッカーなのではないでしょうか。



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