ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
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Pink Floyd, Money

2023-05-17 22:05:07 | 音楽批評


今回は、音楽記事です。

最近の音楽記事では、「今年で50周年を迎える名盤」というのをやってきましたが……今年で50周年を迎える名盤といえば、これははずせないという作品があります。

ピンクフロイドの『狂気』です。

 

というわけで、今回はピンクフロイドについて書こうと思います。

案外この話、先日の記事に出てきたメガデスとも関係がなくはありません。
ピンクフロイド結成当初、バンド名を考えているとき、候補のひとつに「メガデス」という名前があったんそうです。つづりはMeggadeathsで、スラッシュメタルのMegadeth とは違いますが、発音はほぼ同じになるでしょう。


ピンクフロイドといえば、いわゆるプログレッシブ・ロックの黎明期を代表するバンドです。

前回の音楽記事で登場したジェネシスもまた、初期プログレを代表するバンドであり、ピンクフロイドの軌跡はジェネシスと重なる部分も多々あります。
しかしながら、初期のジェネシスはあまりアートロック的なところを出していなかったので、プログレの開祖といえばやはりピンクフロイドやキング・クリムゾンということになってくるわけです。
ピンクフロイドも結成当初はストーンズやフーといった60年代UKロックをカバーしたりしていたようですが、メジャーデビュー時にはもうサイケデリックロックという方向性を固めていました。
そして、そこからプログレッシブというジャンルを確立したバンドの一つということになるわけです。

そのピンク・フロイド8枚目のアルバムにして代表作といえるのが、『狂気』です。
ジェネシス『月影の騎士』と同じ1973年リリースなわけですが、『月影の騎士』がジェネシスの出世作になったのと同様、ピンクフロイドにとって『狂気』はバンドが大きな飛躍を遂げる作品となりました。
バンドにとって最大のヒットというだけでなく、ロック史上でも屈指のヒットを記録したアルバムとして知られています。
そのことはさまざまな数字に表れていて、たとえば、741周にわたってチャートインという記録は現在でも破られていません。セールスとしても、過去に発表された音楽アルバム全体でトップ10に入るレベル。ロックのオリジナルアルバムに限定すれば、史上もっとも売れたアルバムともいいます。


ジェネシスの場合にはピーター・ガブリエルの存在がプログレ期を支えていたわけですが、ピンクフロイドの場合にはロジャー・ウォーターズがそこに擬せられるかもしれません。ピンクフロイドというバンドの性格は、ロジャー・ウォーターズが在籍している間は彼に大きく依存していました。

そして、そのアナロジーでいくと、ジェネシスにおけるフィル・コリンズのような位置づけにあるのがデイヴ・ギルモアです。

もともとは、シド・バレットという人がフロイドの中心人物でしたが、この人がいろいろ問題を抱えていたために、若いころからのギター仲間だったギルモアがサポートのようなかたちでフロイドに加入し、ほぼ入れ違いのようなかたちでシド・バレットが脱退。こうして、ロジャー・ウォーターズがバンドの中心となり、ギルモアはメインギタリストとなりました。

その後ロジャー・ウォーターズも脱退すると、今度はギルモアが中心となってバンドを継続。そこで、ピンクフロイドの音楽性は大きく変化していくことになるのです。

そして、フィル・コリンズと同様、ギルモアもバンドとしてではなく個人としてライブエイドに参加しました。
ブライアン・フェリーのバックバンドでギターを弾いています。
そのステージにおける一曲 Jealous Guy の動画です。

Bryan Ferry - Jealous Guy (Live Aid 1985)

ジョン・レノンのカバーなわけですが、こういうのはやはりロジャー・ウォーターズの世界ではないなと感じます。
ただしロジャー・ウォーターズも、演者として参加はしなかったものの、会場には足を運んでいて、舞台裏でインタビューを受ける映像が残されています。
ライブエイド自体は自宅でテレビで見ていたそうで……それでいてなぜだか舞台裏にやってくるというこの距離感の微妙さ。

Roger Waters - Backstage Interview (Live Aid 1985)



以上書いてきたように、ピンクフロイドはジェネシスと似たような軌跡をたどってきました。
時代の流れに沿って音楽が変化していく中で、似たような変化をしていったということですが……もちろん、まったく同じではありません。

ジェネシスとの違いは、ロジャー・ウォーターズはピーター・ガブリエルほど賞賛できる人物ではないし、デヴィッド・ギルモアはフィル・コリンズほどポップではない、というところでしょうか。

もう一つ重要な違いは、ロジャー・ウォーターズは一時的ながらピンクフロイドに復帰しているということです。
そしてこれが、ライブエイドの後継イベントであるライブ8に重なるというタイミングでした。
その映像がYoutubeの公式チャンネルにあります。
曲は、Money。
『狂気』の収録曲で、シングルとしてもヒットしました。

Pink Floyd - Money (Recorded at Live 8)

ジェネシス『月影の騎士』は、拝金主義への批判があるというふうに書きましたが、この曲もその系統といえるでしょう。
ただ、ロジャー・ウォーターズという人の天分で、毒や皮肉といった感じが前面に出ています。

「マネー」や、アルバム『狂気』にかぎらず、ロジャー・ウォーターズがピンク・フロイドというバンドが描き出す世界観の核心を担っていたことは、ロジャー脱退前後の作品を聴き比べてみればあきらかでしょう。ロジャーが抜けた後のピンク・フロイドは、毒抜きされたような味わいがあります。毒を好んで摂取したがるリスナーにとっては、物足りないでしょう。
私としても、ロジャー・ウォーターズ在籍期のフロイドのほうが好みです。
しかしながら……ピーター・ガブリエルに対するように手放しでロジャー・ウォーターズへのリスペクトを表明することはできません。
というのも、最近のロジャー・ウォーターズは、たびたび物議をかもすような言動をみせているのです。

いや、物議はかもしてもらってもかまわない、というより、どんどんかもしてほしいんですが、問題はその物議の中身です。

たとえば彼は、台湾問題で中国を擁護するような発言をしていたりします。
また、ウクライナ戦争に関しては、ロシアを擁護する立場を表明。
そして、ロシア側の招きに応じて国連でスピーチをするということまでやっているのです。外野でいってる分にはまあ勝手にすればいいと思いますが、ロシア側に要請されて国連に出向くというのは、いかがなものでしょうか。
さらに、今年になってからは、反ユダヤ主義的であるとしてドイツ公演が中止になるというようなことも。ライブでそのような表現をしたからということで、本来なら再来週あたりにフランクフルトで行われることになっていたライブがキャンセルになったということです。
こういろいろ重なってくると、一つ一つのイッシューに対して確固たる信念があるわけでもなく、単に“良識的な態度”に反発して逆張りしているだけとも見えてきます。
モリッシーみたいな感じでしょうか。ひねくれを悪い方向にこじらせるとこうなってしまうという……


まあ、今のロジャー・ウォーターズの話をするとそういう感じになってくるので、最後に日本がらみの話題を。

71年、伝説の『箱根アフロディーテ』の画像です。
「原子心母」をやっています。仕方のないこととはいえ、音質はよいとはいえず、もとの曲から削られている要素がかなりたくさんあります。ただ、当時の雰囲気はよく伝わってくるんじゃないでしょうか。

Pink Floyd - Atom Heart Mother: '71 Hakone Aphrodite

そして今年の話題として、木暮"shake"武彦さんの率いるピンクフロイドのトリビュートバンド「原始神母」が、『狂気』50周年を記念した完全再現ライブを行なうことになっています。ピンクフロイドの作品は数年前から次々に50周年を迎えているわけで、そのつど同様のイベントをやっており、今年は6月18日、日比谷野音で『狂気』の全曲を演奏するということです。

木暮"shake"武彦さんはレベッカのギターを弾いてた人ですが、カルメン・マキさんのバックバンドOZでギターを弾いたりもしています。原始神母のライブにマキさんが来たりすることもあるようで……そういうレジェンドの世界につながっていくのです。



Megadeth の名曲を振り返る

2023-05-14 21:00:09 | 過去記事

Megadeth - Dystopia

今回は、音楽記事です。最近このカテゴリーではスラッシュメタルバンドを扱っていて、アンスラックス、スレイヤーときました。この流れで、今回はスラッシュメタル四天王の一角である......


過去記事です。

先日ジェネシスの記事を書き、そこでNeedles & Pins という曲のことを書きました。
この歌は、メガデスの Use the Man という曲の冒頭部分に引用されています。
そんなことをふと思い出したので、メガデスの記事を振り返ってみました。
動画を載せようと思ったんでですが、公式チャンネルにあるリマスター版ではどうやらその部分がカットされているようで……代わりに別のバージョンを。
先日記事を書いたラモーンズがこの歌をカバーしています。

Ramones - Needles And Pins (1978) | LIVE

プログレ、パンク、メタルと、ジャンルの違う三つのバンドが、この曲にからんできます。
古典期ロックンロールというのは、ロックンロールが帰る場所であり、それがつまりは魂ということなのです。


ついでに、メガデスのその後について書いておきましょう。

元記事ではDystopia というその当時の最新作を紹介しましたが、その後メガデスは新譜を発表しています。
昨年発表されたそのアルバムのタイトルは、The Sick, the Dying ... and the Dead!
コロナ禍にウクライナ戦争という状況を考え合わせると、不穏なタイトルです。
そういう時代を踏まえた作品ではあるでしょう。
たとえば Dogs of Chernobyl という曲が収録されています。タイトルを訳すれば「チェルノブイリの犬」。これはやはり、チェルノブイリの現状を考えざるを得ません。

Dogs Of Chernobyl

そして、コロナ禍という状況。
元記事を書いたのは2020年で、新型コロナパンデミックの初期にあたります。
メガデスの来日公演が延期されたということがあって、記事の最後に、いつかその雄姿をみせてくれるだろう……ということを書きました。
それは実現し、メガデスは今年来日を果たしています。
しかし……そこに、“デイヴJr”ことデヴィッド・エレフソンの姿はありませんでした。
メガデス不動のベーシストとしてムステインの右腕的な存在であったエレフソンですが、未成年の女性と不適切な関係というスキャンダルがあり、バンドを解雇されています。
エレフソンの側は、合意の上だったし相手が未成年とは知らなかったと主張しているようですが、その手の話には厳しいいまの時代、ムステインとしてもノーリアクションというわけにはいかなったのでしょう。


エレフソンは去りましたが、その代わりに日本では再会劇も。
かのマーティ・フリードマンがゲストとして参加しているのです。
その様子を紹介する動画がありました。
豊洲PITの逆でデイヴと再会した際の様子をおさめた貴重な映像。

MEGADETH公演の裏で起きた奇跡の瞬間!Dave MustaineとMarty Friedmanが再会!!

武道館でのパフォーマンスもちょっとだけ観れます。

24年ぶり待望の共演!MEGADETH×Marty Friedmanが魅せた大熱狂ライブ!【LIVE AT BUDOKAN】

ちなみにこの動画は、マーティさんがかつて出ていた『ロック・フジヤマ』というテレビ番組がYoutubeに開設したチャンネルです。個人的な話ですが、この番組を私はよく観てました。この番組は、それまでちょっと敬遠していたメタルの方向に興味をもつきっかけでもありました。


また、メガデスは来日公演に先立って、こんな動画も公開しています。
題して「ゴジラVSヴィック・ラトルヘッド」。

Megadeth - We're coming for you, Japan!

メガデスのマスコットキャラ、ヴィック・ラトルヘッドがゴジラと戦うというストップモーションアニメです。
ここで使われているヴィック・ラトルヘッドは、今年発売されたばかりのデフォルメフィギュア。ちゃっかりその宣伝も兼ねているところが商売上手(笑)。



せっかくなので、メガデスの動画をいくつか。
元記事でちょっと言及したアルバムPeace Sells ... But Who's Buying? に収録されている Peace Sells のライブ動画です。

Megadeth - Peace Sells (Vic and The Rattleheads - Live at St. Vitus, 2016)

「知的でシニカル」を感じる曲としてもう一つ、Kill the King。レインボーのカバーではなく、メガデスの曲です。

Kill The King

“王殺し”というモチーフと、渇いたシニシズム……インテレクチュアルスラッシュメタルの面目躍如といえる一曲です。
この感じでもう一曲、「狂乱のシンフォニー」。

Megadeth - Symphony Of Destruction  

この歌なんかは、現在の世界情勢に重ね合わせて聴くこともできるでしょう。
メガデスはずっとそういう歌をやってきたのであり、そして世界のほうもあまり変化していないということなのです。


マーティー・フリードマン在籍時の代表曲の一つ、Hangar 18。

Megadeth - Hangar 18

やはりマーティ在籍時の Holy Wars ... The Punishment Due。

Megadeth - Holy Wars...The Punishment Due

現在の世界と重ね合わせられるという点では、この歌もそうです。
上記二曲が収録されているのは、Rust in Peace というアルバム。Rest in Peace をもじって「平和のなかで錆びついている」というこのタイトルは、まさに“知的でシニカル”そのもので、腐敗していく平和とエントロピーの蓄積が云々といったことをモチーフにしているわけですが、実際に平和が破れて戦争という事態が生じたときには、そんなこともいっていられない。錆びついてたって平和のほうがいいんじゃないか……といったことを考えさせられるのです。元記事の話に戻ると、Dystopia という作品とそれに続く最新作は、そういったことが背景にある気がします。仮想の存在であった悪が顕現すれば、もう冷笑もしていられないのです。



ジェネシス「月影の騎士」(Genesis, Dancing with the Moonlit Knight)

2023-05-12 22:08:08 | 音楽批評

今回は、音楽記事です。

最近このカテゴリーでは、今年で50周年を迎える名盤という話をしてきました。
今回も、その流れでいきましょう。
登場するのは、ジェネシスのアルバム『月影の騎士』です。

 


ジェネシスというバンドはキャリアが長く、さまざまな表情をみせてきました。
出発点は、60年代末というロックンロール黎明期。もう、ビートルズとかそういう時代になります。
そこから、私の分類でいうところの第一世代から第二世代という流れに乗って音楽性を変化させ、その発展としてプログレっぽい方向に進んでいきました。そして、やがてFMフレンドリーな80年代商業ロックへ……ありがちといえばありがちな流れですが、一つのバンドでこのコースをたどっていった例は案外あまりないのかもしれません。前半の流れは、たとえばビートルズがその代表であり、ビーチボーイズなんかはそうしようとして失敗した例だという話をこのブログで書いてきました。しいていえばビーチボーイズは近いかもしれませんが、ジェネシスの場合はビーチボーイズに比べればはるかにうまく時代に適応してきたといえるでしょう。
しかしながら、時代の流れに適応していくということは、ある種日和ったというふうにもみられかねないわけで……第二世代から80年代商業ロックという変化において、それがメンバー間の軋轢を生むことがしばしばあります。その代表的な例が、ジェファソン・エアプレインということになるわけです。
このように、時代にアジャストしようとすれば、それをよしとしないメンバーがバンド内にいて意見の対立を招き空中分解……ということが起こりがちなために、一つのバンドが時代に適合して音楽性を変えながら数十年やり続けるのは難しいということになるのでしょう。これは、バンドが長い間やっていれば宿命のようなものです。路線変更がなんの軋轢も生まなかったとしたら、それはそれでどうなんだという話にもなってきます。
では、ジェネシスの場合はどうだったのか。
ジェネシスの場合も、やはり軋轢がなかったわけではありません。メンバーの出入りが幾度かあり、そのなかでも本記事の論旨をもっとも端的に示しているのが、ピーター・ガブリエルが脱退してフィル・コリンズがバンドの中心になるという流れでしょう。

ピーター・ガブリエルという人は、ちょっと前にこのブログで名前が出てきました。
ボブ・マーリィに関する記事で、ブルース・スプリングスティーンとともに Get Up, Stand Up をカバーしていました。「ブルース・スプリングスティーンと一緒にボブ・マーリィの Get Up, Stand Up を歌っている」というその一事からして、80年代ロックの側にいる人間ではないことがわかります。

いっぽうでフィル・コリンズは、まさに80年代ロック、FMラジオとMTVの世界に適合したアーティストです。ソロ活動ではそういうポップでキャッチーな部分を前面に出しており、モータウンヒットのカバーをやったりしていることからもそれはうかがえます。このフィル・コリンズが中心になることによって、ジェネシスは時代への適合に成功したといえるでしょう。

この二人は5年ほどジェネシスに同時にいた時期がありますが、その時期にリリースされたのが、Selling England by the Pound です。
邦題は『月影の騎士』。
「イングランドを量り売り」という原題からはかけ離れた、なんとも中二病っぽいタイトルです。そういえば、セーラームーンにそんな登場人物が出てきていました。あの時代によくある珍邦題の一つとも見えますが……一応注釈をつけておくと、これはアルバムの中にある一曲のタイトルをアルバムタイトルに流用したものです。その歌詞に、アルバムタイトルである selling England by the pound というフレーズが出てきます。
その「月影の騎士」のオーディオを載せておきましょう。

Genesis - Dancing With The Moonlight Knight (Official Audio)

プログレッシブで難解な歌詞ですが、全体的な基調としては、商業主義批判というふうに読めるのではないでしょうか。
You are what you eat(あなたの価値はあなたの食べるものできまる)You are what you wear(あなたの価値はあなたの着るものできまる)といった歌詞が、もっともわかりやすい部分でしょう。だいぶ前に日本のクレジットカードかなにかのCMで You are what you buy(あなたの価値はあなたの買うものできまる)というフレーズがありましたが、そういうことです。たかがCMのキャッチコピーといってしまえばそれまでですが、人間性が経済に従属させられてしまっているというふうにもとれるわけです。
selling England by the pound というのは当時英国労働党が掲げていたスローガンだそうですが、単に英国の経済状況を歌っていると読むのでは、この歌の主題を矮小化することになるでしょう。
これは、73年という時代を象徴しているのではないかと思えます。
政治の季節が終わり、経済の季節へ……これは、世界的な潮流としてあったと思いますが、そこに漂う一種のシラケムード。60年代にあったスピリッツが失われ、すべてが経済の論理に呑み込まれていく、そんな時代を嘆く歌というふうにも解釈できます。

しかし皮肉なことに、そのアルバムが商業的には大成功をおさめ、『月影の騎士』はジェネシスにとって出世作に。
全英チャートで3位という、この時点での自己ベストを記録すると、米国のチャートでも初のランクインを果たし、ジェネシスというバンドがビッグな存在になるきっかけとなりました。

商業主義を批判する作品が商業的に成功するというのは珍しいことではなくて、たとえばイーグルスのホテル・カリフォルニアなんかもそうじゃないかというようなことをだいぶ前に書きました。
そういった場合、商業的成功はアーティストに葛藤をもたらすこともありえます。
イーグルスの場合そんなこともなかったんではないかと思いますが、私が想像するところでは、ピーター・ガブリエルは葛藤を抱えていました。
それが、次作『眩惑のブロードウェイ』に表れているように思えます。
そのへんについてはまた別の機会にでも書こうかと思いますが……結論からいえば、彼はその葛藤を自身の中で消化することができなかったのではないでしょうか。『眩惑のブロードウェイ』は、商業的にはいま一つという結果ながら、後に最高傑作と評されるように……こうした場合のよくあるパターンともいえるでしょう。そして、このアルバムを最後に、ピーターはジェネシスを去ることになるのです。
『眩惑のブロードウェイ』のなかに、Fly on a Windshield という曲があります。
そこでは、こんなふうに歌われます。

  なにか重苦しい感じがする  
  死の壁はタイムズ・スクエアに低く垂れている
  誰も気にとめはしない
  そこに何も存在しないかのように
  みんな歩き続けている
  風はいま、強さを増して
  僕の目に塵を吹きつけてくる


荒廃した感じです。
世界はますます経済の論理に支配され、スピリッツが失われていく……そんな状況をこのように表現していると私には感じられました。
曲の後半では、Blue Suede Shoes や Needles and Pins といった言葉が出てきます。
どちらも、古典期ロックンロールを代表する名曲のタイトルです。
この歌の歌詞は前半部分のみがブックレットに掲載されていて後半部分は載っていないんですが、そういったことも含めて、意味深です。
魂が失われゆく世界で、魂とともに生きようとする人間の物語。遠い昔に失われてしまったものへの憧憬……このアルバムを最後にしてピーター・ガブリエルがバンドを去ったということは、まさにジェネシスというバンドの変化を象徴しているように思えるのです。


ピーター脱退後、ジェネシスはフィル・コリンズがリードボーカルになります。
フィル自身は、リードボーカルをやりたくはなかったと後に回顧していますが、いろんなボーカリストを試してみた結果、最終的にはそういうことになりました。
そして、フィルのもとでジェネシスは80年代風のサウンドへ転換していきます。
シアトリカルロックからスタジアムロックへ……やってることはさほど変わらないようにも見えますが、実際のところ、両者の間には大きな跳躍があります。

やがて、ギターのスティーヴ・ハケットも脱退。
トリオ編成となったジェネシスは、『そして三人が残った』というアルバムを発表しました。アガサ・クリスティの古典ミステリーからとったこのタイトルは、どこか自虐のようにも聞こえます。


いっぽう、脱退したピーター・ガブリエルはソロ活動を開始します。

ピーター・ガブリエルといえばBiko が有名でしょう。
南アフリカの反アパルトヘイト活動で知られるスティーヴン・ビコを題材にした歌。この歌が、最近の音楽記事でたびたび登場するPlaying for Change で取り上げられています。やはり、ここにつながってきます。それは、魂のゆえなのです。

Biko | Peter Gabriel | Playing For Change | Song Around The World

10年ほど前には、Scratch My Back というカバー集を発表しました。
ここで取り上げられるのは、ニール・ヤング、デヴィッド・ボウイ、レディオヘッド……まさに、魂の世界のアーティストたちです。
その一曲目は、デヴィッド・ボウイのHeroes。
偶然ですが、ちょっと前にこのブログでとりあげました。このカバーバージョンをライブでやっている動画があるので、それを載せておきましょう。

Peter Gabriel - Heroes (Live in Verona 2010)

そして、アルバムを締めくくるのはレディオヘッドのカバー Street Spirit (Fade Out)です。

Street Spirit (Fade Out)

レディオヘッドは時代的にちょっと離れていますが、波長は共有しているでしょう。先述した『眩惑のブロードウェイ』なんかは、実にトム・ヨーク的で村上春樹チックな世界と思えるのです。

ちなみに、Scratch My Back の姉妹版として And I'll Scratch Yours というのが出ていますが、そちらは逆にピーター・ガブリエルの曲をほかのアーティストたちがカバーしています。
こちらも、デヴィッド・バーン、ブライアン・イーノ、ルー・リードといった豪華な面子が集結。もちろんBikoも収録されていて、ポール・サイモンがカバーしています。
このアルバム以外にも、ピーター・ガブリエルが誰それとコラボしたといった類の話は探してみると大量に出てきます。そんなふうに、音楽界において広くリスペクトを受けている人なのです。


フィル・コリンズのほうも、ソロ活動をやっています。
ソロで大成功したのは、むしろフィルのほうでしょう。
先述したように、ソロでのフィル・コリンズはポップ路線を前面に出しています。
モータウンヒットのカバーとして有名なのは「恋はあせらず」。

Phil Collins - You Can't Hurry Love (No Ticket Required 1985)

そして、フィル・コリンズのソロ活動で忘れてならないのは、ライブエイドでしょう。
再結成レッド・ツェッペリンやスティング、エリック・クラプトンと共演……大車輪の活躍でした。たしか、英米両方のステージに出たのはフィル・コリンズだけだったんじゃないでしょうか。ただ、ツェッペリンとのステージは自他ともに失敗と認める内容で、映像がお蔵入りになったりもしていますが……
そのお蔵入りした映像以外のコラボ動画はこのブログで結構紹介してきたので、ここではフィル・コリンズがソロでピアノ弾き語りしている動画を。

Phil Collins - In The Air Tonight (Live Aid 1985)

ピーター・ガブリエルとはだいぶ方向性が違いますが、フィル・コリンズのほうも、こうして社会的メッセージを発信する活動をしてきているのです。
この両者が在籍していた時期のジェネシスは、ある意味では、絶妙のバランスを持っていたといえるのかもしれません。

最後に、ジェネシスの現在について。

60年代~70年代ごろに現れたアーティストが近年引退する話が多いですが、ジェネシスもまた、フェアウェルツアーをやっていて、もうライブ活動は終了したものとみなされています。
フィル・コリンズは、十数年前から、神経の病でドラムを叩くのが困難な状態となっています。残念ながら、おそらく復帰も難しいでしょう。フェアウェルツアーでは息子のニック・コリンズが代理でドラムを叩いたりしていましたが、そのニックは、自身が正規メンバーとなってジェネシスの活動を継続することには否定的なようです。トニー・バンクスも、「井戸はもう涸れてしまった」と語り、ジェネシスは事実上すでに終了したという見解を示しています。


フェアウェルツアーのファイナルとなったのは、昨年3月26日のロンドン公演。
客席には、ピーター・ガブリエルの姿もあったといいます。
ピーター・ガブリエルがジェネシスに復帰することはついぞありませんでしたが、このラストステージの後にフィル・コリンズと一緒に記念撮影なんかもしていたりするので、しこりがあるというようなこともないのでしょう。

「ろうそくを吹き消すことはできても、炎を吹き消すことはできない」と、ピーター・ガブリエルはBiko のなかで歌いました。
ひとたび火がつけば、風はむしろ炎を燃え立たせるのだ、と。
このブログで50周年名盤の記事はボブ・マーリィの Catch a Fire から始まりました。その前には、オーディオスレイヴが歌うOriginal Fire 「原初の炎」という記事もありました。その炎が、半世紀の時を経ても消えてはいない……ピーター・ガブリエルというアーティストの姿は、そう示しているのではないでしょうか。








ロシア戦勝記念日と、ウクライナ「欧州の日」

2023-05-09 22:41:42 | 時事



本日5月9日、ロシアが戦勝記念日を迎えました。
第二次大戦、ロシアでいう「大祖国戦争」の勝利を記念する日……その式典における演説で、プーチン大統領は相変わらず戦争の継続を主張したということです。

一方で、ウクライナ側はこれまでロシアと同じ日付にしていた戦勝記念日を、8日にずらすと表明。欧州諸国の多くが8日としているのに合わせたもので、5月9日は「欧州の日」にするそうです。ロシアを離れて欧州寄りになる姿勢をより鮮明にしたといえるでしょう。

ロシア側は、ワグネルが撤退するしないでゴネているとか正規軍の一部が敵前逃亡したとか前線での混乱が伝わってきていますが、国内でもいろいろと不穏な動きが出ているようです。国内の反政府勢力か、ウクライナの工作員か、あるいはその両方か……破壊活動のようなことがあちこちで発生しています。今年の戦勝記念日は多くの都市で記念パレードが中止されたといいますが、そうせざるをえない状況があるわけでしょう。
さすがにそろそろ潮時じゃないかと思うところですが、さて、プーチン大統領はどうするでしょうか。



こどもの日2023

2023-05-05 22:08:52 | 日記


5月5日は、子どもの日です。

毎年、この日付に先立って「子供の数」というのが発表されています。
2023年4月1日時点で、1435万人。42年連続の減少ということです。

さもありなん、という結果ではあります。
コロナ禍の影響もあるとはいえ、少子化、人口減少というのはいよいよ大きな問題となってきています。

日本の人口が急速に減少しつつあるというのは、ちょっと前にも書きました。

この状況を解消するためには、縮小のサイクルをどうにかしなければならない、と。
それはつまり、負のサイクルを断ち切り、正のサイクルを回すということです。
「経済の好循環」なんていうことは、もうこの十数年さんざんいわれてきたわけですが、実現しているとはいいがたいでしょう。
それはやはり、負のサイクルのもっとも根本的な原動力を放置しているからだと思われるのです。
つまりは、非正規雇用に代表される、「削る」という発想です。いわゆるデフレスパイラルの出発点はここだと思うのです。そこを放置していれば、お金をいくら刷ったところで正のサイクルにはつながらないということが、この十数年の壮大な実験で証明されたといえるんじゃないでしょうか。
反論が出るでしょうからもう少し補足すると、ここでいうのは、まったく効果がないということではありません。しかし、多少の効果があったとしても、デフレスパイラルのモーメントに抗するのに十分ではなく、よくて相殺ぐらいにしかならないのではないか。たとえていえば、下りのエスカレーターをダッシュで駆け上るようなものです。いくら猛ダッシュしても、エスカレーターの下りの速度が速ければ、同じところをほとんど動かないような状態になるでしょう。ときどきちょっと登れたように見えても、少し息切れするとまたずるずる下がっていくという……そんなわけで、異次元緩和を延々やり続けても、生活実感としては、果たして効果があったんだろうかと首をかしげる程度のものにしかならないわけです。
どこかで本格的に路線転換しなければ、この国はますます衰亡していくでしょう。