手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

シルバー人材センターに助けてもらいました  軒下除雪

2014-01-21 18:57:30 | 身辺雑記
 我が家の悩みを先日書きました。軒下の除雪どうするか悩んでいると書きました。昨日思い切ってシルバー人材センターに電話してみました。するとその仕事を引き受けてくれる方を探すのに2~3日かかるかもしれないという話でした。でもお願いしてみました。すると夕食時に電話が入りセンターから話があり引き受けました。明日9時でよいかという話が来ました。勿論すぐお願いしました。スコップとママサンダンプを用意しておいてほしい。それと軽自動車の駐車出来るようにしておいてほしいということでした。

 一時間1480円に車代500円ということでした。今日9時丁度から仕事に入られ、2時間で予想を上回るほどきれいに除雪してくれました。後ほどセンターから請求が来て納付することになりますが、本当に有難い仕組みです。いろいろお願いできるのかもしれません。とにかく助かりました。

 今日は寒い日でした。福祉センターの詩吟でしたが15人の参加でした。矢張り寒さのせいだと思う。来週は休み。次は2月。立春となり、札幌雪祭りも始まる。今大寒を迎えたのですが、要するに寒さのピークになったということです。立春が来ると日の長さを感じるようになるし、陽の光が力強くなってくる。後2週間です。辛抱!辛抱!


 
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ワープロからパソコンへ  ウインドウズ8はむつかしい

2014-01-20 19:15:49 | 身辺雑記
  もともとあまり字が上手でなく、当時は、印刷はほとんどガリバンで、青焼きのコピー機がようやく出かけたころだった。私は高等学校の教諭でした。公務分掌が団体事務局でPTA関係の文書を作ることが多かった。そのころワープロが出ました。すぐ飛びつきました。最初購入したものはディスプレーが2行しか出ない代物でしたが、それでもガリバンなどとは違ってとても便利でした。そのワープロもすごいスピードで変化していろいろな会社が新しいものを出してくるのです。結局パソコンが出るまでに5台くらい使いました。

 パソコンが流行するようになったのは退職後でした。ワープロの時代は終わったということでパソコンを購入しました。富士通のXPデスクトップです。特別講習も受けないまま苦労しながら覚えてゆきました。退職後は文化協会の事務局長をしていましたのでその文書作成になくてはならないものでした。また、詩吟の関係では教材を作ったり、資料を集めたりするのにとてもワープロではできない多くのことができ助かった来ました。

 ある程度使いこなせるようになってから、ブログを立ち上げました。そのころ名古屋の藤根さんという方が、ブログで作った自分史「歳月茫茫」がグーグルのコンクールで大賞を獲得されたのをしり、私も自分史を作ってみようと思い、それまでに書いてきたものを整理して作り上げました。でも、印刷に回す気持ちになれず、写真の印画紙の両面使える用紙を使って作ったりしました。一部だけ作っておいて、兄弟が来たときに見せたら、兄弟に一冊づつつくてほしいといわれ、その分増刷してあげました。

 PC、自力ではできない部分もずいぶんありました。そんな時、娘や孫が助けてくれました。

 プリンターにはまいりました。キャノンを最近まで使っていました。最初のものはインクを純正でない補充のインクを、黒ならどれでもいいのかと思って使ったらだめになりました。次に買ったのも今度は型番に合う補充インクなら大丈夫かと思って使ったところ、これも機械をダメにする結果となりました。その後中古を購入しかなり使いました。インクは純正以外は使わないことにしました。昨年からエブソンに変えて使っています。

 7年前くらいから詩吟でプロジェクターを使ったりすることになり、携帯PCが必要となり、中古を買って使ってきましたが今年廃棄にしました。現在東芝のダイナブック7と富士通デスクトップ8と二台使っています。富士通は娘からの贈り物です。

 ワープロの時にかな入力で始めたものですから、今もかな入力で通しています。ウインドウズ8は機能がいっぱいで、ポインターを探すのが大変です。慣れればいいのですが、ちょっと面倒な資料作りなどになると変なところで時間がかかります。

 便利になることが、私の年代になると困難になるのですね。
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築36年の我が家  雪で苦労しています

2014-01-19 20:02:12 | 身辺雑記
 美唄に在住していた時、来年あたり札幌へ転任したいと考え、丁度娘が札幌の大学に入ることになるので、冬の間一人で住まわせてもよいと考えて現在の地に現在の家を建てました。たまたま、家内の出身地の方が大工さんをされていることがわかり、その大工さんの務めている工務店に発注することとしました。

 現在の土地は当時泥炭地で、スコップ一杯ホルト水が湧き出る土地でした。もちろん道路も舗装などされていなく、下水道もできていなく、水はどぶ水みたいな川に流すありさまでした。

 土地は80坪あり、どんな家を建てたらよいかもあまりわからないまま、2間に6間の家を建てることにしました。屋根は落雪式ですが、西側の5間分は緩やかな傾斜にして端から2階部分を3尺出したところまでトタンを下げる構造にしました。こうすることでツララができず屋根の雪が真下落ちて、飛んでゆく心配がないのです。軒下の地面が隣と一間しか空いていませんが雪が隣に飛び込む心配はありませんでした。 一方東側は一間分だけ二階づくりにせず、屋根は東側に落雪する形にしました。

 土台にパイルを使わなければならなので業者と話をしましたら、泥炭地だから木の杭でいいでしょう、木は濡れていたら腐りません。という話で気の杭を使いました。ところが3年目に下水工事が始まり、水はけがよくなりました。すると泥炭地が乾燥して地盤沈下が始まりました。5年前くらいに家が傾いているので土台上げの工事をしましたが、西から東に対角線で23センチ傾いていました。それでも家の中の戸が開かなくなるようなこともなく何とか現在に至っています。

 雪に関しては、はじめはとてもうまく機能していたのですが、ある年大雪になり、西側に落ちた雪が高く積り、隣の塀を越えてさらさらながれこむ状況が出ました。それで、その夏西側を簡易無落雪構造に改修して現在に至っています。一方東側の一間分の屋根の雪、積もったら私が二階の自分の部屋かの窓から外に出て落としていました。年を取るに従い怖さも出で来て命綱をつけて落とすこともしました。しかし、これも限界となり、ルーフヒーターをつけました。これで下す心配がなくなったのですが、昨年困ったことが起きました。落ちた雪山が高くなり、隣の塀を乗り越えそうになりました。私は肺気腫で力仕事ができません。やむなく、業者に家の裏に、積もった雪を三尺くらい掘り下げて捨ててもらいました。一時間くらいで終わったのですが、二人来ていて、一人一万円の料金が取られました。

 今年も山が高くなってて、何とかしなければなりません。もう少し安くできないものか思案しています。シルバー人材センターに依頼してみようかと思ったりしています。</font>
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平和教場に新会員ができました  

2014-01-18 19:38:01 | 詩吟関係
 思いがけない会員増です。今日が平和教場の年明け最初の教室でした。いつもの通り行きました。教室に入ったらすぐ住山さんの隣にみ知らない人がいる。住山さんから紹介がありました。西区福井の老人クラブの役員をされている方で、住山さんの勧めでお出でになったのです。大変うれしいことです。

 去年の4月から小田桐さんが複会してくれ、さらに佐々木君が入会してくれて活気が出ていました。ここにさらに新人ができたことはうれしさの倍増です。

 昨年の暮れ、ブログで書いたりしましたが二人ほど手稲で入会してくれる約束だっのですが、一番期待していた方の断りの伝言を受けた。もう一人は町内会の交礼会の酒の席で約束した方なのですがちょっと不安です。明日電話して改めて誘ってみます。

 昨年の4月(新年度)になって、先に書いた平和教場の2名、それに手稲第二教場への猪股さんの複会、手稲第一教場の堤さんの入会と4名の増加となっている。ここにさらに1名増が確定したのだから5名の増加となる。ただ、二人の退会者がいるし、もう一人今年はやめることになるかもしれない方がいますので、結果的には2名の増加で終わるのかもしれません。

 今日の平和教場は全員参加でした。さらにこれも珍しいことだけれど、OBになっているEさんがお出でになって、わしの年賀状に書いた漢詩を短冊に書いて、さらに自作の私の健康を祝う詩を書いて持参してくれました。遊んでゆきなさいと声をかけたら最後までいて、みんなの稽古が終わったところで、持参してくれた自作の詩を吟じてみませんかと言ったら、ちゃんと吟じてくれました。私もせっかく短冊に書いてきてくれましたので、私の「干支七巡」を吟じてあげました。

 平和の老人クラブの新年会が明日あるのだそうです。そこで男性四人で「千島慕情」を発表するということで、その稽古最後にやってきました。千島慕情すっかり気に入ったみたいです。

 「島よ復(かえ)れ州(くに))よ還(かえ)れと万燈を挑(かか)げん」 元島民の熱い気持ちがあふれ出るような詩です。
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今何ができるというのだ!!  老化がどんどん進んでいる

2014-01-17 20:04:54 | 身辺雑記
何もしていないわけではない。詩吟の教室週五つ教え、週に一度はカラオケにも出かけている。そして、ブログもこの通りほぼ毎日書いている。

 それなのに、何か空しいのだ。することがないみたいな感じ。

 原因は、84歳という年齢相応に体力が落ちたことでしょう。また肺気腫がかなり進んで歩いたり重いものを持ったり、要するに体力を必要とする活動ができなくなっている。

 それと、社会的につながる活動から手を引いたことも挙げられるのだと思う。

 詩吟をこれだけ教えているのだから、それにもっと集中すればいいのかもしれないけれど、マンネリ化させているということなのかもしれない。

 それと、80以前には結構夜飲みに出かけていたものだったけれど、今はめったその機会もなくなっている。一人でのみに行くような歳でない。相棒がいればまだまだ活動できるのだけれど相棒も、みんないなくなってしまった。夏はそれでもパークゴルフで発散することもできるのだけれど冬は困ったものだ。

 ブログで、こんなつまらないことばかり書かないで気の利いた随筆くらい書いてもいいのかもしれないけれど、人に読んでもらうようなものは書けないでしょう。

 
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稀勢の里  横綱の器でない?

2014-01-16 19:01:02 | 相撲
綱取りの場所として多くのフアンに期待されていた稀勢の里、早くも二敗。これではもう資格喪失だ。

 稀勢の里、体格は横綱に似合いと言える。しかし、実力が伴わない。しばらく前まではもっぱら突き・押しだけで四つ相撲をしないできた。それでいて横綱戦になると四つに組んで立派な成績を上げたりしてきている。私は以前からもっと四つに組む相撲をすればよいのにと思っていた。それが、横綱の声がかかるようになってから四つに組む相撲が多くなってきていた。そしてそれなりに良い成績を上げてきていた。また、仕切りでまったをすることが多く、そんな時に限って負けていた。今日の相撲も待ったをして揚句もろくも敗れている。横綱になりたいなら、横綱相撲を実践するべきだ。横綱は受けて立つが基本だ。立ち合いで相手と伺いあうようじゃ横綱に値しない。相手を圧倒する気迫が感じられない。横綱になりたいのか疑いたくなる。相手はすべてすさまじい気迫で迫ってくるはずだ。それに気圧されるようじゃだめです。

 これで横綱への道はまた遠くなるのだと思う。こんな精神では横綱の器でないといわれても仕方ないでしょう。日本人力士で横綱に一番近くにいる稀勢の里、何とも情けない。

 今、遠藤関が人気を独占している。確かに人気を集める器だ。だが体か小柄で、今の大型力士が多くなっている中では苦しいと思う。何か入門間もないモンゴル出身の凄い力士がいるという。外国人力士が多くなって、体格が今までの日本人とは比較にならなくなっている。また、モンゴル人は小さい時からモンゴル相撲で足腰を鍛え、四つ相撲の技巧も身についている。それに対して日本は相撲人口が少なくなっていて、さらに多くが大学を出てから入門するという状況が続いている。やはり、大学での稽古はプロとは違い一定の力は出せても、伸びきれない弱さがある。過去に大学出の横綱は輪島一人だという。最近日本人も体格がよくなってきているのだから、外国人に見劣りしない力士が出てきてもよいと思うけれど、底辺がこの状態ではなかなかなのかもしれない。

 ともあれ、稀勢の里の期待を裏切る姿にはやりきれないじれったさを感じる。
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東京都知事選 難しくなった?

2014-01-15 19:15:59 | 政治
まさか細川元首相が立候補するとは思っていなかった。それで先日舛添氏の当選を予想していた。ところが細川氏が脱原発ののろしを大きく掲げた小泉元首相の後押しで立候補を表明した。

 これは大変な選挙になりそうだ。脱原発が大きな選挙の争点になる。自民党も将来の脱原発は見据えているが、既存の原発の再稼働、老朽化での廃炉へと政策は進めている。東京の選挙が国の方向すら転換せざるをえないものになりかねないのだ。

 自民党が舛添氏を推薦しているものの、この脱原発はすごい公約で、無党派を一気に取り込みかねない。かつての郵政改革みたいな波が細川氏に寄せるかもしれない。

 自民党もここで舛添氏を推薦し敗れると国政選挙に影響してくる可能性もある。

 自民党はここで推薦を見送り自主投票にすることも可能だけれど、そうなったときは戦わずして細川陣営に下ることになりかねない。苦しいところだ。東京都いえども一地方に過ぎないのだから、バタバタすることはないのかもしれない。しかし、脱原発を主張している方たちの大きな支えとなり、世論はその方向へ傾く可能性がある。現政権にとっても看過できないことだ。

 脱原発、廃炉と一言で言っても、大変な時間とお金がかかることになる。現在原発にある核燃料の処理方法のめどが立っているのだろうか。使用済み燃料すら処理の方策が定まらない中で、どんな対策が取られるのだろう。

 そんなことを私がとやかく言うことでなく、国の政策として始めたもののだから、国の力で廃炉へといずれにしても進まなければならない。福島だけでも大変なことになっている。こんなことがさらに起きれば日本沈没でしょう。脱原発を目指しながらも安全対策は何としても進めなければならないのだ。国の総力を挙げて、原子力燃料の処理についての道筋をつけてもらいたいものだ。
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福祉センター詩吟  その他

2014-01-14 19:37:19 | 詩吟関係
昨日ロードヒーティングを入れっぱなしにしていた。夕方から雪がやみ自動燃焼にしていたので停止していたけれど予報では夜中に降ることになっていたのでそのままにしておいた。

 今朝見たら燃焼は止まっていたけれど、まだ残っていた雪と夜中に降った雪はきれいに解けていた。ブルトーザーが入って雪を寄せて行ってありましたがそれほどの量でなく、ロードヒーティングで現れた舗装の方に寄せてやって片が付いた。

 土曜日から使い始めた気管支拡張剤「シーベル」という薬とても効く。今朝の雪はね、そんなに大変な量でなかったけれど、今まではスコップを一度振ると息が止まりそうになっていたのに、ほとんど胸に来ないで終わらせることができた。また二階に上がっても息が切れない。昨日も書いたと思うけれどこの新薬うれしい。

 朝から今日は良い天気、風もなく福祉センターの詩吟にはありがたい天気です。でも昨日までの雪、そしてすごい寒さ。心配したけれど16名の方が参加してくれて楽しく終わらせることができました。今日は前回の蘇台覧古と越中覧古をやりました。

 明日も雪の心配はないみたいです。明後日は排雪の業者が来てくれます。もう塀の向こうの雪山は限界状態です。一週間に一度来てくれる排雪、毎週ダンプ一台分たまっています。それだけ塀の外に積むのです。今週からは私も薬が効いているので少し働けると思います。
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昨日北詩連初吟会に参加してきました  肺気腫の新薬、すごく効いている

2014-01-13 19:17:10 | 詩吟関係
 昨日は北詩連の初吟会。例年通りホテルKKRで10時から開催されました。数日前から岩見沢・旭川方面が猛吹雪で列車の運行がひどく乱れていて 旭川・岩見沢支部の方は欠席となりました。

 今年は参加人数の多い会は合吟にしてほししいという本部からの要請があり、合吟がかなり多かった。私の会も七人の合吟と、私と大野氏の二人が独吟で参加しました。

 欠席も多く、合吟だけの会も多くとても順調な進行となり、例年遅れる交礼会も予定時間に開催されました。交礼会の冒頭で12月の審査会で師範に合格して大野・市橋両名も免許状を授与された。

 交礼会の終りも延長なしで予定通り終了。手稲方面の方数名と車で帰ることになり、手稲で軽く二次会をして帰りました。

 私は吟、白居易の「酒に対す」をやりました。申し込みは2本で出していましたが、最近二本で吟ずることが苦しくなっているので、一本に落として吟じました。何人かの先生に一本でOKと言われました。この歳になるとやはり歳相応の高さでいいのですね。

 帰宅したら塀の前が雪の山になっていました。先週の金曜日にきれいに排雪されたのに、排雪時の雪の量です。家内が一人で除雪を始めたら、近くのお方が二人手伝いに来てくれて、除雪ができたということです。本当にありがとうございます。今朝はまたかなり積もっていて、おまけに吹雪いています。9時ころ娘が除雪を手伝いに来てくれました。あまりやったことないのに、頑張ってくれました。私も少し動いてみました。驚いたことに、土曜日から肺気腫の治験の薬を使い始めているのですが、これがかなり効いて心臓が止まるような辛さが来ないのです。この薬を飲む前は長靴で歩くだけでも辛く、スノーダンプを使うことは無理みたいだったのですが、今日は何とか使うことができました。二階に上がっても胸に痛みが来ない状態です。以前、といても効く「スピリーバー」という薬を使ったことがありますが、喉が嗄れ、使えなくなったのでした。この薬は喉にも来ない。これは助かりそうです。吟がうまくできたのはひょっとするとこの薬のおかげかもしれません。
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肺機能検査  嫌だ!!

2014-01-10 19:30:34 | 身辺雑記
私は肺気腫患者です。現役時代たばこの吸いすぎで肺がやられたのです。定年の年に北大で検査を受けて肺気腫が判明したのでした。たばこはその時点でやめました。

 それでも病気の進行が遅く、あまり気にならないまま過ぎたのですが、75歳を越えたあたりからつらさが身に染むようになってきました。最初は跨線橋を越えるのがつらくなり、次第に歩くことがつらくなってきた。そんな状況になったころ新しい薬(スピリーバー)が出て使うことになった。この薬は効きました。歩くのがつらかったのに、楽々歩けるようになったのです。しかし、ひどい副作用が出てきて結局使えなくなりました。喉が嗄れて詩吟ができないのです。さらに、皮膚に赤斑が出るようにもなりました。そして今使っているオンブレスに代えたのですが、この薬は効いているのかどうかわからないでいました。昨年の11月の定期検診の折、新しい薬ができたので、薬の治験患者になってほしいといわれ引き受けました。

 年前に一週間オンブレスを止めてCTと肺機能検査をしました。そして引き続きオンブレスの服用を続け、今日またCTと肺機能の検査をされました。そして新しい薬明日から使うことになります。二週間使ってまたCTと肺機能の検査をするといいます。

 肺機能の検査が嫌です。今日は一時間くらいかかったのではないでしょうか。息を吸って吐き出すテストですが、四通りの検査をされるのです。吐くタイミングだとかちょっとしたことで、数値が変わる、すると、一番良い数値を続けて出させるのですが、うまくゆかないのです。するとやり直しがかかる。息を吐くとき、「吐いて!吐いて!・・・」「まだ!まだ!まだ!・・・」と何回もやらされ疲れ果てます。

 よい数値を出すことの意味が分からない。弱っているのは確かで、直すことはできないのです。この後薬がどれだけ効いているのかをみるデーターでしかないわけで、こんなに時間をかけ患者に苦痛を感じさせる検査の必要性が分からない。

 今度は新しい薬を使った結果を確かめるのでしょうが、無理やり数値を上げる必要は余り考えられない。づっと年二回やられてきていますが、だんだん落ちて行っている数値はきちんと出ていると思う。無理しなくてもわかることだと思う。地方の病院の肺機能検査はこんな大げさな機械を使わない。大学病院だからより厳密なデーターを取りたいのでしょうが、私は嫌になる。

 夏はまだ我慢できるのだけれど、今朝はそれでも雪が降っていないだけ助かりましたが、私の選んだ道路がひどい凸凹道で、大渋滞のありさま。ふつう35分で行けるのに今日は70分ほどかかった。この治験、引き受けなければよかったと思う。あぁあぁ・・・。
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