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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

舞台版トンマッコルへようこそ

2012-02-03 | 演劇
 今年になってすでに12分の1が過ぎてしまった、と思うのか、まだ11か月もある、と思うのかは人それぞれだろうが、私自身はいささか焦り気味の毎日である。
 こうしてノートを書くことすらままならない忙しさ、なんてことはない筈なのに、いつの間にか時間ばかりが過ぎていく。こうした思いは誰しも共通のものではないだろうか。
 これまでいくつも映画も舞台も観ているのに、ちゃんとした感想を書いていない。ちゃんとした感想など書こうとするからいけないので、私は評論家でも何でもない。とにかく記録だけでもメモしておこう。
 
 先月27日(金)に観たのが、東池袋「あうるすぽっと」で開催されていた日韓演劇フェスティバルの演目の一つ、「トンマッコルへようこそ」である。
 作:チャン・ジン、翻訳:洪明花、演出・美術:東憲司(劇団桟敷童子)、主催:日本演出者協会、韓国演劇演出者協会、ソウル演劇協会ほか。

 以前、評判になっていた映画版の「トンマッコルへようこそ」を観ていて、舞台版の本作は見逃せないと思っていたのだ。急遽空いた時間を使って、当日券を買い求めた。

 本作はもともと舞台劇であり、それがパク・クァンヒョン監督の長編第一作として映画化されたのだ。韓国では国民の6人に一人が観たといわれるほどの大ヒット映画で800万人を動員、2005年の最多観客動員数を記録したというのはご存じのとおりである。

 舞台は朝鮮戦争が激しさを増していた1950年11月。太白山脈の奥地にトンマッコルという小さい村があった。トンマッコルとは「子供のように純粋な村」という意味。村人たちは戦争が起きていることなど露知らず平穏に暮らしていた……。
 そんなある日、何ものかに引き寄せられるようにして村に3組の男たちが現れる。空から飛行機と共に落ちてきたアメリカ軍兵士、ヘルメットを被った韓国軍兵士たち、そして韓国と対立している人民軍兵士たちである。
 最初は敵対していた韓国軍兵士と人民軍兵士だったが、村人たちと暮らし、村の生活に親しんでいくうちにいつしか互いの敵対心が消えていくようになる。しかし戦争の脅威はいつしかこの村の背後にも忍び寄っていた……。

 ひと言でいって素晴らしい舞台だった。
 憎しみ合い、隙あらば相手を殺戮せんと対立する2組の兵士たち、その間で村人たちは我関せずとばかり平和な日常のなかにいる。その構図がまず明瞭にくっきりと描かれる。
 ブリューゲルの絵「イカロスの失墜」を私は思い出したが、神をも恐れず慢心して太陽に近づき過ぎたがために海に墜落してミジメに足をばたつかせるイカロスを顧みもせず、農耕にいそしむ農民たち……。そんな絵柄が思い浮かんだ。
 もちろんその彼らの中にも戦争の悲劇はあるのであり、家族たちはその悲しみを穏やかな顔のうちに隠し持っている、その姿が次第に明らかになっていく。

 東憲司の美術と演出によって観客はいきなり劇の世界に引きずり込まれるようだ。
 その手際が実にあざやかである。私はいきなり涙ぐんでしまった。舞台には語り手として「作家」が登場し、進行役となる。突然、芝居が中断され、その作家と役者たちが劇の進行をめぐって言い争ったりと、時にはメタ演劇の様相も呈しながら、情緒に流れがちな舞台を客観化する役割も担っているようだ。
 原作の舞台は3時間ほどの上演時間だそうで、それを今回は2時間にダイジェストしていると聞いたが、メジャー映画とアングラ演劇の幸福な融合との評もあるように、見応えのある実に良い舞台だった。


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