4月10日は私にとって忘れることのできない大切な日です。
昭和26年4月10日、中学を卒業したばかりの15歳のわたしは、熊本にある「電気通信職員訓練所熊本学園普通電信科」の訓練生として入園しました。
入園式で、「電気通信省事務員補」の辞令をいただき、晴れて国家公務員の卵として、人生の第一歩を踏み出したのです。その嬉しかったこと、昨日のことのように思い出します。
入園した昭和26年というのは、どのような時代だったかというと、一口でいえば戦後の混乱は、ややおさまりかけていましたが、相当のインフレと就職難の時代でもありました。食糧難の時でもあります。
学園は全寮制でした。寮は木造2階建て、15畳の部屋に8人が入ることとなりました。大人のような高校卒の方と一緒です。食糧難の時代でした。いつもお腹をすかしていたものです。思い出すのは入寮の日のサラメシ。コッペパンが一つと、お皿の底を少し覆った程度の脱脂粉乳のミルクでした。
「普通電信科」の訓練期間は9カ月で、当時花形だった有線通信士を養成するところです。朝早くから夜遅くまでトンツ―・トンツー・ツートントンと送信、受信の技術習得に励んだものです。それは大変でした。周囲について行くのがやっとのこと、毎日のように試験があります。つい弱気になって、いつ投げ出そうかと子ども心に悩んだことが昨日のことのように思い出されます。
9月間の研修を終えたのはその年の暮れ、出身地にある門司電報局に配属になりました。深夜勤や宿直も経験しました。15歳といえばまだこども、よく我慢できたものだと、今になって我ながら感心しているところです。
電気通信省は昭和24年6月、逓信省が分割され郵政省と電気通信省にわかれました。昭和28年には電電公社となりました。職員の身分は公務員から公社員と変わったのです。昭和61年には、民営化され日本電信電話株式会社(NTT)と変わりました。
その後、通信手段は時代とともに進化し、いまはインターネットの時代です。長い間携わった電報事業は、過去の遺物となってしまいました。
平成3年3月。長い間お世話になったNTTを退職しました。いまは”毎日が日曜日”。おかげさまで健康にも恵まれ、楽しいときを過ごしています。
”うちの奥さま”、今日は大切な記念の日、夜はワインで乾杯しようと張りきっています。